ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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戦車3(2009/5/27)

 予想外のことだったが、一昨日に真田との間に星のコミュニティが築かれた。よって明王杯に出場する必要は完全になくなり、他の部員に稽古をつける必要もなくなった。つまり部活絡みの問題が一つ解決した。

 

 もっとも問題は他にも残っているし、星のコミュニティは今後の展開が読めないという問題が新たに発生してしまった。だが取り敢えず事態が動いたことで湊は気を取り直し、一昨日はサボった剣道部に今日から再び顔を出すことにした。

 

 そうして授業を終え、教室の自席でカバンに荷物を詰め込んでいた湊に、後ろからかけてくる声があった。

 

 「有里、お前って剣道部だったよな?」

 

 友近だった。4月に順平を含めた三人ではがくれに行って以降は、話をする機会はあまりなかった。だからこれは珍しいことである。

 

 「そうだけど、何だ?」

 

 「今日って叶先生は来る? さっき職員室に行ってみたんだけど、先生いなかったんだわ」

 

 (ああ……そう言えば、今くらいの時期だったな)

 

 湊は思い当たった。『前回』の友近は叶に恋をして、その相談を何度か湊に振っていた。そしてちょうどこの頃から、友近はアタックを開始していたはずである。個人教授を頼んでみて、許可をもらっていた。

 

 その時は湊のおかげで踏ん切りがついたとかで、妙な具合で感謝された。だが湊にしてみれば、それは自分の手柄でも何でもない。単に友近自身の行動力の問題だ。

 

 未熟さを象徴する魔術師らしく友近は一種の子供だが、他人に背中を押してもらわなければ何もできない類の子供ではない。むしろ行動力は旺盛な方である。だからコミュニティが築かれていない『今回』でも、友近は一人で行動できている。そういうことなのであろう。ならば――

 

 「先生に用なら、一緒に行くか?」

 

 「うーん……そうだな。じゃ、ちょっと邪魔するわ」

 

 

 友近を連れて体育館に行ってみると、岩崎は既に練習を始めていた。面と小手はつけておらず、胴だけをつけて素振りをしている。だが体育館に他の部員はやはりおらず、叶もいない。広い体育館の中に、岩崎一人だけがいる。本人は至って真剣で、あたかも眼前に敵を置いているかのように気迫が籠っている。だが傍から見ると、たった一人の練習には侘しさが漂っている。

 

 そんな練習の最中だったが、岩崎はやって来た二人の姿を認めると動きを止めた。竹刀を振り上げた体勢のまま、出入口の側へと無言で視線を送ってきた。それに対して友近は体育館の中央付近にいる岩崎へと歩いて行った。部外者でありながら、部員の湊より先に。無遠慮に、スタスタと足音を立てながら。対する岩崎は竹刀を下ろし、黙って友近に正対した。

 

 「今日はお前だけ?」

 

 友近は何気なく、極めて自然体に声をかけた。もちろん岩崎に。

 

 「他に誰か見えるなら、心霊体験ね」

 

 そして岩崎も普通に答えた。いや、普通と表現するにはいささか言葉に棘がある。それとも逆に、この二人は棘を放つのが当然の間柄であるかのように。

 

 「可愛くねえの……」

 

 「知り合いなのか?」

 

 湊が尋ねると、友近は肩を竦めた。

 

 「ああ、理緒とは幼馴染でね。腐れ縁って奴?」

 

 (おや……)

 

 湊は驚いた。意外なところで、意外な繋がりがあったものだ。だが確かに友近の交友関係など、他のクラスの生徒相手のものまでは湊は知らない。『前回』の魔術師のコミュニティでは、特に話題に上げられることもなかったから。

 

 この様子では、『前回』極めたコミュニティの担い手について、本質はともかく枝葉のことでは未だ知らないことが多そうだと思えた。もっともそれは、当然と言えば当然のことではある。僅か一年の付き合いだけで、相手の全人生まで知ってしまえるはずがないのだから。

 

 「何の用よ」

 

 岩崎は呆れ顔だ。練習の邪魔をされて鬱陶しがるのと、相手をするのも面倒という気持ちがはっきりと顔に出ている。

 

 「ああ、叶先生が欲しがってたチケットが手に入ったからさ。一緒に行きたかったんだけどなあ……」

 

 「もう帰ったのかもな」

 

 まともに相手をしていない岩崎に代わって、湊が答えた。

 

 「やっぱそうかな……残念すぎて今日死ぬかも、俺」

 

 なら死ね、と普通であれば言ってやるべきところかもしれない。だが湊は一歩踏み込んだ。わざと無遠慮に。

 

 「先生が好きなんだな」

 

 「ええ!? 言っちゃうの!? お前、いきなり核心突いちゃうの!? まだ誰にも言ってないのに!」

 

 友近は動揺した様子を見せてきた。だがその顔は笑っている。コミュニティで磨いた観察力をもってすれば、本気で慌てているわけではないことは容易に見て取れる。言われたことが、かえって嬉しそうでさえある。

 

 「何なら入部したらどうだ? 少しは接点が増えるぞ」

 

 叶はなぜか剣道部の顧問をやっているが、練習にはほとんど来ない。ルールさえまともに知っているか、怪しいものだ。だから今日もきっと来ないだろうと、教室で聞かれた時から湊は思ってはいた。だが敢えてそこは伏せて友近を体育館に連れてきたのだ。最近の悩みの種である、岩崎と特別な関係にならないようにする為に。

 

 これまでの言動を見る限り、岩崎は自分を異性として見てはいないと湊は判断していた。それはいいのだが、二人だけで部活をしている現状そのものを湊は心配していた。

 

 転入早々にゆかりとの仲が噂になったように、恋愛話は得てして当人よりも周囲の方が熱しやすい。他に誰もいない体育館で、男女が二人だけで打ち合ったり押し合ったり、などと聞けば想像を逞しくする者も必ず出てくるだろう。ゆかりとの噂は既に収束しているが、岩崎とは部の状況が変わらない限り、噂が立つのを止めることはできない。

 

 そして岩崎自身がその噂に影響されて、湊に対して余計な気持ちを抱く可能性は否定できない。と言うより、『前回』の五人の女子のコミュニティの結果を考えれば、大いにあり得ることだ。

 

 ならば誰か一人だけでも部員が増えれば、と思って友近を誘ったのである。もちろん真面目に部活することなど友近にはまるで期待できないが、いないよりはマシであろうと考えたのだ。

 

 「ううん……そっか。それもありかもな。盲点だったぜ」

 

 友近と叶の仲は、『今回』もまず間違いなく上手くはいくまい。たとえ友近が剣道部に入部したところで、結果は変わらないだろうと湊は思う。だがそれは問題ではない。むしろ少々稽古をつけてやるくらいのことは、友近の人間的な成長の為にも良いだろう。と、湊は自分自身に言い訳をしながら友近を巻き込もうとしていた。戦車のコミュニティを安全に進める為に。

 

 だが意外なところから意外な方向で横槍が入った。

 

 「好き……なの?」

 

 岩崎だ。その顔からは、先ほどまでの呆れや面倒くささがなぜかすっかり消えている。それどころか、表情そのものが消えている。

 

 「何の為に好きなの?」

 

 「はあ? 理緒さんはガキですな……。いい? 何の為とかじゃなくて……」

 

 友近は芝居がかった素振りで、大きなため息を吐いた。そして胸を張り――

 

 「恋は落ちるもんなの!」

 

 広い体育館に響き渡る大きな声で宣言した。いっそ気持ちいいくらい、堂々と。爽やかにとさえ言っても良いくらいだ。

 

 「落ちる……?」

 

 そんな友近とは対照的に、岩崎の声色に僅かだが陰りが差した。それと共に、視線に含まれる色も微妙に変わっている。それを見て、湊はあることに勘付いた。

 

 (ん? これは……)

 

 湊はこうした変化を『前回』に見たことがある。生徒会の後輩である伏見千尋が教材費を盗んだ疑いをかけられた際、美鶴がその疑いを晴らす為に動こうとした時だ。他人の耳がない場所で相談する為、美鶴は寮の自室に来るよう湊に持ちかけた。それを聞いた千尋は血相を変え、いきなり職員室に乗り込んで担任の竹ノ塚に詰め寄ったのだった。

 

 あの時の千尋のような気配を、今の岩崎から感じる。ただし千尋よりずっと穏やかではあるが。そしてその分だけ、岩崎本人も自分の感情を自覚しているのかどうかは疑わしい。

 

 そこまで分析したところで、友近が話を振ってきた。

 

 「有里は分かるだろ? お前って岳羽さんと……いや、あの噂、そろそろ立ち消えになって来たか」

 

 「岳羽さん……?」

 

 「ああ、もうこの際だから限定しなくていいや。お前って、好きな人はいるか?」

 

 友近はニコニコと面白そうに笑いながら、思い切りストレートな質問をぶつけてきた。想い人を暴露された仕返しと言ったところであろう。

 

 (こいつ……)

 

 湊は思わず苦笑した。注意して観察していなければ分からないほどの、ごく僅かなものだったが。それでも口の端から笑みが意図せず零れてしまった。内心を隠すことが得意な湊にしては、珍しいことである。

 

 友近のくせに、『愚者』の虚を突いてくるとは生意気だ。だが敢えて許してやろう。重要なヒントを与えてくれた礼として。

 

 昨日までの状況であれば、色々考えて答える必要があっただろう。岩崎の共感を得るように答えるべきか、もしくは敢えて距離を置くように答えるべきか。だが岩崎の気持ちがどこを向いているかが読めた今は、嘘を吐く必要はない。ならば正直に答えよう。

 

 「いないよ」

 

 そう。自分に好きな『人』はいない。『前回』特別な関係を築いた五人の女子たちに対してさえ、心からの感情は抱かなかった。最低だと自分でも分かっているが、本当にそうなのだ。むしろそれだからこそ、あんな離れ業ができたのだ。

 

 客観的に見れば、彼女たちは誰もが非常に魅力的だった。正常な神経の男なら、誰か一人とだけでも特別になれば、他の子とは一緒に帰ろうとも思わないだろう。浮気性な男でも、せいぜい二人。三人は無理。四人や五人はあり得ない。甲斐性とかいうレベルではない。

 

 とは言っても、別に彼女たちが嫌いなわけではない。そもそも『嫌い』と呼べる人は、好きな人より更にいないくらいだ。ただ彼女たちを自分のものにしたいとか、自分が彼女たちのものになりたいという感情を持たないのだ。それはやはり、好きとも愛しているとも呼べないであろう。

 

 何にも属さない、数字のゼロのような存在を示す愚者のアルカナ。それが有里湊の宿命だ。だから男女を問わず、誰にも真実の想いを抱かなかった。

 

 だがそれでも真実を、或いはそれに近いものを抱いた相手はいる。例えばファルロスだ。そしてもう一人、場合によっては更にもう一人、そうした相手がいる。だが彼女らは、いずれも『人』ではない――

 

 湊は内心では『前回』の自分自身を振り返りながら、色々と考えていた。だが口に出しては一言しか言わず、表情にも何も語らせなかった。虚を突かれることもたまにはあるが、『愚者』は基本的には己の顔と口を自由に動かせる。それは言い方を変えると、どんな嘘でも平気で吐けるということである。

 

 「おいおい。空気読めって、お前……」

 

 一言だけの返事を受け取った友近は呆れ顔になった。腰に手を当てて眉を寄せ、処置なしと言わんばかりである。

 

 「嘘を吐けない性格なんでね。で、入部するか?」

 

 「うーん……やめとくわ。汗臭いのって嫌いでしょ? 大人の女性はさ」

 

 そう言って、友近はまた爽やかに笑った。

 

 「そうか」

 

 湊にすれば、わざわざ体育館に連れてきた当てが外れたわけだ。だが今となっては全く構わない。むしろ今後しばらくは頻繁に岩崎と顔を合わせない方が、かえってやり易いくらいだろうと判断した。だから重ねては誘わず、話を終わりにした。

 

 「つか、先生のことは秘密よ? マジ言わないでね? 理緒も、有里も!」

 

 そうして友近は体育館から去って行った。その足取りは軽い。スキップを踏んでいるわけではないのだが、そう見えそうなくらいに軽やかに去って行った。その様子からして、やはり想い人を暴露されたことが嬉しかったのだろう。

 

 そんな舞い上がった友近の後ろ姿を、岩崎は僅かながらに暗い色を含んだ視線でもって見つめている。僅かすぎて本人の自覚は追いついていないであろうが、確かにそういう色が浮かんでいることを、改めて湊は確認できた。

 

 湊は観察力には自信がある。『前回』に数多くのコミュニティを築いてきた経験から、表情の動きや声色だけでも人の気持ちを察することができる。特に『今回』は誰とも特別な関係になるまいと日頃から気を付けているので、恋愛に関する他人の心の動きはより理解できるつもりでいる。

 

 「落ちる……ものなの?」

 

 岩崎は心ここにあらずといった風情である。軽やかに立ち去った友近とは対照的に、その場に沈み込んでしまいそうなほどに重い。

 

 「そうらしいな」

 

 そういうものだと、湊は理屈としては分かっている。自分自身は落ちた経験があるとは言いにくいが、落ちた人を何人も見ているから。

 

 「私、落ちたりなんかしない……」

 

 そしてまた、落ちた人を見つけた。

 

 「練習しよ! あんなのに構ってられないし!」

 

 そう言って岩崎はまた竹刀を振り始めた。だが落ちた心に合わせるように、この日の練習は剣も足さばきも乱れっぱなしだった。

 

 (よし、見通しが立った。やっぱり基本は、誰か男を使うことなんだな)

 

 先月から計画していた、女子のコミュニティの進め方だ。これらを安全に進める為には、誰か他の男に引き取ってもらうのが最善である。美鶴は真田に、風花は荒垣に。それと同じように、岩崎は友近だ。

 

 友近と叶の関係はどういう経過を辿ろうとも、叶が九州へ転勤する二学期には終わりを迎えるはずである。狙い目はそこだ。失意のどん底まで落ちた友近の元へと、岩崎を差し伸べてやれば良い。岩崎は想いを遂げ、友近は真面目に付き合える相手を得て、自分は安全な絆を持てる。誰もが幸せになる、最高の結果が見えてきた――

 

 と、この時の湊は思っていた。唐突に立った今後の見通しに気を良くして、ただ楽観的に練習をした。岩崎の剣の乱れ方を注意することもしなかった。それは傍から見れば、男女が楽しく遊んでいる光景そのものだった。

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