食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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キリの良い所まで毎日更新します。
一週間もないと思います。



第五五話 予定調和の崩壊 The_Irregular.

 

 

「ここ、は……?」

 

 ぼんやり、と焦点の合わない瞳。

 食蜂操祈(しょくほうみさき)偽物(クローン)──継雲雷糸(つくもらいと)は周囲を見渡す。

 

 病室、だろうか。

 清潔さを意味する一面の白が、どうしてか今は目に痛い。

 

 

「あらあら、大丈夫? 今までのコト覚えているかしら、継雲ちゃん」

 

 

 耳元で、声がした。

 ゾッッッ‼︎ と鳥肌が立つ。

 甘ったるい声にどうしようもない嫌悪感を抱くと共に、継雲雷糸は気を失うまでの記憶を思い出す。

 

 無能力武装集団スキルアウトの強襲。

 空間移動能力者(テレポーター)結標淡希(むすじめあわき)の追撃。

 極めつきには、超能力を再現するサイボーグ『恋査(れんさ)』との戦闘。

 

 科学サイドだけ見ても、一日も経たないうちに幾度となく戦いに巻き込まれ、裏では『御使堕し(エンゼルフォール)』という世界規模の魔術事件が進んでいる。

 天使墜落と統括理事の暗躍という一巻丸ごと使えそうな大事件の陰謀交錯(ブッキング)により、継雲雷糸に憑依していた老人の魂は消えた。

 今、ここにいるのはこの世界で生まれた普通の少女。ありふれたクローンに過ぎない。

 

 そして、今、目の前にいるのは────

 

 

「……薬味久子(やくみひさこ)

「はーい、大正解。記憶はバッチグーよ、継雲ちゃん」

 

 

 三〇代にしか見えない白衣の女性。

 しかし、その正体こそは実年齢七〇代を超える怪物、学園都市に一二人しかいない統括理事の一角。

 

 薬味久子。

 この事件の黒幕。

 

「少し話をしましょうか。勿論、応えてくれるわよね?」

「…………」

 

 答えは沈黙。

 しかし、否とは言えない。

 囚われた継雲雷糸に選択肢など存在しない。

 

「ぼくを……どうするつもりかな」

 

 単刀直入に雷糸は尋ねた。

 どうせ他にできる事なんて何もない。

 老人に憑依されていない継雲雷糸にできる事なんて、せいぜい敵の話し相手になって時間を稼ぐ事くらいなのだから。

 

「にひひひひひ! どうするって、それは勿論……ねえ?」

 

 ごぼ、ごぼごぼごぼごぼこぼ‼︎‼︎‼︎ と。

 白い病室を黒い『何か』が侵蝕する。

 初めは、黒い液体か何かだと思った。

 

 だが、違う。

 それは見覚えのあるモノだった。

 そうだ、思い出せ。少女の記憶にはなくても、老人の『前世(ちしき)』は知っている。

 

 では問題。

 『原作』において、薬味久子は何を武器としていたのか。

 

 

()()()()()()……っ‼︎」

 

 

 少女の体は硬直する。

 勝てない、と意志よりも先に肉体が諦めた。

 

 本能が屈する生理的な嫌悪感。

 そして、理性もまた無理だと判断する。

 人間の精神を操れる『夢幻能力(デリドリーム)』も、人間ではないただの虫には通用しない。

 

 天敵。

 最悪の未来予想図が頭を過ぎる。

 しかし、雷糸は頭を振った。殺すのが目的ならば、少女はとっくに死んでいた。

 敵の目的は別にはある。こんなのはただの示威行為に過ぎない。

 

「ぼくを、脅すつもりかな? ぼくを使って何をしようとしている……?」

「まーまー待って待って。私はあなたに手を出すつもりはないのよ? ただ、此処で囚われのお姫様をしてくれるだけで良い。()()()()()()()()()()()()()()()

「な、に……?」

 

 目が合う。

 本気、だった。

 この女は心の底から、継雲雷糸に価値を見出していないし、脅威とも思っていない。

 

「この私があなたの命を狙って汗水垂らしてがんばってるって? んなワケないわよ。厄介な『ゴースト』とヒーロー達を共倒れさせるのが目的? いやいや、そんなありきたりな陰謀じゃあツマラナイ。私はもっともっと上の景色が見たい!」

 

 怖い。

 ただの少女でしかない雷糸はそう思う。

 

「あなたを脅す? まさか。私はもう何もしない。私の『計画』は、もはや私でさえ止められない領域にある。あなたがどう足掻こうと無駄よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 薬味久子は破滅を恐れない。

 医療の専門家でありながら、死を恐れない。

 命の価値とは長さではなく一瞬に宿る。

 人生の最高値をどこまで叩き出せるか、頂点の高さ(ハイスコア)を叩き出すためなら彼女は自分の命だって擲つことができる。

 

「もう、この『流れ』は止められない」

 

 しかし。

 しかし、だ。

 

 薬味久子に気圧(けお)されながらも、継雲雷糸は静かに首を振った。

 

「そんな事はない。物事はきみの思い通りにはいかない」

「あら、何を見せてくれるのかしら。超能力者(レベル5)の相棒は恋査ちゃんが、あなたが築いた人脈はヒーロー達が封じ込めた。これ以上、手は──」

「────()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、本当に些細な見逃し。

 ほんの僅かな取りこぼし。

 しかし、小さな虫が大きな機械の『バグ』となるように、どれだけ小さな影響力でも予想外(イレギュラー)というのは盤面を覆す力を持つ。

 

 

「まだ浜面仕上(はまづらしあげ)が生きている」

 

 

 それだけが。

 継雲雷糸に残された唯一の勝機。

 

 

 

 

 

 光の届かない高架下で。

 浜面仕上は一人、立ち尽くす。

 

 何の能力もない無能力者(レベル0)

 能力者でも天才でも、ヒーローでもない。

 彼にはこの危機的状況を覆す力なんてない。

 

(どうする)

 

 それはどう立ち向かうか、なんて英雄染みた大それた考えではなかった。

 どうすれば自分が生き残られるか。浜面仕上に唯一残された冷静な思考がそれだけに注ぎ込まれる。

 

 結局、浜面仕上はヒーローにはなれない。

 もしも誰かが側にいたら変わっていたのかもしれない。

 命をかけても守りたいたった一人を見つける事ができたのなら、浜面仕上だって立ち上がれたのかもしれない。

 

 でも、無理だ。

 理解してしまったのだ。

 言葉ではどれだけ綺麗事を吐けたって、本物の暴力を前にしてはちっぽけな精神論なんて意味がない。

 

(ああ、認めるよ。俺がスキルアウトになったのは能力者のせいでも街のせいでもない。……俺だ。俺が、クズ野郎だったからだ)

 

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)のように強くなりたかった。

 継雲雷糸のように優しくなりたかった。

 

 しかし、それは叶わない。

 浜面仕上は浜面仕上であって、他の何者にもなれなかった。

 

 だから、もう諦めろ。

 分不相応な望みは捨てろ。

 浜面仕上には誰も救えない。

 お前はヒーローになんかなれない。

 

(…………、)

 

 そうだ、分かっている。

 分かっている、のに。

 浜面仕上は、静かに奥歯を噛み締めた。

 頭に浮かぶのは少女の声。

 

『悪いけれど、任せたわよ』

 

 結標淡希の言葉が耳から離れない。

 少女は信じた。

 こんなチンピラを信じて、託した。

 自分一人だけでも逃げられたのに、浜面仕上を逃すために強大な敵に立ち向かった。

 

「くそ……」

 

 無意識に拳を握りしめる。

 覚悟と呼ぶには足りなくて。

 決意なんて高尚なもんじゃない。

 

 命をかけられる程じゃない。

 出会ったばかりの少女達のために自己犠牲ができるほど、浜面仕上はヒーローじゃない。

 

 でも、それでも。

 浜面仕上は、自分の手足を動かすための原動力ぐらいにはなるものを手に入れた。

 

「くそったれが‼︎」

 

 無能力者(レベル0)に何ができる? ──関係ない。

 クズ野郎に何ができる? ──関係ない‼︎

 

 できる事は何でもする。

 何もできない弱者なら、弱者なりの戦い方をするまで。

 

 浜面は携帯を取り出した。

 電波妨害はもうない。

 電話はすぐに繋がった。

 

「なあ、俺と一緒に人生を棒に振ってくれ! 頼むっ! 半蔵(はんぞう)駒場(こまば)さん!」

 

 

 

 

 

「っ、」

 

 激痛によって失った意識が、激痛によって再び叩き起こされる。

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)はいつの間にか、白いベッドで寝ていた。

 

 右腕を締め付ける感覚に、自らを見下ろす。

 そこにはぐるぐる巻きにされた包帯。

 どうやら、誰かが嬉美を手当てしたようだった。

 

「ここ、は……?」

風紀委員(ジャッジメント)の支部の一つだ。……病院でなくて申し訳ないが、君が暴れる危険性を考慮して人のいない場所を選ばせてもらった」

 

 返答はあった。

 春暖嬉美は声の方向に振り向く。

 

 ぬっ、との視界を埋め尽くすのはクマのキャラクターの被り物。

 学園都市にありふれた学ランと、明らかに不自然な首から上の被り物。アンバランスな光景に、嬉美はここはまだ夢なのかと疑った。

 

「…………誰だ、オマエ?」

「私の名は山城昭府(やましろしょうふ)。学園都市の被り物ヒーローたちの一員だ」

「ヒーロー……だって⁉︎」

 

 反射的に臨戦態勢を取る。

 ヒーロー。それは今の嬉美にとっては、誘導されて襲撃して来る刺客だ。

 

 しかし、山城はクマの頭を横に振る。

 まるで敵意はないと示すかのように。

 

「警戒するのも無理はないが、私に君を襲う意志はない」

「……どうしてだ? オマエらはオレが無能力者(レベル0)を虐げているのを見て、オレを悪人だと見做したんじゃねーのかよ」

「その通りだ。全てのヒーローは君を敵視している。それは私とて例外ではなかった。……だが、君の顔を見て思い出したんだ」

「?」

 

 被り物に隠れて山城な表情は見えない。

 でも、何だか懐かしいものを見たような、そんな雰囲気を感じ取る。

 

「私は幼い頃……聞きかじった情報だけで、他人を悪を決めつけ相手を責めた事がある。そうする事で自分が正義の側だと思いたかったんだろうな。だが、そんな薄っぺらい信念は──」

 

 どうしてだろうか。

 山城なんて男は知らない。

 そのはず、なのに。

 

「──正義だ悪だとカテゴライズするまでもなく、ただ弱者を護ろうとする押し付けがましい我によってポッキリ折られた」

 

 

 彼の言葉を聞いて。

 嬉美はどうしてか白絹仄火(しらきぬほのか)を思い浮かべた。

 

 

「万人があんなものをヒーローと呼ぶ訳ではないだろうが、今も私はあの姿に憧れている。私にとってのヒーローとは彼女の事だったんだ」

「……そう、だな。オレも、そんなヒーローになりてーよ」

「だから、私はそれを思い出した時、君を見極めようと思った。君が見知らぬ誰かが語るように弱者に暴力を振るう者なのか、それとも私達が誰かの掌の上で踊らされていただけなのか。……答えはご覧の通りだ。君は悪人なんかじゃなかった」

「ちょっと喋ったくらいでオレを信じていーのかよ」

「私の能力は、対象の悪意や敵意を感知する『雑意感知(ストレスダウジング)』。意識が朦朧としていた時は確信を持てなかったが、今ならはっきり分かる。()()()()()()()()()()()()()

 

 悪意や敵意を感知する能力。

 その少年は誰よりも人間の負に気付きやすい。

 なのに、彼は人を守る側になった。……ヒーローだと、心の底から嬉美は納得した。

 

「それに……動画の事もある」

「動画って、オレが無能力者(レベル0)を虐めているっていう……?」

「いや、その後に投稿された方だ。つい先ほど上がった動画だが……一瞬で再生数が跳ね上がっている。あれを見て、君が完全な悪人だと思える人はそう多くない」

 

 山城は携帯電話をかざす。

 そこにあったのは目を覆いたくなるような映像。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「────は」

「多くのヒーローが君を敵視したのは、超能力者(レベル5)という強者が無能力者(レベル0)という弱者を襲っている構図だったからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 視点から考えるに、投稿されたのは恐らく駆動鎧(パワードスーツ)に残された記録映像か何かだろう。

 あの映像は無関係の第三者が撮影できるものでも、手に入れられる映像でもない。

 

 だから、その動画の投稿者が誰なのかは決まっている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 元より、ヒーロー達の誘導には『弱者』という記号を使っている。

 しかし、急造の誘導作戦には大きな欠陥がある。スキルアウトは『庇護対象(ヒロイン)』足りえない。

 

 フェイクニュースだと信じない者もいるだろう。

 そもそも動画なんて目にしていない者もいるかもしれない。

 

 だが、それでも、スキルアウト達はヒーローの動きを鈍らさせる。

 予定調和の破滅に歯止めを効かせ、僅かな勝機を生み出す事に成功する。

 

「オレも負けてらんねーな!」

 

 痛む全身を無理やり動かして。

 春暖嬉美はベッドから起き上がった。

 

「なっ、何をしている⁉︎」

「何って……行くんだよ。助けたいヤツがいる」

「応急処置はしたが、それでも君が重傷なのに変わりはないんだぞ⁉︎ 特に右腕の損傷は酷かった! 君はちゃんと医師の診断を受けるべきなのに‼︎」

「治ったさ。オマエのお陰で」

 

 白い包帯を解く。

 その中にあった身体には傷一つなかった。

 

「なっ⁉︎」

「生命力。一瞬で傷を再生なんて真似はできねーけど、休む場所を提供してくれたならこの通りだ」

 

 無限の生命力を持った吸血鬼の模倣。

 だが、春暖嬉美は不死ではない。自身の中に無限の生命力を秘めた吸血鬼とは違って、あくまで外部から生命力を供給しているに過ぎない。

 よって、嬉美が一度に供給できる生命力には限りがあり、彼女の受けた傷も完治にはほど遠い。事実、右腕の痛みはもはや言葉にならない程だった。

 

 それでも、春暖嬉美は顔に笑みを浮かべた。

 優しいヒーローを心配させないように。

 足りない力は気合いと根性でカバーした。

 

「オマエが過去に何をやったかなんて知らねーよ。でも、今のオマエは紛れもなくヒーローだった。……それをオレが証明してやる。オマエに救われたオレが、もっと沢山の人を救う事で‼︎」

 

 少女は拳を握った。

 その肩に、ヒーローとスキルアウト達の想いを乗せて。

 

 反撃の時間だ。

 せいぜい派手にやろう。

 

 






《原作キャラ紹介コーナー》

山城昭府(やましろしょうぶ)
初出:とある科学の超電磁砲99話
学園都市被り物ヒーローの一員。勝勝戦隊のポン吉くんというキャラクターの被り物をした学生服の少年。
強度(レベル)は不明だが、『雑意感知(ストレスダウジング)』の能力者。対象の悪意や敵意を感知する事ができる。
過去に鰐河雷斧(わにがわらいふ)を虐めていたが、白絹仄火(しらきぬほのか)の飛び蹴りをくらって更生した。

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