ギャリギャリギャリッ‼︎ と。
狭い路地に、アスファルトの悲鳴が響く。
超高速で回転する車輪の轍が地面に焼き付く。
磁力作動式パイルバンカーを担いだ真っ赤な異型の
シルバークロース=アルファが背後に迫っていた。
(これ以上は……無理っ!)
初速の時点で時速三〇〇キロオーバー。
そんな怪物相手に逃走劇が成立していたのは、この路地裏がぐねぐねと何度も曲がり角を繰り返していたから。
しかし、それでも限界は近い。
それは単純に僕の体力の問題。
病み上がりのクローンの身体はひどく脆い。
(能力の照準は間に合わない! 物理攻撃じゃ太刀打ちできない! ならッ──)
走りながらゴミ箱を倒し、地面に中身をブチ撒ける。
中身はアルミ缶など金属の破片。細かく光るものが宙に舞う。
典型的な足止め。
ほんの僅かでも時間を稼げれば御の字な苦し紛れの一手。
しかし、真っ赤な
『想定が甘い』
時速三〇〇キロオーバーの世界では、地面という概念すら塗り変わる。
『アルミ箔か。磁力作動式パイルバンカーに誤作動でも起こすつもりだったか? だが、やはり甘すぎる。武装など使わずとも、私がただ速度のままにぶつかるだけでお前は粉砕されるというのに』
次の瞬間、インパクトがあった。
「ごっ、がア⁉︎」
咄嗟に飛び退いたお陰か、実際に接触したのはシルバークロースの左足と僕の右足のみ。
しかし、それだけで十分だった。僕は軽々と吹き飛ばされ、足は曲がってはいけない方向へと捻じ曲がった。
──
『な、にが⁉︎』
「
相手が見た幻覚を実際の物理現象に変換する術式。
センサー越しに僕の足が接触した光景を見たシルバークロースに対し、
つまり、シルバークロースは躓いたのだ。
ほんの少し、体勢を崩しただけ。しかし、時速三〇〇キロオーバーの速度での躓きは致命的だった。
時速三〇〇キロオーバーの速度で身体はアスファルトへと擦り付けられ、摩擦によって鋼の鎧が削られる。
しかし、
『なァめるなァァああああああああああああ‼︎』
それでも、シルバークロースは動いた。
元より、頑丈な
だけど、それだけで良かった。
足が止まれば──
「
照準を合わせる。
右手で作った指眼鏡の中からシルバークロースの姿を視認する。
蜘蛛の糸のように相手の精神を絡め取る。
人間相手では無敵と言っても過言ではない異能。
切り取られた景色の中で、シルバークロースは完全に足を止め────
『
──
「ごッ、がばっ⁉︎」
血反吐と共に呻き声が喉奥から這い出る。
拳大の穴が空いたかと錯覚するほどの激痛が襲う。
『内臓を抉っタ。諦めろ、致命傷ダ』
「な、んで……」
『……「中身」を洗脳しタ程度で
頭に血が上っていたシルバークロースの声色に冷静さが取り戻されていく。
しかし、それと反するように、
『一定の水準を超えタ
「君は、まさか……」
『そうダ。それは肉体だけでナク、
コンピュータによる知識や技術の補正。
そもそもの話、障害物の多い地上を時速三〇〇キロオーバーの速度で走るなど無理がある。そんなもの、世界一のロードレーサーにだって不可能だ。
だから、初めからシルバークロースはその技術を機械によって習得していた。
『
同じく、機械によって操られた人間にも通用しない。
『モデルとなっタのは「
『アネリ』と呼ばれる、未だ実験段階にある操縦支援ソフトを利用した最新鋭の
たった一人の少女を粉砕するために作られた、一人の男の模造品。
『それが
時を同じくして。
『ヤレヤレ。大口を叩いたからどんなモンかと思ったけど、結局は口だけだったかぁ』
「……くそ、がっ」
勝敗は歴然だった。
目の前の相手しか攻撃できない春暖嬉美の『
液体金属でできた人型は未だ無傷であり、生身の春暖嬉美は体のあちこちから血を流していた。
『結局、アンタの能力って対して強くないんだよね。様々なエネルギーを扱えるっていう万能さとブラックホールを由来とするスケールの大きさが、嬉美ちゃんの実力に見合っていない』
「…………」
『エネルギーを発生させて操る似たような能力でも、第四位ほどの威力も第三位ほどの応用性もない。ただ漫然とエネルギーを垂れ流すだけの能力。それがアンタの「
「…………っ」
春暖嬉美には反論ができない。
だって、それは彼女も自覚していた事だったから。
希少な能力とそれに見合わない能力者。
本当ならもっと様々な事ができるはずなのだ。
電気エネルギーしか放出できない第三位があれだけの応用を可能としているのに、様々なエネルギーを扱える春暖嬉美には何の応用もできない。
元が
結局、
「……何も変わってねェな、オレは」
あの日、春暖嬉美は
一人の少女の
『アンタの限界はここ。継雲雷糸を見捨てさえすれば、命までは取らないケド?』
春暖嬉美はずっと弱者のままだ。
少女に庇われたまま、ヒーローになんてなれない。
ならば、もう諦めろ。
奇跡に縋れ、救いを求めろ。
「──それはオレが望む
そんな弱音を切り捨てる。
奇跡になんて縋らない。
今度こそ、自分の力で望む未来を掴み取る。
次の、瞬間。
視界が『白』に染め上がる。
「…………え?」
その異変に誰よりも早く気づいたのは
AIM拡散力場を観測する彼女の能力がそれを捉える。
「
「エネルギーを無理に操ろうとする必要はなかった」
春暖嬉美から無造作に莫大なエネルギーが垂れ流される。
何の指向性も、何の意図もない、ただただ莫大なだけの無色のエネルギー。
手を加える必要なんてなかった。
ある種のエネルギーは、一定以上のラインを突破すると安定する性質を持つ。飛行機は速度が遅い方が扱いやすいが、遅くては失速して墜落するように。
だからこそ、エネルギーの操作を手放す。莫大なエネルギーを垂れ流す。高速安定ライン、あえて飛行機を高速で飛ばして機体を安定させるみたいに。莫大なエネルギーは、ただ莫大であるだけで安定する。
しかし、本来ならば莫大なエネルギーを垂れ流すなどというエネルギーの消費の仕方では、異能の力はすぐに尽きてしまう。
超能力にも限度はある。あの第三位にだって、電池切れという概念はあるのだから。
ただし、それは春暖嬉美を除いた話。
彼女の能力はブラックホールをエネルギー源とした力。『
「そもそもオレが能力を行使する必要だってなかった」
そして、安定したエネルギーが景色を歪める。
陽炎。その中に、
とある木原のニセモノが提唱した理論。
ハイボルテージ=カッティング法。
原理としてはロケットエンジンの炎の中に見えるショッキングダイヤモンドか、あるいはスクリューにまとわりつく気泡のキャビテーションに近い。
ある種の高エネルギーを放射し続けた時、高エネルギーは自分自身の中で互いに干渉し合ってイレギュラーな波形や像を作り出す。つまり、目には見えない形で絶えず莫大なエネルギーを使い続ける事で、
春暖嬉美はその理論を演算に落とし込んだ。
本来ならば、文明電池と呼ばれる潜在的に街に存在する電気エネルギーを利用する手法。
そのエネルギー源を『
「そォいや、
理論を学ぼうと、すぐにそれを使えるほど能力開発というのは甘くない。
しかも、春暖嬉美はちょっと前まで
だが、それは感覚で補った。
幽霊を作る感覚、普通に生きていたら知るはずのないその感覚を春暖嬉美は知っていた。
そう、そもそもの話。
徐々に、高エネルギーが幽霊を成す。
白い炎が人型の陽炎を生み出す。
(な、にが……何が起こってるっていうの⁉︎)
警策看取はその光景を黙って見ていた訳ではない。
無論、能力を使う暇など与えずに殺そうと考えた。
だが、攻撃が当たらない。
『
彼女は監視カメラをハッキングして盗み見た映像とコウモリのような
しかし、莫大なエネルギーが垂れ流されている事で監視カメラに不具合が生まれ、高エネルギーが自分自身の中で互いに干渉し合って生まれたイレギュラーな波形が
故に、警策看取の妨害を無視して、春暖嬉美の覚醒は進んでいく。
「だから、力を貸してくれよ。オレがヒーローになるために。いつか、
最後に、春暖嬉美は右手で指眼鏡を作る。
それはまるで、継雲雷糸が能力を行使する時のように。
ブラックホールをエネルギー源とした能力。
その高エネルギーによって作り出した幽霊。
原理上、その幽霊はブラックホールの影響を受ける宇宙の全てにおいて姿を保つ事ができる。
それは宇宙の彼方にさえ幽霊を送り出せるという
理論の提唱者である木原のニセモノは、複数の子供にモーションセンサーを装着させる事でターゲティングを行い、
春暖嬉美はモーションセンサーを持たない。故に、自らの瞳をレンズと見做し、まるで心霊写真でも撮るかのように幽霊を確立させる。
そして、『白』が顕現した。
いつから、そこにいたのか。
春暖嬉美でさえそう思うほど、唐突に。
高校生くらいの白い少女。
腰まで伸びた白い髪に薄らと光る白い肌。
死装束を洋風にしたような、裾の長い純白のポンチョに身を包む。
純白のポンチョに隠れて足は見えない。
ただ見ただけで人間じゃないと分かる。
人間味がない、実体がない、存在感がない。
静かに忍び寄る『死』の象徴。
だが、最も特筆すべきはその顔立ちだろう。
「────仄火」
白絹仄火。
春暖嬉美の家族。
あの日、嬉美を庇って死んだ少女。
彼女が今まで生きていたのなら、そんな
「……いや、違う」
だが、あり得ない。
時間は戻らない、死者は蘇らない。
それがこの世界に存在する
この幽霊は白絹仄火ではない。
春暖嬉美にとって『死』とは白絹仄火だったからこそ、幽霊が生まれる際にイメージが混ざったのか。
理由は定かではない。でも、幽霊と白絹仄火を同一視する事は、死者への冒涜であると共に幽霊への冒涜だ。片方をもう片方のニセモノと見做す事なのだから。
「……っ」
でも、だけど。
偶然とは分かっているけれど。
(──背中を押されたような、そんな気がした)
音もなく、幽霊は隣に佇む。
眼前には荒ぶる人型の液体金属。
どうする? と幽霊は目で尋ねた。
春暖嬉美は拳を握り締める。
涙も震えも飲み込んで、ただ笑って告げる。
「
そう呼ばれた幽霊は手をかざす。
奇しくも、似たような姿の
人型の高エネルギーの塊と人型の液体金属。
共に人型の怪物を生み出す能力。似て非なる白と銀の怪物は向かい合う。
次の瞬間だった。
一瞬だった。
瞬きの合間に、人型を構成する液体金属の九割が蒸発した。
『…………
思わず、警策看取はそんな声を漏らす。
ふざけている。致死性や広域殲滅能力だけに限れば、その力は学園都市第一位だって超えている‼︎
『……だけど、それだけじゃ私には届かない。アンタは私の居場所は分からない! 逆に私はアンタの居場所を知っている! 一方的に刺客を放ち続ければ、アンタだっていつかは飽和する‼︎』
「馬鹿が。とっくに気づいてんだよ。オマエは監視カメラでオレの様子を伺ってる。それを辿れば、オレの攻撃はオマエにまで届く」
『ハッキングでもするつもりかな? ダメダメ、ヌルい。第三位なら兎も角、アンタの技術じゃ私の痕跡は見つけられないっての』
「ああ、オマエは知らないんだな。オレも最近知ったんだけどよ、オカルトって怖えんだぜ。
『……、……? なにを言ってザザザサ、ざざざざざざ非科学的なザザザサあり得なざざざざざざざざザザザサざざざざざさザザザサザザザサザザザサザザザサざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ』
警策看取の声が砂嵐に覆われる。
『不知火』の姿は見えない。
何かを盾にして防ぐとか。
飛んできたものを高速で避ければ良いとか。
場所を知られていないから狙えないとか。
『不知火』の力はそんな類のモノではない。
そもそもの話、『不知火』はブラックホールの影響を受けている広い宇宙の全てに顕現する事ができる。
そんな広い宇宙の中で顕現する場所を、春暖嬉美の瞳をレンズと見做して、心霊写真に幽霊を焼き付けるかのように誘導を行った。
同じように、『不知火』は自身を視認する瞳全てをレンズと見做してターゲティングを行う事ができる。
『不知火』を見てしまった時点で、既に攻撃は完了していた。
「……不知火。警策看取を戦闘不能にしたら、次は雷糸を助けに行ってくれ」
本当は自分で雷糸を助けに行きたい。
だけど、嬉美は見捨てられない少女を見つけたから。
(だって、雷糸ならきっと警策を見捨てなかった)
だから、少女は走る。
「待ってろ、警策。どうせまだ納得できやしねェんだろ。オレが最後まで付き合ってやる」
『何ダ、これは……』
トドメを刺そうとシルバークロースは拳を振り上げる。
しかし、その手が振り下ろされることは永遠になかった。
『何なんダッ、お前はァァああああああああ⁉︎』
いつの間にか。
そこには白い少女が立っていた。
その少女の顕現と同時。
シルバークロースが操作する──いいや、シルバークロース
『
「……ハイボルテージ=カッティング法。どうやら、幽霊を生み出すことに成功したみたいだね」
『……ユーレイ、だと……⁉︎』
「幽霊には機械的なレンズやセンサーに誤作動を起こす力がある。心霊写真が精密光学機器に干渉するみたいにね」
シルバークロースは僕の内臓を抉ったと言ったが、それもまた間違い。
レンズやセンサーの誤作動により、目測を狂わされていたのだろう。あと一歩、攻撃は届かなかった。
「……また嬉美に助けられたのか。情けない大人だよ、まったく」
言葉とは裏腹に、僕の唇は弧を描く。
少年院で出会った時からそうだった。嬉美は僕を何度も助けてくれる。
戦いから遠ざけた今回だって、僕を助けに来てくれた。それが申し訳なくもあり、何処か誇らしくもある。
いつだって、この世界で僕の手を引っ張ってくれるのは彼女だから。
『大人、ダト……?』
「……信じてくれるか知らないけれど、僕は本当のこの体の持ち主じゃあない。僕はこの体に憑依した
『……信じ、られナイ。ヒトの顔はどれダケ外を飾ってモ、内の醜さカラ人相は酷く歪ム! 大人であるのナラ、子供の皮を被った老人でアルのならッ、お前の顔はソンナ子供のヨウに純粋な善人でいられルはずがナイ‼︎』
シルバークロース=アルファは端正な顔立ちの男だった。
過去にその端正な顔を制裁によって焼かれ、そこからの人生の大半を顔を取り戻すことに費やした。顔を取り戻すためならば、学園都市の『暗部』に身を沈める事だって苦ではなかった。
だが、かつての顔は戻って来なかった。
学園都市の技術で元の顔自体は取り戻した。
しかし、顔を焼かれた時の屈辱が自らの人相を醜く歪ませていた。どれだけ外を飾っても、内の醜さが全てを台無しにしていたのだ。
故に、シルバークロースは自己の肉体に対する美的感覚を捨てた。
自分という外観や輪郭に全く執着を抱いていないからこそ、シルバークロースは異型の
『外見の美しサに意味なんてナイ! 別の肉体に憑依しタ程度で子供のヨウになれるのナラ、私はこうはならナカッタ。私は元の顔立ちサエ取り戻せバ、「表」の世界に帰れタ。外も内もヒトから外れたカイブツになんてならなかっタ‼︎』
「──同情はしよう。それでも、その言葉だけで君の行いが正当化される事はない」
だって、シルバークロースは。
ごくごく当たり前の事に気づいていない。
「
『────』
成れたはずだ、シルバークロースならば。
外見を通して心の醜ささえも見透かす才能を持った彼になら、誰よりも美しい心を持った人になれたはずなのだ。
「心っていうのは、生まれた時から変わらないモノなんかじゃない。環境や自らの行動によって、徐々に作り上げていくものなんだ。……君が僕を純粋な善人だと思ってくれるのは、きっと僕が僕の思う善い事を進んで行う人間だからだ」
『…………』
「偉業を成し遂げた訳じゃない。ほんとうに子供を救えたとは言い切れない。それでも、ほんの僅かでも僕が誰かの助けになるように、そう思って僕は生きている。その僕の顔を見て善人だと思える君が、『暗部』で生きる自分自身を美しいと思える訳がない。ただそれだけの話なんじゃないかな」
『…………っ‼︎』
外見の美的感覚を捨てる前に。
彼は内面の美的感覚の方に目を向けるべきだった。
「君も僕と同じ気持ちだよ。外見だけを磨く事に意味はない。どんな体に宿っていても、たとえ異型の
『私はッ、私はァァあああああああああああ‼︎』
「それでもッ、君が『暗部』から抜け出せないのなら。君がその
ギチィッ‼︎‼︎‼︎ と。
僕は右手を強く握り締めた。
「君の内側からその腐った精神を叩き直す‼︎」
《原作キャラ紹介コーナー》
▽アネリ
初出:新約とある魔術の禁書目録1巻
正式名称は『an-E.R.I.』。『ドラゴンライダー』に搭載されていた操縦支援ソフト。その開発過程には『
その正体は、人工知能魔道書『リーディングトート78』を民生レベルに落とし込んだもの。魔道書の『写本』にあたる存在。