食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第七話 ニセモノの少女 Counterfeit.

 

 

『食蜂操祈のニセモノだ』

 

 

 蠢動俊三(しゅんどうとしぞう)のその言葉を聞いた時、僕は驚愕よりも先に納得していた。

 いくつかの違和感が解消されたからだ。

 

 例えば、ハンガーにかかった常盤台中学の制服。

 思い出してみると、あれはあまりにも新品すぎやしなかったか? まるで一度も使われた事がなかったかのように。

 

 例えば、銀色の糸に伝わらないエピソード記憶。

 あれは記憶が消去されたからではなかった。そもそも、記憶するエピソードがなかった。彼女はこの世に生まれてから一度も目を覚ましていなかったんじゃないのか?

 

 例えば、僕が使った能力の強度(レベル)

 手元にリモコンがなかったのだとしても、僕はせいぜい強能力(レベル3)程度の力しか発揮できなかった。それは僕が能力の本当の持ち主じゃないからだと考えていたが、元からこの能力は強能力(レベル3)だったんじゃないのか?

 

 例えば。

 例えば。

 例えば。

 例えば。

 

 思いつく例に限りはない。

 そして、それら全てがこう指し示していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

食蜂操祈(しょくほうみさき)のクローンという発想自体は何年も前から存在していた。主要なものは「食蜂岬計画(プロジェクト=ケープ)」か』

「…………、」

『単為生殖によってクローンの働きバチを量産するというケープミツバチの生態を参考にしたプロジェクトだ。精神系能力者の量産というワードには心惹かれるものがあるだろう?』

「そ、んなもんが……」

『残念ながら、同時期に進められていた量産型能力者(レディオノイズ)計画の頓挫と共に消え去ったものだがね。……あるいは、この街の王が二つの計画のバッティングを恐れて潰したものかもしれないが』

 

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)は蠢動が口走った言葉全てを理解できたわけじゃない。

 所々知らない固有名詞が存在した上、相手は説明する気もなさそうだった。

 

 それでも。

 僕が食蜂操祈ではない事は理解したのだろう。

 

『この安価個体(ライトパッケージ)はその流用だ。……とは言っても、単価はそれほど高くない。「上」に見つからない事を優先したため、安い機材しか使えなかったのだよ』

「…………オ、マエ」

『それに、常盤台中学はDNAを採取できないほどに警備が厳重だ。散髪すらも指定の美容院でさせる程にな。だから「俺」も「才人工房(クローンドリー)」時代の劣化したDNAしか使えなかった』

 

 水槽のディスプレイに少女の姿が映し出される。

 綺麗な食事の製造工程がグロテスクなように、工芸品みたいに美しい少女の顔を見てももはや(おぞ)ましさが湧いてくる。

 

『このクローンの検体番号(シリアルナンバー)は九九号。……ああ、誤解するなよ? 九九体のクローンがいるのではなく、九九回繰り返してようやくクローンを一体作成できたという訳だ』

「…………っ⁉︎」

『まあ、クローンとは言ってもオリジナルには到底及ばない劣化品だがね。能力の強度(レベル)はAIM拡散力場から鑑みて強能力(レベル3)程度、しかも一度も意識が目覚めない出来損ないときた。作る前から分かってはいたが、やはり「俺」も落胆を隠せなかったよ』

「だったらッ、何で作りやがった……‼︎」

 

 吠える春暖嬉美に、海の王は嫌らしく笑う。

 野生動物にはできない、人間の表情(かお)だった。

 

 

()()()()()、「()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 シャチの笑みと連動するように。

 館内のスピーカーから響く声も楽しげに嗤う。

 

『「外装代脳(エクステリア)」と呼ばれる物がある。食蜂操祈の大脳皮質の一部を切り取り、培養・肥大化させた巨大脳。「才人工房(クローンドリー)」の技術の結晶だとも』

「…………は?」

『現在は食蜂操祈専用の能力を増幅させるブースターとして用いられているが、本来ならあれは登録さえしてしまえば誰にでも使えるものだ。分かるか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────」

 

 春暖嬉美は言葉を失う。

 誰も彼もが他者を洗脳できるようになる。

 それが善人だったら別に良い。だけど、悪人が持ったらどうなるか。目も当てられないような災害が起こるに違いない。

 

『とは言っても、そう簡単に登録できるものでもない。学園都市の何処かに隠された「外装代脳(エクステリア)」を見つけ出し、時間のかかる煩雑な手続きを行って初めて登録が可能となる』

「だったら……」

()()()! ()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 そこで、僕は蠢動俊三が言いたい事に気が付いた。

 春暖嬉美はまだ理解できないだろう。僕も『外伝』の知識があって初めて理解できた事だ。

 

 そう、思い出せ。

 『外伝』において、『外装代脳(エクステリア)』は乗っ取られた。

 あれはどんな理屈だったか。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎』

 

 

 そのためのクローン。

 そのための安価個体(ライトパッケージ)

 

『「俺」は自らの脳をバラバラに分解して、このシャチの脳に組み込んだ。それと同じように、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……おぇ」

『あるいは逆に、クローンの脳を「俺」に組み込むか。今更子供の肉体に戻るのもつまらん。やはり着るものには気を配らなくては人間ではないからな』

 

 蠢動俊三が少女の肉体に入り込む光景を思い浮かべたのか、春暖嬉美は気持ち悪そうに口元を抑える。

 

『まあ、この計画は失敗したがな。元のDNAが劣化しすぎていたのか、それともまた別の問題があったのか。作ったクローンは未だ目を覚まさず、原因を特定できないんじゃ「俺」の脳を組み込むリスクも冒せない』

「…………、」

『結局、「俺」の求める「理想の人間」は創り出せなかったという訳だ。……だが、ようやく希望が見えてきた』

「…………何?」

『ここまで長々と説明してやったのは何のためだと思っている? お前の発言、そして何度も逸れて虚空を見つめる視線を追えば状況は理解できる。()()()()()()()()()()()()()()()()?』

「…………ッ‼︎」

 

 僕の存在がバレたか。

 だったら、もう隠れる必要はない。

 指メガネの中に蠢動俊三の姿を収め、手っ取り早く会話を終わらせようとして──

 

 

 ──()()()()()()()()()()

 

 

『ふむ、数値に変化があった。やはりそこにいたのか、クローン』

『なっ⁉︎ この、感覚は……⁉︎』

『精神から肉体を切り離し、幽体離脱をやって自律させるとはな。一体何処からそのアプローチを……そうか、思い出したよ。確か「才人工房(クローンドリー)」の頃にも幽体離脱の能力者が存在したな』

「な、んだ? 何があった⁉︎」

『「俺」の記憶を読んで学んだとなればまだ納得はできる。……そもそも、逃げるという発想が何処から生じたのかという疑問は残るがな』

 

 いや、厳密には不発ではない。

 能力の照準が狂い、効果が正常に発揮しない。

 

 『心理掌握(メンタルアウト)』を始めとした精神系能力は、正確には『ミクロレベルの水分操作』によって間接的に精神に干渉する。脳内物質の分泌や血液・髄液の配分の制御など、脳内の水分を精密かつ繊細に動かすからこそ精神干渉は機能する。

 しかし、逆に言ってしまえば、その繊細さが失われれば精神干渉は何も引き起こさない。

 

『何だ? 能力が使えない事が不思議か? だが、「俺」が能力者の前に無防備で立つ訳がないだろう?』

「な、にを……」

A()I()M()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()

 

 ……少年院時点で、僕にAIMジャマーは効かなかった。だが、それは僕の本体(からだ)がAIMジャマーの範囲下にいなかったからだ。

 僕の肉体(からだ)が眠るこの場所において、僕もまた能力の行使を封じられた。……それでも幽体離脱したままなのは、これが正真正銘のオカルトだからなのだろうか。

 

『では、取引をしよう。クローンを寄越せ』

「…………っ⁉︎」

『対価は払おう。何なら「心理掌握(メンタルアウト)」の使用権を貸してやっても構わないぞ?』

『……此処は一旦従うんだ。能力が使えない僕らじゃ彼には敵わない。勝ったところで、もはや食蜂操祈の庇護は得られない。君が戦う理由なんて一つもない!』

『何を迷っている? それは人間ではない。ただの作り物、紛い物の偽物(クローン)だ。何を悩む必要がある。名前もないモノになぜ固執する? 何なら代わりのモノを造ってやろうか?』

 

 内と外、味方と敵。

 両者から同時に諦めを促され、春暖嬉美は顔を顰めた。

 

「……それは、オレが望む結末(みらい)じゃねぇ」

 

 結局。

 クローンだとか、ニセモノだとか。

 そんな事は春暖嬉美にとってはどうでもよかった。

 

「ニセモノとかホンモノとか関係ねーんだよ」

『…………春暖嬉美くん』

「コイツはコイツだ。名前なんて必要ねぇ。それさえ分かってりゃ、コイツを助ける事に理由はいらねぇ」

 

 対して、蠢動俊三はつまらなそうな表情(かお)で嘲笑った。

 

『交渉決裂か。では、存分に痛め付けさせてもらおう。貴様が瀕死になれば、クローンも観念して姿を現すだろう』

「やってみやがれ。何が海の王者だ。オマエは水槽の外を知らない井の中の蛙だろうが‼︎」

『……死体の原型が残らなくても文句は言うなよ!』

 

 バシュシュ‼︎ と凄まじい音が炸裂した。

 ジェット噴射のような轟音。その音源は、十字状に配置された四つの出入り口から転がってきた、直径二メートルほどの巨大な球体の群れ。

 球体の表面を囲む三二ヶ所の深い穴から強力な噴射を行なって、一トン以上ある超重量を宙へ浮かばせている。

 

『「鋼の臼歯(モラトゥース)」。「俺」はそう呼んでいる』

 

 何処にそんな空間(スペース)があったのか、数は全部で三〇基。

 建物ごと潰して均す超重兵器が、春暖嬉美を逃がさないように取り囲む。

 

『簡単に言えば、破砕用のクレーン鉄球を自由自在に振り回せるようなものだ。単純な質量兵器としてだけでなく、銃弾から身を守る分厚い球体状の盾としても使えて重宝しているよ』

 

 それだけじゃない。

 圧倒的な鋼の塊は見る者に圧迫感を与え、戦うまでもなく戦意を削り取る。

 

「…………、」

『何だ、怖くて声も出ないのか? それとも警備員(アンチスキル)が駆け付けてくれるとでも期待しているのか。無駄だ。奴らに「俺」は殺せない。能力の使えない貴様もまた「俺」には敵わない』

「馬鹿が。勘違いしてるぜ、オマエ」

『…………何?』

()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()

 

 春暖嬉美は掌をかざす。

 まるで、封じられた能力を発動するみたいに。

 

『────ま、さか』

『待て! 嬉美(きみ)‼︎』

「…………後は任せたぜ」

 

 

 ()()()()‼︎‼︎‼︎ ()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 爆発は戦車砲すら受け流す『鋼の臼歯(モラトゥース)』を簡単に吹き飛ばした。内部の回路が融け出し、もう宙に浮く事はできない。

 そして、水槽の強化ガラスすらも粉々に砕け散った。上下左右を囲む水も漏れ出し、フロア全体が巨大なプールとなった。

 

『…………チッ、破れかぶれの自爆か。だが、無意味だったな。「俺」には傷一つ付いていない』

 

 一方で、爆発の中心地(グラウンド・ゼロ)にいた春暖嬉美は無事では済まない。

 制服のあちこちが燃え、肌にも火傷があるが、そもそもあの距離で爆発に巻き込まれて五体満足な時点で奇跡としか言いようがなかった。彼女は制御しきれなかった爆風に吹き飛ばされ、衝撃によって気絶している。

 

 蠢動俊三はプールとなったフロアを優雅に泳ぐ。

 『鋼の臼歯(モラトゥース)』が破壊されたからと言って、彼が追い詰められた訳じゃない。少女の一人や二人、海の王たる彼の身体能力を発揮すれば一瞬で喰い殺せる。

 

『さぁ、出てこい。オトモダチがどうなってもいいのか、クローン?』

 

 触れただけで切り裂かれそうな牙を晒し、海の王は獰猛に笑う。

 

 もはや、僕には何もできない。

 能力が使えない今、この幽体(からだ)じゃ物質世界に何の干渉もできない。彼女の死を傍観するしかない。

 

(……僕の肉体(からだ)を見つければ、あるいは……)

 

 でも、それが何処にあるかは分からない。

 か細い繋がりによって近くにある事は分かっても、今度は逆に近すぎて居場所が判別できない。

 そもそも、この巨大な水槽に囲まれたフロアに隠れる場所なんて──

 

 

(──()()()()()、『()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 十字状に配置された四つの出入り口。

 エレベーターでも階段でもない。

 『鋼の臼歯(モラトゥース)』自体は元からこのフロアに存在していた。

 

 そして、気づく。

 ドーナツ状の水槽……()()()()に騙されていた。

 この高層ビルを外から見た時、円柱ではなく直方体だった。ならば、本来の面積は四角いはずなのだ。

 

(正方形に内接する円を描けば分かりやすい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 間取り図を見るだけじゃ分からない死角。

 そこに来場者が気づかないバックヤードが存在していた。

 

 そして、『鋼の臼歯(モラトゥース)』は四箇所の出入り口から三〇基現れたが、四方向の数が均等だった訳じゃない。

 三方向からは八基、一方向だけ六基しか現れない場所があった。つまり、そちらには二基分のスペースが空いていたという事。

 

(急げ……急げ‼︎ 痺れを切らしたヤツによって彼女が殺される前に‼︎)

 

 壁を通り抜けて真っ白の部屋に辿り着く。

 寝台(ベッド)で眠る少女を見た瞬間、銀色の糸がピンと繋がる。

 

 その瞬間、視界が回った。

 天井から少女を見つめる視点から、天井を見上げる視点へと。

 何が起こったかなんて考える暇もなかった。理屈なんてどうでも良かった。ハンガーにかかった制服には目もくれず、僕は緑色の手術衣を纏ったまま走り出す。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……‼︎」

 

 簡単に息が荒くなる。

 走る、という行為そのものに身体が追いついてない。

 

 頭の冷静な部分が語りかける。

 行った所でどうなる?

 海の王を相手に海中戦で勝てるか?

 能力もない。運動神経もない。何か策が思いついた訳でもない。それで何かが成せるほど現実は甘くない。

 ガムシャラに頑張ったら何とかなるなんてご都合主義が存在するとでも?

 

 だけど、心に秘めた熱い部分が反論する。

 確かに、現実は甘くない。

 確かに、僕には何も出来ない。

 

 でも、僕は知っている。

 この物語(せかい)がフィクションだという事を。

 現実なんてクソ喰らえ。これが僕の頭が描いた夢想だとしても構わない。

 

 現実(せかい)に宣戦布告するように、僕は叫んだ。

 

 

夢想(ニセモノ)だって現実(ホンモノ)に変えてみせる‼︎」

 

 

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