ガタガタ、と車体の揺れる音で目を覚ます。
ゆっくりとした意識の浮上。
寝ぼけ眼のまま、彼は思った。
(ここ、は? オレは……アイツの根性に負けたはずだが……)
削板軍覇。
春暖嬉美に吹き飛ばされたはずの彼は、どこかの誰かに救助されていた。
辺りを見回す。何となく、見覚えのあるレイアウトの車内だった。
削板がキョロキョロと視線を動かしている内に、気配に気づいたのか運転席から白衣を着た青年が現れる。
車体の揺れは変わらない。どうやら、この車は自動運転されているようだった。
「お前は……、がっ⁉︎」
「ダメですよ。まだ安静にしていないと。あなたは顎の骨を始めとして体全体がボロボロなんですから。……空から落ちて来たにしては軽傷ですけど、それでも、口を動かすなんてもってのほかですよ」
そこでようやく、削板はこの車と目の前の男性の正体に気が付いた。
(救急車って訳か。まさかオレが付き添う側じゃなくて、
「私は
『即応救急』。救急車の回線がパンクしないように増設された、民間の救急車サービス。
山川と名乗る救急隊員はその一員だった。
「兎に角、一番近い病院まであなたを──」
そう言いかけた言葉は最後まで続かない。
それよりも早く、轟音が響いたのだ。
「なッ、まさかっ⁉︎」
山川はカメラで外部の様子を確認する。
そこには救急車相手に体当たりを仕掛ける、巨大スピーカーを搭載したトレーラーが映っていた。
『レッディぃぃぃぃースアぁンドジェントルメぇぇぇぇぇぇぇぇぇン‼︎ 本日のゲストパフォーマーはこちらっ‼︎
キィィィィン‼︎ と。
山川はあまりの爆音に思わず耳を押さえた。
カメラに映るのは車だけではなく、それこそ無数のヒーロー達が待ち構えていた。
ヒーロー達の襲撃は少なくなったが、それでも、完全にゼロになった訳ではない。
動画をフェイクニュースと断じて信じない者、そもそも動画サイトを見ていない者も多い。
山川と名乗った白衣の男性はどこか苦しそうに、そして申し訳なさそうに表情を歪める。
「すみません。私の問題に、あなたを巻き込んでしまった」
(問題?)
削板軍覇の視線の問いかけに、山川は律儀に答える。
「私も詳しくは知りません。ただ、私の上司──
削板軍覇は目を見開いた。
だって、彼はそれを知っている。
削板軍覇だって、相手を
だが、それ以上に。
削板軍覇王は別の事に衝撃を受けた。
(助けた、のか……? 自分が襲撃されている癖に、誰かを助ける余裕なんてないのに、オレを見捨てなかったのか⁉︎
顎の痛みも忘れて。
削板軍覇は思わず呟いた。
「……すげえ、根性だ」
「まさか。私はただの根性なしですよ」
しかし、山川はその言葉を即座に否定した。
「ただ……あなたを見捨てたら、私は彼女に顔向けできない。本当に、ただそれだけの事なんですよ」
それだけ聞けば十分だった。
削板軍覇は笑って、
「よいせっと」
「…………えっ、は⁉︎」
「後ろ開けられるか? そっから飛び出す」
「待て待て待て待て! 何を考えてるんですか⁉︎ あなたは病院に連れていく! 誰かと戦えるような軽傷じゃ──」
「治った!」
「そんなっ、馬鹿な事あるわけ……っ‼︎」
そこでようやく、山川は不自然に気付いた。
目の前で、削板軍覇は会話していた。
「なんっ、なんで……?」
「根性だ!」
まるで世界の摂理のように。
削板軍覇は堂々と胸を張る。
「お前みてえな凄え根性の奴が処置してくれたんだ。これで治らなきゃ男が廃るってもんだろうよ‼︎」
訳の分からない理屈。
だが、削板軍覇は本気で言っていた。
自分自身の根性ではない。
事実、削板の傷はほとんど完治していた。
砕けた骨は繋がり、体中の傷は塞がっている。
ただし、山川は首を傾げた。
彼がしたのは応急処置──傷の悪化を防ぐ程度のもの。決して傷を治すものではなかったのだ。
当然、軽い処置で傷が癒える訳がない。削板軍覇の怪我には、明らかに『説明できない力』が働いていた。
「じゃあな。治療の礼に、ここはオレの根性に任せとけ!」
「ちょっ、ちょっと待っ──⁉︎」
問答無用だった。
削板軍覇は救急車の後部を蹴り開け、『ヒーロー』の前に立ちはだかる。
立ちはだかる『ヒーロー』は一人ではない。
巨大なスピーカーを搭載したトレーラーの持ち主であり、自身もスピーカーを片手に携えた歌姫。
アスファルトの上をスキー板で滑るように移動する青年、コンクリートかと疑いたくなるほど重い竹刀を振るう剣道少女、カラフルな栞を指に挟んだ図書委員。
他にも、他にも、他にも、他にも、他にも。
世界を救うほどの可能性を秘めた『ヒーロー』。
そんな彼らを前にして、削板軍覇は不敵に宣戦布告した。
「見せてやるよ、根性なし。
「どうやら『流れ』は変わったみたいだね?」
統括理事さえ驚く逆転劇を見せてくれたのだ。
「……ふふ。そう、そうね。急造の『
「負け惜しみかい?」
「そっちこそ勝ったつもり? この程度、予想通りの想定外。言ったでしょう。どう足掻いても『流れ』は変わらない。
「目的──だって?」
「うふふ。良いわ、教えてあげる。伝説には目撃者がいなくちゃいけないものね?」
楽しそうに唇を歪め、薬味久子は手を広げる。
「今、学園都市では第八位を利用した『
「人の形をした虚数学区・五行機関……AIM拡散力場の塊」
「物知りね。そうよ、学園都市は第八位が生み出す『幽霊』……AIM拡散力場と相反する人型の高エネルギーを刺激として打ち込む事で、風斬氷華を生成しようとしている。──
「…………っ⁉︎」
薬味久子は
「今回の風斬氷華生成実験の核となるのは第八位の能力。言い換えれば、一人の少女が持つ
「きみは……何を望む?」
「勿論、
自分自身がAIM思念体となる。
アプローチこそ異なれど、最終目的は『原作』から変わりない。
わざわざ『
「精神の移植、なんて言うと大層よね? でも、こんなの何処にでもありふれているわ。人間っていうのは理不尽に直面すると、やがてその恐怖を避けるように努力を始める。虐待を受けた子供が親の顔色を伺うようにね。それってつまり、恐怖を与える側の思考パターンを習得するって事でしょう?」
「………………、」
「私はただ、私なりの陰謀で第八位を苦しませればいい。苦境、困難、理不尽……超えられない壁に直面した時、彼女は必ず私好みの進化を遂げる。
それで言うと、この『計画』が一番崩壊しそうだったのは第七位の介入だった。
薬味久子でさえ想定外のヒーローが
春暖嬉美には諦める事も、
ヒーローの誘導なんて、使わなくなった計画を再利用して継雲雷糸の部下を排除したに過ぎない。
邪魔が入らないのであれば何でもよかった。春暖嬉美の大切なものを誘拐し、彼女が誰の助けも借りられず一人で恐怖に直面する状況があれば何だって良かったのだ。
「言ったでしょう? あなたは囚われのお姫様をしているだけで良いの。
「待ってろ、雷糸。今行く!」
春暖嬉美はビルの屋上を蹴って空を駆ける。
継雲雷糸が攫われたという話は、スキルアウト達からの連絡で知った。
何となくだが居場所は分かる。
一度、生命力を提供する銀の糸で繋がったからだろうか? 細かい事は分からずとも、大まかな方角くらいは分かる。
あとは障害物を透過する
(大丈夫だ、焦んな。攫ったって事は、命が狙いなワケじゃねーな。まだ余裕はある)
しかし──
「初めまして、第八位。あたしと先生のために──死んでください」
「っ、不知火!」
春暖嬉美は反射的に叫んだ。
不知火。莫大なエネルギーの塊である『幽霊』が顕現する。
特別な攻撃は必要ない。
ただそこにいるだけで『幽霊』は人間を蝕む。
そして、
「
「がっ、ごば⁉︎」
ビルの屋上階から路地裏のアスファルトへと叩きつけられる。
ビルとビルの間に張られたビニールシート──人工衛星の監視から逃れるためにスキルアウトが設置した天幕──によって勢いが殺されていなければ、春暖嬉美は落下死していた事だろう。
敵は見覚えのない女だった。
それでいて、話には聞いていた女だった。
看護師。
胸の名札に書かれた『
(……ふざ、けんなよ)
嫌な予感がした。
そもそも、不知火を目にして立っている事がおかしい。
『
生き物も、機械も、『幽霊』には敵わない。
広域殺傷力だけならば
しかし、それでも。
『幽霊』が真正面から負けた者が一人だけ存在する。
春暖嬉美自身は対面していない。
あの事件の最中に居ても、彼女は『アレ』と出会っていない。
だが、分かる。
話を聞くだけで分かる。
春暖嬉美の力では、『アレ』には勝てない。
つまり、目の前のサイボーグが再現している能力とは──
「──
「見せてあげますよ、最強の力を。
第一位VS第八位。
少女は絶対不可能の恐怖に直面する。
《原作キャラ紹介コーナー》
▽
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
ヒーローの一人。上半身にビキニ、下半身にぶかぶかのズボンを着た少女。
▽紙袋を被ったバニーガール
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
ヒーローの一人。リュックサックのように背負われた水を詰めたタンクと繋がるホースが接続された薙刀を持つ。
▽スキー板で滑るように移動する青年
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
ヒーローの一人。能力か科学技術かは不明だが、芝生だろうとスキー板で滑るように移動する力を持つ。
▽剣道用の袴を履いた少女
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
ヒーローの一人。コンクリートかと疑いたくなるほど重い竹刀を振り回す。
▽カラフルな栞を指の間に挟んだわたし図書委員ですといった風情の少女
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
ヒーローの一人。能力か科学技術かは不明だが、栞をカミソリのように使う。