「待たせたね、
『……ようやく来たな、クローン』
シャチと亡霊。
フロア全体は既にプールとなっており、既に首元まで水に浸かっていた。
「春暖嬉美くん、彼女を返して貰おうか」
『ははっ、その代わりに何を提示するべきは分かっているだろう?』
「……ああ」
『脳を寄越せ。精神を逃したまま脳を移植すれば、どんな障害が残るか分からん。だから、その精神ごと「俺」の一部となれ』
「…………、」
僕の失敗で彼女を危険に晒した。
もしかしたら少年院に居た方が安全だったかもしれないのに、僕のわがままで彼女はこんな目にあった。
だから、その償いをしなければならない。たとえ、僕の命が失われるのだとしても。
──
「
『…………何?』
蠢動俊三はらしくなく動揺した。
その返答に対して、ではない。
その言葉を発した僕の
余りにも予想外だったのだ。
産まれたてのクローン。
記憶なき無垢なる赤子。
反抗心を持たない人形。
その瞳に、強い意志の力が宿っていた事が。
「彼女の命を助ける、それだけじゃダメなんだ。彼女の心を救う。今度こそ、自己犠牲による救いなんかで終わらせやしない。……そうでなきゃ、今度こそ彼女は折れてしまう」
『…………、』
「だから、君の
『……お前に感情が発達する余地など無かった。一体何が影響してそんな変化を遂げた?
『
なるほど。この
『単価一〇万円にも及ばない
「創造主となるには君が未熟すぎたのだろう。フランケンシュタインの怪物は読んだ事あるかい? 君は
『チッ、
蠢動俊三はイラついた声でスピーカーを震わせる。
よし、良い感じに感情を引き出して冷静さを奪えている。やり過ぎると彼は春暖嬉美に手を出してしまうだろうが、この調子で僕に注意を引きつけておこう。
『だが、何をしようと無意味だ。AIMジャマーによって能力も使えないお前が、この
「……ああ、否定はしないよ。今の僕には何もできない」
『ははっ、では諦めて助けを乞うか? それとも、トモダチを見捨てて──』
「
『────は?』
「
『…………っ⁉︎』
蠢動俊三は驚愕しているようだが、その声は出ない。
水族館のブレーカーが落とされた事で、彼の言葉を代弁していたスピーカーもまた止まったのだ。
AIMジャマーは強力な兵器だ。AIMジャマーが放つ電磁波の影響下において、能力は暴走して使えなくなる。
一方で、その設備には莫大な電力と演算機器が必要となる。
派手に最上階に突入したのは、僕らを囮にして注意を引き付ける意図があった。ブレーカーを落とすように洗脳した人間は、僕らとは別働隊として一階の裏口から侵入させた。
蠢動俊三もまさか、侵入者が退却した道から再び別の人間が侵入するとは思わず油断していたのだろう。
春暖嬉美が館内に侵入してすぐに攻撃を行わず、蠢動俊三の会話に付き合ったのも全てはこの一瞬のため。
AIMジャマーを想定していた訳ではないが、あらゆる電子機器を封じ込めればほとんどの兵器もまた封じられるだろうと思った。
……こんなに遅くなるのは予想外だったが、トラップが多かっただろうから仕方ない。
(ここは水族館だ。停電時に魚が死滅しないように、予備電源くらい用意してあるだろう。……だけど、主電源から予備電源に切り替える一瞬、僅かだが電力の供給がストップする瞬間が存在する‼︎ そしてその瞬間だけ、AIMジャマーは機能を停止する‼︎)
感覚的に、AIMジャマーは未だ継続している。
だから、今は静かにその一瞬を待つ。
一秒、二秒、三秒。
そして────
『ははっ、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼︎』
「……………………………………え?」
『いやいや、惜しい。非常に惜しかった。「俺」も思わず焦ってしまったよ』
スピーカーから壮年の男性の渋い声が響く。
停電による影響は、すっかり元通りになっていた。
「な、んで……」
『お前の勘違いを一つ正してやろう。
「…………は?」
それは、これまでの前提を全て覆す一言。
『AIMジャマーにはいくつか種類がある。基本のミラーボール型や、少年院を囲むように設置されたワイヤー型。そして……』
「……、
『「俺」は第七学区にあるロングレンジジャマーからこの場所を狙撃しているだけだ! 第七学区が停電でもしない限り、AIMジャマーは停止しない!』
学区すら跨いだ遠隔狙撃。
届かない。あと一歩及ばない。
これ以上の策は存在しない。
『愉快な喜劇を見せてくれた礼だ。見るがいい。海の王の肉体と、その蹂躙を‼︎』
「ごっ、があ⁉︎」
瞬間、水中とは思えない速度で動くシャチの体当たりが僕を吹き飛ばす。
ごぼごぼごほっ、と息を吐いてプールの下に沈む。
しかし、痛みに呻く暇はなかった。
海の王の鋭利な牙が迫る。
「ぐッ⁉︎」
『ははっ、抵抗はもう終わりか? もっと「俺」を楽しませろ!』
「がッッッァァアアアアアアアアアアアアア⁉︎」
足に牙が突き刺さり、血が滴る。
鋭利な歯に触れて長い髪が簡単に千切れる。
(な、にか……何かっ、ないのか⁉︎ この状況を覆せるもの! 春暖嬉美を救えるもの‼︎ なにか……
弱った心がヒーローを求める。
どうしようもなく、不甲斐ない大人だと自覚する。
『……ふむ、遊ぶのもこの程度にしなければならないか。脳を傷つける訳にはいかない』
「…………ッ‼︎」
『では死ね、
しかし、その時。
僕が目にしたのは迫る牙ではなく、
『な、ん……っ⁉︎』
その雷が落ちた場所が近かったのか、落雷の閃光と轟音は同時だった。
しかし、何より不自然だったのは今の天気。吹き抜けた天井から見える空は晴れているにも関わらず、どうしてか落雷の音が聞こえた。
『なん、だ……
だが、海の王が驚いたのは不自然な落雷に対してではなかった。今更、雷の音くらいで手を止める訳がない。
それなのに、止まった。
蠢動俊三の、意思に反して。
『
『
指メガネから覗く瞳が、蠢動俊三の姿を捉える。
蠢動は少女を傷つける攻撃ができない。そもそもの害意が発生しないように洗脳された。
「……どうやら、この
『何の話をしている⁉︎』
そうだ、思い出せ。
僕はこの世界は『原作』から一年前だと思い込んでいた。だから、気付かなかった。
しかし、
七月一九日、深夜。
そして、御坂美琴は自身の能力で大きな雷を落とし、
「AIMジャマーは停電に弱い。今の雷のせいで第七学区で停電が起きて、僕も能力が使用可能になった。形勢逆転、君の負けだ」
『そんな都合の良い結末、ある訳が……』
「運が悪かったね。あるいは
『…………「俺」がそんな結末ッ、認める訳ないだろうがァァあああああああああああああああああああああ‼︎』
瞬間、蠢動俊三が牙を剥く。
それは感情の昂りが僕の能力を超えたのか。
あるいはシャチの脳構造を使っているため、人間専門の洗脳が効かなかったのか。
理由は不明。
しかし、蠢動俊三が再び害意を取り戻したのは事実。
そして、単純な水中戦では僕は海の王には敵わない。
右手は指鉄砲とでも呼べるような形。
まるで、拳銃自殺でもしようとしているかのよう。
だが、そこに込められた意味は真逆。これは生き残るための手段。
僕は自分の能力に〇から七までの八種類の数字を割り当てて区別した。
しかし、今から使用する能力はそのどれでもない。
「────『
『な、』
「これ、は……連発、できない、技だね……」
ズキンズキン、と頭が痛みを訴える。
息を切らし、氷に埋もれたシャチの上に座る。
室内の温度が低下したのか、吐いた息も白く染まっていた。
『
そのミクロレベルの水分操作は顕微鏡クラスのもので、肉眼で目にして分かるような物理現象は起こせない。
AIMジャマーによる繊細さを阻害する暴走とは違う、能力をわざと爆発させるような暴走。
自分でも制御できない、予測すらできない暴走によって、肉眼で観測できるレベルの物理現象を引き起こす。
今回の場合は、触れた水分の温度を低下させたのだろう。
フロアを満たしていたプールの水は凍りつき、海の王はまな板の上の鯉のように手も足も出なくなった。
「……君は、少し、眠っていてくれ」
『────』
『
今度こそ、蠢動俊三の害意を取り消す。
手落ちがないように入念に、シャチの脳に組み込まれた人間の脳を逃さないように執拗に。
「そうだ、彼女は……」
気を失っていた春暖嬉美を探す。
彼女は水面に浮かんでいたため、運良く一部分しか凍り付いていなかった。その一部分も、彼女を起こして『
(──
黒幕を倒して終わり、ではない。
この街の『闇』はもっと深い。
食蜂操祈の庇護、そして学園都市統括理事会の一人の庇護を得られなかった今、いつ別の暗部組織に襲われるか分かったものじゃない。
いいや、そもそもの話。
春暖嬉美には告げていなかった事だが……
一般人と比べて強い権力を持っているのは確かだが、この街の
だから、本当の意味でこの街で平穏を求めるのならば、絶対に手にしなければならないものがある。
「
《原作キャラ紹介コーナー》
▽アレイスター
初出:とある魔術の禁書目録2巻
学園都市の創設者にして、最高権力を保有する学園都市統括理事長。緑色の手術衣を着た、銀色の髪の『人間』。
何らかの『