10フィート   作:ナカイユウ

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 「人違いだったらごめんなさいだけど・・・金原桂くん、だよね?」

 

 “クラス分け”の表が貼り出されているエントランスへ真っ直ぐ向かおうと歩き出そうとしたタイミングで、俺はいきなり後ろから女子に声をかけられた。しかも、フルネーム。

 

 「はい。そうですけど・・・」

 

 ほんの数パーセントだけ聞き間違いじゃないかと自分を疑いながらも、俺は後ろに振り返り声をかける。

 

 「・・・やっぱり桂くんだ。覚えてる?私のこと?」

 

 

 

 “「おはよっ、桂くん」”

 

 

 

 「・・・・・・柊奈?」

 

 声がした後ろへ振り返ると、そこには同じ学校の制服を着た“柊奈”がいた。

 

 「すごいじゃん。よく分かったね」

 「いや・・・よく見ると何だか面影があるし」

 

 小4の夏休みに埼玉に引っ越してから一度も会ってなかったからか、彼女があの柊奈だということを認識するのに少しだけ時間がかかった。俺より少しだけ高かった背は逆に少しだけ低くなっていて、俺の知っている“あいつ”と比べると顔も声も確実に大人っぽくなり見た目は女の子じゃなくて完全に“女子”になっている。だけど幾分か大人っぽくなったその顔をよく見てみると小4のときの面影もちゃんと残っているから、俺は目の前の彼女が柊奈だということに気付いた。

 

 「そういう柊奈こそ後ろ姿だけでよく俺だって分かったな?」

 「うん。何となく後ろ姿をパッと見た瞬間に“えっ?”って思って声かけたら桂くんだった。勘みたいな?」

 「何だよそれ」

 「てかさ、なんか桂くんおっきくなったよね?」

 「まぁ、6年経てば背は伸びるよ」

 「やっぱり男子って伸びる人は伸びるよねー」

 「女子だって伸びるだろ」

 「どれくらい伸びた?」

 「どの・・・だいたい25cmくらい?」

 「いいなぁ〜。桂くんは覚えてるかわかんないけど、転校する前は私のほうが背が高かったんだよ」

 「ちゃんと覚えてるよ。小6までの俺はチビなほうだったし」

 

 全く予想していなかったいきなりの再会に出だしはぎこちなくなりつつも、“あの日”からずっと途切れていた幼馴染との会話はとても約6年の時間が経っているとは思えないくらいに、互いの時間を埋めるようにすんなりと交わされていく。

 

 「桂くんがここにいるってことはひょっとして埼玉(こっち)に引っ越した感じ?」

 「あぁ、実は中2の終わりに親父が転勤することになって、それで埼玉(こっち)にな」

 「へぇ~、すごいじゃん」

 「何がすごいんだ?」

 

 15になって顔も声も大人っぽくなっても、久しぶりに話してみたら明るくて天然だけど俺よりしっかりしてるところがあって、だけどたまに何を考えてるのか分からなくてついツッコみたくなるところもあってそれがまた面白くて、何だかんだで一緒にただ話しているだけで楽しかった“あいつ”と何ら変わっていなくて・・・何だか思った以上に気楽に話せてる。

 

 「あれ?ちょっと緊張してる?」

 「は?別にしてねーし」

 

 だけど、本当はこうやって面と向かうのが久しぶりすぎてそれなり以上に緊張している俺がいる。無理はない。翔太が冗談で言っていた“ワンチャン”が現実で起こったりなんかしたら、俺じゃなくても誰だって緊張はする。

 

 「ていうか柊奈も朝陽受けてたんだ?」

 「そう。ちなみに推薦」

 「推薦・・・そういえば柊奈って普通に頭良いんだった」

 「ま~、人よりちょっとね」

 

 それにしても、柊奈ってこんなに可愛いかったっけ・・・?

 

 「おはよ、柊奈」

 

 と、学校の校門の近くで久しぶりに面と向かって話を弾ませていたら、急に柊奈の後ろのほうから同じ制服を着た1人の見知らぬ男子が声をかけてきた。しかも、挨拶と一緒にさり気なく柊奈の名前を呼んだのが俺にもハッキリと聞こえた。

 

 「おはよー連希(まさき)ー」

 

 急に後ろから声をかけてきた男子に、柊奈は何食わぬ感じで普通に挨拶を返す。ただでさえこっちは幼馴染との小4ぶりのいきなりの再会で手一杯だというのに、これでますます目の前で何が起こっているのか俺は分からなくなる。とりあえずパッと見ただけで、この男が柊奈とは少なくとも知り合いなのは分かったが。

 

 「・・・柊奈。この人は?」

 

 イマイチ状況が飲み込めないで半ば呆然としていたら、柊奈の知り合いっぽい男が俺の顔を不思議そうに見ながら柊奈に俺のことを聞く。しかもこの男をよく見ると、180近くはあるんじゃないかってくらいには背が高くて、偏差値で例えるとクラスの中で一番勉強ができる奴が受験する進学校ぐらい顔面が整っている超絶イケメンときた。

 

 「この人は金原桂くん。私が長野にいたときの友達」

 「どうも・・・あの、何だか状況がよく分かんないんだけど柊奈がお世話になってます」

 「お世話になってますって何それ?」

 「俺も思ったけどこれしか思いつかなかった」

 

 とりあえず柊奈から代わりに紹介された俺は仕方なく隣に立つイケメンに軽く頭を下げて挨拶をして、“これはもしかして知り合い以上の関係なんじゃないか?”と頭の中で考えながらそれを表に出さないように取り繕ったら何だか変な感じになって、柊奈に軽く笑われる。正直、自分でも何言っているか半分くらい分かっていないという、人見知りあるある。

 

 「・・・あぁ、柊奈が言ってた“向こうにいる友達”って君のことか」

 

 こんな具合に恐らく言葉を若干間違えたであろう俺に、イケメンは優しく笑いかけながら手を差し伸べる。

 

 「初めまして、黄村連希(こむらまさき)です。同じクラスになれるかは分からないけど、これから3年間よろしくお願いします」

 「“コムラ”くん・・・初めまして、俺は金原桂です。柊奈とは小4まで同じ学校で、よく遊んだりしていた感じです。これからよろしく」

 

 “コムラ”という人から差し伸べられた手に俺も自分の手を差し出して、自分の名前を言いながら軽く握手する。別にこの男と張り合うつもりなんて毛頭もないけれど、たかだか自己紹介ひとつでもイケメンはいちいち爽やかに見えてしまうのは、何故だろうか。

 

 「(・・・まさか“コムラ”と柊奈って“ワンチャン”・・・?)」

 

 いや、それを決めつけるのはまだ早い。

 

 「じゃあ自己紹介が終わったところで、さっそくクラスを見に行きますか」

 

 そして自己紹介がてらに握手を交わした俺とコムラを微笑ましく見ていた柊奈は、仕切るようにクラス表が貼られているエントランスへと歩き始め、俺とコムラもそれに合わせて止めていた足を進める。

 

 「あのさ、コムラくんに聞きたいことがあるんだけど」

 「ん?なに“カネハラ”くん?」

 

 というかそもそも高校生の自己紹介がこんな感じなのか・・・は置いておくとして、相手の名前が知れたことでやっと状況が飲み込め始めた俺は、少しだけ恐いけれど“コムラ”に聞いておきたいことを聞いてみることにした。

 

 「・・・柊奈とはどういう関係?」

 「どういう関係・・・逆にカネハラくんからはどう見える?」

 

 恐る恐る聞いてみたら、このイケメンはよりにもよって爽やかな顔をしながら意味深そうな感じで聞き返してきた。もちろんそんなもの、聞かれたところで分かるわけがない。

 

 「どう見えるって・・・」

 

 どう見えるかなんて、俺と柊奈と同じような仲の良い“友達”だと思ったら普通に友達に見える。だったらそれをそのまま言えばいいだけのことだが、コムラの意味深な言葉のせいで俺の頭の中で“あらぬ方向”の答えが駆け巡って答えが出てこない。

 

 「・・・まぁ、普通に仲の良い“友達”かと」

 

 5秒くらいどう答えるか考えた末に、俺は最初に浮かんだ直感のほうを選んだ。

 

 「もう連希ったら話をややこしくしない」

 「ごめんごめん。そんなつもりは全くなかったんだけどね」

 「あと桂くんもいきなり“どういう関係”って聞くとこっちがビックリしちゃうから気を付けてね」

 「あぁ、悪い」

 

 悩んだ末“友達”だと俺が答えると、柊奈は笑いながら紛らわしいことを逆に聞いてきたコムラを軽く叱り、ついでで俺も叱られる。確かに“どういう関係?”といきなり初対面を相手に聞いてしまった俺も俺だなと、入学式も始まっていないのにいきなり脳内で反省をしながら歩く。

 

 「連希は“こっち”に引っ越したときにできた最初の“友達”で、桂くんの言った通りの関係だよ」

 「・・・そっか」

 「ああ別に私たち“付き合ってる”とかそんなんじゃないから安心して?」

 「いや全然そう思ってねぇから」

 「でも一瞬だけ思ったでしょ?」

 「なわけねぇって」

 「何だかんだややこしくしないでって言ってる柊奈が一番話をややこしくしてるじゃん」

 「ほんとにそれ。やっぱりコムラくんもそう思うよな?」

 「柊奈って小さいときからこんな感じで抜けてたの?」

 「おう。基本的にこんな感じ」

 「へぇ~」

 「あの、本人が間に挟まってること分かってますよねお2人さん?」

 

 かと思ったら、話をややこしくした2人を咎めた張本人が一番話をややこしくして俺とコムラが共感するというオチで、“昔の友達”と“今の友達”の間を心理的に塞いでいた境界線が少しだけ綻ぶ。小4の夏まで一緒に遊んでいた幼馴染として、柊奈の“こういうところ”は本当にすごいと思う。

 

 「さてと、名前はどこにあるか・・・」

 

 こうして3人で並びながら歩いていたら、あっという間にエントランスの入り口に貼られたクラス表の前についた。

 

 「この3人で同じクラスになれたらすごいよね?」

 「うん、確かに」

 「それはそれで結構な確率になるけどな・・・」

 

 自分のクラスがどこかを確認する前に、真ん中に立つ柊奈が貼られたクラス表を見上げながら呟くように俺とコムラに言う。ただでさえ今日は、翔太が昨日言っていた漫画みたいなワンチャンスが早くも起きているから、これはもしかしたら二度目の“ミラクル”が起きるんじゃないかと、ほんの少しだけ心の中で俺は思う。

 

 「あ、オレ2組」

 

 名前を探し始めて10秒もしないうちに、自分の名前を見つけたコムラが呟く。その声に釣られて俺は自分の名前を探すのを中断してコムラの名前を探すが、言っていた2組には中々見当たらない。

 

 「・・・コムラくんの名前ってどこ?」

 「2組の14番。黄色の黄に村ってとこ」

 

 “コムラ”の名前を見つけられない俺に、黄村(こむら)は指をさして自分の名前を教える。

 

 「えっ、アレで黄村(こむら)って読むの?」

 「そう。初見じゃ読めないでしょオレの苗字?」

 「読めないし初めて見たわこの苗字。っていうか“マサキ”もああやって読むんだ」

 「あははっ、みんなからも毎回言われるんだよね。珍しい名前だって」

 「私も最初のころは連希の名前読めなかったなぁ」

 

 黄村連希と書いて、“こむらまさき”。ふりがな無しでいきなりこの名前を出されたら、少なくとも俺は絶対に応えに辿り着けない自信しかない。けど、柊奈の名前と同じように一度見たら忘れられないくらいのインパクトはあるから、逆に一発で“黄村”の名前は覚えることが出来た。

 

 「見て、桂くんの名前あった」

 「どこ?」

 「3組のとこ」

 

 黄村のフルネームを頭の中で覚えたタイミングで、柊奈が俺より先に“金原桂”の名前を見つける。この瞬間、柊奈が言っていた“ミラクル”は叶わなくなった。

 

 「へぇ~、カネハラくんってこういう字なんだ」

 「って言っても、普通っちゃ普通だけどね」

 「そんなことないよ。カッコいいじゃん」

 「そうかな?俺は全然フツーにしか思わないけど」

 

 なんてことは気にも留めずに、黄村は俺の名前をカッコイイと言って褒める。別に自分の名前を特別に良いと思ったことはないけれど、こうやって人から言われると何だか無性に嬉しく感じる。もちろんそれを表に出すのは恥ずかしすぎるからしないけれど、嬉しく感じてしまうということは自分でもこの名前を心底気に入っているってことの裏返し・・・なのかもしれない。

 

 

 

 “「桂・・・この名前を名付けたのってさ、実は瑛梨なんだよ」”

 

 

 

 「あ・・・私3組だ」

 

 黄村と互いの名前の話題で軽く盛り上がっていると、真ん中に立つ柊奈が自分の名前を見つけて呟く。

 

 「てことは桂くんと一緒だね」

 「・・・あぁ」

 

 柊奈の呟くような声に相槌を打ちながら“白間柊奈”の名前を目で追いながら探してみると、俺と同じ3組の列にその名前があった。

 

 「小学校4年生のとき以来だね、私と桂くんが同じクラスになるのって」

 「確かに・・・」

 

 どうにかして平然を装ってみせるが、今の俺の心の中は尋常じゃないくらいに動揺しているのが自分でもわかる。小4の夏休みぶりに柊奈に会えて、しかも柊奈とまた同じ学校に通うことになっただけでも奇跡みたいにすごい偶然(こと)なのに、おまけにクラスメイトにまでなるなんて夢にも思わなかった。何というか、嬉しさと驚きが交互に襲って来て感情として処理しきれない感覚がある。

 

 「意外と柊奈って冷静なんだな?もう少しあからさまに喜ぶかと思った」

 「うん。なんだろ、嬉しいんだけどそれより今は驚きが勝ってる感じ?みたいな?」

 「なるほどそっちのパターンね」

 

 思っていたよりもリアクションが落ち着いている柊奈に聞いてみたら、どうやら柊奈も俺と同じような心境らしい。それはだって、今日から通うことになる高校で何の前触れもなくいきなり再会して、同じクラスになるという “出来過ぎた”偶然が起これば、俺たち2人が揃ってこうなるのも無理はない。やっぱり柊奈も柊奈で、それなりには驚いているみたいだ。

 

 「良かったじゃん。2人とも同じクラスになれてさ」

 

 晴れて6年越しにクラスメイトになった俺と柊奈を、黄村は祝福するような口ぶりで爽やかに笑いかける。今更になって1人だけクラスが違う黄村がいるのにこっちだけで勝手に舞い上がっていたことが、ほんの少しの罪悪感になって俺を襲う。

 

 「って、なんかごめんね連希。1人だけ仲間外れみたいになっちゃって」

 「ううん、全然気にしないよ。こういうのって学校が決めてることだし」

 

 そんな俺の気持ちを代弁するかのように柊奈が黄村を気遣い軽めのテンションで謝ると、当の本人は全く気にしていない様子のまま笑って許してくれた。黄村がそういうのは気にしないタイプなのはここまでで何となく察してはいたけど、これで少しだけ気は楽になった。

 

 「そうだ・・・良いこと思いついた」

 

 すると柊奈は、何かを思いついたのかクラス表に視線を向けたまま凄いことを思いついたと言いたげな雰囲気を出して俺と黄村に言う。ただ俺は、こういうときに限って“大したことのない”ことを言ってくるのが柊奈(こいつ)だというのは知っている。

 

 「この3人でLIME交換しない?」

 

 柊奈の口から出てきた言葉は、案の定割と普通な提案だった。正直俺は、柊奈が“思いついた”と言った瞬間にそんな気はしていた。

 

 「LIMEねー、ナイスアイディア」

 「でも待って、先に聞くけど桂くんってLIMEというかスマホ持ってる?」

 「スマホもLIMEも持ってるよ」

 「よしっ、問題なしだね」

 

 とはいえ、今日から続く3年間の高校生活を考えると“友達”として関係を作っていくのにおいて、無難だけれどもこれ以上の確実な名案はない。

 

 「ということで今日からよろしくね、お2人さん?」

 「さっきからなんで柊奈が仕切ってんの?」

 「だって桂くんと連希(きみたち)2人と仲いいのって、今んとこ私だけじゃん?」

 「あぁ言われてみれば」

 

 こうして柊奈をきっかけにして、俺のLIMEの連絡先に早速“友だち”が2人増えた。もちろん“友だち”として連絡先を交換したからといって本当に“友達”になれるかどうかはまだ分からない。でもどうやら俺の高校生活は、翔太の心配が“余計な世話”になりそうなくらいには順調なスタートを切れている気がする。

 

 「ねぇ、入学式終わったらこの3人でどこか行かない?今日は昼ぐらいに終わるし」

 「どこかってどこ?」

 「とりあえず無難に“クレモ”とか?」

 「あ~確かにあそこに行けば何かしらあるしね」

 

 LIMEの連絡先を交換した俺は、帰りの約束をしながらまだ一度も履いていない内履きを履いて柊奈と黄村と一緒にそれぞれの教室へと向かった。




【人物紹介】

白間柊奈(はくまひな)・・・桂の幼馴染で親友と呼べるほど仲が良かったが、小4の夏に両親の都合で長野から埼玉へ引っ越すことになり離れ離れになる。それから互いに音信不通のような状態だったが、進学先の高校(アサ高)で同じく埼玉に引っ越していた桂と久しぶりに再会する。身長161cm
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