『アンタ、子供の方か?』
開口一番。
『蜘蛛の女王』改め、『側近』はそう言った。
「………………え?」
電波は戻った。味方を呼ばない理由はない。
しかし、助けを呼ぶために
「……いつから?」
『気付いたのは今だが、違和感自体は前からあった。なにせアンタには若い感性と老成した経験が両立していたんだ。子供の側面と大人の側面が混ざってるのは明白ってもんだろ』
「…………、」
『私としては生まれたてのクローンが
恐るべき観察眼だった。
かつて継雲雷糸に手玉に取られたとは言え、彼女は『暗部』でのし上がってきた『仲介人』。
かすかな息遣いだけで相手のパーソナリティを読み取る事も容易いのだろう。
『今回の無茶振りはそれか?』
「いいや、そちらは
『
即答。
当たり前のように、『側近』は告げる。
『アンタの携帯電話が破壊された時点で、何らかの事件に巻き込まれた事は把握していた。黒幕が統括理事とは知らなかったがな。それなら、応援を呼ぶのは当然ってもんだろ』
「応援? 一体誰を……?」
『全員だよ。「ブロック」に「メンバー」、私の知る限りの戦闘要員は動かした。……待て、「女王」。アンタもしかして、
「…………………………ま、さか」
行き違い……ではない。少女一人を追跡できない程度で暗部組織は名乗れない。
こちらの予想外であるのなら、恐らくは黒幕の予想通り。応援を呼ばせる事自体が黒幕の掌の上だったとするならば。
「
応援に出した者と連絡が繋がらない。
敵の狙いは継雲雷糸だけではなかった。
「ひひひ」
第一三学区。大学附属のとある病院。
普通の病院にはまずあり得ない、清潔すぎる部屋の中、女性の声が薄暗い場所に響いていた。
「ひひひひひひひひひひひひひ‼︎ はっは! ぎゃはは‼︎ 大・成・功、ってな‼︎」
爪にはマニキュアを塗り、長い髪をまとめもしないでカールさせた白衣の女性。衛生面の都合を考えると病院に相応しい格好ではないはずだが、医者も看護師も誰も気に留めない。
それもそのはず。ここは普通の病院ではない。百人規模の患者の治療すら、実際には
学園都市に一二人存在する統括理事の一人。
病院一つを丸ごと使い、学園都市の最先端技術でアンチエイジングを繰り返し、実年齢は七〇歳を超えるにもかかわらず三〇代にしか見えない見た目を手に入れた怪物。
そして、継雲雷糸と春暖嬉美を襲った一連の事件の
「
「ありがとう、
薬味久子は学園都市の『流れ』を誘導した。
だが、その全てが上手くいくとは思っていない。
あらかじめある程度の想定外は予想しており、その想定外も許容範囲内に収まるものに過ぎなかった。
姫神秋沙の助言だけで薬味久子にまで辿り着ける訳がない。万が一、薬味が黒幕だと分かった所で、もはや計画は薬味でさえ止められない段階に来ている。
後は生み出した『流れ』に身を任せるだけでいい。それだけで計画は完遂される。
「想定カタストロフ999。この街は今、『ゴースト』に支配されつつある」
想定カタストロフ。
それは学園都市統括理事会が想像しうる限りの
その中でも最も突飛で、最もあり得ないモノが学園都市を覆いつくしていた。
「厄介なのは、『ゴースト』だけを排除しても意味がないこと。『ゴースト』が広めたのは思想。『ゴースト』本人がいなくなったとしても、その思想を受け継いだ者が第二の大敵となるのよ」
「腐ったミカン的な?」
「そうよ。それはシルバークロース=アルファが証明しているわ。たとえ『ゴースト』の配下にならずとも、関わっただけでアレは精神を汚染するの」
故に、狙いは継雲雷糸だけではない。
継雲雷糸が関わった全て。
『ゴースト』の痕跡の何もかもを、学園都市から抹消する。
「まとめて処分するしかないのよ。それも、私達の手を汚す事なく。下手に触れてしまえば、私達の配下だって汚染されてしまうかもしれない。というワケで、目指すは
「……だから、なんですね。
恋査は傲慢な言葉を吐く。
しかし、それは誇張でも何でもない。
『恋査』とは
開発コンセプトからして、恋査は
たとえ継雲雷糸が第八位に守られていようと、ちっぽけな少女一人を封殺する程度、恋査には容易い。
「使い捨てる事を前提とした刺客。共倒れする人間爆弾。なら、わざわざ『暗部』を使う必要もないわ。むしろ、これは私達にとって不都合な人間を切り捨てられる絶好の機会でもあるの」
スキルアウトの襲撃自体はどうでもいい。
薬味久子が期待したのは、それを春暖嬉美が撃退すること。
強大な
それを見て、奮い立つ者がいる。
それを知って、立ち上がる者達がいる。
『流れ』は生み出された。
大人の意のままに踊らされる子供達を見て、全ての黒幕は愉快に嗤った。
「
「誰かね、君は。どうして私の邪魔をする?」
白衣の中年男性、博士と呼ばれる男は問いかける。
自らが率いる組織『メンバー』を出陣させて、継雲雷糸を助けに行こうとした時だった。彼の歩みを阻む者がいたのだ。
「……邪魔なのは、あなたですよ」
俯いて話す小柄な少女だった。
彼女の手には小さなペットボトルがあり、
「なっ、『
気づけなかった。
『暗部』に慣れ親しんだ博士が、何処にでもいそうな少女の攻撃に。
しかし、ある意味ではそれは当然なのかもしれない。
「彼女を助けるって言うなら、わたしの邪魔をするって事じゃあないですか。
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と眼前での爆発。
それはあり得ない事だった。
『ブロック』のリーダー、
単純な爆弾の扱いに関してはあのフレンダ=セイヴェルンすらも超える専門家。
「はいはいすまんねすまんねー。アンタに興味はねえんだが便利そうなモンを持ってんじゃねえか。爆弾、全部置いてけよ」
金属バットを振るうのはただの少年だった。
いっそ何も特徴がないのが特徴とさえ言えてしまうような、人混みに紛れたら見失ってしまうような。
そんな少年が当たり前のように戦力差を覆す。まるで、少年が佐久に勝利するのがこの世界の摂理だとでも言うように。
「……分かっているのか。どんな大義名分を持っていようと、暴力の振るう先を間違えたお前はただの悪党だぞ」
「何言ってんの? これは正義のための行いだよ。ヒーローってなあさ、
当たり前のように。
少年は自らの正義を掲げる。
「ま、邪魔するならしょうがねえよな。────くたばれよ、悪党」
「アナタ、ボロボロで醜くってよ。小汚い輩はわたくしの舞台に相応しくありませんわ」
バシュシュ! と。
奇怪な音がシルバークロースの耳元を通り過ぎる。
その正体は、長いリボン。
空中で複雑な軌道を描くリボンからは、金属を削り取るようなオレンジ色の火花が放たれていた。
「醜い者はお帰りなさって? 美徳という名の通り、正義とは美しく決めなくっちゃあならないものだから‼︎」
そう告げたのは、分厚いコートの下に新体操のレオタードをつけた少女だった。
能力者か、あるいは学園都市のテクノロジーか。火花の正体を探りながら、シルバークロースは少女の言葉を鼻で笑った。
「正義は美しくなくちゃならない? 違うな。
「…………っ‼︎」
「かかって来い、醜女。ハリボテの正義が私にどこまで通用するか試してやろう」
その夜、学園都市に現れた『ヒーロー』はおよそ七五〇〇人。
本来であれば、人や世界を救えたかもしれない彼ら。そうでなくても、小さな日常を守るために力を発揮した誰か。
しかし、外側から無理やり正義感を『注入』された彼らは的外れな方向へと暴走する。
敵は春暖嬉美。
そして、それを邪魔する者全て。
学園都市各地で継雲雷糸の配下と戦闘が勃発する。
通常、学園都市の『暗部』にいた大人相手に何処にでもいる学生が敵う訳がない。
だが、彼らは『ヒーロー』だった。その一人一人が、組織や体制といった強固なシステムを撃破できる可能性を秘めた個人だった。
世界を救う可能性さえ秘めた少年少女は、たった一人の女の子の命を狙って殺到する。
そして。
そして。
そして。
「あの動画に映ってる新しい
春暖嬉美と継雲雷糸の前にも、『ヒーロー』は現れた。
だが、それは薬味久子の思惑すら超えたもの。
外部から正義感を注入されたのではなく、内から湧き上がる
「第八位だか何だか知らねえが、お前が根性なしなコトに関わってるってんなら、放っておけねーなぁ」
そこにいたのは、一人の少年だった。
純白に色を抜いた学ランを羽織り、額にハチマキを巻いたその少年は堂々と告げた。
「覚悟しろよ、根性なし。ナンバーセブンのこのオレがしっかり更生させてやっからな!」
ドバーン‼︎ と少年の背後が爆発する。
赤青黄色のカラフルな煙が立ち上った。
彼の名は
学園都市第七位の
正真正銘、ホンモノの『ヒーロー』である。
《原作キャラ紹介コーナー》
▽ペットボトルを持った小柄な少女
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
ヒーローの一人。能力か科学技術かは不明だが、液体を操る力を持つ。
▽金属バットを持った少年
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
ヒーローの一人。正義のための行いならば何を盗んでも許されるという信念を持つ。
▽ 分厚いコートの下に新体操のレオタードをつけた少女
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
ヒーローの一人。能力か科学技術かは不明だが、リボンやバトンから火花を放つ力を持つ。
▽
初出:とある魔術の禁書目録SS2
旭日旗のシャツの上から白い学ランを着て、頭にハチマキを巻いた少年。
学園都市第七位の