「あれ?金原くんじゃん」
「・・・黄村くん?」
一瞬の気の迷いから演劇部の活動場所の1つでもある視聴覚室来てしまったことを後悔し始めて“このまま家に帰ろう”と決意を固めて視聴覚室から背を向けると、視線の先に黄村がいた。
「視聴覚室に何か用?」
「えっ?あぁいや、俺はたまたまここを通りすがっただけだよ」
視聴覚室に何か用があったのかと聞く通りすがりのイケメンこと黄村に、咄嗟にそれらしい嘘を吐いて適当に誤魔化して、そのまま立ち去りがてら自分なりに家路につくことを試みる。
「そうなんだ・・・でも、オレには金原くんが興味津々みたいに視聴覚室の扉の前で突っ立ってたように見えたんだけど?」
だけど、そんな取って付けたような言い訳にすらならない張りぼての誤魔化しは文字通りに“秒”で嘘だとバレ、すれ違う“2歩前”のタイミングで呼び止められる。
「いや、多分それは黄村くんの見間違いじゃね?」
「見間違い?」
「おう」
それでも脳内の思考がすっかり“家に帰りたい”状態と化している俺は、往生際悪く嘘を重ねる。もうここまで来ると、はっきり言って完全にヤケだ。
「たまたま視聴覚室の前を通ったらなんか中から声が聞こえるなーって思ってさ、それで“ふっ”て感じに俺が
「オレの目には何となく10秒くらいは立ち止まって中の様子を伺ってるように見えたんだけど、見間違いかな?」
自分でも“さっきから何やってんだ?”とツッコみたくなりながら嫌々その場しのぎでシラを切ろうとするこの心を見透かしたのかは分からないが、そんな往生際の悪い俺に黄村は“嘘下手すぎかよ”と言わんばかりに優しく笑いながら容赦なく核心を突きまくる。何というか、少なくともこれは“視聴覚室に入る羽目になるパターン”になるような、嫌な予感を感じる。
「金原くんってさ・・・ひょっとして演劇に興味あるの?」
「・・・何で?」
あぁ、これは完全に“そういうパターン”だ。
「何となくだけど・・・興味があるからあそこに立ってたんじゃないのかなって、オレは思った」
“「金原くん。マジでワンチャン演劇部にしようかなって思ってたりする?」”
“「ちょっと叶それはないって」”
「・・・じゃあ逆に聞くけど、黄村くんは何でここにいんの?」
ことごとく言い訳に失敗しまくったせいかは定かではないが、数分前の記憶が頭の中を駆け巡ったのと同時に何だか一周回って冷静になって頭が冴えてきた俺は、逆に黄村へと核心をぶつけてみる。
「もちろん。演劇部の見学のためだよ」
そしたら黄村は、一切誤魔化したりすることなくストレートに理由を打ち明けた。今になって、“帰りたい”がために下手な嘘と言い訳でのらりくらりと逃げようとした自分が滅茶苦茶ダサく思えてきて、軽く死にたい心境になった。当然、死なないし死にたくもないけれど。
「なるほどな。黄村くんって演劇に興味あったんだ?」
「興味というか、このあいだに金原くんと柊奈に言った“高校こそはちゃんと最後まで続けられる部活を探そう”ってやつじゃないけど、どうせだったらやったことないような新しいことに挑戦してみよう・・・みたいな感じ」
「・・・あぁ、そういやそんなこと言ってたな黄村くん」
自然な流れでさり気なく理由を聞いてみれば、柊奈の何気ない一言がトリガーになってほぼ衝動的にここに来た俺とは違って、理由もまたイケメンらしくちゃんとしていた。というか、言われてみればそんなことを入学式の日の放課後に昼を食べに行ったマックでこいつは話していた。
「まぁ・・・じゃあせっかくだから、俺も見学するわ」
真面目な理由でここに来た黄村を前にここで帰るのも情けなくなってきた俺はとうとう折れて、諦めと覚悟が半々の気持ちで演劇部を見学することに決める。もちろん、心の中ではやる前から“やって後悔”したかのような気分でそれなりには不本意なのだけれど。
「あっ、桂くんと連希じゃん」
俺が“家に帰る”ことを諦めたタイミングとほぼ同時に、黄村の背後から聞き馴染み始めた柊奈の声が俺たちの名前を呼ぶ。
「ひょっとして2人とも演劇部の仮入部で来たって感じ?」
そして名前を呼んだ流れで、“いかにも”なことを早速俺たちに聞いてきた。少なくとも俺は、どうして柊奈がここに来たのかはとっくに見当がついている。
“「まぁ・・・一応演劇部も、ちょっとだけ考えてみるよ」”
とはいえ結果的に見て考えると、その理由があまりにも衝動的すぎるから出来ればあまり触れて欲しくないのだけど、嫌な予感しか感じない。
「オレは仮入部ってより先ずは見学がてらって感じかな」
「へぇ~、そっか」
なんてしょうもない俺の心の内など全く知る由もない黄村は、平然とそれらしい理由で柊奈からの問いかけを返す。こんなことを口にすると性格が悪いと思われるのはほぼ確定だろうから内側でそっとしまっておくが、何となくこのイケメンのリアクションには何か“裏”のようなものがあるんじゃないかと、一瞬だけ思ってしまった。まあ、ただの思い込みなだけの確率のほうが圧倒的に大きいし、そうであって欲しいけど。
「ていうか桂くんホントに演劇部のところに来たんだ?」
「ホント・・・いや、“たまたま”だよ」
「“ホント”ってどういうこと?」
なんて人の心配をしている暇はなかったみたいで、柊奈はあろうことか教室でのちょっとした一幕をサラッとバラして、案の定この3人の中で唯一何も知らない黄村が掘り下げる。
「あ~実はついさっき桂くんと教室でちょっとだけ話して」
「すみません、もしかしてそこに立ってる3人は演劇部を見にきたのかな?」
とうとう俺がここに来てしまったもの凄く馬鹿げた理由が柊奈の口から黄村に明かされそうになったまさにそのとき、視聴覚室の扉が開いて中から女子が俺たち3人に声をかける。もしかしなくても、この眼鏡をかけた女の人が演劇部の部員だというのは明らかだ。これが所謂、“勧誘”っていうやつだ。
「はい。演劇部の“仮入部”で来ました」
「仮入部じゃなくて今日はあくまで“見学”ね?柊奈」
「もういいじゃん仮入部ってことで」
「まだ何にも分かってない状況で話進めんな」
「男子のくせに女々しいねぇお2人さん」
視聴覚室から出てきて演劇部に勧誘してきた部員に二つ返事で“仮入部します”と無邪気な笑みで手を挙げて意思表示という名の暴走をする元気印の柊奈を、“帰りたかったけど諦めた”俺と“あくまで見学で来た”黄村の2人で止める。だけどここまで来てしまったら、もういよいよ引き返せなくなった感は否めない。
「とりあえずここまで来たんだったら騙されたと思って入って入って」
「では、お言葉に甘えて」
「ありがとうございます」
「(・・・まぁ、1人で入るよりはマシか)」
こうして俺は柊奈からの“カミングアウト”を一旦キャンセルされたのと引き換えに、帰りたかった気持ちとは裏腹に演劇部の見学に参加することになった。
「失礼しまーす」
ひとまず“1人よりはマシ”と気を切り替えて、何故か一番乗り気な柊奈を先頭に視聴覚室の中へと入る。それにしても柊奈が演劇をやっているイメージも、こういうものに興味があるっていうのも全くイメージが湧いてこないから、違和感がすごい。
「失礼します」
黄村に続く恰好で最後に視聴覚室に入ると、プロジェクタースクリーンの前や最前列の席に座ったりしながら談笑していたざっと11人ほどの部員の人たちの視線が、見学しに来た俺たちに向けられる。
「おっ、もしかして3人は見学に来てくれた感じかな?」
「はい。歓迎会のショートコントを見て、面白そうだなって思ったので来ちゃいました」
「マジ!?実はアレあたしが書いたやつなんだけどめっちゃ嬉しい!」
「ほんとですか!?めちゃくちゃ面白かったですよ!」
パッと見の男女比は女子が9人、男子が2人といったところ。やっぱり、ここの演劇部は女子率のほうが高いみたいだ。他の高校の演劇部がどんなだとかは全く知る由なんてないが。
「そうだ名前は何ていうの?」
「白間柊奈です」
「“ひな”・・・じゃあ今日から君は“ひなっち”だね」
「“ひなっち”・・・ありがとうございます」
「ところで“ひな”ってどう書くの?」
「柊って字と奈良県の奈で“柊奈”です」
「何それめっちゃお洒落で可愛いじゃん!」
「いやいやそんなことないですよ」
「金原くん。柊奈って幼稚園のときからこんな感じだったの?」
「おう。初対面だろうと1分もあれば友達になってるような奴で、見た感じそこだけは何にも変わってない」
なんて具合に演劇部の人数を観察していたら、“あっち側”の柊奈はあっという間に演劇部の人たちとすっかり打ち解け合っていた。幼稚園のときからそうだけど、1分あれば初対面の人と普通に友達になれてしまうこいつのコミュ力は本当に化け物じみているとつくづく思う。
「あの~、演劇部ってここで合ってますか?」
もはや演劇部に入部するのも時間の問題なんじゃないかというくらい部員の先輩たちと早くも馴染み出した幼馴染をイケメンと2人で少し離れた場所で“保護者”の如く見守っていたら、俺たち3人とは別でもう1人の見学者が視聴覚室に入ってきた。
「あれ?桂じゃん。おつー」
しかも、どこからどう見ても俺の知り合いだった。
「おう、お疲れ」
「地味に卒業式以来じゃない?ウチらが顔合わすの」
「そうだな。
「ねぇ金原くん。この人は?」
いきなり俺の名前を呼んで馴れ馴れしく話しかけてきた女子に、黄村は真っ当なリアクションで割って入る。
「1組の
「柴崎さん・・・オレは3組の黄村連希。今日はよろしく」
「“マサキ”くんね・・・3組ってことは桂とクラス違うんだ?」
「そう。よく分かったね」
「そもそも俺が何組か柴崎は知ってんのか?」
「2組でしょ。入学式のときにクラス表見てるから知ってて当然って話」
「何だ知ってたのかい」
俺ら3人より少し遅れたタイミングで視聴覚室に入ってきたこいつは、柴崎花香。中3のときに転校した俺が編入したクラスにいた女子で、1学期の後半にやった席替えで隣の席になってからよく話すようになった元クラスメイトだ。ちなみにこいつは1組にいる。
「てゆうか桂って演劇興味あったん?マジで意外なんだけど」
「いや、興味ってよりどうせ部活やるならやったことないやつ始めてみよう・・・みたいな感じ(嘘は言ってない)」
「何それ高校デビュー的な?」
「別にそんな大層なもんじゃねぇよ」
厳密に言えば教室ではよく話すが互いにそれぞれ違う
「柴崎さんもオレや金原くんと一緒で“新しいことを始める”感じで
「ううん、ウチは経験者」
「経験者?」
「中学のとき演劇部だったんだよ柴崎」
「へぇ~、すごいじゃん」
そして柴崎は俺や柊奈と黄村とは違って中学から演劇をやっている唯一の経験者だ。
「と言ってもウチ含めて6人しかいなかった弱小中の弱小だったけどね」
とはいえ規模としてはここの演劇部のちょうど半分程度という弱小で、文化祭で舞台をやっている以外は目立った活動をしていないようなところだったが。まあ、ここに関しては演劇とやらに全く興味がない俺の視点だから、何とも言えないのだけれど。
「それで見学に来てるのは桂とマサキくんの2人だけ?」
「・・・あぁ、もう1人いるわ。柊奈」
柴崎から聞かれてまだあと一人を紹介していなかったことに気付いた俺は、部員たちと盛り上がっている柊奈の名前を呼んで演劇部の輪へと近づく。幸か不幸か、俺も少しだけこの空間に慣れ始めてきた。
「こいつ、俺が長野にいたときの幼馴染」
「1組の柴崎花香です。今日からよろしく」
「それでこいつが、中3で
「2組の白間柊奈です。こちらこそよろしくね柴崎さん」
とりあえずは先輩たちが注目する中で、俺が仲介役となって自己紹介を仕切る恰好になる。本当に、さっきから俺はいったい何をしているのだろうか・・・なんて、気にしたら恐らく負けだ。
「何だか話を聞いてる感じだと、今日来た4人は元から知り合いだった感じ?」
「はい。えっとまだ柴崎さんは初めましてでよく分かってないんですけど、
「ちなみにウチと
「えっ、じゃあこの子、ごめん名前なんだっけ?」
「金原桂です」
「てことは“ケイくん”もひなっちと一緒で長野出身なんだ」
「はい、そうです(いきなり下の名前で呼ばれた・・・)」
2人いる男子部員のうちの1人が話しかけて、女子2人が俺たち見学組のそれぞれの関係性を端的に説明する。言っておくが、俺も柴崎が絡んだ場合の俺たちの相関図がどのようになっているかはよく分かっていない。
「実はあたしの叔母が長野の人でさ、たまに“~するしない?”って言葉を使うんだけどそれってひなっちとケイくんも使ってた?」
「まぁ、俺はたまに」
「私はその方言が身に付くまえにこっちに引っ越してしまったのでないです」
「ホントかそれ?」
「ホントだってば。だって私が使ってるとこ一回も見たことないでしょ?」
「まぁないけどさ」
「ウチもはとこが伊那ってところに住んでて年1くらいで会ってるけど聞いたことない」
「あれって長野は長野でも北信地域ぐらいでしか使ってる人いないんだって」
「ごめんウチ北信って言われてもどの辺かよくわかんない」
「善光寺とかがあるとこだよ」
「善光・・・あ~なんか聞いたことあるそれ」
「あははっ、何だか今日は自己紹介だけで小一時間は行けちゃいそうだね」
「さすがにそれは無理ですよ~」
「(すげぇな
ただ分かったことは、“地元ネタ”で謎に盛り上がる柊奈と柴崎の2人はもう既に友人の関係になっているということだ。柊奈と負けず劣らず柴崎もまたコミュ力が高いから、あっという間に打ち解け合っている。こうなってくると、俺たち男子2人の立場が早くも危ういかもしれない。あくまでこのまま演劇部に入るなんてことになった場合の話ではあるが。というか、柴崎に伊那に住むはとこがいたのは初耳だ。
「って、連希も恥ずかしがってないでこっち来て」
「ごめんごめん。恥ずかしがってたわけじゃないんだけどね」
輪の中心になっていた柊奈から促される形で、ずっと視聴覚室のドアの辺りで様子を見ていた黄村が、少しだけ恥ずかしそうに笑いながらようやくその場から動く。さっきから黄村がずっとドアのところから動かないで一歩引く形で様子を見ていたことには、薄々気付いてはいた。
「3組の黄村連希です。今日はよろしくお願いします」
ようやく近づいた黄村は、初めましてのときと同じように爽やか(※恐らく本人は無自覚)に最低限の自己紹介をする。相変わらず、こんなありきたりで何の捻りもない普通の自己紹介でも、イケメンに掛かればどうしてこうも爽やかに見えてしまうのかは未だに謎だ。
「背高いなぁ、180くらいあるんじゃない?」
「このあいだの身体測定で178でした」
「うわいいなぁ、おれもそんぐらい欲しいわ」
「
「これでも3kg落としたわ!」
「でも178ってことはヤス先輩と同じくらいあるんじゃない?」
「ねぇ
「こないだ計ったとき181」
「ははっ、上には上がいたね」
そのせいかは分からないが、心なしか女子の部員の表情がイケメンを前にした“女子”という感じになって、“ユウスケ”というちょっと太り気味な先輩部員は羨ましがる。人は外見が全てじゃないと誰かが言っていたけど、こういうところを見るとやっぱり外見も大事だなと思う。
「でもまだ高1でしょ。もしかしたら追い抜けるんじゃない?」
「いえいえ、そんなことないですよ」
という黄村の“イケメンパワー”的なものはともかくとして、視聴覚室に入る前のどちらかというと乗り気な感じの振る舞いを見ていた俺は、いざ入ったら急にどこか大人しくなった黄村の様子に少しばかりの違和感と、“何かが起こる予感”を覚えた。
「さて、今日の見学者はこれで全員揃ったということで、みんな集合」
漠然と“何か”がありそうな予感を人知れずに感じつつも、演劇部の活動は始まった。