食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第二話 無味無臭の日常 Child_Error.

 

 

「ユーレイ?」

 

 

 前髪を切り揃えたロングヘアの女性、そして──()()()()()()()()である青星鈴蘭(あおほしすずらん)は聞き返す。

 周りには聞こえないような小さな声だった。他の子供達──少年院受刑者はバレーボールをして遊んでいて密談も聞こえはしないだろうが、警戒するに越した事はない。

 

「えーと……ユーレイってあの、死んだら化けて出てくる感じのヤツのことかしら?」

「ああ、そのユーレイだ」

 

 隣には木陰で涼むようにして、春暖嬉美(しゅんだんきみ)が座っている。

 大人と子供、看守と囚人。本来、仲が良くなる筈のない二人が親密なのには理由がある。

 

 青星鈴蘭。彼女は春暖嬉美と同じ孤児院で育った、姉代わりのような存在である。

 加えて、他でもない彼女こそが、様々な機関から身柄を狙われていた春暖嬉美を第一少年院に収監する形で保護した張本人だった。

 

「本人が言うには亡霊。だが、元の肉体があって幽体離脱をしているとも言ってたな」

「…………」

「ともあれ、ソイツがオレに憑依した」

 

 春暖嬉美は嬉しそうに青星に語りかける。

 ご飯の時に学校であった事を母親に対して話す子供みたいだなぁ……なんて、ふわふわと浮かびながら僕は思った。

 

 銀色の糸は今も僕と春暖嬉美を繋いでいる。

 なので勿論、彼女から一定以上離れられない僕もまた引きずられるようにして会話に参加しているのだった。

 

(それにしても、暇だ。この幽体(からだ)じゃ何もできない。干渉できるのは春暖嬉美くんに対してのみだけど、人前で話しかけて邪魔をする訳にもいかない。死んだ亡霊が若者の人生を蝕んではいけないからね)

 

 残念ながら、頭の中に言葉を思い浮かべたら自動的に伝わるなんて便利機能はない。たとえ僕が春暖嬉美に憑依していても、言葉にしないと伝わらないのだ。

 ……そういや、音ってどうやって認識しているのだろうか? 空気に触れられない僕が、空気の振動を感知できるのだろうか? いや、光を透過しているのに視覚が働いている時点で考えても無駄かもしれないが。

 

 ピン、と張ってある銀色の糸を眺める。

 この糸からは記憶や感情が流れ込んで来る事があるが、もしかするとその応用で憑依対象の感覚も流れ込んでいるのだろうか……?

 

(よく分からないなぁ。生前もどの臓器がどんな働きを持っているのかよく分からずに生きていたし、亡霊になっても案外そんなものなのかもしれないけれど。……この銀色の糸を応用したら、頭の中で会話できたりしないだろうか)

 

 記憶や感情は伝わる。ならば、頭で思い浮かべたら言葉は?

 ……いや、ダメだ。それでは春暖嬉美から僕への一方通行にしかならない。銀色の糸は逆流しないのだ。

 

(他に、何か……あ)

 

 学園都市の住民なら、一番初めに思い付くような事。

 この街には、言葉にせずに会話を行う能力──『念話能力(テレパス)』というものがある。

 

 この体の能力は精神系最強の『心理掌握(メンタルアウト)』。精神に関する事なら何でもできるという、十徳ナイフのような能力だ。

 相手の心を読む、相手に考えを伝えるという『念話能力(テレパス)』は精神に作用するものだ。能力さえ使えれば、十分に可能だろう。

 

(どれどれ試してみるか)

 

 とは言っても、突然話しかけるのは申し訳ない。

 また、勝手に心の中を見られるというのも気分が悪いだろう。

 よって、これから実行するのは念話ではなく読心。対象は心を読まれたと気づかない者、つまりは僕を認識できない春暖嬉美以外の人間だ。

 

「何故かは知らないがオレから一定以上離れられないみたいだから、今はオレと一緒に行動している。そんで、もしかしたら──」

「……………………、」

「……鈴姉(すずねえ)? 聞いてる?」

 

 ちょうど良い所に、()()()()

 申し訳ないけれど、君の心を覗かせて貰おう。

 

 うん? あれ? これ難しいな?

 能力の演算方式とかは知識として食蜂操祈から伝わって来たが、なかなか上手くいかない。やはりリモコンが必要なのだろうか?

 

 

(あ、いけ──)

(──この子、思春期特有の病気を発症している?)

『ぶほっ‼︎‼︎‼︎』

 

 

 思わず、吹き出してしまった。

 

 

 

 

『いやぁ、すまないね。君達の会話を邪魔してしまって』

『別に……大した事は話してねーよ』

 

 ふよふよと、少年院の食堂を飛び回る。

 矯正教育──少年院受刑者の更正を促す教育が一通り終了し、夕食の時間となった。春暖嬉美は食事中で口が塞がっているが、先ほど検証した『念話能力(テレパス)』を用いて会話を行う。

 

『……で、その手は何だ?』

『ああ、()()()()()()()()()()()()()()

『?』

 

 『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』というものがある。

 能力者が超能力を発するための源とも呼べる呼べる何かであり、能力者が観測する通常の現実から切り離された可能性のことだ。

 量子力学において、現実はそれを見る者の思う通りに歪んでしまう性質を持つ。これはミクロの世界での話であるが、逆に言えば、観測者の視点が歪んでいれば現実もまたそれに応じて歪むという事でもある。能力者はこの本来の世界とは少しズレた『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を観測する事で、ミクロな世界を歪め、結果としてマクロな現実に超常現象を引き起こす。

 学園都市における『記録術(かいはつ)』とは、この『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を人為的に作る事を差す。言い換えるならば、薬物や暗示を使い、脳にある種の障害を生み出しているとも言える。

 

 平たく言えば、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』とは能力者が持つ思い込みの事であり、能力とは夢想(もうそう)現実(げんしょう)に変えた結果である。

 だからこそ、能力者にとって精神を制御するルーティンは重要な役割を持つ。

 

 例えば、食蜂操祈にとってそれはリモコンであった。

 リモコンを向けた相手が能力の対象、リモコンのボタンが能力発動のスイッチ、リモコンの種類が使用する能力の種類という風なルーティンを作り上げている。

 扱える能力の範囲が余りにも多岐に渡る彼女は、リモコンごとに使う能力の種類を定義して自己暗示しなければ、本人でも能力の全容が把握しきれずにコントロールが不安定となる。勿論、リモコン無しでも能力は発動できるが、リモコンありの時よりも制御の正確性を欠く。

 

 だけど、今の僕は無手だ。

 リモコンの代わりとなるルーティンを考える必要があった。

 

 

 右手の親指と人差し指を合わせて丸を作り、手で小さな望遠鏡──()()()を作る。

 その小さな窓から蜂蜜色の瞳を覗かし、切り離された景色を観測する。

 

 

 他の景色と切り離す事で、他の世界とはズレた『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を観測するというごくごく簡単な自己暗示。

 指眼鏡から観測した相手が能力の対象、瞬きが能力発動のスイッチ。使用する能力の種類は丸を作る親指と人差し指以外の三本の指を使い、指の折り曲げで二進数を表す二進指数え方にて〇から七までの八種類の番号を振り分けて区別する。

 通常の『心理掌握(メンタルアウト)』に比べて非常に能力行使の範囲が狭まるが、仕方がない。僕は本物の食蜂操祈ではないのだから。

 

『これが、「心理掌握(メンタルアウト)」の能力(ちから)……? 明確な区分は知らねーけど、超能力(レベル5)ってこの程度なのか?』

『これくらいだったら、強能力(レベル3)に該当するんじゃないのかな。多分、本来の能力の所有者ではない僕ではこの程度が限界なのだろうね』

 

 現在使用しているのは八種類に分けた能力の内の一つ、『念話能力(プリセット00)』。

 心の中で明確に言葉にして思い浮かべた表層言語化思考のみを受信し、言葉を発する事なく会話する能力。恐らく使い道が多いだろうと思い、能力の初期状態(デフォルト)に登録している。

 

『つーか、この少年院はAIMジャマーっつー能力を阻害する機械に囲まれている訳だが、何でオマエは使えてんだ?』

『AIMジャマーってアレだろう? 特殊な電磁波を出す事で能力者の集中力を散らし、能力の弱体化や暴走を促す機械』

『詳しいな……。そーだよ。ミラーボールみたいなのだったり、ワイヤーみたいなのだったり、後は遠距離狙撃用のロングレンジジャマーなんて物もあったりして、形は様々だけどな』

『だけど、アレは範囲内の能力を打ち消すのではなくて、あくまで範囲内での能力の発動を阻害するに留まる。僕は元の体から幽体離脱している訳だから、能力を遠隔発動しているようなもの。範囲内に能力者はいないから、能力の発動も阻害されていないんじゃないかな?』

 

 そう言いつつ、本当にそうか? と疑念が浮かぶ。

 遠隔発動に対応できない程度のセキュリティならば、射程が広い能力者に対しては何もできない。この街で唯一の少年院……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(まさかとは思うけれど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?)

 

 

 頭を振って疑念を打ち消す。

 考えても仕方がない。理屈は分からないが、使えるという事だけ今は覚えておこう。

 

『……ん? あれ?』

『どうかしたのかい? 春暖嬉美くん?』

『いや……、今更だけどさ……』

『うん』

 

 

『「念話能力(テレパス)」があるなら、それを使って呼びかけたらオレ以外にも声が届いたんじゃねーの?』

 

 

『……………………あ』

 

 あ。

 

『あっつったかオマエ⁉︎ あんだけインテリ振ってて何も気づかなかったのか⁉︎』

『そっか、その手があったか。これが学園都市ネイティブの発想か……いや、言い訳はよそう。お見それいたしました』

『皮肉かッ‼︎ じゃあもうオレに拘泥する必要もねーだろ!』

『いやいや。君と出会う前なら兎も角、今は無理かな。僕は君から一定以上離れられないし』

『…………クソが‼︎』

 

 どうやら僕に憑依されたのが相当めんどくさかったらしい。

 それか、銀色の糸を通して心の中を覗かれたのが頭に来たのか。

 

 春暖嬉美は更に言い募ろうとして、頭に言葉を巡らせる。

 しかし、その思考を看守の声が中断させる。

 

白絹仄火(しらきぬほのか)! 食事の時間はもう終わるが、まだ食べ終わらないのか?」

「……ああ、ちょっとお腹の調子が良くない。悪いけど、余ったご飯は残す」

「そうか。なら、自室に戻りなさい。もしも体調が悪化するようなら、医務室にまで行くか近くの看守まで伝えなさい」

「…………はい」

 

 春暖嬉美は静かに頭を下げて、席を立つ。

 トレーを返して、スタスタと冷たい印象を受ける廊下を歩く。

 

 ……白絹仄火(しらきぬほのか)

 それは『書庫(バンク)』の情報を入れ替えて彼女が偽装した名前であり、()()()()()()()()()()()()()

 

『……すまない、話し過ぎた。君がご飯を食べる邪魔になってしまったみたいだ』

『別に、構わねーよ。オレは普段から少食だし、()()()()()()()()()()()()()

『それ、は……』

 

 銀色の糸を通して知った記憶。

 かつて、春暖嬉美が経験した凄惨な実験。その、後遺症だった。

 

『食事が嫌い、という訳でもないのかな?』

『……好き嫌い、というよりは作業に近い。味がしないからマズくて仕方ねぇ。でも、栄養補給の大切さは知ってるつもりだ。こちとら根っからの「置き去り(チャイルドエラー)」だからな。裕福なお坊ちゃんとは違って、好きな食べ物だけを食べられる身分でもねーし』

『……そっか』

 

 「置き去り(チャイルドエラー)」……ね。

 嫌な名前だ。児童をエラー呼ばわりするなんて。

 

 原則として、学園都市に入学した生徒は都市内の住居で暮らす事になる。基本的には通っている学校の寮だ。

 そして、その制度を利用して、入学費のみを払って子供を寮に入れて、その後に行方を眩ます……というように子供を捨てる親がいる。このような行為やそうして捨てられた子供を、この学園都市では『置き去り(チャイルドエラー)』と呼称する。

 

 学園都市特有の社会問題であり、孤児院などの置き去りされた子供達を救済する制度も存在する。

 春暖嬉美や青星鈴蘭が暮らした孤児院などがそれに該当する。……そして、友人である白絹仄火もまた、同じ孤児院で暮らした『置き去り(チャイルドエラー)』の一人()()()

 

『別に気にする必要はねーよ。もう慣れたし』

『僕の能力を使ったら脳に直接味覚情報を叩き込めたりしないかな?』

『意味ないんじゃねーの? ……オマエなら知ってるだろうけど、オレがかつて受けた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トントン、と春暖嬉美は指先で頭を叩く。

 舌に異常が出て味覚を感じ取れなくなっている訳ではない。いくら舌が感じた刺激を信号として送っても、脳の方がそれを認識できないのだ。

 だから、『心理掌握(メンタルアウト)』を使用しても意味はない。この能力で洗脳は出来ても、脳の損傷を治す事はできないのだから。

 

 ……だけど、と考える。

 味覚というのは食事の楽しみにおいて大きな割合を占めるものだけど、それで食事全てを諦めてしまうのは勿体無い。

 

『うーん……じゃあ、これからは好きな食感を探して食べるのも面白いんじゃないかな?』

『……は?』

『君が食事自体を面倒くさいと思うのなら別にいいのだけれど、味覚がないせいで食事を楽しめないと言うのなら、別の楽しみ方を見つけるしかない。例えば、食感。グミみたいに柔らかいものか、アメみたいに硬いものか、どっちが好きかを考えるのも一興じゃないかな』

『……そう、か。そんな考え方も、あったんだな』

 

 前世(かつて)の知り合いにも、味覚がない子供は何人かいた。そもそも食事自体に興味がない子供もいた。

 別に、食事を好きになれとは言わない。好きでも嫌いでも、どっちでもいいと思っている。だけど、好きになりたいのに好きになれないと嘆くのなら、僕はその手助けがしたいと思った。

 

『なんつーか……オマエ、先公みたいだな』

『まぁ、前世(かつて)は教職に就いていた事もあったよ』

『そうだな……確かに、似合ってるもんな』

 

 いつの間にか、長い廊下を渡り切る。

 そこに、春暖嬉美の部屋があった。

 仄火(ほのか)、と同室の人間は呼びかける。その名前を聞いて、春暖嬉美は力なく笑った。

 

 

『もしも……もしもの話。あの時、オマエみたいな先公がいて、オレが自分の力を自覚していたら……何か、変わっていたのか?』

 

 

 銀色の糸から、感情が伝わる。

 それは深い後悔と、途方もない怒り。そして、それらを覆い隠す虚無感。

 

『……もう一度、聞いていいかな』

『?』

『君は、どうして少年院(ここ)に来たのか。君がこれまで経験した人生を、聞かせてくれないか』

『……もう、全部知ってんだろーが』

 

 ああ、知っている。

 銀色の糸を通して、記憶が流れ込んだ。

 前世の記憶により、知識を獲得した。

 

 だけど──

 

 

『君の言葉で、君の口から、聞きたいんだ』

『────、』

 

 

 春暖嬉美は、黙った。

 瞳を閉じて、口を閉じて。

 そして、開く。

 

『いいぜ、分かった。教えてやるよ。オレのこれまでと……()()()()()()()()()()()()()

 

 






《原作キャラ紹介コーナー》

青星鈴蘭(あおほしすずらん)
初出:とある科学の超電磁砲98話
前髪を切り揃えたロングヘアの女性。二三歳。
春暖嬉美(しゅんだんきみ)と同じ孤児院で暮らしていた姉のような人物。年齢差の問題から、春暖嬉美(しゅんだんきみ)が八歳の時に孤児院を出た。
現在は少年院で看守として働いており、様々な組織から狙われている春暖嬉美(しゅんだんきみ)を少年院に入所させる事で保護した。


白絹仄火(しらきぬほのか)
初出:とある科学の超電磁砲118話
故人。ツンツンした黒髪の少女。春暖嬉美(しゅんだんきみ)よりも一歳年上だった。
幼いながら既に『発火能力(パイロキネシス)』の異能力者(レベル2)だったが、実験の影響で無能力者(レベル0)にまで能力が低下していた。
春暖嬉美(しゅんだんきみ)と同じ孤児院出身の置き去り(チャイルドエラー)。研究所から脱走をした際の唯一の犠牲者。

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