ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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戦車2(2009/5/13)

 中間試験の開始まで、残り一週間を切っている。真面目な生徒は勉強に集中し始める頃合いだが、湊は剣道部に顔を出すことにした。試験勉強など改めてする必要はないからだ。

 

 『前回』の湊は定期試験の成績は概して優秀だった。転入前は学業にあまり身を入れて来なかったが、美鶴に学生の本分云々とよく言われたこともあり、普段から勉強はまめにやっていた。また、時には夜に寮を抜け出してゲームセンターのクイズで全国のプレイヤーと正解数を競ったことも、関係があるようなないような。おかげで一学期は十位以内の成績を収め、二学期には学年トップも取って美鶴に褒められたものだった。

 

 時間が戻ると共に、湊は『前回』に培ったペルソナ能力を失ってしまった。だが『前回』経験した出来事はほぼ完全に記憶しているし、シャドウに関する知識も保っている。それと同じように、授業で学んだり自分で勉強したことなどもしっかり覚えている。つまり、学力は維持できているのだ。それに加えて、定期試験で出題される問題までも覚えている。我ながら素晴らしい記憶力であると、湊自身もちょっと得意にしている。

 

 だから『今回』は特に何もしなくても、年間を通じてトップを取り続ける自信がある。よって試験が近いことなど気にする必要はなく、コミュニティの活動に精を出せるというわけだ。

 

 そうして湊は体育館にやって来た。だがどこか妙な雰囲気が漂っていることに、足を踏み入れてすぐに気付いた。

 

 何が妙なのかと言えば、人が少ない。『今回』の剣道部は元々人数が多いとは言えないが、この日は普段より更に少ない。男子は一人もおらず、女子は岩崎を含めて三人。試験が近いとはいえ、少々極端だ。しかもそのうちの一人は部員ではなかった。

 

 (結子?)

 

 ジャージを着た色黒の少女、西脇結子がそこにいた。『前回』は剣道部のマネージャーを務めていて、剛毅のコミュニティの担い手だった。だが『今回』はなぜか剣道部に所属しておらず、姿を見るのはこれが初めてだ。

 

 体育館の中央辺りで、部員である眼鏡をかけた女子生徒と岩崎が何か言い合いをしており、結子がそれを宥めている。だが二人とも収まる気配がない。

 

 「もう帰る! あんたたちについて行けない! 有里と二人でやってればいいでしょ!」

 

 眼鏡の部員は憤然として岩崎に背を向け、出入口へと大股で歩いてきた。そして湊と目が合った。だが眼鏡の部員は何も言わず、ただ鼻を鳴らして早足で去って行った。結子は岩崎に何か言っているが、岩崎はその場から動こうとしない。初めから妙だった雰囲気が、気まずいものへと変わっていった。

 

 「何があったんだ?」

 

 湊は二人に近付き、どちらにともなく聞いた。すると結子が振り返ってきた。岩崎は顔を向けて来なかった。

 

 「ああ、有里君……だよね?」

 

 狼狽え気味だった結子の表情に、僅かだけ安堵するような色が浮かんだ。そして事情を話し始めた。

 

 結子によると、来ていない女子部員たちは、どこで話を見つけたのか皆で合コンに行ったらしい。テーピングを借りに体育館に来た結子は、岩崎も知っているものと思って話を軽く振ったところ、実は内緒だったらしい。それで岩崎は怒り出して、唯一来ていた眼鏡の部員と口論になったそうである。

 

 「ちょっとね、言葉がエスカレートしちゃったって言うか……」

 

 元々剣道部では、熱心な岩崎とそうでもない他の部員たちとの間で温度差があった。そこへ来て、最近の岩崎は更に熱を入れるようになっていた。おかげで女子部員たちの間ではかなりの鬱憤が溜まっていたのであろう。そこへ秘密の合コンが暴露などされたものだから、売り言葉に買い言葉で、あっという間に決裂となったわけだ。

 

 「男子は?」

 

 湊が聞くと、結子は目を逸らして言いにくそうにした。剣道部の男子部員から直接聞いたわけではなく、人づてに聞いた話だと前置きした上で――

 

 「一人だけレベルの違う、新人のシゴキについて行けない……ってさ」

 

 (僕のせいかよ……)

 

 思わず頭を抱えたくなった。

 

 明王杯に出場する為、湊は入部して以来男子部員に稽古をつけてきた。筋力トレーニングやランニングで基礎体力をつけさせることから始まり、素振りを一日何百本もやらせたりした。その上で代わる代わる打ち合いをさせたりと、かなり激しいものだった。湊としては『前回』の剣道部より少々厳しい程度のつもりだったが、部員からすれば緩い部活に突然降って湧いた、理不尽なシゴキに他ならなかった、というわけだ。

 

 そして岩崎が前以上に熱心になったのも、湊に刺激された為なのであろう。要するに、男女ともにボイコットされてしまったのである。どちらも湊を原因として。

 

 「ねえ岩崎……よその部に首突っ込むようで悪いけど、仲直りした方がいいと思うんだ」

 

 説明を終えた結子は心配そうに言う。だが岩崎は依然として背を向けたままで振り返らない。

 

 「悪いの、向こうだから」

 

 「そうなんだけどさ……ね、有里君」

 

 結子が一歩近付いてきて、内緒話でもするように小声で話しかけてきた。

 

 「岩崎ね、有里君が入って喜んでたのよ。全国に行けるかもしれないって。こんな状況だけど、支えになってやってくんないかな……。あの子、真っ直ぐすぎって言うか、不器用だから……」

 

 (支え、ねえ……)

 

 湊は考える。岩崎はコミュニティの担い手である以上、元より仲は良好にしていきたいと思っていた。首尾よく二人揃って明王杯に出場して、それなりの成績も残して、部活を通じた友人になれれば良いと思っていた。飽くまで友人に留まれれば最良だった。

 

 だが精神的な支えになるというのは、どうなのであろう。同性ならともかく、異性でそういう間柄になると言うのは、友人とは違った意味合いを感じてしまう。

 

 「さっきね……眼鏡の子にちょっとキツいこと言われちゃったのよ。息抜きで合コンとか、恋愛したことない人には分かんないでしょ、とか」

 

 (う……)

 

 湊は僅かに眉根を寄せた。嫌な予感がする。『前回』特別な関係になった結子の口から恋愛がどうとか言われると、余計に嫌な予感がしてしまう。

 

 「君は……岩崎と仲いいの?」

 

 その予感を払拭しようと思って聞いてみた。だが結子は少し困った顔になった。

 

 「暇を見つけたら、様子見に来るつもり。でもあたしはテニス部で普段は校庭にいるから……岩崎のこと、お願いできる?」

 

 (駄目か……)

 

 二人の様子を見る限りでは、結子と岩崎は以前からの友人であることが伺える。ならば結子が支えになってくれないかとの願いを言外に込めてみたが、虫のいい期待はあっさり外された。

 

 結子は『前回』から面倒見のいい性格だったが、自分の部のマネージャーをしながらよその部までまとめるのはさすがに無理であろう。これは子供相手のコーチとは訳が違うのだ。部外者にできることには、どうしても限りがある。

 

 だから結子が湊に頼むのは道理である。結子のセリフの中には際どいところもあるが、それでも道理は結子にある。剣道部の問題は、当事者である岩崎と湊が解決しなければならない。

 

 「悪いけど、一人にしてほしいんだけど」

 

 岩崎は湊と結子に背を向けたまま、体育館の奥の舞台を見つめている。その背中は、普段より小さく見える。手拭いに収まらずに垂らされた長い髪は、内心を表すように僅かに揺れている。

 

 「じゃ、よろしくね」

 

 そう言って結子は体育館から去って行った。よろしく頼まれてしまって、他人のいない体育館に二人で残されてしまった。

 

 (どうする……)

 

 季節は春の盛りであるのに、人数が少ない体育館の空気は妙に冷たい。床に触れている靴越しの足からは、体温が抜け落ちていくような感覚がある。この寒々しい雰囲気は、先行きがどう転ぶかが今まさに決まるのだと告げているようだ。勝負の前の緊張感というものに、少し似ている。

 

 この状況にどう応じるか、湊は再び考え込む。言葉に甘えて今日はこのまま帰ることもできるが、先々を考えれば良い手ではない。だが更に先のことを考えると、残るのはより良くないかもしれない。だが――

 

 数秒間考えた末、湊は床に置かれた岩崎の面を拾い上げ、無言で差し出した。

 

 「……」

 

 気配を感じたか、岩崎は振り返ってきた。その表情を覆っているものは、主に悔しさ。そして悲しみ。周囲に理解されない人間に特有の、春の空気をも冷たく沈殿させる憂いが満ちている。思わず同情の念を抱きそうになるが、湊は無言を保つ。

 

 「……」

 

 岩崎は視線を下げ、差し出された面を見つめた。だが両手は下ろしたままで、受け取ろうとしない。

 

 「着けろ」

 

 かなり長い沈黙の後、湊は一言だけ発した。すると岩崎は両手を上げ、ようやく面を受け取った。

 

 「貴方って……変な人ね」

 

 憂いに満ちた岩崎の表情に、ほんの一点だけ嬉しい色が灯った。だが湊はそんな色を打ち消そうと、敢えて甘さを排除した厳しい声色を作った。

 

 「余計なことは考えるな」

 

 言い捨ててから、湊は早足で更衣室へと向かった。練習に妥協を許さない鬼監督のような雰囲気を意図的に作り出して、背中にもそれを語らせた。

 

 湊は色々な方面に考えを巡らせた結果、取り敢えず今日は残ることにした。戦車のコミュニティの今後の為もあるが、結子に頼まれたことが大きい。『今回』は剛毅のコミュニティを誰と築けば良いのかという、剣道部に入部して以来の問題に解答は未だ見つかっていない。他の部員との間に築ければいいと思っていたが、この状況では難しくなった。

 

 だが結子が時々でも剣道部に顔を出すのであれば、上手くいけば再び結子と築けるかもしれない。その為には、頼まれたことを無視するわけにはいかない。そんな打算を抱いて、湊は更衣室へと向かった。

 

 

 着替えを済ませた湊が戻ってくると、面を付け直した岩崎が体育館の中央で待っていた。遠い距離からでは、面の下にどんな表情が浮かべられているのかは分からなかった。

 

 「……」

 

 岩崎の眼前まで、湊は真っ直ぐ向かって行った。そして準備運動もそこそこに、一礼をした。岩崎も礼をしてきた。稽古を始める際の作法である。湊は竹刀を正眼に構え、蹲踞の姿勢を取った。それに合わせて岩崎も腰を下ろし、二人で向かい合う形になった。

 

 湊は本番の勝負に臨む選手のように、鋭い視線を岩崎に向ける。対する岩崎も、気力の込められた視線を返してくる。先ほどは寒く感じた体育館の空気に、ある種の熱さが生まれ始めた。

 

 「お願いします」

 

 「ああ」

 

 二人は同時に立ち上がり、相懸り稽古を始めた。掛け声と共に竹刀がぶつかり合い、素足が床を踏みつける鈍い音が広い体育館に響き渡った。

 

 

 「面!」

 

 岩崎と打ち合いながら、湊は思う。面越しに向けられる視線は、剣道の選手としてのそれだけだ。相手の挙動を注視し、攻め手を探る集中力が満ちている。その視線の中に異性としての色はない。もっともそれは当然と言えば当然のことである。知り合ってからまだ日が浅いのだから。もちろん世の中には感情の発展が早い人間もいるが、岩崎はそういうタイプではない。幸いにも。

 

 だが男女二人だけで部活をしている、この状況はどうなのだろう。人間関係は本人同士の気持ちだけでは決まらない。元々そんな気がなくても、シチュエーションによって気持ちに変化が訪れることはある。何かまかり間違って、岩崎と特別な関係になってしまったらどうすれば良いのだろう。

 

 (頼むから、僕をそういう目で見ないでくれよ……)

 

 滑るように足を運び、竹刀を相手の防具に向けて振るう。そうやって激しく動き回りながら、湊は内心ではひたすら今後を心配していた。真剣そのものな岩崎よりも、ずっと集中力が欠けていた。

 

 「小手!」

 

 それであっても、地力が違うので負けることはなかったが。

 

 

 知り合った異性からは、ことごとく好かれてしまう――

 

 常識的に考えれば、物凄く無茶な話である。世間の男が聞けば、蹴りの一つも入れたくなるだろう。だが湊にとっては、杞憂でも自惚れでもない。『前回』は五人もの女子と特別な関係になってしまい、Y子や舞子にまで好かれた実績を思えば、むしろ当然するべき心配である。

 

 意図して彼女らを口説いていたわけでもないのに、いつの間にか好意を寄せられてしまう。断る隙もない。無理に断ろうとすると、容易く関係は破綻してしまう。コミュニティはペルソナ能力に直結する為、一度築いた関係は壊すわけにはいかない。そうやって成り行きに任せていたら、部屋に連れ込まれて長い時間を過ごしてしまう。

 

 そんなことがあっていいのだろうか。男と女に友情は絶対にあり得ないのだろうか。

 

 (いや……『我』のせいじゃないのか?)

 

 絆を教える『我』が、相手に何かを刷り込んでいるのではなかろうか。いわゆる吊り橋効果のような、無意識に働きかける何かを。たった今思いついたことだが、案外正解かもしれない。

 

 羨ましいと思われるかもしれないが、本人にとっては決して良いことではない。現実は妄想とは違うのだ。恋人を何人も同時に作って、ただで済むはずがない。現代日本ではハーレムが許される道理はどこにもない。浮気男に下されるのは、轟々たる非難か夜道のナイフと相場が決まっている。頓着しないのは『我』くらいだ。

 

 コミュニティとは、一体何なのであろうか。この日、湊は『我』を本気で恨めしく思った。そしてそんな湊に、『流されるお前が悪いんだ』と言ってくれる声はなかった。




 誰かこいつに蹴りを入れてやってください。

 主人公のステータス(人間パラメータ)に関して補足します。本作の主人公は『一周目』のレベルや武器などは一切引き継いでいませんが、ステータスだけは一部残っています。

 主人公はチート級の記憶力の持ち主との設定にしているので(そうしないと生き抜く事もできません)、最低限、学力だけは引き継がせざるを得ないのです。勇気も失わせるには理由付けができませんし、失わせる意味もあまりありませんので。

 イメージとしては、現時点で天才・光っている・漢と言ったところです。魅力は校内での評判なども含むものでしょうから、若干落ちているのだと考えてください。
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