ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

23 / 107
星2(2009/6/15)

 戦車のコミュニティが極まってから三日が過ぎた月曜日の放課後、湊は実習室前の廊下で真田と会い、一緒に下校しないかと誘われた。真田が言うには、お勧めの店に連れて行ってくれるとのことだった。どこなのかは行く前から予想はついていたが、湊は誘いに応じることにした。

 

 ちなみにその際、周囲にいた女子生徒たちから妙な視線をもらった。だが二人ともそれは無視した。真田にとっては女子からの視線はいつものことで、軽くあしらっている。湊は真田より人の感情に鋭敏だが、相手がコミュニティの担い手でない限りはどうでもいいと考えている。だから二人とも周囲を気にすることはない。そうして男二人で連れ立って学校を出た。

 

 季節は本来なら梅雨期だが、雨が異常に少ない今年は晴れの日が続いている。今日も天気は快晴だ。日差しの中をただ歩いているだけでも、額や首筋に汗が滲んでくる。だが普段から頻繁に運動している真田と湊は、どちらも汗を気にすることはない。健康な若者らしく、夏の気配が満ち始めた町を早い足取りで歩いた。

 

 

 巌戸台商店街にある牛丼屋、海牛に二人は辿り着いた。案の定である。

 

 「知ってるか? ここの牛丼はうまいんだぞ」

 

 真田によると、この店の牛丼はまず何と言っても肉の量が素晴らしいそうだ。だが長所はボリュームだけではなく、肉に染み込むツユがまた絶妙であるらしい。

 

 湊はラーメン屋のはがくれほどではないが、海牛にも『前回』に何度か来たことがあるし、一度などは末光と一緒に二食続けたこともある。だが毎日のようにここに通い、テイクアウトを寮のラウンジで食べてもいる真田には、さすがに敵わない。だからとめどなく語られる熱い牛丼話に、黙って耳を傾けた。

 

 そうして店の前でしばらく立ち止まっていたら、見知らぬ相手がどこからともなく現れ、二人に近付いてきた。

 

 「キャー、真田先輩!」

 

 髪を巻いている少女と、化粧の濃い少女の二人組だった。私服姿だが、月光館学園の生徒のようだった。たちまちにして、真田ともども黄色い声に挟まれてしまった。噂に聞く、真田明彦ファンクラブであろう。

 

 「何してるんですかあ?」

 

 「知ってるう。牛丼でしょ? いつも食べてますよね?」

 

 真田の牛丼好きは、その筋の間では有名な話のようである。だからもしかすると、この二人は真田の出現ポイントで待ち伏せしていたのかもしれない。こうして見ると、真田の学園生活はなかなか苦労が多そうである。

 

 巻き込まれては堪らないと思い、湊は一歩身を引いた。だがその動きはあまり良くなかった。真田に見咎められた。

 

 「おい、待てよ」

 

 「……」

 

 湊は足を止め、無言で真田と目を合わせた。睨み合っているわけではないが、どちらも視線は外さない。

 

 (何とかしろ)

 

 (自分で何とかしてください。先輩の責任でしょ)

 

 互いに言葉を発さないまま、何か会話が成立したような気がした。もちろん確証はないのだが、この時は二人ともそんな気がしていた。

 

 これがタルタロスや満月の戦いの現場であれば、こうしたアイコンタクトは『前回』を通じて何度も行っている。実戦では命令したり状況を確認したりするのに、いちいち口を動かしていては間に合わないことは往々にしてあるからだ。そして真田は戦いに入れ込んでいる分、そちら方面の意思の疎通は特別課外活動部の中でも得意な方である。

 

 だが今のこの状況は戦いではない。ただの日常の一場面である。観察力に自信のある湊はともかく、普段の真田は空気を読まない言動が多い。それでいながらなぜか以心伝心ができていた。ただしその内容は責任の押し付け合いなので、二人の間の雰囲気は何とも締まらない。先週の火曜日にはがくれで荒垣と睨み合った時などとは正反対に、誰でも容易に混ざれそうな緊迫感のなさだ。

 

 「先輩、こちらのイケメンはどなたですかあ?」

 

 そんな視線の交換の最中に、少女の一人が湊に目を付けてきた。二人の男の間に割り込める隙を感じ取ったようである。

 

 「ボクシングの後輩ですかあ?」

 

 「後輩だが、ボクシングのじゃない。それより、用がないならどいてくれないか。入れないんだが」

 

 もう一人の少女も便乗してきたところで、とうとう真田が焦れてきた。真田は普段は冷静で、感情を露わにすることは多くない。だが今日ばかりは、そうした日常の仮面よりも疎ましさが勝っているようだ。あと一分もこの状況が続けば、声の一つも荒げそうな雰囲気がある。

 

 湊はこの状況から自らも逃れる為に、二人の少女の間をすり抜けて素早く店の扉を開けた。すると真田は間髪入れずに後に続き、扉をぴしゃりと後ろ手に閉めた。

 

 

 少々強引な遮断がさすがに効いたか、ファンの二人は店の中までは追いかけてこなかった。面倒から逃れた二人はテーブルに向かい合って座った。食事処に特有の、調味料の匂いが店内に漂っていた。

 

 「何なんです、あれ?」

 

 注文を済ませてから湊は尋ねた。すると真田はいかにも嫌そうな顔をした。

 

 「知らん。たまにああやって取り囲まれて、好きなタイプとか食べ物とか聞かれるんだが、訳が分からん」

 

 さすがは校内のアイドルである。そうした類の災難には、『前回』を通じて湊も出会ったことはない。だが当のアイドルを前にして他の男に色目を使う辺り、ファンとは言っても意外と適当なようであるが。

 

 (そう言えば、何で僕にはああいうのがないんだ?)

 

 自慢するつもりはないが、『前回』の自分も真田にそうそう劣るものではないと湊は思っている。部活ではエースで、学業は優秀。顔もなかなか。だが『前回』の自分にファンクラブめいたものはなかったし、よく知りもしない女子につきまとわれたりもしなかった。もちろん『今回』もそうした経験はない。

 

 なぜだろうか。自分と真田の何が違うのか。

 

 「羨ましいことですね」

 

 言うまでもないが、これは本気ではない。話の糸口という奴である。

 

 「そう思うのなら代わってくれ。時々練習にまで押しかけてくるし、大迷惑してるんだ。うるさくて敵わん」

 

 「付き合ったりしないんですか?」

 

 「付き合う? 名前も知らない子とは付き合えんだろう」

 

 (そういう問題じゃないが……)

 

 これと似たセリフは以前も聞いたことがある。4月22日にポロニアンモールの交番で黒沢巡査を紹介された日のことだ。その日の放課後の校門前で遭遇した真田は、今日のように女子連中に取り囲まれていた。だが真田はそれら誰一人の名前すら知らないと、歯牙にもかけていなかった。

 

 (しかし女の子の方も、名乗ったりもしないのか? ……ああ、そう言うことか)

 

 自分と真田の違いが分かった。真田は誰とも特別な関係を築いていない。結婚していない芸能人みたいなもので、ファンの子たちにも夢を見させるのだろう。ただし夢を見ているだけで、本当に本気なのは少数派であろう。

 

 さっきの二人組を見ても分かる通り、真田ファンの大半は追いかける行為そのものを楽しんでいるミーハーに過ぎないのだろう。もちろん中にはそうでない子もいるだろうが、きっと互いに牽制し合って結局は誰も本気のアプローチを仕掛けてこないのだ。だから真田もまともに取り合わない。

 

 そしてそんな真田と違って、『前回』の自分は五人もの女子と特別な関係になっていた。アイギスを入れれば六人、エリザベスも入れれば七人だ。しかしバレてはいなかった。いなかったはずである。多分。きっと。希望的に。

 

 だが常識的に考えれば、校内であれだけ交際を広げて全くバレないなどあり得まい。契約者以外は記憶できないエリザベスはともかく、他の六人との関係は誰に知られても不思議はない。文化祭の後片付けの際にゆかり、千尋、結子の三人で修羅場な空気を醸し出していたが、水面下では似たようなことが何度もあったのかもしれない。

 

 そんな有様だから、不本意ながら、極めて不本意ながら、『有里と関わると遊ばれる』とかの噂が立っていたのかもしれない。

 

 (最低だな……)

 

 『今回』は気を付けよう。誰とも特別な関係になるまいとの決意を新たにして、真田を煽ってみた。

 

 「名前くらい聞けばいいじゃないですか。好きな食べ物とか聞かれたら、こう答えればいいです。『君と一緒に食べるものなら、何でもうまい。君が作ってくれたものなら、きっともっとうまいだろう』とか」

 

 「……」

 

 「それだけですよ。先輩なら一発KOです」

 

 もっとも実際のところは、堅物が過ぎる真田は付き合ってから苦労するだろう。ボクシング無敗の肩書を外せば、真田は顔と体格がいいだけの普通の男だ。屋久島でのナンパ失敗がそれを証明している。だがそれは問題ではない。とにかく今は女に興味を持たせ、経験を積ませることが重要だ。そしてゆくゆくは、美鶴を引き取ってもらう。それが女帝のコミュニティに関する湊の計画である。だが――

 

 「順平みたいなことを言うんだな。あいつも『好きなタイプはお前』と言えばいいとか言ってたが……」

 

 ガツン、といい音が店内に響き渡った。もちろん殴られたわけではない。思わず突っ伏してしまった湊が、テーブルに頭をぶつけたのだ。

 

 ボクシングで言えば様子見のジャブから開始してボディーブローへと繋げようとしたところで、カウンターのストレートを顔面に思い切り食らってしまったようなものだ。実際に殴られたわけではないのに、それよりショックが大きいくらいだ。

 

 (ふ、不覚だ……)

 

 言われてみれば、確かに順平が言いそうなセリフである。これでは順平と同レベルにされてしまう。

 

 「済みません。忘れてください……」

 

 『前回』順平と同レベルにされて悔しがる真田の姿が監視カメラに映っていたが、その気持ちがよく分かった。これは悔しい。物凄く悔しい。もちろん普段の順平の軽薄さは仮面なのだが、それでも悔しいことに違いはない。

 

 「分かった。忘れよう」

 

 真田は至って真面目な顔をしていた。テーブルから顔を上げてそれを確認すると、何だか真田が凄く大人に見えてしまった。

 

 「とにかくだ。俺は誰とも付き合う気はない。今はそんなことをしている場合じゃないしな。全て掴めるほど、俺の手は長くないんだ……」

 

 真田はそう言って、小さなため息を吐いた。『前回』の付き合いから、湊は真田を人の気持ちに疎い朴念仁だと見ていた。だがこうしてコミュニティを通じて接してみると、意外な一面が見えてくる。

 

 (真田は案外、早瀬や順平とかより難しいかも……)

 

 コミュニティ以外では付き合いのなかった早瀬と違って、真田とは寮やタルタロスで身近に接している。それに加えて『前回』の一年間がある為、真田の一面は既に把握できている。だが把握していること自体が、かえって良くないかもしれない。

 

 人間は一つの性格だけで生きているものではない。だから今月8日の作戦室で激昂した真田を見て、普段の朴訥さは心理学で言うところのペルソナに過ぎないのかもしれないとも思った。それであるから、自分が未だ知らない顔が真田にもある可能性を頭では分かっている。だが一面だけを見てきた期間が長い分、つい先入観に振り回されがちになる。その点は順平や荒垣も同様だが、先の二人より変人の印象が強い真田は特に難しい。

 

 そうこうしているうちに、大盛りの牛丼が運ばれてきた。両手で持っても重いほどの巨大な丼に、ご飯を覆い尽くす量の牛肉が乗っている。ボクサーの食べ物としては、明らかに相応しくないカロリーが目に見えるほどだ。だがカロリーの高い食べ物とは、概してうまい。食欲をそそられる。

 

 湊は食欲と睡眠欲には忠実である。先刻の失敗を素早く頭から追いやり、早速箸を手に取った。

 

 「待て。まずはこれを飲め」

 

 だがそんな湊を真田は押し留め、カバンから缶詰を取り出してテーブルに置いた。プロテインである。ラベルにはプロフェッショナルとか書いてある。それに続いて撹拌用のシェイカーまで取り出した。こういうところは、やはり変人である。

 

 「僕には合いませんよ」

 

 食事とプロテインを並べて食べる趣味はないし、どう考えても牛丼と味が合わない。もっともプロテインと合う食事があるのかどうかは知らないが。

 

 「む……そうだな。これは上級者用だった。分かった。今度初心者用のものを持ってこよう」

 

 「はい?」

 

 「アマプロテインという奴だ。効果は薄いが、飲み易いぞ」

 

 いりませんと答えたかった。答えたかったが、敢えてまた今度、と答えた。コミュニティの担い手の提案や頼み事は、基本的に断らないようにしている。その癖が出てしまったのかもしれない。

 

 そうしてようやく湊は牛丼に手を付けた。その一方で真田はまず自前のシェイカーにプロテインの粉を入れ、給水機まで持って行って水を注ぎ、音を立てて勢いよく振った。店でこういうことをするのはどうかと思うが、もはや慣れたものなのか、店員も誰も何も言ってこない。

 

 ひょっとすると真田が同じ店にばかり通うのは、こうした奇行を咎められないくらい常連になった店に、行き先が自然と限定されているからかもしれない。

 

 

 そうして大盛りの牛丼を食べ終え、店を出た。すると真田は店先で足を止め、周囲を見回した。だが誰もいない。店先に備えられたゴミ箱があるだけだ。

 

 「さっきの子たち、いなくなってるな」

 

 さすがにいなくなっているだろう。ちょっと傷つくあしらわれ方をしたし、追いかけようにも牛丼屋は若い女が入るには少々勇気が必要だ。

 

 「ああいうのは困る。飯にありつけなくなるところだった。だが……惜しいことをしたかもしれん」

 

 「何がです?」

 

 名前も知らない子たちの何が惜しいのか。すると真田は爽やかな笑顔を見せてきた。

 

 「あの子たち、お前に興味があったみたいじゃないか。ああいう子たちを、まとめてお前に引き取ってもらえば良かったと思ったのさ。そうすれば俺はトレーニングに集中できる」

 

 思わず膝から崩れ落ちそうになってしまった。こういう冗談を真田から言われたことは、『前回』は一度もない。

 

 崩れた体勢のまま軽く睨んでやると、真田はまだ笑っていた。きっと女だったら誰でも魅了されるであろう、高原の空気のように爽快な笑顔である。そんな涼しい顔で、何気なく爆弾を投げつけてくるとは。

 

 「勘弁してくださいよ」

 

 こちらが美鶴を引き取ってもらいたいと思っているのに、逆にファンの子たちを押し付けられては本末転倒だ。しかも真田ファンは何人いるのかさえはっきりしない。どれだけ女好きな男でも、大人数を抱えてはいられない。そして自分は女癖が悪いわけではない――

 

 と、湊は自分自身を見なしている。だが真田はそんな湊の自己評価を知らない。

 

 「お前なら簡単だろう。君と一緒に食べるものなら、とか言えばいいだけだろう」

 

 (この人は……)

 

 忘れると言ったくせに、先の失言を蒸し返してきた。冗談のつもりであろうが、笑えない。しかしここで下手に嘘を吐いて適当にごまかしては、余計に泥沼にはまり込んでしまいそうだ。だから敢えて本音で切り返してやることにした。

 

 「僕の手だって、そんなに長くないんです。何人も抱えてられませんよ」

 

 荒垣と月のコミュニティを築いた時に言われたことがある。手が届くのなら、ゆかり、風花、美鶴ら女たちを守ってやれと頼まれた。その場では了承の意を返したが、あれは話の流れに合わせた出任せに過ぎない。

 

 自分の手は短い。過酷極まる戦いの中にあっては、一人を守りきることさえ難しい。『契約』した人間として自分の行動に責任は取るつもりだが、意地だけで何人も抱えられるほど『今回』は甘くないのだ。そして戦いではなく甲斐性という意味においても、真実を持たない『愚者』は女を守ってやることはできない。その意味では、自分は真田以上に頼りない男なのである。

 

 「む……そうだな。その通りだ……」

 

 真田は目を閉じて俯いた。自分のことと比べて、思うところがあるのだろう。やがて顔を上げると、笑みが消えた真剣な眼差しを送ってきた。

 

 「今夜、行くか? お互い、もっと強くならないといかんだろう」

 

 「ええ。行きましょう」

 

 

 余談であるが、この翌日に湊は真田からアマチュアアスリート用のプロテインを貰った。『前回』同じ日に同じものを貰った時は体作りに興味を持ったのか、とだけ言われてそれきりだった。だが『今回』はそれに留まらず、プロテインの使い方を詳しくレクチャーされた。曰く、プロテインはそもそも健康食品の一種で筋肉増強剤ではない。よって効果を上げる為にはトレーニングと合わせた綿密な計画が必要で、とか何とか。

 

 そんなふうに懇切丁寧に教えられたばかりか、これで強くなれと真顔で言われてしまった。おかげでその日は、ラウンジで真田と揃ってプロテインを飲みながら牛丼のテイクアウトを食べる羽目になってしまった。ちなみにエリザベスは『前回』プロテイン一気飲みの刑に処されている為、『今回』はその依頼がなくなっていた。よって彼女に押し付けることもできなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。