「いや無理無理無理無理!」
「アッハァ! ンだァその逃げ腰はァ! 愉快にケツ振りやがって。売女のマネでもしてンのかァ⁉︎」
後ろは振り返らない。
僕はなりふり構わず全力で逃走していた。
背後に白い怪物が迫る。
狭い路地裏、短い直線距離。それでも僕が逃げられていたのは奇跡でも何でもなく、
「ほらほら避けてみろよォ! まだまだ遊び足りねェンだこっちはよォ‼︎」
「……ッ……ぎ!」
怪物が小突いた石ころが、超高速で飛来する。
それは音速に近い速度で僕の右足を撃ち抜き、その骨を打ち砕いた。
(これが……最強の、
学園都市第一位の
その能力の名もまた『
あらゆる攻撃は通用しない。
たとえ核ミサイルが直撃しようとも傷一つつかない。
睡眠時に不意打ちで奇襲を仕掛けても、デフォルトで設定された『反射』がそのまま攻撃を相手に返す。
その先を目指すという目的が、馬鹿らしく思える程までの頂点。
「ッ、
「効かねェな。ザコを潰すのなンか飽き飽きだっつゥのによォ。虚しくてたまンねェよホント」
そして、僕の能力もまた通用しない。
つまり、僕らが持つのは脳の中の水分を移動させる能力。即ち、そこには
そして、
即ち、自身の脳内に発生したベクトルを捉え、逆向きのベクトルをぶつける事で精神干渉を無効化できる。
僕では勝てない。改めて、そう思う。
能力は効かず、抵抗は無意味。
右足は折れて、逃走は不可能。
僕にできるのは、もはや苦し紛れに言葉を放つ事だけ。
「……もう、いいだろう?」
「あン?」
「僕は君の心を知っている。だからもう、止めよう。
「────────、」
それは。
命乞いの言葉ではなく。
心から、
「初めの殺しは過失だった。
「…………、」
「君はそれに耐えられなかった。だから、彼女達が人間である事から目を背けた。……そして、彼女達を犠牲にしても得ようとした目的に固執した。ああ、それは当たり前の防衛反応だ。でもね、言わせて貰うけど、君がその罪から目を背ける必要なんてなかったんだ。だって、一万回の殺害は兎も角──
『
……ふざけやがって。
クローンを虐殺するという内容だけじゃなく、その罪をたった一人の子供に背負わせるというのが気に食わない。
人の命を何だと思ってやがる。子供の心を何だと思ってやがる!
「君がするべきだったのは更なる強さを求める事なんかじゃなかった。『最強』を超えた『絶対』に手を伸ばす事なんかじゃあなかった。……自分の『弱さ』を打ち明けて、誰かに助けを求める。ただ、それだけで、君の周りには人が溢れていたかもしれなかった」
「……………………、……………………………………………………………………………………………………」
それだって、この子の責任じゃない。
『弱さ』を打ち明けられない、『絶対』に手を伸ばすしかない。そんな環境を作り出したのは、この街の大人なのだから。
「……もう、やめよう。これ以上、ふざけた大人のために君が罪を重ねる必要なんて、そんなのこれっぽっちも存在しない!」
手を差し出す。
いつか、どこかで、こんな光景を待ち望んでいた
「…………もう、遅ェンだよ」
だけど、もう手遅れだ。
既に一万人近い
「はン!
「……ああ、分かった。なら、仕方ない」
大人達が勝手に決めた『怪物』の
ならば。
覚悟を決めろ、
「これ以上、
目の前の子供のために。
目の前の子供を倒す!
瞬間、
自らがへし折った右足、
「いくぞ、『最強』。僕の
「らいとは何のために魔術を使いたいの?」
魔術を習いたい。
そう頼んだ時に、とある少女が発した言葉。
「魔力の精製は出来ているし、私の頭を覗いた影響で基礎知識は揃ってる。これ以上を求めるのなら、まずは目的をきちんと定める必要があるんだよ」
目的。
即ち、魔術師がその胸に刻む“魔法名”。
「魔術に手を染めるって事は、当たり前の道から外れるって事なの。らいとはある? その目的のためならどんな外法だって扱ってみせるという覚悟が」
「あるさ」
即答する。
僕はその目的のためならば何だってできる。
そして。
「──
「幻覚ッ、いや光の屈折かァ!」
霧のように空気中に細かく散布された水分。敵はそれを操って光の屈折を引き起こし、あたかも右足が折れていたかのような幻影を見せていたのだと。
(コイツの能力は『ミクロレベルの水分操作』による精神干渉! それを拡張して目に見えるレベルの現象を引き起こしたか!)
だが、それは常に能力を暴走させているようなモノだ。
それは保って数十秒。能力者に負担が大きく、マトモに運用できるとは到底思えない。
「イイねイイねェ! 面白くなってきたぜェ! ンで、そっからどうするつもりだァ?」
「…………ッ」
「ンな程度の攻撃が俺に効くとでも思ったかァ⁉︎
瞬間、景色がブレる。
拳を構えた継雲雷糸が懐に潜り込む。
だが、
故に、その幻影を無視して、石を散弾のように飛ばそうと地面を蹴り上げ──
──
「…………ぁ、……え…………?」
突然仰向けになった視界。
ズキズキと神経に走る痛み。
起き上がって鼻を抑えると、その手は真っ赤に染まっていた。
そこまでしてやっと、
「なンだコリャああアッ⁉︎」
即ち。
足が折れていたのは幻影であり、それは水分操作による光の屈折で造られたものだった。
そして、それを引き起こした『
しかし、一つだけ見落とした点があるならば。
──
「────
告げる、その魔術の名を。
とは言っても、そんな大層なものではない。
相手が見た幻覚を、実際の物理現象に変換する。ただそれだけの術式。
エクトプラズムとか、テレズマ像による天使の召喚とか、頭の中の想像を現実に持ってくるというのは珍しい手法ではない。
それどころか、魔術の元となる神話には更に多い。反魂香、アストラル投射、雲外鏡、生霊、ドッペルゲンガー、サタンやマーラの誘惑、力比べで北欧の雷神を負かした一匹の猫など、頭の中にしかないものを現実に引きずり出す伝説というのは数多く存在する。
珍しいのは、それが自分ではなく相手の認識に依拠するという点だけ。
即ち、初めから
「体罰なんて時代遅れだけど、そうでもしなきゃ止まれないだろう?」
「──ハ、面白ェ。最っ高に面白ェよオマエ‼︎」
瞬間、爆発するような速度で接近する
再び、
(ッ、
ズキンズキンと悲鳴をあげる脳味噌。
本来、『
(まだ気絶させるには足りないか⁉︎ だけど、能力はあと一回が限界っ! 一度の
そして、同時。
(俺の反射が破られるなンざあり得ねェ。だから、この痛みも
「周囲の霧を吹き飛ばす! それで仕舞いだろォが‼︎」
轟‼︎‼︎‼︎ と。
怪物が作り出したその風は、幻影を生み出すための水分操作を許さない。
「オマエはこの
数メートルの距離はたった一歩でゼロになる。暴風を纏う怪物が、死を与える二本の魔手を伸ばした。
水分を吹き飛ばして光の屈折は防いだが、相手がいつ同じ手で隠れるかは分からない。
だからこそ、
右の苦手、左の毒手。
触れるだけであらゆる『
血の流れを、生体電気の流れを、皮膚に触れて中身を全て『逆流』してしまえば、人間なんて内側から簡単に弾け飛ぶ。
(
「────────ハ?」
魔手が、空を切る。
否。厳密には、その手に触れるモノはあった。
『残念、それも幻影だ』
その瞬間、
この場にいるはずのない第三者──そして、継雲雷糸からしてみれば最初からいた協力者。
『しかし、それは先ほど貴様が吹き飛ばした霧によるモノではない。当然、幻影とは一種類ではないのでな。
アウレオルス=ダミー。
彼の用いる
それは、変換対象を『純金』から『塩』に切り替えた今も同じ。
ダミーは塩を操った。それも錬金術によって着色された塩を。
着色された微細な塩で
つまり、ダミーの力で僕の幻影を再現したのだ。まるで、
無論、たった一人の眼だけでリアルタイムに動く
『さぁ、受け止めたまえ。我ら
それが見えていても、
そして──
──ガツン‼︎ と下から上へ昇るように。
アッパーカットが
脳を揺らす一撃が、あっさりと第一位の意識を刈り取った。
次回で次話で第二章前半終わりです。