食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第二四話 亡霊はお別れを告げる Ever_Say_Good_bye.

 

 

「ありがとう、らいと」

「いいさ。代わりに君の知識で僕の足も治った。インデックスくんが気に病む事じゃない」

「、でも……」

「君が悪い事なんて一つもありはしない。君が悲しむのも君が罪だと思っているそれも、全部周りの大人が不甲斐なかったせいなんだから」

「…………、」

「笑ってくれ。子供の笑顔だけが僕の生きがいだから。ああもう、泣かないで。目覚めた時に君の目が真っ赤だったら、当麻くんだって心配するだろう?」

「うん、うん。ありがとう、らいと」

「だから──」

 

 

「──ほんとうに、ありがとう。私ととうまを救ってくれて。私にとうまを殺させないでくれて、ありがとう。………………()()()()

 

 

 

 

 七月二九日。

 神裂火織(かんざきかおり)は僕の病室にやって来て、単刀直入に告げた。

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だろうね、と僕は笑った。

 隣の春暖嬉美(しゅんだんきみ)は我関せずと、小難しい話は無視してリンゴの皮を剥いてくれている。

 

 ほんの一日前、禁書目録(インデックス)を中心とした騒動は終わりを迎えた。

 残るは面倒くさい後始末だけだ。

 

 科学サイドと魔術サイドには不可侵の『条約』がある。しかし、今回は潜伏していた魔術師や科学の街で行われた学生を巻き込んだ魔術闘争など『条約』違反と思われる出来事が数々起きた。

 元々、この『条約』には欠陥がある。一度学園都市内に魔術師が潜り込めば、科学サイドは対処ができず秩序側の魔術サイドもまた迅速な対応もできないのだ。

 僕はそこに目を付けた。

 

 ──イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』外部協力者、学園都市監査役。

 

 簡単に言えば、学園都市内で生活して魔術師を見かければイギリス清教にすぐさま通報する。ただそれだけの役目をもぎ取った。

 ちなみに給料も貰える。というか僕はそれが目当てだった。アレイスターの影響下にない魔術サイドからの資金提供、それが錬金術師に接触する前に僕らが求めていた物だったのだから。

 

 監査役と言いつつ、実際には『科学』と『魔術』の均衡を保つ調停役(バランサー)だ。

 学園都市の人間でありながら魔術の存在を知り、能力者でありながら魔術を使える存在である僕だからこそ務められる役職だろう。……本来なら僕自身が『条約』違反なのだが、今回は魔術サイド側の失態なので目を瞑られた。まぁ、実際にどんな思惑があるのかは知らないけれど。

 

「組織の正式な稼働はまだですが、魔術サイドの中心──旧教(カトリック)の三大派閥、『イギリス清教』『ローマ正教』『ロシア成教』から魔術師が数名ずつ派遣され、学園都市近郊に常駐する形になるでしょう」

「そいつは贅沢な話だね」

「まだ他の教会に話を通していないので、現段階の計画でしかありませんけどね。……また、彼女は学園都市での預かりとなります。魔術の発見の精度が上がるでしょうし」

「彼女……ああ、インデックスくんね」

 

 となると、これはむしろ逆かもしれない。

 『首輪』の外れたインデックスくんを魔術サイドの外側に置き、彼女が教会の意に反すれば迅速に片付けるためのシステム。まるで世界平和を目指しているようで、実際には遠隔制御霊装以外のセーフティを求めた悪魔のプログラム。

 ……何となく、誰が考えたものか予想はついた。けど、構わない。ルールの悪用と戦うのは大人(ぼく)の役割だから。

 

「では、洗礼だけ済ませます」

「……洗礼?」

「あなたはこれからイギリス清教の庇護下に入るため、形だけでも行わなければなりません。そう大した物でもありませんが」

 

 神裂はケルト十字型のペンダントを僕の首に掛けた。

 

 

「はい。これで今日からあなたもイギリス清教の一員です」

『──()()()()()()()()()()()()()()()()

「……………………はい?」

 

 

 ……思考が、止まる。

 隣では口を開けて嬉美がリンゴを落とす。

 

 ()()()

 聞き間違いでなければ、この十字架が声を発した⁉︎

 先にその正体に気づいたのは嬉美だった。

 

 

「オマエっ、()()()()()()()()()()⁉︎」

「あっ、ああ‼︎ なるほど‼︎」

 

 

 アウレオルス=ダミー。

 ケルト十字を基礎物質としたテレズマの塊。

 昨晩の戦闘ではその肉体は崩壊していたが、基礎となるケルト十字は確か無事だったはずだ。

 

「名目上は監査役の監査役……ですが、護衛と考えてもらって構いません」

『当然、魔術を使用する場合は生命力(マナ)を補充する必要があるが。春暖嬉美(かのじょ)がいるのなら問題はないだろう』

 

 そうすると、僕が持ってるより嬉美が持っていた方が良いのかもしれない。

 そう考えて十字架を渡そうとする……が、全力で押し戻された。

 

「オマエが一番よえーんだからオマエが持っとけ」

「それはあなたの護衛として渡した物ですよ?」

『足が治ったのだとしてもひ弱なのは変わらない。自然、私が最も守るべきは君だと思われるが』

「はい。ごめんなさい」

 

 

 そして、少しの雑談をして。

 神裂は病室の窓に足をかけた。

 

「では、私はこのままイギリスへ帰国します。これから用事があるのでしたら送っていきますが」

「用事はあるけどいいよ。同じ病院に、お見舞いに行くだけだから」

 

 

 

 

 こんこん、と病室のドアをノックする。

 返事も聞かず、僕はドアを開けた。

 

「目覚めたみたいだね、当麻くん。気分はいかがかな?」

 

 少年は怪訝そうな顔をすると。

 蜂蜜色の髪の少女を見てこう尋ねた。

 

 

「………………、()()()()?」

 

 

 上条当麻(かみじょうとうま)は。

 継雲雷糸(つくもらいと)の事を覚えていなかった。

 

「……一応確認しておくけど、自分の名前は分かるかい?」

「上条当麻。……朝から散々医者に訊かれた」

「病院に来る事になった理由は?」

「インデックス……あー、知り合いのケンカに巻き込まれて」

「ところで食蜂操祈(しょくほうみさき)って知ってる?」

「?」

 

 上条当麻は首を傾げる。

 なんだその質問は、とでも言いたそうに。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 僕は、思わず安堵の息を吐いた。

 

 

 

 昨晩。

 僕は上条当麻を蘇らせた。

 

 その時に、僕はふと思った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 上条当麻は一年前のとある事件をきっかけとして脳に障害を負っている。彼はある少女──食蜂操祈の顔や名前を正しく認識・記憶できない。

 記憶の破損ではなく、呼び出し経路の破損。記憶がない訳でも、忘れている訳でもなく、記憶があるのに思い出せない。

 まるで中の手紙は残っているのに、鍵が壊れて取り出せなくなったポストみたいに。

 

 だけど、今ならば。

 上条当麻の記憶が全て失われたその瞬間だけは、壊れた記憶の呼び出し経路が繋がる先は食蜂操祈だと決まっていない。

 記憶の箱──ポストは上条当麻の顔見知り全員に用意されている。だったら、空っぽになったポストの中身を入れ替えて投函すればいい。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 壊れたポストに僕が入った。

 破損した呼び出し経路の先には、僕との記憶がある。

 

「……君は、僕の友達だったんだ。この世界でできた唯一の、同性の友達」

「…………?」

 

 上条当麻は首を傾げる。

 だって、まるで見覚えのない少女だから。

 

「つーか、同性ってお前……」

「ああ。僕の(なかみ)は男だからね」

「──(なかみ)が男ッ⁉︎」

 

 突然のカミングアウトに凍りつく上条を無視して、彼のベッドに素足で上がる。

 

「……こんな子供だらけの街で、心を許させる相手なんていなかった。みんな僕が守らなきゃって思ってた。それ以外の大人はお医者さんとか黒幕とかばっかだったからね」

「??」

「でも、君は違った。僕は君を人間扱いしちゃいなかった。……主人公(ヒーロー)だと思ったんだ。だから、最初から君にだけは心を開いていた」

 

 きっと、それは良くない事だった。

 子供を守らない大人なんてふざけている。

 ……でも、それでも、僕は救われた。僕一人が何とかしなくちゃならないと思ってた世界で、主人公(きみ)という存在が僕の心を救ってくれたんだ。

 

「……、いや、結局お前は誰なんだ?」

「通りすがりの君の友達だよ。君の事が大好きな、ね」

 

 まあ、この言葉も直に忘れられるだろうけど。

 

 堪らなくなって上条当麻の頭を抱きしめる。

 ツンツンした黒い髪が僕の頬に突き刺さる。

 

「なっ、ちょ、何してん……っ⁉︎」

「はははっ。……もうちょっとだけ、こうさせてくれ」

 

 どうしてか、彼にだけは弱みを見せられる。

 嬉美(きみ)には良い所を見せようと奮起するが、当麻くんの前では気を張らずに済む。

 同性だからか、彼が主人公だからか。それとも、もう何をしても彼が僕の事を記憶しないからだろうか。

 

 大人だって完全無欠じゃない。

 一〇〇年近く生きた僕だって、休憩なしでずっと頑張れる訳じゃない。

 この世界に来てからずっと張り詰めていた何かが、すっと緩められたような気がした。

 

「  、   」

 

 耳元で、僕は名前を囁いた。

 継雲雷糸(つくもらいと)ではない。

 何ら特別ではない日本人にありふれた名前。

 ────()()()()()()()()()

 

「いつか、君が僕の事を思い出せたら。僕が君に自信を持って友達だって言えるような日が来たら。そんな夢みたいな奇跡が起こったのなら」

 

 ただ一人の彼の友達として。

 少女(ぼく)は嘘偽りない言葉を告げる。

 

 

「僕の名前を呼んでくれ、当麻くん。ニセモノなんかじゃない、本当の僕の名前を」

 

 






第一章完。
次回更新はまた期間が空きます。

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