「よいしょっ、と」
真っ赤な異型の
彼の端正な顔立ちは、見る影もなくボコボコに腫れていた。それも当然。中身に直接ダメージが入るよう、『
「訊きたいことがある」
「私の、負けだ。洗脳するでも何でも、自由にすればいいだろう」
「する必要あるかい?」
「……そうだな」
今ここにいるのは、剥き出しのシルバークロースに過ぎない。
「さぁ、場所を吐いてもらおうか」
「……
「あんなヤツ、どうでもいいさ。──
「学園都市の第一位を殺す。そのためなら、俺は手段なんざ選ばねえ」
轟‼︎ と、
超音速の六枚羽。それが有機的にうねり、
六方向からの同時攻撃。
だが、上条はあえて翼の一つに当たりに行く。
(ビビるな!
瞬間、掻き消える白の弾幕を掻い潜り、上条は垣根帝督に接近する。
「ッ‼︎」
振りかぶる右手。
しかし、上条当麻の拳は届かない。
(翼をッ、切り離した⁉︎)
六枚の翼の内、一枚だけが切り離され、
そして、垣根はその一枚を無数の羽に変換してばら撒く事で、拳の威力が垣根まで伝わるのを阻害したのだ。
(六枚の翼は同時に打ち消されたが、切り離された翼は無事。しかも無数の羽は一枚ずつ打ち消された。……触れた箇所から一塊の能力を打ち消す、それがこの男の能力か?)
能力の分析を行うのは上条だけではない。
戦いの最中、垣根帝督もまた
(最善策は上空から羽を降り注ぐ戦法。敵の射程圏外からの一方的な蹂躙。だが、敵の行動が
垣根帝督は油断しない。
(だったら──)
直後、ゴバッ‼︎ と。
白い翼が凄まじい光を発する。
咄嗟に、上条は右手で光を防ぐ。
「ッ⁉︎」
「見つかったみてえだな。テメェの弱点がよ」
「何だ⁉︎ 異能の力じゃないのか⁉︎」
上条当麻が打ち消しきれない異能の力というのは、今まででも数種類存在した。
例えば、『
だが、今の光はそれらとは違った。
「今のは『回折』だ。光波や電子の波は、狭い
「……
「残念ながら、そう簡単な話でもねえ。いくら物理の勉強をしたって、『回折』を利用して太陽光を殺人光線に変える事なんてできない。
だが、『
「俺の『
そして、『
「『
「
だが、と垣根は呟いて、
「俺の『
直後。
学園都市・第一七学区。
人のいない操車場にて、倒れ伏した二人の少女を見下ろす影が一つ。
「ハッ、どンな勝機を見出して挑んできやがったのかと思えば無策とはなァ? ンなに痛みが好きならお望み通り甚振ってやるよォ!」
例えば、第三位の代名詞たる『
例えば、第五位の有する種類豊富な精神干渉は、脳内で発生したミクロレベルの水分操作のベクトルを捉えられて無効化される。
「ガッカリだぜ。この様子じゃ、第三位を一二八回殺せば
「……っ」
食蜂操祈は目を閉じて動かない。
御坂美琴はまだ意識があるようだが、痛みに体を震わせて動けない。
(チッ。あのヤロウは何処に行きやがった? 俺を負かしたあの
もはや、消化試合。
防御も攻撃も必要ない。
あらゆる攻撃を反射し、触れただけで死を与える人間にとって、戦闘とはどれだけ早く相手に触れるかでしかないのだから。
誰も止められない
そんな怪物を前にして──
「あァ⁉︎」
右へ左へ。生体電気を操って体を無理やり動かし、磁力を駆使して立体的に逃げ惑う御坂美琴。
周囲に放たれる雷撃。
ピリピリと帯電する空気。
だが、反射を恐れているのか、雷撃は
炸裂する火花は目眩しになる事はあっても、
「つっまンねェな、オマエ。ンな事やったって無駄なンだっつゥコトが分っかンねェのか? ってか俺は延々と続くオマエの悪あがきになんざ興味ねェンだっつの!」
既に勝敗は決まっている。こんなのは、死刑囚がギロチンを前に時間稼ぎをしているだけに過ぎない。
しかし、
走りながら喋りすぎたせいかと思ったが、どうにも様子がおかしい。鋭い異臭が警告を鳴らす。
そして何より、逃げ続ける少女の目はまだ死んでいない。
(はァン、なるほどね。
空気中の酸素は電気分解する事ができる。
そして、通常なら酸素原子二つで『酸素』分子を作っているのに対し、一度に二つ分解された酸素原子は、今度は三つで『オゾン』を作る性質を持つ。
酸素とオゾンは両方とも同じ酸素原子で作られているが、二つは全くの別物だ。
オゾンを吸っても肺が満たされる事はなく、むしろオゾンは人間にとって有毒になり得る。
無論、
だが、酸素がオゾンに変わったという事は、
あらゆる攻撃を受けない第一位も、酸素を吸って二酸化炭素を吐く普通の人間である事に違いはない。
(──とでも考えてンだろォが)
(電気分解できるのは何も酸素だけとは限らねェ。例えば、宇宙船の中の酸素は地球から持ち込んだ酸素タンクから補給されるだけじゃなく、
水。この地球上にありふれた分子。
『水』分子を電気分解すると酸素原子と水素原子となり、それらは同じ原子同士でくっついて『酸素』と『水素』が生まれる。
そして、
除湿するように空気中の水分を一箇所に集め、帯電した空気のベクトルを操る事で水を電気分解させ、酸素を生み出す。
(酸素を奪うだけじゃ意味がねェ! 酸素と水ッ、それを同時に奪われるでもなけりゃ────
「
『
ズヴァヂィ‼︎‼︎‼︎ と凄まじい音が炸裂した。
食蜂操祈を中心に、景色が明確に歪む。
現象としてはフリーズドライに近い。空気中の水分を圧搾させて、
あらゆる生命に死をもたらす『渇き』の領域。
「イイネイイネェ! 最高じゃねェかオマエら‼︎」
しかし、絶体絶命の状況であっても……いいや、絶体絶命の状況だからこそ
『絶対』へと
「だ・け・ど、弱点が一つ。忘れたかァ?」
瞬間、
「
瞬きの隙も与えず。
広がる両手は死の象徴。
触れただけで終わる必殺。
二人の少女に、『絶望』が迫る。
自然界には無数の物質が存在し、それぞれの法則に従って現象が起きている。
その一つ一つの現象が、『
常人では次に何が起こるか理解できない、経験則が通用しない異世界。
『
「終わりだよ。この世界ではありふれた、ただの物理法則によってテメェは死ぬ」
発火、凍結、溶解、気化、圧力、結晶化。
三〇〇〇を超える異世界の自然現象。
超能力を打ち消せるだけの右手が、無数の異常識に打ち勝てるはずもない。
轟‼︎ と衝撃が炸裂した。
地面のあちこちに大きな亀裂が入る。遠方の地震計も今の揺れを感知しただろう一撃。ダメージは確実に通った。衝撃の中心に立つ少年が無事であるはずがない。
三〇〇〇を超える現象の内、一つでも受ければ致命傷。少年の右手が役に立たない以上、彼の体はグシャグシャになって死んだはずだ。
垣根帝督は勝利したはずだ。
善人の少年が呆気なく死んでしまうこの世界の仕組みに、希望なんてものを見出せなくなったはずだった。
なのに。
もちろん、無傷ではない。
少年の衣服は泥に塗れていた。
こめかみの辺りに赤く滲むものがあった。
体の重心はどこか斜めに傾いているように感じられた。
それでも、少年は立っていた。
決して折れず、二本の足で立っていた。
「……異物ってのは一つ混じっただけで、世界をガラリと変えちまう。そう言ったのは、アンタじゃなかったか?」
「な、に……⁉︎」
「俺の
「
『
未知を押し付ける学園都市第二位の
垣根帝督の判断は早かった。
背中から生えた純白の翼を、六本とも上から下へ振り下ろす。
ただし、標的はこちらに向けて走ってくる少年ではない。その手前にある、何もないコンクリートの地面だ。
轟音が炸裂した。
莫大な破壊力によって捲られた地面が、津波のように風景そのものを巻き込む。
ちっぽけな少年もまた、それに飲み込まれる。これで死んだはずだ。
にも、
上条当麻は土煙を真正面が突っ切る。
多くの石に体を叩かれながらも、決して致命傷は受けずに。
(──
垣根帝督はそのカラクリに気づく。
そもそもの話、最初の時点からおかしかった。
あらゆる能力を打ち消す右手があったとしても、そのタイミングはどうやって合わせる?
『
一瞬でもタイミングを誤れば即死。なのに、目の前の少年はその綱渡りを何度も成功させている。
目の前の光景を見て、垣根は予測を立てる。
つまり、
能力には余波がある。
垣根帝督の『
ならば、『
いいや、それだけではない。
垣根帝督の視線や瞬き、呼吸のリズム、微細な筋肉の動きなど、本人の意図しない微弱な動きからも攻撃を察知している。
『
恐らく、他にもあるのだろう。
一種類のパターンには頼らず、常に新しい切り口で問題を見直す。その上で、その時に最も適した解決法を模索し、無数の必勝法をその時々で使い分ける。
あらゆる能力を打ち消す右手によって瞬殺される事を避け、そこで得た猶予を最大限に活用し、文字通り体当たりで得た情報を基にギリギリの活路を見出す。
「助ける! その子をッ、暗い世界になんて連れて行かせはしない‼︎」
少年は躊躇いなく、拳の届く圏内まで飛び込む。
垣根は再び白い翼を振るうが間に合わない。上条当麻の拳が顔面に突き刺さり、体のバランスが崩れる。白い翼の軌道は逸れ、上条当麻を通り過ぎていく。
まるでヒーローのようだった。
絶望的な悪を打ち倒す正義の拳。
それを見て、垣根の胸の内からドス黒いものが湧き上がる。
「助けるだと⁉︎ できる訳ねえだろうが‼︎ そんな簡単な訳がねえだろうが‼︎ テメェは誰も守れやしない‼︎ 俺みてえな人間が善人を殺していく‼︎ そうだろ⁉︎ そうじゃねえと──
咆哮と共に、白い翼の内から力が膨れ上がる。
それと一緒に、垣根の心の中から何かがポロポロと溢れ出すのが分かる。
「何でだよ‼︎ 何でヒーローが来るんだよ‼︎ 何で
もはや
垣根は空高くに羽ばたく。右手の届かない射程圏外、そこから羽を降り注ぐ一方的な蹂躙。
しかし──
『────
ガクン、と。
垣根帝督の体が落ちる。
白い翼。
『
高度こそ低いが、垣根は急な落下に足を挫く。
『行けッ、能力者‼︎』
アウレオルス=ダミー。
継雲雷糸の服の中に潜み、隙を窺っていた錬金術師による援護射撃。
あらゆる物質を塩に変える錬金術は、未知の『
「……ヒーローなんか必要ねえだろ」
少年は。
その右手を握り締める。
「善人? 悪人? ふざけるんじゃねえ。そんな位置に立ってなきゃ、誰も助けちゃいけないのか‼︎ 目の前で泣いている人がいるんだ! 絶望の底に連れて行かれそうな人がいるんだ! それだけで十分だろ‼︎ ヒーローになんかならなくったって、誰かを助けるために立ち上がったって構わねえだろうがよ‼︎」
「あああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎‼︎‼︎」
破れかぶれの一撃だった。
再構成した翼を何も考えずに振り回す
だが、それが良かった。何も考えていない攻撃だからこそ、上条当麻の前兆の感知を外す事に成功する。
ゴキンッ‼︎ と。
超音速の翼が上条の体にめり込む。
骨の数本どころか、背骨にダメージが入っていてもおかしくない威力。
なのに。
「何でテメェは立ち上がるんだよッ⁉︎」
ゾッ、と。
垣根の背筋に寒いものが走り抜けた。
能力でも、前兆の感知とやらでもない。
諦めない。ただそれだけの事が、こんなにも恐ろしい。
少年は血まみれだった。
それでも、踏み込む。垣根帝督の懐深くにまで、上条当麻は潜り込む‼︎
「テメェが、自分なんかじゃ誰も救えないって思ってるのなら。悪を極めなくちゃ、誰かに手を伸ばす事も許されないって思ってやがるのなら‼︎」
そして。
拳が、この上なく強く握り締められる。
「そんな
轟音が炸裂した。
上条当麻の拳が、垣根帝督の顔面を確実に捉えた音だった。
結局の所。
御坂美琴と食蜂操祈だけでは、第一位には敵わなかった。
二人して倒れ伏す。それが、自力での限界。
だから、ここまでの健闘にはとある
『初めまして、食蜂操祈くん。それとも、
「……アナタが、私のクローン……」
子供と大人、ホンモノとニセモノ。あるいは、少年に思い出してもらった者と少年に忘れられた者。
同じ顔の二人は、顔を合わせる事なく言葉を交わす。
「ここは……?」
『精神干渉で互いの思考を送受信し合い、超高速で情報をやり取りしている。それが会話みたいになってるのは、君の頭がやり取りした情報を整理した時にその方が都合が良かったってだけなんだろうね』
「……『
『君の脳の一部を切り取って肥大化させた巨大脳。あれは脳波が登録されていれば誰でも使える。つまり、同じ脳波を持つ君と僕は同じ巨大脳を共有している。そこを経由すれば、こんな芸当も成し遂げられるって訳だよ』
声だけの世界だった、と言えば語弊がある。
視覚も聴覚も働かない。そこは言葉を媒介とせず、純粋な情報だけがやり取りされる場所だった。
外界では一秒も経たない内に、内心における表面的な情報を全て共有する。
『分かっているだろうけど、時間がない。だから、君の謝罪したいという気持ちも伝わっているけれど後回しにしよう。そもそも、謝られるような事ではないからね』
「……ええ。本気で謝罪力が必要ないという事も伝わっているわぁ。でも、私は一〇〇パーセント私のためにアナタに償いをする。自己満足だけれど、それなら構わないでしょう?」
『ごっ、強情だなぁ……』
クローンとは言えど、どうやら全く似ていないらしい。
内心の表層的な部分を通わせる中で、食蜂操祈は不思議な気分になる。
『逃げるつもりは、ないのかい?』
「逃げないわぁ。私達の逃走力じゃすぐに追いつかれるのもあるけどぉ……学園都市の危機、それを見逃すつもりはないから」
『……分かった。なら、絶対に勝つんだ。殺されたら経験値になるとか、学園都市中の子供が死ぬとか、そんなんじゃない。君に死んでほしくない。心の底からそう思ってる』
「大丈夫、心配力は必要ないわぁ」
負けられない、食蜂操祈はそう思う。
自分の命よりも、自分の事を心配してくれる
「後はお姉ちゃんに任せるんダゾ☆」
必殺の両手が伸び──
「『
──
(水滴によって光を屈折させて生み出した幻! あのヤロウと同じ‼︎)
ほんの僅かな目測の誤り。
その一瞬が、もう一つの策を発動させた。
バォ‼︎ という轟音が炸裂する。
御坂美琴の背中から、バーナーのように青白い光の翼が噴き出していた。
継雲雷糸は食蜂操祈に二つの策を授けた。
一つは、第一位に勝つための策。酸素と水分を奪い、窒息状態に追い込んで第一位の反射を無視する攻撃。
そして、もう一つは
水を電気分解すると酸素と水素が生まれる。
そして、水素はロケットエンジンにも使用される燃料である。水から水素を取り出し続ければ、御坂美琴は空だって飛翔できる。
しかし、そこらにある水を電気分解するだけで空を飛べる訳ではない。
飛翔できるだけの水素を取り出せるほど水を供給する事など不可能。
だが、ここには水分を操る能力者がいた。食蜂操祈は『
翼の素材は
生じた酸素は、再び電気分解する事でオゾンへと変える。
水も酸素も分解して、徹底的に空気中から酸素を奪う。
その結果、二人の少女はロケットと化した。
エンジンを担当する『
翼を携えた少女は初速で亜音速を叩き出し、徐々に音速の領域に足を踏み入れる。
それはもはや戦闘機の領域。
そして、
電気で組成をバラバラにして空気中の酸素濃度を変えれば、密度の低い方へと流れる流体の性質から空気の流れは操れる。生身で音速を超えようが、摩擦で焼かれる心配はない。
(速すぎる……‼︎)
背中に強大な暴風の竜巻を携えて、怪物は飛翔する少女達に追いすがる。
だが、届かない。
互いの全力を比べるならば兎も角、今の
「こンのッ、クソッタレがァァあああああああああああああああああああああああ‼︎」
周囲から水分を集めて速度が上がり続ける少女達と、酸素の欠乏により速度が下がり続ける怪物。その勝敗は既に見えていた。
やがて、暴風は晴れる。
学園都市最強の能力者、
頂点に立つ第一位は演算すらできなくなり、地上へと墜落した。