「ようこそ、エステル=ローゼンタール。オレはアンタを歓迎するよ」
頭に二つのリボンを付けた金髪の少女、エステル=ローゼンタールはその光景に息を呑んだ。
目の前に広がるのは魔術結社さながらの儀式場。
「これ、は……⁉︎」
「ああ、儀式場は起動させるなよ。これはあえて不完全な形で置いてある。
そして、本当の儀式場は分かりやすいトラップの奥にあった。
一見すると日曜大工の倉庫にも思える、雑多なアイテムがそこら中に置かれた密室。だが、実際には散らばったアイテム一つ一つの置き方から色褪せた塗装にまで意味がある、個人の魔力を使わない風水の秘奥が広がっている。
「あなたは、一体……」
「
スパイ。
金髪グラサンの少年はそう簡単に口にしたが、エステルにはその難しさがよく分かる。
壁を越えてただ侵入するだけでも困難なのに、学園都市から排除される事なく潜み続けるなど不可能にも程がある。
「……なるほど。どうやって私を見つけたのかと思ったが、この部屋自体がダウジングのような霊装なのだな。
同じ魔術師であるエステルにはその偉業がよく分かった。
目の前の男は天才だ。ホームセンターの素材だけで軍事兵器を作成するように、この魔術師は学園都市内の素材だけで一つの霊装を作り上げたのだから。
「とは言っても実際のダウジングと同じように、魔術師の簡単な対処で特定は阻害される。せいぜいが痕跡を見つけられる程度だな」
「だったら私はなんで見つかったんだ……?」
「アンタはそもそもが目立ちすぎだ。痕跡を追えば簡単に見つかったよ。監視カメラの位置とか理解しているか?」
「かんしかめら???」
「……ねーちんの同類か」
土御門は溜息を吐く。
魔術サイドには科学オンチが多い。
プリンターを使いこなせるステイルのような魔術師は稀なのだ。
「兎も角、オレがアンタを必要とするのはそこだ。死霊術──
「残念だが、ローゼンタール家の魔術は死人専門だ。あなたの希望にそうとは思えない」
「別に人間を直接解析する必要はない。汗や垢、人間の新陳代謝で必ず生まれる痕跡には対象が体内で飼った微生物が含まれている。そこから逆算する形で対象を分析できればいい」
「…………っ‼︎」
「人間相手が専門の死霊術であっても、北欧神話を一枚噛めば虫などにも範囲が広がる。アンタの死霊術は十字教系術式が基本だったよな? 知り合いに十字教と北欧神話を組み合わせた術式を使うヤツがいる。それを参考にしたらアンタの魔術は更に広がる」
「…………」
通常、先祖代々受け継いだ術式を即座に書き換えるのは難しい。既にその術式の構成で最適化されているからだ。
だが、ローゼンタールの死霊術は例外だ。そもそもがカバラのゴレムに
ある意味では何よりも掛け離れた『科学』を取り込んで成立したのもまた、ローゼンタールが持つ柔軟性の大きさによるものかもしれない。
だから、エステルが黙ったのは要求が技術的に不可能だからではなかった。
技術的に可能であっても、彼女にはもう一つ尋ねるべき事があったからだ。
「……私の死霊術を取り入れて、あなたは何をするつもりなんだ」
「魔術サイドと科学サイドのバランスを保つ」
即答。
土御門元春は何の躊躇いもなく答えた。
「『
科学サイドが魔術サイドの領域を侵さないように。
魔術サイドが科学サイドに攻め入る口実を潰すために。
土御門元春は魔術と科学の紛争の火種を闇に葬る。
「そういう意味ではアンタが関わった実験も危うかった。その産物が一つでも魔術サイドの目に止まれば、その時点でオレ達の目論みは崩壊していたからな」
「そうだ。私はその事も聞きたかった。私の後始末をしてくれたのはあなた達なんだろう?」
「厳密にはオレ達の中の一人。
ぱさり、と土御門は机に四枚の札を置く。
ナンバーズの悪霊、ローゼンタール家が抱える四体の擬似魂魄を。
「魔術と科学が衝突すれば、起こる悲劇はアンタの時の比じゃない。それを見過ごせるのか? 実験の結果に責任を感じて今もなお学園都市に留まっているアンタが」
「…………、」
エステル=ローゼンタールは目を瞑った。
答えなど既に決まっていた。
ただ、誰かに背中を押して欲しかっただけで。
「分かった。あなた達に従う。魔術サイドと科学サイドの均衡のために私の死霊術を使うと誓う。……私の尻拭いをしてくれた義理もあるからな」
「だとよ。
いつの間にか、そこには人がいた。
ダウジング霊装の部屋すらもカモフラージュ。一切魔術を使う事なく、トリックアートのようにもう一つの部屋が隠されていた。
そこにいるのは一人の少年と一人の少女。
魔術サイドから科学サイドへ放たれたスパイ達は、本当の意味で魔術と科学の均衡を保つために集った。
「ようこそ、エステル=ローゼンタール。オレ達『グループ』はアンタを歓迎する」
明らかな異常現象。
それが指し示すのは一つの事実。
「……早速だが仕事だ。学園都市に天使を召喚したのは何処のクソ野郎だ⁉︎」
「な、に……ッ⁉︎」
真っ先にその異変を感知したのはヴィース=ワインレッドだった。
『
ヴィース=ワインレッドが得意とするのは簡略化されたテレズマの召喚。彼女は誰よりもその感覚に慣れ親しんでおり、
「天使の召喚⁉︎ 単に天使の力の一部を召喚したんじゃないっ、天使の魂そのものを人間界に引きずり降ろしたっていうの⁉︎」
その言葉と同時だった。
学園都市内に存在する『通報役』から連絡が入る。
『天使ノ降臨ヲ確認、応援ヲ要請スル』
たった一行。
それだけで、魔術師達に衝撃が走る。
『
信頼関係も何も築けていない今。たったそれだけの時間で、彼らは前代未聞を大事件に直面する事となる。
「……お姉さん達、貧乏籤を引かされたみたいね」
オリアナ=トムソンはそう呟いた。
ここにいる全ての魔術師の心中を代弁するような言葉だった。
「各自、戦闘準備。……済まないが、緊急時のため私が指揮をさせてもらう。この中で五〇人を超える規模の部隊を指揮したした人間は私以外にいないだろう」
そう言ったのはローマ正教の騎士『パルツィバル』だった。
他の宗派の魔術師は顔を顰めたが、直接的な反論はしなかった。今は言い争っている場合ではない。それに人海戦術を基本とするローマ正教こそ指揮に向いているのも事実なのだ。
「オルソラ=アクィナス。君は天使を召喚する術式について調べろ。必要な資料は各宗派の上層部をせっついてブン取れ。そういった交渉事は君の得意分野だろう?」
「かしこまりました」
「シンシア=エクスメント。君は確か星の観測が専門だったか。天使が召喚された後の夜空に違和感がある。魔術の影響か天使の影響かは分からないが夜空が書き換えられた。そこから逆算する形で召喚された天使の正体を突き止めろ」
「いいよ。僕に任せたまえ」
「サローニャ=A=イリヴィカ。君の役目は天使を召喚した儀式場の特定だ。オルソラ=アクィナスとシンシア=エクスメントから受け取った情報を基に、術者の居場所を解析して私達に知らせてくれ」
「……無茶振りちゃんにも程があるわね」
突然の仕事にも否は言えない。
この事件を見逃す事は、即ち世界の崩壊にも直結する危機であるからだ。
天使墜落は学園都市で起こった。つまり、『
「オリアナ=トムソン、天草式。君達は天使を召喚した術者を追え。方法は問わない。そして、リチャード=ブレイヴ。見つかった術者を捕えるのは君の仕事だ」
「魔術師の追跡……確かにお姉さん向きの仕事よ。対魔術師の戦闘を『
「スクーグズヌフラ、ヴィース=ワインレッド。君達の仕事は天使の監視だ。無論、天使が動き出せば食い止めろ。ゴーストバスターに足止めの専門家、君達の奮闘を期待している」
「天使相手に戦えって? くそったれ。乗る男を見誤ったね……」
これにて『
術者が見つかるまでは体力を温存するように命じられた魔術師、リチャード=ブレイヴは唯一役目の決まっていない男へ問いかける。
「貴様は何をするつもりだ? この教会でふんぞり返っているだけとは言わないだろうな」
「まさか」
現代的な銀の全身鎧を纏った男。
ローマ正教の騎士パルツィバルは堂々と告げた。
「──
そして。
そして。
そして。
「──────あ、れ?」
大事件の中心にいた少女。
重たそうな石でできた大昔の巨大建築物。遠目から見ればギリシャにでもありそうな神殿に見えなくもない。
ただし、その色彩には違和感があった。神殿を構成するのは白、そしてその上からほんのりと輝く
形だけ見れば荘厳な大聖堂だか、つるりと輝く表面はどこか高級なスマホのような印象を受けた。
直感的に分かった。
この世界は物理的に存在するモノではない。
視覚化された
眼前にあるのは異世界の具現化。
そこで、
「これって……
《原作キャラ紹介コーナー》
▽エステル=ローゼンタール
初出:とある科学の一方通行1話
ローゼンタール家二三代目当主。金髪緑眼と左目の下に泣きボクロがある顔立ちに、メリハリのあるスタイルが特徴の少女。
ローゼンタール家に伝わる、カバラのゴレムを作成する技術に道教の
『プロデュース』に招かれる形で学園都市の実験と関わり、代々継承してきた擬似魂魄『ナンバーズの悪霊』を奪われる。