食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第二九話 第一位の超能力者 Number_“ONE”.

 

 

「いや無理無理無理無理!」

「アッハァ! ンだァその逃げ腰はァ! 愉快にケツ振りやがって。売女のマネでもしてンのかァ⁉︎」

 

 後ろは振り返らない。

 僕はなりふり構わず全力で逃走していた。

 

 背後に白い怪物が迫る。

 狭い路地裏、短い直線距離。それでも僕が逃げられていたのは奇跡でも何でもなく、()()()()()()()()()()()()()

 

「ほらほら避けてみろよォ! まだまだ遊び足りねェンだこっちはよォ‼︎」

「……ッ……ぎ!」

 

 怪物が小突いた石ころが、超高速で飛来する。

 それは音速に近い速度で僕の右足を撃ち抜き、その骨を打ち砕いた。

 

(これが……最強の、超能力(レベル5)……‼︎)

 

 学園都市第一位の超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)

 その能力の名もまた『一方通行(アクセラレータ)』。運動量・熱量・電気量など、あらゆる向き(ベクトル)は皮膚に触れるだけで自由自在に変更される。

 

 あらゆる攻撃は通用しない。

 たとえ核ミサイルが直撃しようとも傷一つつかない。

 睡眠時に不意打ちで奇襲を仕掛けても、デフォルトで設定された『反射』がそのまま攻撃を相手に返す。

 

 (まさ)しく、『最強』。

 その先を目指すという目的が、馬鹿らしく思える程までの頂点。

 

「ッ、夢幻能力(デイドリーム)──『洗脳能力(プリセット03)』‼︎」

「効かねェな。ザコを潰すのなンか飽き飽きだっつゥのによォ。虚しくてたまンねェよホント」

 

 そして、僕の能力もまた通用しない。

 食蜂操祈(オリジナル)心理掌握(メンタルアウト)もそうだが、僕らの精神干渉の原理は『ミクロレベルの水分操作』によって脳内物質の分泌や配分に影響を与えて、間接的に精神に干渉するというもの。

 つまり、僕らが持つのは脳の中の水分を移動させる能力。即ち、そこには力の向き(ベクトル)が存在する。

 

 そして、御坂美琴(みさかみこと)が電撃を放つだけでなく電磁力線の目視が可能なように、一方通行(アクセラレータ)もまたベクトル操作だけでなく『ベクトルの観測』が可能となる。

 即ち、自身の脳内に発生したベクトルを捉え、逆向きのベクトルをぶつける事で精神干渉を無効化できる。

 

 僕では勝てない。改めて、そう思う。

 能力は効かず、抵抗は無意味。

 右足は折れて、逃走は不可能。

 僕にできるのは、もはや苦し紛れに言葉を放つ事だけ。

 

「……もう、いいだろう?」

「あン?」

「僕は君の心を知っている。だからもう、止めよう。()()()()()()()()()()()()()()()()

「────────、」

 

 それは。

 命乞いの言葉ではなく。

 心から、一方通行(アクセラレータ)を案じての言葉だった。

 

「初めの殺しは過失だった。妹達(シスターズ)との戦闘。彼女が放った弾丸を『反射』した結果、彼女の弾丸が彼女を貫いて死んでしまった」

「…………、」

「君はそれに耐えられなかった。だから、彼女達が人間である事から目を背けた。……そして、彼女達を犠牲にしても得ようとした目的に固執した。ああ、それは当たり前の防衛反応だ。でもね、言わせて貰うけど、君がその罪から目を背ける必要なんてなかったんだ。だって、一万回の殺害は兎も角──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画。

 一方通行(アクセラレータ)が御坂美琴のクローン──『妹達(シスターズ)』を二万回殺害して、『絶対能力(レベル6)』という前人未到の高みへ進化(シフト)させる『実験』。

 

 ……ふざけやがって。

 クローンを虐殺するという内容だけじゃなく、その罪をたった一人の子供に背負わせるというのが気に食わない。

 人の命を何だと思ってやがる。子供の心を何だと思ってやがる!

 

「君がするべきだったのは更なる強さを求める事なんかじゃなかった。『最強』を超えた『絶対』に手を伸ばす事なんかじゃあなかった。……自分の『弱さ』を打ち明けて、誰かに助けを求める。ただ、それだけで、君の周りには人が溢れていたかもしれなかった」

「……………………、……………………………………………………………………………………………………」

 

 それだって、この子の責任じゃない。

 『弱さ』を打ち明けられない、『絶対』に手を伸ばすしかない。そんな環境を作り出したのは、この街の大人なのだから。

 

 

「……もう、やめよう。これ以上、ふざけた大人のために君が罪を重ねる必要なんて、そんなのこれっぽっちも存在しない!」

 

 

 手を差し出す。

 一方通行(アクセラレータ)は思い出す。

 いつか、どこかで、こんな光景を待ち望んでいた子供(じぶん)がいた事に。

 

 

「…………もう、遅ェンだよ」

 

 

 だけど、もう手遅れだ。

 一方通行(アクセラレータ)はそう思った。

 既に一万人近い人形(クローン)共を殺害してきた怪物が、今更その認識を変える事なんてできやしない。

 

「はン! 人形(クローン)が一丁前にほざきやがる。精神攻撃でも覚えたかァ? だがなァ、無駄なンだよォ! オマエはただ人形だ! 俺に喰われるために産み出されたエサなンだよォ‼︎」

「……ああ、分かった。なら、仕方ない」

 

 一方通行(アクセラレータ)は抜け出せない。

 大人達が勝手に決めた『怪物』の人生(レール)から外れる事はできない。

 

 ならば。

 覚悟を決めろ、継雲雷糸(つくもらいと)

 

 

「これ以上、子供(きみ)に罪を背負わせてたまるか‼︎」

 

 

 目の前の子供のために。

 目の前の子供を倒す!

 

 瞬間、一方通行(アクセラレータ)は目を疑った。

 自らがへし折った右足、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「いくぞ、『最強』。僕の魔術(オカルト)をもって、君の科学(サイエンス)を覆す‼︎」

 

 

 

 

「らいとは何のために魔術を使いたいの?」

 

 魔術を習いたい。

 そう頼んだ時に、とある少女が発した言葉。

 

「魔力の精製は出来ているし、私の頭を覗いた影響で基礎知識は揃ってる。これ以上を求めるのなら、まずは目的をきちんと定める必要があるんだよ」

 

 目的。

 即ち、魔術師がその胸に刻む“魔法名”。

 

「魔術に手を染めるって事は、当たり前の道から外れるって事なの。らいとはある? その目的のためならどんな外法だって扱ってみせるという覚悟が」

「あるさ」

 

 即答する。

 僕はその目的のためならば何だってできる。

 前世(かつて)、そのために世界を纏めたように。

 今世(これから)、そのために世界にケンカを売るように。

 

 そして。

 老人(しょうじょ)は、一言呟いた。

 

 

「──子供に夢と希望を(S o m n i u m 9 9 9)

 

 

 

 

「幻覚ッ、いや光の屈折かァ!」

 

 一方通行(アクセラレータ)はその現象の正体を言い当てた。

 霧のように空気中に細かく散布された水分。敵はそれを操って光の屈折を引き起こし、あたかも右足が折れていたかのような幻影を見せていたのだと。

 

(コイツの能力は『ミクロレベルの水分操作』による精神干渉! それを拡張して目に見えるレベルの現象を引き起こしたか!)

 

 だが、それは常に能力を暴走させているようなモノだ。

 それは保って数十秒。能力者に負担が大きく、マトモに運用できるとは到底思えない。

 

「イイねイイねェ! 面白くなってきたぜェ! ンで、そっからどうするつもりだァ?」

「…………ッ」

「ンな程度の攻撃が俺に効くとでも思ったかァ⁉︎ 幻影(ニセモノ)幻影(ニセモノ)! それがホンモノになる事はねェ! 俺の目は誤魔化せてもオマエのそれが俺に当たる事なんざあり得ねェンだよォ‼︎」

 

 瞬間、景色がブレる。

 拳を構えた継雲雷糸が懐に潜り込む。

 

 だが、一方通行(アクセラレータ)はそれを無視した。

 一方通行(アクセラレータ)の能力効果範囲──『保護膜』と呼ばれる体表から数センチの範囲に侵入しても、その力の向き(ベクトル)を感じない。つまり、それは幻覚(ニセモノ)であって現実(ホンモノ)ではない。

 故に、その幻影を無視して、石を散弾のように飛ばそうと地面を蹴り上げ──

 

 

 ──()()()‼︎ ()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………ぁ、……え…………?」

 

 突然仰向けになった視界。

 ズキズキと神経に走る痛み。

 起き上がって鼻を抑えると、その手は真っ赤に染まっていた。

 

 そこまでしてやっと、一方通行(アクセラレータ)はその現実を認める事ができた。

 

「なンだコリャああアッ⁉︎」

 

 即ち。

 一方通行(アクセラレータ)の『伝説』が今、砕かれたという事を。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)の推測はほとんどが正しかった。

 足が折れていたのは幻影であり、それは水分操作による光の屈折で造られたものだった。

 そして、それを引き起こした『暴走能力(プリセット08)』は何度も連発できる技ではない。

 

 しかし、一つだけ見落とした点があるならば。

 

 

 ──彼女(かれ)手札(カード)科学(それ)だけじゃなかった。

 

 

 

 

「────夢想実現(アストラルプロジェクター)

 

 告げる、その魔術の名を。

 夢想(ニセモノ)現実(ホンモノ)に変える、僕が手に入れた夢の力を。

 

 とは言っても、そんな大層なものではない。

 相手が見た幻覚を、実際の物理現象に変換する。ただそれだけの術式。

 エクトプラズムとか、テレズマ像による天使の召喚とか、頭の中の想像を現実に持ってくるというのは珍しい手法ではない。黄金錬成(アルス=マグナ)もそんな魔術の一つだった。

 それどころか、魔術の元となる神話には更に多い。反魂香、アストラル投射、雲外鏡、生霊、ドッペルゲンガー、サタンやマーラの誘惑、力比べで北欧の雷神を負かした一匹の猫など、頭の中にしかないものを現実に引きずり出す伝説というのは数多く存在する。

 

 珍しいのは、それが自分ではなく相手の認識に依拠するという点だけ。

 即ち、初めから夢幻能力(デイドリーム)との併用を前提とした魔術。パントマイムを能力で補った霊的蹴たぐりとも表現できるそれ。

 

「体罰なんて時代遅れだけど、そうでもしなきゃ止まれないだろう?」

「──ハ、面白ェ。最っ高に面白ェよオマエ‼︎」

 

 瞬間、爆発するような速度で接近する一方通行(アクセラレータ)の無防備な顔面に、更なる拳を叩き付ける。

 再び、一方通行(アクセラレータ)は地面に叩きつけられ、勢い良く転がる。少女の細腕による殴打(パンチ)であっても、少女以上に虚弱な一方通行(アクセラレータ)負傷(ダメージ)を与えるには十分だった。

 

 

(ッ、()()()!)

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ズキンズキンと悲鳴をあげる脳味噌。

 本来、『暴走能力(プリセット08)』は一度限りの自爆技。そう何度も──それもどんな現象を引き起こすか指定した上で──使用するような力ではない。

 

(まだ気絶させるには足りないか⁉︎ だけど、能力はあと一回が限界っ! 一度の機会(チャンス)で気絶にまで追い込めるかッ⁉︎)

 

 そして、同時。

 一方通行(アクセラレータ)もまた思考を回していた。

 

(俺の反射が破られるなンざあり得ねェ。だから、この痛みも幻覚(ニセモノ)なンだろォ? つまり、オマエの能力(チカラ)とはまた別方式の精神干渉──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 一方通行(アクセラレータ)はこの現象を、水分操作による光の屈折の応用だと予想した。反射のリストに登録していない『光』を利用して、一方通行(アクセラレータ)幻痛(ダメージ)を与えているのだと。

 魔術(オカルト)を知らないが故にその予想は的外れではあったが、しかし、その対応自体は的確だった。つまり──

 

 

「周囲の霧を吹き飛ばす! それで仕舞いだろォが‼︎」

 

 

 轟‼︎‼︎‼︎ と。

 一方通行(アクセラレータ)を中心に暴風が渦巻く。

 怪物が作り出したその風は、幻影を生み出すための水分操作を許さない。

 

「オマエはこの第一位(オレ)を相手によォく頑張った。イイ加減、楽にしてやるよォ‼︎」

 

 一方通行(アクセラレータ)が低く沈むと共に、足元がロケットみたいに爆発する。白い怪物は砲弾のように駆け出した。

 数メートルの距離はたった一歩でゼロになる。暴風を纏う怪物が、死を与える二本の魔手を伸ばした。

 

 水分を吹き飛ばして光の屈折は防いだが、相手がいつ同じ手で隠れるかは分からない。

 だからこそ、一方通行(アクセラレータ)は遠距離からチマチマ攻撃を放つよりも、接近して一撃で殺す事を選択した。それは自身の『反射』に絶対の信頼を持つが故に。

 

 右の苦手、左の毒手。

 触れるだけであらゆる『向き(ベクトル)』を操るその手は、あらゆる生物に問答無用で死を与えられる。

 血の流れを、生体電気の流れを、皮膚に触れて中身を全て『逆流』してしまえば、人間なんて内側から簡単に弾け飛ぶ。

 

()ったァ──‼︎)

 

 

 

 

「────────ハ?」

 

 

 魔手が、空を切る。

 否。厳密には、その手に触れるモノはあった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

『残念、それも幻影だ』

 

 その瞬間、一方通行(アクセラレータ)は想定外の声を聞く。

 この場にいるはずのない第三者──そして、継雲雷糸からしてみれば最初からいた協力者。

 

『しかし、それは先ほど貴様が吹き飛ばした霧によるモノではない。当然、幻影とは一種類ではないのでな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アウレオルス=ダミー。

 彼の用いる瞬間錬金(リメン=マグナ)と呼ばれた魔術は、物質を純金に変化させるだけでなく、純金を操るアンテナとしての機能も有していた。

 それは、変換対象を『純金』から『塩』に切り替えた今も同じ。

 

 ダミーは塩を操った。それも錬金術によって着色された塩を。

 着色された微細な塩で一方通行(アクセラレータ)の周りを囲み、暴風により光の屈折が封じられた瞬間、塩を組み上げて継雲雷糸の像を映し出した。

 

 つまり、ダミーの力で僕の幻影を再現したのだ。まるで、心理掌握(メンタルアウト)を再現しようとした兵器(のファイブオーバーOS)に磁性制御モニターが採用されたように。

 無論、たった一人の眼だけでリアルタイムに動く画面(スクリーン)を作る事はできない。完全に違和感なく景色を書き換えるには複数の視点が必要となるが、アウレオルス=ダミーは自らの同じ魔術人形を複製できる。それらの目を利用すれば、たった一人を騙す事など容易い。

 一方通行(アクセラレータ)が触れたのは、そうやって構築された画面(スクリーン)そのものだった。

 

『さぁ、受け止めたまえ。我ら贋作(ニセモノ)の集大成を!』

 

 画面(スクリーン)に映るのは高速で迫る拳。

 それが見えていても、一方通行(アクセラレータ)には避けられそうになかった。

 

 そして──

 

 

 ──ガツン‼︎ と下から上へ昇るように。

 アッパーカットが一方通行(アクセラレータ)の顎を撃ち抜く。

 脳を揺らす一撃が、あっさりと第一位の意識を刈り取った。

 

 






次回で次話で第二章前半終わりです。

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