英雄の記憶と魔女の苦悩   作:GR/フィルン

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 私は稀代の悪女なのだろう。

 

「賢者殿。薪を割ってきた」

「すみません。このような雑事まで英雄たる貴方にさせてしまって」

「構わない。今の俺にはこれも良い鍛錬だ」

 

 深い森の奥に広がる湖畔のほとり。

 人里からも遠くひっそりと建つ粗末な小屋。

 私と英雄様は余人の立ち入らぬ未開の秘境に二人きりで暮らしている。

 

 使用人もいないので、日々の生活は支え合って生きていかなければならない。

 鶏と野菜を育て、森の恵みを狩って糧にする。

 小屋の掃除も洗濯物も飯炊きも二人だけでやるしかない。

 不便の極みというか、小屋内の調度品から漂う文明の香りが無ければ、隠遁といっても質素がすぎるものだろう。

 

「このような秘奥で無ければ得られぬとは予言とは本当に難しいものなのだな」

「申し訳ありません。星辰の導きは人を嫌いますので」

「いやいい。これが巡り巡って世の助けとなるならば、こんな身の俺でも使い道があろうというものだ」

「そんな……、英雄様は世界を救ったお方。そのように卑下なされる事などなにもありませんよ」

 

 私は英雄様の言葉を否定するが、彼は担いだ薪を暖炉のそばに置きながら辛そうに苦笑いをするだけだった。

 

 本来の彼が抱えるべきは薪の束では無く、聖剣。

 履くべきはこないだ狩った熊の毛皮の腰巻きでは無く、聖銀の鎧。

 伴となるべきは畑を耕す力の強いロバでは無く、何者も恐れぬ軍馬。

 

 かつての英雄様はそれらを纏い、魔物の蔓延る荒地を駆け、世界を滅ぼさんとする魔王を討ったこの世にただ一人の英雄その人だ。

 

 このような場所で世捨て人よろしく隠れていていい人ではない。

 

「昨日のことだがな、オーガが現れた」

「まぁ、オーガが! 大丈夫でしたか?」

「あぁ。オーガ程度なにも気にする事は無い。と、いいたいのだが正直辛勝だった。念の為に用意していた罠が無ければ危なかっただろうな」

「そうですか……。魔王の呪いは弱まる事なく英雄様を蝕んでいるのですね」

「そのようだ」

 

 英雄様は呪いに苦しめられている。

 魔王を倒した時に掛けられたのではないかと云われているものだ。

 自身は覚えが無いというが、英雄様の献身により一時の平和がこの世に齎された後の、新たなる世界の脅威の出現。

 

 それと時を合わせるように英雄様は呪いに苦しめられるようになった。

 弱体化の呪いだ。

 

 以前はドラゴンをも一刀の元に切り伏せていた彼だが、弱っていく身体はサイクロプス、ワイバーン、ゴーレム、トロルと倒せる相手が次第に下がっていき、昨日ついにオーガ相手にも苦戦したとのことだった。

 

「呪いの進行が思ったより早いですね。今日は薬の調合を少し変えました。食事にしましょう」

「すまない。賢者殿にはいつも迷惑をかける」

「いえ。英雄様をお助けするのも私の役目ですから」

 

 ひどい嘘もあるものだと自分のことながらに思う。

 

 彼が暖炉に太い薪を加え火を確かめる間に、食事の支度を進めていく。

 私の内心の澱みとは別に準備は進み、テーブルの上にはささやかながら温かい夕餉が乗っていた。

 

「英雄様いただきましょうか。今日はポリッジに昨日潰した鶏肉とマッシュルームが良い頃合いだったのでスライスして入れてみました。デザートにベリーもありますよ」

「おぉ、旨そうだなありがたい」

「胡椒を少し挽きましたので味付けはバッチリかと」

「保存が効く調味料に困らなくていいのは王家の支援の賜物だな。ん、美味い!」

「良かったです。英雄様のご活躍の賜物ですよ」

「よしてくれ。もはや過去の栄光だよ」

 

 ひっそりと、でも言葉は尽きる事無く穏やかに囲むこの平和な一瞬が私には何よりも得難いものだ。

 ポリッジを食べ終え、今日の小さな失敗を笑い話にしながらベリーを摘む。そんな時間。

 

 だがそんな幸せな刹那も最後のベリーを飲んだ時に終わりを告げる。

 

 英雄様は至極真剣な表情になって、私を見つめると問うてきた。

 

「それでは賢者殿。本日の星辰はどのような導きを齎したか?」

「はい英雄様。星辰の応えがありました」

「おぉ! 久方ぶりだな! 星はなんと?」

「黒の大魔王が北の国の帝都を襲うと。時期は一ヶ月後。数は二千。ワイバーンを含む混成隊とのことです」

「二千か。多いな。白の大魔王の動きはどうか」

「白の大魔王はその隙をつき、黒の北領拠点を攻めるそうです」

 

 私は知りえた大魔王達の情勢を英雄様に伝える。

 

 彼は軽く目を瞑り、脳内の地図と勢力図を照らし合わせているようだ。

 

「すると白が狙う場所は」

「はい。かつての人族の拠点であった城塞都市になります」

「あそこか。……黒が何も知らなければ帝都を襲う余裕は無くなるな」

「はい。とはいえ白が攻めるのは黒が帝都に張り付いてからになりましょう」

「黒の伝令が走り拠点を守りに軍を引かせるまでの間、帝都を守り切れば抜けられるか」

「策を用意しておきますね」

「すまない」

 

 黒の大魔王が支配する北領拠点は、かつて英雄様が魔王軍の襲撃から救ったこともある思い入れのある場所であったが、英雄様が力を失い始めてから奪われ、人が住まなくなって久しい。

 そして白の大魔王軍が攻めるということは。

 

「なにも、残らないだろうな」

「はい。白の蹂躙は建材一つ残さぬもの。城壁も城も家屋も、英雄様を称えて建てられたあの銅像も、灰燼と帰してしまうことでしょう」

「俺の銅像などどうでもいいが、取り戻すと気炎を吐いていた者たちが気の毒だな」

 

 英雄様が深くため息を吐く。

 魔王を排してひと時の平和を得たはずのこの世界を再び襲った脅威。

 白の大魔王と黒の大魔王を名乗る二大巨頭による世界の取り合いであった。魔王の呪いにより英雄を失った人類は彼らの戦いに挟まれ、波間に揺れる木の葉のごとく翻弄されていた。

 

 過去に英雄様が救った街や村、諸侯や知人も既にいくつもが奪われてしまっている。

 

「明日は星の導きを伝え、献策の為に外に出ます。一月ほどで戻れるとは思いますが」

「あぁ、途中まで送ろう。しかし星辰とは不可思議なものだ。どうして俺を指名するのか」

「英雄様でなければこの庵を守れぬと定めたのが星々の意志。窮屈な思いをさせてしまい本当に申し訳ございません」

「いや、いい。元より人に囲まれたいタチではないし、呪いでこんな有様ではな……」

 

 私が星辰の導きを得る代償として、英雄様をこの地に縛り付けている。

 各国の王も、諸侯も、この人がこうも弱っているのでなければ今以上の反発をしてきていただろう。

 とはいえあの魔王を超える大魔王、それが2体。もはや人の力で乗り越えられる段階を越えてしまっている。

 人類は彼らが共倒れになる事を願い、少しでも先を見ながら身を小さくする以外に生き残るすべが無い。

 

 いっそ英雄様に代わる大英雄でも出てきてくれればと思うが、それは大それた願いなのだろう。

 残念ながら人類の中にそのような兆しは未だ見えない。

 

 人々は英雄様の過去の雄姿に思いを馳せたまま、私ごときを救い手としてすがろうとしている。

 望みは薄そうだ。

 

 手を力弱く握ったり開いたりして寂しそうにしている英雄様を見て、私は少し声音を変えてみた。

 

「そうだ。街でいい肉を買ってきますね。脂が滴ってかぶりつけるような上等なやつを。たまには贅沢をしないと気が滅入ってしまいますよ」

「いや、今は国も入り用だろう。無理をするわけにはいかない」

「またそんなことを言って。二人きりの生活なんですから、英雄様がいつも暗い顔でため息ばかりついていては夜空も曇ってしまいますよ?」

「それは、困るな。……それも星辰が願うことなのか?」

「まさか。控えめな私のささやかな願いに過ぎません」

「そうか。それなら仕方ないな」

「はい。諦めてください」

 

 美味しいモノは多少強引でも気分を引き上げてくれる。

 

 愚か者達を助ける下らない仕事にも少しは楽しみがありそうだった。

 

 

(つづく)

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