『うーん、ピッキングとかは無理そうかな』
『
『解錠方法は職員に配られたIDカードと、IDカードを扉を押し付けた時に調べられる指先の微振動パターンの照合。鍵と職員、そのどちらもが揃ってないと開けられないね』
「そうでもねーさ」
『もしかして、蹴破るつもりかな? これは地下シェルターにも使われるような重い金属の扉だから、難しいと思うけれど……』
「いいや、もっとスマートにいこう」
「厳重なセキュリティは良いけどな、もしも中で火事が起こったらどうすんだ? 近くに職員がいなかったり、手元にIDカードが無かったら? 安心安全を提供する扉が一変、人を閉じ込めて蒸し焼きにする蓋に様変わりだ」
『……つまり、熱を感知すると自動で開くと?』
「水族館みたいな客商売なら尚更だ。特別な研究成果のあるような施設とは違う。コイツは安心を提供するためのサービスであって、実際のセキュリティは重要視されてねーんだよ」
そう言うと、掌から熱エネルギーが放射された。
無意識に垂れ流される莫大なエネルギーを、『
ガチャリ、と呆気なく扉が開く。
同時、静まり返った水族館の天井でスプリンクラーが作動した。
『あれー、これ不法侵入したのがバレバレなんじゃ……』
「それは仕方ねーよ」
『やばいやばい! このままじゃ
「いや? ここを根城にしてる
幸い、既に『
来場者のいない今、騒動が起こる事はない。
しかし、一方で。
人目につかないという事は、蠢動俊三の企みを邪魔する者もいないという事である。
『……来たよ。
それは一メートルほどのロボットだった。
二本の腕と四本の脚が生えたドラム缶のような機体と、そこに取り付けられた各種センサーはまるで顔のようにも見えた。
遠隔操作でもなく、プログラムされたAIによって自律戦闘を行う無人兵器。
故に、僕の能力も効かない。完全な天敵。
「……よりにもよって、
『あれは確か、君の記憶で見た……』
「拘束しかできないようにプログラムされたロボットだ。オレたちを生け取りにするつもりだろーが、楽勝だな」
それは
春暖嬉美にとっての
それを、超える。
「
直後、カウボーイみたく手から拘束用ロープを射出しようとしていた
センサーを潰されたAIが致命的なエラーを吐く。しかし、一瞬でそのエラー音も止まった。
轟! と酸素を喰らった炎が爆発する。
それは、眩い白色の炎だった。
春暖嬉美の掌から放たれた炎は、
「……これが、オレの力……」
『ブラックホールから汲み上げたエネルギーを、熱エネルギーに変換した。扱いにはくれぐれも注意してくれ』
「ああ、ありがとな」
そこで、僕の索敵に新たな敵が引っかかる。
能力を使った索敵ではない。壁を通り抜ける亡霊としての性質を利用した索敵だ。
『後方注意!』
「分かってる」
内側から炎が回路を溶かし、断線によって機能が停止する。
『追加で三機来るよ!』
「了解。速攻で終わらせる」
その触れた
瞬殺。
その一言が脳裏に浮かぶ。
『え、えーと、能力を使った戦闘は今日が初めてだよね……?』
「慣れてきた」
『ええ……?』
それはただ熱エネルギーを放射しただけの単純な能力。
しかし、その威力には目を見張るものがあった。
そして、何よりも驚嘆すべきはその持続力。
「──『
精密に炎を操れる訳じゃない。
炎の出力にだって限りはある。
今なお燃える炎を眺めていると、スプリンクラーによって徐々に元の暗い館内が取り戻されていく。
『最初はどうかと思ったけど、こうやって炎がすぐに鎮火するのを見るとスプリンクラー様々だね』
「制服がビチョビチョになるのはウザってーけどな」
カツカツ、と静まり返った館内を進む。
暗い館内は夜の病院よりもよほど気味が悪かった。
「目指す先は最上階だったよな?」
『そうだけど……エレベーターは使えないよ。どんな細工をされているか分からない。行くとしたら非常階段かな』
「そんな見え透いた道にトラップが仕掛けられてないとは思えねーけど」
『だけど、どうする? エレベーターもダメ、階段もダメ。でも、他に最上階に進む方法があるとでも?』
「…………
『う、うん』
『暗闇の五月計画』の研究所を脱出してから少年院で保護されるまでの数年間、春暖嬉美は路地裏で過ごしていた。
故に、彼女は『裏』でのやり口を少しだけ学んでいる。
「っつー事は、ヤツは『
『僕らの体力を考えると、早めに済ますに越した事はないけどね』
「……よし、決めた」
春暖嬉美は来た道を戻り、入ってきた扉の先を指差した。
「
その一部始終を、監視カメラで覗いていた男がいた。
(侵入者が外へ出た……? 怖気ついて逃げたか?)
『
この水族館の大目玉であるドーナツ状の巨大水槽と、頭上一面すら膨大な海水で覆ったガラス張りの天井。月明かりが水面に揺らめく、光の芸術の下。
青に埋め尽くされた世界で、『そいつ』は優雅に泳いでいた。
(これでは大した騒動にはならんか。わざわざ周囲から
白と黒で彩られた全長五メートルを超す巨体。
天敵を持たない海の王がそこには君臨していた。
何を隠そう、その男こそが蠢動俊三。
自分の脳をバラバラに分解し、『人間を人間にしている最低限の部位』をシャチの脳に組み込み、人間を超えた怪物へと突然変異した者。
(……だが、そもそもこの女はなぜ『
亡霊なんて存在が想像できるはずもない蠢動俊三は、無意味な思考を重ねていく。
しかし、彼の思考はそこで途切れた。
『な、ん……⁉︎』
窓や瓶など薄いものしか知らない者は分からないかもしれないが、ガラスというものは案外硬い。
しかも、水槽に使われているのは拳銃でも撃ち抜けないような分厚い強化ガラスだ。殴った所で、殴り付けた拳が先に壊れるのがオチだ。
「戦闘音を聞かれるのを避けたのか? 周囲から
『貴様、まさか……隣のビルの屋上から飛び移ったとでも……っ⁉︎』
「ビル間の距離はせいぜい五メートル。オレの走り幅跳びの成績と、炎の爆発による加速を合わせたらそれくらい余裕だな」
『な……っ、は……⁉︎』
パクパクと言葉を失う海の王。
その口の動きと連動するように、館内のスピーカーも壮年の渋い声で狼狽えた声を発する。
実際、少女が言うほど簡単な事ではなかった。
走り幅跳びと言っても、地面の上で行った記録を地上一〇〇メートルで出せるわけがない。人間とはそもそも落下への恐怖を抱いているが故に、意識せずとも地上一〇〇メートルでは膝が震えてしまう。そのような状況で、地上と同じポテンシャルを発揮できる訳がない。
あとは強化ガラスを『
『なん、だ……貴様は⁉︎ 何が目的だ⁉︎』
「オレの名前は春暖嬉美。目的はただ一つ」
空色の髪を
彼女は海の王へ向かって宣言する。
「
この時、彼女は二種類の返答を予測していた。
食蜂操祈の誘拐を気づかれた事に動転するか、あるいは冷静に知りすぎた自分を殺害しようとするか。
たとえどちらの返答だとしても、相手は一瞬だけ食蜂操祈の隠し場所を意識する。その動揺を見抜いて、食蜂操祈の位置を探ろうと考えていた。
『──ははっ、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼︎』
「……何がおかしい」
『何がおかしい、だって? これが笑わずにいられるか⁉︎ よもやこんな……
「────は?」
直後、ドーナツ状の水槽に画像が浮かぶ。
この強化ガラスは水槽であると同時に、ディスプレイでもあったようだ。
『ああ、認めよう。「俺」は食蜂操祈の身柄を狙っている。殺してでも、「
春暖嬉美はその画像の少女に見覚えがあった。
蜂蜜色の長い髪に、人形のように整った顔立ちの少女。いつも見ている緑色の手術衣とは違い、画像の中の少女は常盤台中学の制服を着ている。
『しかし、誓って言おう。「
「…………な、にが」
『何処で食蜂操祈がこのビルにいるという情報を手に入れたのかは知らないが、それは勘違いだ。
再び、ディスプレイに画像が表示される。
こちらはよく見知った少女だった。
緑色の手術衣に身を包み、
海の王はつまらなそうに溜息を吐いた。
『これは食蜂操祈のDNAを採取して、「俺」が創り出した
そう、即ち。
『