ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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プロローグ
止まる時(2010/1/31、3/5)


 タルタロスと呼ばれる奇妙な塔――

 

 月に向かって伸びるその巨大な塔は、いくつかの層に分かれて構成されている。ある層では世間に普通にある学校の内装のようであり、またある層では目も眩むような派手な装いを見せている。そして最も上に位置する第六層では、氷河期の地球を思わせる寒々しい白さに覆われていた。

 

 その第六層の最上階には、この世で月に最も近い場所である屋上へと至る階段がある。その階段の手前で、上半身裸の一人の男が大勢の行く手を塞いでいた。人数的な不利を感じていないのか、それとも別の理由があるのか、浴びせられる敵意を前にして男は表情を動かさない。

 

 氷河に溶け込むような白い肌、風雪に晒された枯れ木のように細い体格。ウェーブのかかった長髪と、額に巻いた縄。男は救い主を連想させる容貌でありながら、見る者に禍々しい印象を与えてくる。そう感じさせる要因はいくつかある。例えば両腕に刻まれた杖と蛇のタトゥーや、ジーンズに差した拳銃だ。そして無表情――

 

 男とその敵が操る能力の呼び名そのままの、仮面のような無表情だ。

 

 対する集団の側は、その多くが内心の思いをありありと顔に出していた。ある者は怒り、或いは恨み。またある者は使命感。中には若干の罪悪感を伺わせる表情の者もいる。

 

 そんな彼らは、ここで議論を戦わせていた。目前にまで迫った人類の滅亡、或いは生命の滅亡。白い男が祝祭と呼ぶそれは、なぜ訪れたのか――

 

 「これは『総意』なのです」

 

 白い男、タカヤは最後にそう言った。

 

 「ある訳ない! 人が自分でニュクスを欲しがったなんて……!」

 

 槍を持った少年が反論した。十歳を少し過ぎたばかりの少年は、年に不相応な激しい感情を見せている。少年の言葉は、集団の側の全員の意見を代表していると、傍からは見えるかもしれない。だが、必ずしもそうでない。

 

 「だけど……確かにそうかもしれない」

 

 白い装甲で全身を覆った、金髪の少女が俯きながら呟いた。人が経験しうるあらゆる悲しみを既に知っているかのような、心の最奥を覗いたことがあるかのような表情を浮かべている。

 

 目的を探さない緩やかな生、緩やかな死。苦しまずに生きようとすること。それが正しいか間違っているかは分からない――

 

 少女がそう言うと、集団の側に戸惑いが目に見えて走った。滅びに立ち向かう為にここまで来た彼らにとって、少女の言動は全体の目的に反するように聞こえたのかもしれない。固い絆で結ばれた彼らであるが、だからこそ看過できない言葉というものはある。

 

 「みんな、違うぞ」

 

 集団の先頭に立っていた少年が口を開いた。それと共に全員の視線が彼に注目する。

 

 「滅びは総意じゃない。ニュクスを呼んだのは一人だけだ」

 

 少年は一歩前に進み、タカヤに正対した。少年の声には力が込められ、なおかつ鮮明で良く通る。断固たる意志を聞く者に感じさせる、堂々とした話し方だ。彼はこうした説得的な口調を作ることが得意だった。

 

 「ほう。では、誰がそれを為したのです?」

 

 「僕だ」

 

 「……」

 

 沈黙が降りた。深海の水圧のように重量さえ感じられるタルタロスの冷たい空気が、沈黙の形で全員の頭上に降りてきた。

 

 「宣告者のことを言っているのですか」

 

 「……」

 

 数秒の間を置いてタカヤが尋ねるが、少年は黙ったままだ。

 

 「なるほど。彼は貴方と不可分の存在。ニュクスを呼んだのは彼、即ち貴方……。正しいとは言えませんが、なかなか面白い表現ではありますね。ですが、それならどうしてニュクスと戦うのです?」

 

 「自分の行動に責任は取る。それだけだ」

 

 この時だけ、少年の口調は若干ではあるが早口になった。

 

 「なるほど」

 

 それまで表情のなかったタカヤは薄い笑みを浮かべた。傍から見れば皮肉なそれではあるが、本人としては親近感を表す微笑みのつもりのようだ。対する少年も、ほんの僅かに微笑んだ。

 

 こいつとは、もう少し話をしてみたかった――

 

 少年、有里湊はそんなことを思った。柄ではないと思いながらも、タカヤと通じるものを己の内に感じたのだ。だが今は話している暇はない。いつもの通り、時間は無限ではないのだ。

 

 湊は議論を打ち切るように、右手に持った剣をタカヤに向けた。それと共にタカヤも腰に差した拳銃を抜いた。

 

 

 

 2010年1月31日の影時間、タルタロスの頂上に舞い降りたこの世の終わりを、一人の少年が止めた。文字通りの意味で、止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 皆と再会を約束した日、有里湊は月光館学園の屋上で懐かしげに空を眺めていた。頭を乗せたアイギスの膝枕は少々硬いが、気にすることはない。

 

 まるでこの世に自分たち二人しかいないかのように、静かな午前だった。この一年間は望むべくもなかった、穏やかな時間が流れている。ここしばらくずっと体を蝕んでいただるさでさえ、心地よく感じられるほどだ。

 

 「私、春を感じるのは初めてです」

 

 日付は3月5日。春と呼ぶには風がまだ肌寒い。だが日の光には、新しい季節を表す麗らかさがある。誕生して以来、初めてその身で春を迎えるアイギスの目は、屋上から見る町の景色に新春の鮮やかさを存分に映していることだろう。

 

 今日は高校の卒業式だ。ちょうど今は答辞が述べられている頃合だろう。そんな日にサボって屋上に来るような生徒は、さすがにいない。だから今は二人きりだ。命と引き換えに守った世界の中で、たった二人きりでいる――

 

 そんな錯覚を湊は感じた。それは心を許した相手と共にいる幸福感から来るものか、それとも終わりが近いことから来る寂寥感の裏返しか。湊は自分の心の動きの原因に、一瞬だけ迷った。だが敢えて考えることはやめた。考えれば後者が本心だときっと結論づけてしまう。

 

 選ばれなかった他の道、あり得たかもしれない他の結末。そうした『もしも』を求めてしまう。湊は目を閉じて、思考を強制的に切り捨てた。自ら選んだこの結末に、後悔を抱いてはならない。やるべきことはやった。そう思わなければならない。それよりも最後の時間を使って、もう一度彼女の姿を――

 

 そう思って目を開き、視線を空からアイギスに移す。

 

 (ああ……)

 

 だが駄目だった。既に視界は霞んできている。人間以上に人間らしくなった彼女の青い瞳は、泣いているかのようにぼやけている。

 

 「アイギス……」

 

 かろうじて口はまだ動く。だがそろそろ駄目だ。次の言葉が最後になるだろう。

 

 「はい」

 

 「泣かないで……」

 

 本当はもっと伝えたい言葉がたくさんある。だがこれが精一杯だ。

 

 「湊さん……」

 

 ほとんど見えない視界の中心で、アイギスはまだ何かを言おうとしている。だが声はもう聞こえない。目と口に続いて、耳もその役目を終えようとしている。間もなく心臓も止まるだろう。

 

 (卒業式の日にまた会う……約束は守れないな。でも、もう一つの約束は守れた……)

 

 アイギスに自分の最期を看取ってもらう――

 

 その約束だけは守れた。そんな小さな満足一つを抱いて、目を閉じた。




 以前のサイトで掲載していた時は、主人公にオリジナルの名前をつけていました。

 当時は原作ゲームにはデフォルト名がないのだから、オリジナルでつけるべきと思っていました。しかしP4UでP4主人公の名前にアニメ版の『鳴上悠』が使用されたのを見て、公式ゲームが別媒体の名前を使うのなら、その方針に合わせるべきと考え直し、漫画版の名前でP3二次創作では恐らく最も広く使用されている『有里湊』に変更しました。
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