ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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新たな契約(2010/3/5)

 私は生まれてから二度目の春を迎えた。天気は記憶に残る最初のこの日と同じ、綺麗に澄んだ快晴だ。学校の屋上から見上げる空は、以前に身に付けていたリボンと同じ色をしている。私はベンチに座っている為、眼下にあるはずの新春の町並みとその先にある青い海は、屋上のフェンスに遮られて見えない。しかし見えなくても、町は確かに存在しているはずだ。そこでは多くの人々が今日も生きていて、明日も明後日も生き続ける。私や私の膝に頭を置いている彼と同様に。

 

 今日は高校の卒業式が行われている。そんな日に屋上に来るような生徒は、さすがにいない。他に人が誰もおらず、ただ抜けるような青空だけがある屋上は、まるでこの世に私たち二人しかいないかのような錯覚を抱かせる。しかし決してそんなことはない。

 

 もうしばらくすれば、皆さんもここに来るはずだ。ちょうど今頃には、皆さんは先月から再び失った記憶を取り戻しているだろう。この日この場所でまた会おうと、『前回』同様に1月31日に全員で約束したのだから。それでなくても、今日はあり得た一つの道において運命が切り替わる日だから。そして私たちが選んだ運命においても、一つの大きな節目の日だ。

 

 卒業式には私たちも出席することもできたが、ここでこうして二人だけでいる。そうしようと、事前に約束していたわけではない。ただ今朝になって彼が私の部屋を訪れて、そうしようと言ってきたのだ。『前回』は私が彼の部屋を訪れたのとは逆に。もしかしたら、彼は私が遠くへ行ってしまうのではと不安に駆られたのかもしれない。しかし決してそんなことはない。そしてもちろん私にも不安はない。だから私は泣くことはない。涙は持っているけれど、今日は流す日ではない。

 

 「少し、眩しいですね」

 

 午前の太陽は麗らかな光を放っていて、煌めく空気を引き連れながら私の目に飛び込んでくる。かつては直視できた太陽は、今の私の目にはただ眩しい。でもその眩しさはどこか嬉しい。暖かな日の光が何かを祝福してくれている、静かな午前だった。二重の一年間のどちらにもなかった、何の不安もない、本当に穏やかな日だ。時の流れるその音さえ聞こえるように。

 

 「時間って、不思議ですね。季節が巡っても、同じ日は来ない……」

 

 時間とは円のように巡り、また線のように進むもの。しかし一度巡って再び訪れた日は、前と同じ日ではない。線を戻してさえ、同じ日は一日たりとも来なかったのだ。私たちは同じ日に同じ出来事を経験しても、その受け取り方はいつも違っていた。だから今日も違う。天気は同じでも、私はその感じ方が違う。多くの意味において。

 

 「そしてこれからは……本当に新しい日々」

 

 「ああ……そうだな」

 

 私の膝の上で、彼は目を閉じた。今朝は感じていたかもしれない不安は、微睡む彼の顔の中にはもう伺えない。かつては望んでも得られなかった新しい日々が来ることを、彼も確かに感じている。

 

 そこへ一陣の風が吹いた。私は顔を上げて、髪が風になびくのに任せてみた。少しだけ伸びた金の髪は軽く絡まり、優しく耳をくすぐりながら私の視界に入ってきた。そして第一ボタンを開けているブラウスの襟が揺れ、風は首元から肌の表面まで入り込んできた。

 

 「寒くないか?」

 

 彼は目を開けて尋ねてきた。風を追っていた視線を彼へと戻せば、私と同じくらいに長く伸ばしている彼の前髪も、風に揺れていた。いつも穏やかな左目と、普段は隠れがちな右目が並んでいる。どこまでも優しい二つの瞳には、私の顔が映されている。

 

 「少しだけ」

 

 日付は3月5日だ。春と呼ぶには風がまだ肌寒い。『前回』と違って、私はそれを確かに感じている。それを分かっているはずの彼は、私の膝に頭を乗せたままブレザーの内ポケットに手を入れた。そして何かを取り出した。

 

 「これをやるよ」

 

 それは青いリボンだった。町で買えるものではない。どこにも売っていない、彼の手作りの品だ。

 

 私はクリスマスイヴに彼から同じものを貰っている。しかしニュクスの懐で、私はあれを失くしてしまった。だから先月からは、今日のようにリボンを締めない日も時々あった。しかし彼はそれについて、今まで何も言ってこなかった。もしかすると、首元を開いている私の姿が気に入っていたのかもしれない。

 

 「ありがとうございます」

 

 私はリボンを受け取り、ブラウスの襟に通した。早春の風に晒された私の指先は、少しだけ冷たくなっていた。だからいささか苦労しながら、リボンを蝶の形に結んだ。かつては彼の遺伝情報が焼き付いていた青い蝶。その同じ色と形でもって小さな彩りを添えつつ、寒さを少しだけ肌から遠ざけた。

 

 膝の上に視線を戻すと、彼は微笑んでいた。その両目は柔らかく開かれていて、視線は私の首元に注がれている。

 

 「私からも、何か差し上げないといけませんね」

 

 絆とは片方だけが一方的に好意を寄せるものではなく、互いに想いを与え合うものだ。それと同じで、プレゼントは交換するのが本来のあり方だ。

 

 「じゃあ……」

 

 彼は言いかけた言葉を一度止めて、目尻を下げた悪戯な笑みを浮かべた。近頃の彼は時々こういう顔をする。『前回』の彼は本当の心を、ずっと仮面で隠してきた。『今回』も1月まではほとんど本心を見せなかった。だが使命を終えた今の彼は、少しだけ子供っぽい。

 

 「ネジをくれるか?」

 

 『前回』の1月に彼に渡した、綾時さんと戦って飛び散った私の欠片の一つのことだ。あれは私たちの絆の証だ。だが未来から過去へ持ってこれたものはない。欠けた記憶と互いの絆そのものを除いて、私たちは時間と共に全てを失ったのだ。だから証もない。しかし私はそれを悲しむことはない。今となっては、絆を物で証明する必要などないのだから。そして何より、たとえ彼が本気で私のネジをほしがっているのだとしても、もうそれは与えられない。

 

 「困りましたね。もう私の体にネジはありませんよ?」

 

 それを彼はとうに分かっている。先月の初めから、私たちは何度も確かめたのだから。

 

 「そうか。それなら……」

 

 彼は一言、囁いた。私は深く頷いた。

 

 「疲れたでしょう。少しお休みなるといいです」

 

 「アイギス……」

 

 彼の顔から、悪戯な印象が消えた。休んで、目を閉じて、そして再び目を開けた時にはどうなっているのか。それを心配したのかもしれない。彼は私の膝から、少しだけ頭を浮かせたが――

 

 「安心してください。私は決して、いなくなりませんから」

 

 起き上がろうとした彼の胸に、私はそっと手を置いた。服越しに彼の体温が伝わってくる。生きていることを証明している、血の熱さがそこにある。私にもある。

 

 「だって……これからはいつでも傍で、貴方が守ってくれるのだから……」

 

 進路相談の日に、彼はこの場所でそう言ってくれた。その時の私は彼の言葉を受け取らなかったけれど、今なら分かる。彼は自分が生きていく為に、そう言っていたのだ。その為なら、彼はきっと生きていけるから。

 

 私たちは新たな『契約』を結んだのだ。彼と私が生きていく為の。

 

 「ああ……」

 

 数字のゼロのように何者でもなかった人は、もうここにはいない。ここにいるのは、ただの普通の人。天才でも超人でもない、大切な人を愛するだけの、ただの普通の人間。その彼は頭を下ろし、再び私の膝に沈み込んだ。そして静かに目を閉じた。

 

 柔らかく降り注ぐ春の日差しの中で、皆さんの歓声が遠くから聞こえてきた。少しだけ冷たい風に包まれながら、早すぎた滅びの宿命を遠ざけた世界は、今ここで確かに存在している。そして私の手の下では、彼の心臓が確かに脈打っている。『前回』の私はこの音が止まる瞬間を看取った。そして『今回』もいつかは止まる。でもそれはきっと何年も、何十年も先のこと――




 作者の個人的な感想ですが、P3本編のラストで主人公が死ぬことも、FES後日談で仲間たちが主人公の救出を諦めるのも、物語としてはそれで良いと思っています。しかし滅びの原因が『エレボス=終わりを望む人々の意志』であると言う点に、どうも納得できませんでした。そんなもの、現代に限った話じゃないだろうと。たったそれだけで世界が滅ぶなら、とうの昔に滅んでないとおかしいと思えたのです。宣告者の存在も必要だと解釈することは可能ですが、後日談の描写では宣告者は取り上げられず、エレボスだけが強調されています。そこが腑に落ちませんでした。

 もちろん現代が特殊な時代であると表現すること自体はありです。例えばコンピューター技術の発展により悪魔召喚プログラムが作られた(真シリーズやデビサバの設定ですね)、とかなら分かります。しかしエレボスが現代に特有の存在であるとは思えませんでした。

 そしてもう一点。桐条武治の話にある『時を操る神器』というものが、何の為に出てきたのかよく分かりませんでした。わざわざ名前を出すわけですから、これは世界の終わりと何か関係があって然るべきではと。『時を操る』とは影時間の発生や、時の狭間の過去へ戻る機能を指していると考えられますが、果たしてそれだけなのかと。神器は時間を進めることも実はできるんじゃないのか、それはもっと直接的に滅びの訪れと関係することはないのか、とか色々疑問が残っていました。

 それらの疑問に対する考察として、あのような1月31日にしました。かなり珍しい解釈になったかと思いますが、納得いただけたでしょうか?

 さて、原作の本編ラストシーンであるこの話をもちまして、第3章は終了となります。しかし最終話ではありません。続いてエピローグが2話入ります。もう少しだけ、お付き合いください。
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