食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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行間五  少女の残した爪痕 After_Light.

 

 

「すごーい! これってスイゾクカン⁉︎」

「イヤイヤ、この程度(サイズ)の水槽で驚いてちゃ本物の水族館に行ったらどうなんのよ」

「……ホンモノの水族館も、すぐに連れて行ってあげるわぁ」

 

 それは、とあるマンションの一室。

 熱帯魚の泳ぐ小さな水槽を前にはしゃぐ長い茶髪の少女を見て、食蜂操祈(しょくほうみさき)は満足気に笑った。

 

 その少女の名はドリー。

 御坂美琴(みさかみこと)のクローン──『妹達(シスターズ)』の一人であり、その『0号(プロトタイプ)』。

 ただし、かつて『才人工房(クローンドリー)』で出会い、食蜂操祈の目の前で息を引き取ったドリー本人ではない。彼女と記憶を共有されてはいても、同一視してはならない妹である。

 

「ドリーを甘やかすなっての。つーか、一応息を潜めてる側なんだから人気(ひとけ)の多い所とかは無理でしょ」

「私の資金力で貸し切ればイチコロだゾ☆」

「よけい目立つわ!」

 

 そんなドリーを保護者のように見守る少女は警策看取(こうざくみとり)

 少年院を脱獄して木原幻生(きはらげんせい)に付き従っていた『暗部』の人間であるが、ドリーを守るという条件の下、食蜂操祈は彼女を匿っていた。

 

 部屋の中をはしりまわって探検を始めたドリーを見守りながら、警策看取は食蜂操祈に確認する。

 

「この部屋は安全なんでしょうね」

「他の拠点よりは。私の能力だけじゃなくて、最近雇った傭兵にも情報操作をさせてるわ。それに──」

 

 食蜂操祈は、自分と全く同じ顔の少女を思い浮かべる。

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 継雲雷糸(つくもらいと)

 彼女(かれ)はこの街に訪れてたった一ヶ月で、既に『暗部』の一割近くを掌握しつつある。

 その影響力と統括理事長すらも黙らせた交渉術を使えば、少女の一人や二人匿う事など容易い。

 

「姉の威厳力が見せられなくて悔しいのよねぇ」

「……アノコ、善い子よね。別に要らないって言ってるのに、中学に復帰するか訊いてきたし」

「『赦免復学(スパイダーネット)』、だったかしらぁ?」

「私もいつか罰を受けて、少年院に戻る日が来るかもしれない。そうしなきゃ、ドリーの教育に悪いし。でも、それは今じゃない。学園都市が正常化して、司法が健全に働くようになって、罰を受けるのはそれからでも遅くないはずだから……だってさ」

 

 よく見ると、彼女の手には何やら中学校の授業を復習するための教材(テキスト)があった。

 『赦免復学(スパイダーネット)』の支援はただ罰を軽くするだけでなく、子供が社会復帰できるように学力の面倒まで見るつもりなのだろう。

 

「……へぇ。意外とマジメに勉強するつもりなのねぇ」

「私も意外。マジメなんてキャラじゃないし」

 

 初めは継雲雷糸の申し出を断ろうとした。

 だが、最終的には受け入れた。

 とある少女の言葉を思い出したから。

 

『オマエは関係ねーヤツらまで巻き込むのか⁉︎ 何も悪くねー、その時には生まれてすらいなかった雷糸すら利用するのか⁉︎ オレ達が憎んだのはそんな理不尽だったんじゃねーのかよッ‼︎』

 

 それは警策看取とは似て非なる、学園都市に大切な人を奪われながら決して復讐には走らなかった少女の叫び。

 

「……私は暴力を捨てられない。捨てる必要があるとも思ってない。でもさ、それだけじゃダメなの。暴力だけで全てが決まって、力のないヤツはただ死んでいくだけなんて、そんなのが世界の真実だなんてドリーに思って欲しくはないから」

「…………」

「私が憎んだ理不尽を、ドリーには見せたくないってコト」

 

 警策看取は一歩を踏み出した。

 ドリーと共に暖かい世界を進むために。

 

「それに、学力とか表側の地位ってのも必要でしょ? いつか、ドリーが陽の下で歩けるようになるためにはさ」

 

 

 

 

「……ここ、は?」

「むぎの、起きた?」

 

 揺さぶられる感触で、麦野沈利(むぎのしずり)は目を覚ます。

 どうやら、滝壺理后(たきつぼりこう)に背負われているようだった。この少女、見た目に反して意外と身体能力は高いのである。

 

 目を開けると、違和感があった。

 視界がいつもの半分しか存在しない。

 そこで麦野は自らが戦闘に負け、片目を失った事を思い出した。

 

「…………クソっ」

「どうしました。超痛みますか?」

「結局、応急処置じゃ足りないから闇医者のトコまで運んでるって訳よ」

 

 絹旗最愛(きぬはたさいあい)とフレンダ=セイヴェルンは心配しそうに覗き込む。

 『アイテム』が弱った所を狙う他の暗部組織を警戒してか、サーチ役である滝壺に麦野を背負わせ、二人は両手を空けてすぐに反応できるようにしていた。

 車ではなく徒歩での移動をしているのも同じ理由だろう。運転手に裏切られて窮地に陥った今、新たな運転手を雇うのは危険(リスキー)である。そして、信頼できる運転手を探す時間もない。

 

(そうだ。あのクソ野郎、山川とかいう運転手さえいなけりゃ私だって────いや、それは欺瞞か)

 

 麦野沈利は敗北した。

 それは運転手に裏切られたからとか、三対一で不利だったからとか、そんな言い訳をする余地はない。

 能力も持たない大人を相手に、第四位は正面から敗北したのである。屈辱と不甲斐なさで、滝壺を掴む手が震える。

 

 そんな麦野に気を遣ってか、それとも単に気になっただけなのか、滝壺は話を促すように尋ねた。

 

「むぎの、吹き飛んだ片目はどうする? 『瓶詰工場(マイクロコスモス)』とかに保存してたっけ?」

「ないでしょ。結局、超能力者(レベル5)の肉体をあらかじめパーツ分けして生産しておくなんて、DNA情報の漏洩が危険って訳よ」

「……当分は私に合う義眼を探す事になるかもな」

()()()()()()()()()()()()()()()

「…………は?」

 

 思わず、麦野は聞き返す。

 絹旗の言葉が、麦野の感情を揺さぶったのだ。

 

「強く、なる? なんでだ、私は片目を失ったんだぞ」

「ええ。ですが高性能の義眼を埋め込んだら、動体視力も超アップして『原子崩し(メルトダウナー)』の命中率も超上がるのでは? ほら、こんな感じで」

「……それ、B級映画のパンフレットだろ」

 

 パンフレットに描かれているのはニューヨークを走る改造人間(サイボーグ)のインド人という意味の分からない光景。何かの続編映画のようだが、こんなにも失敗作感が醸し出されている映画も珍しかった。

 だけど、絹旗の意見自体は的外れではなかった。麦野の動体視力が高く、近接戦闘でも『ブロック』とやらの動きを目で追えていれば敗北する事はなかったのだ。

 

「……そんな高性能な義眼はあんのか? 駆動鎧(パワードスーツ)とは違って、義体(サイボーグ)の分野はこの街でも下火だぞ」

「友達に全身の七割以上が義体(サイボーグ)に置き換わっている子がいるから訊いてみよっか?」

 

 絹旗の思い付きにフレンダの人脈が具体的な形を与える。

 麦野沈利が『ブロック』に敗北したのは事実だ。それでも、『アイテム』が敗北した訳じゃない。

 

 少女は一人ではない。

 負けても、失敗しても、仲間がいる限り何度だって立ち上がれる。

 

「大丈夫だよ、むぎの。強くなろう、みんなで」

 

 ピンク色のジャージを着た滝壺は、麦野の顔を肩で隠すみたいに背負い直した。

 それはまるで、少女の涙にハンカチを当てるようでもあった。

 

「この四人で、私達『アイテム』で」

 

 

 

 

「な、んで……アンタがここに……」

「なんでと言われても。Of course、私がこの病院で勤務しているからに決まっているわ」

 

 『妹達(シスターズ)』ととある少年が入院する病院にお見舞いに来た御坂美琴は、思ってもみなかった顔と遭遇して目を見開く。

 布束砥信(ぬのたばしのぶ)。あの『実験』の関係者であり、御坂美琴にその詳細を伝えた少女だった。

 

「勤務……? アンタ、医療免許とか持ってんの?」

「医者ではないけれど……、似たようなものね」

「?」

「『妹達(シスターズ)』は隠匿と治療のために世界各国の学園都市協力機関に分散して預けられた。But、この病院に六名のクローンがいる事に変わりはないわ」

 

 そして、『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』ならば兎も角、通常の医者はクローンという国際法で禁止された存在を調整するノウハウがない。

 

「therefore、クローンの肉体維持に詳しい私がこの病院に招聘されたという訳ね」

 

 無論、役目はそれだけではない。

 布束砥信の専門は生物学的精神医学。真っ白な精神に自分達は実験動物(モルモット)であるという意識を刷り込まれてきた『妹達(シスターズ)』に対し、少女達をひとりの人間として扱う真っ当な価値観を入力(インプット)する事が期待されている。

 

 後は入院ではなく通院しているもう一人のクローンの専属という意味合いもあるのだろう。

 『赦免復学(スパイダーネット)』による社会復帰の支援という訳だ。

 

「彼女達が真っ当な人生を歩めるようになったのは、あなたのお陰よ。だから……感謝しているわ」

「…………でも、私のせいで──」

 

 御坂美琴はその言葉を受け取れない。

 だって、たくさんの『妹達(シスターズ)』が死んだのは自分のせいで、たくさんの『妹達(シスターズ)』を救ったのはあの少年なのだから。

 

「indeed、あの『実験』の発端はあなたにある。nevertheless、あなたがいたから彼女達は生まれてくる事ができた。それだけは、忘れてはならないわ」

「…………」

「……そうね、私に言われても納得できない。Then、直接話しなさい」

 

 布束は御坂美琴の背中を押す。

 その先には、同じ顔をした五人の少女が待っていた。

 

「お待ちしておりました、とミサカ九九八二号はお姉様をにこやかに迎えます」

 

 

 

 

 第四学区、『スクール』の隠れ家にて。

 金髪の少女は傷だらけの少年を出迎える。

 

「あら、遅かったわね」

「…………悪かったな」

 

 嫌味を言った獄彩海美(ごくさいかいび)は、その正直な返答に目を見張る。

 何だか垣根帝督(かきねていとく)のトゲがなくなったように感じたのだ。

 

「すみません、垣根さん。『アイテム』の面々と遭遇したんスけど、一方通行(アクセラレータ)の思考パターンを持つ能力者を取り逃したっス」

 

 かつて垣根にボコられたトラウマを思い出したのか、誉望万化(よぼうばんか)は震えながら頭を下げる。その横では、弓箭猟虎(ゆみやらっこ)も同じように頭を下げた。

 だが、垣根は苛立ち一つ滲ませず言った。

 

「……構わねえよ。俺の方も、何の成果も得られなかった」

 

 やはり、垣根帝督は何か変わった。

 丸くなった、とは違う。

 以前よりも視点が高くなったと言うべきか。

 些細な事に苛立つ事がなくなった。

 

「今回は何のデータも得られなかったけれど、これで私達の狙いは上層部にバレたはずよ。これからどうするつもり?」

「ああ。次は『アイテム』以外の『暗闇の五月計画』の被験者を探して──」

 

 それは、どうやって一方通行(アクセラレータ)を殺すつもりか、という問い。

 垣根はその言葉に応えようとして、ふと、頭にとある少年の発言が過ぎる。

 

『……ヒーローなんか必要ねえだろ』

 

 思わず、垣根は自らの頬に手を当てていた。

 殴られた箇所が痛みとは違う感情を訴える。

 

『善人? 悪人? ふざけるんじゃねえ。そんな位置に立ってなきゃ、誰も助けちゃいけないのか‼︎ 目の前で泣いている人がいるんだ! 絶望の底に連れて行かれそうな人がいるんだ! それだけで十分だろ‼︎ ヒーローになんかならなくったって、誰かを助けるために立ち上がったって構わねえだろうがよ‼︎』

 

 少年の言葉が今も耳に残っていた。

 だから、だろうか。

 垣根はこんな言葉を口にした。

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは決定的な変化だった。

 垣根帝督という少年は明らかに成長していた。

 

「アレイスターとの直接交渉権を得る方法は一つじゃねえ。あのクローンが何の犠牲もなく自分の意見を通したみてえに。俺達だって、わざわざ誰かを殺す必要なんざなかったんだ」

 

 別に、垣根帝督は善人じゃない。

 自分がクソったれの悪党だと理解している。

 

 でも、それでも。

 わざわざ人を殺す道を進む必要なんてなかった。

 たとえ自らが悪人だったとしても、誰かを殺したくないと思う事に躊躇う必要なんてなかったのだ。

 

「第一位とか第二位とか、『第一候補(メインプラン)』とか『第二候補(サブプラン)』とか、大人が勝手に決めたランキングに拘泥する意味なんざなかった。俺がくだらねえ常識に縛られていただけだった。第一位を殺す必要はねえ。俺が俺のまま、第一位を超えればいいだけの事なんだ」

 

 第二位は第一位の下。誰がそう決めた?

 学園都市第二位の超能力者(レベル5)、『未元物質(ダークマター)』を有する垣根帝督にそんな常識は通用しない。

 

「……あなたの言い分は分かったわ。でも、それで? 具体的にはどうするつもり?」

 

 冷たく突き放すように、獄彩海美は尋ねる。

 『スクール』は『アイテム』のような仲良しこよしの集団ではない。自らの利のために手を組んだビジネスな関係。

 第二位の具体性のない夢の話に付き従うほど盲目ではない。

 

「俺が今回の戦いで掴んだ『未元物質(ダークマター)』の新たな可能性────既存の世界を書き換える侵蝕、そして人体細胞の創造。これを極めれば新たな交渉材料になるんじゃねえのか」

「もっと具体的に」

「アレイスターの目的が何かは知らねえが、アイツは第一位のベクトル操作能力を必要としている。だったら、それを俺の能力で創造すれば良い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 第一位を殺す事でアレイスターと交渉しようとしていた以前とは真逆。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アレイスターの目的が何だろうと、新たな第一位の存在は『計画(プラン)』の邪魔となるだろう。

 ベクトル操作の能力を持つ者がこの街でも一人しかいない事からも分かる通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わたくしは良いと思います」

「オレも、垣根さんなら余裕と思っス」

 

 そして、変わった垣根を『スクール』の面々は肯定する。

 『スクール』は仲良しこよしの集団ではない。しかし、それは彼らの関係性が薄い事を意味しない。

 『スクール』はそれぞれが別の目的を持ち、利害の一致で集った組織だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そこまで大言を吐いたからには、これからの予定も考えているのでしょうね?」

「ああ。俺が人体細胞の創造を会得するには、既存の人体を別の物質で置き換えるというインスピレーションが必要になる。つまり──」

 

 垣根帝督は次なる目標地点を告げた。

 

「──義体(サイボーグ)技術。その分野の最先端を調べ、俺の能力の糧とする」

 

 

 

 

 深夜の路地裏。

 そこには十人の少年に囲まれた子供がいた。

 

 少年達の手にはジャックナイフや警棒、催涙スプレーなどが握られていた。

 少年達がその凶器を使い慣れているようには見えない。だが、素人が人を殺せる得物を振り回すというのは、プロが凶器を持つのとはまた違った怖さがあった。

 凶器を持った十人の少年と、彼らに取り囲まれた武器も持たない華奢な子供。人数差から考えても、この場の勝敗など誰が見ても分かりきっていた。

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 白い髪に赤い瞳、細い体がどこかナイフのような印象を与える子供。

 学園都市最強の超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)。その怪物は取り囲む少年達を脅威とも思わず、ぼんやりと思考を回していた。

 

 一方通行(アクセラレータ)はとある夜、無能力者(レベル0)の少年との戦いに敗北した。

 あの一戦を境に、一方通行(アクセラレータ)は学園都市『最強』ではなくなったらしい。怪物の持つ能力には何の変わりもないのに。

 わめく少年達はどうやらそんな馬鹿げた話を本気で信じ、『最強』から落ちぶれた第一位を襲撃しに来たようだった。

 

 恐るべき身の程知らず。

 だが、一方通行(アクセラレータ)はわざわざ愚かな少年達をねじ伏せようとも思わなかった。

 第一位の『反射』はこの程度の不良に突破できるモノではない。相手が自分の持ち寄った凶器で自滅するのを眺めれば終わりだ。

 そして、それ以上に──

 

(ったく、何なンだっつのォ。このやる気のなさは)

 

 ──何かが、変わった。

 一方通行(アクセラレータ)の能力には何の変わりもない。

 なのに、一方通行(アクセラレータ)自身の中に正体不明の変化があった。

 

 弱くなったのか、強くなったのか。

 それとも、強さとはまた異なる軸を手に入れたのか。

 

『君がするべきだったのは更なる強さを求める事なんかじゃなかった。「最強」を超えた「絶対」に手を伸ばす事なんかじゃあなかった。……自分の「弱さ」を打ち明けて、誰かに助けを求める。ただ、それだけで、君の周りには人が溢れていたかもしれなかった』

 

 とある少女(クローン)の言葉が頭によぎる。

 馬鹿馬鹿しいと突っぱねたはずの言葉が、どうしてか今もまだ一方通行(アクセラレータ)の耳に残っていた。

 

「あン?」

 

 ふと、自分を取り囲む喧騒が沈黙している事に気がつき、一方通行(アクセラレータ)はようやく路地裏に転がる少年達に目をやった。

 それは一方通行(アクセラレータ)の『反射』による自滅──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「先日ぶり、一方通行(アクセラレータ)くん」

「……ッ‼︎ オマエは……っ!」

 

 

 カツン、と。

 足音と共に、まるで世界が切り替わるかのような感覚があった。

 

 目の前にいたのはつい先日、一方通行(アクセラレータ)を負かしたばかりの蜂蜜色の髪の少女(クローン)

 ()()()()。彼女が白衣を纏った医者のような男を付き従えて路地裏に足を踏み入れた。

 

「……オマエが俺になンの用だァ?」

「君の力を借りたくてね。探したよ」

「はン。俺がオマエの言うことを聞くとでも思ってンのか?」

「そういう問答はちょっと後でやってくれ。まずは彼女を見て、それで助けるかどうか。それを決めて欲しい」

 

 よく見ると、医者のような男は一人の少女を担いでいた。

 熱病に浮かされたように大量の汗を噴き出す一〇歳前後の少女。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ミサカ二〇〇〇一号、『打ち止め(ラストオーダー)』。彼女の命を救ってほしい」

 

 

 暗闇に息を飲む音が響く。

 それが自分の発した音だと気づくには少々の時間が必要だった。

 

「彼女はね、二万人の『妹達(シスターズ)』が一斉に反乱を起こした場合に備えて作られた、全ての『ミサカ』に停止コードを送る用の司令塔だった。体が他のミサカくん達と比べて未成熟なのも、万が一にも逃げられないようにするためだね」

「……あの連中が考えそォなこった」

「だけど、とある研究者がそれを悪用した。打ち止め(ラストオーダー)くんの頭に不正なプログラムを上書きしたんだ。このままじゃ、午前〇時になると共に全ての『妹達(シスターズ)』が暴走を始める。その結果どうなるかは、言うまでもないね?」

「………………、」

 

 良くて『妹達(シスターズ)』の抹殺、悪くて学園都市がめちゃくちゃになって世界が最先端の兵器で破壊されると言った所か。

 

「……、どォして」

「うん?」

「どォして、俺なンだ」

 

 それは、どうして自分が彼女を救わなくてはならないのか、()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だって、一方通行(アクセラレータ)には何もできない。

 怪物が持っているのは学園都市最強のチカラだが、たった一人の怪物を最強にする程度(だけ)のチカラでしかないのだから。

 こんなチカラでは誰も守れない。自分だけが生き残って、壊れた世界を眺める事しかできない。だって、一方通行(アクセラレータ)が持つのはそんなチカラだから。みじめったらしく核シェルターに篭ってぶるぶる震える類のモノでしかないのだから。だから、一方通行(アクセラレータ)には誰も救えない。

 

「病院にでも連れて行くか、それか研究者を洗脳してプラグラムを消させちまえばイイだろォが。オレに、誰かを救うなんて事ができる訳ねェだろうが‼︎」

「……()()()()()()()()

 

 口を挟んだのは、白衣を着た男だった。

 地味で何の特徴もない男が、学園都市最強の超能力者(レベル5)と目を合わせる。

 

「確かに、学園都市ではあなたの『破壊』の力ばかりが注目されていたのかもしれません。でも、あなたの本質はそこではないでしょう。ろくに設備も整ってないのに緊急性が求められる救急医療の際にこそ、あなたの能力(チカラ)は誰よりも輝く」

「…………は?」

「あなたのベクトル観測能力ならば、患者の健康状態が即座に分かるでしょう? あなたのベクトル操作能力ならば、無菌室も千切れた血管の代わりもその場で実現できるでしょう? ……医療免許も持ってない、民間の救急車を運転するだけの私に言われても説得力はないかもしれません。でも、あなたほどギリギリの瀬戸際で命を救う事に向いている人はいないんですよ」

 

 あるいは、それに気づかせないように学園都市が誘導を行っていたのかもしれない。

 一方通行(アクセラレータ)能力(チカラ)の本質は『破壊』だと、誰もがそう思ってしまうように。

 

「本気で言ってンのか」

「本気ですよ」

「俺ァコイツらを一万人近くブッ殺した張本人だぞ? そンな悪人に誰を救えって? 殺す事はできても救う事なンかできねェよ」

「一万人殺した事が残りの一万人を見殺しにして良い理由になりますか?」

「………………ッ」

「そこらへんで止めようか、山川くん。それ以上は強要になるから」

 

 熱くなっていた白衣の男を、蜂蜜色の髪の少女が止める。

 だけど、男の言葉を否定する事はしない。継雲雷糸の考えも山川と呼ばれた男と変わりがないようだった。

 

「君の言う通り、もしかしたらお医者さんに見せても彼女を助けられるかもしれない。できそうな医者にツテはあるしね」

「……だったら!」

「でも、君が救うべきだと僕は思った。いや、違うかな。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉の意味を一方通行(アクセラレータ)は理解できなかった。

 

「悪人である事を自覚するのは構わない。君が九九八一人の少女達を殺したのは事実だ。それを重く受け止めるのは当然だと思う。たとえそれが、周りの大人のせいで引き起こされた罪であったとしても。でも、だけど──」

 

 とん、と。

 少女の拳が一方通行(アクセラレータ)の胸を優しく叩く。

 反射はしなかった。一方通行(アクセラレータ)には、彼女を傷つける事ができなかった。

 

 

「──()()()()()()()

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は善人ではない。

 九九八一人も殺しておいて、今更そんな言い訳は通用しない。

 

 それでも、悪意だけの怪物ではなかった。

 大人達に抑圧されていただけで、善意だって確かにあったはずなのだ。

 

「悪意も善意も誰にだってある。君がどう思っているかは知らないけど、僕だって完全無欠の善人なんかじゃない。大切なのはそこからどう行動するか。悪意も善意も自覚して、そこでようやくスタートラインに立てる」

「…………」

「九九八一人の殺害を愉しめる自身の悪意を知った。熱に苦しむ少女を助けたいと思う善意を知った。その上で、君は何をしたい? 大人に誘導されるでもなく、他人に貼られた学園都市最強というレッテルに従うでもなく。()()()()()()()?」

 

 小さな少女の瞳に子供の姿が映る。

 それが自分である事に一方通行(アクセラレータ)は気付いた。

 

 呆然と、一方通行(アクセラレータ)の手が少女の額に伸びる。

 『反射』の切った無防備な肉体が、熱を帯びた皮膚に触れる。

 すぐにでも少女を殺せる状態。怪物は手で少女(クローン)に触れて殺戮を繰り返した。ネットワークを通じて死亡した個体の記憶を知っている打ち止め(ラストオーダー)には、いつ跳ね除けられてもおかしくない怪物の手。

 

 

 なのに、手の中の少女は笑った。

 一方通行(アクセラレータ)の顔を見て、もう安心だと微笑んだのだ。

 

 

 それは、単に熱にうなされる少女が冷たい掌に触れたからかもしれない。

 意識が朦朧としていて、目の前の人物が一方通行(アクセラレータ)だと気づかなかったからなのかもしれない。

 理性は冷静にそう告げるのに、一方通行(アクセラレータ)の思考はそれを否定する。

 

 少女は確かに一方通行(アクセラレータ)を認識した。

 その上で、自分の命を委ねた。

 一方通行(アクセラレータ)なんかを信じてくれたのだ。

 それは手の中の小さな少女も、目の前の蜂蜜色の髪の少女も変わらない。

 

 学園都市最強の超能力者(レベル5)ではない。

 九九八一人の少女を殺して嗤う怪物でもない。

 継雲雷糸の目には何者でない自分が映っていた。

 『絶対』になんてならなくても、『最強』ですらなくても、少女達は認めてくれたのだ。一人の人間として、恐怖する事なく、対等に。

 

 何かが変わるにはあまりにも遅すぎた。

 一方通行(アクセラレータ)の過去は変わらない。怪物が築き上げた死体の山は蘇らない。

 

 でも、それでも。

 確かに今、何かが変わる音がした。

 一方通行(アクセラレータ)の進む未来(ほうこう)が明確に切り替わった。

 

「──ああ、やってやるよ」

 

 たとえ自分が悪人なんだとしても。

 たとえ未来永劫罪が許される事はなくても。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その決意が、とある医者と同質のものであると気付いた者は誰がいたか。

 単純な強さとはまた別の軸。誰よりも命を奪う事に適していた怪物が、誰よりも命を救う道に足を踏み入れる。

 

「医者だろォがなンだろォがなってやる! それでこのガキを救えるってンならッ‼︎」

 

 






脳に損傷のない一方通行(アクセラレータ)完全体(医者志望)

《原作キャラ紹介コーナー》

▽ドリー
初出:とある科学の超電磁砲70話
御坂美琴(みさかみこと)のクローンの一人。『妹達(シスターズ)』が生み出される前の『0号(プロトタイプ)』。異能力(レベル2)程度の『電撃使い(エレクトロマスター)』である。
才人工房(クローンドリー)』で育てられたドリーとは別人で、彼女にとっては妹に当たる。クローン間の情報共有を行うネットワーク構築の実験体でもあったため、姉の記憶と経験は全て妹にも転送されている。


▽ミサカ9982号
初出:とある科学の超電磁砲20話
御坂美琴(みさかみこと)のクローンである『妹達(シスターズ)』の一人。
欠陥電気(レディオノイズ)』の異能力者(レベル2)。その能力は概ねオリジナルである『超電磁砲(レールガン)』の劣化版。
『原作』では、八月一五日に御坂美琴(みさかみこと)と出会い、同日に一方通行(アクセラレータ)に殺害された。


打ち止め(ラストオーダー)
初出:とある魔術の禁書目録5巻
御坂美琴(みさかみこと)のクローンである『妹達(シスターズ)』の一人。検体番号(シリアルナンバー)は二〇〇〇一号で、最終信号(ラストオーダー)とも呼ばれる。一〇歳前後の見た目をしている。
強能力(レベル3)程度の『電撃使い(エレクトロマスター)』。『妹達(シスターズ)』の反乱防止用の安全装置として用意された上位個体であり、ミサカネットワークに直接命令を下す事ができる。

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