「・・・ピース下手かよ」
マンションに戻って親父の帰りを待ちつつ自分の部屋で来週の数学と英語のテスト対策をしていた途中の休憩時間。何気なく柊奈からLIMEで送られてきたクレアモールのゲームセンターのプリクラで撮った写真のうちの一枚に写る自分の姿に、堪らずツッコミが漏れる。
『めっちゃ陰キャみたいじゃんピースしてる俺_』
その写真を見たリアクションを、冗談半分で柊奈にメッセージで返す。柊奈を真ん中に挟む形で写真に写る自分の、中途半端なピースマーク。反対側にいるのがイケメンの黄村のせいか、余計に自分の姿がダサく見えて恥ずかしさと笑いが半々ぐらいで込み上げる。
『_確かに(スタンプ)』
およそ2分後、既読がついて柊奈から返信が来た。何となく、こんな感じの答えが返って来るだろうなという予想はしていた。
「スタンプとか普通に使うんだ・・・柊奈のやつ」
『確かにじゃねーよ_』
スタンプ以外はほぼ予想通りな返信に、俺は“いつもみたいに”メッセージをまた返す。そもそも俺と柊奈にとってのいつもは、もう約6年も前の話になるけれど。
『_でも桂くんがセンターのやつは結構イケてると思うよ?』
『いや補正かかっても余裕で黄村に負けてるんですけど_』
『_相手が悪いよ笑』
「いや、そこは否定する流れだろ普通・・・」
『知っとるわ!_』
と、相手に全く伝わる心配がないのを良いことに無意味な独り言を呟きながら寂しくなっていたトークルームを埋めていくメッセージを特に意味もなく見つめる、小テストに向けた勉強の隙間時間。
「(・・・なかなか付かないな既読)」
そして唐突に途切れる、トークルームの中で繰り広げられていた会話のリレー。何かしらの
「さて・・・やるか」
ちょうど柊奈からのLIMEが途切れたタイミングを利用して、俺は中学で使っていた教科書とドリルを開いてテスト勉強を再開する。
♪~_
「?」
つもりで勉強机に無造作に置いていたペンを握った瞬間、俺のスマホが鳴った。しかも着信音からして電話だ。
「・・・暇人かよ」
それなり以上に心底めんどくさくなった心境で画面を見ると、お馴染みの名前が表示されていた。こっちはテスト勉強しようとしてたのになんつータイミングでかけてきやがるんだ・・・と思いつつ、気付かなかったフリをしてシカトするのもそれはそれで罪悪感を感じて気が進まないから、結局俺は仕方なく“こいつ”からの電話に出る。
「うす」
『おう、おつかれ桂。調子どう?』
「調子?普通に良いよ」
『マジで?最高じゃん』
「まぁ、最高」
気分的にめんどくさくなっているから、翔太のいつものボケにツッコむ気力は全くない。それよりも翔太のやつは自分の家じゃないどこかにいるのか、スピーカーから聞こえる声は雑音混じりでもごもごしている。
「ていうか雑音がすげぇけどどこにいんの?」
『ラウワン。入学式終わってクッソ暇だったから』
「それはまた楽しそうなことで・・・」
なるほど、通りでスピーカーの先から聞こえる翔太の声に雑音が目立つわけだ。
『桂、今からお前とどうしても話してぇって奴が出るから』
すると翔太は誰かと電話を替わる。まぁラウワンに行ってる時点で1人じゃないのは確定だが。
『“かねっち”?俺のこと覚えてる?』
スピーカーから聞こえてくる声が変わる。何となくこのあだ名からして誰なのかは直感で分かったけれど、声を聞くのが久しぶり過ぎて本当に合っているかが不安になってくる。たった1年ちょっと会わなくなっただけで、友達の声というのは案外忘れてしまうものなのかもしれない。
「間違ってたらごめんだけど・・・・・・航大?」
『・・・せいかーい』
それでも直感を信じて“間違ってたらごめん”という保険を掛けたうえで頭に浮かんだ名前を言い当ててみたら、普通に当たった。当たったから嬉しいとかは別にないが、結局は仲の良いお決まりのメンツが揃ってると見た。
『ってかマジで久しぶりじゃん』
「そっちこそだろ。で、何の集い?」
『あぁ、ちょうど
「ボウリングじゃないんかい」
『それはついさっきやり終えた』
「てか相変わらずマジで仲いいよなお前ら」
いま俺の電話に出ているこいつの名前は
「そういやお前らって同じ高校だっけ?」
『違えよ』
「違うのかよ。ってか航大はどこ受けた?」
『“東高”』
「あーなんか中2んとき東高行きてーって言ってた気がするわ」
『んでかねっちはどこ受けたん?』
「えー、言っても絶対知らねぇだろ」
『そんなことねぇよ絶対分かるから』
「川越朝陽。略して“アサ高”」
『ごめん全然わっかんね』
「だろうな」
小1の途中までは喧嘩ばかりしていた翔太とは違って、不特定多数にフレンドリーな航大とは最初から割と上手くやれていて、何なら
“「よぉかねっち、翔太がサッカーやるって言ってるけどかねっちもやるか?」”
ちなみに航大は俺のことは初対面のときから“かねっち”と呼んでいる。最初はあだ名で呼ばれ慣れていないせいで内心だと少し嫌だったが、しばらくしたらすっかり慣れてしまって何とも思わなくなった。そんないつかの俺はこいつにその理由を聞いた気がするが、当人曰く“特に理由はない”らしい。
『で?かねっちは彼女できた?』
「いや出来るわけねぇじゃん」
『何言ってんだよ小学校んとき柊奈ちゃんとイイ感じのとこまで言ったモテ男がよ』
「いつまで引っ張るつもりでいんだよそのネタ?もう擦り散らかしてるとかそんなレベルじゃねーだろ」
ただこいつは人の噂を真に受けては悪気なく広めるような良くも悪くもお調子者なところが玉に瑕で、そのせいで一時“俺と柊奈が付き合ってる”という変な噂が学校に広がったこともあった。まあ、人の噂も何とやらと言わんばかりにひと月もすればすっかり聞かれなくなったし、“
『オイいつまで話してんだよ航大そろそろ俺に代われ』
『えーいいじゃんせっかく久々に話してんのに』
『俺だって話してぇんだよ』
「(
スピーカーの向こうで軽く揉めるやり取りを半ば呆れた気持ちで聞き届けて、再び話し相手が翔太に戻る。
『そうだ、桂は今何してんの?』
「俺?普通に勉強」
『うっわめっちゃ真面目やん。今日ぐらい遊び倒せよ向こうに友達いんなら』
「来週いきなりテストあるんだよこっちは」
『マジ?それ超めんどくさくね?』
「うん、シンプルにめんどいわ」
『それって5教科とかやる感じなん?』
「いや数学と英語の2科目。その点数次第でクラス分けするみたいな感じ」
『だったら思い切ってサボったほうがレベル低いクラスになって授業もラクになるしない?』
「赤点取ったら普通に追試だわ」
『じゃあギリ赤点回避できるぐらいの点取ればよくね?』
「一応成績に響くだろうから真面目にやるよ」
にしても昨日といい今日といい、翔太のやつは忘れた頃にふとこうやって前触れもなく俺に電話をかけてくる。もちろんその理由は俺のことが心配だからだと言うのは、俺は分かり切っている。
『嘘だよごめんて応援してっから』
正直言うとやっぱり余計なお世話感は否めなく思えてくるけど、翔太のこういう面倒見のいいところを俺は悪友という名前の親友として受け入れているから何だかんだで大目に見てしまうのがいつものこと。
『てか勉強の邪魔するわけにもいかねぇからそろそろ切ったほうがいいよな俺ら?』
「えっ?いや別にどっちでもいいけど」
『いやいや桂の邪魔をするのは嫌だしさ。悪いなこんなときに電話して』
「全然大丈夫だよ」
『航大、お前もなんか一言』
『・・・かねっち、彼女出来たら俺に教えろよ』
「最後までそのネタ引っ張るのかよ」
そうこうしていたら久々の悪友3人で話す時間は話の流れ的にもう終わろうとしている。最初はそこそこ心底めんどくさいと思ってたのに、いざ終わろうとしたらもう少しだけ話したいと思っているこの気持ち。本当に翔太といい航大といい
『じゃあテスト頑張れよ桂!』
「おう」
『あと
「分かっとるわ」
『そんで集まれそうだったらまた俺らでなんかやろうぜ!』
「それ昨日もお前言ってたぞ」
『マジかよ!?』
「マジだわ」
『まぁいいや。元気でな、桂!』
「あぁ。そっちこそ元気でな」
時間にして3,4分と言ったところだろうか、翔太からの電話が切れて自分の部屋に再び沈黙が走る。
「・・・聞いてこなかったな・・・翔太のやつ」
そして次の瞬間、俺は翔太が柊奈のことを聞いて来なかったことを思い出した。昨日の電話では耳にタコが出来るくらい柊奈の
「(・・・せっかく“ワンチャン”が起きたのに・・・勿体ない)」
けどあれだけ俺を差し置いて勝手に盛り上がっておいて“ワンチャン”が起きた今日にせっかく電話したのにそれを聞かないのは、“された側”からすると少しだけ拍子抜けした気分だ。
「(・・・いい加減やるか)」
無論、された側の俺はいちいち気にはせずに中断していたテスト勉強の続きは普通にやる。
♪~_
「(・・・これは柊奈だな)」
と、またしても狙いすましたかのようなタイミングで送られてきたLIME。
『_はくまひながスタンプを送信しました_』
『_桂くんの良さは顔じゃないよ(スタンプ)_』
通知履歴にはこれまた予想通りの送り主の名前とメッセージ。しかし、柊奈が顔文字を使う系のLIMEをするやつだとは全く知らなかったせいか、僅かに俺は違和感を覚える。というか、何を急にイイ感じのこと言っています感を出しているんだ
“「べつにいいじゃん。明るく元気じゃなくたって。柊奈はそのまんまの桂くんが好きだから」”
まあ、こういうことを何の悪気も自覚もなく言ってくるのが、俺がよく知っている柊奈なのだけれど。
「・・・後で返すか」
小4のときと何だかんだであまり変わらない柊奈からのLIMEを返すかどうか10秒ほど悩んだ末、20分くらい勉強してから既読を付けることを決めて俺は今度こそペンを手に取ってテスト勉強を始める。
「(・・・にしても、本当に会えるなんてな・・・)」
「桂くんに問題です。“10フィート”はどれくらいの長さでしょうか?」
台風一過のよく晴れた小4の夏休み。両親の都合で明日から埼玉に引っ越すことになった柊奈から近所の小さな公園に呼び出されたときに、隣のブランコに座っていた柊奈が出してきたクイズのようなもの。
「正解知りたい?」
「・・・柊奈の好きにすれば?」
あのとき俺がどんな答えを言ったのかは思い出せないけれど、間違った答えを言われた柊奈は今すぐ答えを教えたいと言いたげな感じで嬉しそうに俺を見つめながら微笑んでいた。
「正解は・・・・・・“届きそうで届かない距離”、だよ」
そうして答えを間違えた俺に柊奈が明かした“クイズ”の答えが、これだった。
「・・・いや、何でそうなる?」
正直、その答えが柊奈の口から明かされたときは、何を言っているのか全く意味がわからなかった。
「“本当の正解”を言うと約3メートルなんだけどね」
「なんだよ全然違うじゃん」
“10フィート”の答えがどうして“届きそうで届かない距離”なのか理解できずにいる俺に、柊奈は本当の答えを種明かしした。俺はますます柊奈の言いたいことが分からなくなった。
「で、なんで3メートルが“届きそうで届かない距離”になんの?」
「学校の体育館にあるバスケットのゴールってだいたい高さが3メートルくらいなんだけど、あれってどんなに頑張ってジャンプしても手が届かないじゃん。それで“届きそうで届かない距離”って意味」
「じゃあオリンピックとかアメリカでバスケやってる人がゴールのところに普通に手が届いてるのテレビで観たことあるんだけどあれは何?」
「もちろんああいうアスリートの人は“例外”で、これは桂くんみたいなフツーの人の話ね」
「・・・なんだそれ」
そんな察しの悪い俺に、柊奈は優しく答えに隠された意味を教えてくれた。
「まぁ、柊奈の言ってる10フィートって距離が“届きそうで届かない距離”なのは何となくわかったよ・・・」
10フィート。距離に換算すると約3メートル。分かりやすく例えるなら頭上のバスケットゴールに向けて思い切り手を伸ばしながらジャンプをしても、ゴールのリングには手が届かないという、手を伸ばしても届きそうで届かない距離・・・というのは、柊奈から教えられたことでやっと理解することができたけれど、どうして俺にそんなことを聞いたのかまでは分からなかった。
「けど・・・なんでいきなりこんなクイズみたいなのを俺に出した?」
「・・・あークソッ、集中できねぇ」
ペンを取り始めてから5分足らず、結局テスト勉強に身が入らないままでいる俺は“誘惑”に負けてLIMEを開きトークルームに既読をつける。相手が毎日学校のクラスや部活で会うような間柄だったらメッセージが来ても怪しまれたりしない程度にはタイミングを自分勝手にできるが、何せLIMEの相手は小4の夏休み以来どこに住んでいるのかも知らず“音信不通”も同然に離れ離れになっていた柊奈だ。
“「人違いだったらごめんなさいだけど・・・金原桂くん、だよね?」”
そんな柊奈とまさかこんな形で再会するなんて夢でも思わないから、はっきり言って今日はその“余韻”のせいで勉強どころじゃない。別にもの凄く感動するような感覚は不思議とあまりなくて、どちらかというと夢か現実か分からない感じの驚きのほうが圧倒的に強かった。
“「・・・柊奈。この人は?」”
おまけに理解が追いつかないうちに知らないイケメンの男友達まで現れて、何やかんやで入学式の後にクレアモールで軽く遊ぶ流れになって、終わってみれば今日は本当に慌ただしかったし、心なしか大して体力は使っていないはずなのにまるで長距離走でもした後かのように疲れた。
“「なんかごめんななんか勝手に俺らだけで盛り上がっちゃって」”
“「いやいや全然良いって、話聞いてるだけで面白いし・・・」”
でもやっぱり、“よそ者”だからと周りに気を使わないで素の自分のままで話せる相手が今日から“すぐ近く”にいると分かるという、たったそれだけで意味もなく心がラクになって、たったそれだけで明日が楽しみに思えてくる。
友人から一歩踏み込んだ“親友”の定義はきっと人それぞれで違うのだろうけど・・・俺にとっての親友はそういう
『柊奈ってスタンプとか使うんだな_』
どんな言葉をメッセージで返そうか何パターンか打っては消してを繰り返した挙句、俺は自分でもよく分からない返信を送った。
『_うん!使うよ!(スタンプ)』
『_ていうかそこツッコむんかい!笑』
「・・・やっぱ違う言葉にすりゃ良かったな」
結局のところこの日はほとんどテスト勉強が捗らず、ただただ丸一日“思い出”に浸った。
サブタイトルの表記が数字だけなので分かりづらいのですが、今回で最初のエピソードは終わりです。