とある20th企画期間中は毎日21:30更新予定。
深夜。誰もが寝静まった静寂の中。
僕と
『
それは、八年ほど前の記憶。
春暖嬉美が八歳、白絹仄火が九歳だった時の事。
『……ある日の事だ。オレと仄火、そして
春暖嬉美や白絹仄火と同じ孤児院に暮らす、『
『仄火は無邪気に喜んでたよ。あいつはあの歳じゃ珍しい
『…………、』
『オレは……別に、喜びも何もなかった。ただ、
目を瞑って、過去を思い出す。
その記憶が銀色の糸を通して流れ込む。
だが、いつだってその追想は
『その、実験は……』
『
『……っ‼︎』
『能力者の「
……知っている。春暖嬉美の記憶ではなく、この体に備わった知識でもなく、
その
個人の人格を他者の都合で蹂躙する、最低最悪の学園都市の『暗部』らしい非人道的な実験である。
『そん時だったな、オレが味覚を失ったのは』
『君が失ったのは……味覚だけじゃ、ないだろ』
『そんな事まで分かんのか? そーだよ、
無意識のうちに、拳を握り締める。
もしもこの手に実体があったのなら、掌から血が溢れそうなほど強く。
『そう怒るんじゃねーよ。この街じゃ、「
『許せるわけ、ないだろう。子供をこんな目に遭わせるこの街を、許して良いわけがないだろうが……‼︎』
『良い悪いじゃねーよ。許すしかねーんだ。力のない弱者は、ただ強者の言いなりになるしかねー。……だから、弱者は嫌いなんだ』
それが、春暖嬉美が一六年の人生を経て手にした信念。
強者に這いつくばるだけの弱者を嫌い、自己犠牲で人を助けるヒーローもまた嫌う。
ヒーローの手は全ての弱者には届かないと諦め、全ての弱者に凶器を握らせて殺し合う世界を公正と信じる。
『それで、ある日。オレに特別な力がある事が判明した。……その時は何のことか知らなかったが、オマエのお陰で分かった。それが「
『……ああ』
『この能力を危険視したヤツらは、オレを殺害する事に決めた。それを事前に察知したオレ達は、研究所から逃亡した。……
『………………、』
春暖嬉美は逃げ切った。
鰐河雷斧も、釣鐘茶寮も逃げ切った。
────
『……
『…………っ』
『警備の目を惹きつけるために、オレ達を置いて一人で囮になりやがった。実験のせいで能力もマトモに使えない、
その時の白絹仄火の
あれは、どんな感情だったんだろうか。どんな気持ちで、どんな想いで自分を犠牲にしたんだろうか。
『……オレは、なんも感情が湧いてこねーんだ。あいつが死んだってのに。悲しいとか、つらいとか。何も──』
『──
『………………は?』
春暖嬉美の言葉を遮る。
それだけは、否定しなければならなかった。
『何も感じなかった、わけ……無いだろ』
『………………、』
『僕に、嘘は通じない。君の感情の何かもが伝わって来ている。……君も、ほんとは分かってるんだろう?』
『……そう、だったな』
悲しくも、つらくもならない。
実験の後遺症で、感情はほとんど生じない。
……
本当は──
『──
『…………………………っ』
春暖嬉美は唇を噛む。
ギザギザの歯を強く噛み締める。
『友達が犠牲になって自分が守られた事が許せなくて、そんな自己犠牲を躊躇なく選んだ白絹仄火の事が許せなくて、何よりも……
『…………、れ』
『君が弱者を嫌うのは、その姿が君自身と重なるからだ。君は護られるだけのヒロインにはなりたくなかった。
「黙れっ‼︎」
『
同室の子供が、声に反応して身じろぎをする。
『…………だったら、どうすりゃよかったんだ』
ぽつり、と春暖嬉美が弱音を吐く。
その
『オレのせいなんだよ。……あいつが死んだのは』
『君の責任じゃない。確かに、白絹仄火が死んだ原因の一端が君にあるのは否定しない。だけど、その責任はこの街にある。この街のせいで白絹仄火が死んだ、そこだけは履き違えちゃダメだ』
『それでも、耐えられねーんだよ。オレなんか見捨てたら良かったのに、オレを護って仄火は死んだ。オレの
涙が溢れる。
春暖嬉美、ではない。
『なんでオマエが泣いてんだよ』
『僕は泣いてない』
『それは無理があるだろ』
『違う──
『あ?』
込み上げる涙が止まらない。
そもそも霊体なのに、なんで涙が出るんだろうか。通常の物質では涙を拭えないので、自分の手で乱雑に目を擦る。
『銀色の糸を伝って、君の感情が伝わってくる。君の
『……そんな、わけが』
『感情がないなんて嘘だ。君の味覚と同じで、感じているのに脳がそれを認識できていないだけ。……
『…………っ‼︎』
吊り橋実験という有名な実験において、人は恐怖の
感情というのは、それを認識して初めて感情になる。春暖嬉美が感情が無くなったと思っていたのは、彼女自身がその感情を認識できていなかっただけの事。
『君が悲しい時は、僕が代わりに泣いてやる。君がムカついた時は、僕が代わりに怒ってやる。そうしたら、きっと……君も思い出せる。君の中にある感情を、認識できる』
『な、んで……どうして? だって、オマエにそんな事をする義理は──』
『──
子供の夢を叶える。
僕が
『
『ゆ、め……?』
『ああ、思い浮かべてごらん』
『……そんなの、無い。オレはただ、弱者になりたくないだけだ』
『大丈夫。君自身が気づかない深層心理だって、僕が見つけ出してみせる』
立てる指を変える。
その指が表す数字は『二』。
『
春暖嬉美の深層心理に
一六年間の記憶、目まぐるしく移り変わる感情。まるで洪水のように情報が溢れかえる。
だけど、銀色の糸が導く。洪水の中からたった一つの情報を掴み取る。即ち、春暖嬉美が隠していた心の奥底にある
『
指の形を元に戻す。
『
『弱者になりたくない、その言葉も間違いじゃない。でも、それは単なる手段なんだ。君は力を手に入れて、弱者を救えるヒーローになりたかったんだ』
『…………っ、無理だ。オレは、そんなもんにはなれねーよ……』
『なれる。君には才能がある』
『んなモンねーよ。「ブラックホールを生み出す能力」だって、悲劇を撒き散らすだけで何の役にも立たない。オレの
『──
エネルギー問題だって解決できる可能性を秘めた能力? 太陽系ごとブラックホールに呑み込むリスクを抱えた能力?
そんなもの、子供の可能性に比べたらちっぽけ極まりない。
『君は実験の後遺症で感情を認識できない。なのにっ、君は白絹仄火の死にムカついた!
『それが、なんの……』
『君は理不尽に対して怒りを抱ける人間だ。間違った事は間違いだって叫べる人間なんだよ。君のその怒りが……
理不尽に怒り、間違いを間違いと指摘する。
それは、きっと、何よりも大切なヒーローの
『決めた、決断した。やっぱり君は此処にいるべきじゃない。何の罪もない君は……未来に夢を思い描く君は、少年院を出るべきだ』
「………………は?」
再び、春暖嬉美は肉声で声を上げる。
今度は怒りじゃない。純粋な驚きによって。
『……い、いや、無理だろ。この少年院から脱獄する事はできない』
『既にその方法は考えている。僕と君がいれば、この少年院からは容易く脱獄できる』
『そっ、そもそも! ここへはオレの身柄を狙う追手から避難するために逃げて来た! ここから出る意味はねーよ!』
『安心してくれ。君を保護する方法に心当たりがある。ここじゃなくても、君も救う事はできる』
『………………、』
ずっと、考えていた。
罪のない子供が少年院に縛られるべきじゃない。
捕まるべきはこの街の大人の方で、この子の人生が滅茶苦茶にされて良いわけがないと。
『君はどうしたい? この街の事情も、僕の事だってどうでもいい。僕は選択肢を提示するだけだ。どうしたいかは、君自身が決めなさい』
『…………、』
『もちろん、今すぐ決めなきゃいけない訳じゃない。後から意見を変えたって良いし、決められないなら保留でも良い。少年院にいる事を選んだのなら、僕が出来る限り此処の居心地を良くしよう』
『………………っ』
『その上で、君はどうしたい?』
『…………………………たい』
少女は、手を伸ばした。
『
それは特別な力とか、才能とか。
そんなものは何も関係がない、何処にでもいるありふれた少女の一言。
『友達に会いたい、仄火の墓参りに行きたい、学校に通いたい、美術館に行きたい、好きだったバンドの新曲を聴きたい。…………
手が繋がる。
実体がないはずの亡霊の手が、春暖嬉美の手を握る。
それは、もしかしたら錯覚なのかもしれない。
視覚情報が触覚を誤認させただけの、単なる
それでも。
僕は笑った。
それを見て、春暖嬉美は自身が笑っている事に気がついた。
『
『……ああ。ありがとう』
《原作キャラ紹介コーナー》
▽
初出:とある科学の超電磁砲99話
肩までかかる水色の髪に、赤い瞳を持った少女。袖がぶかぶかなピンク色のセーターを着ている。一四歳。
『
▽
初出:とある科学の超電磁砲101話
肩までかかる黒髪を短いポニーテールにした少女。学生服の上から登山用ハーネスを着用している。一五歳。
『