食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第三八話 成就へ至る悪巧み All_in_“ONE”.

 

 

「……一方通行(アクセラレータ)くんは倒した。これでヤツの『実験』が成就する事はない」

 

 『外装代脳(エクステリア)』を介して食蜂操祈(しょくほうみさき)の視界を共有してもらい、継雲雷糸(つくもらいと)は戦況を確認する。

 

「ふぅ。残るは──」

 

 安堵の息を吐き、足を一歩進める。

 まさに、その瞬間の事だった。

 

 

 ()()()‼︎ ()

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「状況を引っ掻き回すのも大概にして欲しいねぇ」

 

 パンパン、と老人が手を叩くのに合わせて、獣は床に伏せる。

 青白く、半透明な異型の獣だった。蛇のようにも、鳥のようにも、魚のようにも、犬のようにも、あるいは形のない影のようにも見える奇怪な化け物。

 まるで悪夢から飛び出してきたような、そんな不合理を極めたかのような歪な怪物が少女の頭を噛み砕く。

 

 その獣を使役した白衣を纏う老人──木原幻生(きはらげんせい)は、やれやれとでも言うよにため息を吐いた。

 

「継雲君の依代(からだ)を壊せば終わりだと思ったんだけどねぇ……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 木原幻生が振り向いた先に佇むのは、同じように白衣を着た中年男性。

 ()()。そう呼ばれた、暗部組織『メンバー』のリーダーである。

 

「私達が敵に回ったんじゃない。君が私達を敵に回したのだよ、木原幻生。私達『メンバー』は学園都市統括理事会の特命を受けて動く暗部組織だが、今回の仕事は統括理事会とは無関係だ。君は仲介者と共謀して、私達を良いように使役していた。それは許される事ではない。我々に命じていいのはこの街の王だけだ」

「……アレイスターの犬が」

「構わんよ。私は世界の隅に隠れた数式という名の美を愛でられるのならば、誰の足下にでも平伏そう。君が使役しているその獣のようにな」

 

 博士がそう言葉を発する間にも、機械の獣が木原幻生を囲む。

 馬場芳郎(ばばよしお)、『メンバー』の一員である彼が操縦するロボットの一つ。

 

春暖(しゅんだん)君に倒されたというのは(ブラフ)だね? 初めから、僕らの監視を抜け出して戦線離脱する事が目的だったと」

「新入りは君の息がかかった者だったため、彼の行動までは止められなかったがな。だが、君が継雲雷糸を狙う事は分かっていた。君を探さずとも、待ちさえすれば君はのこのことやって来る」

「でも、それって君の考えじゃないでしょ。継雲君に何を吹き込まれたのかな?」

「言っただろう、私は誰の足下にでも平伏すと。学園都市統括理事長の意見さえも捻じ曲げる者に平伏すのは当然の事だろう?」

「……なるほどねぇ。さすが、見下げ果てた犬だよ」

 

 ガチャリ、と木原幻生の後頭部に銃が突きつけられる。

 三人目の『メンバー』、査楽(さらく)。他人の背後に回る空間移動(テレポート)系能力者は木原幻生にチェックメイトをかける。

 

「貴重な『木原』の一人をここで失うのは惜しい事だが……」

 

 ニヤリ、と博士は唇を歪ませる。

 

一方通行(アクセラレータ)も倒された今、君の『実験』は完全に破綻した。その程度の『木原』ならば特に問題はないな」

「ヒヒヒ、ヒハ、ヒャ、ヒャーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ‼︎‼︎」

 

 その言葉を聞いて、木原幻生は笑い出した。

 だって、それは────()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「──あらゆる物質を塩化ナトリウムに変換する能力。スゲェな、俺には思いつかねえくらい面白えよ」

 

 上条当麻(かみじょうとうま)垣根帝督(かきねていとく)を殴り飛ばした。

 だが、彼はまだ倒れない。『暗部』で幾度となく殺し合いを経験した彼は、たかが路地裏の喧嘩程度の一撃では気を失わない。

 

「超えるぞ。学園都市の決めた順位なんざもうどうでもいい。今なら俺は、世界中の軍隊を敵に回したって負ける訳がない‼︎」

 

 そして、垣根帝督は更なる飛躍を果たす。

 アウレオルス=ダミーを目撃した彼は、物質を別の物質に変換するというインスピレーションを得た。

 それは即ち、『未元物質(ダークマター)』という超能力の進化(シフト)を意味する。

 

 直後、世界は『白』に染まる。

 

 『未元物質(ダークマター)』による侵蝕。

 物理法則に『未元物質(ダークマター)』が介在した空間、などでは済まない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「既存の世界を俺が書き換える! コンクリートも、空気も、()()()()()ッ、『未元物質(ダークマター)』は世界を侵蝕する‼︎」

 

 純白の翼が蚕の繭なように絡まり合う。

 それはまるで、何かの誕生を待ち望むような。

 

 盤面が狂う。

 木原幻生さえ予想のできない方向へと傾く。

 制御不能の混沌。超能力(レベル5)という枠組みすら破壊する怪物が開花する。

 

「はははははははははは‼︎ ははははははははははははははははははははははははははははッ‼︎」

 

 その。

 一瞬手前の出来事だった。

 

 

 ()()()()‼︎ ()

 ()()()()()()()()()

 

 

「…………あ?」

 

 垣根帝督はいつの間にか、地面に手をついていた。

 空気中を伝う不気味なうねりに、思わず口を押さえる。それはまるで、無数のなめくじの中に突き落とされたかのような生理的嫌悪。

 筋肉は弛緩し、ぐにゃぐにゃに力は入らず、足元はおぼつかない。痛みとは違う、病気とも異なる、不気味な根源的不快感。

 

(な、に……? 能力、が……)

 

 先程の全能感はもう存在しない。

 それどころか、通常の能力だって使えない。

 こちらに駆け寄る少年を尻目に、垣根帝督は思考の深くに潜り込む。

 

 例えば、一部の少年院には集中を乱すために様々な光・音・匂いなどの刺激で能力を使えなくする機構や、AIM拡散力場を乱反射させて能力の暴走を促すAIMジャマーなんて物も存在する。

 だが、それらとは明らかに違う。非常に抽象的で感覚的な言葉に過ぎないが──

 

 

「──()()()()()()()()()……っ⁉︎」

 

 

 

 

 初めにその異常に気付いたのは、カエル顔の医者だった。

 

 通常、学園都市の子供は寮に一人暮らし。一人暮らしはできない年齢の子供は、陽の落ちた現在はもう寝静まっている頃か。

 だから、夜に入院患者を見回っていたその医者だけが気付いた。

 

 

「これは、バイタルが……。意識不明──()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「何よ、()()……」

 

 呆然と、御坂美琴(みさかみこと)は目の前の光景を見る。

 見る事しかできない。彼女もまた、能力を『吸われた』子供の一人だったから。

 

「…………っ」

 

 食蜂操祈(しょくほうみさき)もまた同様に。

 『妹』に必要な情報を送って、意識を手放す。

 

 学園都市第一位、一方通行 (アクセラレータ)を倒した。

 自分達は経験値として殺される事はなく、怪物の更なる進化(シフト)を防いだ。

 その、はずだったのに。

 

 

 ()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 感覚で分かった。

 自分はあの『翼』に能力を吸われたのだと。

 あの『翼』の中の一色が自分の能力なのだと!

 

 殺されさえしなければ、一方通行(アクセラレータ)が経験値を得て進化(シフト)する事はない。誰もがそう思っていた。

 だが、現実はゲームではない。敗北からだって人は経験値を得られる。勝つ必要はなかった、相手を殺す必要はなかった。ただ同格の相手と戦う、それだけで一方通行(アクセラレータ)は必要分の経験値を得られた。

 

「く、」

 

 一方通行(アクセラレータ)は嗤う。

 

 ベクトル操作。

 今まで攻撃を反射するか、風を操るかにしか使っていなかったそれを、A()I()M()()()()()()()()()()()()()

 

 一八〇万人が無自覚に発する微弱な力の塊。

 それを、たった一人が掌握する。

 

「くか、」

 

 そして、街に広がるAIM拡散力場の『圧』の変化は、能力者である子供達にも逆流する形で影響を与える。

 例えば、能力を生み出す精神の変容。あるいは、本来得るはずのない情報の入力。もちろん、今回流れ込むのは一方通行(アクセラレータ)という精神の情報。

 

 一般人の精神ならばまだ良かった。だが、学園都市第一位の精神。『暗闇の五月計画』からも分かる通り、一方通行(アクセラレータ)の情報を植え付けられた子供達の精神は簡単に歪む。

 その歪みは、脳波という形で生まれる。一方通行(アクセラレータ)の精神に耐えきれず、無意識のうちに一方通行(アクセラレータ)の脳波へと脳が自動で最適化されてしまうのだ。

 

 それはまるで、学園都市にいる全ての子供の脳を繋げて、一方通行(アクセラレータ)というたった一人のために『一つの巨大な脳』を作り出すかのような所業。

 学園都市全ての能力者の能力が、一方通行(アクセラレータ)という一点に集中する。

 

「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけこかきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくかきくこけくけくきくきこきかかか──────ッ‼︎」

 

 学園都市第一位(ナンバーワン)の能力者なんてもう古い。

 一方通行(アクセラレータ)学園都市唯一(オンリーワン)の能力者へと至る。

 

 酸欠なんてもはや問題にはならない。

 今の一方通行(アクセラレータ)は学園都市全ての能力を使用できる『無敵』の能力者。

 『物質生成(クリエイション)』で脳内に直接酸素を生み出せば事足りる。

 

 正真正銘。

 一方通行(アクセラレータ)超能力者(レベル5)なんて枠組みを破壊して飛び越えた。

 

「これが絶対能力者(レベル6)‼︎ 無敵の領域ッ‼︎」

 

 

 

 

「こんなものが絶対能力者(レベル6)? まさか、そんな訳がないでしょ」

 

 木原幻生は訝しげに首を傾げる。

 条件は揃った。なのに、何故か一方通行(アクセラレータ)絶対能力者(レベル6)に至らない。

 

「ま、て……何だ、それは……っ⁉︎」

「おや、まだ意識があるんだねぇ。頭脳労働かと思ったけど、意外と体も丈夫じゃないか」

 

 思考に耽る木原幻生の足下には、血塗れの博士が無造作に転がっていた。その側には、馬場や査楽といった他の『メンバー』も同様に。

 博士は恐怖の感情を浮かべて、()()を見た。

 

 

「何だ……何なんだッ、そのバケモノはァ⁉︎」

 

 

 ()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『オジギソウ』と呼ばれる細胞単位で人間を削り殺す金属粒子さえも、その埒外の怪物には通用しない。

 まるで悪夢から飛び出したかのような、条理の効かない理不尽の塊。

 

「『悪夢猛獣(ジャバウォック)』、鏡の国のアリスに登場する正体不明の怪物から名付けられた生命ならざる獣。実数に変換された虚数の具現。継雲君風に言うなら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉とは話し手一つでここまで印象を変えるのか。

 継雲雷糸のそれが希望(ゆめ)の実現なら、木原幻生のそれは絶望(あくむ)の実現。

 

 生命ですらない人外の怪物。

 木原幻生に使役された悪夢が『メンバー』を喰い荒す。

 

「まさかッ、春暖嬉美(しゅんだんきみ)が作り出した幽霊と同じものか⁉︎」

「似て非なる、と言うべきかなあ。方法論は全く違うけれど、現象としては近しい。……ああ、なるほどねぇ。一方通行(アクセラレータ)君が一向に絶対能力者(レベル6)の領域へ足を踏み入れないのも同じ理由でしょ」

「な、に……?」

()()A()I()M()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……‼︎」

 

 不知火(しらぬい)

 彼女はハイボルテージ=カッティング法によって作り出された幽霊。その正体は高エネルギーの塊である。

 

 その性質上、幽霊は微弱な力の集合体であるAIM拡散力場と相反する。

 この戦場に幽霊が存在している事が、木原幻生の『実験』に誤作動を引き起こしていたのだ。

 

 

()()()()()()()

 

 

 何の躊躇いもなく。

 木原幻生はそう告げる。

 

「全体論の超能力者。貴重で勿体ないけど、邪魔になるなら仕方がないよねぇ。幽霊自体を殺す事は不可能でも、要石(アンカー)となってる春暖君を殺せば地球上から消えるでしょ」

 

 不知火はブラックホールが生み出すエネルギーから作られた幽霊。つまり、ブラックホールが完全に消滅でもしない限り、不知火が死ぬ事などあり得ない。

 一方で、広い宇宙の何処にでも顕現できる不知火がこの地球上で成立したのは、春暖嬉美の『無限動力(ホワイトホール)』によって肉体が構成されたからだ。春暖嬉美が死亡しても不知火が消滅する事はないが、広い宇宙の中から再びこの小さな地球に顕現するのは困難だろう。

 

「……はっ。『メンバー』を忘れていたねぇ」

 

 いつの間にか、博士達は逃げていた。

 だが、構わない。あの程度の木っ端共によって『実験』が揺さぶられる事はない。

 

 『実験』は最終段階に至った。

 春暖嬉美の殺害。それによって、木原幻生の目論見は達成される。

 

 

「だけど、来るんだろう? 継雲君」

 

 

 

 

「木原幻生をブチのめす。これは僕の責任だ」

 

 本来の肉体で、僕は目覚めた。

 どうやら、意識が戻らないように木原幻生がかけていた能力を、当麻くんの右手が解除したらしい。

 

 当麻くんは全身が血だらけになっていた。それだけの死闘を潜り抜けて、僕を助けに来たのだろう。

 ……嬉美と言い、また子供に助けられた。情けない大人だ、僕は。

 

「当麻くんはさっさと病院に向かいなさい。あとは僕に任せろ」

「な、何で俺の名前を……?」

「……君は覚えてないだろうけど、友達からのお願いだ。頼む、病院に向かってくれ」

 

 頭を下げる。

 当麻くんはどう答えればいいのか困り、所在なさげに頭をかく。

 

「わ、分かった。アンタの言う事を聞くよ」

「……ありがとう。最終決戦だ、ここから先は大人(ぼくら)が何とかする。君は同居人への言い訳でも考えておくんだね」

「インデックスの事まで知ってんのか⁉︎」

「絶対だぞ! 約束だからな‼︎」

 

 アウレオルス=ダミーを掴み、嬉美の下へ走る。

 学園都市中の子供が能力を吸われた今、動けるのはAIM拡散力場を発していない当麻くんと、能力者に憑依した亡霊の僕だけだ。嬉美は無防備な状態にある。

 そして、僕の予想が正しいのなら、木原幻生は絶対に嬉美を狙って来る。

 

「不知火くん……だったかな?」

 

 コクリ、と幽霊は頷きを返す。

 学園都市の子供をギリギリの所で守っているのが、この幽霊である。だからこそ、木原幻生の次の行動も読めたのだが。

 

「僕が嬉美を守る。だから、君は一方通行(アクセラレータ)くんを止めてくれ。きっと、君にしかできない事だから」

 

 物事には相性というものがある。

 AIM拡散力場と相反する存在である彼女は今の一方通行(アクセラレータ)には強いが、きっと木原幻生には手玉に取られる。

 だから、木原幻生の相手は僕がする。悪い大人には、正しい大人の力で対抗する。

 

 

「待ってろよ、木原幻生。本当の大人の力ってヤツをお前に見せてやる」

 

 

 

 

 そして、走り去る継雲雷糸の背後で。

 とある少年はこそこそと後をつける。

 

「誰か知らないけど、人任せになんてしてられない。小さい女の子が命を賭けるって言うんだ。俺が役に立たなくてどうする!」

 

 上条当麻。

 彼もまた、少女を追いかけて戦場へ向かう。

 

 

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