「やべー。事前に連絡してた時間を完全に過ぎてやがる」
春暖嬉美は暗い夜道を小走りして帰る。
時刻は既に深夜一時。
姫神秋沙や鳴護アリサと行ったカラオケが思いのほか盛り上がり、時間を忘れるほど楽しんでいたのだ。
叱られる事はないだろうが、嬉美を心配して一向に眠らない雷糸の姿は容易に想像できる。
故に、早く帰って彼女を安心させようと嬉美は急いでいた。
しかし、少女は目にする。
帰ろうとした家の現在の惨状を。
『意識が戻らねえ。こいつ、どうするよ』
『情報が引き出せねえんじゃ使い道がねえぞ』
そして、彼女を出迎えてくれるはずの蜂蜜色の髪の少女が駆動鎧に組み伏せられている光景を。
「──────あ?」
異型の駆動鎧が継雲雷糸に群がっていた。
頭を掴まれた少女は意識を失っている。彼女を守るはずのアウレオルス=ダミーもまた沈黙している。
『じゃあ、人質にするか。第八位の前でこいつを傷物にすれば、演算なんてできなくなるだろ』
何が起こったのかは分からない。
だが、その一言は怒りを振り切るのに十分だった。
「誰に手ェ出してんだ、オマエ」
第八位の超能力者、『無限動力』。
その超能力を躊躇う理由はなかった。
スキルアウトの一人が嬉美の声に反応する。
反射的だろう。彼は嬉美の姿を見てのけ反ると、大声で叫んだ。
『おまえッ、第八位⁉︎ 標的だ‼︎ お前らっ、やっちまうぞ‼︎』
スキルアウトの少年の怒声と共に、駆動鎧で武装したスキルアウト達が少女の下に殺到する。
対する少女は派手な素ぶりを何も見せず、ただ一言呟いた。
「来い、不知火」
それだけで、無数の駆動鎧全てが停止する。
人工幽霊、不知火。
『無限動力』をエネルギー源として、ハイボルテージ=カッティング法の理論で形成された科学的な幽霊。死装束を洋風にしたような白いポンチョを纏う少女。
莫大なエネルギーの塊である彼女は、ただ存在するだけで電子機器を狂わせる。太陽フレアが電波障害を引き起こすようなものだ。あまりに大きすぎるエネルギーは存在するだけで脅威となる。
人体全てを覆う駆動鎧の装甲も、不知火からすれば棺桶も同然であった。
『…………っあ⁉︎』
少年達は呆然と目を見開く。
もはやそうする事しかできない。
これが超能力者。
兵器なんかでは埋まらない差がそこにはあった。
「何人か見覚えのある顔があるな。少年院に入る前、路地裏でケンカした記憶がある。スキルアウトだろ、オマエら」
『…………っ‼︎』
「つーことは、狙いはオレだな? どうせ、底辺だった無能力者が超能力者になってデカい顔をしてるのが気に食わねェって所だろ。くっだらねェよ、ホント」
『ちっ、ちが……っ』
「言い訳は聞かねェぞ、クソ野郎共。他のヤツを巻き込んだ時点で───」
『──お前のせいだろうが‼︎』
春暖嬉美の鼓膜にスキルアウトの声が響く。
一瞬、理解が追いつかなかった。
スキルアウトの叫び、それは糾弾だった。
『俺達だってこんな事やりたくなかった。でも、お前のせいで! お前が超能力者になんかなったせいで‼︎ 俺達は被害者か加害者のどちらになるかしか選べなかったんだ‼︎』
「は? それはどういう──」
その瞬間。
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と、横殴りの衝撃があった。
機能を停止したはずの駆動鎧が一機のみ動き出し、その拳を春暖嬉美に叩き付けていた。
「がはっ⁉︎」
『油断したな……能力者。……あるいは、能力を過信したか。駆動鎧だからと言って、…………電子機器とは限らない』
容赦のない一撃だった。
脳が揺さぶられた衝撃で酷い吐き気に襲われる。手足が痺れて立ち上がれない。
頭から流れた血が頬をつたう。気を失いそうになるが、骨が折れたような痛みが春暖嬉美の意識を繋ぎとめる。
「オマエ、は……っ⁉︎」
『……駒場利徳。スキルアウトの……リーダーをしている。今夜、お前を殺す者の名だ……』
(くそッ! 幽霊の弱点なんてオレですら気付いていない事をどこで知りやがった⁉︎)
関節を電力駆動で動かすことで、生身の人間の数倍から数十倍もの運動能力を叩き出す通常の駆動鎧ではない。
電磁波を徹底的に弾く装甲板で身を守り、薬品によって化学性スプリングを収縮させて運動能力を跳ね上げさせる電子機器を使わない駆動鎧。
本来の目的としては対電撃使い用の装備であるが、その脅威は電子機器に誤作動を引き起こす春暖嬉美にも突き刺さった。
「駆動鎧が動いた理屈は分かった。だが、オマエ自身はどォなってやがる」
『…………、』
「幽霊の強みは電子機器に誤作動を引き起こすだけじゃねェ! 知覚しただけでダメージを与える事にある‼︎ 駆動鎧が動くからって、オマエが動けなきゃ何の意味も────いや、まさか」
『…………気付いたか』
春暖嬉美はそれを知っている。
かつて、継雲雷糸が戦ったというある男が有していた駆動鎧を。
「オマエの動きを補助する駆動鎧じゃねェ。オマエの脳を部品と見做して、勝手に戦う駆動鎧だってのか⁉︎」
シルバークロースの遺産。
人間というカタチを捨てた異型の駆動鎧。
そもそもの話、訓練を受けてもいない不良が初見で兵器を使い熟せる訳がないのだ。
少年達の脳を使って、駆動鎧自体が自動で暴れていた。それがこの惨状の理由だった。
「馬鹿野郎が! 脳を勝手に使われるなんて、どんな後遺症があるか分かったもんじゃねェんだぞ⁉︎ 電気ではなく薬品で動くオマエの駆動鎧なら尚更だ!」
『……全て承知の上だ』
「オマエ、なんでそこまでして……」
『この街では……無能力者に価値はない。……何処に行っても厄介者扱いされ、能力者からは迫害される。ならば……誰かが力を示す必要があるだろう。そうしなければ、無能力者に居場所はない…………』
「ふざけんなッ、それが自分の首を絞めている事にどうして気付かねェ! オマエの居場所がない理由を弱さにするんじゃねェよ‼︎ 無能力者が迫害されるのは、オレやオマエみたいなスキルアウト共が周囲に迷惑をかけたからに決まってんだろうが‼︎」
だって、春暖嬉美は知っている。
弱さは罪ではない。
無能力は言い訳にはならない。
無能力者なんだとしても、鳴護アリサのような夢に向かって真っ直ぐ進む人もいる。上条当麻のような周囲に慕われるような人もいる。
能力がなくたって、暴力を示さなくたって、居場所を作る事はできたはずなのだ。かつての嬉美や目の前の男はそれに気付けなかっただけで。
『…………そうだな。まったく、お前の言う通りだ……』
まるで自嘲するように駒場は笑った。
だが、その上で男は首を振る。
『無能力者の迫害の原因は……お前の言う通り俺達にある。だから……俺達はその責任を取る必要がある。責任を取るために、俺達は力を示さねばならない……』
「なにを、言って……」
『無能力者狩り。…………お前も無能力者だったのなら知っているだろう? 能力者が……無能力者を攻撃する腐った流行り。お前の言う通り、あれはスキルアウトを発端として始まった……』
「…………っ!」
『だが……能力者は関係のない無能力者にも手を出した。…………いいや、むしろヤツらは抵抗もできないスキルアウト以外の無能力者を積極的に狙うようになった。例えば、何の罪もないような小学生のような…………』
始まりは些細な口論だった。
たまたまスキルアウトの方が多かったから、彼らは強気でいられた。
──その報復として、何の関係もない無能力者が襲撃されたのだ。
『そして……責任を取るべきは、俺達だけじゃない』
「なんだと……?」
『……能力者と言っても、実際に「狩り」を行うのは低能力者や……異能力者が大半。能力開発を諦め……自分より下の存在を見て安心したいような輩が手を染める行為だからな』
「…………、」
『そんなヤツらだからこそ…………今まで下に見ていた無能力者が自分を飛び越えて超能力者になったらどう思うかなんて簡単だろう……?』
「……………………………………………………」
つまり。
つまり、だ。
『…………春暖嬉美。お前が超能力者になった事で、ヤツらの「狩り」は……より苛烈になった』
食蜂操祈はこう言った。第八位の誕生は学園都市に良い影響を与えていると。
無論、その言葉は嘘ではない。少なくとも彼女の視点ではその通りだったのだから。
しかし、一点だけ彼女には見落としがあった。
食蜂操祈が在籍しているのは常盤台中学であり、そこには強能力者未満の生徒は在籍していなかったのだ。
元より上昇志向の強い常盤台の生徒にとっては、下から追い抜かす形で超能力者になった春暖嬉美は起爆剤となり得たであろう。
だが、超能力者になる事を諦め、自分より価値のない落ちこぼれを見て自分を慰めていたような者にとっては?
彼らにとっては『能力者』である事だけが唯一のプライドだった。下を見て、自分はあんな欠陥品とは違うと何とかプライドを維持していた。
それが砕かれた。では、その鬱憤は何処に向かう? スキルアウトにコケにされたから何の関係もない無能力者を襲撃するような輩の鬱憤晴らしとして、一体誰が狙われてしまう?
『……ヤツらの行動原理は単純だ。無能力者は……抵抗できる力がない、危険のない相手だからこそ……遊び感覚で襲撃ができる。……だからこそ、俺達が超能力者を殺す事で……ヤツらの暴走に歯止めができる』
「直接そいつらを狙わなかった理由は?」
『今……行動に移している者だけが、敵ではない。全ての能力者……学園都市の四割が潜在的には敵だ。俺達の手だけでは……足りない。……だから、狙うは一点。一人一人を倒すのではなく、圧倒的な暴力を示す事で……誰も無能力者に手を出せない状況を作るしかない…………』
「…………そォかよ」
全ては嬉美のせいだった。
彼女なんかが超能力者になったせいで、見知らぬ無能力者は被害者となり、目の前のスキルアウトは加害者となった。
まさに疫病神。これは恨まれても仕方がない。そう思った。
「なら、責任を取るしかねェよなァ‼︎ オマエらのクソったれな計画じゃなく、オレが望むやり方で‼︎」
その上で、嬉美は駒場に中指を立てた。
轟‼︎‼︎‼︎ と。
白い爆炎が駒場利徳の駆動鎧を呑み込む。
彼を包むヘルメットに亀裂が入る。
割れた先に見える駒場の目が驚愕に歪んだ。
「何、故…………お前の流血が治っている?」
「オレが放出するエネルギーは何も光だの熱だのといった分かりやすいモンだけじゃねェ。──生命力。オマエと話してる間に怪我は治ったよ」
駒場は人工幽霊という莫大なエネルギーの塊に気を取られ、彼女の動向を警戒していた。
だが、忘れてはならない。『無限動力』の使い手とは春暖嬉美であり、彼女の真の脅威とは無限にエネルギーを放出し続けられる持続力にある。
それは戦闘時における強みも同じ。即死でもしない限り、彼女は無限に戦い続ける事が可能なのだ。
「無能力者には抵抗する力がない? ふざけんな! 能力者と無能力者を区別して、無能力者には何の力もないって馬鹿にしてるのは他でもないオマエらじゃねェか‼︎」
「…………っ」
「力ってのは能力だけじゃねェだろうが! 人の強さってのはそんな分かりやすいモンじゃあねェだろうがッ‼︎ オマエらだけじゃ手が足りねェってんならッ、能力者も仲間に引き込めば良かったんじゃねェのか⁉︎」
「な、に…………⁉︎」
本当の強さとは勝ち負けのような分かりやすいものではない。
本来ならば敵対するはずの人とも手を取り合って、共に戦えるような『繋ぐ力』こそが本当に大切なもののはずだ。
彼女はそんな夢物語を実現した少女を知っている。
「オマエらみたいなスキルアウトとは違って、普通に学校に通って普通に友達ができる無能力者だってたくさんいる。能力者と普通に仲良くなるヤツはたくさんいる‼︎ 全ての能力者が潜在的な敵? もしかしたらその中にも無能力者を助けてくれる人がいたかもしれないのに‼︎」
本当に必要だったのは敵を倒す力じゃない。
たくさんの味方を作る力だったんじゃないのか。
「スキルアウトが超能力者を打ち倒したって、能力者と無能力者の対立が深まるだけだ。たとえ無能力者狩りがなくなったって、いつかどこかでまた諍いが起こる。それじゃ意味がねェんだよ」
「………………、お前のやり方が上手くいくとは限らん。……能力者が、無能力者を守るとは…………」
「かもな。だが、それはオマエの計画も同じだ。そして、オマエの方は上手くいっても対立が残った暗い未来しかねェ。なら、オレはこっちの明るい未来に賭けるぜ」
気づけば、スキルアウトはみな動かなくなっていた。
駆動鎧が停止したせいではない。自らの意思で、攻撃の手を止めていたのだ。
「まずはオレが手本を見せてやる。超能力者のオレでも無能力者のオマエらと手を取り合えるって事を‼︎」