食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第二六話 張り巡らされた糸 Queen_of_Spider.

 

 

「は……?」

 

 

 カプセルホテルのような狭い室内で、一人の女が声をあげた。その部屋は窓がなく、ガタガタと揺れる奇妙な場所だった。

 その部屋の主は、タイトなジャケットにロングスカートを穿いた若い女。その手には数十人にも及ぶ人物の名が書かれたメモが握られている。

 

 『仲介人』。

 学園都市の『暗部』にはそう呼ばれる仕事がある。

 『暗部』の中にもランクがあるが、『アイテム』や『メンバー』のような大物ではなく、末端の人間を統率する役割。いわば、中間管理職である。

 

 彼女はそんな『仲介人』の一人だった。

 

「チッ。何が起こってやがる?」

 

 彼女がこうまで声を荒げるのは珍しかった。

 この『暗部』の中でも彼女は上位に位置する折り紙付きの『仲介人』。業界の中じゃ、その正体は実体のないAIなんじゃないかとさえ噂されるほどの実力者。

 

 誰も彼女に辿り着けず、一方で彼女は安全圏から末端に指示を出す。

 覆らない優位。顔の分からない独裁者。──()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 何処かの誰かが、彼女のフリをしている。

 気づかぬ内に、蝕むように、彼女の立場を乗っ取ろうと画策している。

 

 彼女は顔を出さない『仲介人』。

 だからこそ、誰もその成り代わりには気が付けない。

 

 仕事の管理をしているのに、彼女の管理を外れ行動している『駒』をリストアップしてようやく、この事態に気がついた。

 あまりにも巧妙な手口。辺り一面に糸を張って戦場全体を掌握する彼女でさえ掴む事ができなかった情報。

 

(だが、そういう手合いに対処するために暗号は決めてある訳だが……。まさか暗号解読のスペシャリストなんて話じゃねぇだろうな。いや、精神系の能力者という可能性もあるか──)

 

 

 ガタン‼︎ と。

 大きな揺れが彼女の思考を遮る。

 

 

「ッ⁉︎」

 

 女から押し殺した悲鳴があがる。

 それは突如起こった大きな揺れに対して──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(揺れが止まる⁉︎ そりゃ無理ってもんだろ。だって──()()()()()()()()()()()()()⁉︎)

 

 それは女が使う隠れ家の一つ。タンクローリーのような形をした路面清掃車だった。

 

 車体の下にブラシが付属してあり、街中を走行するだけで学園都市を清掃するという謳い文句のそれは、実際のところ中身がハリボテ。

 アルバイトで雇われた運転手はそうとは知らず、その女の隠れ家をあっちこっちに移動させ、誰にも居場所が探知できないように撹乱を行っていた。

 

 だから、誰も彼女に辿り着けるはずがない。

 たとえネット上の先にいる彼女の居場所を念写する能力者がいたとしても、動き続ける彼女の居場所を捉える事は不可能なはずなのに。

 

(……とうとうヤキが回ったか?)

 

 『駒』の名前が書かれた紙切れを飲み込む。

 トウモロコシのデンプンを固めて作った紙切れで、インクはチョコレート。飲み込みさえすれば証拠は残らず消化されるだろう。

 たとえこの先、女が誰かに捕まったとしても『駒』の情報はこれで漏れない。『仲介人』としてのプライドがそれを許さない。

 

 腰の拳銃に握り、車を止めた『誰か』を待つ。

 この街の拳銃は本体に金属が使われていないから、女でも扱いやすくて助かるぜ……と命を預ける相棒を心強く思う。

 

 そして、暫くして。

 狭い部屋に光がもたらされる。

 タンクローリーのような形をした部屋が、開いた。

 

 

「やあ。初めまして、『蜘蛛の女王』」

 

 

 一瞬、思考が止まる。

 自分の名を告げられたから、ではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 肩のあたりまで伸びた蜂蜜色の髪。

 人形のように整った端正な顔立ち。

 年齢は中学生くらいだろうか。しかし、少女は老成した笑みを浮かべ、そのアンバランスさがかえって魅力を生み出している。

 

「……アンタは?」

「僕の名前は継雲雷糸(つくもらいと)。君の立場を蝕んでいる者……と説明したら、分かるかい?」

「ああ、分かったぜ。アンタが私の敵って事がな」

 

 分からない。

 『暗部』の人間か、あるいは警備員(アンチスキル)ならまだ分かる。

 だが、『表』の匂いのする人間が『蜘蛛の女王』の立場を乗っ取ろうとしている理由が分からない。

 

「……一つ訊かせろ。アンタ、私の居場所がどうやって分かった? ハッキングによる逆探知はできないはずだろ」

「ああ、それ? ()()だよ」

 

 少女は無造作に首にかかったアクセサリーを見せつける。

 十字架だろうか。ファッションとしてなら兎も角、それ単体としては学園都市ではなかなか見かけない物だった。

 

「ダウジングって言ってね。振り子と地図を使って目的のものを探査する魔術がある」

「…………は?」

「大地と地図を『偶像崇拝の理論』で照らし合わせるだけの簡易なモノ。地脈の力を使っているから魔力を精製する必要がなくお手軽で助かったよ。その代わり、本職の魔術師相手なら簡単に対策される程度のものらしいけれど」

「ふざけてんのか?」

「大真面目さ。まあ、移動している事が判明した後はちょっぴり苦労したけどね。車種さえ判明したら後は簡単だったかな」

 

 理解できない言動。

 ヤク中のうわ言としか思えない。

 なのに、呑まれる。少女から漏れる雰囲気(オーラ)に判断力が麻痺する。

 

「僕からの要求は二つ」

 

 来た。そう思った。

 蜂蜜色の少女は二本指を立てる。

 状況は圧倒的に不利だが、この交渉で何とか巻き返さなければならない。

 

「一つ目は、君が管理する『駒』──張り巡らされた蜘蛛の糸(ネットワーク)を利用したい」

「断る、と言ったら?」

「別に断っても良いよ。その時は君じゃなくて僕が『蜘蛛の女王』をやれば良い」

「チッ。最初(ハナ)ッからそれが狙いか」

 

 断れない。断れる訳がない。

 たとえこの少女に首輪をかけられる事になったのだとしても、『蜘蛛の女王』というネームバリューを奪われ、裸一貫で『暗部』に放り出されるよりはよっぽどマシだから。

 

「なんで私だった? 何らかのネットワークを築きたいのだとしても、『仲介人』の私よりもどっかの情報屋を探した方が楽だったはずだぜ」

「何人か見てきた中で、君が一番優しかったからかな」

「……何?」

「君は安全圏から末端に指示を出しているけれど、それは自分の安全のためであって、ちゃんと『駒』の事は大切に思っているタイプだろう? だから毎回、戦場の全てを掌握して『駒』に危険が及ばないように手を回している」

「…………、」

「善人……とは違うかな。仲間意識、あるいは責任感。仲間を裏切れないタイプ。多分、君は望んで『暗部』に落ちた人間じゃない。自分の事が一番大切だという気持ちはある。不利益を被ってまで人助けするほどお人好しじゃあない。だけど、自分が安全圏にいて相手の存在が自分の利益となるのなら、君はどんな苦労をしてでも『駒』を助けようとする人間だ」

「……アンタが私の何を知っている」

「知らないさ、何も。君の本名も、君の性格も。だけど、君にお世話になった『駒』達の頭は覗いた。随分と慕われているみたいだね、君は」

 

 反射だった。

 腰に備えていた拳銃の引き金を引く。

 

 ヒュン‼︎ と空気を裂く音が響く。

 撃ち放たれた弾丸。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「すまない、言い方が悪かったね。君の『駒』には手を出していない。みんな無事だよ」

「────」

「褒め言葉のつもりだったのさ。たとえ内心で何を考えていようと、実際の行動が善行ならばそれは讃えられるべきだから」

 

 少女の言葉が頭に入らない。

 目の前の光景を理解できない。

 十字架から超高速で放たれた黄金の鏃が弾丸を弾き、その弾丸はどういう訳か黄金に変化して転がっていた。

 

「あっ、黄金は証拠の隠滅が大変そうだ。何か別の物質に変える事はできるかい?」

『当然。ならば塩だ。塩は黄金と同じく錬金術において重要な物。自然、我が「瞬間錬金(リメン=マグナ)」を差し替えるのにこれほど適した物はないだろう』

「塩、塩化ナトリウムか。それなら街に溶け込みそうだ」

 

 瞬間、黄金の弾丸は白い粉となって崩れた。話の流れからして、塩に変わったのだろうか。

 訳が分からない。まさかあの一瞬で原子配列を変換したとでも言うつもりか。

 

 へたり、と力が抜けて地面に座り込む。

 抵抗する気力はもうない。こんな化け物に勝てるとは思えない。

 

「はぁ……いいさ、煮るなり焼くなり好きにやってくれ」

「心配しなくて良いよ。使い捨てるつもりも、君を苦しめるつもりもない。君が『駒』の事を大切に扱っているみたいに、僕も君を仲間として大切にするよ」

 

 少女は──継雲雷糸は、毒気が抜ける笑みでそう言った。

 仕方がない。銃を撃った女を咎めもしない馬鹿な少女、『表』の匂いがする優しい子供だ。『暗部』よりはマシな待遇をしてくれると信じよう。

 

(それに私の『駒』が──『暗部』に落とされたアイツらがまた、陽の当たる場所で働けるのなら)

 

 それも良いか、と。

 『蜘蛛の女王』は安堵の息を吐いた。

 

「それじゃあ、『蜘蛛の女王』。まずは──」

「──その前に、その呼び方を辞めようぜ」

「うん?」

 

 少女は首を傾げる。

 その表情と周囲の状況とのチグハグさに笑いそうになりながら、女は自らの携帯端末を継雲雷糸に放り投げた。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 少女は目を見開く。

 その様子に、ようやく意表をつけたと笑みを浮かべる。

 

「裏で糸を引くのが『蜘蛛の女王』だぜ。アンタに操られた人形がそう名乗るのは相応しくないってもんだろ」

 

 どうせ誰が『蜘蛛の女王』をやったって末端は気付けないんだ。代替わりしたって問題はない。

 

「……ふふ、面白いな君は。良いよ、分かった。これからは僕が二代目『蜘蛛の女王』だ。君の事は何と呼べば良い?」

「アンタの好きなように」

「ふむ……」

 

 数秒考えて、『蜘蛛の女王』は言った。

 

 

「これから宜しく頼むよ、僕の『側近』」

「仰せのままに、私の『女王』」

 

 

 

 

 

「ところで要求の二つ目って何か訊いても良いかい?」

「女子高生の転入先を探しているのだけれど、進学の相談をしている人とか紹介してくれない?」

「進路相談に『暗部』を使うな‼︎」

 

 






ちなみに、継雲雷糸がコンタクトを取る専門家はあと二人います。だーれだ?


《原作キャラ紹介コーナー》

▽蜘蛛の女王
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
タイトなジャケットにロングスカートを穿いた若い女性。
学園都市の『暗部』において、末端の人間を統率する『仲介人』。業界では『実体のないAIである』なんて噂も存在する。

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