ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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勇気の証明(2009/6/8)

 影時間の開始とほぼ同時に、特別課外活動部はタルタロスに入った。失踪者を救助するには、時間を無駄にはできない。だから探索メンバーの編成についてなどは、誰も改めて意見を言ったりしない。夕方に作戦室で話し合った通りの組み合わせでもって、早速作戦が開始されることになった。

 

 「行ってくるぞ」

 

 「お願いします」

 

 真田、順平、ゆかりの三人はエントランスの転送装置を使用して、タルタロスの第二層へと向かっていった。どこの階から捜索を開始するかは、ここへ来る前から湊が指示を与えている。ただしその根拠については、まず手始めにここから、として曖昧にぼかしておいた。情報源はエリザベスなのだが、未来の知識と同じでそれを皆に明かすことはできない。

 

 その一方で、美鶴はバイクに積み込まれた通信機材を調整していた。

 

 「よし、セッティングが完了した。これから外の探査を開始する」

 

 風花の加入以降は持って来なくなった特製バイクを、今日は持ってきていた。風花が来る前はタルタロスの上層フロアへと探査機能を向けていたが、今日はエントランスから外へ向けている。

 

 「さて……鬼が出るか蛇が出るか」

 

 「何も出ないといいんですけど」

 

 「ふっ……全くだな」

 

 一見すると軽い口調の湊と美鶴の会話はここまでで、それからしばらく二人は無言でエントランスの出口を見つめていた。風花はルキアを召喚し、捜索組に何か指示を与えている。

 

 敵が来るのをただ待っているだけと言うのは、手持無沙汰なものだ。普通なら余計な緊張感が湧き上がって来て、歩き回ったり手足をぶらつかせたりするものである。

 

 「……」

 

 だが湊は腕組みをするだけで、無言のまま眉一つ動かさない。心臓の鼓動さえ普段通りに抑えていられる。外向きに完璧な落ち着きを装えるばかりか、内面でもかなりの深層まで冷静さを浸透させることができる。仮面は他人に対して付けるだけではない。自分自身に対しても付けられるのだ。

 

 そうやって待っているうちに、美鶴の探査に反応が出た。

 

 「来た! 何……馬鹿な、二体だと!?」

 

 美鶴は目を剥いた。大型シャドウが来ること自体は、美鶴もある程度予期していたはずだ。しかしその数は想定外だったようだ。湊もそこまでは教えられなかったから、当然かもしれないが。

 

 「場所は?」

 

 一応聞いてみたが、その必要はなかった。言い終えると同時に、床が揺れるほどの振動が周囲に走った。

 

 「すぐそこだ!」

 

 美鶴が目で示した先、普通の時間は校門だった場所からエントランスへと近づいてくる、全長が十メートルに達するほどの巨体がある。数は二つ。一体は頂点が上を向いた三角錐を連想させる体型で、手に杖を持っている。もう一体は相方とは逆に頂点が下を向いていて、得物は長大な剣だ。恐るべき怪物でありながら、何やらトイレに良くある男女の標識を連想させる、戯画的な姿のシャドウである。

 

 タロットの解釈ではそれぞれ母性と父性を象徴する存在でもある、エンプレスとエンペラーだ。

 

 「有里君……!」

 

 風花が声をかけてきた。二手に別れた仲間のどちらを支援すべきか、迷っているようだ。だが状況を予期していた湊は迷わない。

 

 「山岸は引き続き、捜索組を支援してくれ」

 

 「で、でも……!」

 

 「こっちは僕が何とかする」

 

 湊は自分でも感心するほど、普段通りの声を出せた。昼間は落ち込んだり考えを巡らせたりと心と頭を忙しくしていたが、いざ本番となるとこうして冷静さを保っていられる。切り替えが得意と言うか、仮面が強固と言うか。この分では死ぬ瞬間においてさえ、涼しい顔をしていられるかもしれない。

 

 その是非は別として、実戦の現場においてはこうした振る舞いは有効である。リーダーが落ち着いていれば、不安がる者たちを安心させることもできる。

 

 「私を忘れるなよ」

 

 美鶴は探査用の機材から手を離し、細身の突剣を構えて不敵に言う。飽くまで平静を装う湊に釣られたか、初めて直接対峙する大型シャドウの偉容を前にしても、少なくとも外向きには動揺を抑えている。

 

 「では、行きましょう!」

 

 湊は意識的に大声を出し、片手剣を構えた。昨日までの計画とは全く違う状況下で戦うことになってしまったが、もはややむを得ない。文句や不満をどれだけ言っても、時間と同様にシャドウは待ってくれないのだ。

 

 

 タルタロスのエントランスで戦いが行われることは、普段はない。タルタロスに下り階段は存在しないからだ。なぜそうなっているのかは全く不明だが、階段と言えば上りしかない。そして階段を上り終えて振り返ると、壁だけがそこにあるのが常である。だからタルタロスの内部はシャドウで溢れかえっているが、それらが上の階からエントランスへ下りてくることはあり得ない。事実、『前回』はそうした事態は一度もなかった。

 

 ではエントランスが安全な場所かと言うと、そんなことはない。シャドウが上から下りてくることがなくても、外から襲ってくる可能性はゼロではないのだ。『前回』の一年間全体を通じてもめったになかったことだが、皆無ではない。例えば今日この日のように。

 

 そんな珍しい場所での戦いが『今回』も行われていた。

 

 「ペンテシレア!」

 

 湊の指示の下、美鶴はペルソナを召喚して何度目かの魔法を放った。受けたシャドウは体勢を崩すが、黒い煙となって消滅はしない。未だ健在である。そんな中、湊は時々エントランスの隅にある転送装置に目を送るが、動く気配はない。

 

 エンプレスとエンペラーが現れてから、既に体感時間で数分が経過している。現れる前からの時間も含めれば、真田たち三人はかなりの長時間に渡って捜索していることになる。『前回』の今頃にはもう風花を見つけていたはずだが、『今回』は未だ結果が出ていない。

 

 (誤算だ。捜索に時間がかかり過ぎている……)

 

 湊は重大な問題を失念していた。森山に影時間の適性がないことだ。『前回』は真田と順平と合流後には、意外と早く風花を見つけることができた。だがあれは見つけたと言うより、こちらが人間であることに気付いた風花から接触してきたと言った方が正しい状況だった。

 

 言うまでもなく、森山にそんなことはできない。普通の失踪者と同様に、立ち上がることもできない状態になっているだろう。結果的に、サポートがあってもなお『前回』より捜索に時間がかかってしまっている。そしてそれ以上に問題なのは――

 

 (手数が足りない……!)

 

 エンプレスとエンペラーの弱点はこれまで的確に突けている。だが体勢を崩したところで畳み掛けるには、二人だけでは不十分だ。一気に倒し切ることができない。最初は冷静だった『愚者』の内心に、少しずつ焦りが生まれてくる。

 

 (順平が正しかったか!)

 

 待機組が三人ならば、今頃には倒せていたはずだ。そして逆に、捜索組は三人もいらなかった。元々捜索中は極力戦闘を避けさせるつもりだったし、風花のサポートがあれば実際に避けることは可能だった。大型シャドウが出現すれば戦わざるを得ない待機組と違って、捜索組は影時間が終わるまで時間をかけても良いのだから。従って最初は捜索を二人で行い、シャドウを倒した後で一人か二人を合流させるのが最善だった。完全な編成ミスだ。

 

 「有里、男型が行ったぞ!」

 

 悔やんでいる間に敵の接近をうっかり許してしまい、湊は反射的に剣を突き出した。だが手応えがおかしい。水を斬ったように抵抗がない。

 

 硬い物体を剣で斬りつけて、抵抗がないなど通常はあり得ない。だが相手がシャドウであれば話は別だ。こちらが攻撃する際も向こうから受ける際も、物理法則を無視した形で結果が現れる。鈍器で殴ったり銃を撃ったりすれば効果があるのに、なぜか刃物では傷一つつかないことはあり得る。それが『耐性』と呼ばれるものであり、今日のシャドウはそれを変化させる特殊能力を持っている。

 

 (しまった!)

 

 ミスというものは、得てして連鎖する。エンペラーは二度の耐性変化を経ると、剣などの攻撃は無効化してしまう。それは知っていたにも関わらず、誤って剣で斬りつけてしまった。

 

 接近したエンペラーが長剣を振りかざしてきた。巨体に合わせるように、その動きは遅い。だが振り下ろすのは速かった。ビルの鉄骨のような長さと厚みのある剣が、空気を薙ぎ払う轟音と共に襲ってきた。無駄な攻撃を仕掛けたせいで、よける隙はない。受け止めるのが精一杯だ。

 

 「ぐっ……」

 

 ペルソナ使いとシャドウの戦いでは、体重や武器のサイズはほとんど関係ない。もし何トンもの重量がある鉄の塊を現実に叩きつけられれば、人間の体など一溜りもない。原形も留めずに潰されてしまうだろう。だがシャドウの攻撃であれば、なぜかペルソナ使いはそれなりに耐えられる。不思議なことだが。

 

 しかし『今回』のシャドウは強い。『前回』であればエンペラーの剣を三、四発くらい連打されても耐えられたかもしれないが、この破壊力は『前回』の比ではない。現実に鉄骨が倒れ込んできたのかと思わせるほどの、とてつもなく重い一撃だった。自分自身に対して付けた仮面ごと叩き割られそうな衝撃に、湊は膝をついた。

 

 「有里!」

 

 美鶴が駆け寄ってきた。だがなぜか不自然に体を左右に揺さぶっているように見えた。それは美鶴ではなく自分の視界が揺れているのだと気付くのに、数秒かかった。

 

 (これは……マジでヤバい。あれを出すべきか……?)

 

 風邪を引いて高熱を出した時のように、頭の芯がグラグラしている。そのせいか、エンプレスとエンペラーの耐性は今どうなっているのか、記憶から出てこない。完全に後手に回ってしまった。今から風花に分析を指示しても間に合うまい。この戦況を立て直す方法は、もはや一つしか思いつかない。

 

 (やりたくはない。ないが……)

 

 最後の切り札、タナトスだ。あのペルソナを使えば、敵の耐性を無視できる万能魔法の一撃で二体とも吹き飛ばせるだろう。だが『前回』扱った全てのペルソナの中でも屈指の能力を持つタナトスを制御するのは、今の自分では絶対に不可能だ。4月の時と同様に暴走することは間違いない。

 

 しかも召喚したら、また十日くらい寝込んでしまうかもしれない。下手をするとそれに留まらず、自分の命さえ手放してしまうかもしれない。だがやらなければ、負けて死ぬだけだ。

 

 湊は目を閉じた。瞼を下ろすその動き一つで逡巡を叩き潰し、己の死を覚悟するのに似た決断を下した。

 

 (やるしかない!)

 

 だがやるにしても、タイミングが問題になる。いきなり召喚しては、近くにいる美鶴と風花を巻き込んでしまう。まずは二人をエントランスから逃がさなければならない。そう思って閉じた目を開けると――

 

 「山岸を連れて逃げろ! 死ぬのは私だけでいい!」

 

 美鶴がこちらに背を向けて、目の前に立ちはだかっていた。巨大な足音を立てて迫ってくるエンプレスとエンペラーから、両手を広げて湊を庇おうとしている。

 

 (馬鹿……!)

 

 先週に美鶴が前線に復帰した時に感じた不安があった。責任感が過剰な美鶴が、自ら死地に飛び込んでいくのではと。これまでの様子を見て大丈夫そうだと思っていたが、観察が足りなかった。このギリギリの局面において、こんなことを言い出すとは。見方によっては美しい行動だが、実際には的外れだ。

 

 十年前の事故から近い将来の世界の終わりにまで至る一連の事態の責任は、誰よりも湊にこそある。美鶴はおろか、桐条鴻悦や岳羽詠一朗よりも大きな『責任』を負っているのは、己である――

 

 これは理屈としては間違っているし、自分でも分かっている。だがこれは一種の信念だ。『契約』がそれを裏付けている。

 

 「それはこっちのセリフだ!」

 

 敬語を使うことすら忘れて、内心のままに言葉を発してしまった。さすがの『愚者』も、事ここに至っては仮面を気にしている場合ではなくなった。無理矢理に立ち上がって、美鶴を横手へ突き飛ばした。

 

 「有里……!」

 

 「早く逃げろ!」

 

 既に二体の大型シャドウは目前まで迫り、長大な武器を上段に構えている。あれが振り下ろされれば、全滅は免れない。もはや一秒も無駄にできない。迷う暇も、冷や汗をかく暇もない。ペルソナが住まう心の海の更に奥、死の化身が眠る無意識の海溝へと語りかけた。

 

 (出番だぞ、ファルロス……!)

 

 敵ではなく己の内面を見据えながら、召喚器をこめかみに当てた。だが引き金にかけた指に力を入れる直前、局面が急展開した。

 

 「美鶴!」

 

 「湊!」

 

 エントランスの隅にある転送装置が光を発し、真田と順平が現れた。突然の増援の登場に、二体のシャドウはそちらへと仮面の顔を向けた。

 

 「間に合った……! 右は真田先輩、左は魔法で順平君! 急いでください!」

 

 すかさず風花が指示を出した。指示の内容が具体的なところを見ると、既に分析を済ませていたようだ。

 

 「分かった!」

 

 最初に真田が突進した。助走の勢いをつけて、ナックルを装着した両の拳をエンペラーの巨体に叩き込んだ。体の大きさだけで比べれば、呆れるほどの差が両者の間にはある。まさに巨象と蟻の戦いだが、ペルソナ使いの攻撃は体格の影響をほとんど受けない。ボクシングで言うワンツー、たった二発のパンチだけで、真田はエンペラーを仰向けに転倒させた。

 

 「任せろ! ヘルメス!」

 

 そして順平はペルソナを召喚し、炎の弾丸をエンプレスへと放った。順平は物理的な攻撃が得意で、火炎の魔法も使えはするものの威力は高くない。自分が疾風の魔法に弱いことと相まって自虐的に言っていた通りの、吹けば消える灯火である。焼き尽くす猛火や爆炎には程遠い。そんな小さな炎なのだが、受けたエンプレスはその巨躯を横倒しにした。

 

 大半のシャドウやペルソナは、各々が何らかの弱点を抱えている。そしてそれを突かれると、威力の大小に関わらず怯んだり転んだりする。特定の攻撃を無効化することと同様に、現世の法則から外れた現象を引き起こす耐性の不思議である。しかし重要なのは理屈ではない。実戦の現場において、この不思議をどれだけ活用できるかが、対シャドウ戦の鍵を握ると言っても過言ではないのだ。それは時に地力の差を覆すこともある。

 

 そして弱点に関しては、もう一つ重要な意味がある。弱点とは生身の体で言うところの急所ではない為、一撃で完全に沈めることができるとは限らない。しかし敵が体勢を崩せば、連続して畳み掛ける好機を見出せる。現実の戦争においては、正面からぶつかり合う時より、敗走した敵を追撃する時にこそ大きな戦果を挙げられるように。そして畳み掛ける際には、人数が多ければ多いほど良い。

 

 真田と順平の加勢により、湊はその好機を見出した。召喚器を頭から離し、片手剣に持ち替えて上段に構えた。

 

 「全員、突撃!」

 

 戦場の指揮官さながらに、剣を頭上から肩の高さまで振り下ろした。一声で喉を枯らすほどの大音声でもって、場の全員に命令を下した。

 

 「行くぞ!」

 

 「おおらあ! やっちまえ!」

 

 真田と順平が応じ、更なる攻撃を仕掛けていく。そこへ立ち直った美鶴が加わり、更に湊も余力を振り絞って突撃した。ギリシャの神殿のような厳かな雰囲気のあるタルタロスのエントランスに、乱戦の砂埃が舞い上がった。

 

 

 「終わったの……?」

 

 四人がかりの総攻撃でシャドウが消滅した直後、転送装置からゆかりが現れた。ただし一人ではなく、私服姿の少女に肩を貸している。森山だ。

 

 「ゆかりちゃん……!」

 

 風花は二人の姿を見るやペルソナを消し、二人の下へと駆け寄った。

 

 「お疲れ、風花。森山さん、見つけて来たよ」

 

 「森山さん……ごめん。ごめんね……」

 

 「風、花……」

 

 森山は目を開けてはいるが、意識が朦朧としているようである。そんな森山の頭を風花は胸の中で抱きしめて、何度も繰り返し謝っている。

 

 『前回』と状況が異なる為に、謝る側が逆転している。だが結果だけ見れば、これで良かったのかもしれない。『前回』同様に森山から影時間に関する記憶は失われるだろうが、きっと二人の仲は良好になるだろうと思われた。

 

 「手分けしてたんですか?」

 

 湊は風花と森山の様子を確認してから、真田に尋ねた。後になってから、ゆかりが現れた理由を聞いているのだ。

 

 「いや、固まって探していたんだが、その最中に山岸からお前たちが危ないと連絡を受けてな。帰還を優先して脱出ポイントを探していたら、その少し先に森山がいるのを見つけたんだ。一秒を争う状況だったからな。確保は岳羽に任せて、俺と順平だけ先に戻って来たのさ」

 

 真田はそう言って笑った。ちょっと得意そうな、爽やかな表情だ。

 

 「なるほど……正しい判断でした」

 

 リーダーのやらかした編成ミスを、メンバーが好判断で償ってくれたわけである。事前に情報を持っていながらこの有様なのだから、情けない限りだ。そう思うと、膝から力が抜けた。

 

 今日の戦いではエンペラーの一撃しか受けていないが、それでも立っているのが辛いくらいの疲労感が体に出ている。だが床に倒れこむ寸前で、横合いから伸びてきた手に腕を掴まれて支えられた。

 

 「あ、悪いな……」

 

 支えてきたのは順平だった。だがその顔を見ると、礼の言葉が途中で切れてしまった。笑顔の真田とは対照的に、順平は眉根を寄せた本気の顔をしていた。

 

 「カッコつけてんじゃねえや……。ヤバけりゃ逃げろよ。勇気出しても、死んだら何にもなんねえぜ」

 

 勇気――

 

 順平は普段より低い声色で、怒ったように言う。遊び半分な気持ちが抜けなかった『前回』の今頃とはまるで違って、本気でいる。仮面の扱いが人より巧みな順平だが、冗談や芝居で怒りの表情や声色を作っているのではない。湊は一見してそれを理解すると共に、もう一つのことに気付いた。

 

 (あ、そういうこと……)

 

 先週に長鳴神社で話した、勇気がどうこうという奴だ。あれは大嘘吐きの自分にしては珍しく、本音を語ったものだった。言った直後は失敗したかと思ったが、実はこんな形で順平に影響を与えていた。してみると、一昨日に溜まり場で不良相手に抵抗したのも、あの話のせいだったのかもしれない。今になって、それに気付いた。

 

 「あんま無理すんじゃねえぞ。俺の助けが、いつも間に合うとは限んねえんだからな」

 

 湊は順平から目を逸らして項垂れた。叱られて意気消沈する子供のように。

 

 「ああ……」

 

 今日は編成も間違いだったが、追い詰められてからの行動はより間違っていた。戦いが終わった今になって、湊はそれを理解した。死を覚悟するような気持ちでタナトスを召喚しようとした自分に対して、頭の一つくらいはたいてやりたい。自分を庇って死のうとした美鶴よりも愚かな行動だった。真田と順平が戻って来ないのであれば、あの場は一旦退却するのが最善だった。可能かどうかは別として、まずはそれを考えるべきだったのだ。

 

 (お前の言う通りだ。でもな、僕は勇気があるから戦ってるわけじゃないんだよ)

 

 自分はシャドウから逃げることはできない。逃げられるなら逃げたいが、使命は地の果てまでも追いかけてくる。だから立ち向かうしかないのだ。即ち自分の戦いは、強制されているに等しい。逃げられるのに逃げない順平の方が、自分より勇敢だ。と思っていたら――

 

 「あれ? 俺って今、ゲームでありそうなセリフ言っちゃった? うわあ、カッコいいなあ俺!」

 

 順平は急にいつもの軽い仮面に戻った。歯を見せて笑いながら、照れたように頭を掻いている。せっかくの男前が台無しになってしまった。

 

 「もったいない奴……」

 

 思わず本音が出た。順平に関して、二度目の本音だった。

 

 「笑い事ではないぞ」

 

 美鶴が近付いてきた。湊と違ってシャドウの攻撃を受けていない為、足取りはしっかりしたものだった。だが顔には疲労感が色濃く出ている。

 

 「あ、済んませんっす……」

 

 順平は笑顔を引っ込め、ばつが悪そうに軽く頭を下げた。だが美鶴はそれ以上順平を咎めることはせず、湊に視線を合わせてきた。

 

 「……」

 

 だがそれは一瞬だけで、美鶴は何も言わなかった。湊から目を逸らすように、エントランスの出入口へと視線を向けた。

 

 「何とか乗り越えたか……。だがこれで、三ヶ月連続で満月に大物が出たことになる。理事長に報告の上で調査してもらわねばならないが、有里の仮説は正しいと考えるべきだな」

 

 「そうだな。だがスケジュールが分かったことは大きいぞ」

 

 状況を総括した美鶴に向けて、真田が言い添えた。脱出装置の近くでは、風花はまだ森山を抱き締めており、ゆかりがそれを見つめている。そして湊は順平に支えられたままだ。三組が三組なりに思いを新たにする中で、6月の満月の夜は終わろうとしていた。

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