しかし、アイザック様はそんな扱いをされても文句も不満も言わずにただ淡々と課された仕事をこなし、食糧だって自力でカエルや蛇を捕まえて調達していた。そんなアイザック様を見て騎士たちは「蛙を食べるなんてさすが平民だな」と嘲笑していたが、それがとんでもない誤ちだったと後に気付かされることになる。それが分かるのは街に着いてすぐ。アニスへと到着し、街のあまりの惨状に騎士達が言葉を失いつつもすぐに毒竜の討伐に迎えるよう、人員配置と作戦の確認をしていた時のことだった。
『グルルルル……』
突如、半壊した建物を押し壊して粉塵と共に討伐部隊の前に現れた竜。その全身はまるで猛毒を煮詰めた様などろどろとした紫の体液に覆われ、体液の隙間から除く赤い血走った瞳。毒竜の名に相応しい……今まで私が見てきた中で一番禍々しい魔物であった。だが、突如毒竜が現れたにも関わらず討伐部隊の騎士たちは冷静だった。皆、事前に打ち合わせした通りに配置に付き、毒竜に向けて臨戦態勢を取った。最初は良かった。先頭で戦う騎士が毒竜が吐く毒液を紙一重で避け、ターゲットから外れている他の騎士がその隙に弓矢や魔法で毒竜に攻撃する……という連携が取れた完璧な作戦。
しかし、長引く戦闘に騎士たちの集中力が途切れ始めたところに来た広範囲の毒息の攻撃。毒息は先頭で戦っていた副団長含む何人かの騎士達に直撃し、文字通り身体が溶けて死亡した同僚の姿を見た途端、それまでどこか他人事のように考えていた騎士達はここにきて理解してしまった。目の前にいる竜は第一陣……自分たちより遥かに強かった騎士団の猛者たちを殺した魔物である、と。理解した瞬間それまで冷静だった騎士たちの統率は一気に崩れ……あるものは命とも言える剣を放り出し逃走を図り、ある者は戦意喪失しその場に立ち尽くし、またあるものは恐怖のあまり半狂乱になって、竜に切りかかり、竜の凶爪の餌食となった。……そして私もまたそんな冷静さを失った一人だった。
『う、うわああああ!来るな!来るな!!』
戦意喪失した仲間を踏み潰し、巨体を揺らしながら迫り来る毒竜に向かってがむしゃらに私は魔法を放つ。いつもだったら百発百中で当たるのに、恐怖に支配された頭では魔法のコントロールなど上手く行くはずもなく毒竜に当たらず明後日の方向に魔法が飛んでいく。
(ど、どうして魔法が当たらないんだ!?このままだと死……嫌だ!嫌だ!死にたくない!!)
頭に浮かぶのは王都にいる両親や弟妹たちの顔。死への恐怖と家族への愛おしさと申し訳なさで涙が溢れて視界がぼやけて見えなくなる。が、視界がぼやけても魔力探知能力に優れる私には分かってしまった。毒竜が大きく口を開き、今まさに毒液の塊を私に放とうとしていることに。
(も、もうダメだ――……!!)
毒竜から放たれた毒液に私は死を覚悟して思わず目を瞑った。次の瞬間。
ズシャッ
何かを切り裂く音が私の耳に響き渡り、不可解な音に恐る恐る目を開けるとそこに立っていたのは……
『き、貴様は……!』
『ハァハァ……思った以上にめちゃくちゃ痛てえな……』
そこに立っていたのはこの瞬間まで存在を忘れていた先頭で囮として毒竜と戦っていた銀等級冒険者アイザックの姿だった。