「調べてみましたが、怨霊なんて全くのデタラメ。昔からある怪談話に似たようなのがあるけど、状況とか全然違います!」
「うん……怪談だと学校で死んだ生徒がって話だけど、誰も死んでないし……」
今日は6月5日の金曜日。『前回』同様、寮のラウンジで怪談の真相確認会が行われた。
ゆかりと風花の調査によれば、最近に死んだ、もしくは死んだと思われる状況にある生徒はいない。その代わりと言っては何だが、意識不明になった生徒は一人ではなく三人いる。彼女らはいずれもクラスや部活は異なるが、頻繁に家出する共通点がある。その三人がよく出入りしていたのが、ポートアイランド駅外れの溜まり場である。
「よって更なる真相に近付くべく、明日現場取材を決行することにしたから!」
(上出来だ)
もしこの二人が溜まり場の件まで辿り着けなければ、湊がその話をするつもりでいたのである。だがこの通り『前回』同様にその情報を手に入れていた。手間を省いてくれたゆかりに向けて、湊は内心で頷いた。そしてそれとは対照的に、順平は慌てだした。
「あそこヤバいって! 女の子を二人も連れて行くような場所じゃねえよ!」
(確かにな。でもゆかりは言い出したら聞かない。行かざるを得ないさ)
順平は泡を食っている。だが普通に考えれば、この反応が正常である。溜まり場がどんな場所かを知らないか、余程のケンカ好きでもない限りは。しかしそんな順平に対するゆかりの反応は、湊の予想とは少し異なっていた。
「そうね……風花は来ないでいいよ。三人で行くから」
「ちょっ……そうじゃなくて!」
(おや……)
湊は少し意外に感じた。怪談調査に懸けるゆかりの熱心さは、1日に順平にからかわれたことにのみ由来するのではないと睨んでいた。本当の理由は、特別課外活動部を駒のように扱っている、と思っている美鶴への反発と、溜まり場の実態を知らないことにあるのだと思っていた。
だがこのようなセリフが出てくるということは、実は溜まり場の危険性は認識している。『今回』は調査に風花が加わったことで、その辺りの情報が増えたのかもしれない。しかしそれでも自分が行くことはやめない。勇敢と言うべきか、無鉄砲と言うべきか。
それはそれとして、湊としては風花も溜まり場に来る方が良いのである。だからこの流れは少々まずい。しかしそんな湊の心中を知るはずのない風花は、自ら進んで首を横に振った。
「ううん……私も行く」
「そう? でも危ないよ」
「だーかーら! 危ないんだったら行くのやめようって!」
必死に懇願する順平を無視して、ゆかりと風花の話は進む。しばらく平行線が続いたが、やがてゆかりが折れた。
「分かったわよ……。でも危ないと思ったら、すぐ逃げてよ。男子たち、ちゃんと風花を守ってね」
「……」
湊は一瞬、ゆかりのセリフをどう解釈すべきか悩んだ。風花の身を案じる優しさか、危険と知りつつ結局は巻き込む無責任か。はたまた普段のツッコミ体質から一歩進んで、順平を困らせることに密かな楽しみを見出しているのか。
(難しい問題だな……)
ゆかりとは『今回』も恋愛のコミュニティを築くつもりでいるが、特別な関係にはならないようにしたいと思っている。ただ風花や美鶴と違って、引き取り手が見当たらない点が難しい。ゆかりの性格や嗜好は把握しているつもりだが、友人に留まる為には『前回』以上にゆかりの内面を理解する必要がありそうだ。
明日は特にゆかりに注意を払っておこう、などと確認会の主旨とは完全にずれたことを考えていたので、湊は一言も喋らなかった。しかしとうとう順平が助けを求めて、肩を揺さぶってきた。
「なあ、黙ってないで何か言ってやってくれよ! あそこマジ、マンガみたいに荒れてんだよ!」
順平は本当に必死だ。良く見れば帽子の下から覗く目元に、光るものがあるようなないような。思わず憐憫の情を催しそうになるが、初めから溜まり場に行くつもりの湊は、順平をフォローしてやらない。
「心配するな。シャドウより強い不良なんかいやしない」
「そりゃそうだけどさ! ペルソナ使うわけにゃいかねえだろ!」
「お前のスペシャルコレクションを持っていけ。あの釘の生えた奴」
最近手に入れた順平お気に入りの小道具、釘バットのことだ。野球のバッターのように得物を振り回す順平のスタイルに、驚くほど似合う武器だ。あれを持っていけば、人間の不良など容易く蹴散らせるだろう。
「馬鹿野郎! あんなもん持ってったら、ケンカのバーゲンセール中って看板立てるようなもんだぞ!」
その前に警察に捕まるだろうが。自分たちの事情を知っている黒沢巡査でも、あんなものを町中で持ち歩いていたらさすがに見逃してはくれないだろう。
「男は度胸だ」
「うー……分かったよ! 行きゃあいいんだろ!」
順平は帽子越しに頭を掻きむしっていたが、やがて諦めた。以上をもって、確認会はお開きとなった。
怪談の真相など湊にとっては既知のことであるにも関わらず、敢えてゆかりたちが調査するに任せたのは、明日に溜まり場に行く為だ。正確に言うと、溜まり場で荒垣と接触する為だ。
(先々の為に、明日会っておいた方がいい)
荒垣の特別課外活動部への復帰は、『前回』は9月2日だった。湊はこれを早めさせる気はないので、復帰は当分先の話である。だが今の時点でも、あの場で会っておくことにはそれなりの意味がある。
『前回』は仲間の多くが荒垣を高く評価していたし、特に順平は本気で尊敬の念を抱いていた。その理由の一つに、明日の溜まり場の一件があることは間違いない。順平とゆかりは5月の真田の検査入院の際に荒垣の顔を見ているが、あれだけでは9月の復帰時に好意をもって迎えることは難しいだろう。何しろ荒垣は内面はともかく、外向きは無愛想の権化のような男なのだから。
今後の為に、ここで皆の荒垣に対する印象を良くしておくのだ。そうすることで10月の天田の復讐にも、それを生き延びた後の対処もやり易くなる。
そして風花も連れて行くことは、特に重要だ。風花と特別な関係にならずに女教皇のコミュニティを進める為、風花は荒垣に引き取ってもらわねばならない。だからここで荒垣の良いところを見せておくことには、大きな意味がある。
(許せ、順平。きっと荒垣が助けてくれるからな)
以上の理由により、湊は明日順平が殴られても、自分で助けるつもりはなかった。ただ心の中でだけ謝っておいた。誠実さに極めて欠ける謝り方で。
この6月の満月に関連した、種々の計画は順調に進んでいる。しかも自分自身は風花を体育館から出した以外はほとんど動かないまま、事態をコントロールできているところが素晴らしい。湊は顔には出さずに、内心で満足の笑みを浮かべた。
確認会翌日の土曜日の夜、『前回』のメンバーに風花を加えた四人で溜まり場にやってきた。煙草の煙や安いアルコールの臭いが漂う空気の中で、数人の男女がたむろっている。壁に背を預けて立っている者、地面に直接座り込んでいる者など、その姿勢は様々だが目付きはいずれも良くない。どこの町にもこうした裏側というものは存在するが、殺伐の度合いがかなり強い。
「あん? 何だあいつら……」
「制服? 月高か?」
そんな溜まり場の雰囲気の中では、湊たち四人は明らかに浮いている。しかも制服姿というのが良くない。せめて私服に着替えていればまだ良かったのだが、これでは絡んで下さいと言わんばかりである。
ただもう少し月日が進むと、ここの雰囲気は大きく様変わりするはずである。元々の常連たちが子供に見えるくらいの、超一級の危険人物三人組が頻繁に現れるようになるからだ。その頃であれば、見知らぬ顔が現れても関わり合いになろうとしないくらいの処世術を、不良たちも身に付けていたかもしれない。だが彼らの姿がない今の時点では、そうした良識は期待できない。
「お前ら、遊ぶトコ間違えてんじゃねえの? 帰れよ、ヒゲ男くん」
「……」
案の定、早速絡まれた。自分たちから見て最も手前にいた、男女二人ずつのグループから男の一人が近付いてきて、順平に向けて威圧感を放つ。場所からすれば、むしろ不良の言い分の方が正論とさえ言える。だが言われた順平は無言のままで、返答したのはゆかりだった。
「ここ来るのに、なんであんたの許可がいるわけ?」
「ゆ、ゆかりちゃん……」
注意して聞いていないと分からないが、ゆかりの声は僅かに震えていた。そのゆかりの制服をいつの間にか掴んでいた風花の声は、注意しなくても分かるくらいに震えていた。
「大丈夫……怖がらないで。こんな連中に……」
「ああ!?」
風花を励ますつもりだったのであろう言葉は、割と小声だった。しかし不良たちの耳には、しっかり届いていたようである。座っていたもう一人の男と、派手な化粧の二人の女も立ち上がった。
「こんな連中、つった?」
「つか、写メとか撮って流しちゃおうか? パパとかが気失うような、セクシーポーズな奴!」
甲高い女の笑い声が湧き上がる。そしてそれが収まる前に、ゆかりは吐き捨てた。
「こいつら、サイッテー……」
(確かに最低だが……)
ゆかりに一応の同意はしつつも、湊はやれやれと額に手を当てたい気分になった。もちろん気分だけで、実際にはやらないが。
こうして冷静に観察してみると、この溜まり場の一件の非はゆかりにあると思わざるを得ない。人にものを尋ねる態度では初めからないし、その後もわざわざ火に油を注いでいる。
ゆかりは『前回』にポートアイランド駅で財布を落とした際に、不良に絡まれて怖がっていた。その時と同じように、今も怖くないはずはないのだろうが、むやみに強気だ。どうもゆかりは恐怖を感じると、余計に無鉄砲になる傾向があるようだ。察するところ、恐怖や無力感などの自分の感情そのものに対して怒りを感じるのだろう。
つまり、ゆかりはよくキレるが、自分自身に対してもよくキレる。今後の為に参考になりそうな情報だ。
弁護する余地があるとすれば、ただ一点。不良の女の『パパ』という発言だ。父親に対する思いを逆撫でされたような気がしたのだろう。もっとも湊にすれば岳羽詠一朗については既に十分すぎるほど理解しているので、今さらであるが。
「ヒゲ男くんも大変だ。こんなアグレッシブな子が一緒だと、さ!」
湊がそんなことを暢気に考えている間、不良の一人がセリフの最後に合わせて順平の腹を殴りつけた。それなりにケンカ慣れしているのであろう。なかなかいい音がした。だが――
「ク、クソッ……お、お前らなんかなあ! シャドウに比べりゃ紙細工だぜ!」
順平は倒れなかった。そればかりか、不良に向けて殴り返した。だが拳は普段使い慣れていないせいか、よけられてしまった。例のスペシャルコレクションを持っていれば別だったであろうが。
「お、やるのか? ヒゲ男くん」
不良は両の拳を軽く握って構えを取った。その仕種には余裕と言うか、相手を舐めている気配がある。対する順平は歯を食い縛った表情で、拳を固く握り、腰を落として身構えた。真田とは違うのであまり様になっていないが、本気でいるのは分かる。
「や、やってやらあ!」
(あれ?)
『前回』はボディー一発でKOされた順平が、果敢にも立ち向かっている。三枚目の順平がどうしたのだろう。よもや風花がいる為だろうか。守ってやれとのゆかりの言葉を真に受けたか。思い返してみれば『前回』の順平は、女子のメンバーの中では比較的風花と仲が良かった。
「てめえもボサッとしてんじゃねえぞ!」
もう一人の男が湊に向けて殴りかかって来た。これはちょっとまずい状況である。完全にケンカになる。
(鉄パイプでも隠し持って来るべきだったか)
相手のパンチをかわしながら、湊は埒もないことを思った。ケンカではない本当の実戦を経験している分、素手でも一対一なら負ける気はしない。順平も気持ちさえあれば、一人くらいには勝てるだろう。だが溜まり場の不良はこの場の四人だけではない。騒ぎを聞きつけて仲間が来れば、まずいことになる。
ペルソナ使いは超人ではないのだ。殴られればそれなりに痛いし、ナイフで刺されたりすれば普通の人間と同様に死ぬ。丸腰で大人数を相手にすると、さすがに分が悪い。
「岳羽、山岸を連れて逃げろ」
男衆はともかく、ゆかりと風花はこれ以上は駄目だ。今後の計画に狂いが生じるが、仕方がない。ここで二人が一生ものの傷を負うようなことがあっては、計画どころではない。二人が戦線から脱落してしまうことはほぼ確実だし、湊自身も相当な後悔を感じるはずだ。それは時間を再び戻してしまう原因にさえなりかねない。
だが湊が二人の側へ顔を向けると、想定外の人物がそこにいた。見覚えのある色黒の少女が、風花の腕を掴んでいる。
(森山?)
「何してんの、こんなトコで!」
森山だった。風花は困惑した顔で何事か言おうとしているが、森山はかなりの剣幕だ。どうやら騒ぎを聞きつけて、逃がそうとしているようだ。
「ちょっと、貴女!」
突然の闖入者、それも見た目は不良と変わりない森山にゆかりが怒鳴る。だが森山はそれをも跳ね返す。
「あんたも早く行きな! よってたかってヤラれたいの!」
「ヤラ……って!」
人は場所に合わせて、迫力が増減することがあるのかもしれない。場に馴染んでいる森山は浮いている二人にはもう有無を言わせず、腕尽くで引きずり出すようにして駅の方面へと連れ去っていった。その足はかなり速かった。
(……どうなってるんだ?)
『前回』はなかったことが、こうも立て続けに起きるとは。そして最初に『前回』にない反応をした順平はと言えば、不良の一人とまだ殴り合っていた。結構いい勝負をしているようである。
「このクソガキが!」
「うおお!」
二人はどちらも次で決着をつけようと、拳を大きく振りかぶった。場所の空気と素手のケンカに慣れた不良か。場違いで得意な道具も持たないが、実戦の経験なら圧倒的に多い順平か。軍配はどちらに上がるか――
「その辺にしとけ」
勝負は行司預かりとなった。
いつの間にか行司、ではなくてニット帽をかぶってロングコートを着た大柄の男が、二人の間に割って入っていた。互いに突き出された順平と不良の拳を、片手一つずつで両方押さえている。ケンカの場数を相当に踏んでこなければできない芸当だ。この溜まり場の常連で、札付きの不良にも恐れられている男。荒垣真次郎だ。
「てめえ……荒垣! 邪魔すんな!」
目当ての人物がやっと現れたことを確認して、湊はよける足を止めた。殴りかかってきていた不良も、乱入者の登場に気付いて手を下ろした。
「素人相手にムキになってんじゃねえ」
「ざけんな! それで済むと思ってんのか! てめえからやっちまうぞ!」
不良は言いながら押さえられた拳を振りほどき、改めて大きく振りかぶった。対する荒垣は順平から手を離し、両腕を脇にぶら下げた。隙だらけの体勢を晒している荒垣の顔面を、本気のパンチが襲う。だが荒垣は頭を僅かにずらしつつ、一歩踏み込んだ。両手は下げたままである。
ガン、と辺りに響き渡るいい音がした。拳よりもずっと重いものが当たった、鈍い音だった。
「あが……」
大振りのパンチにカウンターの頭突きを綺麗に決められ、不良は地面に仰向けに倒れ込んだ。勝負あった。『前回』は逃げる余力があったはずだが、一発で伸びてしまった。順平と殴り合ったせいで、既にダメージが蓄積していたのかもしれない。
「まだやるか?」
「い、いえ……」
荒垣に睨まれたもう一人の男は、腰が引けてしまっていた。二人の女もたじろいでいる。やがて不良たちは互いに顔を見合わせて、倒れた仲間を肩に抱えて去って行った。
「ひ、一睨みかよ……」
順平は呆然と荒垣を見上げている。順平は普段はケンカなどしないが、強者には憧れる年頃である。勝負を邪魔されて怒るはずなどないし、むしろ荒垣の格の違いにただ感嘆している。だがそんな順平に荒垣はじろりと怖い目を向け、そして脳天に拳を落とした。
「痛っ!」
「馬鹿野郎が……」
加減はしていただろうが、順平より一回り体格が大きい荒垣の拳は重さが違う。順平は頭を両手で押さえて膝をついた。
「てめえら、わざわざケンカしに来たのか? さっさと帰れ」
今度は湊に向けて言ってきた。その声色は凄むものではなく、裏に気遣いがあるものでもなく、単に呆れたという類のものだった。そして返事を待つこともなく、二人に背を向けて駅の方面へと去って行った。
身長に応じて歩幅も大きい荒垣は、歩くのも速い。背中は見る間に遠ざかっていく。順平も膝をついたまま、黙って荒垣を見送ることしかできない。
「……」
話を聞く間もないまま、荒垣に去られてしまった。ゆかりと風花も森山に連れて行かれたまま、戻ってこない。誰もいなくなった溜まり場に、順平と二人で取り残されてしまった。完全に予想外の状況だ。
(何でこうなった……?)
湊は状況を理解できなかった。一体何がいけなかったのだろう。日頃の行いがそんなに悪いのだろうか。決して否定はできないが。親に悪戯を叱られた子供のように、二人揃って手持無沙汰に佇んでしまった。一分ほども時間が経過してから、立ち上がった順平がようやく口を開いた。
「取り敢えず……帰ろうぜ」
「そうだな」
これ以上ここにいても仕方がない。また不良たちが戻って来たりしたら、いよいよ面倒なことになる。
溜まり場の周辺は、夜の早い時間であってもかなり薄暗い。だがそこを出て裏路地を通り抜け、表通りに出れば市街地らしく街灯の数が多くなってくる。道路沿いの建物から零れてくる明かりの量も多くなる。そして駅まで来ると駅舎や隣の映画館の照明によって、夜の遅い時間でも人の顔がはっきり見えるくらいの明るさがある。まさに町の表の顔である。
「はあ……生還したか」
順平は大きなため息を吐き出した。荒れ放題の空気が漂う薄暗い異郷から、自分たちが本来いるべき明るい場所へと帰って来たことを、光の量によって実感できるようになった。
「お、皆いるな」
そんな町の表の顔の中心部、駅の改札へ向かう長い階段の隅の辺りで、四人の男女が集まっていた。荒垣とゆかりと風花、そして森山だった。
「あの人ってさ……確か真田さんの病室にいた人だよな」
「だな。荒垣さんって呼ばれてたな」
さも今気付いたかのように湊は答えた。そして内心では、荒垣がまだ留まっていることに安心した。これなら溜まり場での失敗を取り返せる。
「何なんだ、てめえら……」
湊と順平が合流してくると、荒垣は再び呆れた声を漏らした。状況を見るに、帰ろうとしたところで、既に駅まで戻っていたゆかりと風花に捕まったのだろう。いかにも迷惑そうにしている。
だがそれでも無視はしない。5月に真田の病室で見た自分たちの顔を覚えていて、特別課外活動部に絡んだことだと察したのであろう。荒垣は無愛想だが、観察力や洞察力はなかなか鋭いものを持っている。
「あの、先輩。あたしはもう行きますね……」
そんな中、この場で唯一特別課外活動部と無縁の人物、森山がやや遠慮がちに声をかけた。荒垣に向けて、である。どちらも溜まり場の常連である為か、二人は顔見知りのようである。
「ああ」
森山は駅の階段を上って行った。だが途中で一度だけ振り返り、階下の五人に目をやった。その視線の中には、かなりの不審の色が含まれていた。しかし見られた五人の多くはそれに気付かなかった。森山はほとんど間を置かずに再び振り返り、改札へと向かって行ったから。ただ一人、風花だけが森山の後姿を目で追っていた。
「あ、あの……ごめんなさい。私たち、知りたいことがあって来たんです」
やがてゆかりが説明を始めた。校門前で倒れていた生徒のことを調べていて、彼女らは溜まり場に出入りしていたことを突き止めたのだと。
「あの……倒れた原因とか、何か知りませんか?」
「知らねえよ。怨霊の仕業だとか色々噂になってるが、どれも眉唾だ」
(そりゃそうだ)
『前回』はこの時に荒垣の口から、倒れた生徒たちは風花の怨霊に取りつかれたとの噂を聞いたし、『今回』も怪談めいた話はある。だがあれは風花が実際に行方不明になっていた為にまだ信憑性があったのであって、風花が普通に登校している現状では噂に当然その名前はない。結果的に噂の種類はより広範になり、真相からは遠ざかっている。
真相はいわゆる無気力症、即ち影人間である。倒れた三人はシャドウの『声』を聞いて影時間に落とされ、襲われたのだ。
ちなみに現時点の特別課外活動部は、シャドウは適性のない人間をどうやって襲っているのかを認識していない。『前回』それが発覚したのは明後日、件の女子生徒たちが『声』を聞いていたとの森山の証言からだ。だが影人間がシャドウの仕業であることは、既に美鶴を始め皆が認識している。
そもそもこの怪談調査を美鶴が黙認したのは、件の生徒は影人間になったことを初めから察していたからだろう。美鶴にすれば、シャドウが引き起こす問題をゆかりたちに調査を通じて実感してもらい、今後の戦いのモチベーションにしてもらいたい、とでも考えているのだろう。だが特別課外活動部から離れて久しい荒垣が、真相を理解しているかは微妙である。たとえ理解していたところで、人の目が多すぎるこの場所では話さないだろう。
「俺はもう行くぜ。てめえらも帰れ」
荒垣は風花の脇を通り過ぎ、駅前の反対側へと去って行った。皆の誰も引き留めはしない。ただ荒垣の広い背中を黙って見送った。
かくして怪談調査は終了である。真相には結局辿り着けなかった。
(ご苦労様)
一週間に渡って調査してきたゆかりと風花には残念なことであるが、湊としては荒垣と顔を繋ぐことが目的だったのでこれで十分だ。状況が想定とはかなり異なったが、結果だけ見ればそれほど大きな問題はない。順平は荒垣に一目置いたようだし、風花とも面通しをさせられた。荒垣のいいところを風花に見せられなかったことだけが残念だが。
しかしそんな湊と違って、それでは収まらない人がいた。
「なあ、これって無駄骨ってこと? ケンカまでして?」
今夜最も被害を受けた順平である。腫れが出始めた顔を、ゆかりに向けている。
「え、えと……元はと言えば、あんたが悪いんじゃない!」
「……」
順平は無言でゆかりを見つめている。珍しく冷たい目をして。
普段であれば順平は適当にボケて、ゆかりはそれにツッコミを入れるところである。二人のやり取りは、もはや日常と化した定番の漫才のようなものだが、今夜の騒動は笑い話ではない。さすがの順平もここでボケはしない。順平に非が全くないとは言えないが、ゆかりの方が大きい。
「帰ったら怪我の手当をしてやりなよ」
だがこれを契機として、二人の仲が険悪になるのも良くない。そう思った湊はフォローを入れた。もっともそれを言うならば、この二人よりも更に大きな非があるのは真相を知りつつ何も動かなかった湊なのだが、それはこの際置いておく。
「あ……うん。ごめんね……」
気性の激しいゆかりであるが、仲間を危険に晒しておいて自分の非を認めないほど子供ではない。ヤラれたいのかと森山に言われたことで、自分と風花がどういう類の危険にあったのかを正確に理解したこともあろう。めったに見られないゆかりのしおらしい風情に、順平はキラリと目を輝かせた。
「おお? これってアレか? ゆかりッチが白衣の天使でサービスってことか?」
「調子に乗んな!」
順平のボケに間髪入れず、ゆかりのツッコミが入った。切り替えの早い二人である。湊の顔にも、思わず微笑が浮かぶ。
「……」
そんな中でただ一人、風花だけは浮かない顔をしている。倒れた生徒たちについて、思うところがきっとあるのだろう。だが湊は風花には敢えてフォローしなかった。
調査はこのままうやむやに終わる他にないし、終わって構わない。どうせ明後日のシャドウを倒せば件の生徒は回復するので、放っておいても噂は自然に収束する。シャドウの『声』に関する証言も、得られないことによる弊害は特にない。
ただ風花と森山の仲だけは、自分でも少しは動いて取り持ってやる必要があるかもしれない。だがそれは明後日が終わった後にやるべきことで、今の時点で風花にしてやれることは何もないのだ。