『無職転生』とのクロスオーバーとして書いていましたがしっくりこなかったのでその設定を一部使った作品です。
第一話
剣と魔法の世界にあこがれていた。
高校に進学し、勉強をして、そして放課後にはクラブや友人との遊びに興じる。
休日にはアルバイトや遠出をするなど充実した日常を過ごしていた。
しかしどうしてか、日々何事もなく続くこの毎日が鬱陶しく感じるようになっていた。
理由も根拠は特にない。
強いて言うならば若さゆえの、というやつだ。
だから、オレはこの『世界』に来た時は心底心躍ったさ。
退屈な日常は心底愉快な非日常に変わったのだと。
……その時は、そう思ったのだ。
結論から言うとオレは馬鹿だった。
何気なく過ぎていく日常は尊いものだとはまるで理解していなかった。
全く別の世界に流れ着いてようやくそれを理解できた。
オレが望んでいた世界というものは血なまぐさく、命が軽かった。
道理も正義も吹けば飛ぶ、紙切れの様で。
ゆっくりと冷たくなっていく
だから俺達は、この世界を変えてやろうって決意したんだ。
△▼△
「ほれ、あと二週じゃ。気張りなすって、御二方。」
とある地方貴族の屋敷。
その近くで二人の姉弟が走り込みをしている。
そしてそこから離れた場所で二人の指導役がのんびりと声を上げている。
姉弟はまだ年幼く、少年少女というべき年頃の年代だった。
黒髪は若々しく、手足もまだ伸びきっていない。
顔つきも未成熟で体力も大人には遠く及ばないはずである。
だがしかし二人は大の大人の兵士、それどころか草原の狼でさえ真っ青になる速度で爆走していた。
何故かというと二人がであり、自身の『魔力』を用いて戦う『魔剣士』としての高い素養を有しているからだ。
武芸の盛んな『ミドガル王国』の貴族は高い魔力を有するが、その中でも二人は抜きんでた才能を持っていた。
それを知った二人の父親であるオトン・カゲノー男爵は伝手を辿り、優秀な指導者を領地に招いたのだ。
黒髪に赤い瞳を持ち、男勝りな活発さを見せる長女―――クレア・カゲノー。
黒髪黒目で地味な雰囲気を漂わせ、姉の後ろにいて頼りなさげだが何処か気を引いてしまう次男―――シド・カゲノー。
そしてそんな二人を指導しているのがAランク冒険者にしてブシン流を収めた『魔剣士』―――『鬼面武者』アレスである。
「終わりなすってか。二人ともよく頑張りはった。今日はこれで終いじゃ。後は休みなされ。」
聞いたこともないような田舎弁で二人をねぎらう『鬼面武者』アレス。
シャツやズボンの上に着流しを着て、東側に伝わる怪物―――鬼を模した仮面を被っている彼は到底武芸者に見えないが底知れない実力を見せる確かな強者である。
「ふん、これで終わり? そろそろ負荷を上げなきゃ、修行にならないわよ? シドもそう思わない?」
「……う~ん、僕は辛いと思うけど。姉さんが凄すぎるだけよ。」
「なによ、シド。貴方はもっと頑張りなさい。そんなにパッとしないと将来苦労するわよ。」
「まだまだ無茶をするには早いんじゃ。クレア嬢。シド坊はもうちっと頑張った方がよさそうじゃがな。」
教師の指摘にバツの悪そうな表情をするシド。
そして何故か得意げになっているのは姉のクレアだ。
そして何時もの通りに姉が年上風を吹かせて弟にあーだこーだ言って仲良く屋敷に戻って行った。
年相応かつ仲の良さそうな二人に温かい視線をやりながら、アレスも自分の宿に戻って行った。
―――まさか、その晩に指導していたクレア・カゲノーが攫われるなんて思いをしなかった。
▼△▼
「男爵……この度はご愁傷様じゃ。」
「ああ……『鬼面武者』殿か。クレアの捜索への協力、感謝する。」
「巻き込まれたのが教え子じゃ。手を貸さん道理も無しじゃ。……それに、個人的に気になることもあるしのう。」
クレアの誘拐が発覚したのは朝の事だった。
恐らく、深夜頃に侵入者が攫って行ったとの予測だ。
手際も良く、下級貴族とはいえ屋敷の警備をすり抜けての犯行。
衛兵達が捜査をしているが中々、進んでいないのが現状だった。
「……屋敷の警備を見直さなければな……。」
組んだ手の上に顎を置いて、重々しく言うオトン。
渋く整った容姿から非常に様になる。
しかし、どうやら彼の妻には格好つけているだけだと思われたらしい。
熟練の魔剣士でも見事だと見ほれる程の鉄拳だった。
オトン・カゲノー男爵の妻―――オカン・カゲノー男爵夫人の放った拳は吸い込まれるように夫の頬に喰らい付き、彼を吹っ飛ばして壁に叩き付ける。
最愛の娘が攫われて精神が不安定なのだろう。
普段の家庭ヒエラルキーの低さも相まって一方的な家庭内暴力の時間だった。
「ちょ、待て……! 待つんだ……! クレアは探している……! だから、殴るのはよせ……!」
必至に言葉を重ねて妻を説得するも、聞く耳を持たれないようで絶え間のない暴力が夫を襲い続ける。
アレスは何とか止めようとするが、衛兵たちは嵐の災禍が見に及ぶことを避けて誰も近づかない。
寧ろ、怪我をするから離れろと忠告してくる始末だった。
「どうしたもんかのう……。」
進まない捜査に悪くなっていく空気。
追跡や調査は専門外である以上、下手に首を突っ込むことはできない。
知り合いに頼もうにも連絡が取れないし、そもそも合流に時間がかかる。
頭を悩ませているとふと、視線の内に一人の少年の姿が映った。
「本当に、どうしたもんじゃのう……。ん? シド坊か。どうしたんがじゃ。」
「姉さんが攫われたって聞いて……それで、今どうなっているのか気になったんです。」
「そうか……。まあ、ええか?
その言葉に納得したのか少年は自分の部屋に戻って行った。
少年の心中は男には全く分からなかったが一応の納得はしてくれただろうと判断した。
少年の姿が見えなくなり、気配も遠のくと男は溜息を吐いて頬を叩き、気合を入れ直す。
「……取り合えず、身体動かずのが一番じゃな。」
△▼△
「姉さんが攫われた……か。これは丁度いいかも。」
部屋に戻ったシド・カゲノーは誰もいない空間でそう呟いた。
貴族の子弟らしく部屋は広く、清潔感に溢れていた。
手のかからない次男らしく特徴らしき特徴は無いが、決して両親に愛されていない訳ではない。
部屋にある大きな本棚には様々な書物があり、どれも新品で貴重なものであることから十分に理解できる。
だがシドはそんな事に興味を見せる事は無く、全く別の事に夢中になっていた。
自分の家族や近しい人には決して見せない彼の本性だった。
到底十歳ごろの少年と思えない雰囲気を放っているが、これは彼が『転生者』だからだ。
シド・カゲノー。
カゲノー男爵の次男坊である彼はただの貴族子弟じゃない。
嘗ての話だが地球と呼ばれた惑星にある日本という国の出身である影野実という人物だった。
彼には一つの夢があった。
『陰の実力者』になるという夢だ。
『陰の実力者』―――主人公でもラスボスでもない謎の実力者。
重要人物ではないのに、圧倒的な力を有し、他を足元にも及ばせない強者。
物語にふと現れ、合間合間で実力のみを披露して、全てが謎のベールに包まれた人物。
シド・カゲノーはそんな存在に本気で憧れていた。
幼子が語るような夢を少年になった時も、転生した後も変わらずに抱いているのだ。
「……ベータ、いるか?」
「はい、
少年が何もない所に声をかけたと思ったら一人の少女が現れる。
黒のボディスーツに身を包み、銀髪を持つエルフの少女だ。
少年の事を『シャドウ様』と呼び恭しく従っている。
「クレア様ですが恐らく【ディアボロス教団】が攫ったものだと思われます。恐らく幹部クラスが主導したかと。」
「ほぅ……血が滾るな。これは本気を出せそうだ。だが奴等は何故姉さんを?」
「恐らくクレア様が『英雄』の血を引いている事が原因かと思われます。」
少年少女とは思えない会話だった。
大の大人たちが奔走しても得られなかった情報を容易く入手し、それを基に真実を追求する子供たち。
―――だが、しかし此処に致命的なズレがある事に気付ている者はいなかった。
そのズレを抱いている者はシド・カゲノー。
真面目な顔で少女と話し合っている彼である。
大真面目に調査して得た情報を、少年はごっこ遊びの準備だと思っているのだ。
だがそんな事を目の前にいる少女―――ベータが知る由もない。
だから突如意味もなくナイフを突き刺して「ここがアジトだ。」とかいうでまかせを言うし、そこに実際にアジトが存在して少女が驚愕しても自分と同じごっこ遊びに付き合っているだけだと思っている。
「……いや、アルファだけではなくこの地の衛兵達にも伝えるのだ。」
「え、よろしいのですか? 相手は精鋭……精々中級でしかない戦力では役に立たないと思われますが……。」
「ふ……わからぬか、ベータよ?」
(多分、先生も出てくるだろうな……。結構強いし、Aランク冒険者だし……ここは本格的に『陰の実力者』ムーブができる。僕も強くなったし、夢に邁進していけるはずだ。)
(シャドウ様……何故そのような意味のない事を……? ……もしや、守るべき存在を守れなかった者達に対する慈悲なのでしょうか? だとしたらなんて情け深い……!)
「分かりました。シャドウ様の深きお考え、感服しました。―――すべてはシャドウ様の御意思のままに。」
まるで違う思考。
しかし奇跡的に全てがかみ合い、話は進んでいく。
そしてどのような形であれ、アレスたちはクレア・カゲノーの居場所の情報を入手した。
奪還するための部隊が直ぐに編成され、夜に突入が始まるのだ。