「アナタ、統括理事に命を狙われているわよ?」
「ええと、知っているけど……」
「えっ⁉︎」
思わず、胸をなでおろす。
「統括理事会で僕の排除が議題に上がったって話だろう? 賛成が四票、反対も四票。残り四人はどちらにも投票せず中立を保ち、議論が硬直したあげく
「そう、だけど……よく知っているわね」
「統括理事会とパイプがあるのは君だけじゃないって話さ」
既に僕は統括理事から刺客を差し向けられている。まあ、『蜘蛛の女王』のネットワークを使って部下に迎撃を依頼して、首謀者を統括理事から引き摺り下ろしたのだけど。
結果として、統括理事会は新たなメンバーの補充が必要になった。だから、その際に僕に都合の良い人間を統括理事会に捩じ込んだのだ。
それが僕の協力者の名前。
主に防災関連事業を手掛ける統括理事。
彼は表の世界から溢れ落ちる子供達を救うため、『暗部』をセーフティネットとして利用しようとしていた。
だが、彼は『暗部』をセーフティネットとして利用する事に固執するあまり、本来ならば表の世界でも生きられた子供達を自らの手で『暗部』に突き落としていた。マッチポンプで悲劇を量産する悪人に成り果ててしまっていたのだ。
洗脳などは必要ない。
ただ、初心を思い出させる。
それだけで彼は僕の味方となった。
今では、彼は『暗部』の子供を救うセーフティネット──『
「……意味なかったかしら」
「そうでもない。僕の協力者の一票と統括理事会穏健派の二人の二票、これを合わせても反対票は三票で、四票の賛成は覆らなかった」
統括理事会のほとんどは悪い大人と子供に無関心な大人で構成されている。
無投票で中立を保った統括理事も、敵でも味方でない勢力という訳ではない。表立って敵対の意思を見せてはいないが弱みを見せれば蹴落としてくる潜在的な敵対勢力である。
表立って僕を守ろうとしたのは
そして、たった三票では四票の敵対意見とその他潜在的な敵対意見を覆せない。
だから、本来ならば僕は
今でも統括理事に命を狙われてはいるが、統括理事と統括理事会──統括理事会の役員一人と統括理事会そのものでは大きな隔たりがある。後者に命を狙われるというのは、学園都市そのものを敵に回すのと同義なのだから。
でも、そうはならなかった。
僕の味方にならないはずの人物が、反対票に傾いたのだ。
「最後の一票──
統括理事の一人にして、常盤台中学の理事長。
「どうかしらね。私が交渉力を使わなくても、あの女はアナタに味方した気もするけど」
「うーん、そうかな」
「あの女は常盤台の価値を上げるためなら何でもする。しかも、学園都市の中でも五本の指に入る名門学校……なんて言葉じゃ満足できない、一番力じゃなきゃ我慢できない人。常盤台の成果物である
さて、どうだろうか。
第五位と同じ遺伝子を持ったクローンが活躍したとして、それで示されるのは第五位の遺伝子の価値に過ぎない。
むしろ、価値のある食蜂操祈を育てていながら未だ第五位にしかできない常盤台の価値が上がるかと言えば……少し、断言できない所だ。
「何はともあれ、君のお陰で僕が楽できた事に違いはない。ありがとう、食蜂くん」
「……いえ、不甲斐ないわぁ。私のお姉さん力ってこの程度なのかしらぁ」
「いやいや。中学生からしてみれば立派すぎるほどお姉さんだよ、君は」
ある意味では、それは子供らしくないとも言えるのか。
彼女はまだ子供だって言うのに責任感が強すぎる。……やっぱり好きになれないな、常盤台の方針は。
あまりに彼女が申し訳なさそうにするので、何か頼る事はあるだろうか頭を悩ませる。
「あっ、そうだ。一つ訊いても良いかな」
「何かしらぁ! お姉さんに何でも訊きなさい‼︎」
「ええーと、あんまり大した話じゃあないんだけどさ。知っての通り、僕は学園都市の普通の学校ってものに疎い。だから、想像がつかない所がたくさんあるんだ。そこを君に教えて欲しい」
それは、僕が最も恐れている事。
「君の学校では、新しい
「…………魂、だと?」
霧ヶ丘の女性研究者・
あまりにもオカルト。科学の街には似合わない。
だが、それは嬉美にも馴染み深い言葉だった。
そもそもの始まり。嬉美と雷糸の出会いだって、転生や憑依という魂の繋がりが関わっていたのだから。
「幽霊そのものが『魂』と近しいというのもあるけれど、私が注目しているのは別よ。春暖さんが扱う人工的に幽霊を作り出して莫大なエネルギーを制御する方法論。ある意味では『幽霊』という人間ではない何かに自らの能力を受け渡すと言い換えても良いそれ。その関係性を調べる事で、私は『魂』というものに一歩近づく事ができるの」
「……
「そうね。以前は附属中学の方で人型の水銀を操る能力者の開発にも携わっていたわ。別の存在を媒介として能力を発揮する演算方式には心当たりがあるの。全く同じ方式ではなくとも、春暖さんの演算の参考になると思うわよ」
つまり、それが交換条件という事だろう。
嬉美は基礎的な演算方式に加え、『不知火』の制御方法について学ぶ事ができる。
代わりに、磯塩は春暖嬉美や不知火を通じて『魂』というものに深く切り込む事ができる。
「ウチの学校、どうかしら。春暖さんはずっと不登校だったって聞いているけれど、霧ヶ丘は成績が能力の評価のみで決まるから学力試験の心配はないわ。勿論、あなたが望むのならそちらを教える先生を用意するけれど」
「そーだな。……保護者ヅラしてるヤツと相談してから決めるが、オレとしてはこの学校で世話になりてーと思ってる」
「本当⁉︎ 感謝するわ、春暖さん!」
キラキラと眼鏡の奥の瞳が輝く。
磯塩の目は子供のような期待と好奇心でいっぱいだった。
「そうね。まだ時間に余裕はあるかしら。良ければこの研究室だけじゃなく、霧ヶ丘女学院全体を散策してみてはどう? これから三年間を過ごす校舎だもの。気になっているのでしょう?」
「いいのか?」
「勿論よ。今日はまだ夏休み中で人も少ないし、誰の迷惑にもならないわ。立入禁止と書かれた部屋以外は自由に歩き回ってもらって構わないわよ」
「……機密とかあるんじゃねーの?」
例えば、学園都市でも五本の指に入る名門学校の
いくら入学予定の
しかし嬉美の心配を他所に、磯塩は気楽そうな顔で答えた。
「あら、霧ヶ丘が奇妙でイレギュラーな能力者の研究を専門としているって話をしたでしょう? 見ただけで理解できる程度のデータはここにはないわよ」
研究室を立ち去る春暖嬉美。
その後ろ姿を眺めながら、磯塩は一人で考えを巡らせる。
(ごめんなさいね、春暖さん。でも、嘘は吐いてないわよ……嘘は)
磯塩が告げた言葉に嘘は一つもない。
霧ヶ丘は約束した通りの設備を春暖嬉美に提供するし、統括理事長の命に逆らってブラックホールの研究を始めたりもしない。
そして、磯塩の研究テーマは『魂』を明らかにする事である。
ただ、一つ誤魔化した事があった。
ブラックホールの研究ができないのなら、自分を受け入れた利点は何だったのか。そう尋ねた春暖嬉美に対して、磯塩はこう答えた。
『
たった一人の研究者の要望を満たすため?
そんな訳がない。
当然、霧ヶ丘には霧ヶ丘の利益がある。
(重要なのは春暖さんそのものじゃない。『
人型のエネルギー。
それがあれば誰でも良かった。
かつて附属中学に在籍していた『
(高エネルギーの塊である幽霊は微弱な力の集合体であるAIM拡散力場と相反する。相反するという事は、学園都市に漂うAIM拡散力場そのものに刺激を与えられるという事。
生と死は表裏一体だ。
人の形をした高エネルギーという
(きっと、これは霧ヶ丘を超えた上層部──統括理事会が差し向けた事だろうけれど。でも、構わない。春暖さんを利用すれば、私たちは生み出す事ができる。『虚数学区の鍵』、
それが春暖嬉美を招いた目的。
霧ヶ丘女学院が手がける研究の集大成とも呼べるモノ。
即ち──
(────
《原作キャラ紹介コーナー》
▽
初出:創約とある魔術の禁書目録1巻
三〇代前後。上等なスーツを纏っているがビジネスマンという感じではなく、筋肉もついていて青年実業家といった姿をしている。
学園都市統括理事会の一人。主に防災関連事業を手がけ、慈善・ボランティア活動などを手広くやっている。『暗部』を広義でのセーフティネットだと解釈している。
元はレスキュー隊の精鋭であり、体を鍛えている。『原作』では、R&Cオカルティクスを通じて『最小衝突理論』と呼ばれる魔術を習得した。
▽
初出:とある魔術の禁書目録14巻
五、六〇代くらいの初老の女性。首にマフラーをかけており、腰は曲がっていないが身長が低い。
学園都市統括理事会の一人。話術・交渉術のやり手。統括理事会の中でも一番の善人と称されるが、代わりに統括理事として持つ影響力は小さい。
かつては他国の外交官から『平和的な侵略行為』として恐れられていた。娘を誘拐された事をきっかけに一線から退いている。
▽
初出:とある魔術の禁書目録SS2
男性。老人。
学園都市統括理事会の一人。
▽
初出:とある魔術の禁書目録6巻
霧ヶ丘女学院に所属する少女。太腿くらいまでストレートに伸びた茶色の混ざった黒髪だが、それとは別に頭の横からゴムで束ねた髪が一房伸びている。顔にはフレームの細い眼鏡を装着している。
その正体は、AIM拡散力場が人の形をとったもの。彼女自体が虚数学区の一部であり、彼女を起点として虚数学区を制御する事が可能。