食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第三七話 順位を覆す下剋上 Over_“ONE”.

 

 

「よいしょっ、と」

 

 真っ赤な異型の駆動鎧(パワードスーツ)から、長髪の男──シルバークロース=アルファを引き摺り出す。

 彼の端正な顔立ちは、見る影もなくボコボコに腫れていた。それも当然。中身に直接ダメージが入るよう、『夢想実現(アストラルプロジェクター)』で殴り続けたのだから。

 

「訊きたいことがある」

「私の、負けだ。洗脳するでも何でも、自由にすればいいだろう」

「する必要あるかい?」

「……そうだな」

 

 駆動鎧(パワードスーツ)はその機能を停止した。

 今ここにいるのは、剥き出しのシルバークロースに過ぎない。

 

「さぁ、場所を吐いてもらおうか」

「……木原幻生(きはらげんせい)なら知らないぞ。私は、ヤツに命令されていた事さえも今知ったばかりだからな」

「あんなヤツ、どうでもいいさ。──一方通行(アクセラレータ)、あの子はどうなってる?」

 

 

 

 

「学園都市の第一位を殺す。そのためなら、俺は手段なんざ選ばねえ」

 

 轟‼︎ と、垣根帝督(かきねていとく)の背から純白の巨大な翼が噴き出した。

 超音速の六枚羽。それが有機的にうねり、上条当麻(かみじょうとうま)に迫る。

 

 六方向からの同時攻撃。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消すには()が足りない。

 だが、上条はあえて翼の一つに当たりに行く。

 

(ビビるな! 御坂(みさか)の『砂鉄の剣』と同じで、どこに触ったって先端から根本までまとめて消える!)

 

 瞬間、掻き消える白の弾幕を掻い潜り、上条は垣根帝督に接近する。

 

「ッ‼︎」

 

 振りかぶる右手。

 しかし、上条当麻の拳は届かない。

 

(翼をッ、切り離した⁉︎)

 

 六枚の翼の内、一枚だけが切り離され、幻想殺し(イマジンブレイカー)の打ち消しから免れた。

 そして、垣根はその一枚を無数の羽に変換してばら撒く事で、拳の威力が垣根まで伝わるのを阻害したのだ。

 

(六枚の翼は同時に打ち消されたが、切り離された翼は無事。しかも無数の羽は一枚ずつ打ち消された。……触れた箇所から一塊の能力を打ち消す、それがこの男の能力か?)

 

 能力の分析を行うのは上条だけではない。

 戦いの最中、垣根帝督もまた幻想殺し(イマジンブレイカー)を解析する。

 

(最善策は上空から羽を降り注ぐ戦法。敵の射程圏外からの一方的な蹂躙。だが、敵の行動が誘導(ブラフ)だったら? もしも能力の打ち消しが遠距離でも発動できるのなら、無傷で着地できる高度以上を飛べば致命傷だ)

 

 垣根帝督は油断しない。

 継雲雷糸(つくもらいと)、彼女が強度(レベル)という絶対の順位を覆して学園都市第一位の超能力者(レベル5)を倒したように。目の前のイレギュラーが自分を倒す可能性だってゼロではないのだから。

 

(だったら──)

 

 直後、ゴバッ‼︎ と。

 白い翼が凄まじい光を発する。

 

 咄嗟に、上条は右手で光を防ぐ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ⁉︎」

「見つかったみてえだな。テメェの弱点がよ」

「何だ⁉︎ 異能の力じゃないのか⁉︎」

 

 上条当麻が打ち消しきれない異能の力というのは、今まででも数種類存在した。

 例えば、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』や『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』など。単純な話、幻想殺し(イマジンブレイカー)が打ち消しきれる量には限界があり、それ以上の異能をぶつけ続ければ幻想殺し(イマジンブレイカー)を貫通する事ができる。

 だが、今の光はそれらとは違った。幻想殺し(イマジンブレイカー)の限界を超えたと言うよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今のは『回折』だ。光波や電子の波は、狭い隙間(スリット)を通ると波の向きを変えて拡散する。複数の隙間(スリット)を使えば、波同士を干渉させられる」

「……隙間(スリット)さえ作れば、誰でも夕陽を殺人光線に変えられるってのか? あり得ないだろ。そんな簡単に人を焼けるなら、とっくに警備員(アンチスキル)が規制してるはずだ」

「残念ながら、そう簡単な話でもねえ。いくら物理の勉強をしたって、『回折』を利用して太陽光を殺人光線に変える事なんてできない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、『未元物質(ダークマター)』はそんな常識(ふつう)には縛られない。

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』ってのはこの世界に存在しない新物質だ。そいつに既存の物理法則は通じない。そして『未元物質(ダークマター)』に触れて反射した太陽光も独自の法則に従って動き出す。異物ってのはそういうもんだ。たった一つ混じっただけで、世界をガラリと変えちまうんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、『未元物質(ダークマター)』自体は超能力でも、『未元物質(ダークマター)』に触れて独自の法則に従って動き出したものは超能力ではない。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)は異能の炎は打ち消せても、異能の炎で灰になった物は元に戻せない。『未元物質(ダークマター)』による攻撃は打ち消せても、『未元物質(ダークマター)』に影響された物理現象は打ち消せない!

 

「『未元物質(ダークマター)』が混じったこの空間全てが牙を剥くっていうのか⁉︎」

幻想(のうりょく)を打ち消す右手だったか? 確かに、テメェはこの街の超能力者(レベル5)全員の天敵だろうよ」

 

 だが、と垣根は呟いて、

 

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』に、その常識は通用しねえ」

 

 

 直後。

 ()()()が上条当麻に殺到する。

 

 

 

 

 学園都市・第一七学区。

 人のいない操車場にて、倒れ伏した二人の少女を見下ろす影が一つ。

 

 

「ハッ、どンな勝機を見出して挑んできやがったのかと思えば無策とはなァ? ンなに痛みが好きならお望み通り甚振ってやるよォ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 例えば、第三位の代名詞たる『超電磁砲(レールガン)』は、ベクトル操作によって容易く軌道を捻じ曲げられる。

 例えば、第五位の有する種類豊富な精神干渉は、脳内で発生したミクロレベルの水分操作のベクトルを捉えられて無効化される。

 

 御坂美琴(みさかみこと)も、食蜂操祈(しょくほうみさき)も、目の前の怪物は歯牙にもかけない。

 

「ガッカリだぜ。この様子じゃ、第三位を一二八回殺せば絶対能力(レベル6)進化(シフト)するっつー『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の演算も信用できたモンじゃねェな」

「……っ」

 

 食蜂操祈は目を閉じて動かない。

 御坂美琴はまだ意識があるようだが、痛みに体を震わせて動けない。

 

 一方通行(アクセラレータ)はため息を吐いた。

 

(チッ。あのヤロウは何処に行きやがった? 俺を負かしたあの人形(クローン)を殺し、今度こそ俺は『最強』にならなくちゃならねェってのによォ)

 

 もはや、消化試合。

 一方通行(アクセラレータ)は面倒臭そうに歩みを進め、その両手を退屈そうに広げる。

 

 防御も攻撃も必要ない。

 あらゆる攻撃を反射し、触れただけで死を与える人間にとって、戦闘とはどれだけ早く相手に触れるかでしかないのだから。

 

 誰も止められない絶対的な理不尽(ジャガーノート)

 そんな怪物を前にして──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あァ⁉︎」

 

 右へ左へ。生体電気を操って体を無理やり動かし、磁力を駆使して立体的に逃げ惑う御坂美琴。

 一方通行(アクセラレータ)はそんな彼女に心底つまらなそうな目を向け、大地を蹴って追いかける。

 

 周囲に放たれる雷撃。

 ピリピリと帯電する空気。

 だが、反射を恐れているのか、雷撃は一方通行(アクセラレータ)を直接狙わない。

 炸裂する火花は目眩しになる事はあっても、一方通行(アクセラレータ)の歩みを止める事はできない。

 

「つっまンねェな、オマエ。ンな事やったって無駄なンだっつゥコトが分っかンねェのか? ってか俺は延々と続くオマエの悪あがきになんざ興味ねェンだっつの!」

 

 一方通行(アクセラレータ)は無駄な足掻きを鼻で笑う。

 既に勝敗は決まっている。こんなのは、死刑囚がギロチンを前に時間稼ぎをしているだけに過ぎない。

 

 しかし、一方通行(アクセラレータ)はそこで自分が息切れをしている事に気がつく。

 走りながら喋りすぎたせいかと思ったが、どうにも様子がおかしい。鋭い異臭が警告を鳴らす。

 そして何より、逃げ続ける少女の目はまだ死んでいない。

 

 

(はァン、なるほどね。()()()ってかァ?)

 

 

 空気中の酸素は電気分解する事ができる。

 そして、通常なら酸素原子二つで『酸素』分子を作っているのに対し、一度に二つ分解された酸素原子は、今度は三つで『オゾン』を作る性質を持つ。

 

 酸素とオゾンは両方とも同じ酸素原子で作られているが、二つは全くの別物だ。

 オゾンを吸っても肺が満たされる事はなく、むしろオゾンは人間にとって有毒になり得る。

 

 無論、一方通行(アクセラレータ)が常時展開している『保護膜』は有毒なオゾンが体内に入る事を許さない。

 だが、酸素がオゾンに変わったという事は、一方通行(アクセラレータ)の周囲から酸素が消え失せたという事。

 あらゆる攻撃を受けない第一位も、酸素を吸って二酸化炭素を吐く普通の人間である事に違いはない。一方通行(アクセラレータ)の周囲が酸素を奪い続け、酸欠状態に追い込めば『保護膜』を無視してダメージを与える事だってできる。

 

(──とでも考えてンだろォが)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(電気分解できるのは何も酸素だけとは限らねェ。例えば、宇宙船の中の酸素は地球から持ち込んだ酸素タンクから補給されるだけじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 水。この地球上にありふれた分子。

 『水』分子を電気分解すると酸素原子と水素原子となり、それらは同じ原子同士でくっついて『酸素』と『水素』が生まれる。

 

 そして、一方通行(アクセラレータ)はそれを能力で再現できる。

 除湿するように空気中の水分を一箇所に集め、帯電した空気のベクトルを操る事で水を電気分解させ、酸素を生み出す。

 

(酸素を奪うだけじゃ意味がねェ! 酸素と水ッ、それを同時に奪われるでもなけりゃ────()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 『心理掌握(メンタルアウト)』。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ズヴァヂィ‼︎‼︎‼︎ と凄まじい音が炸裂した。

 食蜂操祈を中心に、景色が明確に歪む。

 

 現象としてはフリーズドライに近い。空気中の水分を圧搾させて、一方通行(アクセラレータ)から主導権を簒奪する。

 あらゆる生命に死をもたらす『渇き』の領域。一方通行(アクセラレータ)に直接影響を及ぼす事はできずとも、その周囲から水を奪い去る事で酸素の生成を不可能にする。

 

「イイネイイネェ! 最高じゃねェかオマエら‼︎」

 

 しかし、絶体絶命の状況であっても……いいや、絶体絶命の状況だからこそ一方通行(アクセラレータ)は心底楽しそうに笑う。

 

 『絶対』へと進化(シフト)するため、歯応えのある敵ほど嬉しいものはない。

 肉食獣(アクセラレータ)にとって、強敵とは肥え太った被捕食者に過ぎないのだから。その経験値を全て喰らうため、大口を開けて笑みを浮かべる。

 

「だ・け・ど、弱点が一つ。忘れたかァ?」

 

 瞬間、一方通行(アクセラレータ)の踏み締めていた地面が爆発する。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎」

 

 

 瞬きの隙も与えず。

 一方通行(アクセラレータ)は一瞬で少女達に肉薄する。

 

 広がる両手は死の象徴。

 触れただけで終わる必殺。

 二人の少女に、『絶望』が迫る。

 

 

 

 

 自然界には無数の物質が存在し、それぞれの法則に従って現象が起きている。

 その一つ一つの現象が、『未元物質(ダークマター)』の介在で未知のモノと化す。

 

 常人では次に何が起こるか理解できない、経験則が通用しない異世界。

 『未元物質(ダークマター)』の使用者たる垣根帝督のみが、この空間で何が起こるかを演算できる。

 

「終わりだよ。この世界ではありふれた、ただの物理法則によってテメェは死ぬ」

 

 発火、凍結、溶解、気化、圧力、結晶化。

 三〇〇〇を超える異世界の自然現象。

 超能力を打ち消せるだけの右手が、無数の異常識に打ち勝てるはずもない。

 

 轟‼︎ と衝撃が炸裂した。

 地面のあちこちに大きな亀裂が入る。遠方の地震計も今の揺れを感知しただろう一撃。ダメージは確実に通った。衝撃の中心に立つ少年が無事であるはずがない。

 三〇〇〇を超える現象の内、一つでも受ければ致命傷。少年の右手が役に立たない以上、彼の体はグシャグシャになって死んだはずだ。

 

 垣根帝督は勝利したはずだ。

 善人の少年が呆気なく死んでしまうこの世界の仕組みに、希望なんてものを見出せなくなったはずだった。

 

 なのに。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 もちろん、無傷ではない。

 少年の衣服は泥に塗れていた。

 こめかみの辺りに赤く滲むものがあった。

 体の重心はどこか斜めに傾いているように感じられた。

 

 それでも、少年は立っていた。

 決して折れず、二本の足で立っていた。

 

「……異物ってのは一つ混じっただけで、世界をガラリと変えちまう。そう言ったのは、アンタじゃなかったか?」

「な、に……⁉︎」

「俺の幻想殺し(イマジンブレイカー)がこの空間にある限り、ここはアンタだって演算できない未知の空間になっているはずだ‼︎」

()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()⁉︎」

 

 『未元物質(ダークマター)』によって引き起こされる異常識の物理法則に従った自然現象自体は異能ではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 未知を押し付ける学園都市第二位の超能力者(レベル5)は、未知の右手に翻弄される。

 

 垣根帝督の判断は早かった。

 背中から生えた純白の翼を、六本とも上から下へ振り下ろす。

 ただし、標的はこちらに向けて走ってくる少年ではない。その手前にある、何もないコンクリートの地面だ。

 

 轟音が炸裂した。

 莫大な破壊力によって捲られた地面が、津波のように風景そのものを巻き込む。

 ちっぽけな少年もまた、それに飲み込まれる。これで死んだはずだ。駆動鎧(パワードスーツ)を身に纏っていても、土砂は装甲ごと血肉をグシャグシャに押し潰す。

 

 にも、(かかわ)らず。

 上条当麻は土煙を真正面が突っ切る。

 多くの石に体を叩かれながらも、決して致命傷は受けずに。

 

 

(──()()()()()()()()‼︎)

 

 

 垣根帝督はそのカラクリに気づく。

 そもそもの話、最初の時点からおかしかった。

 

 あらゆる能力を打ち消す右手があったとしても、そのタイミングはどうやって合わせる?

 『未元物質(ダークマター)』の白い翼は超音速で動く。たとえ迎撃に有効な手段があったとしても、そのタイミングを合わせて防御するのは至難の業だ。

 一瞬でもタイミングを誤れば即死。なのに、目の前の少年はその綱渡りを何度も成功させている。

 

 目の前の光景を見て、垣根は予測を立てる。

 つまり、

 

 ()()()()()

 

 能力には余波がある。

 超能力(レベル5)ほど強力な能力であれば特に。

 

 垣根帝督の『未元物質(ダークマター)』は従来の物理法則には従わず、『未元物質(ダークマター)』に触れたものも同様に独自の法則に従って動く。それは垣根帝督の意思とは無関係に、必ずそう動く。

 ならば、『未元物質(ダークマター)』が作用している空間には必ず違和感が存在する。常識とは異なる違和、積み重なったそれは『未元物質(ダークマター)』の挙動を事前に教えるのではないか。

 

 いいや、それだけではない。

 垣根帝督の視線や瞬き、呼吸のリズム、微細な筋肉の動きなど、本人の意図しない微弱な動きからも攻撃を察知している。

 『未元物質(ダークマター)』が引き起こす三〇〇〇を超える現象を読む必要はない。垣根帝督の考えを読む。それだけで、何処で何が起こるかは逆算できる。

 

 恐らく、他にもあるのだろう。

 一種類のパターンには頼らず、常に新しい切り口で問題を見直す。その上で、その時に最も適した解決法を模索し、無数の必勝法をその時々で使い分ける。

 あらゆる能力を打ち消す右手によって瞬殺される事を避け、そこで得た猶予を最大限に活用し、文字通り体当たりで得た情報を基にギリギリの活路を見出す。

 

「助ける! その子をッ、暗い世界になんて連れて行かせはしない‼︎」

 

 少年は躊躇いなく、拳の届く圏内まで飛び込む。

 垣根は再び白い翼を振るうが間に合わない。上条当麻の拳が顔面に突き刺さり、体のバランスが崩れる。白い翼の軌道は逸れ、上条当麻を通り過ぎていく。

 

 まるでヒーローのようだった。

 絶望的な悪を打ち倒す正義の拳。

 それを見て、垣根の胸の内からドス黒いものが湧き上がる。

 

「助けるだと⁉︎ できる訳ねえだろうが‼︎ そんな簡単な訳がねえだろうが‼︎ テメェは誰も守れやしない‼︎ 俺みてえな人間が善人を殺していく‼︎ そうだろ⁉︎ そうじゃねえと──()()()()()()()()()()()()()()()‼︎」

 

 咆哮と共に、白い翼の内から力が膨れ上がる。

 それと一緒に、垣根の心の中から何かがポロポロと溢れ出すのが分かる。

 

「何でだよ‼︎ 何でヒーローが来るんだよ‼︎ 何で()()()の時は来てくれなかったんだよ‼︎ テメェみてえなヤツがいるなら俺なんかが立ち上がる必要はなかっただろうが‼︎ 俺みてえな最低な悪人に誰かを救える力なんてある訳がねえだろうがッ‼︎」

 

 もはや誘導(ブラフ)だとか考えている余裕はなかった。

 垣根は空高くに羽ばたく。右手の届かない射程圏外、そこから羽を降り注ぐ一方的な蹂躙。

 

 しかし──

 

 

『────瞬間錬金(リメン=マグナ)‼︎』

 

 

 ガクン、と。

 垣根帝督の体が落ちる。

 

 白い翼。

 『未元物質(ダークマター)』で構成されたそれが、()()()()()()()()()()()()()()

 高度こそ低いが、垣根は急な落下に足を挫く。

 

『行けッ、能力者‼︎』

 

 アウレオルス=ダミー。

 継雲雷糸の服の中に潜み、隙を窺っていた錬金術師による援護射撃。

 あらゆる物質を塩に変える錬金術は、未知の『未元物質(ダークマター)』さえも変換する。

 

「……ヒーローなんか必要ねえだろ」

 

 少年は。

 その右手を握り締める。

 

「善人? 悪人? ふざけるんじゃねえ。そんな位置に立ってなきゃ、誰も助けちゃいけないのか‼︎ 目の前で泣いている人がいるんだ! 絶望の底に連れて行かれそうな人がいるんだ! それだけで十分だろ‼︎ ヒーローになんかならなくったって、誰かを助けるために立ち上がったって構わねえだろうがよ‼︎」

「あああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎‼︎‼︎」

 

 破れかぶれの一撃だった。

 再構成した翼を何も考えずに振り回す

 だが、それが良かった。何も考えていない攻撃だからこそ、上条当麻の前兆の感知を外す事に成功する。

 

 ゴキンッ‼︎ と。

 超音速の翼が上条の体にめり込む。

 骨の数本どころか、背骨にダメージが入っていてもおかしくない威力。

 

 なのに。

 

 

「何でテメェは立ち上がるんだよッ⁉︎」

 

 

 ゾッ、と。

 垣根の背筋に寒いものが走り抜けた。

 能力でも、前兆の感知とやらでもない。

 諦めない。ただそれだけの事が、こんなにも恐ろしい。

 

 少年は血まみれだった。

 それでも、踏み込む。垣根帝督の懐深くにまで、上条当麻は潜り込む‼︎

 

「テメェが、自分なんかじゃ誰も救えないって思ってるのなら。悪を極めなくちゃ、誰かに手を伸ばす事も許されないって思ってやがるのなら‼︎」

 

 そして。

 拳が、この上なく強く握り締められる。

 

 

「そんな常識(げんそう)なんか粉々に打ち砕いてやる‼︎」

 

 

 轟音が炸裂した。

 上条当麻の拳が、垣根帝督の顔面を確実に捉えた音だった。

 

 

 

 

 結局の所。

 御坂美琴と食蜂操祈だけでは、第一位には敵わなかった。

 二人して倒れ伏す。それが、自力での限界。

 

 だから、ここまでの健闘にはとある()()のお膳立てがあった。

 

 

『初めまして、食蜂操祈くん。それとも、お姉様(オリジナル)って呼んだ方が分かりやすいのかな?』

「……アナタが、私のクローン……」

 

 

 食蜂操祈(オリジナル)継雲雷糸(クローン)

 子供と大人、ホンモノとニセモノ。あるいは、少年に思い出してもらった者と少年に忘れられた者。

 同じ顔の二人は、顔を合わせる事なく言葉を交わす。

 

「ここは……?」

『精神干渉で互いの思考を送受信し合い、超高速で情報をやり取りしている。それが会話みたいになってるのは、君の頭がやり取りした情報を整理した時にその方が都合が良かったってだけなんだろうね』

「……『外装代脳(エクステリア)』。その応用ね」

『君の脳の一部を切り取って肥大化させた巨大脳。あれは脳波が登録されていれば誰でも使える。つまり、同じ脳波を持つ君と僕は同じ巨大脳を共有している。そこを経由すれば、こんな芸当も成し遂げられるって訳だよ』

 

 声だけの世界だった、と言えば語弊がある。

 視覚も聴覚も働かない。そこは言葉を媒介とせず、純粋な情報だけがやり取りされる場所だった。

 外界では一秒も経たない内に、内心における表面的な情報を全て共有する。

 

『分かっているだろうけど、時間がない。だから、君の謝罪したいという気持ちも伝わっているけれど後回しにしよう。そもそも、謝られるような事ではないからね』

「……ええ。本気で謝罪力が必要ないという事も伝わっているわぁ。でも、私は一〇〇パーセント私のためにアナタに償いをする。自己満足だけれど、それなら構わないでしょう?」

『ごっ、強情だなぁ……』

 

 クローンとは言えど、どうやら全く似ていないらしい。

 内心の表層的な部分を通わせる中で、食蜂操祈は不思議な気分になる。

 

『逃げるつもりは、ないのかい?』

「逃げないわぁ。私達の逃走力じゃすぐに追いつかれるのもあるけどぉ……学園都市の危機、それを見逃すつもりはないから」

『……分かった。なら、絶対に勝つんだ。殺されたら経験値になるとか、学園都市中の子供が死ぬとか、そんなんじゃない。君に死んでほしくない。心の底からそう思ってる』

「大丈夫、心配力は必要ないわぁ」

 

 負けられない、食蜂操祈はそう思う。

 自分の命よりも、自分の事を心配してくれる()のために。

 

 

「後はお姉ちゃんに任せるんダゾ☆」

 

 

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は少女達に肉薄する。

 必殺の両手が伸び──

 

 

「『()()()()()()』。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──()()()()()()()()()()

 

(水滴によって光を屈折させて生み出した幻! あのヤロウと同じ‼︎)

 

 ほんの僅かな目測の誤り。

 その一瞬が、もう一つの策を発動させた。

 

 

 バォ‼︎ という轟音が炸裂する。

 一方通行(アクセラレータ)が目にしたのは『翼』。

 御坂美琴の背中から、バーナーのように青白い光の翼が噴き出していた。

 

 

 継雲雷糸は食蜂操祈に二つの策を授けた。

 一つは、第一位に勝つための策。酸素と水分を奪い、窒息状態に追い込んで第一位の反射を無視する攻撃。

 そして、もう一つは()()()()()()()()()()()()

 

 水を電気分解すると酸素と水素が生まれる。

 そして、水素はロケットエンジンにも使用される燃料である。水から水素を取り出し続ければ、御坂美琴は空だって飛翔できる。

 

 しかし、そこらにある水を電気分解するだけで空を飛べる訳ではない。

 飛翔できるだけの水素を取り出せるほど水を供給する事など不可能。

 

 だが、ここには水分を操る能力者がいた。食蜂操祈は『外装代脳(エクステリア)』を用いて一時的に能力を増幅し、無理やりマクロな水分を操作して、御坂美琴に水分子を供給し続ける。

 翼の素材は一方通行(アクセラレータ)の周囲から奪っていた水分の塊。刃物のような水の翼は水分子の供給だけでなく、御坂美琴の浮力を支え、バーナーの熱の伝導を肩代わりする。

 

 生じた酸素は、再び電気分解する事でオゾンへと変える。

 水も酸素も分解して、徹底的に空気中から酸素を奪う。

 

 その結果、二人の少女はロケットと化した。

 エンジンを担当する『超電磁砲(レールガン)』と翼を担当する『心理掌握(メンタルアウト)』。

 翼を携えた少女は初速で亜音速を叩き出し、徐々に音速の領域に足を踏み入れる。

 

 それはもはや戦闘機の領域。

 そして、超能力者(レベル5)は音速へ至るために大仰な装甲板を必要としない。

 電気で組成をバラバラにして空気中の酸素濃度を変えれば、密度の低い方へと流れる流体の性質から空気の流れは操れる。生身で音速を超えようが、摩擦で焼かれる心配はない。

 

(速すぎる……‼︎)

 

 一方通行(アクセラレータ)とて飛べない訳ではない。

 背中に強大な暴風の竜巻を携えて、怪物は飛翔する少女達に追いすがる。

 

 だが、届かない。

 互いの全力を比べるならば兎も角、今の一方通行(アクセラレータ)には酸素が足りない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「こンのッ、クソッタレがァァあああああああああああああああああああああああ‼︎」

 

 周囲から水分を集めて速度が上がり続ける少女達と、酸素の欠乏により速度が下がり続ける怪物。その勝敗は既に見えていた。

 

 やがて、暴風は晴れる。

 学園都市最強の能力者、一方通行(アクセラレータ)

 頂点に立つ第一位は演算すらできなくなり、地上へと墜落した。

 

 

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