英雄の記憶と魔女の苦悩   作:GR/フィルン

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 あれからそれなりの年月が経った。

 

 

「魔女を、知っているか?」

 

 ベッドに寝たままの英雄様が掠れた声で話しかけてくる。

 傍らに座った私は小首を傾げながら応える。

 

「もちろん存じておりますが。どちらでその名前をお聞きに?」

「こないだの輸送隊の、メモに、入っていた」

「なるほど。そんな手が」

 

 私はポンと手を打つ。

 暗号でも仕込まれたようだ。

 そこまでは疑われているまいと、油断しすぎていたかもしれない。

 

 もうここまで来て、それでも今まで何も言われなかったのだからと。

 

 英雄様を蝕む呪いは毒となって力を奪い続け、今では起き上がれる時間さえ限られたものになった。

 家事は全て私が担当している。流石に追いつかないので見えない所は私のお友だち達に手伝ってもらっているが。

 英雄様をお世話するために私も離れられないのだから仕方ない。見つからなければいいのだ。

 

 さて、ここで勇者様から魔女の名が出たという事は、"そういう事"なのだろうか。

 

「今は白と黒の大魔王時代などと呼ばれているが、最近ではこうも言われているらしいな。賢者と魔女の時代と」

「そうですね。人を挟んで覇権を争う大魔王達に知恵を貸し、人に仇なす魔女がいると。そして恐れ多くも私が彼女への対抗であるとか」

「巷では賢者殿の噂を聞かない日はないらしい。数多の策で魔女の計略を打ち破り、犠牲はありつつも人類を守護していると」

「私などがそのように言われるのは恐縮です」

「王宮からは俺の名が語られぬ日が来るのも近いだろうと、嫌味を言われたぐらいだよ」

「それはまったく気にする価値もない雑言ですね。英雄様の偉業は人に残らずとも確かなものです」

 

 軽口を混ぜながら英雄様が話すのを聞くが、無視できないセリフが混じっていた。

 英雄様の話す口調に普段との差はなかったが、自然な様子で確かめてきたのだろう。

 

「ところで、魔女の存在はともかくとして、魔女の計略、とはどういうことでしょうか。私の知る限り明確に魔女の仕業と言われるものはなく、あくまで憶測の域をでない結果ばかりだったと思いますが」

「そうだ。これまでの被害は全て直接的には両大魔王軍の手勢によるもの。ただそのタイミングや場所が時によっては人類側にあまりにも都合が悪く、内通者か扇動者の総称として魔女の名があるだけだった」

「では、魔女など皆様の妄言の塊に過ぎないのでは?」

 

 私は薄く笑いながら英雄様に余計な言葉を吹き込んだ愚か者たちを嘲笑する。

 だが、英雄様は確信をもっているようだった。

 

「いや。魔女は確実にいるだろう。戦禍の中には明らかに両大魔王軍のそれまでの方針とも、戦略都合とも違う被害があった。それも人側に都合の悪い形でだ。あいつらの目的が互いであるならば、そうはならなかった被害だ」

「あら、それはまぁ。確かにそんな事も何回かありましたね」

「軍も王も聞いただけの俺だって読み間違えた痛恨事だ。だがその全てを見抜いていたものが一人だけいたな」

「はい」

「その者の星詠みはそれまでのどの学説にも嵌らなかったが、結果だけは正確無比だった」

 

 あぁ、これはどうやら間違いないようだ。

 とても残念なことだが仕方ない。

 

「貴女だ、賢者殿」

「…………」

「いや、こう言えばいいのか」

 

 私は身構える。

 

「魔女」

 

 思わず笑みが強くなってしまった。

 

「貴様が、そうなのか?」

「ふふっ……」

 

 さて、どう答えたものだろうか。

 ほんの少しだけ私は思い悩む。

 

 正直まだ誤魔化しはいくらでも効く段階だろう。

 確信があるかのような態度で勇者様は聞いてきているが、これは十中八九ハッタリだ。

 状況証拠の積み重ねとして疑う余地がある事は否めないが、断定は絶対に無理だ。

 

 ただ、英雄様にはそろそろ真実を知ってもらってもいい頃だろう。

 この人にこれ以上隠し事をするのは私としても心辛いところがある。

 

 例えその結果として、私がこの人に蛇蝎のごとく嫌われるものだとしても。

 

「面白い推論ですね。英雄様なら神話の創造だってできてしまいそうです」

「茶化すな。俺は真剣に聞いている」

「私は軽口の延長ぐらいの方が話しやすくていいのですが、英雄様がお望みならば仕方ありませんね」

 

 ふぅとため息を吐く。

 

「英雄様が守った村は壊しました。英雄様の偉業を謳った吟遊詩人は殺しました。英雄様を知る王にも貴族にも代替わりしてもらいました。英雄様の像が建てられた街は、以前襲って更地に変えましたね」

「……貴様っ!」

「そして英雄様ご自身は、もはや起き上がることすら難しいお身体になられました。……私の、毒で」

「やはり、なのか。これは……っ!」

 

 激情に駆られた英雄様が身を起そうとするが、その体は力なくぷるぷると震えるだけだ。

 この人のこんな姿を見なければならないとは、こんな姿にさせてしまったとは全く申し訳なく思うばかりだ。

 

「新説の星詠みなどという正体の分からないものでも、皆様は私に縋ってくださいました。結果が全てというのはありがたい事ですね。とてもやりすかったです。なにせ」

「おのれ……」

「謀るも守るも、全て私の筋書き通りなのですから」

「魔女め……!!」

 

 

(つづく)

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