「これより、平成27年度、埼玉県立川越朝陽高等学校の入学式を執り行います」
10分ほどの
「入場」
体育館の中から微かに教頭先生の声が聞こえたのと同時に、今日からこの学校の生徒となる新一年生の列が動き始めて、中に入ると先生たちや関係者、親御さんたちが拍手で新一年生を出迎える。もちろんこの拍手の中に、俺よりほんの少しだけ後にマンションを出て会社へ行った親父はいない。
「(そういや
拍手の輪の中を通り、3組の列に並べられたパイプ椅子の前に立って8クラスの隊列が揃うのを待ちながら、こんなことをふと思い出す。元々親父は仕事が忙しくて授業参観には一度も来たことがないから “自分の親だけがいない”という状況は小3あたりから特に寂しさは感じない程度には慣れていたが、それでも年に一度の運動会と音楽会に中学に上がってからは文化祭、そして
「着席」
司会の教頭先生の言葉で、俺は周りに合わせて席に座る。
「(まぁ、学校のイベントがある度に自分の親が来るってのは何か
もちろん俺は思い出を記録として残す親父が撮った写真や動画がなくても、特別に寂しいなんて思わない。
“「瑛梨。この4月から桂も小学1年生になるぞ・・・・・・どうだ、大きくなったろ?」”
11年前に母ちゃんがこの世界から居なくなった俺にとっては、親父とは同じテーブルで朝飯と夕飯を食べて、何気ない話を他愛もなく淡々と話すようなごく普通の当たり前な瞬間が存在していれば、それだけで十分だ。
“「今日から柊奈と“友達”になろうよ。桂くん。そのかわりもう桂くんのことを“かわいそう”だなんて言わないし思わないって約束するから・・・・・・お願い」”
と、自分の中ではそう思いつつも、やっぱり母ちゃんが死んで塞ぎ込んでいたときに“あいつ”が友達として手を差し伸べてくれなかったら、俺はきっと喪失感から立ち直れなかった。親父が病気ひとつせずに元気でいる幸せに気付けたこと。あいつ以外にも翔太のような親友と呼べる友達に出会えたことで楽しい思い出が増え続けていること。転校先でも気の合うクラスメイトがいたりして何だかんだで上手くやれていること。そのどれもが、小4の夏に離れ離れになった
そんな暗闇から救ってくれた“あいつ”と、俺は再びクラスメイトになった。
「新入生の皆さん。この度は本校へのご入学、誠におめでとうございます」
「(・・・何やってんだ俺)」
校長先生の式辞が始まる中で、不意に魔が差した俺はほんの一瞬の隙をついて同じ列の向こうに座っている柊奈の姿を横目で追おうとして、寸でのところで我に返って式辞を述べる校長先生に視線を再び向ける。ただ意識だけは、少しだけ同じクラスになった柊奈のことをどうしても思い浮かべる。
「(・・・柊奈)」
6年ぶりに俺の目の前に現れた柊奈は、何というか俺の知っている“あいつ”と比べると更に可愛くなっていた。15になった柊奈を前にしたあの緊張は翔太の冗談が当たったことの動揺だと信じているが、短めだった髪も胸のあたりまで伸びてより女子らしくなった柊奈は、やっぱり小4のときより一層可愛くなっていた。
「(さっきから何考えてんだ俺は・・・)」
再び我に返り、今度こそ壇上に意識をフルで向ける。俺というやつは、たかが久しぶりに仲の良かった幼馴染に会えただけで舞い上がり過ぎだろ・・・と、脳内で自分を戒める。でも、正直なところ今日ぐらいは頭の中で舞い上がるぐらいのことは許してほしいとも思う。
“「桂くん。明日って暇?」”
何せ、俺と柊奈が互いに顔を合わせて話したのはほぼ“6年ぶり”だから。
「校歌斉唱。新入生、起立」
長いようだった入学式はあっという間に最後の校歌斉唱に差し掛かり、まだ一度も歌ったことのないこの学校の校歌を在校生の先輩たちが歌っているものの録音を聞きながら無言の斉唱を終えた俺は、退場の合図と共に隊列の中で入学式に参列した親御さんたちの拍手に迎えられながら体育館を出て、そのまま3組の教室へ戻った。
「(よし・・・これで全部か)」
入学式の後の
「(この階段を上がると2階のエントランスに行けるのか・・・)」
ちなみに下駄箱のロッカーは1,2年生が1階で、3年生のロッカーはホールにある階段を上がった先の2階部分のエントランスにある。そもそも昇降口に2階があるという時点で俺にとっては驚きでしかないし、俺がいた地元ではこんな“シャレオツ”な学校なんてあるとしても私立レベルがやっとだろう。
「(・・・13時14分か)」
エントランスに出て、柊奈と黄村の3人で連絡先を交換してからずっとポケットの中に入れていたスマホをつけて時間を確かめる。時間は13時14分。物品購入が思った以上に混んでいたおかげで無駄に時間を費やして、今からマンションに戻って親父が買ってくれたストックを漁って適当に何かを食べるには遅い時間になってしまった。
「(・・・あぁそうだ。柊奈と黄村で待ち合わせてるんだった)」
トントン_
少しだけの空腹感のせいで忘れかけていた約束を思い出した瞬間、背後から誰かに肩をポンと優しく叩かれる。
「おつかれ」
「・・・なんだ柊奈か」
右の肩を優しく叩かれた感覚で反射的に後ろを振り返ると、肩を叩いたほうの手を軽く振る仕草をして静かに笑う柊奈がいた。
「分かってはいたけど物販混みすぎで疲れた」
「それな。ってか黄村くんは?」
「それがわかんないんだよね」
「分かんないとかあるのかよ?」
「一応LIME送ったけど既読が付かない・・・ってことはまだ教材とか定期とか買ってる途中とか、いや忘れ物でもしたかな桂くん?」
「俺に聞かれても分からんて」
ちなみに黄村は柊奈の憶測によると、まだ物品購入の列から出られていないか、はたまた忘れ物をしたのか・・・らしい。
「それよりスクバが凄いことになってるよ?」
「?あぁ。思ってた以上に必要な教材が多くて全部詰め込んだらギリギリになった」
「もう少し大きいサイズのやつかリュックにすれば良かったのに」
「ぶっちゃけ少し後悔してる」
一足早くエントランスホールに着いた幼馴染に機嫌よく話しかけてきた柊奈は、さっそく教材がぎっしりと詰まった俺のスクールバッグを見て優しく弄る。何となく中学で使っていたカバンと同じくらいか少し大きいくらいのサイズでこと足りると思っていたものの、蓋を開けてみれば全科目で必要な教材をひとつのバッグにぶち込むわけだからそりゃあこうなるわなって話だ。
「あははっ、桂くんって小っちゃいときからたまに天然になるよね?」
「たまにって何だよ?」
「じゃあいつも?」
「なわけないじゃん」
こんな感じで中途半端にサイズと値段をケチったツケをもろに受けた俺のことを、
「何なら駅までそのスクバ私が持とうか?」
「そこまで俺は非力じゃないから安心しろ」
本当だったらもっと上手い感じにこいつへの言葉を返せるはずなのに、こっちは会うのがあまりにも久しぶりなのと想像していた以上に見た目が大人に近づいた柊奈を前に、まだまだ本調子になれないでいる。
「ていうか桂くんってどうやって通う予定なの?」
「予定ってか普通に東上線」
「えっ、東上線ってことは一緒じゃん!?」
「マジで?」
「で、どこ住んでるの?」
「上福岡ってとこだけど」
「・・・まってそれ隣だよ桂くん」
「隣?」
「私“ふじみ野”だから」
「“ふじみ野”・・・」
そしてさり気なく、柊奈がどこに住んでいるのかも分かった。
「って、めっちゃ近所じゃん」
「一駅分あるから“めっちゃ”って言うほど近所じゃないけどね?」
「それはそうだけど無駄に細かいな・・・」
しかも柊奈がいま住んでいるというふじみ野は、記憶が正しければ俺の住んでいるところの最寄り駅から一駅隣の場所にある。はっきり言って近所だ。
「でもマジか・・・こんなに近くに住んでたなんて全然気づかなかった」
「うん。だって埼玉に引っ越してから今日まで1回も桂くんと私は会ってないし手紙とかも送ったりってこともしなかったしね」
同じ埼玉でもどこに住んでいるか分からなかった柊奈が、まさかこんなにも近くに引っ越していたなんて。別に悪い意味とかそういうのではないけれど、何だかショックを受けたような気分だ。
「(・・・やっぱりそうだよな)」
その流れで俺の頭の中に、柊奈にとってのもう一人の“幼馴染”のことが浮かんだ。
「・・・てことは黄村も同じとこ?」
頭の中に浮かんだ黄村のことが気になった俺は、一呼吸を整えて柊奈に聞いてみた。友達に“あいつはどこに住んでいるか”なんていう何気ない
「まーそうなるね。だってこっちに来てからは小学校も中学校も一緒だし」
「きっとそうなんだろうなってのはさっきの感じで何となく分かってるよ」
「ついでにクラスも桂くんと同じでずっと同じだったよ」
「それは仲もよろしいわけで」
結局、柊奈から戻ってきた答えは想像通りのものだった。というより、校門の前で普通に下の名前で気兼ねなく呼び合っているところを見た瞬間にそれは何となく感じてはいたし、第一こいつが“こっちに引っ越したときにできた最初の友達”と言っていたから、まともに考えたら聞くまでもなく分かるようなことだ。
「だってそういうのが“友達”ってもんでしょ?」
「・・・あぁ。そうだな」
何でそんな簡単なことを、俺は馬鹿みたいに身構えて聞いたんだろうか。柊奈に相槌を打つ片隅で考えてみても、全く分からない。
「おーい?意識あるー?」
いつの間にか無意識にうわの空になっていたのか、超が付くほど個人的な考え事をしていたら柊奈が不思議そうな視線を向けながら声をかけてきた。
「見ての通りちゃんとあるだろ」
「そう?なんか私には考え事をしてるように見えたけど?」
「・・・何で?」
おまけに考え事をしていたことも勘で当てられた。もちろん当てられたことを、俺は態度には一切出さない。
「だって桂くん。6年前と全然変わってないもん・・・なんかこう、基本的に嘘をつくのが苦手なところとか人見知りなのにカッコつけてる感じとか?」
「二つ目は関係なくね?てかカッコはつけてねぇだろ」
にしても6年も会ってないのに後ろ姿だけでそこにいるのが俺だと気がついたりするように、こいつの“勘”は普段は天然なくせに昔から怖いくらいによく当たる。果たしてそれが全て“たまたま”なのか、そうではないのかは分からない。ひとつだけ心から言えるのは、
「で?何考えてたの?」
「・・・あー、まぁシンプルにこれからの学校生活のこと、的な」
なんて言っても最終的に言い負かされることが多かったことは覚えているから、わざわざ口にはしないが。
「的な?」
「おう」
「ほんと?」
「嘘ついてどうすんだよ・・・って、そういや黄村遅くね?」
とりあえずいくら相手が柊奈でも流石にしつこく感じて嫌気がさし始めたから、感情のボロが出る前に俺は話題を逸らす。
「おぉ、言われてみれば確かに」
「初めましての俺はともかく柊奈は忘れんなよ」
幸か不幸か話題を逸らしたことに気が付かない柊奈は、まんまと罠に引っかかったかのように俺の話に乗る形で黄村のことを思い出す。そんな頭脳と勘はそこそこ以上に冴えているのに変なところで天然ボケなこいつを見ていたら、気が付くと最初の緊張はどこかに飛んでいた。
「どうする?まず体育着のある家庭科室に行ってみる?」
「いや、先ずは既読付いてるかどうかの確認が先じゃね?」
「ああそれもそっか」
「(こりゃあ
理由はもちろん、6年経って見た目とか心が一気に大人へと近づき始めていても、根元にあるものは6年前の“あいつ”と変わっていないことが分かったからだ。
「あ、ちょうど既読ついた」
でもどうやら、俺が可愛くなった“こいつ”に慣れるまでにはもう少しの時間と猶予が必要みたいだ。
「ごめん、遅くなった」
そんなこんなで黄村のLIMEに柊奈がメッセージを打とうとしたタイミングで、噂をすれば何とやらと言わんばかりにスクールバッグを肩に背負った“イケメン”が遅れてエントランスにやってきた。どうでもいいことではあるけれど、今さらよく見てみるとちゃっかり俺のやつより少し大きいサイズのスクールバッグで来ているあたりは、さすがは黄村って感じだ。何がさすがなのかは自分でもよく分からないが。
「シンプルに混んでたって感じ?」
「いや、それもあるけど途中で教室に忘れたスマホ取りに行ったから余計時間かかった」
「あーだからさっきまで既読がつかなかったんだ」
「うん。ロッカーに着いたところで柊奈のLIME見た」
「ははっ、教室で見ないのが連希らしい」
どうやら黄村が遅くなった理由は柊奈の言っていた通り、“忘れ物”だったみたいだ。
「この見た目で意外と抜けてるところがあってカワイイんだよね~連希ってさ」
「いやそれ柊奈が言っても何の説得力もないぞ?」
教室に忘れたスマホを取りに行って遅れたという黄村を、柊奈は“天然ボケでカワイイ”と言って俺にどこか自慢げに話す。正直なところ“どの口が”と言ってやりたいところだけど、確かに黄村もどっちかというと
「とりあえずみんな揃ったし、そろそろ行く?」
「うん。そうだね」
「まずは何か食べよう。腹減ったし」
「金原くんは何食べたい?」
「えっ俺?・・・何でもいいから2人に任せる」
ともあれこれで