ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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戦車4(2009/6/10、6/12)

 湊は演技力には自信がある。ただしストーリーを自分で組み立てる監督や演出家のような仕事は、どちらかと言えば不得手である。与えられた状況に応じて仮面を使い分けるのが、『愚者』の本来のやり方である。

 

 要は受け身なタイプの役者であるが、昨日はまさにそれが上手く嵌った。未だ知り合ってもいない末光がリンチを受けるという想定外に遭遇したのだが、咄嗟のアドリブで月のコミュニティを荒垣との間に築くことに成功した。この臨機応変さの発揮は、担い手が『前回』と異なる事態を既に四度も経験していて、慣れていたということもある。

 

 そんなアドリブ成功の翌日、6月10日のこと。この日の湊は剣道部に顔を出していた。相も変わらず岩崎と二人だけである。以前は岩崎との仲を噂にされるのではと、この状況を心配していたが、湊はもう気にしていなかった。岩崎の気持ちがどこを向いているかは既に分かっている。よって今となっては少々噂が立とうが、深刻な問題にはならない。

 

 そんな風に楽観的に考えていた湊と、ここ最近はあまり練習に身が入っていない岩崎二人だけの体育館へと、意外な人物がやって来た。いや、立場からすれば意外なはずがないのだが、やはり意外な人物だった。

 

 「はぁい! 練習やめやめ!」

 

 扉が開かれるや、いやに高い声でそう言ってきたのは倫理の叶だった。叶はなぜか剣道部の顧問を務めているが、部活に顔を出すのは珍しい。湊が入部した4月24日以来、初めてのことかもしれない。その意味では、湊が入部した時に叶がいたのは凄い偶然であったのかもしれない。

 

 そんな叶が何をしに来たのかと思って目をやれば、難しい顔をした数名の女子生徒が後ろにいた。

 

 「聞いたのよ、ケンカしてるんですって? そういうの困るんだけどぉ」

 

 わざとなのか地なのか、叶は語尾を妙に伸ばして喋る。『前回』友近から聞いた話によると、叶は男子生徒からは人気があるらしい。実際、こうした喋り方を可愛いと思う男もいるだろう。しかし友近が言うような大人の女性のイメージとは、なかなか結びつかない。どちらかと言えば、子供っぽい印象をすら受ける。湊の目から見れば、叶よりむしろ美鶴辺りの方が大人に見えるくらいだ。

 

 しかしそれでも、感情の行き違いで頑なになった女子部員たちを引き連れてくる辺り、単なる駄目教師ではないとも言える。やはり『前回』友近から聞いた話によると、叶が担任を受け持つ三年生のクラスは進学率が良いらしい。つまり生徒の指導そのものには、本当に熱心であるのかもしれない。

 

 「ほら、どっちが悪いの? パパッと謝っちゃって」

 

 ただこうした子供っぽい、ふわふわと浮き上がりそうな軽い物言いは、付き合う人を選ぶだろう。湊は『前回』の隠者のコミュニティで、Y子が叶に関して愚痴を零すのを聞いたことがある。その点からも、叶は特に同性に嫌われるタイプだと考えられる。

 

 「……」

 

 そんな叶が取り分け嫌いであろう岩崎は、その顔を見まいとするように俯いている。対する女子部員たちは、自分たちも悪かったとは思っているようではあるが、謝罪の言葉は出てこない。

 

 「悪かったな」

 

 しばらく続いた沈黙を湊が破った。本当に自分が悪いかどうかは別にして、このままでは埒が明かない。すると岩崎が顔を上げた。

 

 「あ……有里君のせいじゃないって。えっと……みんな、ごめんね。私、言い過ぎた。あの時だけじゃなくて、今までも……押し付けてたと思う。チームなのに……」

 

 「じゃあ、後よろしくね」

 

 話がまとまりそうな気配を感じ取ったか、叶はさっさと帰って行った。進学は別としても、やはり部活に熱意は持っていないようである。まして汗の臭いが酷くなる夏の体育館には、叶のようなタイプはいかにも似合わない。

 

 それは他の部員たちも分かっているのか、叶へは誰も挨拶もしない。皆が岩崎に注目したままだ。

 

 「何かあんた、変わった?」

 

 「ごめんね、恋愛はくだらないとか言って。何も分かってないのに、さ……」

 

 叶が去って行った体育館の扉を見つめながら、岩崎はある種の感慨を込めて言う。その感慨とは、一言で言うと恋する乙女のそれである。コミュニティで観察力を磨いてきた湊ならずとも、誰にでも分かるほど明らかなものだった。

 

 「な、何なのよ。そのセリフ……」

 

 「まさか……」

 

 部員たちの視線が岩崎から湊へと向けられてきた。そこに込められた色は、期待だったり賞賛だったり。もし岩崎を泣かせたら承知しないぞ、というよくある脅しの色もあった。

 

 (あ、まずい……)

 

 まずい。最近は楽観視していた心配事が、意外にもここで現実のものとなりそうだ。

 

 「有里! あんた、やっちまったのね! 岩崎のツンを打ち砕いたのね!」

 

 「やっぱり、あの噂は本当だったのね! 遂にデレ期が到来したのね!」

 

 ショートカットの部員とお団子の部員が口々に言ってきた。一部の人々の間で流行してはいてもあまり一般的とは言えないキャラクター用語を、半分ずつ分担してセリフに乗せる辺り、見事なコンビネーションである。

 

 「ツン……とか、デレって何?」

 

 岩崎は目を丸くしている。幸か不幸か、意味を理解していないようだ。湊にても、あまり理解したくない言葉である。

 

 (寒帯に属する気候区の一つで、北極圏と南極圏の一定地域が該当する……)

 

 地理の授業で習った知識が意図せず浮かんできた。この種の話の中心に自分が据えられているとは、頭よりも心が認知しない。脈絡のまるでない理不尽な事件の犠牲者のように、眼前の光景を事実として認めたくない。

 

 だが現実逃避をしている場合ではない。まずは部員たちの矛先を逸らさねば。

 

 「男子の部員はどうしたんだ」

 

 我ながら、あからさまな話の逸らし方だと感じた。こういうノリはどうも苦手だ。と言うか、こうした詰め寄られ方は『前回』の経験にはなかった。

 

 「そんなのどうでもいいの! どこまで行ったの!」

 

 案の定、一蹴された。ボイコット前には岩崎と他の女子部員の間には温度差があるくらいにしか認識していなかったが、どうやら観察が足りなかったようだ。岩崎は部員たちから、実は慕われている。単に部員とリーダーと言うには、少々方向性が異なるかもしれないが。

 

 この雰囲気で岩崎のことは何とも思ってないなどと答えては、遊びだったのか、とか話が斜め上へ発展して袋叩きにされそうだ。事がここまで来てしまっては、下手な小細工はできない。もはや正面突破あるのみだ。

 

 「僕じゃない。友近だ」

 

 「ちょ、ちょっと!」

 

 「友近あ!?」

 

 どこからかタイミング良く結子が現れた。ひょっとすると仲直りの成り行きを心配して、扉の陰辺りで中の様子を伺っていたのかもしれない。

 

 「に、西脇!? どこから聞いて……」

 

 「友近とか、あり得ん! マジで!」

 

 「何がどうなると友近なわけ!?」

 

 体育館に悲鳴が飛び交った。本当に、このノリは何なのであろうか。事態は湊の経験を超え、未知の領域へと突入してしまった。

 

 「つか、有里でいいじゃん!」

 

 こんなセリフまで飛び出してきた。確かに普通に考えれば、男女で二人だけの部活などそう見るのが当然だ。だから他の部員たちが戻ってくるのは歓迎だと思っていたが、時既に遅し、という奴だった。噂話を真に受けたか、部員たちの頭の中では既にカップリングが完成しつつある。

 

 (予定より早いが……やむを得ないな)

 

 事前の計画と比べると三ヶ月くらい早いが、こうなっては仕方がない。岩崎を友近に引き取らせる作戦を開始した。

 

 「友近を呼んでくる。あんなの、一押しだろ」

 

 湊はまず正面から切り込んだ。断固たる意志を言葉に込める、説得的な口調を意図して作りながら。

 

 「い、いいの! 押さないし!」

 

 岩崎は顔を朱に染めて、勢いよく首を横に振っている。これを見れば、既に自分の感情を自覚していることが見て取れる。それでいながら、行動には未だ躊躇いを持っている。

 

 こうした心理については、湊は『前回』の経験から似た人を知っている。女教皇のコミュニティを通じて接した風花だ。『前回』の風花は、おにぎりを作り始めた頃から湊に好意を抱いていることを自覚していた。しかしそれをはっきり言葉にしたのは、それからかなり後である。

 

 風花は自分に自信が持てないタイプである。だから告白などして気まずくなるくらいなら、と言う考えが先に立ってしまう。今にして思うと、そうして何も言ってこないままでいてくれた方が、湊としては良かったのであるが。

 

 思考が少し脱線した。要するに、岩崎は自分の想いは望みのないものだと思っている。だがそれでは困る湊は、今度は側面から切りつけた。断固とした口調はそのままである。

 

 「お前、最近ずっと練習に身が入ってないだろう。集中力がまるでないぞ」

 

 このセリフはあらかじめ用意しておいたものである。ただいずれ叶が転勤して、友近が失意に沈んだタイミングで言うつもりだったのだが。

 

 「あ……分かってたんだ。そうだよね……。私、ずっと止まってた……」

 

 「岩崎がそれだと、この部は本当に底辺だぞ」

 

 「底辺って、ちょっと酷くない?」

 

 他の部員がぼやいたが、そこは敢えて無視した。ここは岩崎に余計なことを考える暇を与えない為、無駄な脱線をせずに一気に行かなければならない。

 

 湊のセリフは詭弁である。友近への気持ちの問題を、剣道への向き合い方へと話の方向性を意図的にずらした。だがそもそも女の恋愛話に男が割り込むのは不自然だし、しかも岩崎は色事に疎い。そこでこの詭弁だ。岩崎のようにスポーツに打ち込むタイプには、部活に悪影響が出ていると言ってやった方が行動に踏み切りやすくなる。

 

 ついでに言うと、行き場のない気持ちを抱えたままずっと立ち止まるのも、或いは気持ちを切り捨てて諦めるのも、一つの生き方ではあると湊は思う。何かを諦めた人を『前回』は何人も見てきたから。例えば家族の為に剣道への情熱を封じて就職した早瀬とか、留学を諦めてフランスに帰ったベベとかだ。

 

 望みを持っている人は多いが、誰もが叶えられるとは限らない。だが岩崎には叶えてもらいたい。そうでなければ、色々と困る。

 

 「勝負をやりかけにするな。決着くらいつけろ」

 

 「うん……そうだね。傷つくの分かってるし、怖いけど……」

 

 「あいつを呼び出すから、着替えてこい」

 

 そうやって岩崎を促し、湊も携帯電話を取りに男子更衣室へ向かった。『今回』は友近と携帯番号の交換はしていないが、『前回』は何度か休日に出かけたりしたので、友近の番号は覚えている。

 

 

 「私のこと……ど、どう思う?」

 

 体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下で、岩崎と友近が向かい合っている。その様子を湊と女子部員ら、そして結子が扉の陰で見守っていた。まさに典型的、と言うか古典的な告白のシーンである。岩崎のストレートな物言いとか、野次馬も揃っている辺りが特に。

 

 「どうって……家族みたいな?」

 

 せっかくの直球勝負だったのに、友近は明後日の方向を向いている。言われた言葉の意味を分かっていない。マンガ的な表現を用いれば、頭にクエスチョンマークが浮かんでいるところだろう。

 

 「わ……私のこと、好き!?」

 

 岩崎は勇敢にも一歩進んだが、声が大きくなっている。誰か来たらどうする気なのだろうと、ちょっと心配になるくらいだ。

 

 「え、うん」

 

 友近は一応肯定を返すが、やはり意味を分かっていない。家族のように、との意味で答えている。

 

 「駄目だ、あいつ……」

 

 ショートカットの部員は早くも目を覆っている。他の部員たちもため息を吐いたり、退屈そうに足をぶらつかせたりしている。

 

 「頑張れ岩崎……」

 

 (あと一歩……何とか踏み込め)

 

 既に見切りムードが漂ってきた部員たちを余所に、結子は両手を握って岩崎を応援している。湊も手は握らないが、同じ気持ちでいた。その応援が通じたか、岩崎は更に一歩進んだ。

 

 「ど、どのくらい好き!?」

 

 「えーと……ラーメン並み?」

 

 古典劇はここに至って、急に前衛的な表現が飛び出した。それを聞いた湊は頭を抱えてしまった。内心だけでなく、本当に頭を抱えた。劇の演出家であれば、ハリセンでも持ち出して役者を張り飛ばしてやるところである。

 

 (言いたいことは分かるが、もう少し言葉を選べ……)

 

 「はああ!?」

 

 遂に観客からブーイングが飛び出した。結子が扉の陰から飛び出していき、ショートカットの部員や眼鏡の部員もそれに続く。

 

 「ちょ、何!?」

 

 「友近のくせに生意気なんだよ!」

 

 「岩崎に何言ってくれてんの!? 潰すぞ、コラ!」

 

 「えーと……俺、用あるから!」

 

 突然のギャラリーの襲来に友近は泡を食い、素早く身を翻して渡り廊下から走り去っていった。友近は普段運動をしていないはずだが、逃げ足はまさに脱兎のごとく速い。数メートル追いかけた結子たちだが、渡り廊下の校舎側の扉口辺りで立ち止まり、友近の背へ向けてあらん限りの野次を飛ばした。

 

 かくして湊の緊急企画によって急遽開演した、岩崎と友近主演の告白劇は終了した。最後まで演じられもしないまま、轟々たる非難により強制的に幕引きと相成った。

 

 「ったく、ざけんなっつの! ラーメン並みとか、馬鹿にしすぎじゃない!?」

 

 「有里! あんた責任取りなさいよね!」

 

 結子は友近の態度に憤慨しており、お団子の部員は湊に矛先を向けてくる。確かに準備期間が短すぎたとはいえ、劇団であれば演出家の責任問題にまで発展しかねない酷すぎる結果である。

 

 (いや、これは演劇じゃないんだから。勘弁してくれよ)

 

 自分の行動に責任を取る。そういう『契約』はしたが、こんなことまで責任を負わされては堪らない。それが嫌で『今回』は女関係に気を付けていたのに、岩崎と特別な関係にされては苦労が水の泡だ。それに湊の目から見れば、岩崎は振られたわけではない。

 

 『前回』の友近は叶が九州へ転勤した後、はがくれで『俺がこの町を捨てられるか』と叫んでいた。言葉面だけでは強がりにしか聞こえないが、実はかなりの割合で本心だったと湊は思っている。なぜなら友近は教師との恋愛が気に入っていただけで、叶自身にはそれほどの想いはない。そもそも二人は本当に親密な関係だったのか、それすら疑わしい。

 

 その理由は、Y子から聞いた叶の『偽物』疑惑だ。その話を友近から聞いたことはないし、匂わされたこともない。それは本物だからか、友近の優しさか、或いは見たことがないか。湊の勘だと、三番目が正解だ。友人の思い出を壊しては申し訳ないので友近にその話は『前回』もしなかったが、まず間違いない。

 

 要するに、友近は叶に心からの感情を抱いてない。つまり叶よりもラーメンが好きなのだ。だから友近自身も未だ気付いていない本音の部分においては、叶より岩崎が上に置かれている。もちろんラーメンと同等では恋人にはなり得ないが、将来に期待はあるはずなのだ。

 

 そこをフォローしてやろうと思って岩崎に目を向ければ、岩崎は意外にも穏やかで、憤る結子たちを宥めていた。

 

 「あいつ、ラーメンが一番好きだもん」

 

 「健気……」

 

 「いつか一番にしてくれればいいよ」

 

 どうやらフォローするまでもなく、岩崎は分かっているようである。幼馴染として付き合いが長いだけのことはある。演出家の失敗を役者が償ってくれたようなものだ。

 

 「もう練習って雰囲気じゃないね……。みんなでワックでも行こうか!」

 

 本来なら自分が慰めてもらうべきところなのに、こんなセリフが出てくるのだから大したものである。リーダーとして、岩崎は周囲がそれなりに見えている。だから女子部員たちから慕われるのだろう。そうした点を見逃していたのは、湊の失敗である。

 

 

 

 

 岩崎の告白劇から二日後の6月12日。季節は暑さを増す頃合いだが、湊は再び剣道部に顔を出した。『前回』は色々と忙しすぎた為に部活を休むことはしばしばあったが、今日は出ることにした。

 

 体育館に行ってみると、女子部員たちは既にほとんどが集まっていた。部の状況が変わったことを改めて実感する人数である。だが岩崎の姿はない。どうしたのだと他の部員に聞いてみると、何やら用があって少し遅れるとのことだった。

 

 それから程なくして、岩崎がやってきた。ただし一人ではなく、何人かの男子を連れてきていた。

 

 「あ、あいつらだ」

 

 湊のシゴキに耐えかねてボイコットしていた男子部員たちである。聞くところによると、どうやら岩崎が自ら声をかけて回っていたらしい。友近との一応の決着からいくらも日数がたっていないのに、大した行動力である。

 

 「みんな、ちょっといい? 話したいことがあるの」

 

 戻ってきた男子部員たちを含めて、全員が岩崎の周囲に集まってきた。

 

 「色々……今までごめんね。こんなだけど、これからも私がリーダーでいいかな?」

 

 「いいんじゃない?」

 

 「うん。理緒しかいない」

 

 主に女子部員たちから賛意が上がり、リーダー役は今後も岩崎が務めることが決まった。続いて男子たちから、湊をどうするのだとの声が上がった。岩崎は何と言って男子たちを呼び戻したのか分からないが、皆にきついシゴキを課した湊をどうするか、何か条件があったのかもしれない。

 

 「有里君には、コーチになってもらいます!」

 

 元気のいい岩崎の宣言に、男子部員たちの一部から文句が上がった。それじゃ前と変わらないじゃんか、とか何とか。しかし岩崎はそれを制した。

 

 「強制はしないわ。本気で剣道をやりたい人だけ、コーチをしてもらえばいいの。有里君もそれでいいでしょ?」

 

 「ああ」

 

 実際のところ、明王杯に出場する必要がないのだから、もう男子部員たちに稽古をつける必要はない。気楽にやってもらえば十分である。

 

 「それじゃ早速! また練習しよ!」

 

 

 全員でウォーミングアップを行い、素振りを何十本か行い、更に打ち込みへと順序立てて練習が進む。そして打ち合いになると、岩崎は湊の前に来た。面越しに向けられる眼差しは真剣なものだった。

 

 「お願いします。本気でね」

 

 湊としては、もう剣道部は元々の遊び半分の部に戻ったところで全く構わない。だが見たところ、岩崎は遊びでやるつもりはないようである。

 

 「いいのか?」

 

 二人で部活をやっていた頃は、湊は岩崎とかなり頻繁に打ち合ってきた。しかし岩崎の技量は4月に湊が入部した頃と比べて、あまり変わっていない。一年で極められるペルソナ能力と違って、剣道は短期間でそうそう急激に上達するものではないから当然かもしれないが。だがそうした常識を差し引いても、これまでの二人の練習は岩崎にとって意味があったのか、と湊は思う。

 

 自分は人にものを教えることに向いていないのでは、と湊は感じていた。例えば『前回』は剛毅のコミュニティで子供たちのコーチをしたが、主にやっていたのは結子だった。他にも図書館で千尋に数学を教えたりしたが、果たして効果があったのか疑わしい。

 

 つまり『前回』を通じて、湊の教える側としての行動には結果が伴っていない。特にボイコット前に男子部員たちを鍛えるつもりで課した練習は、部の雰囲気を悪くしただけで何の意味もなかった。客観的に見れば、教えられる側のレベルも考えずに無茶をやらせるだけの、駄目コーチであったはずである。この学校によくいる駄目教師たちと変わるところがない。

 

 「私、これからも剣道を続けたいから」

 

 意味の有無を悩む湊に対して、岩崎は面越しに笑みを見せてきた。裏表のない、爽やかな笑顔である。

 

 「今年はもう無理だけど、来年は明王杯にも出て……大学でも続けるわ。もっとレベルアップしたいの。それには強い人に教えてもらうのが一番いいでしょ?」

 

 「そうか」

 

 相手が望んでいるのなら断る理由はない。互いに礼をしてから、相懸り稽古を始めた。十本やって、また十本とも湊が取った。4月に入部した時と同じ結果である。

 

 

 意外なことに、この日は岩崎の他にも何人かの男子部員が湊の元にやってきて、稽古を求められた。意味があるのかと思いつつも、湊はいずれも断らなかった。もちろん打ち合えば結果は一方的なものになるしかないのだが、男子部員たちの間に嫌々な感じは伺えなかった。そうして数時間が過ぎ、練習は終わった。

 

 「お疲れー!」

 

 「お疲れさん」

 

 心地よい汗を流した充実感を残しながら、多くの部員が更衣室へ移動して行った。そんな中で、未だ残っていたショートカットの部員が岩崎に話しかけた。

 

 「理緒、合コン考えてくれた?」

 

 「んー……別にいいのに。彼氏いらないし」

 

 「友近よりいい男を好きになれ。マジで」

 

 「……いないと思うよ」

 

 岩崎は少々の間を置きつつも、はっきり答えた。処置なし、という奴である。

 

 「有里、男として何か言うことはないのか」

 

 眼鏡の部員が湊に振ってきたが、何とも微妙な問いかけである。友近以上の男がこの世にいないのなら、人類は滅びた方が良いだろう。来年の1月に予定されている世界の終わりを、きっと誰もが未練なく受け入れられる。だが『自分の方がいい男だ』などと答えるのも馬鹿馬鹿しい。一瞬だけ考えた後、湊は素直な思いを口にした。

 

 「どうでもいい」

 

 友近に好きな人はいるかと聞かれて、いないと答えて以来、剣道部で口にした二度目の本音である。

 

 「あははっ……」

 

 岩崎は屈託なく笑っている。透徹した観察力を持つ『愚者』から見ても、本心から楽しく思って笑っているようにしか見えなかった。

 

 そしてショートカットの部員と眼鏡の部員も更衣室へと向かって行った。広い体育館の中で、岩崎と二人だけになった。だがつい先ほどまで大勢の人間がいた為に、そこに侘しい雰囲気はない。

 

 「有里君ってさ、リーダーに向いてるよね」

 

 「ん?」

 

 「私ね、誰が何に秀でてるとか、ちゃんと見るようにしたんだ。私の見たところ、有里君はリーダータイプだね。どんどん引っ張ってく感じ。私より本当は向いてる」

 

 岩崎のこの評価は、特別課外活動部で現場リーダーをやっていることに由来しているのかもしれない。『愚者』にとってはそれも仮面の一つであるが、『前回』も含めれば相当に長い期間に渡って付け続けたせいか、リーダーの仮面は特に板についているのかもしれない。

 

 「コーチはあまり向いてないと思うが」

 

 「そんなことないって! きっと名監督になるよ。加減するコツを、ちょっとだけ覚えれば大丈夫」

 

 (監督……?)

 

 プレーイングマネージャーと言うものだろうか。特別課外活動部に当てはめるならば、岩崎が部長の美鶴の役に相当し、湊は顧問の幾月の役になる。そして幾月が実は歴戦の古強者で、未熟な新兵連中に訓練を課すようなものだろうか。もし映画や演劇だったら、とても退屈な代物になりそうだ。

 

 (何、馬鹿なことを考えてんだ……。と言うか、特別課外活動部に当てはめるなら僕はそのまま僕で、幾月の役は叶だろ)

 

 いや、それは違う。幾月の役を演じるのは、叶では役者が足りなさすぎる。月光館学園の生徒から教職員まで総ざらいしても、演劇で幾月の役を張れるのはやはり湊しかいない――

 

 「私も……頑張るわ。貴方みたいなリーダーになりたい」

 

 ふとした思い付きをきっかけに奇怪な方向へと進んでいった湊の思考を、岩崎が引き留めた。どんなリーダーを念頭に置いているのかはともかく、ある種の深淵に沈み込もうとした湊を現実に戻らせた。

 

 そうして戻ってきた湊は、岩崎を改めて見た。憧憬の念に裏付けられた真摯な視線が、『愚者』の目に真っ直ぐ飛び込んできた。

 

 「辛い時に一緒にいてくれて、背中も押してもらっちゃったね。ありがとう……」

 

 そう言って、岩崎はぺこりとお辞儀をした。

 

 「……」

 

 岩崎は頭を下げる直前、少し恥ずかしそうな顔をしたのを湊は見逃さなかった。だがむしろ湊の方こそ、恥ずかしい気持ちを覚えた。感謝されることなど、何もしていない。

 

 礼など言うな――

 

 そう言おうとしたその時、言葉を遮る何者かが宇宙の彼方から飛来してきた。まるで余計なことを言わせまいとするかのように。口を開こうとしたまさにその瞬間、0時にもなっていないのに時間が停止した。

 

 『我は汝、汝は我……』

 

 絆が生まれた時にも、謎の存在である『我』は声を投げつけてくる。だが今のこれは生まれた時より更に厳かに、元から重い声色の中にくどいほどの真実味を含ませている。これは『前回』は都合二十二回も聞き、『今回』は死神に続いて二回目の宣告である。戦車のコミュニティが真実のものとして認められた。

 

 たとえて言うなら、よくやったな、と子供が親に頭を撫でられるようなものだ。或いは全校集会で演台の前に呼び出され、拍手喝采の中で表彰状を授与されるようなものか。

 

 「……」

 

 一瞬の狂いもない絶妙なタイミングの割り込みに、湊の口から声は出て来なくなってしまった。いつでも思い通りに動いてくれる便利な口が、『我』の前ではまるで役立たずである。絆を象徴するタロットカードの裏面に記された、仮面が口を塞いでしまったかのように。

 

 そうして黙っている間に岩崎は顔を上げてきた。とてもすっきりとした、迷いのない表情だ。感謝を辞退する機会を完全に逸してしまった。

 

 (何なんだよ。礼を言われる筋合いが、どこにあるんだ……)

 

 コミュニティの担い手から感謝されることは、『前回』からよくあった。客観的に見れば自分の手柄などではないことばかりなのに。しかし岩崎が向けてくる視線の中には、社交辞令でない本当の感謝の念しか伺えない。無邪気なほどに真っ直ぐだ。

 

 湊にとって、剣道部を含むコミュニティの活動は自分の為にやっていることでしかない。ニュクスと戦って生き延びる為、再び時間が戻ることがないようにする為だ。

 

 もっとも結末を予期しえなかった『前回』はまだ良かった。剣道部なら、膝を故障した宮本を案じる気持ちは確かにあったはずだ。それとて仮面に過ぎなかったかもしれないが、少なくとも最初のうちはコミュニティを自分の為に行っている意識は希薄だった。

 

 だが『今回』は全て利己的な目的が初めにある。ただ絆の力を得る為だけに剣道部に入り、岩崎を利用していたに過ぎない。そのくせ異性としては想われまいと気を遣い、『前回』自分を親友と呼んでくれた友近まで巻き込んだ。

 

 それでももし実際に岩崎と友近を結びつけることができれば、二人にある種の幸せを与えられただろう。しかし結果は大外れだった。友近は未だ叶に熱を上げているし、岩崎の想いは報われていない。誰も幸せにしていないのに、どうして感謝される筋合いがあるだろうか。

 

 どうしてこんなことになるのだろう。普通の人間同士の付き合いで、こんな道理に合わないことがあるだろうか。

 

 (コミュだからか? じゃあコミュって何なんだ?)

 

 それは道理を捻じ曲げるものかもしれない。絆を教える『我』が相手に何かを刷り込んで、湊に感謝の念を抱くように仕向けているのかもしれない。だとしたら、それはとても卑怯で、理不尽なものだ。人の心を弄んでいるに等しい。

 

 (酷い話だ……。いや、酷いのは僕か)

 

 有里湊は大嘘吐きである。強固な仮面で真意を隠し、他人を利用してばかりいる。まさに幾月のようなものだ。そんな最低な人間が、コミュニティの担い手からは善人に見える。何という不条理だろうか。

 

 (いや……仕方のないことだ。この世の終わりを防いで……また時間が戻らないようにすることの方が、ずっと大切だ)

 

 一瞬だけ湊は自己嫌悪に陥ったが、すぐに感傷を切り捨てた。物事の切り替えは得意な方であるし、自分が最低であることはとうに自覚している。

 

 たとえ嘘で塗り固めたものであろうと、既に戦車の絆は『我』に真実として認められている。認められた以上、絆は二度と壊れない。時間が戻ることによってのみしか、失われることはあり得ない。

 

 湊にとって、『前回』の努力が無に帰されたに等しい時間の戻りは大迷惑だ。だが他の人にとっても迷惑であろう。また同じことをしろと言われたら、岩崎も友近も絶対に嫌がるだろう。その一点だけでも、後ろを振り返らない理由にするには十分である。

 

 そもそもの話、『契約』した人間に引き返す道は初めからないのだ。自分の行動に責任を取るとは、罪悪感に浸ることではない。その対極に位置することだ。前に進むしかないのだ。卑怯だろうが理不尽だろうが、気にしている暇はない。利用できるものは、何でも利用するのみだ。

 

 そしてコミュニティは極めて利用価値の高いものである。絆の力はペルソナ能力に大きな影響を与える。特にシャドウが強い『今回』は、絆による能力の底上げなしでは生き抜くことさえできない。そしてニュクスに立ち向かう為には、絆の結晶であるユニバースが欠かせない。

 

 (それに、この結果は重要だぞ。特別な関係にならずに最後まで行けたんだ)

 

 それは即ち、男と女に友情はあるということだ。実例ができた以上、これは大きな励みになる。しかも担い手を特定の男と結びつける必要すらない。気持ちが他の男に向けられているだけでいいのだ。

 

 今後とも絆は積極的に結ぶべきで、女子相手のものでも自信を持って進めればいい。そう結論づけて、体育館を後にした。




 以上、戦車コミュでした。本作の戦車コミュは岩崎本人との関係よりも、コミュとは何かという問題に主眼を置いていました。

 原作では主人公はコミュの担い手から大抵感謝の言葉をもらいますが、そんなに主人公はいい事をしたか? と、作者はゲームをプレイして感じました。担い手たちは皆それぞれ困難に直面しますが、それらを主人公が解決してやったわけじゃありませんよね。主人公の言動に影響される事はあったにせよ、困難に立ち向かったのは結局のところ担い手たち本人です。それをいちいち『お前のおかげ』とか言われるのは、むしろ担い手たちがお人好し過ぎないか……と思うのです。

 主人公をいい人や大物に見せる為の演出と言ってしまえばそれまでですが、ここに絆を教える『我』の存在が絡んでくるとどうなるか……と考察した結果、この話のようになりました。

 異論はきっとあるかと思いますが、本作ではコミュを一種の不条理として解釈しています。ちなみにこの解釈をベースにして、他のコミュでもう少し踏み込むつもりです。『我』が何者であるのか、とか。

 酷い主人公はこの不条理を利用して、今後も絆をもぎ取り続ける事を決意しますが、果たして上手くいくでしょうか……?
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