食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第二八話 不可解な糸と意図 Mystery_Circle.

 

 

 ピロン、と。

 携帯電話がメッセージを受け取って震える。

 その内容を見て、少女は呟いた。

 

 

「────引っ掛かった」

 

 

 漫画喫茶の一室。そこには夏だとしても明らかに薄着すぎる、ビキニの上からピンクのパーカーだけを纏ったおかっぱ少女が一人。

 ディスプレイだけが室内を照らす暗い部屋の中で、カタカタとキーボードを叩く音が響く。その傍らには、あちこちから得体の知れないアンテナが飛び出し、パンパンに詰まったグレーのリュックも置かれていた。

 

 その少女の名は、烏丸府蘭(からすまふらん)

 UFOを探す過程で、学園都市の技術者にも引けを取らない技術力と情報収集力を手に入れた『外』から来た研究者──()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の目的──直属の上司、最大主教(アークビショップ)ローラ=スチュアートから下された命令(オーダー)は『継雲雷糸(つくもらいと)のコントローラになる事』。

 そして、これは明言されなかったが、恐らく監査機関(エグリゴリ)をコントロールする事も期待されているのだろう。

 

(ですけど、継雲雷糸は交友関係が狭すぎるので、無理に近付けば怪しまれるのです)

 

 故に、引っ掛かるのを待った。

 近付かず、姿を見せず。しかし、継雲雷糸が必要とするだろう役割に居座って。釣り糸を垂らすように、ただ相手の方が近付いて来るのを待った。

 

 そして、一ヶ月近い待ちの結果、ようやく釣り針に標的が引っ掛かった。

 受け取ったメッセージには、継雲雷糸が烏丸府蘭に対して協力を持ち掛けたいという内容が書かれてあったのだ。

 

(このまま一気に懐に潜り込みたい所ですけど……相手は精神系の能力者、今は付かず離れずの距離で連絡を取り合うのが一番なのです)

 

 直接姿を見せる事はなく、それでいて信頼できる人間としての地位を得るため、府蘭は了承の旨を返信してから有益と思われる情報を添付する。

 

「…………、」

 

 チクリ、と僅かに痛む胸。

 今から烏丸府蘭は、ニコニコの笑顔の裏側で継雲雷糸を裏切りながら、それでもニセモノの笑みを浮かべて接しなければならない。その事に、府蘭の良心が痛む。

 

 それでも、止められない。

 スパイとして育てられた少女は、命令に抗おうとすら思わない。──()()()()()()()()

 

「……ごめん、なさい」

 

 タン、とエンターキーを押す。

 メッセージは送信された。これで継雲雷糸と烏丸府蘭には関係ができた。

 

 しかし、少女は気付かなかった。

 府蘭が釣り糸を垂らしていたように、継雲雷糸もまた糸を伸ばしていた可能性がある事に。

 そう、例えば、それは()()()()。この出会いが自らの運命を大きく変えるとは、少女には知る由もなかった。

 

 

 

 

 ピロン、と。

 携帯電話がメッセージを受け取って震える。

 それは先ほど連絡を送った烏丸府蘭からの返信だった。

 

(……直接会うのは、やっぱりダメだったか)

 

 分かりきった事だったが、少し落胆する。

 溜め息を吐いて、蜂蜜色の頭を掻く。

 セミロングの髪が首元に当たるくすぐったい感触にも慣れたこの頃だった。

 

 烏丸府蘭、ローラ=スチュアート直属の間諜(スパイ)

 彼女と会いたかった理由は二つあった。

 

 まず、彼女は僕──継雲雷糸のコントローラとして派遣されているはず。

 ならば、彼女の行動からローラ=スチュアートの意図を読み取る事ができる。魔術サイドとの関わりが多くなるのならば、あの悪魔の悪巧みを見抜けるのは大きなメリットとなる。

 

 しかし、そんなのは失敗しても良かった。

 本当に大切だったのは、もう一方の理由。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……大丈夫、失敗した訳じゃない。ただ、もう少し時間がかかりそうってだけさ。切り替えよう)

 

 気を取り直して、烏丸府蘭が送ってくれた情報に目を通す。

 学園都市で起こった大小様々なオカルトらしき現象と、それを引き起こしたとされる怪しげな不審者。資料の大部分は注釈にて科学的(あるいは超能力的)解釈がされているため、恐らくは魔術とは関係のない問題が大半なのだろう。

 

 しかし、たった一点。

 ()()()()と記述された文章に意識が集まる。

 

 『不死鳥』と呼ばれる学園都市のアングラ系ネット検索エンジンから、烏丸府蘭が見つけた情報。

 通常のSNSなどでは見つける事のできない、流出した個人情報や機密データなど本来ならば直ぐに削除される書き込み・動画をかき集めた悪意の掃き溜め。そのサイトでしか探せなかった、何ら変哲のない書き込みにも(かかわ)らず削除されたとある写真。

 

 それは、路地裏に描かれた謎の模様。

 心理学的なアプローチでも解析されたようだが、少なくとも科学的には()()()()()と判断される落書き。

 メッセージの中で烏丸府蘭はミステリーサークルの一種かも知れないと紹介しているが、彼女の言いたい事は何となく分かる。つまり、この模様は()()()の可能性があるのだ。

 

(……少なくとも、『原作』では読んだ覚えがないエピソード。いや、そもそも、この時期は路地裏にはマネーカードがばら撒かれていたっけ)

 

 本来ならば起こり得なかった魔術事件。

 それが僕の介入によって生じた可能性はある。

 写真の場所は、ここからそう遠くない。現場を一度見るだけでも価値はある。

 

「嬉美、ちょっと調査に────」

「──オイ、馬鹿! 髪は引っ張るんじゃねーよ!」

 

 振り返ると、嬉美は一〇歳くらいの子供達に群がられていた。

 ドレンチャー=木原=レパトリが保護した『置き去り(チャイルドエラー)』の子供達。同じ境遇故のシンパシーでもあったのか、目を離したほんの一瞬で彼女は子供達に懐かれていた。

 

「あ、わりー。なんて言った?」

「いや、僕は調査に向かおうかと思ったのだけど……」

「……お姉ちゃんもう行っちゃうの……?」

 

 体操服を着た女の子の一人、リサコと呼ばれた少女が瞳を潤ませる。

 それだけじゃない。嬉美の髪を引っ張ってちょっかいをかけていた男の子、ソダテと呼ばれていた少年を口を尖らせている。

 

(ふふふ。初めは子供は苦手だとか言っていたくせに、随分と好かれるじゃあないか)

 

 夏休み明けに突然転校して、同年代の子供と関わり始めるのも急で負担がある。少しばかり年齢は下だが、いっそここで子供相手にコミュニーケーションの練習をするというのは如何だろうか。

 

「……レパトリくん、嬉美がもう少しの間ここにいても構わないかな? 後で山川という男を迎えに寄越すから、それまで」

「構いませんよ。あの子達も、見慣れないお姉さんと関われて喜んでいるようですし」

「……オイ、調査はどうするつもりだ?」

「僕一人で行くよ。心配しなくてもダミーくんは連れて行くし、そもそも痕跡を調べるだけで戦闘の予定はない。君は彼らと遊んでいてくれ」

「…………、」

 

 納得が行かなそうに、嬉美は顔をしかめる。

 責任感がある子だ。そして、意味のない遊びに耐えられない子でもある。それを大人びていると褒めるべきか、子供としては健全ではないと諭すべきか。

 ……いや、今はまだ触れるべきではない。それが褒められるべき美点だとは大人(ぼく)は思えないが、それでも、彼女が育んだ心を直すべき欠点とは言ってはならないから。

 

「……そう、だね。遊びという言葉が気に入らないなら、見学と思ってくれたらいい。さっき資料を見た限り、レパトリくんの研究は君の力となるはずさ」

「?」

 

 代案。

 息抜きや遊びを、学習の機会と誤認させる。

 そう、即ち────

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 第七学区の路地裏。

 学園都市でも数少ない(実は意外と多いが)、防犯カメラに映らない死角。

 そんな街灯もない薄暗い場所の地面に、半径一〇センチくらいの魔法陣のようなものが書かれていた。

 

「これが、魔法陣……」

 

 あっさりと見つかった。

 ネット上では徹底的に隠されているようだが、実際の魔法陣はある事を前提に探せば簡単に見つかる程度にしか隠されていない。

 こんな薄暗い道を通る人などほとんどいないだろうが、どこか魔法陣を見つけて欲しがっているような印象も受ける。

 

 地面の魔法陣を靴で軽く擦るが、インクが取れる様子はない。

 メッセージに添付された資料には、第一〇学区で開発された特殊なインクが用いられており、雨が降ろうと洗剤で擦られようと一週間は絶対に消えないと書かれていた。

 

「ダミーくん、この魔法陣……どう思う?」

 

 インデックスに連絡を取る前に、アウレオルス=ダミーに尋ねる。この魔法陣に込められた魔術的な意味合いを。

 そして、数秒間の沈黙の後。ダミーは呆然とした声で呟いた。

 

 

『呆然、この魔法陣には……()()()()()()()

「────はい?」

 

 

 数秒、思考が止まる。

 その言葉を理解するのに、時間がかかった。

 

「…………え?」

『この魔法陣はデタラメであり、オカルトのように見せかけた落書きに過ぎない。当然、此処に魔術的な意味合いなど存在しない。錬金術を使って似たように着色する事はできるが、この魔法陣を作っても何の意味もない』

「………………それ、は」

 

 ならば、この落書きは一体何のために書かれた?

 イタズラ? いいや、それならば何故ネット上に投稿された写真は消された。この落書きを書いた者とネット上の写真を削除した者が同一人物ならば、この落書きが見つかりたくない理由があるはずだ。

 ……いいや、それも可笑しい。見つかりたくないにしては、隠蔽が杜撰すぎる。ネット上でいくら隠蔽したとしても、物理的に見つかる可能性が高ければ何の意味もない。

 

 考えて。

 考えて。

 考えて。

 

 僕は、一つの回答に辿り着いた。

 

 

「──()()‼︎」

 

 

 この落書きは罠だった。

 たった一人を狙い撃ちした、罠だった。

 

 例えば『原作』において布束砥信(ぬのたばしのぶ)という少女は、『妹達(シスターズ)』が虐殺される『実験』を止めるため、路地裏にマネーカードをばら撒いて死角を人の目で埋める事で妨害を行った。

 同じように、あの意味のない魔法陣もまた、()()を死角に誘き寄せるためのモノだったとしたら。

 

 そして、その誰かとは。

 ネット上の消された情報すら見つけ出せる『科学』の人間であり、側から見れば何の意味もないオカルトを探す『魔術』の人間。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(マズイ! ここは一旦逃げ──)

 

 

 ──()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そうだ。それは当然の帰結。

 目的の人物を死角に誘き寄せたのならば、次にやる事は()()()()()()()()

 今、背後には、僕を殺す刺客がいる‼︎

 

 ギギギギギ、と。

 錆びたブリキみたいに、ゆっくりと後ろを振り返る。

 

 そして。

 そして。

 そして。

 

 

「へェ、オマエが次の『実験』のダミー人形(ターゲット)って事で構わねェンだな?」

「──────ぁ」

 

 

 そして、あり得ないモノを見た。

 

 それは一五、六歳の子供。

 穢れない白い髪、少女のような白い肌、血のように染まった赤い瞳。それはアルビノのようで、身体全体を通して色素が少ない。

 掴めば折れそうな……という文言が偽りにならない程度の強度しかないだろうに、見る者に鋭いナイフの切っ先をイメージさせる、針金のように細い体。華奢で男か女か分からないような姿形。

 

「イイねイイねェ! 一万回も同じ事を繰り返してイイ加減に飽きてきた所なンだ。ここらで味変ってのも最高じゃねェかァ?」

 

 見た事のある、非常に印象深いその姿。

 学園都市が誇る『最強』の超能力者。

 学園都市で唯一、ベクトルを操作する能力を持つ者。

 

 学園都市第一位の超能力者(レベル5)

 その名も──

 

 

一方通行(アクセラレータ)……‼︎」

「『実験』を始めよォぜ、人形(クローン)! 愉快なオブジェにしてやっからさァ‼︎」

 

 






《原作キャラ紹介コーナー》

▽リサコ
初出:創約とある魔術の禁書目録3巻
一〇歳くらいの少女。体操服を着て、フリルサンド#Gを確立させるためのモーションセンサーを装着している。
ドレンチャー=木原=レパトリの下で暮らす『置き去り(チャイルドエラー)』の一人。


▽ソダテ
初出:創約とある魔術の禁書目録3巻
一〇歳くらいの少年。体操服を着て、フリルサンド#Gを確立させるためのモーションセンサーを装着している。
ドレンチャー=木原=レパトリの下で暮らす『置き去り(チャイルドエラー)』の一人。


布束砥信(ぬのたばしのぶ)
初出:とある科学の超電磁砲18話
長点上機学園の三年生。ウェーブのかかった髪とギョロ目(アニメ版ではジト目)が特徴的な少女。制服の上から白衣を着用している。
生物学的精神医学の分野を専門とする研究者。『量産型能力者(レディオノイズ)』計画に参加しており、学習装置(テスタメント)妹達(シスターズ)に使用する際の監修を行った。
絶対能力進化(レベル6シフト)』計画にも参加していたが、妹達(シスターズ)を作り物だと思えなくなり、路地裏にマネーカードをばら撒く事で『実験』の妨害を行う。

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