食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第六話 覚醒する能力者 Call_“White”.

 

 

『うーん、ピッキングとかは無理そうかな』

 

 『物的読心(プリセット07)』。右手の指メガネから瞳を覗かせて、裏口の扉にこべりついた残留思念を読み取る。

 

『解錠方法は職員に配られたIDカードと、IDカードを扉を押し付けた時に調べられる指先の微振動パターンの照合。鍵と職員、そのどちらもが揃ってないと開けられないね』

「そうでもねーさ」

『もしかして、蹴破るつもりかな? これは地下シェルターにも使われるような重い金属の扉だから、難しいと思うけれど……』

「いいや、もっとスマートにいこう」

 

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)はギザギザの歯を見せつけて笑い、冷たい金属の扉に手を当てた。

 

「厳重なセキュリティは良いけどな、もしも中で火事が起こったらどうすんだ? 近くに職員がいなかったり、手元にIDカードが無かったら? 安心安全を提供する扉が一変、人を閉じ込めて蒸し焼きにする蓋に様変わりだ」

『……つまり、熱を感知すると自動で開くと?』

「水族館みたいな客商売なら尚更だ。特別な研究成果のあるような施設とは違う。コイツは安心を提供するためのサービスであって、実際のセキュリティは重要視されてねーんだよ」

 

 そう言うと、掌から熱エネルギーが放射された。

 無意識に垂れ流される莫大なエネルギーを、『洗脳能力(プリセット03)』を応用して熱エネルギーに加工したのだ。

 

 ガチャリ、と呆気なく扉が開く。

 同時、静まり返った水族館の天井でスプリンクラーが作動した。

 

『あれー、これ不法侵入したのがバレバレなんじゃ……』

「それは仕方ねーよ」

『やばいやばい! このままじゃ警備員(アンチスキル)が来る!』

「いや? ここを根城にしてる蠢動俊三(しゅんどうとしぞう)とかには気付かれても、ソイツはスプリンクラーの誤作動とでも誤魔化して通報はしねーだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 幸い、既に『天体水球(セレストアクアリウム)』は閉館時間を過ぎている。

 来場者のいない今、騒動が起こる事はない。

 

 しかし、一方で。

 人目につかないという事は、蠢動俊三の企みを邪魔する者もいないという事である。

 

『……来たよ。()()()()()()()()()!』

 

 それは一メートルほどのロボットだった。

 二本の腕と四本の脚が生えたドラム缶のような機体と、そこに取り付けられた各種センサーはまるで顔のようにも見えた。

 

 遠隔操作でもなく、プログラムされたAIによって自律戦闘を行う無人兵器。

 故に、僕の能力も効かない。完全な天敵。

 

「……よりにもよって、衛士ロボ(スプリガン)か」

『あれは確か、君の記憶で見た……』

「拘束しかできないようにプログラムされたロボットだ。オレたちを生け取りにするつもりだろーが、楽勝だな」

 

 それは白絹仄火(しらきぬほのか)が死んだ日に見たものと同じモデル。

 春暖嬉美にとっての悪夢(トラウマ)の象徴。

 

 それを、超える。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 直後、カウボーイみたく手から拘束用ロープを射出しようとしていた衛士ロボ(スプリガン)の視界は真っ白に染まった。

 センサーを潰されたAIが致命的なエラーを吐く。しかし、一瞬でそのエラー音も止まった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 轟! と酸素を喰らった炎が爆発する。

 それは、眩い白色の炎だった。

 春暖嬉美の掌から放たれた炎は、衛士ロボ(スプリガン)を軽々しく吹き飛ばして粉砕する。

 

「……これが、オレの力……」

『ブラックホールから汲み上げたエネルギーを、熱エネルギーに変換した。扱いにはくれぐれも注意してくれ』

「ああ、ありがとな」

 

 そこで、僕の索敵に新たな敵が引っかかる。

 能力を使った索敵ではない。壁を通り抜ける亡霊としての性質を利用した索敵だ。

 

『後方注意!』

「分かってる」

 

 衛士ロボ(スプリガン)の拘束ロープを躱し、振り向きざまに胴体部分に手を触れる。

 内側から炎が回路を溶かし、断線によって機能が停止する。

 

『追加で三機来るよ!』

「了解。速攻で終わらせる」

 

 衛士ロボ(スプリガン)が姿を見せるよりも早く、兵器が潜む壁を手で触れる。

 その触れた軌跡(ライン)をなぞるように炎が炸裂し、壁越しに爆発が衛士ロボ(スプリガン)を呑み込んだ。

 

 瞬殺。

 その一言が脳裏に浮かぶ。

 

『え、えーと、能力を使った戦闘は今日が初めてだよね……?』

「慣れてきた」

『ええ……?』

 

 それはただ熱エネルギーを放射しただけの単純な能力。発火能力者(パイロキネシスト)にとっては初歩中の初歩に過ぎない。

 しかし、その威力には目を見張るものがあった。大能力(レベル4)クラスはあると思われる爆発。

 そして、何よりも驚嘆すべきはその持続力。

 

 

「──『無限動力(ホワイトホール)』、とでも名付けるか」

 

 

 精密に炎を操れる訳じゃない。

 炎の出力にだって限りはある。

 ()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今なお燃える炎を眺めていると、スプリンクラーによって徐々に元の暗い館内が取り戻されていく。

 

『最初はどうかと思ったけど、こうやって炎がすぐに鎮火するのを見るとスプリンクラー様々だね』

「制服がビチョビチョになるのはウザってーけどな」

 

 カツカツ、と静まり返った館内を進む。

 暗い館内は夜の病院よりもよほど気味が悪かった。

 

「目指す先は最上階だったよな?」

『そうだけど……エレベーターは使えないよ。どんな細工をされているか分からない。行くとしたら非常階段かな』

「そんな見え透いた道にトラップが仕掛けられてないとは思えねーけど」

『だけど、どうする? エレベーターもダメ、階段もダメ。でも、他に最上階に進む方法があるとでも?』

「…………蠢動俊三(しゅんどうとしぞう)とやらがシャチの見た目をしているのは確かなんだな?」

『う、うん』

 

 『暗闇の五月計画』の研究所を脱出してから少年院で保護されるまでの数年間、春暖嬉美は路地裏で過ごしていた。

 故に、彼女は『裏』でのやり口を少しだけ学んでいる。

 

「っつー事は、ヤツは『天体水球(セレストアクアリウム)』から動けない。侵入にどれだけ時間をかけても構わないっつーわけだ」

『僕らの体力を考えると、早めに済ますに越した事はないけどね』

「……よし、決めた」

 

 春暖嬉美は来た道を戻り、入ってきた扉の先を指差した。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 その一部始終を、監視カメラで覗いていた男がいた。

 

(侵入者が外へ出た……? 怖気ついて逃げたか?)

 

 『天体水球(セレストアクアリウム)』、最上階。

 この水族館の大目玉であるドーナツ状の巨大水槽と、頭上一面すら膨大な海水で覆ったガラス張りの天井。月明かりが水面に揺らめく、光の芸術の下。

 青に埋め尽くされた世界で、『そいつ』は優雅に泳いでいた。

 

(これでは大した騒動にはならんか。わざわざ周囲から人気(ひとけ)を失わせる必要はなかったな)

 

 白と黒で彩られた全長五メートルを超す巨体。

 天敵を持たない海の王がそこには君臨していた。

 

 何を隠そう、その男こそが蠢動俊三。

 自分の脳をバラバラに分解し、『人間を人間にしている最低限の部位』をシャチの脳に組み込み、人間を超えた怪物へと突然変異した者。

 食蜂操祈(しょくほうみさき)を殺してでも『心理掌握(メンタルアウト)』を奪い取ろうと企み、かつて学園都市統括理事長の命で爆殺されたはずの男の成れの果て。

 

(……だが、そもそもこの女はなぜ『天体水球(セレストアクアリウム)』に侵入した? 此処には奪い取る価値のある研究成果も、遊んで暮らせる多額の富も存在しない。だからこそ「俺」が潜伏場所として選んだのだ。捕まる危険を冒してまで侵入するメリットがあるとは思えないが──)

 

 亡霊なんて存在が想像できるはずもない蠢動俊三は、無意味な思考を重ねていく。

 しかし、彼の思考はそこで途切れた。

 

 

 ()()()‼︎ ()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『な、ん……⁉︎』

 

 窓や瓶など薄いものしか知らない者は分からないかもしれないが、ガラスというものは案外硬い。

 しかも、水槽に使われているのは拳銃でも撃ち抜けないような分厚い強化ガラスだ。殴った所で、殴り付けた拳が先に壊れるのがオチだ。

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「戦闘音を聞かれるのを避けたのか? 周囲から人気(ひとけ)はなくしたのは失敗だったな。隣のビルにいたはずの人までいなくなっていた。お陰でトラップのないエレベーターで悠々と屋上まで上がれたぜ」

『貴様、まさか……隣のビルの屋上から飛び移ったとでも……っ⁉︎』

「ビル間の距離はせいぜい五メートル。オレの走り幅跳びの成績と、炎の爆発による加速を合わせたらそれくらい余裕だな」

『な……っ、は……⁉︎』

 

 パクパクと言葉を失う海の王。

 その口の動きと連動するように、館内のスピーカーも壮年の渋い声で狼狽えた声を発する。

 

 実際、少女が言うほど簡単な事ではなかった。

 走り幅跳びと言っても、地面の上で行った記録を地上一〇〇メートルで出せるわけがない。人間とはそもそも落下への恐怖を抱いているが故に、意識せずとも地上一〇〇メートルでは膝が震えてしまう。そのような状況で、地上と同じポテンシャルを発揮できる訳がない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あとは強化ガラスを『無限動力(ホワイトホール)』で砕き、水槽内の水で着地の衝撃を殺せばいい。

 

『なん、だ……貴様は⁉︎ 何が目的だ⁉︎』

「オレの名前は春暖嬉美。目的はただ一つ」

 

 空色の髪を(なび)かせた少女、春暖嬉美。

 彼女は海の王へ向かって宣言する。

 

食蜂操祈(しょくほうみさき)を返してもらう」

 

 この時、彼女は二種類の返答を予測していた。

 食蜂操祈の誘拐を気づかれた事に動転するか、あるいは冷静に知りすぎた自分を殺害しようとするか。

 たとえどちらの返答だとしても、相手は一瞬だけ食蜂操祈の隠し場所を意識する。その動揺を見抜いて、食蜂操祈の位置を探ろうと考えていた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『──ははっ、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼︎』

 

 ()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……何がおかしい」

『何がおかしい、だって? これが笑わずにいられるか⁉︎ よもやこんな……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────は?」

 

 直後、ドーナツ状の水槽に画像が浮かぶ。

 この強化ガラスは水槽であると同時に、ディスプレイでもあったようだ。

 

『ああ、認めよう。「俺」は食蜂操祈の身柄を狙っている。殺してでも、「心理掌握(メンタルアウト)」を強奪したい。()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 春暖嬉美はその画像の少女に見覚えがあった。

 蜂蜜色の長い髪に、人形のように整った顔立ちの少女。いつも見ている緑色の手術衣とは違い、画像の中の少女は常盤台中学の制服を着ている。

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『しかし、誓って言おう。「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

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 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………な、にが」

『何処で食蜂操祈がこのビルにいるという情報を手に入れたのかは知らないが、それは勘違いだ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 再び、ディスプレイに画像が表示される。

 こちらはよく見知った少女だった。

 緑色の手術衣に身を包み、寝台(ベッド)の上で眠っている少女。中学一年生の食蜂操祈によく似た姿。

 

 海の王はつまらなそうに溜息を吐いた。

 

『これは食蜂操祈のDNAを採取して、「俺」が創り出した()()()()。「心理掌握(メンタルアウト)」には到底及ばない、出来損ないの安価個体(ライトパッケージ)

 

 そう、即ち。

 

 

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