食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第三九話 大人と大人の決戦 All_for_“ONE”.

 

 

 カツン、と。

 暗い夜道に足音が響く。

 

 第七学区三九号線・木の葉通り。

 別名、ケンカ通り。『裏』と接する場所が多く、普段は深夜でも不良がたむろしている路地であるが、今夜は一方通行(アクセラレータ)の影響で子供はみんな意識を失っている。このケンカ通りもまた静まっていた。

 

 こんな人通りの少ない道にいるのは理由がある。

 全ては、これから起こる戦いに誰も巻き込まないように。

 

 

「やっと見つけたよ、継雲(つくも)君」

「決着をつけようか、木原幻生(きはらげんせい)」

 

 

 闇の中に、白衣の老人の姿が浮かび上がる。

 蜂蜜色の髪の少女(ぼく)との年齢差が大きく、側から見れば祖父と孫のようにも見える。

 これで中身は僕の方が歳上と言って、誰か信じてくれる人はいるのだろうか。

 

 能力者と研究者。

 善人と悪人。

 大人と大人。

 相反する二人は向かい合う。

 三度目の接触、これが最後の決戦だ。

 

「春暖(しゅんだん)君をどこに隠したのかなぁ?」

「僕が口を割らない事は分かっているだろう? お得意の最先端テクノロジーでも駆使して探せば良いんじゃないかな」

「君の魂胆は分かっているからねぇ。この街の外──『科学』の外にある魔術(テクノロジー)。それを使って隠したんだろう?」

「…………、」

「僕のやり方じゃあ見つからないよねぇ。なら、君の頭を無理やり開いた方が早いでしょ」

 

 木原幻生の狙いは嬉美(きみ)の殺害。

 彼女という要石(アンカー)を破壊する事で不知火(しらぬい)を地球上から追放して、自身の『実験』を完遂すること。

 

 対して、僕の狙いは嬉美(きみ)の保護。

 彼女の命を助け、木原幻生を刑務所にブチ込むこと。

 僕らは相入れるはずもなく、激突以外の道はない。

 

「一方通行(アクセラレータ)君が覚醒した今、どうして君がまだ意識を失っていないのか気になるけどねぇ……真正面から来たのはどう考えても悪手でしょ」

「…………」

「この街に存在する能力者はもはや一人だけ。上条(かみじょう)君を除けば、子供はみんな能力を吸われている。それは君も例外じゃないだろう?」

 

 能力の喪失。

 それは能力抜きで子供と渡り合っていた大人と戦うには、あまりにも不利な状況。

 

 だが──

 

 

「──そ(・)れ(・)は(・)お(・)前(・)も(・)同(・)じ(・)だ(・)ろ(・)う(・)?」

 

 

 能力を利用していたのは木原幻生も同じ。

 彼は拉致した能力者の脳波を自分と同じに調律する事で、『幻想御手(レベルアッパー)』と同じ理論で多才能力(マルチスキル)を扱っていた。

 しかし、学園都市中の能力者の脳波は一方通行(アクセラレータ)と同一のものに書き換えられた。目の前の老人は、持ち得る手札を失ったのだ。

 

 これで条件は五分。

 能力の使えない子供と能力の使えない大人。

 

 そ(・)の(・)、は(・)ず(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 

「そ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)、対(・)処(・)し(・)て(・)い(・)る(・)に(・)決(・)ま(・)っ(・)て(・)る(・)で(・)し(・)ょ(・)」

 

 

 パンパン、と木原幻生が手を叩くと同時。

 景色が歪み、蜃気楼の中から一匹の獣が生じる。

 

 『悪夢猛獣(ジャバウォック)』。

 青白く、半透明で、異形の怪物。蛇のようにも、鳥のようにも、魚のようにも、犬のようにも、あるいは形のない影のようにも見える奇怪な化け物。

 見た者によって印象を変える正体不明の怪物。悪夢を具現化した理不尽と不条理の塊。

 

 だが、僕はそれらと違った印象を受けた。

 その獣はまるで──

 

「────赤(・)子(・)……?」

 

 どうしてか。

 その怪物が、泣いているように思えた。

 

「能力が使えない? 僕を誰だと思っているのかな。多才能力(マルチスキル)は奥の手でも何でもない。木山(きやま)君に教えたように、僕にとっては手札の一つでしかないよ」

「……つまり?」

「噴(・)出(・)点(・)。能(・)力(・)者(・)の(・)特(・)徴(・)を(・)再(・)現(・)し(・)た(・)人(・)体(・)配(・)線(・)の(・)設(・)計(・)図(・)を(・)用(・)意(・)す(・)る(・)事(・)で(・)、僕(・)は(・)他(・)人(・)の(・)能(・)力(・)を(・)引(・)き(・)出(・)す(・)事(・)が(・)で(・)き(・)る(・)」

 

 例えば、掌から炎を出す能力者がいたとして、その能力者と全く同じ手を作り出せば同じように炎を出させる事ができる。

 クローンがオリジナルと同じ能力を持つように、ニ(・)セ(・)モ(・)ノ(・)だ(・)っ(・)て(・)ホ(・)ン(・)モ(・)ノ(・)の(・)能(・)力(・)を(・)再(・)現(・)で(・)き(・)る(・)。

 

 キンキン、と木原幻生は自身の頭蓋を叩く。

 響く音は、生身の肉とは思えないような金属音。

 

「僕は実験で何度も死にかけてね。全身は代替技術の見本市状態なんだよ。その一部に、面白い能力を持った少女の人体配線を取り込んでいてねぇ」

「……っ」

「『電離幽体(アリスアバター)』。ネットワークを介して立体映像のようなアバターを作り出す能力なんだけどね。でも、重要なのは、その能力が有する情報そのものを直接操作するという特性。彼女を保護していた研究者は、インターネットを介して他人の意識情報を書き換える装置を作ろうとしていたみたいだけどね。そんなんじゃ面白くないだろう?」

 

 だから、木原幻生は乗っ取った。

 去澤莢(さりざわさや)という研究者の計画を奪い取り、須加井(すかい)アリスという希少な能力者を拉致し、その人体配線を模倣して自身の肉体に取り入れた。

 自分ならもっと面白く、もっと凄く、もっと悪辣な能力の使い方をできると信じて。

 

 

「一(・)方(・)通(・)行(・)君(・)を(・)中(・)心(・)と(・)し(・)た(・)巨(・)大(・)な(・)ネ(・)ッ(・)ト(・)ワ(・)ー(・)ク(・)と(・)繋(・)が(・)っ(・)た(・)今(・)、彼(・)女(・)の(・)能(・)力(・)は(・)A(・)I(・)M(・)拡(・)散(・)力(・)場(・)の(・)情(・)報(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)を(・)自(・)由(・)に(・)操(・)る(・)事(・)が(・)で(・)き(・)る(・)」

 

 

 AIM拡散力場の制御法を模索していたアレイスターよりも早く、木原幻生はその域に辿り着いた。

 

 現在、学園都市中の子供は一方通行(アクセラレータ)と脳波が同一になり、『一つの巨大な脳』とまで称されるネットワークが形成されている。

 そのネットワークを介して、AIM拡散力場そのものを操る。ミサカネットワークとは全く別の、AIM拡散力場の制御装置。

 

「その怪物もAIM拡散力場を操作した結果だと……?」

「『幻想御手(レベルアッパー)』の事件の終盤でも登場しただろう? ネットワークの暴走によって生み出された『幻想猛獣(AIMバースト)』。あれを意図的に作り出しているだけだね」

 

 AIM拡散力場がある限り不滅の怪物。

 体のどこかに核はあるのだろうが、木原幻生が能力を使えば核ごと再構築ができる。

 

「幽霊を一方通行(アクセラレータ)君の方へ向かわせたのは失敗だったね。彼女なら対抗できたかもしれないけど、君には無理だ」

 

 そもそも、敵は獣一匹だけではない。

 獣の皮膚が蠢くのを確認する。間違いなく、内部で獣が増殖している。

 

 多才能力(マルチスキル)を扱う獣。

 それが無数に存在している。

 一人の少女を殺すには過剰戦力。

 だが、木原幻生は一切躊躇わなかった。

 

 

「喰い散らかせ──『悪夢猛獣(ジャバウォック)』」

 

 

 直後。

 少女の肢体に怪物共が殺到する。

 

 

 

 

「あ、あれ? どこに行った……?」

 

 継雲雷糸(つくもらいと)を追跡していた、上条当麻は絶賛迷子になっていた。

 

 最初の間違いは、継雲雷糸ではなくその隣に侍る不知火を追いかけた事。

 宙に浮かぶ幽霊は遠くからでも見つけやすかったが、少女と幽霊が別々の道へ進んだ事に上条当麻は気がつかなかった。

 

 次の間違いは、幽霊の進む道にただの人間が追い付こうとした事。

 重力も障害物も無視して、最短距離をすり抜けて行く幽霊に地上を進む上条当麻が追いつけるはずもない。一瞬で、上条当麻は幽霊を見失った。

 

(道はこっちで合ってるはずなんだけど……)

 

 不幸中の幸いだったのは、幽霊が最短距離を選んだ事。

 障害物をすり抜けて行った方向へ進めば、いつか幽霊の目的地にまで辿り着く事はできる。

 

 やがて、上条当麻は第一七学区に足を踏み入れる。

 人気(ひとけ)のない操車場。月だけが輝く、明かりのない暗闇。

 

 

 ──そ(・)こ(・)で(・)、倒(・)れ(・)伏(・)す(・)少(・)女(・)達(・)を(・)目(・)撃(・)し(・)た(・)。

 

 

 御坂美琴(みさかみこと)に食蜂操祈(しょくほうみさき)。

 両者共に上条当麻のよく知る年下の女の子。

 そして、ふわふわと浮いていた幽霊さえも、極彩色の翼が突き刺さって動かない。

 

「チッ、新手かァ? AIM拡散力場から独立した能力者か、脳波の強制に抵抗できる能力者か。それともまさか、そのナリで大人だなンて話じゃねェだろうな」

「────ッ‼︎」

 

 上(・)条(・)当(・)麻(・)は(・)そ(・)の(・)顔(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

 白い髪に白い肌、赤い瞳の華奢な身体。

 男か女か分からない姿形の、掴めば折れそうなほど弱そうな子供。

 だが、路地裏で何度もケンカをしていれば嫌でも噂が耳に入る。その見た目で侮ってケンカを売った不良共が返り討ちに遭い、病院送りにされた事をよく知っている。

 

 学園都市第一位の超能力者(レベル5)、一方通行(アクセラレータ)。

 『最強』の称号を欲しいままにする怪物。

 

 し(・)か(・)し(・)、そ(・)ん(・)な(・)の(・)は(・)ど(・)う(・)で(・)も(・)良(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

「何やってんだッ、テメェ‼︎」

 

 目の前で女の子が甚振られている。

 それだけで、上条当麻は拳を握る事ができる。

 

 その反抗的な態度を見て、一方通行(アクセラレータ)は顔を歪める。

 一方通行(アクセラレータ)の顔を知らない者の反応ではなかった。学園都市第一位(トップ)の顔を知っていて、だからこそ一瞬の恐怖があって、それでも敵に回す事を覚悟した顔。

 一(・)方(・)通(・)行(・)は(・)ま(・)だ(・)覚(・)悟(・)で(・)き(・)る(・)程(・)度(・)の(・)恐(・)怖(・)で(・)し(・)か(・)な(・)い(・)と(・)い(・)う(・)事(・)実(・)が(・)、怪(・)物(・)の(・)癇(・)に(・)障(・)っ(・)た(・)。

 

「……ンだよ。そうだよなァ。テメェらにとっちゃ俺はまだ『最強』のまま。簡単にケンカを売れる、その程度の存在どまりだもンなァ」

 

 知らしめなくてはならない。

 一方通行(アクセラレータ)はもはや『最強』ではない。

 戦う気を起きないほどの絶対的な力。それを世界に示さなくてはならない。

 

 そうすれば、いつかまた。

 そうすれば、誰も──

 

 

「見せてやるよ。歯向かおうなンざ一生思えねェ絶対的な力、俺の『無敵』を──‼︎」

 

 

 そして。

 最強と最弱は、ここに激突を果たす。

 

 

 

 

「ほらほら、逃げないと食べられちゃうよ〜?」

「ッ、ダミーくん! へるぷ!」

『当然、それが私の役目だとも』

 

 瞬間錬金(リメン=マグナ)。

 十字架から伸びた塩の杭が、弾丸のような速度で木原幻生を狙う。

 

 しかし、それを防ぐかのように、目の前で『悪夢猛獣(ジャバウォック)』が生じる。

 獣を構成するAIM拡散力場の核ごと破壊するが、変わらない。破壊された獣は何事もなかったかのように再構築される。

 そして、獣の体が塩に変換される事はない。そもそもの話、AIM拡散力場は物質ではなく、微弱な力の集合体なのだから。

 

「っ、があ⁉︎」

「ほ〜ら、食べられちゃったねぇ」

 

 背後で生じた獣の一匹が、僕の上半身に喰らい付く。内臓こそ潰されなかったが、その牙は僕の肉の深くにまで突き刺さった。

 更に、獣は『発火能力(パイロキネシス)』を発動する。咄嗟にダミーが獣の顎を撃ち抜いたが、傷口が灼けるような痛みに悲鳴をあげそうになる。

 

「っ、ぁ、僕はここに生まれ変わりッ、故に古き傷と痛みの全てを脱ぎ捨てるっ!」

 

 傷口を押さえながら、呪文を唱える。

 アストラル投射の応用。魔術とも言えない瞑想、痛みを紛らわせるだけの自己暗示である。痛みで鈍る頭を振り払い、表層意識の限界を超える。

 

 回復魔術でも唱えられたら良かったのだが、そう上手くはいかない。瞑想やダウジングのような小技を除けば、僕が使える術式は『夢想実現(アストラルプロジェクター)』ただ一つのみ。

 魔術師としての僕は、未だ門を叩いたばかりの初心者(ビギナー)に過ぎないのだから。

 

 がくんっ、と急に体勢を崩す。

 逃げる僕の足を誰かが掴んだ。

 遠距離から獣の一匹が『念動能力(サイコキネシス)』を発動したのだ。

 

「もう終わりでしょ。君の負けだよ、継雲君」

「……っ」

「君の敗因はね、春暖君を遠ざけて警備員(アンチスキル)なんてゴミを頼ったこと。つまり、子供を巻き込みたくないだなんてくだらない理由で戦力を減らした事じゃないかな。それさえなければ、もっと別の未来もあり得たかもしれないねぇ」

 

 勝利宣言。

 それも当然か、と諦めが頭をよぎる。

 結局の所、僕は木原幻生には敵わなかった。

 

「君は大人の戦いに負けたんだよ。子供を搾取して、くだらない夢や希望を使い潰す。それが大人の力だっていうのにねぇ。君の思い描いたのは叶わない夢物語なんだよ」

 

 無数の獣。

 子供から取り上げた能力(ユメ)の数々。

 木原幻生は笑みを浮かべ、僕という餌に『悪夢猛獣(ジャバウォック)』を飛び付かせた。

 

 

「分かるかな? これが大人だよ」

 

 

 そして────

 

 

 

 ──『悪(・)夢(・)猛(・)獣(・)』が(・)、音(・)も(・)な(・)く(・)消(・)失(・)し(・)た(・)。

 

 

「…………は?」

 

 跡形もなく。

 まるで何かの悪い夢だったかのように。

 全ての獣が消え去っていた。

 

「な、にを……」

「どうやら間に合ったみたいだね」

「何をしたッ、継雲雷糸⁉︎」

 

 僕は木原幻生には敵わなかった。

 でも、僕(・)達(・)ならきっと勝てる。

 

「叶わない夢物語? 大人を舐めるな」

 

 ここからが反撃。

 現実(せかい)に宣戦布告するように、僕は叫んだ。

 

 

「────夢想(ニセモノ)だって現実(ホンモノ)に変えてみせる‼︎」

 

 

 

 

『はっ、発見! 隊長っ、誘拐されていた子供達を発見しました!』

「でかした、鉄装(てっそう)! こっちを制圧したら、すぐに向かうじゃんよ‼︎」

 

 木(・)原(・)幻(・)生(・)の(・)研(・)究(・)所(・)。

 彼(・)が(・)能(・)力(・)者(・)を(・)保(・)管(・)し(・)て(・)い(・)た(・)場(・)所(・)に(・)、警(・)備(・)員(・)が(・)突(・)入(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。

 

 『蜘蛛の女王』改め『側近』の人脈、桜坂風雅(さくらざかふうが)のハッキング能力、そして烏丸府蘭(からすまふらん)の情報収集能力。その三つが警備員(アンチスキル)のアクセスできる情報と結びついた事で、木原幻生の研究所を特定するに至った。

 初めから、継雲雷糸が通報した内容はこの事。木原幻生が誘拐した子供達についてだった。

 

 もちろん、研究所も無防備ではない。防衛用の自律兵器がそこら中に配置されている。

 だが、武装した警備員(アンチスキル)がそれをこじ開ける。当たり前の脅威に、当たり前の方法で立ち向かう。

 

「状況はッ? 子供達はどうなってるじゃんよ⁉︎」

「い、意識不明みたいです。多分、警備員(アンチスキル)が突入するずっと前から……」

「チッ、これもまた脳波の書き換えか……? 何にしろ、すぐに病院に連れて行くじゃんよ」

「……少し、待ってくれないか?」

「アンタは……情(・)報(・)提(・)供(・)者(・)の(・)」

 

 スーツを着た中年の男が口を挟む。

 その男の名前は桜坂征人(さくらざかまさと)。

 木原幻生が撒いた餌に群がった小物であり、この研究所の場所を特定する情報を提供した桜坂風雅の父親であり、継雲雷糸の協力者の一人である。

 

「我が社は、人体のメンテナンスを行うためのバイオポッド──『ポッドリンク』を有している。それがあれば、強制された脳波を元に戻す事ができるかもしれない」

 

 それは、本来ならばミサカネットワークを乗っ取るために用意されていた物。

 桜坂風雅の脳波をミサカネットワークと同じに調整して、彼女の脳を介してウイルスを忍ばせてネットワークを攻撃するという計画。

 

 だが、そんな計画はもう捨てた。

 本当の意味で娘に誇れる父親になるために。

 桜坂風雅の父親に相応しい男になるために。

 桜坂征人は、自らの悪意の遺産すらも子供を救うために利用する。

 

 そして、子供達の脳波が元に戻る。

 それは一八〇万人の子供の中ではたった一部なのかもしれない。

 だが、意味はあった。木原幻生が保管していた能力者の一人── 須加井アリスは『一つの巨大な脳』から独立する。ネットワークを介して発動する能力であるが故に、ネットワークから除外された彼女はAIM拡散力場に干渉する事ができない。

 

 そ(・)れ(・)は(・)、つ(・)ま(・)り(・)。

 木(・)原(・)幻(・)生(・)が(・)見(・)下(・)し(・)て(・)い(・)た(・)ち(・)っ(・)ぽ(・)け(・)な(・)大(・)人(・)達(・)が(・)、『悪(・)夢(・)猛(・)獣(・)』を(・)消(・)し(・)去(・)っ(・)た(・)と(・)い(・)う(・)事(・)を(・)意(・)味(・)す(・)る(・)。

 

 

 

 

「こ(・)れ(・)が(・)大(・)人(・)だ(・)よ(・)」

 

 

 木原幻生は目を見開く。

 取るに足らないと思っていたちっぽけな大人に、足を引っ張られて。

 

「大人の定義だなんて僕には分からない。大人とはこうあるべきだなんて僕に言う事はできない。でもね、少なくとも、お前は大人じゃない。子(・)供(・)か(・)ら(・)搾(・)取(・)し(・)な(・)い(・)と(・)何(・)も(・)で(・)き(・)な(・)い(・)、他(・)人(・)の(・)た(・)め(・)に(・)立(・)ち(・)上(・)が(・)れ(・)も(・)し(・)な(・)い(・)幼(・)稚(・)な(・)お(・)前(・)が(・)大(・)人(・)だ(・)と(・)は(・)認(・)め(・)な(・)い(・)」

「っ、ぁ」

「確かに、一人一人は弱いのかもしれない。お前からしてみれば、取るに足らない存在なのかもしれない。だけど、戦いってのは一対一ばかりではない。協力、根回し、説得。そういったものを繰り返して、みんなが一丸となって一つの目標を達成する。それが社会ってヤツで、それが大人ってヤツだ。そ(・)れ(・)が(・)今(・)、お(・)前(・)に(・)勝(・)利(・)す(・)る(・)も(・)の(・)の(・)正(・)体(・)だ(・)よ(・)」

「────」

 

 他人から搾取する事しかできない木原幻生には分からない。他人のために力を振り絞れる人間がこれだけ存在するという事を。

 自分の事しか考えない。他人のために動けない。協調性がなく、思いやりがなく、品がない。ただプライドだけが肥大化して、精神的には何も成長していない。そんな幼稚な人間が、木原幻生という老人だった。

 

「…………それで? 『悪夢猛獣(ジャバウォック)』を失った僕には勝てると?」

「ああ」

「甘いねぇ。言っただろう? 僕の体の大半はサイボーグに置き換えられている。老人だと侮ったでしょ。僕(・)の(・)運(・)動(・)性(・)能(・)は(・)駆(・)動(・)鎧(・)の(・)そ(・)れ(・)に(・)匹(・)敵(・)す(・)る(・)と(・)い(・)う(・)の(・)に(・)!」

 

 瞬間、老人とは思えない肉体の躍動があった。

 自動車を超える速度で木原幻生は肉薄し──

 

 

 ゴ(・)ッ(・)‼︎ と(・)。

 木(・)原(・)幻(・)生(・)の(・)両(・)手(・)両(・)足(・)が(・)一(・)瞬(・)で(・)消(・)失(・)し(・)た(・)。

 

 

「っ⁉︎」

「甘いのはお前だ、木原幻生」

「これはッ、金(・)属(・)粒(・)子(・)か⁉︎」

「お前はあまりにも敵を増やし過ぎた。だから、僕は大した交渉もせずに味方を増やす事ができた。例(・)え(・)ば(・)、お(・)前(・)に(・)殺(・)さ(・)れ(・)か(・)け(・)た(・)博(・)士(・)と(・)か(・)ね(・)」

 

 『オジギソウ』。

 特定の周波数に応じて特定の反応を示す反射合金の粒は、遠隔からの博士の操作に従って木原幻生の体を削り取る。

 

 ザクン、と塩の杭が木原幻生に突き刺さる。

 サイボーグの関節部分が塩に変換され、一切の身動きが取れない状態となる。

 

「サイボーグというのはありがたいよ。お前のような老人でも、ちょっとくらい手荒く扱っても問題ないのだから」

 

 木原幻生の機能が停止する。

 文字通り、もはや手も足も出ない。

 

(なるほど、僕の負けだねぇ)

 

 木原幻生は敗北を認めた。

 その上で。

 

 

(仕(・)方(・)が(・)な(・)い(・)ね(・)。こ(・)の(・)反(・)省(・)点(・)は(・)次(・)回(・)に(・)活(・)か(・)す(・)と(・)し(・)よ(・)う(・)か(・))

 

 

 木(・)原(・)幻(・)生(・)は(・)諦(・)め(・)る(・)つ(・)も(・)り(・)が(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 た(・)と(・)え(・)敗(・)北(・)し(・)た(・)と(・)し(・)て(・)も(・)、逃(・)げ(・)る(・)事(・)は(・)簡(・)単(・)な(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)。

 

(忘れたのかなぁ、継雲くぅん。君も僕から逃げ延びただろう? 幽(・)体(・)離(・)脱(・)、肉(・)体(・)と(・)い(・)う(・)枷(・)か(・)ら(・)精(・)神(・)を(・)解(・)き(・)放(・)つ(・)事(・)で(・))

 

 木原幻生の肉体はほとんどが代替品。

 そんな彼にとって、脳を含めた肉体を捨てる事に躊躇なんてある訳がない。

 

(僕の意識はとっくの昔にAIM拡散力場に移してある。AIM拡散力場を制御する方法は一つじゃないよ。例えば、有冨(ありとみ)君が進めていたケミカロイド計画。能力開発ではなく科学技術によって作成された、『幽体拡散(ディヒュージョンゴースト)』というAIM拡散力場を仮想物質化させて操る能力。僕はその手法を逆算する形で、僕(・)と(・)い(・)う(・)物(・)質(・)を(・)A(・)I(・)M(・)拡(・)散(・)力(・)場(・)に(・)還(・)元(・)さ(・)せ(・)た(・))

 

 AIM思念体。

 物理攻撃の効かない、『死』という概念の存在しない無敵の亡霊。

 

 代償として、木原幻生は物に触れる事ができなくなった。誰の目にも見えず、誰の手も掴めず、物理的干渉が不可能な幽霊。

 先ほどまで使用していた義体──木原那由他(きはらなゆた)も利用するAIM拡散力場制御義体──ならAIM思念体である木原幻生にも扱えた。

 だが、AIM拡散力場制御義体はこの街にも二つしか存在しないほど希少なサイボーグ。再び木原幻生が動き出すには、もう一つを所有している木原那由他を乗っ取るしかない。

 

(でもね、君が新たなインスピレーションを与えてくれた。憑(・)依(・)。滝(・)壺(・)君(・)を(・)は(・)じ(・)め(・)と(・)し(・)た(・)A(・)I(・)M(・)拡(・)散(・)力(・)場(・)を(・)観(・)測(・)で(・)き(・)る(・)者(・)の(・)体(・)を(・)乗(・)っ(・)取(・)っ(・)た(・)ら(・)ど(・)う(・)な(・)る(・)か(・)な(・)? 例(・)え(・)ば(・)、春(・)暖(・)君(・)の(・)家(・)族(・)で(・)あ(・)る(・)釣(・)鐘(・)君(・)と(・)か(・))

 

 最悪の発想と最低の精神性。

 それが、木原幻生を今の地位まで押し上げた。

 『木原』という悪性が解き放たれる。アレイスターの思惑も超えた悲劇が、この街を席巻する。

 

(待っていてね、継雲君。次はもっと、もっともっと面白いモノを君に──)

 

 

「逃(・)げ(・)る(・)な(・)よ(・)、木(・)原(・)幻(・)生(・)」

『──────は?』

 

 

 あり得ない声に。

 木原幻生の思考が停止する。

 

 幽(・)体(・)離(・)脱(・)す(・)る(・)木(・)原(・)幻(・)生(・)。

 そ(・)の(・)姿(・)を(・)、継(・)雲(・)雷(・)糸(・)の(・)瞳(・)が(・)捉(・)え(・)て(・)い(・)た(・)の(・)だ(・)。

 

『見える、はずがない。今の僕の体はAIM拡散力場で構成されている! 仮想物質化もさせていない微弱な力の集合体だぞ⁉︎ AIM拡散力場を観測する能力も持たない君に見える訳がない‼︎』

「事実を否定するのが科学者か? 違うだろ、事実から法則を導くのが科学者だ。堕ちたもんだね、木原幻生」

『…………ヒヒ、ヒャハッ‼︎ 口だけは立派だねぇ、継雲雷糸! でも、君には何もできない‼︎ 見えた所で、僕には触れられない‼︎』

「痴呆かな、お前は忘れているよ。見(・)え(・)て(・)さ(・)え(・)い(・)れ(・)ば(・)、攻(・)撃(・)は(・)通(・)る(・)」

 

 ぞわり、と背筋に走る嫌な感覚に顔をしかめる。

 しかし、それ自体が木原幻生に更なる嫌悪感を与えた。

 

(な、に……? 背筋? 顔? A(・)I(・)M(・)思(・)念(・)体(・)と(・)な(・)っ(・)て(・)体(・)を(・)捨(・)て(・)た(・)今(・)の(・)僕(・)に(・)、そ(・)ん(・)な(・)当(・)た(・)り(・)前(・)の(・)も(・)の(・)が(・)備(・)わ(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)は(・)ず(・)が(・)──)

 

 逡巡の暇はなかった。

 次の瞬間、インパクトがあった。

 

 

「────夢想実現(アストラルプロジェクター)」

 

 

 ゴ(・)シ(・)ャ(・)‼︎ と(・)。

 継(・)雲(・)雷(・)糸(・)の(・)拳(・)が(・)木(・)原(・)幻(・)生(・)の(・)顔(・)面(・)を(・)殴(・)り(・)飛(・)ば(・)す(・)。

 

 顔面に走る痛み。

 物理干渉の効かない木原幻生に攻撃が通る。

 それが、継雲雷糸の編み出した魔術だから。

 

 夢想(ニセモノ)を現実(ホンモノ)に変える。

 相手が見た幻覚を実際の物理現象に変換する。

 殴られた光景を見れば、実際に殴られたと同じだけのダメージを与える。

 

『なん、だ。なんなんだッ、それは……っ⁉︎』

 

 木原幻生の顔が引き攣る。

 だが、恐怖したのは魔術に対してではない。

 

『な(・)ん(・)だ(・)そ(・)の(・)目(・)は(・)ァ(・)ッ⁉︎』

 

 

 ──青(・)く(・)輝(・)く(・)、継(・)雲(・)雷(・)糸(・)の(・)瞳(・)に(・)対(・)し(・)て(・)。

 

 

『ちがう……違う! 君が僕の姿を見たんじゃない! 逆なのか⁉︎ そんな現象がまかり通るのか⁉︎ だが、それでもないとあり得ない‼︎ ふざけるな、そんな埒外の現象がなぜ君の手にッ────待てよ』

「待つ気はない」

『待て、まてェ! まさかッ、そ(・)う(・)なのか⁉︎ 量子論の根底ッ、ゴム紐という仮説を改める必要はあるがっ、それなら通る⁉︎ アレイスターめッ、何が「真なる外」からの来訪者だ! 検(・)討(・)外(・)れ(・)に(・)も(・)程(・)が(・)あ(・)る(・)‼︎ 継(・)雲(・)雷(・)糸(・)ッ、そ(・)の(・)正(・)体(・)は(・)────』

「──黙れ。弁明は、刑務所(ムショ)の中で聞いてやる」

 

 木原幻生の話に興味はない。

 力の限り拳を握り締め、全ての感情を込めて振り抜く。

 

 

 ガンッッッ‼︎‼︎‼︎ と、衝撃が撃ち抜く。

 AIM思念体の木原幻生はその肉体を保つ事もできず、呆気なく霧散した。

 

 






《原作キャラ紹介コーナー》

▽須加井(すかい)アリス
初出:とある魔術の禁書目録Ⅱアーカイブス
置き去り(チャイルドエラー)の少女。八歳。
レベルは不明だが、『アリスアバター』の能力者。インターネットを介して、立体映像のようなアバターを現実に投影する。情報そのものを直接操作できる。
『アリスシステム』と呼ばれる、ネットワークを通じて他人の意識情報を書き換える装置に組み込まれる予定だった。


▽去澤莢(さりざわさや)
初出:とある魔術の禁書目録Ⅱアーカイブス
研究者。須加井(すかい)アリスを保護した女性。
親に捨てられた可哀想な子供に価値を与えるという独善的な考えで、非人道的な実験を実行する。ヒューズ=カザキリのバックアップシステムを基礎から改竄して、『アリスシステム』を作ろうとした。


▽鉄装綴里(てっそうつづり)
初出:とある科学の超電磁砲15話
第七学区にある学校の教師。警備員(アンチスキル)の一人。眼鏡をかけた気弱な女性。


▽有冨春樹(ありとみはるき)
初出:アニメとある科学の超電磁砲S19話
『スタディ』のリーダーであり、『スタディコーポレーション』の取締役。眼鏡をかけた青年。
『学究会』の次世代技術部門と先端理論部門で最優秀賞を受賞した秀才。ただし、高位能力者ではないただの秀才なので知名度は低い。
ケミカロイドの理論を木原幻生(きはらげんせい)に馬鹿にされた事がきっかけで、能力開発ではない科学技術によって能力者を安定して生み出す『ケミカロイド計画』を実施した。

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