食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第二章のキリがいい前半までを毎日投稿予定。
一週間分もないです。




第二章 奇跡も必ず超えてゆける Special_“ONE”.
第二五話 埋まらない心の穴 Friends.


 

 

「よー、久しぶり」

 

 

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)は軽く右手を挙げる。

 それは数年振りに再会した親友──どころか同じ孤児院で育った家族に対する挨拶にしては、あまりにも軽すぎた。

 

 だが、それで十分だった。

 挙げられた右手がパン! と叩かれる。

 二人の家族──鰐河雷斧(わにがわらいふ)釣鐘茶寮(つりがねさりょう)は笑ってハイタッチした。

 

「ひさしぶり〜」

「どうっスか? 久しぶりのシャバの空気ってヤツは?」

「関係ねーな。学園都市に居る限り壁に囲まれている事は変わりねーから」

 

 それに、と。

 嬉美は言葉を続ける。

 

 

「もうちょいで脱獄から()()()経つ。今更感慨深さを覚えねーよ」

 

 

 時は既に八月中旬。

 嬉美がとある亡霊と出会ってから、一ヶ月の時間が経過していた。

 

「薄情者っスねー。脱獄したんなら言ってくれたら良かったのに」

鈴姉(すずねえ)から聞いてたから、心配はしてませんでしたけど〜」

「……悪かったな。オレの問題に巻き込みたくなかったんだよ」

 

 嬉美はバツの悪そうな顔で目を逸らす。

 学園都市統括理事長への恫喝。魔術サイドとかいう訳の分からない領域の問題。

 科学の街で収まりきらない問題に、家族を巻き込みたくなかった。……その後も、後ろめたさから再会を避けていた。

 

「ここで話していても仕方がねー。さっさと済ませよう」

 

 嬉美は早々に話を切り上げ、本題に入る。

 彼女達は元々同じ孤児院に属し、とある『実験』にも共に参加していたが、その形は完全ではない。三人が集まる事で、欠けた一人が浮き彫りになる。

 

「──仄火(ほのか)の墓参りをさ」

 

 

 

 

 学園都市には墓地が少ない。

 それは学園都市の人口の八割が学生であり、そのほとんどが親元を離れ寮生活をしているから。もしも仮に学園都市内で学生が死亡したとしても、(DNAマップを解析できない状態にした上で)骨を親元へ送り返す。

 

 だから。

 この『墓地』に納められた死者はみんな、『表』の身分を抹消した『暗部』の人間か、そもそも親のいない『置き去り(チャイルドエラー)』ばかりだった。

 

 

「……ようやく、仄火を弔えた気がするよ」

 

 

 学園都市唯一の墓地──第一〇学区にある立体駐車場のような建物から出てすぐ、春暖嬉美は呟いた。

 

 かつて、嬉美は自身の能力を狙う追手から逃れるため、自らの名を『白絹仄火(しらきぬほのか)』だと詐称した上で少年院に入った。

 つまり、公的には死んだのは春暖嬉美の方で、白絹仄火を供養する墓などありはしなかったのだ。

 

「やっとだ。やっと、仄火に名前を返す事ができた。こんな犯罪まがいの方法になったのは悪りーけど」

「いやいや、仄火も喜んでるんじゃないっスか? こんなクソ都市なんかぶっ飛ばせーって」

「ありそうですぅ」

 

 帰る気にはなれず、かといって何処かでお茶をする気にもなれず、墓地の出入り口付近にあるベンチに腰掛けて談笑する。

 本来は喫煙スペースとして用意されていたのかボックス状の灰皿か設置されているが、誰にも使われておらず真新しかった。それも当然か、と嬉美は思う。この墓地に入るような人間に、墓参りしてくれる友人がいる事など珍しいのだから。

 

 だから、これもまた一つの叛逆だ。

 『暗部』に関わった死者は誰にも顧みられないという暗黙のルールを蹴っ飛ばし、こうして幼馴染と集まって思い出話をできる事。ただそれが嬉しくて、どこか晴れやかな気分だった。

 

 そんな嬉美の表情(かお)を見て、茶寮は感情が窺い知れぬ表情(かお)で呟いた。

 

「……嬉美は、変わったっスね」

「そうか?」

「うんうん。なんか表情豊かになりましたぁ?」

 

 そういえば、と思い出す。

 以前二人が見た嬉美の姿は、『実験』の影響で感情を喪失していた時期の春暖嬉美である。

 確かにそれと比べると、今の嬉美は表情豊かで感情豊かだと言えるだろう。

 

 

「──それって継雲雷糸(つくもらいと)のお陰っスか?」

 

 

 そして、茶寮は鋭い目線で切り込んだ。

 継雲雷糸。一ヶ月前、嬉美が出会った亡霊。

 春暖嬉美を牢獄の外へと導き、夢と感情を思い出させてくれた恩師。本人に直接言うことはないだろうが、きっと彼女(かれ)がいなけれは今の彼女が此処にいる事はない。

 多分、茶寮と雷斧は彼女についてずっと尋ねたかったのだろう。

 

「……そーかもな」

「へぇ〜、じゃあ嬉美の恩人ですぅ?」

「それは会いたいっスねぇ。今日は連れて来なかったんスか?」

「──それは、ダメだ」

 

 春暖嬉美はその提案を強く拒む。

 それは家族に対して人を紹介する気恥ずかしさからではない。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………、」

「…………っ」

 

 小さく、息を飲む音が響く。

 それは無意識のうちに、二人が嬉美へかけていた疑いだった。

 

仄火(ほのか)の代わりはいない。雷糸は誰かの代替品(ニセモノ)じゃない。だから、雷糸は連れて来ない」

 

 会わせない、ではない。

 会うのも集まるのも好きにすれば良い。

 それでも、少女四人組という集まりにはなりたくない。かつての仄火の席を埋めて、それで解決だなんて事は思いたくない。

 

「……ほんとに、嬉美は変わったんスね」

「ヒーローを……見つけたんですぅ?」

「アイツは……そんなんじゃねーよ。ただ気づいただけだ。ヒーローが見当たらねーのなら、オレがそう成るしかねーんだって」

 

 嬉美は両手で少女二人の頭を撫でた。

 どれだけ大人びていたって、この家族(いもうと)達がまだ中学生である事を知っていたから。

 

「変わったのはオレだけじゃねーよ。……オマエらの制服、似合ってる。見違えたよ。いつの間にか、中学生になってたんだな……」

 

 春暖嬉美が少年院に入った時の年齢はもう越している。

 あの時の暴れるだけだった自分に比べたら、二人は立派で信念を持っている。

 

「まー、なんだ。オレもこれから学生生活に復帰するから、その点で言ったらオマエらの方がセンパイだからな。何かあったら頼るし、毎日電話もする」

「……なんスか、その子供あやすみたいな言い方。別に拗ねてないっスけど」

「鈴姉ならともかく、嬉美を姉だと思った事は一度もないですけど〜」

「オイ」

 

 結局、三人は家族だった。

 毎日一緒にいてベタベタするような仲ではないし、どこかへ遊びに行こうと誘うほど親しげでもない。

 それでも、確かに絆があった。たとえ何が起こったとしても、自分の味方をしてくれるという安心感があった。

 

「……それで、どこの学校に通うんスか?」

「それ、私も気になりますぅ〜」

「あー」

 

 春暖嬉美は言葉を探すように視線を迷わせ、断念して真実を話す。

 

「まだ何にも決まってねーよ」

 

 

 

 

「この学校なんてどうだい?」

 

 ピシッ、と僕はパンフレットの一つを指差す。

 パンフレットには木の枝がモチーフだろう校章と、どこにでもありそうな校舎の写真が載ってあった。

 スタンダードすぎて特徴のない学校。むしろ特殊な学校が多いこの学園都市において、平凡を極めているという事が特徴と言っても過言ではない学校だった。

 

「場所は第七学区にあるから『蜂の巣』からの登校も近くて楽。それに偏差値もあまり高くなさそうで、中学三年間少年院にいた嬉美もそう苦労せずに勉強についていけるんじゃないかな」

「確かに。パンフレットには書いてねーけど、無能力者(レベル0)が多そうな学校だな。それならオレも浮かずに済むか……?」

「それに、この学校を選ぶ利点はもう一つある」

「…………オイ、待て」

 

 僕が自信満々に胸を張ると同時、嬉美はパンフレットに載せられた制服に見覚えがある事に気がついた。

 

 

「ここには当麻くんがいるから馴染みやすい!」

「過保護か⁉︎ 却下だ却下! そんな事件に巻き込まれそうな場所に転入できるか‼︎」

 

 

 そんな⁉︎ 四ヶ月後に『魔神』によって校舎の半分を粉砕されるだけなのに⁉︎

 

 そんな冗談はさておき、僕らは『蜂の巣』で借りたビルの一室で高校のパンフレットを広げて希望の転入先を見つけようとしていた。

 そう、そろそろ高校転入の期限が迫っている。ただでさえ二学期からの転入生は浮きがちなのに、ここを逃すと更に微妙な時期の転入生になってしまうのだ!

 

「えー、じゃあその隣にある鋭利高校とか……」

「オマエが上条との接点を増やしたいだけじゃねーか!」

「ま、冗談はここまでとして、まずは自分が高校に行って何をやりたいかを考えるのが一番じゃないかな?」

「何を、やりたいか……?」

 

 あまり意見を飲み込めてないのか、春暖嬉美は首を傾げる。

 彼女が戸惑っているのも仕方がない。進学先を選ぶだなんて一年はかけて考える問題を、一ヶ月で考えなくてはならないのだから。

 

「それは将来メイドに成りたいなら繚乱家政女学校に入るべきみたいな話か?」

「そんなちゃんとした将来の事まで考えなくてもいいよ。もちろん、考えるのが悪い事だとは言わないけどね」

 

 将来の夢があるのならそれで良い。

 でも、将来の夢がないからと言ってそれは恥じるべき事ではない。

 

「君が言うように将来の就職を考えて高校を選ぶのも良い。だけど、高校へ進学する理由は何も勉学のためだけとは限らない。みんなが行っているから行くとか、青春を楽しみたいから行くとかね?」

「……そんなんで良いのか?」

「良いさ。人生を楽しめるのなら何でも。何か学びたい事があるのなら少しでも上の高校を狙った方が良いけれど、青春を味わいたいのなら学力よりも馴染みやすさを重視するべきだ」

 

 それこそ、当麻くんが通う高校のように。

 当然、どちらか片方を選ぶ必要もない。基本的に多くの人々は将来と青春の両方を考え、両方を考慮した高校へ進学する。

 つまり自分の学力に合った高校の中から、自分が馴染みやすそうな校風の高校を選ぶ。

 

 ただし、難しいのはここが学園都市であるということ。

 学園都市における『学力』とは、イコールで能力の強度(レベル)に結び付けられる。つまり、嬉美の学力は学園都市の中でも最高峰に位置付けられる。

 しかし、そんなエリート校の校風は嬉美には合わない。彼女は元は、無能力者(レベル0)として路地裏でケンカしていた人間だから。

 

「君が持つ能力も、君の境遇や過去も、君と共に暮らす僕の事も一旦は忘れて良い。嬉美(きみ)はどうしたい? 通う学校に何を求めているのかな?」

「…………」

 

 嬉美は何も答えられず黙る。

 だって、将来なんて考えたことがなかった。

 塀に囲まれた少年院の中では、将来だって行き止まりのように思えたから。

 

「まあ、ゆっくり考えても大丈夫だよ。夏休みが終わるギリギリまでなら、学園都市統括理事長の権力で二学期の転入を捩じ込めるから」

「……ああ、ありがとう」

 

 カタカタ、と首にかかった十字架が揺れる。

 そろそろ時間だ。慌てて床に広げたパンフレットを片付け、外出の支度を整える。

 

「あれ? 予定なんかあったか?」

「仕事……というか、仕事の前準備だね」

「?」

「僕は監査機関(エグリゴリ)の一員として魔術師を発見しだい通報する役目があるけれど、その検知が早くなるようにあらかじめネットワークを作っておこうと思ってね」

 

 オカルトを見たら僕にまで連絡がいくネットワーク。学園都市には不似合いなそれを構築しておく必要がある。

 

「オマエの『原作知識』とやらがあれば、魔術師の襲撃はあらかじめ分かってるんじゃねーの?」

「いやぁ、この『原作(せかい)』にはスピンオフが多いからね。僕の知識が全てを網羅できているとは限らないし、忘れている所も多い。それに、僕の『記憶』とこの世界が必ずしも合致するとは限らない」

 

 例えば、食蜂操祈(しょくほうみさき)のクローンという存在は、僕が知らないだけで『原作』にも存在した可能性はある。

 だけど、アウレオルス=イザードが7月下旬に学園都市にいたというのはあり得ない。彼が襲来するのは八月だからだ。

 

「多分、この世界は僕が知っている『原作』の並行世界(if)なんだろうね。だから、登場人物の性格や能力は同じでも、展開が異なる」

「並行世界……」

 

 この世界における歴史とは、釘を打ったパチンコ台にゴム紐を掛けるようなもので、結局は一本線に過ぎない。

 それが学園都市における『歴史のゴム紐説』。世界は一本であり、いくつかの分岐を掛け違える事により様々な並行世界が生まれる。本当に並行する世界がいくつもある訳ではない。

 

 しかし、とある外伝(スピンオフ)でその前提は覆された。

 『とある魔術の電脳戦機(バーチャロン)』。そこで証明された『複数の世界が文字通り並行的に並んで存在する』仮説。

 一本だと思われていた歴史のゴム紐は、あるいは無数の細い()の集合だったのかもしれない。

 

 僕は『原作』と同じゴム紐(世界)の、『原作』とは異なる(歴史)へ至った。

 学園都市がリリン・プラジナーという一人の少女に置き換えられるほどの差異はなくとも、僅かながらに『原作』と異なる世界へ。ブルーストーカーがタングラムと接触して並行世界へ放逐されたように、僕もまたこの異世界へと至ったのだ。

 

「そんなネットワークとか、どう作るんだ?」

「さぁ?」

「さぁって……オイ」

「いやいや、流石の僕も専門外だからね。詳しくない事は専門家に任せるさ。勿論、対価は支払った上でね」

 

 アレイスターの『滞空回線(アンダーライン)』は借りない。

 彼の力に頼りすぎるのは後々の負債になるだろうし、そもそもそんなプライバシー完全無視の代物を許せる訳がない。

 

 必要なネットワークは二つ。

 人力の口コミと電子機器などを用いた監視網。情報屋と凄腕のハッカーが必要となる。

 そして、後者はともかく前者にはある程度目星がついていた。

 

 

「大丈夫さ。名前からして、彼女とは相性が良さそうだからね」

 

 






継雲雷糸がコンタクトを取る専門家はだーれだ?
ヒントは原作に登場する人物です。


《原作キャラ紹介コーナー》

▽リリン・プラジナー
初出:とある魔術の電脳戦機
別の並行世界において、あらゆる最先端技術を開発、運用、管理する少女。科学技術の提供者にして門番。タングラムの生みの親ともされる。
実は、学園都市と同一の存在。プラジナーは様々な並行世界にて、予言書、スパコン、エイリアンの惑星などバラバラな進化を遂げたが、この世界では学園都市という可能性を得た。


▽ブルーストーカー
初出:とある魔術の電脳戦機
二五歳の男性と推定される、別の並行世界の人間。過去にタングラムに拒絶され、あらゆる並行世界へ散り散りに飛ばされた者達の妄念の塊。
学園都市を少女の形に折り畳む事で、第二のプラジナーとも呼べる存在を作り出し、タングラムに接触して力を制御する事を目論んだ。


▽タングラム
初出:とある魔術の電脳戦機
あらゆる事象の中心点とでも呼ぶべき存在であり、単一の存在でありながらあらゆる並行世界に同時にアリバイを持つ時空因果律制御機構。
接触に成功すれば、文字通り世界を手中に収める事ができる。一方で、タングラムには意思のようなものがあり、リリン・プラジナー以外が触れると別の並行世界に放逐される。

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