影時間の間は世界から音が失われる。機械は止まり、風も吹かない。動ける人間は世界中を探しても、数人から数十人程度しかいない。シャドウは町中にも時々現れるが、それは毎日ではない。だから普段の影時間は至って静かなものである。しかしこの日ばかりは、線路を疾走するモノレールの駆動音が緑の静寂を蹂躙していた。そんな常ならぬ騒音を生み出している車両の中では、機械が発するものとは別の音が繰り返し響いていた。
「うりゃっ!」
ペルソナが放つ炎の爆ぜる音、大剣が怪物の体に当たる鈍い音、そして気合の掛け声などだ。そんな実戦の喧騒の中に、湊たち三人はいた。
三人の配置は前衛が順平、後衛がゆかり、そして湊は状況に応じてどちらにも加勢できるよう、二人の間で指揮を取っていた。この位置取りは、一応それぞれの得手不得手を考慮した上でのことではある。だが戦いの経過は今のところ芳しくない。
(くそっ……手強い!)
この場の三人が『今回』この日までに戦ったのは、夢うつつの状態で倒した4月のマジシャンを除けば、タルタロスに出現するシャドウだけだ。それらはいずれも、やたらと強い。だが外で出てくる満月のシャドウはどうなのか。ひょっとすると、奴らだけは『前回』と変わらないのでは、という期待を湊は密かに持っていた。
と言うのも、満月以外でも外に現れるシャドウはいるのだ。数は決して多くないが、皆無ではない。イレギュラーと呼ばれるそれらとは、湊が来る前から真田や美鶴は戦った経験があるはずである。そしてそれらが異様に強かったという話は聞いたことがない。
だが期待は裏切られた。満月のシャドウもタルタロスのそれと同じように強い。プリーステスには『前回』もかなり苦労させられたが、それに輪をかけて苦労する。ひょっとすると『今回』が始まった4月9日を境に、全てのシャドウが一斉に強化されたのかもしれない。なぜそんなことになったのかは、見当もつかないが。
「うぐっ……!」
何度目かの吹雪が襲ってきて、三人の中で最も相手に接近していた順平は膝をついた。
今日の作戦に真田は参加していない。4月の満月で負った怪我が完治していないからだが、それはかえって幸いだったと言える。もし真田がこの場にいたら、たとえ万全の状態であっても足手まといにしかならなかっただろう。
プリーステスの耐性や攻撃のパターンは『前回』と変わらない。髪の毛の束で襲ってきたり、氷結の魔法を放ってきたりだ。だが一つ一つの攻撃が重い。氷結に弱い真田であれば、一発で確実に行動不能にされる。強くはないが弱くもない順平とゆかりは、一発ではさすがにやられない。だがあと一歩というところにまでは、容易く追い詰められる。そうすると――
「岳羽、回復!」
自然と守勢に回らされることが多くなる。湊の作戦では、元からゆかりは回復を優先させるつもりだった。だがゆかりは初手で攻撃できた以外は、味方の手当しかしていない。しかも一人で三人分を賄うのは無理があるので、湊も手数の半分くらいは防御か回復に割かざるを得ない。
攻めに専念できるのは順平だけだが、それとて適宜回復してやらなければ、満足な攻撃は仕掛けられない。結果的に、こちらは攻め手が不十分になる。それはつまり、時間がかかるということになる。
『急いでくれ! もう時間が!』
戦いの最中に美鶴から通信が入った。眼前の敵ばかりに集中していると忘れそうになるが、この戦いは時間制限つきである。前を行くモノレールに追突するまで、残り時間はもうあと僅かしかない。一分もあるかどうかだ。
「く、くそお! さっさと倒れやがれえ!」
順平は焦りを隠そうともせず、とにかく大剣を振り回す。更にはヘルメスを召喚して突撃させる。対するプリーステスは多少弱ってはいるものの、未だ健在だ。このままでは負けるか時間切れか。どちらにしても死ぬ。誰の目にも、死が明らかになってきた。
(ヤバいな……)
恐怖を知らない『愚者』の額にまで、冷たい汗が浮かんできた。そろそろ本気で死を感じ始めた瞬間、時間が止まった。
影時間はシャドウとペルソナ使いを除いて、世界の一切が動きを止める。言うなれば、時間が止まった状況に等しい。そんな通常の二十四時間が停止した影時間にあって、影そのものまでが動きを止めた。限りなく無に近いその瞬間に、湊の頭に声が響いた。絆を教える『我』の声ではない。もっと親しげで、子供らしい声だった。
『僕を呼んでよ』
そう言われた気がした。しかし――
(……駄目だ!)
湊は子供の声を振り切り、身を屈めて前方へ突進した。そして影時間は元通りに動き出した。
「ちょっと! どこ行くの!」
ゆかりが声をかけてきたが、答えている暇はない。湊はプリーステスの脇をすり抜けて、前方の扉に体当たりするようにして運転室に転がり込んだ。そして車掌と思われる棺桶を蹴り飛ばし、運転台に備えられたレバーの一つを左手で思い切り引いた。慣性の法則に従って体が前のめりになり、それと同時に金属がこすれあう不快な音が足元から響いた。ただし、その音は小さい。
「そっか、ブレーキ! 有里君、ナイス!」
(別にナイスじゃないんだよ……)
左手をブレーキのレバーにかけた状態のまま、湊は上体を起こして振り返った。すると案の定、髪の毛が群がってきた。
プリーステスを倒す前に運転室に入り、ブレーキを引く。この作戦は事前に考えてはいたが、できればやりたくなかった。
そもそも影時間に列車が動くのは、プリーステスが操作しているからだ。つまり運転室には初めからプリーステスの手、ならぬ髪の毛が伸びている。そしてブレーキをかけても列車の動力は止まらない為、結局のところ列車は走り続ける。少々スピードが落ちるだけだ。
更に悪いことに、このモノレールは一人で運転する型だから運転室は狭い。象徴化した車掌の棺桶も考えると、運転室に入れるのは一人が限度だ。狭い室内でブレーキをかけながら、一人で髪の毛の攻撃を防がなければならない。しかも機械を壊さないようにしないといけないし、棺桶を傷つけたら車掌を死なせてしまうかもしれないからペルソナは使いにくい。そして運転室の一人は客席側に残る二人と分断される形になることは、言うまでもない。
リスクが大きい割にメリットが少ない為、できればこの手段は取りたくなかった。だが今の状況ではやむを得ない。追突までの時間を稼いで、後は順平とゆかりの奮起に期待するしかない。運転室と客室を仕切るガラス窓越しに、湊は大声をかけた。
「とにかく攻めろ!」
「お、おう! 任せろ!」
順平は少し元気を取り戻したようで、改めて大剣を構え直す。それを見て、湊は運転室で剣を振り回して髪の毛を防ぎだした。だが片手が塞がっていては大して防げない。と思いきや――
(あれ……攻撃が緩いぞ?)
意外なことに、群がってくる髪は動きが雑で、量もそう多くない。片手で十分防げる。客室側を見れば、順平だけでなくゆかりも攻撃に加われている。
(そうか! 奴にすれば、意識を二手に割かないといけないから!)
こちらは分断されたわけだが、相手から見れば挟み撃ちにされているに等しい状況だ。つまり陣形の利がこちらに生まれた。誤算だが、嬉しい誤算だ。ここは一気に攻める時だ。
湊は勝負を賭けて右手から剣を離し、召喚器を抜いた。
「ペルソナ!」
この日最大の気合を入れて、こめかみを撃ち抜いた。呼び出されたペルソナは空中を飛翔してガラス窓を突き破り、プリーステスの後頭部に当て身を食らわせた。打撃そのものは普段と特に変わりがない。だが背後からの攻撃は、正面から受けるよりも効く。結果的に痛恨の一撃となった。
「今だ! やれ!」
プリーステスは項垂れて、両手を床についている。攻撃はおろか防御もまともにできないくらい、体勢を大きく崩している。今なら全員で一斉に攻撃できる。
「うおおお!」
「このおお!」
順平とゆかりが突撃した。後のことを考える暇はない。とにかく攻めるのみだ。順平は大剣を叩きつけては薙ぎ払い、ゆかりは至近距離から矢を連続して乱れ撃った。湊も再びペルソナを召喚して叩きつけた。時間にすれば僅か数秒程度の間に、三人がかりの攻撃が繰り返し命中した。
やがてプリーステスは天を仰いだ。とどめの一撃が誰の手によるものかも分からない乱戦の中、手を頭上へ伸ばして倒れ伏した。そして周囲から立ち上る黒い霧に飲み込まれ、水をかけられた火のような音を立てて消滅した。他の全てのシャドウと同様に、跡も残さず消え去った。だが――
「やったか……って、前の列車! もうすぐそこ!」
まだ最後の恐怖が残っていた。順平は戦闘中も帽子を落とさなかったが、今度こそ落ちそうなくらいに仰け反った。ゆかりも顔色を無くし、頭を抱えてうずくまった。
「きゃああ……!」
列車の追突事故で先頭車両にいればどうなるか。そんなことは考えるまでもない。三人とも確実に死ぬ。死体さえまともに残るかどうか怪しいものだ。だがもはや列車から飛び降りる余裕もない。
湊は客室の二人の悲鳴を聞きながら、レバーにかけたままの左手に力を入れた。既にブレーキは一杯までかけているから意味はないのだが、それでも力を入れ直した。
シャドウが消滅した為、モノレールの駆動は既に止まっている。慣性以外の推進力がなくなった状態でブレーキが効き、スピードが急激に落ちた。湊は再び前方へと体が投げ出されそうになったが、レバーを掴んだ左手の握力だけで耐えた。数分にも感じられる数秒間に渡って、車輪と線路がこすれる音が緑の空気を揺らした。
「止まっ……た?」
「あ、ああ……俺ら、生きてる?」
モノレールは無事止まった。前を行く列車は、文字通り目前まで迫っていた。向こう側の乗客の棺桶の形が、はっきり視認できるほどだ。あと一秒遅れていたら、誰もが象徴化ではない本物の棺桶入りに陥っていただろう。
「あー! もう、メチャクチャやな汗かいた……っての……」
順平は叫びながら、顔を隠すように俯いた。そして言いかけたセリフも途切れ途切れになってしまった。恐怖の余りに、涙の一粒くらい実際に落としてしまったのかもしれない。
「疲れた……」
湊はブレーキのレバーから手を離し、運転室の床に座り込んだ。ギリギリの戦いだった。先頭車両に辿り着くのはかなり早かったはずだが、倒すまでの時間は予想より大幅にかかった。『前回』得た知識を総動員して、嬉しい誤算もあって、それでようやくだ。
(先が思いやられる……)
今日の戦いはまだ序盤である。1月31日のニュクスとの決戦まで、今日より厳しい戦いはいくつも残っている。それら全てを乗り越えなければならないと思うと、気分が滅入ってしまうのを止められない。
5月の満月の翌日、10日は日曜日である。猛烈に疲れた戦いの直後だけに、湊は外出せずに自室でほとんど寝て過ごした。死を身近に感じる戦いは『今回』のタルタロスでも何度かやっているが、昨日の戦いはとりわけ凄まじかった。
後で聞いたところによると、ゆかりと順平もこの日は同じように寝て過ごしたらしい。『前回』を知る湊でさえ大変だったのだから、二人に至っては生きた心地がしなかったことだろう。何しろ一歩間違えれば、多数の一般人を巻き込んだ大惨事になるところだったのだから。
そんなふうに何もしない一日の終わる時、湊は慣れた気配を感じて目を覚ました。
「こんばんは」
いつもの囚人服を着たファルロスが現れた。その声色はやはりいつも通りに親しげで、表情は笑顔だった。湊はベッドから体を起こし、少年の姿をしばらく無言で見つめた。
「……」
愛嬌のある大きな瞳。左目の下にある、小さなほくろ。改めて観察してみると、綾時と良く似ている。同一人物なのだから当たり前だが。では自分とは?
(似てない……よな?)
「どうしたの?」
ファルロスは首を傾げた。子供の姿と相まって可愛らしい仕種だが、湊は少し気恥ずかしくなって俯いた。
「何でもない」
湊は昨日に閃いたことを思い返していた。諸悪の根源に等しいファルロスに、どうして親愛の情を抱くのか。その理由として、妊婦が胎児に抱く感情のようなものかと昨日は思った。だがこうして当人を目の前にすると、無茶な思い付きだと改めて思う。ファルロスは自分の子供ではない。そもそも男が子供を孕むはずがない。もしこの場で口に出して言おうものなら、大笑いされるだろう。
それくらいで思考を打ち切り、湊は顔を上げた。だが二人の視線は出会わなかった。タイミングを合わせたように、今度はファルロスが目を逸らしたのだ。
「試練を乗り越えておめでとう……って、お祝いするべきなのかな?」
「微妙だな」
「倒しちゃったね……二体目のシャドウを」
視線を合わせないまま、ファルロスは幾分辛そうに言う。姿を現した時に浮かんでいた笑顔は既に消えている。
満月のシャドウは倒す他にないことは、4月19日に話し合っているから既に互いが理解している。だがそれでも、ニュクスの来訪が一歩近付いたことを誰より実感できる『今回』のファルロスからすれば、嬉しいことのはずがない。全てを知っている少年は、『前回』の今頃のようにただ無邪気でいることはできない。
「ああ、取り込んだか?」
「うん。取り込まずにできないかと思ったけど、駄目だった。やっぱり僕の意志じゃ止められないよ」
「仕方ないさ」
沈み込んだ少年を湊は慰めた。実際問題、仕方のないことである。アルカナの名を持つ十二のシャドウは、そもそもデスを創造する為に集められたものだ。つまり存在意義のレベルにおいて、デス即ちファルロスに取り込まれるように宿命付けられている。人が己の意志で心臓を止めることができないように、ファルロスが自分の意志でシャドウを取り込まずにおくことは不可能だ。
「でも、昨日は危なかったね」
持って生まれた宿命を悔やんでもどうしようもない。それは湊だけでなく、ファルロスも分かっている。だからであろうか、ファルロスは逸らした視線を元に戻し、ついでに話題を変えてきた。だが変わった先は、湊には辛い話だ。
『愚者』は表情や口調を自在に操れる。だからどんなに辛い話を聞かされても無表情を繕うことができる。だがこの時ばかりは苦々しさが顔に出た。
「ああ……だが昨日だけじゃない。何で今回出てくるシャドウは、どいつもこいつもあんな手強いんだ?」
今にして思うと、予備知識もなく乗り越えられた『前回』の戦いなど、子供の遊びのようなものだった。だが『今回』はとにかく過酷である。下手をするとニュクスの来訪を待つまでもなく、日々のタルタロス探索や満月の戦いで命を落としてしまうかもしれない。いや、下手どころか普通にやっても、死の危険は十分すぎるほどある。余程上手にやらなければ、来年の1月まで生き延びることさえ困難だ。
そんな深刻な悩みを抱えた湊に対して、ファルロスはおかしなことを言ってきた。
「君がマニアックだからじゃない?」
「何だ、それ?」
「うん……何だろうね。僕も分からない。ひょっとすると、誰かが僕に言わせたのかもしれない」
ファルロスは肩を竦め、ばつが悪そうな顔をした。言ってることが意味不明だ。何か変な電波でも受信したのだろうか。
「どうでもいい……」
訳の分からない方向に進んでしまった話題を、湊は一言で切り捨てた。ファルロスの言動だけでなく、自分の質問も一緒に放り投げた。自分で聞いておいて何であるが、シャドウが強い理由など全くもってどうでもいい――
と言うより、考えたところで分からないし、元の強さに戻す方法があるとも思えない。問題なのは、シャドウが強い事実を踏まえた上でどう行動するかだ。日々のタルタロス探索と、残る十体の満月のシャドウとの戦いにどう臨むか、綿密な計画を立てなければならない。単純に鍛練を多めに積むとかの対症療法ではなく、戦う状況の段階から優位に立てるように、戦略的な行動が必要になる。
「やれやれ……」
「大変だね。でもさ、僕を呼んでもいいんだよ?」
疲労感を漂わせた湊とは対照的に、ファルロスは笑顔になった。それを見て、湊は少し考えた。
「……」
ファルロスが言っているのは、モノレールの戦いの後半でのことだ。時間が停止した影時間が更に停止したかのような感覚の中で、頭に声が響いた。自分を呼べと、声はそう言っていた。やはりあれはファルロスだった。
「4月もそうだったじゃない? こう見えても、僕は強いから」
確かにファルロスを、即ちタナトスを使えば満月のシャドウを倒すくらいは容易い。昨日のプリーステス程度の相手なら、ものの数秒で八つ裂きにできたはずだ。11月のハングドマンでさえ、一対一で十分勝てる。死神のアルカナの最奥に位置するタナトスは、それほどに強い。だが――
「駄目だ」
「どうして?」
「お前を……と言うか、タナトスをペルソナとして扱うには、まだ僕の力が足りない。今タナトスを召喚したら、確実に暴走する。シャドウもろとも仲間たちまで皆殺しにしてしまう」
ファルロスとタナトスは本質的には同じ存在だが、ペルソナとして発現したタナトスは、ファルロスの意志で動くわけではない。飽くまでも、使用者である湊が制御しなければならない。4月の満月ではそれができなかった。おかげでタナトスはマジシャンを単に倒しただけでは飽き足らず、バラバラに切り刻んだりと凶暴極まる振る舞いを見せていた。あの場にいたゆかりが巻き添えにならなかったのは、運が良かったとしか言いようがない。
ならば単独行動中なら召喚してもよいかと言うと、そうもいかない。タナトスを召喚すれば、4月の時のように直後に気を失ってしまう可能性が高い。周囲に仲間がいない状況で気絶などしたら、小粒なシャドウに襲われただけで死んでしまう。
最悪の場合、湊自身さえタナトスに殺される可能性もゼロではない。勢い余った死神の剣で斬られたりするかもしれないし、召喚しただけで力を使い果たして死んでしまうこともあり得る。湊はそう判断している。
「うーん……そっか。ごめんね……」
「お前が悪いわけじゃない」
ペルソナはそれこそ無数にあるのだろうが、ワイルドの能力を持つ者でも扱えるものには限りがある。心の海から個体として認識できるものであることが、最初の条件だ。そしてペルソナ使い自身の力量が第二の条件となる。
ここで言う『力量』とは、腕力や体力のことではもちろんない。極めて精神的なものである。しかしながら集中力や忍耐力などの、いわゆる精神力とも異なる。それはまさしく『ペルソナを扱う力』としか言いようのないものであり、シャドウとの戦いの蓄積によってのみ得られるものである。既存の宗教の用語で言えば、功徳や業、罪の概念に近いものだ。時間が戻ると共に、湊は『前回』積み上げたこれらのものを失ってしまっている。
この『力』が及ばないペルソナは、認識できても制御はできない。ベルベットルームで新しいペルソナを生み出す際にも、湊が扱えないほど強いものはイゴールに止められる。身の丈を超えたペルソナは、召喚そのものが甚大な危険を伴うからだ。
タナトスを使いこなせるようになるのは、『前回』くらいのペースで力を上げていったとして、来年の1月後半頃になる。どんなに鍛練を積み重ねても、今年中に制御が可能になることはない。まして今やれば、天田の母を殺した荒垣のカストール状態になるのが落ちだ。
ついでに言うと、カストールもかなり強力なペルソナである。荒垣自身に見合わないほどに。荒垣の生来のペルソナがポリデュークスやペンテシレア程度のものであれば、話に聞く二年前の事故も起きなかったかもしれない。残念なことである。
「まあ……何とかするさ。次の満月までに、作戦を考えておく」
力が足りないなら、頭で戦わねばならない。実戦では考えない人間から先に死んでいくものだ。その真理を心に刻んで、湊は『今回』の現実を受け入れた。
こうして湊は『前回』よりもずっと多くの事柄に考えを巡らすようになる。言い方を変えると、陰謀や悪巧みを始めるようになる。だが事態はほとんど常に湊の予想を超え、かえって何もしない方が良かったのではないかと思えてくるのだが、それはまた後の話である。
ファルロスとタナトスに関して、若干の独自設定を入れました。ファルロスが体内にいる限り、主人公はいつでもタナトスを召喚可能です。
ただしこの時点ではゲームで言うところの主人公のレベル(業とか何とか言ってますが、要するにレベルです)が足りない為に制御できず、4月の満月の時のように暴走させてしまうので、余程のことがなければ召喚できません。
ちなみに、原作のタナトスはレベル64と最終盤ではちょっと物足りないですが、本作では主人公の使える全ペルソナ中で屈指のランクとしています。(でもP3Rだと随分上がったみたいですね)