ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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心の在り処(2009/7/7)

 人の姿が映らない鏡。そこから発せられた眩しい光を目にしたと思ったら、湊はベッドに寝ている自分を発見した。意識を失う前にいた法王の間ではない、ホテルの別の一室だ。『前回』同様に、強制的に場所を移動させられたわけだ。

 

 (やっぱりこうなったのか。まあ、仕方ないか)

 

 ハイエロファントを倒した後、そのままラヴァーズとの戦いに突入できれば最善だったが、無理だった。だが仕方のないことである。重要なのは、仕方がないと冷静に判断できたことそれ自体である。つまり目覚めると同時に、すぐに理性が働き出している。

 

 『前回』はこの状況でラヴァーズの声を聞き、夢うつつの状態がしばらく続いた。おかげで自分を取り戻すまで少々の時間を要し、ゆかりの接近を許してしまった挙句に頬を叩かれたりした。だが『今回』は即座に意識がはっきりしてきた。ハイエロファントの恐怖対策と同様に、ラヴァーズの対策として魅了に耐性のできる装備品を用意しておいたことが功を奏したようだ。

 

 ペルソナの中には装備品を生み落とすものもいる。そうした現象をイゴールは『受胎』と呼んでいるが、いかなる理屈で精神的な存在であるペルソナが物質を内に宿すのか、さっぱり分からない。しかしこの際、それはどうでもいい。この通り役に立っているのだから、苦労してペルソナに物を生ませた甲斐があったと言うものだ。

 

 ベッドに寝転がったまま耳を澄ますと、誰かがいる気配を感じた。その数は一人だ。今日の戦いに五人編成で臨んだのは、ここで余りの一人になるか、或いは三人で放り込まれることを期待していたのも理由の一つだった。だが無駄に終わったようだ。

 

 (運が悪かったな)

 

 またしてもゆかりと一緒になってしまったか。『前回』は頬を叩かれたが、『今回』はどうしようか。叩く手をよけるなりブロックするなりして、さっさと服着てこいと冷たく言い放ってやるか。もし美鶴だったらどうしようか。噂に聞く処刑をどうやって掻い潜ろうか――

 

 などと、湊は暢気に考えていた。そして目を閉じたまま腰をさぐり、召喚器がホルスターに差されていることを確認した。これさえあれば、何が起ころうと対応はできる。ホテルの一室に放り込まれることは、実戦ほど深刻な問題ではない。理性が働いている限り、いくらでもやりようはある。防御力を強化する魔法を自分にかけてもいいし、先手を打って魅了状態を解除する魔法をゆかりか美鶴にかけてもいい。

 

 そんな気楽さを抱いて、目を開けて上体を起こした。そして気配のする側へと、何気なく視線を向けた。だが――

 

 (!?)

 

 そこにいたのはゆかりではなく、美鶴でもなかった。予想していたその二人は、日本人にしては色白な方だ。だが眼前の相手はより白い。影時間の薄暗い部屋の中では、顔自体が朧な光を放つようで輪郭がぼやけて見える。それほどに白い顔の持ち主がそこにいた。その顔の上にある短めの髪は、黄金を紡いで乗せたように鮮やかな光を放っていた。そして真っ直ぐ見つめてくる両の瞳は深い青色だった。

 

 それは澄んだ蒼穹や煌めく宝石のようとは言えない。言うなれば、暗黒の青。どれだけ透徹した視力をもってしても見通せない、深海を思わせる底の知れない憂いが込められていた。

 

 『前回』の自分が本当の意味で心を許した、ただ一人の女性だった。正確に言えば女ではなく、それに近い存在だが。

 

 (馬鹿な……なぜ!?)

 

 しかもいつもの武装ではなく、学校の制服も着ていない。バスタオルを一枚巻いただけの姿だ。先日に保健委員で学級新聞の記事を書いた際にも、彼女のことを念頭に置きはした。まさか誰かさんがそれを読んで、余計な気を遣ってくれたとでも言うのだろうか。

 

 『汝、今まさに快楽の扉の前にあり……』

 

 ここでシャドウの声が聞こえてきた。まずい。非常に危険な状況だ。魅了に耐性のできる装備をしているが、そんなものはもはや意味がない。うっかりすると、理性が飛んでしまいそうだ。

 

 憂い顔の彼女は正面を向いたまま、バスタオルに手をかけた。その手は、肩は、足は完全に人間のそれだった。タオルの下も、ひょっとすると――

 

 (違う……彼女がここにいるはずがない! 今はまだ屋久島のはずだ!)

 

 湊は急いで首を横に回し、女から目を背けた。その直後、はらりとタオルが床に落ちる音を聞いた、ような気がした。首から下の体が思わず反応して、視線を戻せと言わんばかりに震え始めた。

 

 見てはいけない――

 

 全力で目を閉じた。見てしまっては、うっかりしなくても理性が永劫の彼方へ吹っ飛んでしまう。

 

 (もう叩かれても処刑されてもいいから、ゆかりか美鶴と交代してくれ!)

 

 『なぜに抗う……』

 

 力の限りに瞼を閉じた暗黒の中で、再びシャドウの声が聞こえてきた。とてつもなく狡猾で陰湿で、邪悪な声だ。粘性のある物体が顔の周囲にまとわりついて耳や鼻から侵入してくるように、声を聞かずにいることはできない。一声侵入されるたびに殴られたような衝撃が頭に走り、息をつくこともできない。

 

 そして頭以上に、体が収まらない。赤熱した何かが体の奥の方で沸騰し、背骨を駆け抜けて脳髄を揺さぶっている。焼け付いた部分に最も近い場所にある足は、もう完全に震えている。もしもそこに口があれば、早く立ち上がって飛び掛かれと叫んでいるだろう。

 

 「違う! お前はアイギスじゃない!」

 

 目を閉じたまま召喚器を抜き、こめかみに当てた。そして一瞬の迷いもなく、引き金を引いた。もはや身に沁みついた動作となったペルソナ召喚ではなく、己の感情そのものを撃ち殺すつもりで。たからたとえ手元にあるのが召喚器ではなく、本物の拳銃であったとしても、きっと引き金を引いた。

 

 ――

 

 泥の塊が崩れたような音が体の中から発せられた。そしてその直後、ガラスが割れる音が二つ重なって響き渡った。召喚の音と、それより現実感のある音が連続して響いた。

 

 「……」

 

 恐る恐る、目を開けた。禁じられた映像を見まいと手で顔を隠し、しかし指の隙間から覗き見るように。見たいのか見たくないのか自分でも分からないが、とにかく湊は目を開けた。

 

 「……」

 

 アイギスの姿はそこになかった。床に落ちたはずのバスタオルも消えていた。その代わりに砕けたガラスの破片が床に散乱していて、それらはいずれも天井や壁を映していた。その上の壁には長方形の大きな金属製の枠がかけられており、枠の所々に尖ったガラス片が申し訳程度に残っていた。

 

 「はあ……」

 

 湊は大きなため息を吐き出し、ベッドから下りようとした。しかし足に力が入らず、下りると同時に床に膝をついてしまった。それと共に、何かが床に倒れる音がした。見てみれば、自分の片手剣だった。ベッドに立てかけられていたようである。

 

 「……」

 

 粘りつく汗が額に浮かぶと共に、猛烈なだるさが襲ってきた。事をしていないのに、事の後のような疲労感だ。機械だったら回路がショートして白い煙を発しているところだろう。汗を拭おうと右手を持ち上げると、手より先に硬いものが額に当たった。見れば召喚器の銃身だった。引き金には指が貼り付いたままである。剥がそうとしても、なぜか上手くいかなかった。

 

 「やあ」

 

 そんなオルギアモード終了のオーバーヒート状態の中で、横合いから声をかけられた。邪悪なシャドウの声とは違う。聞く者に安心感を与える、子供の可愛らしい声だ。

 

 「お前か……」

 

 ファルロスだった。いつもと同じ囚人服の姿で、満面の笑みを浮かべている。

 

 「疲れてるみたいだね。大丈夫?」

 

 「……」

 

 現れる時は大抵の場合がそうだが、ファルロスは親しげである。馴れ馴れしいとも言えるほどに。しかしそれを面倒とか鬱陶しいとか思ったことは、『前回』を通じてもない。湊はファルロスを決して邪険にしない。だがこの時ばかりは勝手が違う。何か物凄く恥ずかしいところを見られたような気がしてしまう。基本的に淡泊な湊は、この種の行為をめったにしないからなおさらである。

 

 もちろん本来的には、そもそもファルロスに隠し事はできない。『前回』の一年間を含めて十年前から人生の全てを共にしてきた、まさしく自分自身と不可分の存在なのだから。ファルロス相手にはプライバシーなど初めからないも同然である。だがそれでも、ものには限度がある。だから何も答えず、無言で立ち上がった。

 

 (一応……確認しておこう)

 

 バスルームのドアを開けてみた。ドアノブは左手で回した。

 

 そこには誰もいなかった。誰かが使った形跡もない。ついでに言うと、石鹸の香りもしない。当たり前のことではあるが。そうやって黙然と無人のバスルームを眺めていると、背後から子供の声が届けられた。

 

 「今のは本物の彼女じゃないし、他人のそら似でもないよ。ただの幻さ。ラヴァーズは君の思い出を取り出して見せたんだね。精神攻撃が得意なシャドウだからね。こんなこともできるんだろう」

 

 「あんな思い出はない……」

 

 『前回』は彼女の部屋で長い時間を過ごしたこともあったが、あのような状況にはならなかった。なぜなら彼女の体は、今見たような人間のものではないから。何かしたいと思っても、何もできない。

 

 「じゃあ君の妄想……いや、願望かな?」

 

 「うるさい……」

 

 湊は踵を返し、一旦ベッドまで戻って床に転がっていた剣を拾い上げた。利き手ではない左手で拾った。右手には召喚器が貼り付いているままだから。そして急ぎ足で部屋のドアへと向かった。両手が塞がっている為、レバータイプのドアノブを足で下げながら、蹴り出すようにしてドアを開けた。

 

 

 「ちょっと役得?」

 

 「言ったら絶交だからね!」

 

 「処刑だ!」

 

 「ま、待て! 俺は見てない! 何も見ていないぞ!」

 

 廊下に出ると、近くの部屋から怒声や悲鳴が漏れ聞こえてきた。状況が目に浮かぶようだ。組み合わせで考えると、ゆかりや美鶴と一緒にならなかった自分は運が良かったことになるのだろうが、結果としては最悪だ。まさかここでアイギスの姿を見せられるとは。こんなことなら、素直に四人で来れば良かった。

 

 「みんなお盛んだねえ」

 

 振り返ると、ファルロスは廊下にまでついて来ていた。何やらとても嬉しそうに、にっこりと微笑んでいる。その笑顔を少年らしい、と言ってよいのかどうかいささか迷うところだ。

 

 「まだいたのか……。早く戻れ。お前の存在は、まだ皆に知られたくない」

 

 「大丈夫だよ。僕の姿は他の人には見えないから」

 

 確かにそうである。もしファルロスの姿を他人が見れるようなら、『前回』のどこかで風花の探知に引っ掛かったはずである。それがないということは、ペルソナ使いであってもファルロスの姿は見えず声も聞こえないのだと考えられる。

 

 「見えるとしたら、君の愛しい彼女だけだろうね」

 

 それもあり得る話ではある。一目見ただけで綾時の正体に無意識的にでも気付いたアイギスなら、ファルロスも認識できる可能性はある。だがそれは今話すべき事柄ではない。しかも一言余計だ。

 

 「……いいから戻れ」

 

 「戻ってもいいけど、ちょっとそれを落ち着けてよ。君がその状態だと、僕もそわそわするんだ」

 

 ファルロスは言いながら、湊の体の下の方を指差した。その表情からは笑みが消え、少年らしからぬ憂い顔が現れた。

 

 指差しを受けた湊は不意に思い出した。『ファルロス』という言葉の意味を。この少年はどういうつもりで、こんな名前を名乗っているのか。今まで気にしたことはなかったが、急に気になってしまった。少年はただ無邪気だった『前回』と違って、『今回』は自分が何者なのか既に理解している。それと同様に、己の名前の意味も理解しているはずだった。

 

 「……ちょっと待て。お前は普段、僕の体のどこにいるんだ?」

 

 本当は聞くまでもないことかもしれない。と言うより、聞いてはいけないことかもしれない。だが聞かずにはいられなかった。

 

 「僕は君の心の中にいるよ。心が体のどこにあるのかは……まあ、察してよ」

 

 聞かれた少年はその顔に再び笑みを戻した。だがそれは少年らしいとはとても言えない類の笑顔だった。ませた子供が背伸びをするのとは違って、世間の大人以上の本物の知識と経験を己は持っているのだと暗に語っている。外見だけは十歳くらいの子供が浮かべるものではない。それに加えて、セリフはわざと曖昧にすることでかえって不穏さを増加させている。もし実際にこのくらいの年齢の子供がこんな顔でこんなセリフを吐いたら、尻でも引っ叩いてやるところだ。

 

 「馬鹿言うな! 心の在り処はここかここだろう!」

 

 叩きこそしなかったが、声を荒げてしまった。『前回』を通じて初めてファルロスを怒鳴りながら、召喚器の銃身で頭と胸を示した。自分の心はそこにあるはずだ。多分。きっと。恐らくは。

 

 「ふふ、そうだね。他の所に心がある男は、みんな駄目になっちゃう……」

 

 そう言ってファルロスはようやく姿を消した。愚かな大人をからかう天才少年の微笑みは、最後まで貼り付けられたままだった。

 

 「……」

 

 ファルロスが消えた辺りの空間を見つめながら、湊は両手にある限りの力を込めた。右手の召喚器と左手の剣の束を握り潰さんばかりである。もし手に何も持っていなかったら、爪が掌に食い込んで怪我をしていたはずだ。

 

 そして部屋に放り込まれた時とは違う意味で、体が熱くなっていくのを感じた。もしここに鏡があれば、頭の頂上から湯気の一つくらい上っているのが見えたかもしれない。こういう激しい感情を抱くのは、『前回』を通じてもめったになかったことだ。もし心の振り幅を測ることができるのなら、メーターの針がとうに振り切られているだろう。

 

 「殺す……絶対に殺す……」

 

 『前回』のゆかりはラヴァーズを前にしてやたらと気合が入っていたが、その気持ちがよく分かった。今なら一対一でも、軽く八つ裂きにしてやれそうだ。小賢しい戦略や戦術など、もはや必要ない。

 

 

 その後の経過は、敢えて詳しく述べるまでもないだろう。ただ頬を腫らした人と、氷の破片を髪につけた人の会話を記すに留めておく。

 

 「あいつ、どうしちゃったんでしょうね」

 

 「……」

 

 「ゆかりッチと桐条先輩はまあ分かるとして、何であいつまでブチ切れ侍なんでしょう……」

 

 「……」

 

 「あ、あれかな。独りモンのひがみ? せっかくホテル来たのに、何の役得もなかったもんだから……」

 

 「役得……?」

 

 「ど、どしたんすか?」

 

 「あれが……あれが役得なものか!」

 

 「……」

 

 「寒い……寒いぞ……」

 

 氷の破片を髪につけた人は自分の身を抱え、熱病に罹ったようにガタガタと震えだした。一体どれほど恐ろしい目に遭ったのか。頬を腫らした人はある程度察しつつも、敢えて聞かないでおいてあげた。

 

 

 

 

 少々の曲折がありつつも、法王と恋愛の大型シャドウは滅び、この世から消えた。その戦いがあったホテルから道路を挟んだ向かいのビルの屋上に、三人の人影があった。緑の空気と巨大な月に非常な親しみを感じている、二人の男と一人の女が眼下を見下ろしていた。

 

 彼らの視線の先では、今まさに五人の男女がホテルから出たところだった。その五人はいずれも頭上の三人に気付いていない。

 

 「素晴らしい見世物でした。彼はやはり興味深い……」

 

 ストレガのリーダー、タカヤは特別課外活動部に拍手を送った。正確には、その内のただ一人に。

 

 (特に法王との戦いは見事でした。しかしあれは、相手の能力をあらかじめ知っていなければできない戦法……)

 

 他の面々はともかく、彼だけはシャドウの攻撃をほぼ完全に防いでいた。いかに複数のペルソナを操る特殊能力を持っているとはいえ、戦いの最中に敵の攻撃を見切って反射的に付け替えを行っていたわけではない。彼は今日現れるシャドウの情報を事前に得ていて、準備を済ませていたとしか考えられない。ならばその情報源はどこか。

 

 (普通に考えれば幾月……。しかし桐条らが情報を得ていたようには見えませんでした。死神が彼に教えた、と考えるべきでしょうね)

 

 彼は敵に関する情報を独占していた。皆で共有した方が有利になるはずなのに、そうしていなかった。それは即ち、彼は駒に過ぎない他の者たちとは一線を画しているということだ。

 

 「んなこと言っとる場合すか? あの有里っちゅう奴、桐条の娘と同じ穴のムジナとちゃいますんか?」

 

 後ろからジンが声をかけてきた。振り返ってみれば、眼鏡の下の眉間に深い皺が寄っており、酷く不愉快そうな顔をしていた。

 

 「貴方は彼が嫌いなようですね。何がそんなに気に入らないのです?」

 

 「気に入らんて……!」

 

 思えば彼と初めて会った時から、ジンは良い顔をしていなかった。そして彼について調べれば調べるほど、より快く思わなくなっているようである。

 

 「少なくとも、彼は他の偽善者たちとは違いますよ。チドリ、死神の存在は確認できましたか?」

 

 「何とか……。彼と話をしていたみたい……」

 

 「話の内容は?」

 

 「よく分からなかった。死神の声までは、メーディアにも聞こえない……」

 

 チドリはいつもそうだが、外界の事象に関心を払わない。彼についてもそれは同様である。ジンと違って彼を嫌ってはいないが、特別興味も持っていない。しかしチドリの探知能力は、対象への興味の有無とは無関係である。今日の戦いの間、ずっと彼と彼の内に住まう存在を見つめ、探れる限りを探っていた。その上で、結果は期待していたより曖昧なものに終わった。

 

 「そうですか。まあ、それも良いでしょう」

 

 今日のチドリの調査結果は、決して悪いものではない。ある意味では、逆に期待以上とさえ言える。眼下の町並みへと視線を戻せば、ねぐらへと去って行く彼の背中が見えた。取り巻きの者たちとは明らかに違う、異質な存在感が遠目にも感じられる。自分のペルソナは探知や解析の能力を持たないが、それでも彼が他人と異なることは分かる。

 

 「間違いありませんね。彼は自分の中に死神がいることを知っている。そして恐らくは、十二のシャドウを倒せばどうなるかも……」

 

 並のペルソナ使いならば表も裏も容易く見通せるメーディアをもってしても、声さえ聞こえない存在である死神。それは即ち、死神はペルソナ以上の深さで彼の中に根を下ろしているということだ。もはや彼と不可分の存在となっている。

 

 タロットの解釈では愚者と死神は同一人物とされるが、まさにその通りである。即ち死神の存在意義は、彼自身の存在意義だ。両者は互いに会話ができる程度には分離しているが、それは問題にならない。魂が同じで自我を別々に持つことは、何もおかしなことではない。

 

 死神と同一人物――

 

 それほどの人間ならば、自分たちの本質を一目で見抜くのも道理である。そしてまた、自分のペルソナであるヒュプノスは死神と深い縁がある。自分にとってヒュプノスは知らぬ間に背負わされた力であったが、今となってはまさに運命によって与えられたものだと確信が持てる。

 

 「くっくっく……これは面白い。幾月の妄想など及びもつきません。最高の祝祭になりそうです」

 

 普段はめったなことでは波立ちさえしない、凍りついた心が昂ぶって仕方がない。ジンの発案で復讐代行を始めた時もなかなか面白かったが、これはそれを超える。どうやら残り少ない命が尽きる前に、史上最大の生の輝きを見届けることができそうだ。

 

 「ジン、情報収集はこれまで以上にお願いします。幾月はもうしばらく泳がせますが、所詮あの男は前座に過ぎません。いつ復讐の実行を頼まれるか分かりませんしね。今のうちに、調べられることは全て調べてしまいましょう」

 

 「分かっとりますよ……」

 

 明らかに不満な顔をしてはいるが、ジンは自分の言うことを決して無下にはしない。今はそれで良い。彼と自分の運命が重なり合う日は、近い将来に必ず訪れる。その日が来れば、ジンもまた己の運命を理解するであろう。

 

 「ところであいつ、一人で部屋に放り込まれたんやろ? その割には何や騒がしかったようやけど、何があったんや?」

 

 ジンは自分から目を逸らし、チドリへ話を向けた。確かにジンが言う通り、恋愛の攻撃で飛ばされた時の彼の反応はいささか奇妙だった。

 

 「金髪の……女」

 

 「女?」

 

 「幻だった……」

 

 「何や、あいつの嫁か?」

 

 「分からない。これまでの情報にはない……」

 

 「ふむ……女ですか。祝祭にオルギアは付き物ですが、彼が夢に見るとは。どんな方なのでしょうね……」

 

 彼について、死神について。或いはまた、金髪の女について。まだまだ調べなければならないことは多い。遠からず訪れるであろう祝祭の日に向けて、準備を整えなければならない。その日その日を楽しむだけの生活は、そろそろ終わりにせねばなるまい。

 

 「忙しくなりそうですね……」




 本作では残酷描写は基本的にありませんが、あっち方面の表現は時々出てきます。この話のように、控え目なものではありますが。

 それはさておき、また少し独自解釈が出て参りました。

 ファルロスの姿は他人には見えず、風花の探知にも引っ掛かりません。チドリは存在のみ感知できますが、姿を見たり声を聞いたりすることはできません。アイギスに見えるかどうかは……そのうち明らかにします。
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