「三百年前なんて、ウソでしょう⁉」 ~魔王のいる三百年前に突然飛ばされた、ドスコイ村娘の大冒険!~   作:細矢ひろゆき

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第94話 『あと一手があればいい⁉』

「さあっ! こいっ‼︎」

 叫んで、スペスが低く腰を落とした。もうムチの炎は半分が消えていた。

 

 トロルは、木と骨の首飾りをさわると、さがって腰の高さに槍をかまえた。槍の先がまっすぐにスペスを向いていた。

 

――いいぞ、それだ!

 

 トロルが走りはじめる。穂先が低くさがり、正面にスペスを捕らえた。それでもスペスは動かなかった。

 

――まだだ……。まだ、まだだ、右か? 左か?

 

 スペスは突進してくるトロルの、槍の先に目を集中する。

 近づいてくる穂先は、右に左に揺れていた。

 

 間合いに入ったトロルが、一気に槍を突き出す。当たれば串刺しどころか、後ろの木と挟まれて潰される。

 だがスペスは槍をにらんだまま動かなかった。目前までせまった槍が、わずかに横にブレる。

 

――右だ!

 スペスは体を捻りながら槍を左に避けた。

 

 身体のすぐそばを濁流となって槍が通り過ぎ、樹皮をこすりながら、スペスの避けた方と反対へ逸れていった。

 

 大木を挟んで、後ろまで突き出された槍は、引き戻さないかぎり、スペスのほうへは振れなかった。

 

 ムチをかまえてスペスが走り出す。トロルは槍を引き戻そうとしたが間にあわず、スペスをつかもうと片手を突き出した。

 

 その手をかわして肉薄したスペスは、そのまま股の下をくぐりぬけ、すれ違いざまにムチを内腿や股間に強烈に打ちつける。

 

「どうだっ!」

 トロルの背後に出たスペスがふり返った。鍛えにくい部位への攻撃だったが、トロルのダメージは小さかった。もうムチの炎が、ほとんど消えていた。

 

「くそっ!」

 スペスはまだ燃えのこるムチの先端で、無防備なトロルの後頭部を打つ。

 だが、素早く振り向いたトロルは、ムチに手をのばした。

 黒こげになったムチが、トロルの腕に巻きつき、スペスが引き戻すよりも早く、トロルがそれを掴んだ。

 

「は・な・せ・よっ!」

 身体にかけられた《強化》を頼りに、スペスは力まかせにムチを引いた。

 そのとたん、ムチは焦げたところからぶつんと切れ、スペスは、勢いよくうしろに転倒した。

 

 トロルの目の前でずでんと倒れたスペスは、すぐに立ちあがろうとしたが、それほどの隙をトロルが見逃すはずがない。即座に槍を手放して飛びかかって来た。

 

「まずいっ‼︎」

 スペスは、倒れたままポケットから最後の瓶をとり出し、左手に握った。

 だが、そこまでだった。

 

 

 トロルがその大きな両手をのばし、火焔草の瓶ごと、スペスの体を押さえつける。パリンと音がしてスペスの手の中で小瓶が割れた。

 

 破片が手につき刺さり、流れ出た火焔草の汁が燃えるように傷を()く。

 

 だがスペスは、その痛みにうめくことも出来なかった。のしかかったトロルの手が体内の空気を()し出して、息を吸うこともできなかった。

 

 トロルの手をどけようと力をこめても、びくともしなかった。

 アルマがかけた《強化》の効果までが弱くなりはじめていた。

 

 動けないスペスに残された手は、火炎草の汁に火をつけることくらいだった。

 

――でも、それじゃダメだ……ボクの左手ごと火をつけることはできても、いまさら火がついたくらいで、離してはくれないだろう。

 

 トロルの手に締め上げられながら、スペスはあたりが明るくなっているのに気がついた。トロルの肩越しにみえる山の端から、赤い満月と青い満月が顔を出しはじめていた。

 

 そんなスペスの上に、さらに体重がかけられる。

 トロルはスペスを、このまま圧し潰すつもりのようだった。どこかの骨が、折れる音がした。

 意識が遠のき、オーガの向こうに見えた森の風景が奇妙にゆがむ。

 

――あとちょっとだ……、あと……()()があればいいんだ……っ。

 

 視界が白くなりトロルが見えなくなってゆくとともに、体を手放したような浮遊感に包まれる。

 

――ダメ……なのか……。

 諦めかけたスペスの耳に声が聞こえる。

我が主(マスター)……」

「ハルマス?」




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スペスの危機に現れたのは、ハルマス⁉

それでは次回、
第95話 『それでもスペスは勝ちを疑わない⁉』
で、お会いしましょう!
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