「三百年前なんて、ウソでしょう⁉」 ~魔王のいる三百年前に突然飛ばされた、ドスコイ村娘の大冒険!~   作:細矢ひろゆき

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第60話 『アルマの想い⁉』

 ヒュン――

 という風切り音がした。

 顔を上げると、幾本もの矢が頭上を越えて青い怪物に飛んでいた。

 

 数人のアールヴ族が走りながら、矢を放っている。

「こっちです! 早く!」

 弓を構えるイオキアの姿が見えた。

 

 

 迷うヒマなど無かった。

 

 アルマはスペスを抱きしめたまま立ちあがり、イオキア目指して一直線に走り出す。

「ガアァァァァァッ‼」

 怒気を含んだ咆哮が全身を震わせ、すぐ背後に迫る気配を感じても、決して振り返ることはしなかった。

 

 まるでそれしか無いように、アルマは神殿の石を最短距離で乗り越えて、ただただ真っすぐに走る。

 

 弓を構えたイオキアまで。

 あと十歩……。

 あと三歩……。

 やっと……届く。

 

 横を抜けてふり向くと、青い巨体は、イオキアのすぐ前にいた。

「――イオキアさんっ‼」

 

 叫んだ瞬間に、イオキアが弓を()つ。

 まっすぐに放たれた矢は、角の生えた頭部へ吸いこまれ、見事に額《ひたい》に突き立つが、それでも相手は平然と前に出た。

「下がってください!」

 

 イオキアは乱暴に振り回された爪をよけながら、つづけて矢を射かける。周囲のアールヴ達の攻撃も合わさって、ぶ厚い筋肉に包まれた体は矢傷にまみれ、青い体液が流れ出た。

 

 そんな最中《さなか》でもソイツの目は、アールヴではなく、ずっとアルマを捉え続けていた。

 不気味なその行為に、さらなる恐怖を植え込まれ、アルマの全身が総毛立つ。

 

 もっと距離を開けなければとスペスを抱えたまま後ろに退がると、ソイツは急に興味を無くしたかのように横をむいた。そして、まわりのアールヴ達などいないかのようにゆっくりと、ぺたりぺたり歩いて神殿から出ていく。

 そのまま、前かがみの大きな背中が完全に視界から消えるまで、だれ一人として動く者はいなかった。

 

「もう、平気……じゃないかな……」

 胸の前に抱いていたスペスに言われて、立ち尽くしていたアルマは、ようやく脅威が無くなったことを理解した。

 

「な、なんだったの……アレ」

 青い顔で、どうにか言葉を(つむ)ぐ。

「わからない……」とスペスが答えた。

「正直、あんなのがいるなんて思わなかったよ。でも……どうにか助かったみたいだね」

 そう話すスペスの服は、血に染まっていた。

 

「平気、とはとても言えないわよ……。すぐに治療するからねっ……」

 そっと草の上におろし魔法をかける。

「乱暴に運んだから傷に(さわ)ったでしょ……ごめんね」

「いやいや、そんなこと全然ないよ」スペスが嬉しそうに首を振った。

 

「――すごく良かったから、できればまたやって欲しいな」

「なにを言っているの? 頭でも打った?」

 

「柔らかいのは知ってたけど、走るとあんなに揺れるんだねぇ……」

「揺れ……? あっ!」

 なにかに気づいたアルマの目が、半分ほどに細められる。

「あきれた――あの状況でそんなことを考えてたの?」

 

「あの状況だからだよ……」

 スペスは寝かされたまま、冗談まじりに笑う。

「これなら、もう死んでもいいかな、って思ったよ」

 

「噓をつきなさい。あなたはそんな事で諦めたりしないでしょ。さっきだって――最後までわたしのことを逃がそうとしてくれて……」

 アルマは、ふっと目を伏せる。

「――先に諦めてたのは、わたしのほう……だったじゃない。もしもイオキアさん達が来てくれなかったら、今ごろは……」

 

「そんなのは別にいいよ。こうしてふたりとも助かったんだからね」

 そう言って手を伸ばしたスペスは、アルマの髪を撫でる。

 アルマは、撫でられながら情けない顔で笑った。

「どうして……、スペスは、どうしていつも、そんなに強くいられるの? こんな大怪我をしてても、最後まで諦めないの……?」

 

「どうして――?」言葉が途切れる。「やる事……があるからじゃないかな」

「やること?」

「うん。ボクがアルマを守るっていうね」

 

「でも、わたし……、あなたにそこまでしてもらう理由がない……」

 アルマは困ったように言う。

 

「アルマにはなくても、ボクにはあるよ」

「ない……。ないわよ……。あるわけない……」

 アルマはきっぱりと首をふった。

 

「だって……だってね………。さっき………わたしのせいでスペスが死んじゃったらって思ったら…………、すごくすごく怖かった……」

 ぎゅっと口を結んだアルマの目からぽたりぽたりと涙が落ち、スペスを濡らしていく。

 

「スペスが死んじゃうんだったら……そんな理由なくていい! そんな理由いらないから……もうあんなことしないで……!」

 スペスの頬を両手で包みこみ、アルマはそう願う。

 

「ボクのした事は迷惑だった?」

 寂しそうな目で、スペスが訊ねた。

 

「……っ! 違うの! そうじゃない! さっきだって……助けてくれてありがとうって思ってる……! でもっ! わたしのためにスペスが傷ついたり……死んじゃったりするのは、もう嫌……なのよ……。そんなの、もう……やめてよ……」

 

 ぽつぽつと語るアルマに、腑に落ちない顔をしながらもスペスは首肯する。

「わかった……これからは気をつけるよ」

「本当に?」

 顔をよせたアルマに、スペスははっきりと頷いてみせた。

 

 安心したように頷きかえしたアルマは、自分の想いに気づいていた。

――ああ、わたしは、こんなにも……この人を失うのを怖がっている。この人に死んで欲しくないと思っている……でも……。

 アルマは悲しそうな顔でスペスを見る。

 

――わたしには、この人を守れる力がない……。物語で勇者様に加護を(さず)けた王女のキスみたいに、彼に守る力をあげられたらいいのに……。

 そう思いながら、アルマは顔を近づける。

 

――でも、なんの力もないわたしのキスなんて、もらっても困るだけ……よね……。

 また思い直して、離れた。

 

 それでも――

 なんの効果(ちから)もなくても、アルマはそうすることで、いまの自分の気持ちをスペスに刻み込みたかった。

 

 それがいつか、危険なこの世界で、スペスの命をつなぎ止めてくれる(くさび)になるような気がして。

 たとえ根拠のないニセモノの(しるし)だったとしても、ただ無性にそうしたかった。

 

――よ……よしっ。こういうのは勢い……よ!

 いざそう思ってみるも、意識するとスペスが思いのほか近くにいて、アルマはとっさに顔を引いてしまう。

――あのまま近づけば良いだけなのに……失敗したぁ……。

 もう一度近寄ろうとして、そこでふと思う。

 

――そういえば、こういう場合って〝どこ〟にするのが普通なの……⁉ 口? ……だといきなり過ぎるから……おでこかほっぺ? それとも手……⁉ あー、勇者さまはどこにしてもらってたんだろう! 手やほっぺじゃ軽い感じがするし、おでこ……よりはもっと中心がよさそうだけど、鼻……じゃおかしいし、やっぱり口⁉ やだ……、急にどきどきしてきちゃった……。

 

「ねぇ……、さっきからおかしいけど……大丈夫?」

 表情をコロコロ変えながら、顔を動かすアルマにスペスが訊く。

「ダイジョウブよ! ダイジョウブ、ダイジョウブ……何もおかしくなんかない。それよりもー、ちょっと目を閉じててもらえるかしら?」

「なんで?」

 

「あ……えと……、その方がしやすいから……。あっ……ち、治療がねっ! そう! おかしな事じゃなくて、ち、治療だからっ!」

「そうなんだ? わかった」

 スペスが素直に目を閉じる。

 

――いま!

 眠るような顔の一点を狙って、そっとアルマは近づいた。唇が震え、緊張から息が荒くなる。が、動きは止めなかった。

「スペスさん、もしかして……かなり悪いんですか?」

「ひゃいっ……!」




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それでは次回、
第61話 『帰る理由をつくってあげる⁉』
で、お会いしましょう!
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