ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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星1(2009/5/25)

 中間試験を終えた翌週の最初の昼休みの時間に、廊下の掲示板に試験結果が貼り出された。大勢のクラスメイトたちに混じって、湊も教室を出た。そして目的の場所に近付くにつれて、徐々にざわめきが聞こえてきた。安堵する声、落胆する声、色々重なっている。

 

 そして湊が掲示板の前まで辿り着くと、生徒たちのざわめきの種類が変わった。どこからか感嘆の声が上がり、それに合わせて尊敬の眼差しも湊に注がれた。予想していた通り、中間試験の結果は学年トップだった。平均点は97点を超えている。だが――

 

 (駄目だったか)

 

 傍から見れば素晴らしい成績だが、湊自身は不満だった。元から試験問題を知っていたのだから、トップを取るくらい当然である。密かに全科目満点を狙っていたのだが、それを逃してしまっていた。分からない問題などはなかったのだが、どうやらちょっとしたケアレスミスがあったようである。だから本人としては、むしろ良くない結果であった。

 

 もちろんそんなことを口に出したら、間違いなく袋叩きにされる。だから掲示板の張り紙の一番上に書かれた自分の名前を見ながら、湊はひたすら無表情を繕った。しかし内心では、成績とは別の悩みに襲われていた。

 

 (何事も完璧、ってわけにはいかないな)

 

 人間のすることなのだから、完璧などそうそうできはしない。湊もそれくらいは理解しているし、テストの点数など完璧である必要もないのだから、本来は気にする事柄ではない。だが一つのミスが命取りになることをしている身としては、試験結果が何かを暗示しているような気にもなる。

 

 (シビアだよなあ……)

 

 試験の最終日だった先週の土曜にもタルタロスに行ったが、その時のことを思い出す。毎度のことであるが、やはり死闘の連続だった。

 

 『前回』の戦いは少々失敗しても取り返しがついたが、『今回』はそうもいかない。タルタロスに出現する敵シャドウの特性は全て覚えているつもりだが、たまには間違って効果のない攻撃を仕掛けてしまうこともある。そうした失敗をやってしまった時は、一気にギリギリまで追い込まれるのが常だ。試験と違って、戦いは負ければ次はない。

 

 

 この日の放課後、湊は誰とも一緒にならずに一人で過ごしていた。試験が終わって部活や委員会の類も再開され、コミュニティの活動を行えるようになったのに。

 

 本来なら月曜は剣道部の活動日だが、この日は出なかった。部員のボイコットは現在も継続中で、出てくるのは岩崎だけである。二人だけで部活をするのは、決して良いことではない。岩崎と特別な関係になってしまったら色々と困る、と湊は自分自身に言い訳をして部活をサボっていた。

 

 彼のこの考えは一応間違いではないが、だからと言って部の状況を放置しても問題は解決しない。だから本当は何か動かねばならないはずなのだが、この日はとにかく面倒だという気分に襲われていた。

 

 不本意な試験結果を契機として、彼の本来の性格である無気力症がまたぞろ頭をもたげてきたのかもしれない。何しろこの二度目の日々は、何も知らずに毎日を過ごしていた『前回』と比べて、気苦労がとにかく多い。たまには心が折れることもある。

 

 だから月曜のコミュニティは部活以外にも生徒会があるのだが、そちらもサボった。一日くらいは何もせず、うまいものでも食べて過ごそうという気になっていた。

 

 だが無為徒食が容易く許されるほど、彼に課された運命は甘くない。

 

 

 湊は巌戸台商店街にあるラーメン屋、はがくれにやって来た。定食やハンバーガーも悪くないが、この町でうまいものと言えば、やはりここであろう。

 

 魚介系スープの濃厚な香りが染み付いた暖簾をくぐって店の中に入ると、いつも通り大勢の客で賑わっていた。空いた席がないかと店内を見回してみると、向こうから声をかけられた。良く知っている声で。

 

 「おう、有里か」

 

 4月に負った肋骨の怪我から復帰したばかりの真田が、店の奥のテーブル席に座っていた。だが一人ではなく、テーブルの向かいに青のジャージを着た若い男がラーメンを啜っていた。出口側に背を向ける形で座っている。

 

 「知り合いか?」

 

 男は一旦箸を置き、向かいの真田に話しかけた。意外にも、こちらも湊には聞き覚えのある声だった。

 

 「ああ、寮の後輩だ」

 

 ジャージの男は座ったまま振り返った。男と視線が合うと、湊は内心で驚いた。日に焼けたと言うより焦げたような濃い色黒の顔で、印象的な太い眉毛の下の目には力が漲っている。精悍という表現がこれ以上ないほどにしっくり来る、逞しさに満ち溢れた顔だった。

 

 (早瀬!? 何で真田と一緒に?)

 

 『前回』星のコミュニティを担った他校のエース、早瀬護だ。高校生でありながらスポーツ雑誌に活躍ぶりが掲載されたりもする、全国的に有名な選手である。ただ父親を事故で亡くしており、経済的な理由から競技を続けるかどうかの岐路に立たされている選手でもある。

 

 「紹介しよう。剣道の超高校級選手の早瀬君だ。名前くらい聞いたことないか?」

 

 慌てて二人の席に近付くと、真田から紹介された。早瀬のことは名前ばかりか、家庭の事情まで湊は知っている。だが『今回』会うのはこれが初めてだ。思いがけない時に思いがけない相手と会った驚きを、有名人と会った驚きのように装った。

 

 「え、ええ……有里です」

 

 「早瀬だ。よろしくな」

 

 「こいつも剣道をやっていてな。うちの剣道部は弱小だが、こいつは強いぞ」

 

 真田は湊を指差しながら、早瀬へ向けてにやりと笑った。剣道部に真田が顔を出したことはないが、噂くらいは聞いているのだろう。すると早瀬も笑顔を見せ、湊を見上げてきた。

 

 「へえ。君が言うくらいなら、相当なんだろうな」

 

 早瀬はそう言って丼を傾け、未だ湯気が立っているスープを飲み始めた。何かの秘技や奥義があるのか、早瀬の舌は熱さに強い。そして早食い自慢でもある為、あっという間に丼は空になった。

 

 「じゃあな。いつかどこかの大会で会おう」

 

 早瀬はそう言って口元を拭い、席を立ってレジへと向かった。早瀬はこの商店街では無料で食べさせてもらっているはずだが、それでは悪いと思っているので時々は払っている。そして今日は払う日のようだった。律儀なことである。

 

 湊はそんな後姿を見送ってから早瀬がいた席に座り、改めて店内を見回してみた。いつもながらに混雑した店に、他に空いている席はなかった。そして向かいの真田の元には、まだラーメンが来ていない。状況から見て、早瀬が元からいたこのテーブルに後から真田が来たのだと推測できた。

 

 「知り合いなんですか?」

 

 『前回』の8月、明王杯への出場を控えた湊に、真田は早瀬という選手には注意しろとか言っていた。だが二人に面識があったとは聞いたことがない。

 

 「いや、顔と名前くらいはお互い知ってたが、会ったのは初めてだ。偶然相席になって、話してみたら妙に気が合ってな」

 

 確かに気の合いそうな二人ではある。競技は違えど互いに有名な高校スポーツの選手で、ストイックを体現したような孤高の男。ついでに言うと、どこかずれた性格をしている。短い時間でも、きっと大いに盛り上がれたことであろう。

 

 (これは……もう明王杯に出る必要はなくなったか?)

 

 取り敢えず面通しはできたし、多少なりとも興味を持たれたようだ。早瀬はどこの大会に出場しても、当然のように優勝できる別格の実力の持ち主だ。だがその為に自分の学校では周囲から浮いており、対等に渡り合えるレベルのライバルを求めている。その点、やはり超高校級選手の真田の推薦ならばと、湊に期待を抱いても不思議はない。

 

 これなら今後に商店街で会っても、話に応じてくれるだろう。次に会った時に、たこ焼きの早食い競争でも何でもいいからとにかく勝負すれば、ライバル認定してもらうこともできるだろう。やろうと思えば、早瀬の学校に出稽古に行く手も取れる。よって明王杯に出場しなくても、星のコミュニティは手に入れられる。湊はそう判断した。

 

 (グッジョブだ)

 

 真田がいい仕事をしてくれた。無論本人にそんなつもりはあるまいが。

 

 「俺はさっき注文したところだが、お前は何を食う? 特製の大盛りくらい奢るぞ」

 

 いい仕事ついでに、珍しく先輩らしいことまで言ってきた。想定外の幸運に恵まれて急に気を良くした湊は、試験結果の発表から心に巣食っていた無気力症を振り払った。

 

 「頂きます。ついでに、はがくれ丼も」

 

 そして少し調子に乗った。

 

 「ん? 何だそれは?」

 

 「ここの裏メニューですよ」

 

 白米にチャーシューを乗せたシンプルな丼物である。元々はグルメキングの末光が考案したものであるらしい。ただし裏とは言っても常連限定というわけではなく、知ってさえいれば誰でも食べられるものである。しかし真田は聞いた瞬間に血相を変えた。

 

 「何!? 俺が知らないメニューを、転入したてのお前が既に知っているだと!? 親父、はがくれ丼を追加だ!」

 

 早瀬も食べることに関してはかなりのこだわりがあるが、真田もなかなかノリがいい。店に詳しい後輩に対して、ちょっとおかしいほどの対抗心を見せてきた。

 

 やがて注文の品が運ばれてくると、真田と湊は二人揃って、かなりの速度で食べることになった。湊は早食い勝負をするつもりはないのだが、元々健啖家である為に箸のスピードは普段から速い方である。それに張り合うように、真田は猛烈な勢いでラーメンを口に掻き込んだ。

 

 

 「食いっぷりがいいな。それでいい。何はなくとも、まずは体力だ。飯をたくさん食う奴が強い」

 

 食べ終えた後で、真田はそう言ってきた。だが真田の方こそ大した食いっぷりだった。大盛りラーメンと丼物のセットを軽々と胃袋に収めて、平然としている。もう一杯食べようと言っても応じそうな勢いだ。

 

 ボクサーと言えば食事を制限するイメージがあるが、真田はそうしたところがまるでない。自分で買ってきた牛丼を寮のラウンジで食べている姿などは、『前回』から頻繁に見ている。ラーメンもそうだが、牛丼もボクサーの食べ物として相応しいとは思えないのに。

 

 「減量はしなくていいんですか?」

 

 「ああ、それはいいんだ。俺はいつも本来より上の階級で試合をするからな。体のキレを良くする程度には絞るが、本格的な減量はしたことがない」

 

 「マジですか?」

 

 真田は事も無げに言うが、これはムチャクチャな話ではなかろうか。好きなだけ食べて、上の階級で試合をする。それで十六戦無敗。苦しい減量に耐えているであろう普通の選手たちには、何と言ってやれば良いのだろう。ヘビー級でもないのに、こんなボクサーがいて良いのだろうか。真田は食に関してだけは、普段のストイックさが欠片もない。

 

 (と言うか……禁欲してる分だけ、欲望が全部食欲に回ってるのかな?)

 

 そんな失礼なことを考えていると、真田はテーブルに肘をついて身を乗り出してきた。そして小声で言う。

 

 「それにな……俺の戦場はリングじゃないからな。奴らには階級なんか関係ないんだ。減量で体力を落とすわけにはいかん」

 

 (ああ……)

 

 それは一理ある。真田は5月1日に検査入院した際に、ゆかりに聞かれてボクシングをやっている理由を話した。曰く、素手の格闘技なら何でも良く、ボクシングそのものに特に思い入れはないとのことだった。たまたま習ったのがボクシングだっただけで、それこそ空手でも柔道でも何でも良かったのだろう。自分には剣道しかないと強いこだわりを持っていた早瀬とは、真田はその点が違う。

 

 つまり真田は特定の競技に情熱を注ぐスポーツマンではない。戦うことそれ自体が重要なのである。そしてタルタロスでの戦いと、高校生相手のボクシングのどちらがスリリングか。そんなことは聞くまでもない。何とも真田らしい――

 

 湊は内心で納得した。だが身を乗り出したままの真田は、意外なことを言い出した。

 

 「俺が復帰してからもリーダーをお前に任せてしまっているが、何も楽しようってわけじゃないぞ。お前が一番いいと思ったからだ。下手な奴が指揮を取れば、チームの危機に繋がる」

 

 (ん……? どうしたんだ?)

 

 『前回』のこの頃の真田は、リーダーをお前がやってくれれば自分はトレーニングに専念できるとか言っていたはずである。だがこの口振りだと、そうした楽観的な考えではないように聞こえる。それは真田らしくない。

 

 「俺たちの敵は想像以上に手強い。だが、ここが気合の入れどころだ。頼むぞ」

 

 かなりの近距離にある真田の表情は、真剣そのものだ。この様子は『前回』に接して感じた印象からは、なかなか結びつかない。真田と言えば戦いを楽しみ、美鶴に窘められるのがお決まりのパターンだ。荒垣が死んだ10月以降はまた別だったが、今の時点でこんなことを言うのは奇妙に感じられた。

 

 (確かにシャドウは手強いが……)

 

 湊は真田の発言に違和感を抱きつつも、言っていることそのものは間違っていないと思った。なぜかは分からないが、『今回』のシャドウは『前回』よりも遥かに手強い。一昨日に真田の復帰戦として行ったタルタロス探索では、他のメンバーと同じように真田もしっかりボロボロになった。トレーニングがどうとか、そんな悠長なことは言っていられないほどに。

 

 それで自分の強さにしか興味のない真田らしからぬ、こんな発言が出てくるのか、と思っていたら――

 

 『我は汝、汝は我……』

 

 (へ?)

 

 頭の中に声が響き、新たなコミュニティが発生したことを告げられた。アルカナは星だ。魔術師の担い手が友近から順平に移ったように、早瀬から真田に移ってしまった。いや、順平のケースよりも訳が分からない。

 

 (どうなってるんだ? 真田のペルソナは星じゃないのに……)

 

 ポリデュークスのアルカナは皇帝だ。そして皇帝のコミュニティは既に『前回』同様、生徒会の小田桐との間に築かれている。だから順平のことがあった後でも、真田とコミュニティが築かれることはないだろうと思っていた。それなのに、こうなってしまった。一体何がどう捻じ曲がったのだろうか。

 

 (超高校級の『スター』選手繋がり……とか、そういうノリ?)

 

 だとしたら、絆を教える『我』は幾月よろしく下手なシャレが好きと見える。

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