木原幻生は霧散した。
『実験』は大人の手から離れた。
だから。
残るのは、子供の意地のぶつかり合いのみ。
「お、──────ォぉぉっ!」
上条当麻は砂利と鋼鉄のレールが敷き詰められた大地を駆け抜ける。
相手が噂に聞く第一位なのだとしても、上条当麻には
しかし、
眼中にない、とは違う。単純な話、AIM拡散力場を吸い上げてあらゆる能力を手にした怪物にとって、
「引っ込ンでろ、三下」
轟‼︎‼︎‼︎ と、衝撃が上条当麻を呑み込む。
「がっ、は……ッ⁉︎」
上条当麻は軽々と吹き飛ぶ。
胸を打つ衝撃が、肺から全ての酸素を吐き出させた。
地面を転がる上条だが、
立ち上がり、層が最も薄い場所を突っ切る。
その一歩目の事だった。
「──がア⁉︎」
踏み出した足に重量のある鋼鉄のレールが落とされる。
「そんなもンかよ。その程度のヤツでも今の俺を見て勝てると錯覚できンのか? ふざけんな。オマエを見せしめにして、『無敵』っつーヤツを知らしめてやる」
「ッ⁉︎」
バチバチッ‼︎ と電撃の音が響く。
(いやッ、違う! それだけじゃない⁉︎)
視線の先にあるのは白い弾丸。天使の羽を凝縮したかのような球体。
即ち、『
第三位の力で、第二位の力を放つ。
これが『無敵』。第一位という絶対者の到達点。
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
物理法則ではあり得ない軌道で、超音速の弾丸が空間を貫いた。
「──は、はは。ははははははははははッ‼︎ そうだッ、
死んだ。
土煙が晴れずともそう分かる。
経験則の通じない『
避けられず、防げない。あの男がどんな能力を持っていたのだとしても、生き延びられる訳がない。
なのに。
それなのに。
「────ったく、そうだよな。第一位の
ようやく、
巻き込まれた一般人でも、場違いな三下でもない。
「
目の前の男は────
上条当麻もまた第一位に目をやる。
予想外に狼狽えるその姿を目にする。
どんな怪物かと思っていたが、第一位も人間だ。殴れさえすれば血を流す、ただの人間だ!
緊張で強張っていた体がほぐれる。
決して相手を侮っている訳ではない。
それでも、
同時、二人の能力者は動く。
上条当麻は愚直に前に進むために。
発火、電撃、振動、爆発、固定、凍結、液状化。無数の能力によって無数の現象が引き起こされる。
上条当麻にはもはや、相手がどんな能力を使っているのか推測する事さえできない。
──だが、構わない。
「なンっ⁉︎」
前兆の感知。
相手が持つ無数の手札を推測する必要はない。
相手の考えを読み、どんな攻撃を意図しているのかさえ分かれば攻撃を避けられる!
もちろん、世界の全てを操るかのような飽和攻撃には対処できない。
だが、適宜
「その能力、借り物なんだろ? 練度が足りてねえ。ただ異能を振るうだけなら何も怖くない‼︎」
だが、それぞれの扱い方までを知り得た訳ではない。
例えば、火を出す能力だって酸素を減らして攻撃するなどの応用がある。『
しかし、
そして、異能を振るだけなら相手は簡単だ。
「
「く、は、面白ェ。何なンだよその右手はァ⁉︎」
全に至った
あらゆる能力を有する怪物とあらゆる能力を無に帰す右手の激突。
両者は共に、この街に残った
この不可思議な能力者に、今の自分の全力を試したくなったのだ。
「なら、こンな攻撃は防げるかァ?」
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
空間が悲鳴をあげたかのような轟音が炸裂する。
それは、
AIM拡散力場を一つに束ねたそれを、怪物は無造作に振るった。
正面から見た翼はもはや嵐のようであった。
視界が極彩色に染まった瞬間、上条は迷わず右手を前に突き出す。
じゅう、と熱した鉄板に触れたかのような音。
だが、痛みはない。極彩色の翼は上条の右手に触れた端から四方八方へと飛び散っていく。
それでも、翼自体を完全に消し去る事はできない。ステイル=マグヌスの『
(いやッ、そんなもんじゃない‼︎)
翼の勢いを殺しきれない。
地面を踏む両足がじりじりと押され始める。
その重圧に右手が吹き飛ばされそうになり、思わず左手で右手の手首を掴む。
右手の掌がビリビリと痛みを発する。
能力が右手に食い込み始めている。
(これは……『
単純な『物量』だけで一八〇万人分の能力。
それも
上条当麻が相手にしているのは、学園都市そのものとさえ表現できる能力の奔流だった。
上条の足が完全に止まる。
翼から手を離せば一瞬で上条は死ぬのに、翼に手を当て続けても上条はいつか死ぬ。そんな、絶望的な鍔迫り合い。
しかし、絶望はそれで終わりではない。極彩色の翼は
「──────っ」
「この俺を相手によく持ち堪えた。だが、もう限界だろォが。諦めろよ、三下」
間に合わない。
一つしかない右手では、二箇所の同時攻撃は防げない。
瞬間。
空間を抉り取る攻撃が迫る。
(死────)
ゴバッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
上条の視界が極彩色に爆発する。
直撃ではなかった。
人工幽霊、
AIM拡散力場と相反する高エネルギーの塊が、極彩色の翼を受け止めていたのだ。
先ほどまで翼に体を貫かれていたが、幽霊だから大したダメージではなかったのか。それとも、エネルギーを充填さえすれば治る体質なのかもしれない。
だが、不知火も無事では済まなかった。
たった一人の能力で作られた幽霊は、一八〇万人の能力で作られたAIM拡散力場に押し負ける。
彼女の肉体は、切れかけの蛍光灯みたいにチカチカと点滅していた。幽霊に死は存在しない。それでも、再構築までの時間は必要なのだろう。
そして、庇われた上条も無事ではなかった。
直撃ではなかったとは言え、一八〇万人分の能力の衝撃である。余波を受けただけの上条でさえ、軽く三〇メートルは吹き飛ばされた。
上条当麻は壊れた風力発電のプロペラの支柱に背中から激突し、ずるずると重力に引かれて地面へと崩れ落ちる。
砂利の上を転がり、摩擦で肉を削る羽目にならなかったのは不幸中の幸いと言うべきか。だが、辿る未来に大差はない。ノーブレーキの自動車に轢かれるのと同じ衝撃が上条を襲ったのだから。
だらん、と少年は手足を投げ出していた。
砂利に血が滲み、指先はピクリとも動かない。
気を失っている所の話ではない。生きているかも怪しい状態だった。
「もう終わりかよオイ。こっからが本番だってのによォ! 立てよ、三下ァ! じゃねェと──
上条当麻は動かない。たとえ意識があったとして、少年に逃げる力はない。
そして────
────
「な……?」
極彩色の翼は街中に存在するAIM拡散力場を一点に凝縮させる事で作り出されたモノだ。
そのAIM拡散力場が、一瞬だが確実に揺らいだ。そのせいで、制御に誤差が生まれて軌道が逸れたのだ。
演算を誤ったか、と
単純な『反射』と異なり、『操作』には『変更前の向き』と『変更後の向き』の両方を計算する必要があるため面倒臭い。とは言え、一〇秒足らずで膨大な計算式を完全に修正するのが第一位なのだが。
──
AIM拡散力場を束ねた翼が解け始める。
空気に溶けるみたいに、極彩色が消えていく。
(なンだァ? 何が起こってンだ⁉︎ 俺の計算式に狂いはねェ、大体今のAIM拡散力場の不規則さはどう考えても自然な動きじゃねェぞ!)
AIM拡散力場と相反する幽霊の仕業ではない。
今の彼女に
そもそも、幽霊は瞬間的にAIM拡散力場を散らす事ができるが、AIM拡散力場を動かし続ける事などできない。
つまり、誰かがいる。
そして、
「まさかッ、
「……君達の力を貸してほしい」
それは一般人では立ち入りもできない隠された建物の中。
水槽のような機械をこじ開けて、中にいた少女達に語りかける。
「身勝手なのは分かってる。君達からしたら迷惑なのも。この『実験』に誰よりも深く関わり、新しくなった『実験』では誰からも無視された君達にとっては、僕の話なんかどうでもいいのかもしれない」
全員が全く同一の顔立ちの少女達だった。
布一枚も纏わない真っ裸な少女達だった。
誰より『実験』をよく知る少女達だった。
木原幻生により捨てられた少女達だった。
「でも、助けたいんだ。死にそうになってる当麻くんも、昏睡状態に陥っている一八〇万人の子供も、望まない罪を背負わされそうになってる
AIM拡散力場を制御する方法は一つじゃない。
その制御方法の核となるのは────
「だから、頼む。君達にしかできない事がある。あの子達の夢を守って欲しいんだ──
──御坂美琴のクローン、
彼女達はクローンのメンテナンス用のバイオポッドに入れられていた。
かつての『
しかし、それが功を成した。
そのバイオポッドは
「どうしてですか、とミサカは首を傾げます」
「あなたもミサカ達と同じクローンなら分かるでしょう、とミサカは同意を求めます」
「いくらでも替えを作る事のできる模造品に対して、どうしてあなたは頭を下げているのですか、とミサカは問いかけます」
「ミサカは必要な機材と薬品があればボタン一つでいくらでも自動生産できる道具です、とミサカは説明します。単価にして一八万円、在庫にして一〇〇一九も余りあるモノがミサカです、とミサカは再度念押しします」
「命令すればいいでしょう、とミサカは提案します。替えの効かない世界でただ一人のオリジナル達を助けるため、命の価値がないミサカ達を使えば────」
「──それは違うよ」
一人の手を握る。
温かい手だった。柔らかい手だった。
どう生まれたかなんて関係がない。彼女は確かに『人間』だった。
「君達はたった一人しかいない。君達一人一人がオリジナルで、君達一人一人が替えの効かない命なんだよ。君達の命は君達だけのものだ。君達の意思は君達だけのものだ。だから僕はこうして、君達一人一人に頭を下げるしかないんだ」
「…………ミサカ、は……」
「単価一八万円? 普通の人間は材料費〇円だからもっと安いよ。ボタン一つで生産できる? 性交一つで生まれるのと大した差異はないよ。……人工的に作られた命だろうが、自然発生した命だろうが、どちらにも価値なんてないんだ。何か意味があって生まれている訳じゃない。生まれた後に、僕らが勝手に価値を見出しているだけなんだよ」
「………………、」
「だから、君達の価値は僕が保証する。君達が死んだら僕は悲しいよ。きっと命の価値なんて、それだけで十分なんだよ」
だって、彼女達は自分の命に何の価値も見出せない。ボタン一つで作れる肉の体に、プログラム通りに注入された無の心。単価一八万円の命などいくらでも替えが効くと本気で信じている。
その考えは変わらない。話した事もない見知らぬクローンにちょっと言葉をかけられたくらいで、
でも、だけど。
嫌だな、と誰かがそう思った。
自分の命に価値なんて感じられないけど。
もしも、自分なんかが死んだ事で悲しむ人がいるのなら、それは嫌だと思った。
それは
でも、誰がそう思ったかなんて重要じゃない。大切なのは、その感情に触れた時、
自らの死を悲しんでしまう人を知ってしまったら、もう死ぬ事などできなかった。たとえ価値のないちっぽけな生命だろうと、自分達が生きる事でこの少女の涙を止められるのなら、それはなんて素晴らしい生だろうと思えたから。
だから──
「あなたの言葉に同意はできかねます、とミサカは率直な感想を述べます」
ミサカ10031号。
「でも、何故だか、その言葉はとても響きました、とミサカは笑みを返します」
ちっぽけな命の喪失にも悲しんでしまう少女を笑顔にするためなら、『実験』を止めるために立ち上がっても構わない。
AIM拡散力場が不規則に動く。
能力を発する一八〇万人の内、一万人は
彼女達の意思が学園都市内のAIM拡散力場の方向性を誘導するというのは当たり前の事だった。
それがアレイスターの考えたAIM拡散力場の制御方法。
皮肉な話だった。
あるいは、木原幻生が
もしも、木原幻生がいたらAIM拡散力場の制御を取り戻していたのかもしれない。あの老人はそれを見越してか、複数のAIM拡散力場制御方法を用意していた。
だが、彼は既に倒された。
ともあれ、唯一無二の少女達の奮闘で極彩色の翼は解けた。
後に残るのは『無敵』の力を失った剥き出しの子供だった。
(はン。それがどうした。『無敵』の力は失ったかもしれねェが、それでも俺は学園都市『最強』の
そこまで考えを巡らせた時。
がさり、と。
誰かの足音が聞こえた。
「……、………………」
あり得ない。そう思いつつも、
そこで、信じられない光景を目撃する。
「待て、よ」
少年の体には無数の傷があった。
少し筋肉に力を込めるだけで血が噴き出して、全身が真っ赤に染まっていた。
体にはもうまともな力が入らず、両脚は常にがくがくと震え、両手はぶらりと垂れ下がっているとしか表現できない状態だった。
死んでいても不思議ではなかった。
たとえ奇跡的に意識が保てたのだとしても、指一つも動かせるはずがない状態だった。
なのに、少年は立ち上がった。
絶対に、少年は倒れなかった。
「…………………………………………ッ‼︎」
それは驚愕か、それとも恐怖か。
常識的に考えて、あの少年はもう戦えない。あそこまで重傷を負った人間程度、『無敵』の力を持たずとも秒で粉砕できる。
そのはずなのに。理性ではそう分かっているはずなのに、本能が危険信号を発していた。あの少年から目を離すな、と。
「面白ェよ、オマエ────」
完膚なきまでに、あの少年に勝利するために。
「────最っ高に面白ェぞ、オマエ‼︎」
今の
一方で、ほんの一瞬ならば、AIM拡散力場の向きを誘導する事は容易い。
それは翼になり損なった稚拙な嵐。
万全の上条当麻ならば前兆の感知で避けられる程度のもの。
それでも、今の少年にとっては致命的とすら言える攻撃の嵐だった。
「ッ‼︎」
上条当麻が行ったのは単純な事だった。
どういう原理かまでは分からないが、極彩色の力が背からしか噴き出さない事は事前に分かっていた。
だから、嵐をひねる事で
ボロボロな体を引きずって、上条は進む。
動くだけで血が蒸発するような、考えるだけで意識が薄れるような、そんな気分だった。
もはや、自分が何をしているのかさえも分からない。それでも、前に進む理由は一つ。
上条当麻は、右手を握り締める。
「歯を食いしばれよ、
抵抗するように振るわれる
だが、沈み込んだ体が右手を避け、振り絞った力で左手を跳ね除ける。
そして。
少年は、獰猛に笑った。
「────俺の
直後、上条当麻の右手が
──
(ハハッ!
あと一歩足りなかった。
満身創痍の少年には、
気を失うように、少年の足から力が抜ける。
「オマエの負けだァ‼︎」
倒れ伏せる少年に向かって、生命を殺す一撃を振り下ろす。
そして────
──
「なッ⁉︎」
殴る、と言うよりは。
むしろ顔を掴んでいるような状況だった。
(あり得ねェ! コイツは完全に意識を失ってンだぞ⁉︎ ここからの逆転なンざ不可能に決まってンだろうが‼︎)
そこで、
少年を右腕を覆うような
(砂鉄……? ッ、
「こンのッ、クソアマがァ⁉︎」
能力を吸っていた極彩色の翼は解けた。
故に、学園都市中の子供達は既に目覚めた。
そう、例えば、
「ブチかませ!
「言われなくてもッ、これで終わりよ‼︎」
通常、
『
だが、今ならばその前提は覆る。
上条当麻の
だらん、と。
《原作キャラ紹介コーナー》
▽ミサカ10031号
初出:とある魔術の禁書目録3巻
『
『原作』では、八月二一日に