食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第五話 蠢く悪意の残党 Clone_Dolly.

 

 

 驚くほどあっさりと、脱獄は完了した。

 現在地は学園都市の第一〇学区。

 一時的に、少年院の側にある雑居ビルに身を潜める。少年院の向かいという立地のためか、雑居ビルには空きが多く、人目につく心配はなかった。

 

『久しぶりのシャバの空気というヤツだけど、何か感想はあるかい?』

「別に、この街にいる限り壁の中に閉じ込められてる事に変わりはねーよ」

『……そっか』

「でも……そうだな。清々しい気分ではあるよ。ようやく、この街に一矢報いる事ができた」

 

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)は小さく頬を緩めた。

 その表情(かお)を見て、僕も嬉しくなる。

 

「で? 向かう先は分かってんのか?」

『ああ。僕と食蜂操祈(しょくほうみさき)を繋ぐ銀色の糸は途切れたけれど、繋がりが完全に失われたって訳じゃない。何となくだけど、彼女の現在地は分かる』

「そりゃ良かった。じゃあ、まずはソイツが眠ってる病院を探り当てて……」

『そこに上条当麻(かみじょうとうま)を呼び出す。彼女に「幻想殺し(イマジンブレイカー)」を触れさせれば、それで問題は解決だ』

「……ふーん」

 

 未だに『あらゆる能力を打ち消す右手』というものが信じられないのか、半信半疑のまま春暖嬉美は返答する。

 

 彼女の反応に苦笑いしながら、僕は銀色の糸に意識を集中させる。

 僕と食蜂操祈をか細く繋ぐ、見えない糸。目を瞑ってそれに全神経を尖らせて、繋がりを辿る。

 

『……見つけた。こっちだ』

 

 目を開き、指を差す。

 春暖嬉美はそれに従って、人混みに紛れるようにゆっくりと歩き出す。

 

『第一〇学区は人が少ないと聞いていたのだけど、今日は随分と賑わっているね』

「………………、」

『あっ、人混みで独り言は怪しいか。ごめんね、「念話能力(プリセット00)」を使うよ』

『……今日は七月一九日。一学期の終わりで、コイツらは全員夏休み突入に浮かれた連中だろ。恐らく、気が緩んで危ない事をする学生がいないか警備員(アンチスキル)の巡回も増えているだろーぜ』

 

 警備員(アンチスキル)。確か、学園都市における治安維持組織の一つだったか。街の外での警察の立場を担う組織のはずだ。

 教員で構成されており、落とし物の管理から犯罪の捜査、テロリストの制圧まで幅広い業務に携わっているとか。能力を持たない大人であるにも関わらず、暴走能力者の鎮圧が可能な訓練と装備をしていると聞く。

 

『うーん、なら、人目につかない道を通った方が安全なんじゃ……? 職質されて学園都市のIDを調べられたら、学校に行ってないのに制服を着てる事がバレるだろうし』

『逆だ。人目につかない道は見つかったら一発でお終いだが、人混みは見つかってもすぐに見失う。こっちの方がよっぽど安全だ』

『そっか』

『それに、ここは第一〇学区だぞ? 学園都市で唯一少年院と墓場があり、配送業者がわざわざこの学区を迂回するっつー逸話があるほど治安の悪い学区だ。人目につかない道なんか通ったら、どんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃねーよ』

『……すまない。軽率だった』

 

 やがて、第一〇学区の外へと辿り着く。

 道案内の看板には、第七学区と書かれていた。

 

『やっぱ、第七学区だったか。常盤台中学も第七学区にあるからだろーな』

『おお、予想済みかい?』

『食蜂操祈ってのは常盤台中学の超能力者(レベル5)なんだろ? あそこは在校生のDNAが盗まれないように厳重な警備を行なってる。散髪も指定の美容院以外ではできないっつー話だ。昏睡中の食蜂操祈を保護するのだって、近くにある関連病院だと予想した』

『へぇー!』

 

 ふふん、と春暖嬉美は誇らしげに笑う。

 いわゆるドヤ顔というヤツだ。

 しかし、僕は彼女に悲しい報告をしなければならなかった。

 

『……ごめん、春暖嬉美』

『なんだ?』

『実はそっちの角を曲がるんだ』

 

 第七学区に入ってすぐ。

 道をまっすぐ突き進むのではなく、目の前の角を左に曲がる。道案内の看板には、こう記されていた。

 

 

 『()()()()()()()()』、()

 

 

『ッ、はぁ⁉︎ 第一五学区⁉︎』

『気持ちは分かるよ。ドヤ顔で外すのは恥ずかしいよね。だけど、そう怒らないで──』

『そこじゃねぇ! 他の学区ならまだあり得るかもしれねーが、第一五学区だけはあり得ねぇ! あそこはただの繁華街だぞ⁉︎』

『ぼ、僕に言われてもなぁ……』

 

 確かに、それは不可解だった。

 じわじわと嫌な予感を覚える。

 明らかに何かがズレている。僕は致命的な勘違いをしているのではないか? と不安になる。

 

 

 

 やがて、進んだ先に答えはあった。

 無数にそびえるガラス張りの高層ビルの一つ。

 ライトアップされた一際目立つ直方体のビル。

 僕と食蜂操祈を結ぶ細い繋がりは、そのビルの最上階を示していた。

 

『……病院じゃねーぞ。どうなってんだ?』

『こ、れは……』

 

 何処からどう見ても病院ではない。

 高層ビル……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。水族館と言っても学術的な研究施設ではなく、若者が媚薬代わりに使うデートコース。

 その名は『天体水球(セレストアクアリウム)』。見覚えのある名前だった。僕の嫌な予感はピークに達した。

 

『そう、か。もっと早く気がつくべきだった』

『なに?』

『食蜂操祈は入院していたんじゃない。精神的自殺を図った彼女は、この街の闇に連れ去られたんだ』

『……心当たりは?』

『あるよ。僕は()の名前を知っている』

 

 『天体水球(セレストアクアリウム)』を隠れ家に使う男。

 かつて食蜂操祈の能力開発を行っていた『才人工房(クローンドリー)』という研究機関の残党。

 食蜂操祈を殺害してでも、彼女が持つ『心理掌握(メンタルアウト)』を奪い取りたいと願う大人の代表者。

 

 

()()()()。それが今回の事件の黒幕さ』

 

 

 蠢動俊三(しゅんどうとしぞう)

 彼が『原作』にて登場するシーンは非常に少ない。

 だが、彼の見た目は非常にインパクトがあってよく覚えている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 食蜂操祈絡みの数々の事件の黒幕であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最後には学園都市統括理事長に歯向かい、始末されたはずだ。

 

『予定変更だ。先に上条当麻を見つけよう』

『……』

『相手は学園都市暗部の人間だ。そんな危ないヤツがいる所に君を突っ込ませる訳にはいかない。上条当麻と警備員(アンチスキル)を呼び、食蜂操祈を救出させる』

『…………それじゃ、ダメだ』

『……? 確かに僕らが直接食蜂操祈を助けた訳ではないけれど、それでも彼女に十分な恩を売る事ができる。何も問題はない』

『…………だけど』

 

 春暖嬉美は頷かない。

 何一つの問題のない計画の筈であるのに。

 彼女は、強い意志を秘めた瞳でこちらを見つめる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()?』

『………………っ』

 

 

 咄嗟に、言葉が出なかった。

 それが答えだった。

 

『オマエは食蜂操祈から供給されていた生命力が途切れた代わりに、オレからのエネルギーで賄っていると言った。でも、それは本当にそんな簡単な話なのか?』

『…………』

『日本の家電を海外で使ったら電圧の違いのせいで故障するみてーに、オマエが存在するのに必要な生命力は食蜂操祈からしか供給できないんじゃねーのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()

『………………』

『オレのエネルギー供給は一時凌ぎにはなっても、オマエを本質的に延命する事はできなかった。いくらケータイを充電しても、バッテリーが回復しねーのなら何の意味もない。上条当麻とやらを呼んで、警備員(アンチスキル)を動員して、それで食蜂操祈を救うのに何日かかる? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『……………………、』

 

 反論はない。全て図星だった。

 きっと、僕に未来(あした)はない。

 食蜂操祈も春暖嬉美も救われた大団円(ハッピーエンド)に、僕の姿はないのだろう。

 

 ……だけど、それが?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『…………は?』

『言っただろう? 僕は老衰で死んだ。もう生に未練はない。既に死んだ亡霊が、最期に生者の役に立てて成仏できるだけの事だ。なんら君が悲しむ事じゃあない』

『……っ』

『死者に執着するな、とは言わない。だけど、死者(かこ)のために生者(いま)を犠牲にするなんて事はあってはいけない。割り切って欲しい、何よりもまず君の未来(あした)のために──』

 

 

「──それはオレが望む結末(みらい)じゃねぇ‼︎」

 

 

 春暖嬉美の声が空気を震わせる。

 彼女の瞳は何処までも澄んでいた。

 そう、それはまるで、テレビの中のヒーローのような姿だった。

 

「オレの記憶(かこ)を見たオマエなら知ってんだろ? オレはもう、誰かの自己犠牲で自分だけが助かるなんてのはまっぴらゴメンだ!」

『っ⁉︎』

「何度もあの日の悪夢を見る。もしも、オレがもっと別の行動をしてたら仄火(ほのか)は死ななかったんじゃねーかって。いつも、悪夢は仄火の表情(かお)を見て終わる。いつだってオレは誰かの自己犠牲で救われる」

 

 落ち込んでいないか心配になって顔を覗く。

 だけど、そこにあったのは予想だにしていない決意に満ちた表情(かお)だった。

 

 その姿に息を呑む。

 出会った日とはまるで違う、彼女の姿に。

 

(子供の成長は早い。そう、知っていた筈なのに──)

「今更オレみたいな罪人(ヤツ)に善意なんて似合わねぇ。分かってる。それでも、オマエが言い始めた事だろーが!」

『え……?』

「オマエが言ったんだ! オレにはヒーローの才能があるって! だったら、オレにオマエを救わせろ! オレの悪夢(ゆめ)を、ヒーローになれるって希望(ゆめ)で超えさせてくれよ‼︎」

 

 銀色の糸によって感情が伝わる。

 僕の想いが揺さぶられる。

 

『……相手は、犯罪者なんだぞ? もしかしたら、君が傷つくかもしれない。もしかしたら、君が死ぬかもしれないんだぞ⁉︎』

「生存力なんて必要ねーんだよ! それで奇跡が起こせるならいくらだって捨ててやる! そんなモンより、オマエのいる未来(あした)が欲しい‼︎」

『…………はぁ、これは僕が折れるしかないのか?』

 

 春暖嬉美が周りの目を気にせず叫ぶから、そろそろ周囲も不審さを感じ始めた。

 うだうだ悩んでいる時間はない。警備員(アンチスキル)が来たらどちらの計画だって破綻するのだから。

 

 何よりも。

 僕は彼女から離れる事はできないし、彼女に対して能力を使うなんてもってのほかだ。最初から、僕に拒否権なんてありはしなかった。

 

『……けど、実際にどうするつもりだい? 僕の能力は人間相手にしか通用しない。シャチの肉体に自分の脳を組み込んだ蠢動俊三に効くかどうかは未知数だし、無人兵器が一つでもあればそれで終わりだよ?』

「なぁ、オレが常に莫大なエネルギーを発してるってのはマジなんだろーな?」

『本当だけれど……それが?』

「多分、それがオレのAIM拡散力場みてーなモンだ」

 

 AIM拡散力場。能力者が無自覚に発する微弱な力のフィールド。これは能力の強度(レベル)によって、発する力の大きさも変わる。

 春暖嬉美は、『ブラックホールを生み出す』という強すぎる能力が、莫大なエネルギーという大きなAIM拡散力場を発しているのだと推測した。

 

「無自覚って言うだけであって、AIM拡散力場は能力者本人にも制御できない。だけど、オマエならどうだ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

『待ってくれ。それは、つまり……』

()()()()()

 

 春暖嬉美はギザギザの歯を見せつけるように獰猛に笑った。

 

「オマエがオレの代わりに怒るって言ってくれたみてーに、オレはオマエの代わりに戦ってやるよ」

『…………それしか、ないのか』

「悩んでる暇はねーぞ。もうそろそろ、警備員(アンチスキル)が来る」

『ああもう、分かったよ。最後に一つ』

「?」

 

 ヤケクソで、僕も笑って尋ねた。

 

『僕が君のエネルギーを加工するけれど、どんなエネルギーがいい? 運動エネルギーに変えて念動使い(サイコキネシスト)になる? それとも電気エネルギーに変えて、電撃使い(エレクトロマスター)でも構わないよ?』

 

 春暖嬉美は何にだってなれる。

 エネルギーを発する能力だったら、きっと何だって再現できる。別に、一つに限定する必要もない。

 だけど、彼女が初めに何を選ぶかなんて分かりきっていた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 






《原作キャラ紹介コーナー》

蠢動俊三(しゅんどうとしぞう)
初出:新約とある魔術の禁書目録11巻
学園都市の能力開発研究者。かつて学園都市の意向に背いて爆殺されたが、自らの脳を全長五メートルを超す巨大なシャチに組み込む事で生き延びていた。
元々は食蜂操祈(しょくほうみさき)も所属していた『才人工房(クローンドリー)』の、第三研究室の研究員だった。食蜂操祈(しょくほうみさき)を殺してでも『心理掌握(メンタルアウト)』を強奪する事が目的。

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