10フィート   作:ナカイユウ

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補足となりますが、拙作のタイトルの読み方は“テン”フィートです。


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 4月3日_

 

 「桂、昼を食べるなら冷凍かカップ麺が割と残ってるから適当に食っといてくれ」

 「あぁ、わかった」

 

 朝の7時15分。パンとバナナと親父から教わったやり方で作った玉子焼きを食べ終えて歯を磨き、まだ着慣れていない真新しい制服を着てスクールバッグを肩にかけて、仕事に行く前に食器を洗う親父と軽く言葉を交わしながら一足早く玄関へ行く。

 

 「それか友達の1人か2人でも作って駅のところの、あの“ナントカ”って商店街で何か食ったり遊んだりして時間潰してもいいぞ」

 「いやさすがにそれは恥ずいから無理だわ。あと多分それ“クレアモール”な親父」

 「別に恥ずかしいことじゃなくないか?川越(こっち)の中学に転校したときもすぐに友達出来てたし」

 「中学と高校じゃわけが違うし、あれは周りに恵まれたってだけだよ。っていうか、入学式の日に遊びに誘うとか馴れ馴れしいにもほどがあるだろ」

 

 玄関に行こうとして、台所で食器を洗う親父に足止めされるように会話に巻き込まれる。別に嫌じゃないけれど、俺的には早く学校へ行きたい気分だ。

 

 「どうするかは桂の勝手だけど、友達は早めに作っておいて越したことはないからな?」

 

 と思いながら父親というより“年の離れた兄”のような感覚で接してくる40半ばの親父の会話に乗っていたら、いきなり“父親”らしいことを上機嫌に言ってきた。もちろんそんなことは、言われなくてもわかる。

 

 「言われなくても分かってるわそんなこと・・・行ってくる」

 

 親父から言われた一言に思ったことをそのまま返して、今度こそ玄関へと歩く。親父とこんな感じで“2人”だけの会話をするようになって11年の月日が経ち、埼玉(こっち)の生活にもあっという間に慣れたように、母親が“いない”日常は俺にとってすっかり当たり前になった。

 

 「母ちゃん・・・行ってきます」

 

 スニーカーを履く前に、玄関の収納棚の上に飾るように置いてある母親の写真に向かって“行ってきます”と言ってから外に出る、俺と親父のルーティン。もの凄く深い意味があるかと言われたらそういうわけではないけれど、これは金原(かねはら)家に“母ちゃん”がいるということを忘れないための儀式みたいなものだ。

 

 「瑛梨(えり)も喜んでるだろうな。桂が制服着てる姿を見てさ」

 

 母親の写真を前に軽く感傷に浸っていた俺に、いつの間にか食器を洗い終えた親父が後ろから話しかける。

 

 「それ、俺が中学に上がったときにも言ってなかったか親父?」

 「え、そうだっけ?」

 

 

 

 “「瑛梨・・・・・・ゆっくり休めよ」”

 

 

 

 「何なら“こっち”に転校した最初の日にも言ってた」

 「ほんとか?全然覚えてない」

 「だと思った」

 「でもそんな細かいことはいいじゃないか、高校生になった桂を見るのは初めてだし」

 

 俺の母親は、11年前の2月の終わりに突然この世を去った。親父曰く、何の前触れもなく頭の血管が切れたことによる文字通りの“突然死”だった。それと正月に実家へ里帰りしたときに父方のじいちゃんから明かされた話によると、お通夜のときの俺は“死”というものがまだわかっていなかったらしく、いつまで経っても起きない母ちゃんのことを不思議そうな顔でずっと見つめたり揺すったりしていたというが、肝心の俺にはその記憶はほとんどない。お通夜のときの記憶で唯一覚えているのは、親父が白い布を被せられて眠る母ちゃんへ何とか笑みを取り繕いながら語りかけている寂しそうな背中だけだ。

 

 「まぁ、俺も別にその辺はあんま気にしてないからいいけど」

 

 俺の中にある母ちゃんと過ごしていた記憶は、この親父と2人だけで過ごす時間が増えて小学校中学校と学年が上がる度に思い出が“上書き”されて、いつしかはっきりと思い出せなくなった。こうやって母ちゃんがいた時間を鮮明に思い出せなくなったことは悲しいことではあるけれど、裏を返せそれだけ悲しみを乗り越えて前に進めていると考えたら、これは案外悪いことじゃないって思うように俺はしている。きっとそれは、この写真の中にいる母ちゃんが望んでいることでもあるだろうから。

 

 

 

 “「みんなも桂くんの気持ちをちゃんと考えるように」”

 

 

 

 「じゃあ、行ってくるわ」

 

 ただ、葬式が終わって母ちゃんが“起きない”のではなくて“死んだ”ということを自覚したときの説明のつかないあの喪失感だけは10年が過ぎた今でも忘れることはできない・・・と言っても、忘れることができないだけで気に病んでいるわけじゃないが。

 

 「高校までの道は大丈夫か?」

 「大丈夫。この前の合格発表のときに道は完璧に覚えたから」

 「鍵は持ったか?」

 「問題ないよ。昨日の夜にちゃんとスクバのポケットん中に学生証と一緒に入れてる」

 「そうか」

 

 とにかくこんなところで母親の話をしている暇はないから、俺は話を切り上げて買ったばかりの新しいスニーカーを履いて玄関のドアノブに手を掛けて外に出る。後ろにいる親父からほんの少しだけ心配気に聞かれたが、忘れ物は言わずもがなでこのマンションから高校までの道のりも入試と合格発表のときにとっくに覚えているから全く問題ない。

 

 「桂。入学式、行けなくてすまないな」

 

 玄関から外の通路に一歩出たところで、親父が申し訳なさそうに笑いながら仕事の関係で入学式に行けないことを謝る。4月という繁忙期ながらも地元にいた頃はその辺の融通は効いていたらしいが、どうやら“本社勤務”になってからはそうはいかないらしく、中学の卒業式に続けて今回も親父は不参加だ。寂しさが全くないわけではないけれど、それなり以上は掛かるという学費を払い奨学金に頼らずに大学まで行くことを考えると、そうせざるを得ないのが我が家の現状だ。

 

 「・・・謝んなよ。仕事も大事だろ」

 

 だから俺はこれからすぐ後を追うようにこのマンションを出るであろう親父の背中を自分なりに押して、玄関の外に出て3階の通路を歩いてマンションの階段を降りる。一応14階建てのこのマンションにはエレベーターがあるが、引っ越した次の日に階段を使ったほうが待ち時間もないし時間も大して変わらないことに気付いてからは一度も俺は使っていない。

 

 「(・・・天気いいな、今日)」

 

 3階から階段を降りてマンションから出ると、雲一つない朝の青空が目の前にある公園を照らすかのように広がる。心なしか、こういう日に天気に恵まれるとそれだけでわけもなく気分が良くなる。それがどうしてなのかは、今もわからないが。

 

 「(そういえば・・・“あの日”もこんな感じの空だったっけ)」

 

 一瞬だけ公園と空に目をやって最寄りの駅へと歩きだしたところで、俺は柊奈のことをふと思い出した。これはほぼ確実に、昨日の夜に翔太からかかってきた電話のせいだ。

 

 “『もし柊奈に会えるなら会いたいっしょぶっちゃけ?』”

 

 にしても何となく思い返してみると、あいつと一緒にいたときの思い出は雨の日よりも今日の空みたいに晴れていたときの記憶のほうが多い気がする・・・

 

 

 

 

 

 

 「桂くんはどうしてそんなに落ち込んでるの?」

 

 俺が柊奈と初めて話したのは、母ちゃんの四十九日を終えて年中に上がって同じ組になってすぐのとき。“おかあさん”という大切な存在を失くしたことで習いごとも周りのみんなと遊ぶことにも億劫になって教室の隅でひとり折り紙を使って無心に紙飛行機を作っていた俺に、あいつは元気よく話しかけてきた。

 

 「聞いてないの?ぼくのかあちゃんのこと?」

 「ううん。知ってるよ」

 

 もちろんこのときには母ちゃんが死んだことは幼稚園にいるみんなに知れ渡っていて、そのときの先生からも“桂くんの気持ちをちゃんと考えるように”と言われていたこともあってか、同じ組のみんなからは母さんのことを聞かれたり揶揄われたりなんてことは全くされなかった。けれどもそのときの俺は子供心ながらに自分がみんなとは“違う”ことに気付いて、周りのみんなと距離を置くようになった。別に周りのみんなが悪いわけじゃなかったけれど、みんなと一緒に遊んでいたりして親が迎えに来たりするところを見ると、当たり前にいるはずの“存在”がいるみんなとそうでない自分を比べてしまって、途端に母ちゃんがいない寂しさに襲われるようになって、それが嫌だからみんなと距離を置くようになって、俺は“ひとり”になった。もし俺の性格が内向的になってしまった原因を探るとしたら、間違いなく“母親の死”は避けて通ることは出来ないだろう。

 

 「どうせかわいそうだって思ってるんだ。僕のこと」

 

 最初は元気よく話しかけてきたあいつが、はっきり言って嫌いだった。母ちゃんが死んだ俺のことを“可哀想”だと思って元気づけようとしていたその優しさが、あまりにも眩しすぎて受け止めきれなかったから、俺は酷い言葉を使ってあいつを突き放した。

 

 「“かわいそう”って思っちゃいけないの?」

 「いけないよ。あと一回言ったら“ぶつ”」

 「女の子をぶったら本当に嫌われちゃうよ?」

 「どーでもいい」

 

 そんな俺にあいつは逆に怒ったり酷いことを言われて泣いたりなんかせず、笑顔を浮かべたままそう言い返して、それに俺はまた突き放すような言葉で言い返していた。

 

 「そうなんだ・・・桂くんはそんなに“かわいそう”だって言われたくないんだ・・・・・・じゃあ今日から柊奈と“友達”になろうよ。桂くん」

 

 もちろんあのときにどんなことを言ってどんなことを言われていたかは一字一句覚えているわけじゃないけれど、教室の隅にいる俺に笑顔で友達になろうと話しかけてきたあいつと言い争っていているうちに、俺の中にある“寂しさ”という感情はゆっくりと溶けていった。

 

 「そのかわりもう桂くんのことを“かわいそう”だなんて言わないし思わないって約束するから・・・お願い」

 

 本当はそれでも俺を“かわいそう”だと言うあいつを突き放そうとしたけれど、どれだけ突き放そうとしても“友達”になりたいと悪意なんてない純粋な笑顔で俺の目を見るあいつを見ていたら“悪くない”ような気がして、俺はあいつのことを“友達”として受け入れた。

 

 「・・・絶対だよ」

 「うん」

 「約束破ったら絶交だから」

 「わかってるわかってる」

 

 こうして柊奈は、俺にとって生まれて初めて出来た心の底から友達と呼べる“親友”になった。

 

 

 

 

 

 

 「(・・・駅から道一本でほんと助かるわ)」

 

 親父と住んでいるマンションの最寄り駅から地元で走っている3倍ぐらいの長さの電車に二駅乗って、そこから隣町にある駅の西口側に降りて10分と少し歩いたところに、今日から俺が通うことになる埼玉県立川越朝陽(かわごえあさひ)高等学校(※通称、アサ高)はある。入試と合格発表で既に来ているから道順は分かるものの、駅から一度も曲がることなく行けるという点は覚えやすくてやっぱりありがたい。もちろんそれが理由で俺はこの高校を選んだわけではなくて、志望した理由は親父と住んでいるマンションからそこまで遠くないのと、校則が他の周辺の高校に比べると厳しくなく評判もいいところと、偏差値的に簡単じゃないけど普段から頑張って勉強していれば俺でも受かるレベルなところ・・・要約すると、“ここがいい”と思ったからだ。

 

 「でもユウジが“アサ高”受かったのはマジでまだ信じらんねぇわ」

 「普通にひでぇな」

 

 「(前歩いてるのって俺と同じ新1年生だよな?もう入学式始まる前からすげぇ仲いいんですけど・・・)」

 

 西口から高校へと続いていく通りをまばらな感覚で歩く同じ制服を着た新1年生の群れに混じるように歩いていると、ふと目の前の3人組の男子が楽しそうにガヤガヤと内輪話を弾ませながら仲良く歩いている姿が目に留まる。今日は入学式で新1年以外はまだギリギリ“春休み”のはずだから、いま目の前にいるのは間違いなく俺と同じ学年になる人たちだ。普通に考えて、まだ自分がどのクラスになるかもわからない段階なのになんでそんなに仲良く打ち解け合えるんだろうと、つい思ってしまう。

 

 「だってお前、2学期の期末んときのテストの合計が170とかだろ」

 「それな。松村にも“中央どころかお前の行ける高校はねぇぞ”って言われたわ」

 

 「(・・・いや、これはアレだ。“おな中”パターンだ)」

 

 でもよく考えたらこの3人が同じ中学の友達で、たまたま3人揃ってこの高校を受験したって考えてみたら、至って普通のことだと次の瞬間には自己完結で俺は納得した。というか、現についこの間まで通っていた中学からも“アサ高”を受験していたのは同じクラスだけでも俺を含めて4人はいたから何も不思議じゃない。

 

 「(仲の良い友達同士で同じ高校か・・・)」

 

 別に友達は話の馬が合ったり分かり合えるような人が2人ぐらいいればいいし、多いのは逆に俺が疲れるから最初から望んでない。だけれどこういう親しい仲同士の“内輪ノリ”を目の前で見せつけられると、何だか“このままで俺は大丈夫か?”とそんな気は全くないはずなのにちょっとだけ不安になる。

 

 「(・・・シンプルに羨ましい)」

 

 その不安も感じるのは最初だけで慣れてしまえば普通に振る舞えるのが俺の長所だけど、それでも知っている人が誰もいない状況でこういうのを見るとつい翔太のような友達が1人でもいればと普段の自分とまるで正反対のことを思ってしまう、人見知りのという名の悪い癖。

 

 「(いや駄目だ。そんなんだと地元に帰ったときに翔太に合わす顔がねぇ)」

 

 と、変に考えすぎてもロクなことにならないから、俺は前を歩く3人組と一定のペースを保ったまま気晴らしに周りの景色へと視線を移す。

 

 「(・・・って、ここか)」

 

 そしたらいつの間にか、学校の手前の信号のある十字路に俺はたどり着いていた。そして十字路を渡ると、右手側には今日から通うことになる体育館と校舎の敷地が高さ2メートル弱くらいの塀の向こう側に広がり、同じ制服を着た人たちの数も増えていく。

 

 「(すげぇな、この校舎・・・)」

 

 そして十字路から少し歩いて“祝入学式”の横断幕が掲げられた校門の前に着くと、俺のいた地元ではまず見たことがない“都会的”な雰囲気のする真ん中の7階建てと東西2棟の5階建ての校舎が新入生を出迎えるようにドンとそびえ立つ。入試と合格発表のときは緊張のせいであまり気にしていなかったが、こうしてちゃんと意識して目の前にすると中々の迫力がある。もちろん、探せば地元にもこういう校舎はなくはないだろうけれど。

 

 「(確か1年の教室って、“西棟3階”だったよな・・・)」

 

 これから自分が割り当てられたクラスを確認しに行く緊張を教室の場所を考えることで紛らわしつつ、俺は周りの流れについていくように足を進めて校門をくぐり抜けて敷地内に入る。どうやら“クラス分け”はこの先にあるエントランスの前に張り出されているらしく、真ん中にある7階建ての中央棟の入り口あたりで、俺と同じ新1年のみんなが見上げるようにして屯しながら各々で自分のクラスがどこかを探しているのが遠目に見える。

 

 

 

 “『ワンチャン・・・高校が同じだったパターンで思わぬ再会なんてしちゃったりしてな』”

 

 

 

 「・・・いや、んなことあり得ないっつの」

 

 その瞬間、不意に翔太が電話で言っていた“あの言葉”が脳裏をよぎり、思わず足が止まって独り言が口からこぼれた。確かに翔太と電話していたときは俺も“ワンチャン会えるかな?”と思って内心で少しだけ舞い上がっていたけど、電話を終えて風呂に入って上がったときにはすっかり冷静になっていた。やっぱりあんな“ワンチャン”なんて、どう考えても現実的にあり得ない。あれはただ、入学式前日でいつもより無意識に気張っていた俺を励ますための、親友からのさり気ない気遣いに違いない。

 

 「(さて、さっさと俺の名前が書いてあるクラスを見つけて教室いくか)」

 「・・・あの」

 

 こうして翔太が言っていた“ワンチャン”を頭の中から消して気持ちを切り替えエントランスへと一直線に歩き出そうとしたら、いきなり後ろから女子に声をかけられた。

 

 「人違いだったらごめんなさいだけど・・・金原桂くんだよね?」




【人物紹介】

金原桂(かねはらけい)・・・父親の転勤で中3に上がるときに生まれ育った長野から埼玉の中学に引っ越し、川越朝陽高校(アサ高)に入学する。父子家庭で4歳のときに母親を突然死で亡くしている。身長168cm
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