「すごーい! これってスイゾクカン⁉︎」
「イヤイヤ、この
「……ホンモノの水族館も、すぐに連れて行ってあげるわぁ」
それは、とあるマンションの一室。
熱帯魚の泳ぐ小さな水槽を前にはしゃぐ長い茶髪の少女を見て、
その少女の名はドリー。
ただし、かつて『
「ドリーを甘やかすなっての。つーか、一応息を潜めてる側なんだから
「私の資金力で貸し切ればイチコロだゾ☆」
「よけい目立つわ!」
そんなドリーを保護者のように見守る少女は
少年院を脱獄して
部屋の中をはしりまわって探検を始めたドリーを見守りながら、警策看取は食蜂操祈に確認する。
「この部屋は安全なんでしょうね」
「他の拠点よりは。私の能力だけじゃなくて、最近雇った傭兵にも情報操作をさせてるわ。それに──」
食蜂操祈は、自分と全く同じ顔の少女を思い浮かべる。
「──
その影響力と統括理事長すらも黙らせた交渉術を使えば、少女の一人や二人匿う事など容易い。
「姉の威厳力が見せられなくて悔しいのよねぇ」
「……アノコ、善い子よね。別に要らないって言ってるのに、中学に復帰するか訊いてきたし」
「『
「私もいつか罰を受けて、少年院に戻る日が来るかもしれない。そうしなきゃ、ドリーの教育に悪いし。でも、それは今じゃない。学園都市が正常化して、司法が健全に働くようになって、罰を受けるのはそれからでも遅くないはずだから……だってさ」
よく見ると、彼女の手には何やら中学校の授業を復習するための
『
「……へぇ。意外とマジメに勉強するつもりなのねぇ」
「私も意外。マジメなんてキャラじゃないし」
初めは継雲雷糸の申し出を断ろうとした。
だが、最終的には受け入れた。
とある少女の言葉を思い出したから。
『オマエは関係ねーヤツらまで巻き込むのか⁉︎ 何も悪くねー、その時には生まれてすらいなかった雷糸すら利用するのか⁉︎ オレ達が憎んだのはそんな理不尽だったんじゃねーのかよッ‼︎』
それは警策看取とは似て非なる、学園都市に大切な人を奪われながら決して復讐には走らなかった少女の叫び。
「……私は暴力を捨てられない。捨てる必要があるとも思ってない。でもさ、それだけじゃダメなの。暴力だけで全てが決まって、力のないヤツはただ死んでいくだけなんて、そんなのが世界の真実だなんてドリーに思って欲しくはないから」
「…………」
「私が憎んだ理不尽を、ドリーには見せたくないってコト」
警策看取は一歩を踏み出した。
ドリーと共に暖かい世界を進むために。
「それに、学力とか表側の地位ってのも必要でしょ? いつか、ドリーが陽の下で歩けるようになるためにはさ」
「……ここ、は?」
「むぎの、起きた?」
揺さぶられる感触で、
どうやら、
目を開けると、違和感があった。
視界がいつもの半分しか存在しない。
そこで麦野は自らが戦闘に負け、片目を失った事を思い出した。
「…………クソっ」
「どうしました。超痛みますか?」
「結局、応急処置じゃ足りないから闇医者のトコまで運んでるって訳よ」
『アイテム』が弱った所を狙う他の暗部組織を警戒してか、サーチ役である滝壺に麦野を背負わせ、二人は両手を空けてすぐに反応できるようにしていた。
車ではなく徒歩での移動をしているのも同じ理由だろう。運転手に裏切られて窮地に陥った今、新たな運転手を雇うのは
(そうだ。あのクソ野郎、山川とかいう運転手さえいなけりゃ私だって────いや、それは欺瞞か)
麦野沈利は敗北した。
それは運転手に裏切られたからとか、三対一で不利だったからとか、そんな言い訳をする余地はない。
能力も持たない大人を相手に、第四位は正面から敗北したのである。屈辱と不甲斐なさで、滝壺を掴む手が震える。
そんな麦野に気を遣ってか、それとも単に気になっただけなのか、滝壺は話を促すように尋ねた。
「むぎの、吹き飛んだ片目はどうする? 『
「ないでしょ。結局、
「……当分は私に合う義眼を探す事になるかもな」
「
「…………は?」
思わず、麦野は聞き返す。
絹旗の言葉が、麦野の感情を揺さぶったのだ。
「強く、なる? なんでだ、私は片目を失ったんだぞ」
「ええ。ですが高性能の義眼を埋め込んだら、動体視力も超アップして『
「……それ、B級映画のパンフレットだろ」
パンフレットに描かれているのはニューヨークを走る
だけど、絹旗の意見自体は的外れではなかった。麦野の動体視力が高く、近接戦闘でも『ブロック』とやらの動きを目で追えていれば敗北する事はなかったのだ。
「……そんな高性能な義眼はあんのか?
「友達に全身の七割以上が
絹旗の思い付きにフレンダの人脈が具体的な形を与える。
麦野沈利が『ブロック』に敗北したのは事実だ。それでも、『アイテム』が敗北した訳じゃない。
少女は一人ではない。
負けても、失敗しても、仲間がいる限り何度だって立ち上がれる。
「大丈夫だよ、むぎの。強くなろう、みんなで」
ピンク色のジャージを着た滝壺は、麦野の顔を肩で隠すみたいに背負い直した。
それはまるで、少女の涙にハンカチを当てるようでもあった。
「この四人で、私達『アイテム』で」
「な、んで……アンタがここに……」
「なんでと言われても。Of course、私がこの病院で勤務しているからに決まっているわ」
『
「勤務……? アンタ、医療免許とか持ってんの?」
「医者ではないけれど……、似たようなものね」
「?」
「『
そして、『
「therefore、クローンの肉体維持に詳しい私がこの病院に招聘されたという訳ね」
無論、役目はそれだけではない。
布束砥信の専門は生物学的精神医学。真っ白な精神に自分達は
後は入院ではなく通院しているもう一人のクローンの専属という意味合いもあるのだろう。
『
「彼女達が真っ当な人生を歩めるようになったのは、あなたのお陰よ。だから……感謝しているわ」
「…………でも、私のせいで──」
御坂美琴はその言葉を受け取れない。
だって、たくさんの『
「indeed、あの『実験』の発端はあなたにある。nevertheless、あなたがいたから彼女達は生まれてくる事ができた。それだけは、忘れてはならないわ」
「…………」
「……そうね、私に言われても納得できない。Then、直接話しなさい」
布束は御坂美琴の背中を押す。
その先には、同じ顔をした五人の少女が待っていた。
「お待ちしておりました、とミサカ九九八二号はお姉様をにこやかに迎えます」
第四学区、『スクール』の隠れ家にて。
金髪の少女は傷だらけの少年を出迎える。
「あら、遅かったわね」
「…………悪かったな」
嫌味を言った
何だか
「すみません、垣根さん。『アイテム』の面々と遭遇したんスけど、
かつて垣根にボコられたトラウマを思い出したのか、
だが、垣根は苛立ち一つ滲ませず言った。
「……構わねえよ。俺の方も、何の成果も得られなかった」
やはり、垣根帝督は何か変わった。
丸くなった、とは違う。
以前よりも視点が高くなったと言うべきか。
些細な事に苛立つ事がなくなった。
「今回は何のデータも得られなかったけれど、これで私達の狙いは上層部にバレたはずよ。これからどうするつもり?」
「ああ。次は『アイテム』以外の『暗闇の五月計画』の被験者を探して──」
それは、どうやって
垣根はその言葉に応えようとして、ふと、頭にとある少年の発言が過ぎる。
『……ヒーローなんか必要ねえだろ』
思わず、垣根は自らの頬に手を当てていた。
殴られた箇所が痛みとは違う感情を訴える。
『善人? 悪人? ふざけるんじゃねえ。そんな位置に立ってなきゃ、誰も助けちゃいけないのか‼︎ 目の前で泣いている人がいるんだ! 絶望の底に連れて行かれそうな人がいるんだ! それだけで十分だろ‼︎ ヒーローになんかならなくったって、誰かを助けるために立ち上がったって構わねえだろうがよ‼︎』
少年の言葉が今も耳に残っていた。
だから、だろうか。
垣根はこんな言葉を口にした。
「──
それは決定的な変化だった。
垣根帝督という少年は明らかに成長していた。
「アレイスターとの直接交渉権を得る方法は一つじゃねえ。あのクローンが何の犠牲もなく自分の意見を通したみてえに。俺達だって、わざわざ誰かを殺す必要なんざなかったんだ」
別に、垣根帝督は善人じゃない。
自分がクソったれの悪党だと理解している。
でも、それでも。
わざわざ人を殺す道を進む必要なんてなかった。
たとえ自らが悪人だったとしても、誰かを殺したくないと思う事に躊躇う必要なんてなかったのだ。
「第一位とか第二位とか、『
第二位は第一位の下。誰がそう決めた?
学園都市第二位の
「……あなたの言い分は分かったわ。でも、それで? 具体的にはどうするつもり?」
冷たく突き放すように、獄彩海美は尋ねる。
『スクール』は『アイテム』のような仲良しこよしの集団ではない。自らの利のために手を組んだビジネスな関係。
第二位の具体性のない夢の話に付き従うほど盲目ではない。
「俺が今回の戦いで掴んだ『
「もっと具体的に」
「アレイスターの目的が何かは知らねえが、アイツは第一位のベクトル操作能力を必要としている。だったら、それを俺の能力で創造すれば良い。
第一位を殺す事でアレイスターと交渉しようとしていた以前とは真逆。
アレイスターの目的が何だろうと、新たな第一位の存在は『
ベクトル操作の能力を持つ者がこの街でも一人しかいない事からも分かる通り、
「わたくしは良いと思います」
「オレも、垣根さんなら余裕と思っス」
そして、変わった垣根を『スクール』の面々は肯定する。
『スクール』は仲良しこよしの集団ではない。しかし、それは彼らの関係性が薄い事を意味しない。
『スクール』はそれぞれが別の目的を持ち、利害の一致で集った組織だが、
「そこまで大言を吐いたからには、これからの予定も考えているのでしょうね?」
「ああ。俺が人体細胞の創造を会得するには、既存の人体を別の物質で置き換えるというインスピレーションが必要になる。つまり──」
垣根帝督は次なる目標地点を告げた。
「──
深夜の路地裏。
そこには十人の少年に囲まれた子供がいた。
少年達の手にはジャックナイフや警棒、催涙スプレーなどが握られていた。
少年達がその凶器を使い慣れているようには見えない。だが、素人が人を殺せる得物を振り回すというのは、プロが凶器を持つのとはまた違った怖さがあった。
凶器を持った十人の少年と、彼らに取り囲まれた武器も持たない華奢な子供。人数差から考えても、この場の勝敗など誰が見ても分かりきっていた。
──
白い髪に赤い瞳、細い体がどこかナイフのような印象を与える子供。
学園都市最強の
あの一戦を境に、
わめく少年達はどうやらそんな馬鹿げた話を本気で信じ、『最強』から落ちぶれた第一位を襲撃しに来たようだった。
恐るべき身の程知らず。
だが、
第一位の『反射』はこの程度の不良に突破できるモノではない。相手が自分の持ち寄った凶器で自滅するのを眺めれば終わりだ。
そして、それ以上に──
(ったく、何なンだっつのォ。このやる気のなさは)
──何かが、変わった。
なのに、
弱くなったのか、強くなったのか。
それとも、強さとはまた異なる軸を手に入れたのか。
『君がするべきだったのは更なる強さを求める事なんかじゃなかった。「最強」を超えた「絶対」に手を伸ばす事なんかじゃあなかった。……自分の「弱さ」を打ち明けて、誰かに助けを求める。ただ、それだけで、君の周りには人が溢れていたかもしれなかった』
とある
馬鹿馬鹿しいと突っぱねたはずの言葉が、どうしてか今もまだ
「あン?」
ふと、自分を取り囲む喧騒が沈黙している事に気がつき、
それは
「先日ぶり、
「……ッ‼︎ オマエは……っ!」
カツン、と。
足音と共に、まるで世界が切り替わるかのような感覚があった。
目の前にいたのはつい先日、
「……オマエが俺になンの用だァ?」
「君の力を借りたくてね。探したよ」
「はン。俺がオマエの言うことを聞くとでも思ってンのか?」
「そういう問答はちょっと後でやってくれ。まずは彼女を見て、それで助けるかどうか。それを決めて欲しい」
よく見ると、医者のような男は一人の少女を担いでいた。
熱病に浮かされたように大量の汗を噴き出す一〇歳前後の少女。
「ミサカ二〇〇〇一号、『
暗闇に息を飲む音が響く。
それが自分の発した音だと気づくには少々の時間が必要だった。
「彼女はね、二万人の『
「……あの連中が考えそォなこった」
「だけど、とある研究者がそれを悪用した。
「………………、」
良くて『
「……、どォして」
「うん?」
「どォして、俺なンだ」
それは、どうして自分が彼女を救わなくてはならないのか、
だって、
怪物が持っているのは学園都市最強のチカラだが、たった一人の怪物を最強にする
こんなチカラでは誰も守れない。自分だけが生き残って、壊れた世界を眺める事しかできない。だって、
「病院にでも連れて行くか、それか研究者を洗脳してプラグラムを消させちまえばイイだろォが。オレに、誰かを救うなんて事ができる訳ねェだろうが‼︎」
「……
口を挟んだのは、白衣を着た男だった。
地味で何の特徴もない男が、学園都市最強の
「確かに、学園都市ではあなたの『破壊』の力ばかりが注目されていたのかもしれません。でも、あなたの本質はそこではないでしょう。ろくに設備も整ってないのに緊急性が求められる救急医療の際にこそ、あなたの
「…………は?」
「あなたのベクトル観測能力ならば、患者の健康状態が即座に分かるでしょう? あなたのベクトル操作能力ならば、無菌室も千切れた血管の代わりもその場で実現できるでしょう? ……医療免許も持ってない、民間の救急車を運転するだけの私に言われても説得力はないかもしれません。でも、あなたほどギリギリの瀬戸際で命を救う事に向いている人はいないんですよ」
あるいは、それに気づかせないように学園都市が誘導を行っていたのかもしれない。
「本気で言ってンのか」
「本気ですよ」
「俺ァコイツらを一万人近くブッ殺した張本人だぞ? そンな悪人に誰を救えって? 殺す事はできても救う事なンかできねェよ」
「一万人殺した事が残りの一万人を見殺しにして良い理由になりますか?」
「………………ッ」
「そこらへんで止めようか、山川くん。それ以上は強要になるから」
熱くなっていた白衣の男を、蜂蜜色の髪の少女が止める。
だけど、男の言葉を否定する事はしない。継雲雷糸の考えも山川と呼ばれた男と変わりがないようだった。
「君の言う通り、もしかしたらお医者さんに見せても彼女を助けられるかもしれない。できそうな医者にツテはあるしね」
「……だったら!」
「でも、君が救うべきだと僕は思った。いや、違うかな。
その言葉の意味を
「悪人である事を自覚するのは構わない。君が九九八一人の少女達を殺したのは事実だ。それを重く受け止めるのは当然だと思う。たとえそれが、周りの大人のせいで引き起こされた罪であったとしても。でも、だけど──」
とん、と。
少女の拳が
反射はしなかった。
「──
九九八一人も殺しておいて、今更そんな言い訳は通用しない。
それでも、悪意だけの怪物ではなかった。
大人達に抑圧されていただけで、善意だって確かにあったはずなのだ。
「悪意も善意も誰にだってある。君がどう思っているかは知らないけど、僕だって完全無欠の善人なんかじゃない。大切なのはそこからどう行動するか。悪意も善意も自覚して、そこでようやくスタートラインに立てる」
「…………」
「九九八一人の殺害を愉しめる自身の悪意を知った。熱に苦しむ少女を助けたいと思う善意を知った。その上で、君は何をしたい? 大人に誘導されるでもなく、他人に貼られた学園都市最強というレッテルに従うでもなく。
小さな少女の瞳に子供の姿が映る。
それが自分である事に
呆然と、
『反射』の切った無防備な肉体が、熱を帯びた皮膚に触れる。
すぐにでも少女を殺せる状態。怪物は手で
なのに、手の中の少女は笑った。
それは、単に熱にうなされる少女が冷たい掌に触れたからかもしれない。
意識が朦朧としていて、目の前の人物が
理性は冷静にそう告げるのに、
少女は確かに
その上で、自分の命を委ねた。
それは手の中の小さな少女も、目の前の蜂蜜色の髪の少女も変わらない。
学園都市最強の
九九八一人の少女を殺して嗤う怪物でもない。
継雲雷糸の目には何者でない自分が映っていた。
『絶対』になんてならなくても、『最強』ですらなくても、少女達は認めてくれたのだ。一人の人間として、恐怖する事なく、対等に。
何かが変わるにはあまりにも遅すぎた。
でも、それでも。
確かに今、何かが変わる音がした。
「──ああ、やってやるよ」
たとえ自分が悪人なんだとしても。
たとえ未来永劫罪が許される事はなくても。
その決意が、とある医者と同質のものであると気付いた者は誰がいたか。
単純な強さとはまた別の軸。誰よりも命を奪う事に適していた怪物が、誰よりも命を救う道に足を踏み入れる。
「医者だろォがなンだろォがなってやる! それでこのガキを救えるってンならッ‼︎」
脳に損傷のない
《原作キャラ紹介コーナー》
▽ドリー
初出:とある科学の超電磁砲70話
『
▽ミサカ9982号
初出:とある科学の超電磁砲20話
『
『原作』では、八月一五日に
▽
初出:とある魔術の禁書目録5巻