「誰、ですか?」
サイボーグ『
「通信機ですか? それともAI? どちらにせよ、第一位の能力は最強です。『反射』は誰にも破られない」
『いいや、私は最強の能力者とやらを殴り飛ばした少女を知っている。当然、「反射」を超えるなど容易い』
『原作』において、第一位の『反射』は何度か破られた。
『反射』をすり抜ける攻撃、『反射』の仕様を逆手に取る攻撃、そして──そもそも『反射』が上手く機能しない攻撃。
そう、即ち。
『────
それは塩化ナトリウム──『塩』の杭。
白い槍が人皮挟美に迫り、『
「…………は、」
ぬるり、と指先に引っかかったものが逃げていくような不可解な感触。
ベクトルへの干渉には成功した。
白い槍の攻撃は少女には当たらなかった。
だが、違う。これは、『反射』ではない。
『反射』が成功していれば、白い槍の軌道はひっくり返って、春暖嬉美の右手を貫いていたはずだ。
『当たらないか。だが、どうやら魔術を弾く角度は浅い。自然、威力が高まれば逸らしきれないだろう?』
「…………ッッッ⁉︎」
ゾッッッ、と機械の体に寒気が走る。
完全無敵で最強の第一位。
その圧倒的な全能感が、崩れ去る。
(距離をっ、距離を取らないと! あの白い槍だって射程に限りがあるはずっ!)
咄嗟に、人皮挟美は跳躍した。
近距離戦闘は分が悪いと考えて、都合の良い遠距離戦に持ち込むため。
──しかし、
『逃げるか? 俄然、燃えてきたとも。愕然としろ。我が錬金術、その真髄を見ろ!』
瞬間、光が噴き出す。
十字架を掴んだ春暖嬉美の右手。
そこから、何かが伸びていた。
それを一言で表すなら何だろう。
蛇、あるいはドラゴン?
それとも────
「……
(私一人が増えたところで、已然、状況は変わらないか)
大口を叩く態度に反して、アウレオルス=ダミーの思考は冷静だった。
自らの強さを過大にも過小にも評価する事なく、相手との戦力差を正確に測る。
(今の攻撃が私の最大出力。それが平然と逸らされた事実は釈然としないが……受け入れるしかない。
ダミーに高度な魔術は扱えない。
元々の機能として、単純な錬金術しか使えない。
事実、かつて『
今のダミーが扱える最大出力でさえ『反射』を超える事はできなかった。
今の彼は何の役にも立たない。彼の力では少女を救う事はできない。
(──だが、私
しかし。
それは、諦めの言葉ではなかった。
錬金術師は悲観に酔わない。
現状を正確に把握した上で、最も適した一手を打つ。
たった一言。
ダミーは告げる。
『──
瞬間、光が噴き出す。
春暖嬉美の右手、それが掴んだ十字架から。
「アルス=マグナ……だって?」
『ああ、世界を思い通りに歪める
「────ッ!」
『無限の魔力を回せ! 今この時ッ、私は貴様と共に戦う守護天使となろう‼︎』
ダミーには高度な魔術は使えない。
ならば、高度な魔術を扱える存在になればいい。
至極当然にして、あまりにも飛躍した結論。
天使になる、というのはアウレオルス=ダミーが語るほど容易ではない。大量の魔力があれば良いというモノでもない。
だが、ダミーは元より、基礎物質にケルト十字を利用した
これがもう一つの『
科学の街において、天使という名の権威はダミーにさえ手が届くモノへと落ちぶれた。
異型の肉体が構成される。
一般的なイメージとは異なり、人の形をした天使とは少ない。
元来、人ならざる天使とは異型の
それを見て、真っ先に天使を思い浮かべる者はそう多くない。
巨大な蛇。額には十字架が埋め込まれ、首から人間大の翼を生やした異型のドラゴン。
しかし、魔術的にドラゴンとは天使の暗喩として用いられる事もある。
即ち、
そう呼べるモノが、少女の右手に顕現した。
『一時的な変化に過ぎない。当然、貴様が供給する無限の魔力がなければ、私の肉体はすぐにでも霧散する』
「そォかよ。なら、さっさと済ませよォぜ」
春暖嬉美は右手を振るう。
それ自体には何の意味もない。
だが、少女の動きに合わせ、
「────え、」
一瞬にして、景色が
人皮挟美は急激な異変についていけない。
『「
塩の柱。
旧約聖書において、振り返るなという主の言いつけに背いた者が、塩の柱にされた伝説。
何の因果か、あの伝説は堕落都市ゴモラを焼き払った天使──『
『見るなのタブーというヤツだとも。何を唖然とする必要がある。見ただけで死ぬ呪いなど、当然、幽霊の不知火でよく知っているだろう?』
訳が分からない。
だが、理解するよりも早く状況は動く。
人皮挟美の──サイボーグの体すらも、徐々に塩に蝕まれていた。
「────ッ!」
『侵蝕が遅い、か。サイボーグに効きが悪いのか……? だが、問題はない。当然、貴様に勝ちの目はないのだから』
ビキビキビキビキッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
サイボーグの体は白に染まる。
全身が塩化ナトリウムに変換され、第一位の人体配線を再現した機構さえ破壊される。
(──ダメ。あたしが負けるのは良い。でもッ、先生の造ってくれた
カシャコン‼︎ と。
不気味な機械音が響く。
サイボーグの少女の背面が大きな花のように開き、折り畳まれていた複数の『編み棒』が飛び出す。
人体内部の配線が迅速に組み替えられる。それが意味するのは能力の換装。
(第一位では勝てない。ならばッ、別の
勝負は一瞬。
第一位の『反射』は人皮挟美にとっても生命線。第八位の『幽霊』はサイボーグにとっては天敵に近い。
ほんの一瞬でも能力を切り替える事は、自ら命綱を切り捨てる事と同義だ。
だが、このまま迷っていては全身を塩化ナトリウムに変換されて敗北する。
故に、少女は選んだ。僅かなダメージを許容して、勝利のために賭けに出る事を!
『幽霊』によって機械がエラーを吐くよりも早く、人体の配線は切り替わる。
少女は『
────その、寸前。
「う、おおオオオオオオオオオオオオオっ‼︎」
男。ジャージ。茶髪。
サイボーグの眼球に埋め込まれた高精度のカメラが、乱入者の姿を捉える。
見覚えのある少年だった。確か、その名前は──
「──
人皮挟美の声がひっくり返る。
それはかつて見逃した矮小な誤差。
放置していても、何の影響もないと想定した
いや、今だってその評価は変わらない。
浜面仕上は何もできない。
なのに、無視できない。
どうしてか、少年から目を離せない。
命を危機を前にして恐怖し、その恐怖を抑えて走る少年の必死の形相が目に焼き付いて離れない。
(俺は……ヒーローなんかじゃない。さっき出会ったばっかのヤツのために、命は捨てられない)
実際に、人皮挟美の目を引いていたのは、浜面仕上の顔ではなかった。
スキルアウトは学園都市の行政から目を盗んで悪事を働く武装集団であり、監視カメラの誤魔化し方はいくらでも知っている。
だからこそ、少年は逆に、
サイボーグは肉体という外の補強だけではなく、精神という内側の補強するマインドサポートも兼ね備える。肉体の大半を機械に置換した少女であれば尚更だ。
人皮挟美は常に機械からのマインドサポートを受けている。本来ならば人間という弱みを捨てるための機能なのだろうが、今回はそれが逆に隙となる。
スキルアウト達の手にはシルバークロースの遺産──マインドサポートの機能を持った『
実際に搭乗していた彼らには、機械特有のマインドサポートの癖が身に染みている。故に、ほんの一瞬のみ相手の目線を手繰り寄せる事ができた。
(だから、これは俺のためだ。誰かのためじゃない。俺が今度こそッ、誇れる俺であるために!)
同じスキルアウトの
手品で言う所のフェイク。派手で目立つ不自然な衣装で周囲の注目を集め、意識的に死角を作る作戦の要。
しかし、逆に言えば、敵からの攻撃も最も集中する使い捨ての立場。
少年はほんの一瞬のために、自分自身の矜持のために、命を賭けた蛮行を為す。
人皮挟美には分からない。
能力が全ての価値だと思い込んだ少女には、無価値な少年の奮起を理解できない。
だが、春暖嬉美は違う。
だから、少女は笑った。
どこか信頼さえ感じられるような、柔らかい笑みを浮かべた。
(ハッ、信頼?
信頼。期待。
そんなの、スキルアウトの自分には似合わない言葉だと自嘲しながら。
浜面仕上は、震える足を踏み締めて走る。
「楽勝だぜ、
直後。
ゴキン! と、
当然の結末。
浜面仕上は何の力もないただの
そもそもの話、能力を使うまでもなく普通の少年はサイボーグには勝てない。これはただ、そういう話。
横殴りの掌が浜面仕上の顔面を抉る。
右耳が引き千切れ、宙に鮮血が舞う。
機械の想定に間違いはなかった。
浜面仕上は脅威にはならない。
(こんなものに拘泥している暇はない! 早くっ、第二位の『
しかし、忘れてはならない。
浜面仕上が無力でも。
どれだけ矮小な存在だったとしても。
バグというのは、たった一匹の虫が機械の中に紛れ込む事で引き起こされる。
「
サイボーグ『恋査』の機能は第一位から第六位までの
半径二〇〇メートル以内の任意の能力者から自在に能力を引き出す事も可能。
だから、そこを突いた。
精密機械を使わないと分からない程の微弱な力ではあるが、能力自体は持っている。
戦いにおいては何の意味もない力ではあるが、だからこそ、今この一瞬においては切り札へ変貌する。
「
無論、ほんの一瞬の隙が生まれた所で浜面仕上には何もできない。
能力がなくてもサイボーグの
そもそも、二度も同じ手が通じるとは思えない。これは一度きりの切り札。浜面仕上が稼げるのはこの一秒間だけ。
だが、
「サイッコーの戦果だぜッ、浜面仕上!」
ほんの一瞬の隙が、この瞬間においては致死。
浜面仕上に大した力はない。
世界を守ったり壊したりするような力はない。
彼は何処にでもいるちっぽけな小市民に過ぎない。
でも、それでも。
戦力が拮抗した
(力がなくても、あたしも、あんな風になれたのかな────)
眩しさに、少女の目は眩む。
人皮挟美と同じ──いや、もっと悪い境遇の中で、必死に足掻く少年に心を掴まれる。
今度こそ、マインドサポートの誤作動ではない。人皮挟美の目が、少年から離せない。
浜面仕上は自分はヒーローではないと語る。
でも、少女にとって、彼は紛れもなくヒーローだった。
直後の事だった。
『反射』を失ったサイボーグに、『幽霊』と