食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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とある20th企画期間中は毎日21:30更新予定。




第三話 抑えきれぬ激情 Cry_Baby.

 

 

 深夜。誰もが寝静まった静寂の中。

 僕と春暖嬉美(しゅんだんきみ)は『念話能力(プリセット00)』を使い、頭の中だけで会話をする。

 

白絹仄火(しらきぬほのか)はオレと同じ孤児院にいた、友達だった。鈴姉(すずねえ)が孤児院を去った後は、あいつが最年長でオレ達の中心だった』

 

 それは、八年ほど前の記憶。

 春暖嬉美が八歳、白絹仄火が九歳だった時の事。

 

『……ある日の事だ。オレと仄火、そして雷斧(らいふ)茶寮(さりょう)も、とある能力向上施設に行くことになった。当時、経営難で苦しんでいた孤児院は、オレ達が研究に協力する事を対価に資金の援助を受け入れたんだと』

 

 鰐河雷斧(わにがわらいふ)

 釣鐘茶寮(つりがねさりょう)

 春暖嬉美や白絹仄火と同じ孤児院に暮らす、『置き去り(チャイルドエラー)』と呼ばれる子供達だ。

 

『仄火は無邪気に喜んでたよ。あいつはあの歳じゃ珍しい異能力(レベル2)発火能力者(パイロキネシスト)だった。その功績が認められて、特別に選ばれたんだって。あいつは超能力者(レベル5)になる事が()だったから、相当嬉しかったんだろーな』

『…………、』

『オレは……別に、喜びも何もなかった。ただ、無能力者(レベル0)のオレが一緒に行って良いのか。そんな馬鹿みてーな事ばっか考えてたよ』

 

 目を瞑って、過去を思い出す。

 その記憶が銀色の糸を通して流れ込む。

 だが、いつだってその追想は()()()()()()()()()()に塗りつぶされていく。

 

『その、実験は……』

()()()()()()()

『……っ‼︎』

『能力者の「自分だけの現実(パーソナルリアリティ)」を最適化させて、能力の向上を目指す……って御題目だけは立派だったけどな。その実態は、脳の一部に穴を開けたり、精神を()()()()()()()()して、能力に対する影響を測定(はか)るっつー最悪なモンだった』

 

 ……知っている。春暖嬉美の記憶ではなく、この体に備わった知識でもなく、()()()()()()()()()

 その計画(プロジェクト)の名前は『暗闇の五月計画』。こんな闇は計画の一端に過ぎない。彼女達は脳を弄られる()()で済んだが、優秀な被験者(モルモット)に至っては学園都市最強の能力者である超能力者(レベル5)第一位の精神性を植え付けられている。

 個人の人格を他者の都合で蹂躙する、最低最悪の学園都市の『暗部』らしい非人道的な実験である。

 

『そん時だったな、オレが味覚を失ったのは』

『君が失ったのは……味覚だけじゃ、ないだろ』

『そんな事まで分かんのか? そーだよ、()()()()()()()()()。感情の全てを失ったわけじゃねーけど、楽しいとか辛いとかをほとんど感じられなくなった。世界が退屈で仕方なくなった』

 

 無意識のうちに、拳を握り締める。

 もしもこの手に実体があったのなら、掌から血が溢れそうなほど強く。

 

『そう怒るんじゃねーよ。この街じゃ、「置き去り(チャイルドエラー)」の扱いなんてそんなもんだ。いくらでも替えが利く、実験動物(モルモット)に過ぎねぇ』

『許せるわけ、ないだろう。子供をこんな目に遭わせるこの街を、許して良いわけがないだろうが……‼︎』

『良い悪いじゃねーよ。許すしかねーんだ。力のない弱者は、ただ強者の言いなりになるしかねー。……だから、弱者は嫌いなんだ』

 

 それが、春暖嬉美が一六年の人生を経て手にした信念。

 強者に這いつくばるだけの弱者を嫌い、自己犠牲で人を助けるヒーローもまた嫌う。

 ヒーローの手は全ての弱者には届かないと諦め、全ての弱者に凶器を握らせて殺し合う世界を公正と信じる。

 

『それで、ある日。オレに特別な力がある事が判明した。……その時は何のことか知らなかったが、オマエのお陰で分かった。それが「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」だ』

『……ああ』

『この能力を危険視したヤツらは、オレを殺害する事に決めた。それを事前に察知したオレ達は、研究所から逃亡した。……()()()()()()()()()()()

『………………、』

 

 春暖嬉美は逃げ切った。

 鰐河雷斧も、釣鐘茶寮も逃げ切った。

 

 

 ────()()()()()()()()()()()()

 

 

『……()()()()()()()()()()()()

『…………っ』

『警備の目を惹きつけるために、オレ達を置いて一人で囮になりやがった。実験のせいで能力もマトモに使えない、無能力者(レベル0)も同然のあいつがだ……‼︎』

 

 その時の白絹仄火の表情(かお)が、春暖嬉美の目に焼き付いて離れない。

 あれは、どんな感情だったんだろうか。どんな気持ちで、どんな想いで自分を犠牲にしたんだろうか。

 

『……オレは、なんも感情が湧いてこねーんだ。あいつが死んだってのに。悲しいとか、つらいとか。何も──』

『──()()()()()()

『………………は?』

 

 春暖嬉美の言葉を遮る。

 それだけは、否定しなければならなかった。

 

『何も感じなかった、わけ……無いだろ』

『………………、』

『僕に、嘘は通じない。君の感情の何かもが伝わって来ている。……君も、ほんとは分かってるんだろう?』

『……そう、だったな』

 

 悲しくも、つらくもならない。

 実験の後遺症で、感情はほとんど生じない。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()

 本当は──

 

 

『──()()()()()()()()()

『…………………………っ』

 

 

 春暖嬉美は唇を噛む。

 ギザギザの歯を強く噛み締める。

 

『友達が犠牲になって自分が守られた事が許せなくて、そんな自己犠牲を躊躇なく選んだ白絹仄火の事が許せなくて、何よりも……()()()()()()()()()()()

『…………、れ』

『君が弱者を嫌うのは、その姿が君自身と重なるからだ。君は護られるだけのヒロインにはなりたくなかった。嬉美(きみ)は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

「黙れっ‼︎」

 

 『念話(テレパス)』越しじゃない、肉声が響く。

 同室の子供が、声に反応して身じろぎをする。 

 

『…………だったら、どうすりゃよかったんだ』

 

 ぽつり、と春暖嬉美が弱音を吐く。

 その思考(こえ)は、銀色の糸を伝って僕の心も震わせる。

 

『オレのせいなんだよ。……あいつが死んだのは』

『君の責任じゃない。確かに、白絹仄火が死んだ原因の一端が君にあるのは否定しない。だけど、その責任はこの街にある。この街のせいで白絹仄火が死んだ、そこだけは履き違えちゃダメだ』

『それでも、耐えられねーんだよ。オレなんか見捨てたら良かったのに、オレを護って仄火は死んだ。オレの能力(ちから)のせいで命を狙われたのに、オレは何にもできない弱者(ヒロイン)にしかなれなかった』

 

 涙が溢れる。

 春暖嬉美、ではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『なんでオマエが泣いてんだよ』

『僕は泣いてない』

『それは無理があるだろ』

『違う──()()()()()()()()()()()()()()()

『あ?』

 

 込み上げる涙が止まらない。

 そもそも霊体なのに、なんで涙が出るんだろうか。通常の物質では涙を拭えないので、自分の手で乱雑に目を擦る。

 

『銀色の糸を伝って、君の感情が伝わってくる。君の感情(こえ)が、僕に涙を流させる』

『……そんな、わけが』

『感情がないなんて嘘だ。君の味覚と同じで、感じているのに脳がそれを認識できていないだけ。……()()()()()()()()()()

『…………っ‼︎』

 

 吊り橋実験という有名な実験において、人は恐怖の動悸(ドキドキ)を恋によるものだと誤認する事で相手への好意が高まる事が発見された。

 感情というのは、それを認識して初めて感情になる。春暖嬉美が感情が無くなったと思っていたのは、彼女自身がその感情を認識できていなかっただけの事。

 

『君が悲しい時は、僕が代わりに泣いてやる。君がムカついた時は、僕が代わりに怒ってやる。そうしたら、きっと……君も思い出せる。君の中にある感情を、認識できる』

『な、んで……どうして? だって、オマエにそんな事をする義理は──』

『──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 子供の夢を叶える。

 僕が前世(かつて)にしていた仕事だって広義の意味では同じようなものだ。

 

嬉美(きみ)の夢を叶える。きっと、僕がこの世界に転生したのはそのためなんだ』

『ゆ、め……?』

『ああ、思い浮かべてごらん』

『……そんなの、無い。オレはただ、弱者になりたくないだけだ』

『大丈夫。君自身が気づかない深層心理だって、僕が見つけ出してみせる』

 

 立てる指を変える。

 その指が表す数字は『二』。

 

 『読心能力(プリセット02)』──心の深層心理まで丸裸にする読心能力(サイコメトリー)

 

 春暖嬉美の深層心理に潜水(ダイブ)する。

 一六年間の記憶、目まぐるしく移り変わる感情。まるで洪水のように情報が溢れかえる。

 だけど、銀色の糸が導く。洪水の中からたった一つの情報を掴み取る。即ち、春暖嬉美が隠していた心の奥底にある海底(ホンネ)

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 指の形を元に戻す。

 『念話能力(プリセット00)』で伝える。

 

『弱者になりたくない、その言葉も間違いじゃない。でも、それは単なる手段なんだ。君は力を手に入れて、弱者を救えるヒーローになりたかったんだ』

『…………っ、無理だ。オレは、そんなもんにはなれねーよ……』

『なれる。君には才能がある』

『んなモンねーよ。「ブラックホールを生み出す能力」だって、悲劇を撒き散らすだけで何の役にも立たない。オレの能力(ちから)は──』

 

 

『──()()()()()()()()()! ()()()()()()ッ、()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎』

 

 

 エネルギー問題だって解決できる可能性を秘めた能力? 太陽系ごとブラックホールに呑み込むリスクを抱えた能力?

 そんなもの、子供の可能性に比べたらちっぽけ極まりない。

 

『君は実験の後遺症で感情を認識できない。なのにっ、君は白絹仄火の死にムカついた! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

『それが、なんの……』

『君は理不尽に対して怒りを抱ける人間だ。間違った事は間違いだって叫べる人間なんだよ。君のその怒りが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎』

 

 理不尽に怒り、間違いを間違いと指摘する。

 それは、きっと、何よりも大切なヒーローの()()だ。

 

『決めた、決断した。やっぱり君は此処にいるべきじゃない。何の罪もない君は……未来に夢を思い描く君は、少年院を出るべきだ』

「………………は?」

 

 再び、春暖嬉美は肉声で声を上げる。

 今度は怒りじゃない。純粋な驚きによって。

 

『……い、いや、無理だろ。この少年院から脱獄する事はできない』

『既にその方法は考えている。僕と君がいれば、この少年院からは容易く脱獄できる』

『そっ、そもそも! ここへはオレの身柄を狙う追手から避難するために逃げて来た! ここから出る意味はねーよ!』

『安心してくれ。君を保護する方法に心当たりがある。ここじゃなくても、君も救う事はできる』

『………………、』

 

 ずっと、考えていた。

 罪のない子供が少年院に縛られるべきじゃない。

 捕まるべきはこの街の大人の方で、この子の人生が滅茶苦茶にされて良いわけがないと。

 

『君はどうしたい? この街の事情も、僕の事だってどうでもいい。僕は選択肢を提示するだけだ。どうしたいかは、君自身が決めなさい』

『…………、』

『もちろん、今すぐ決めなきゃいけない訳じゃない。後から意見を変えたって良いし、決められないなら保留でも良い。少年院にいる事を選んだのなら、僕が出来る限り此処の居心地を良くしよう』

『………………っ』

『その上で、君はどうしたい?』

『…………………………たい』

 

 少女は、手を伸ばした。

 

 

()()()()()()()

 

 

 それは特別な力とか、才能とか。

 そんなものは何も関係がない、何処にでもいるありふれた少女の一言。

 

『友達に会いたい、仄火の墓参りに行きたい、学校に通いたい、美術館に行きたい、好きだったバンドの新曲を聴きたい。…………()()()()()()

 

 手が繋がる。

 実体がないはずの亡霊の手が、春暖嬉美の手を握る。

 

 それは、もしかしたら錯覚なのかもしれない。

 視覚情報が触覚を誤認させただけの、単なる夢想(もうそう)なのかもしれない。

 

 それでも。

 僕は笑った。

 それを見て、春暖嬉美は自身が笑っている事に気がついた。

 

 

()()()()()。僕が君の夢を叶えてやる』

『……ああ。ありがとう』

 






《原作キャラ紹介コーナー》

鰐河雷斧(わにがわらいふ)
初出:とある科学の超電磁砲99話
肩までかかる水色の髪に、赤い瞳を持った少女。袖がぶかぶかなピンク色のセーターを着ている。一四歳。
重力円環(グラビティスリング)』の大能力者(レベル4)。体内の任意の箇所に強力な重力を発生させられる。
春暖嬉美(しゅんだんきみ)と同じ孤児院出身の置き去り(チャイルドエラー)。実験においては最も能力の成長が著しかったが、同時に最も後遺症が大きかった。


釣鐘茶寮(つりがねさりょう)
初出:とある科学の超電磁砲101話
肩までかかる黒髪を短いポニーテールにした少女。学生服の上から登山用ハーネスを着用している。一五歳。
能力観察(AIMウォッチャー)』の強能力者(レベル3)。AIM拡散力場の視認が可能で、演算によるAIMの変化から能力の発動を予測できる。
春暖嬉美(しゅんだんきみ)と同じ孤児院出身の置き去り(チャイルドエラー)。実は甲賀出身のくの一であり、学園都市の情報を盗むために孤児として潜入した。

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