ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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鏡(2009/7/13)

 十二のシャドウを倒せば、影時間とタルタロスが消える――

 

 戦いの『真相』が告げられた次の日は、特別課外活動部の面々は誰もが浮かない顔をしていた。苛烈な戦いの終わりが見えてきたというのに、それを喜ぶ雰囲気はまるでない。バラバラに町に出かけたり部屋に籠ったりで、皆で協同して困難に立ち向かおうとの連帯感すらなかった。

 

 そして更に次の日、7月13日の月曜日。この日の夜は一階のラウンジに全員が集まっていた。しかし互いの間に会話はない。ゆかりと美鶴はため息を何度も吐いて、風花はそんな二人を交互に見比べている。

 

 「真田先輩」

 

 「ん?」

 

 この日の雰囲気は『前回』と同じで、それを打ち消してくれる人がもう間もなく現れることも、湊には分かっている。だから部全体の雰囲気を心配してはいない。だがそれとは別に少々気になることがあったので、真田に声をかけてみた。

 

 「腹でも減ってるんですか?」

 

 「いや……」

 

 『前回』のこの時、真田は二日前の重さから既に立ち直っていて、今のような空気詠み人知らずを放っていた。しかし『今回』は未だ影を引きずっている。なぜそうなっているのかは湊にも分からない。いくつか思い当たる節はあるが。

 

 (この人、一昨日も前と違うことを言ってたしな。星コミュが関係してるのか、それとも月コミュが絡んだ荒垣と何かあったのか……)

 

 いずれにせよ、真田との関係は色々難しいところがありそうである。単純明快な朴念仁にしか見えなかった『前回』の顔は、何であったのかと近頃思う。

 

 「順平、夏休みの予定とか立ててるか?」

 

 続けて一昨日に『前回』にない反応をしたもう一人、順平に振ってみた。

 

 「ん? いや……特にねえな」

 

 『前回』の今頃と比べてみると、順平は真田以上に言動に変化が起きている。寮でも学校でも嫉妬心から突っかかってくるようなことは一度もなく、関係はずっと良好なままである。それは良いのだが、何か思い悩んでいるようでノリが悪い。ここで今日の雰囲気をかき回してもらえないのは、いささか困る。

 

 (仕方ないな。僕から話を振るか)

 

 本意ではないが、道化師の仮面を使うことにした。文化祭の後片付けで友近と漫才をして以来、久々の着用である。

 

 「何か今年は雨とか全然降らないみたいだしな。せっかく夏休みなんだから、どこか行きたいな」

 

 「そ、そうですね! 有里君は何しようとか、考えてますか?」

 

 素早く風花が反応した。重苦しい雰囲気に耐えられなくなっていたか、助けを求める期待感がありありと声に出ている。そこに乗りかかる形で、にやりと擬音を発しそうな表情を作って風花に見せた。

 

 「そりゃまあ、やっぱり海だね。ビーチに水着に、ひと夏の思い出ってね」

 

 顔に合わせて意図して作った軽い口調でもって、『前回』の順平のセリフを借用した。普段は使わない仮面だけに、風花だけでなく、ゆかりや美鶴もぎょっとした顔でこちらを見ている。彼女らとは未だコミュニティを築いていない為、今まではリーダーの仮面しか見せていない。それだけに、この物言いはちょっとした顰蹙である。

 

 「おお! ひと夏の思い出! いい響きだな、おい!」

 

 やっと順平が食いついてきた。先ほどまでの深刻さが、口も頭も軽い仮面にすっぽり隠れている。両手で大仰に頭を抱え、中空へ向けて吠えた。

 

 「ああ、気晴らしにどっか海とか行きてえ! 何かこう、南の方のメチャクチャ透き通ってるっぽいトコ!」

 

 「いいね、それ。沖縄とか行ってみたいな」

 

 「沖縄じゃないけど、屋久島って選択肢ならありかもね」

 

 道化師と魔術師のふざけ合いがひと段落したところで、筋金入りの道化師が寮の玄関に現れた。暑さを全く気にしていないかのような、スーツを上着までしっかり着込んだ紳士。もちろん幾月だ。その姿を見て、美鶴は席から立ち上がった。

 

 「理事長、いらしてたんですか」

 

 「いや、前を通りかかったんで、来週の予定をちょっと知らせにね。桐条君、お父上は今年の休暇を、屋久島で取られるつもりらしい。試験が明ければ君らは休みだろ? どうだい、ここらで気分転換でも?」

 

 幾月は玄関からソファーへと移動しながら、『前回』と同じセリフを口にした。それを聞いた湊は頷いた。道化師の仮面で隠した顔には出さないが、内心では大きく頷いた。

 

 (よし、上手くいった)

 

 この展開に繋げる為に、海がどうと話を振ったのである。無論幾月は初めから皆を屋久島に連れて行くつもりだったはずだから、湊が話をせずとも幾月が場を誘導した可能性は高い。だが万が一にも屋久島に行かないようなことがあっては、非常に困るのだ。だから道化師の仮面を使ってまで、幾月が来るまでの話の前振りを『前回』と同じようにしておいたのである。

 

 「マジ!? それ、旅行ってことっすよね!?」

 

 順平が素早く反応した。しかし美鶴は表情を曇らせた。

 

 「しかし、お父様もお忙しい方ですし、せっかくのご休暇をかき回すわけには……」

 

 美鶴は気乗りしない様子で、歯切れが悪い。本気で断るつもりでいるなら、こうした中途半端な言い方はあまり良くない。

 

 「はは、珍しく弱気じゃないか。ご息女が顔を見せに来るというのに、お父上は迷惑がると?」

 

 (大したものだ)

 

 美鶴と違って半端なところのない幾月は、すかさず畳み掛けてきた。しかもこの言い方は上手い。父親に対してある種の複雑な気持ちを抱えている美鶴には、特に有効な言い方である。湊が敢えてフォローする必要もないほどだ。コミュニティで鍛えた経験から話術には湊も自信があるが、幾月には敵わないかもしれない。これは一日の長というものであろうか。

 

 「先輩! お願いしやっす!」

 

 「分かった、分かった……。気分転換は必須事項のようだ。行こうじゃないか」

 

 「よっしゃあ!」

 

 「あ、それじゃ水着とか買わないと……」

 

 最後は順平の懇願に折れる形で、美鶴は屋久島行きを承知した。順平はそれに応えて大喜びする顔を見せ、風花やゆかりもそれに乗った。結果的に『前回』と同じ状況になったわけである。そんな特別課外活動部の面々を見回しながら、幾月は善良な微笑みを浮かべた。誰の目から見ても、いい人にしか見えない笑顔である。だが――

 

 「飛行機やフェリーの予約は僕が手配しておくから。ん……? 予約……。これは! 閃いちゃったぞ!」

 

 いい人は道化師へと急に変化した。それと共に幾月はスーツの内ポケットから手帳を取り出し、メモを書きつけた。だがそれを口にする前に、道化師の仮面を着けていたもう一人が機先を制した。

 

 「屋久島行きを、ヨヤクシマス、ですか?」

 

 もちろん湊である。このシャレは『前回』も幾月が言っていて、それを覚えていたのだ。一年間の出来事をほぼ完全に覚えている抜群の記憶力は、こんなところでも発揮された。

 

 「おおっと! 僕のダジャレを先読みか?」

 

 「当たりでしたか。光栄ですよ」

 

 「はっはっは! 手強いライバルの出現だな!」

 

 幾月はことあるごとに下手なシャレを飛ばすが、聞かされる側はいつも呆れるか愛想笑いしかしない。そんな不遇の中にあって珍しい相方の出現に、幾月はとても楽しそうに笑う。そして湊も笑う。ラウンジに道化の笑い声がステレオで反響した。

 

 「今日の有里君、ちょっと変じゃないですか?」

 

 「そうね……理事長が二人いるみたい。顧問とリーダーがこんなんで、大丈夫なのかしら……」

 

 「ま、まあ……あれが理事長の数少ない楽しみなんだ。相手ができる人がいて良かったじゃないか」

 

 (ん……? 幾月が二人?)

 

 女性陣の呟きを耳にして、呵呵大笑する顔の裏側の頭に閃くものがあった。湊は演技を得意としているし、特にコミュニティの担い手に対しては完璧に同調できる自信がある。だが幾月との間にコミュニティはない。それにも関わらず、極めて容易く合わせられた。

 

 (そうか。こいつを恨めしく思わない理由が分かった)

 

 『今回』初めて幾月と顔を合わせた4月20日、特別課外活動部への加入を求められた時のことである。諸悪の根源に等しい幾月を見ても、なぜか怒りや憎悪が湧いてこなかった、その理由が分かった。

 

 幾月は湊なのだ。幾月はペルソナ能力を持っていないが、もし目覚めたらアルカナは間違いなく愚者であろう。幾月のようなタイプは、『前回』を通じたコミュニティの担い手たちの中にもいない。裏の顔は無論のこと、表の顔とさえ似ている人はいない。それも当然である。愚者は他のアルカナと一線を画す存在だ。

 

 計画と無計画の両立。愚行と計算高さの共存。相対立する概念を頭の中に同時に住まわせて、平然としていられる。言い方を変えれば、自分自身というものを持たないが故に、何にでもなれるということだ。善良な大人、物腰柔らかな紳士、優秀な研究者、世慣れた管理職、冗談好きの道化、破滅の思想家、月に祈りを捧げる救世主、そして『皇子』として世界に君臨せんとする妄想を抱いた狂人。これだけの仮面を完璧に使い分ける人間を、単に演技が上手いだけなどと言うのは断じて正しくない。

 

 幾月修司もまた『愚者』である。まさに鏡に映った、己の姿のようではないか――

 

 自分自身であるからこそ、諸悪の根源でありながら恨む気になれないのだ。世の中には同族嫌悪という言葉もあるが、この場合はそれに当てはまらない。幾月は親兄弟よりも、もっと近いところいる。神話では双子とされるタカヤよりも近い。幾月と同じ距離感の人物と言えば、ファルロスと綾時くらいしかいない。湊はそう直感した。

 

 そしてまた、コミュニティとしての特別課外活動部のアルカナが愚者であることも暗示的である。愚者のコミュニティの担い手は部全体ではなく、実は幾月一人であったのかもしれない。そして幾月の死後、初めて湊自身のコミュニティとなる。それは即ち、湊が未だ部を掌握していない現状では、幾月が部を所有しているということだ。

 

 特別課外活動部の中心に座っているのは幾月である。一昨日の会合で激昂したゆかりを赤子の手を捻るように抑え込み、今日も美鶴を容易く説得したことを見ても分かる通り、その影響力は甚大だ。幾月に比べれば、湊さえ駒に過ぎない。他のメンバーなどは言うまでもない。

 

 湊は笑いをやめ、ラウンジの駒たちを見回した。彼らは道化どもを無視することに決めたようで、それぞれ旅行話に花を咲かせている。

 

 幾月が何者であるか、駒の皆は誰も気付いていない。いや、気付くことなどあり得ない。『前回』同様に掌で踊らされて、しかも踊らされていることにも気付いていない。この状況を脱する為には、やはり幾月を除くしかない。

 

 (さて、どうしようか……)

 

 どうやって幾月を排除するかは4月以来ずっと考えてきたし、既に案はいくつかある。例えば幾月を締め上げて、全てを吐かせるとか。だがそれは下策である。たとえ拷問したところで、絶対に口を割らないだろう。『愚者』の仮面を甘く見てはいけない。下手に幾月を攻めては、自分が立場を失うだけの結果になる。

 

 最善の策は、幾月の裏を何かの証拠によって示すことだ。それが湊自身の『前回』の記憶の他に何もないのでは、話にならない。

 

 (いや、証拠はあるにはあるが……手元にないからな)

 

 そして次善の策は、外部の人間を利用することである。例えばストレガだ。どの策を採用するか、そろそろ決断しなければならない。

 

 

 

 

 特別課外活動部の屋久島行きが決定したその日の夜遅く、ポートアイランド駅近くの溜まり場で荒垣は一人道端に座り込んでいた。周囲には常連の不良たちがたむろしているが、誰も話しかけてはこない。

 

 夕方から夜にかけてのこの界隈は、大抵騒がしい。二年前は堅気の家族が住む家があったのだが、例の事件があって家屋はなくなり、新しい家が建てられることもなかった。そんな宙に浮いた空き地に不良たちが居座るようになってしまった。だから鬱陶しい笑い声が始終響きっぱなしである。

 

 己の罪の現場であるここが、吹き溜まりと化しているのは遺憾である。と言うか、腹立たしい。不良どもを一人残らずつまみ出してやりたいくらいである。

 

 だが自分にそんな資格はない。そう思い定めているから、二年の間に頻繁にここを訪れながら、自ら揉め事を起こしたことはなかった。もっともケンカを吹っかけられることは往々にしてあるし、他人のケンカの仲裁をやることもあるのだが。ただここ一ヶ月ほどの不良たちは騒がしくはあるものの、揉め事を起こすことは少なくなった。元の常連たちより遥かに格上の悪党が現れるようになったからである。

 

 そんなことを思っていると、ラジオの電源を落としたように周囲の喧騒が闇に溶けて掻き消えた。0時になったのである。

 

 「……」

 

 影時間の緑の空気は目に毒だ。だが普通の人間は棺桶で眠り、車や電車も動かなくなるこの時間は至って静かなものである。この時間そのものは忌まわしい限りであるが、静寂が訪れることだけはありがたいと思っている。しかしそんな不吉な静けさを破る、より不吉な足音があった。

 

 「こんばんは。お元気そうで何よりです」

 

 無表情な白い男と不機嫌そうな眼鏡の男。そしてより無表情な女。ストレガだ。この溜まり場の雰囲気を変えた張本人である。

 

 「……」

 

 最近のこの三人は、影時間でない普通の時間にしばしばここにやって来る。詳しくは知らないが何かヤバいことをやっているらしく、情報集めの為に不良どもから話を聞いて回っているようである。不良は最初こそ相手にしなかったが、やがて三人の桁外れなヤバさを思い知らされたのか、素直に喋るようになっていった。そして最近では三人を恐れ、姿を現した途端に逃げ散るようになっている。そんな連中が影時間にここに来る用事と言えば、自分に薬を渡すのがその一つだ。そして今日はその日だった。

 

 「ジン」

 

 タカヤが促すと、不機嫌そうなジンが手提げ袋を投げて寄越してきた。受け取ると、プラスチックがこすれ合う音が袋の中からした。手触りからして、頼んでいた薬のカプセルだとすぐに分かった。だが量が多い。

 

 「こんなに頼んだ覚えはねえぞ」

 

 いつもは十日分程度の量しか渡されないが、袋の大きさは両手に余るほどだ。半年分はありそうだ。

 

 「私たちはこれから忙しくなりそうなのです。今までのように、決まった時期にお会いすることはできなくなるかもしれません。だからまとめてお渡ししておきます」

 

 「こんだけの金は、すぐには用意できねえぞ」

 

 「いつでも結構ですよ」

 

 タカヤは金に執着がない。生活力など欠片もなさそうな連中だが、金に困っている様子は一度も見たことがない。だが影時間を利用すれば、大金を手に入れる方法などいくらでもありそうなものだ。もちろん自分はやらないが、この三人なら何の躊躇いもないだろう。

 

 だから今まで薬代の支払いを滞納したことはないが、たとえ少々遅れてもきっと何も言って来ないのだろう。ペルソナ使いとは様々な意味で常人とは異なる世界に生きる人間であると、改めて思う。

 

 「お前も忙しくなるんとちゃうか?」

 

 そんなことを思っていると、ジンが口を挟んできた。関西弁を繰るこの男は他の二人と比べれば、外見や言動はまともな部類に属している。

 

 「知っとるで。戻ってこいって、誘いが来とるんやろ」

 

 「……このストーカー野郎が」

 

 どこで調べているのか知らないが、ジンは情報通である。アキが復帰を誘ってくるのは今まで何度もあったし、その度に周囲の耳目にいちいち注意したりもしなかった。しかしだからと言って、なぜこんな個人的なことを知っているのだろうか。謎である。

 

 外見がどうであれ、やはりジンもストレガの一員である。普通の人間からは遠いところにいる。インテリ系であるだけで、悪党であることに変わりはない。

 

 「貴方が彼らと行動を共にするなら、別に止めはしません。ですが……貴方はご存知ですか? 月が真円を描く度に宴に繰り出し、あの塔にも頻繁に出入りしている、彼らの目的が何か。何の為に、そんなことをしているのか……」

 

 再びタカヤが語り出した。その言い方は、既に知っている事柄を他の人間に確認するものだった。額面通りに受け取れば、の話だが。

 

 「……」

 

 質問に答えるべきか否か、一瞬悩んだ。自分はもう特別課外活動部の一員ではない。だから部の目的をストレガに隠しておいてやる義理もない。しかし積極的に教えてやる義理はもっとない。

 

 「知っておくべきだと思いますよ?」

 

 「満月の敵を全てやれば……影時間やあの気味の悪い塔が消える。そう聞いている」

 

 悩んだものの、結局話すことにした。ジンがインテリ系なら、タカヤは劇場型である。タカヤは知らないことを知っている振りをして、相手の口を割らせるような回りくどいやり方はしない。特別課外活動部の目的を知っていて、自分にそれを確認しに来ただけ。そう判断できた。たとえ実は知らないのだとしても、情報通のジンがいれば調べるのに苦労はしないだろうと思えたから。

 

 ついでに言うと、今話した影時間とタルタロスを消す方法は、昨日の昼にアキがここに来て話していったことだ。自分はその時に初めて知った。だが消す話はどちらかと言えばついでのようなもので、アキは昔話をしに来たのだった。単純馬鹿のくせに珍しく弱気になっていたものだから、こちらの調子が狂うくらいだった。だからさっさと追っ払ったので、それ以上の詳しいことは聞いていない。

 

 「それは話が早い」

 

 タカヤは唇の端を持ち上げて、にやりと笑った。猛烈な嫌味を込めた笑い方である。顔を見ているだけで、腹の辺りがむかついてくる。だが幸いにも、タカヤは首を回して白い顔をこちらから背けた。その視線の先は例の塔だ。

 

 「ご覧なさい。滅びの塔は今宵も美しく聳えています」

 

 「あ? 滅びの塔だ……?」

 

 タカヤは誰に対しても敬語で話すが、それに留まらず今のような芝居がかった物言いを時々する。しかも普段の無表情がうって変わって、やたら嬉しそうに恍惚と言うのだから、聞かされる方は堪らない。過剰な芝居は見苦しいだけだ。

 

 「あの塔こそは、まさに人類の希望……。人々の願いを乗せて天上へと至る、蜘蛛の糸です。ふふ……あれを消す! 果たしてそんなことが可能なのでしょうかねえ? 運命がそれを許すでしょうか?」

 

 「何が言いたい」

 

 タカヤはタルタロスから視線をこちらに戻してきた。その顔はいつもの無表情に戻っていた。

 

 「力の使い道は持ち主が決めることです。お好きにやればよろしい。ですが人には誰しも、器というものがあります。望んだ結果を必ず得られるとは限らない、ということです」

 

 「……」

 

 やれるものならやってみろ。そう言っているかのようだ。

 

 レールを外れて初めて見えるようになったものはある。例えば世の中には筋金入りの悪党もいる、とかだ。何の理由もなく、ただ退屈だからというだけで人を殺すことだってできるような。その点、タカヤは自分の知る限りで最悪の悪党だ。退屈で人殺しどころか、爆弾テロでも平気でやるだろう。

 

 「あいつらとやり合う気か?」

 

 「心配ですか?」

 

 「……るせえよ」

 

 そんな悪党が忙しくなるとは、何があったのか。何か余程面白い遊びを見つけたのであろうか。特別課外活動部とやり合うつもりでいるなら、それは何より面白いと考えるかもしれない。

 

 「ご安心なさい。彼らと戦うつもりはありません。今のところは」

 

 だが意外にも否定の言葉が返ってきた。限定つきではあるが。タカヤが信用できる相手かと言えば、断じてそんなことはない。だが本当にあの部とやり合わないのであれば、タカヤは何に忙しくなるのか。それ以外で悪党が興味を持ちそうなことと言えば、思い当たる節が一つだけある。

 

 「てめえ……有里に何を頼まれた?」

 

 先月の下旬、ここで有里はストレガに何かを頼んでいた。自分はその内容を聞いていないし、有里が連中と会っていたことはアキにも言っていない。だが気にはなる。

 

 「ふ……それは言わない約束ですから」

 

 タカヤは再び唇の端を持ち上げた。自分一人だけ真剣でいるのが馬鹿馬鹿しくなるような、ひたすら芝居がかった笑い方だった。こういう類の人間には、何を言っても無駄である。話にならないのだ。ストレガが何をするつもりなのか、気にはなる。そしてアキや有里が心配かと問われれば、正直に答えればやはり心配である。だが心のままに振る舞うことは、自分には許されないのだ。

 

 「ところで……普通の人間と違い、ペルソナ使いは影時間に起きたことを忘れない。なぜでしょうか?」

 

 「知るか」

 

 「目を背けられなくなるのですよ。ペルソナは使う者の鏡です。故にペルソナ使いは、己の真実から逃れられない。嘘や偽善は通用しません。彼らも、そして貴方も」

 

 そう言って、タカヤはようやく踵を返して溜まり場から去って行った。後の二人もそれに続いた。動ける人間のいない溜まり場に、一人で残された。

 

 「てめえの真実……ってか。ふん、んなこと言われるまでもねえ……」

 

 この場所こそが、自分の真実だ。目を背けたくても背けられない。頭よりも体が忘れてくれないのだから。ここを居場所として、死ぬまでこうしているしかないのが自分の真実だ。




 原作では荒垣とストレガの会話は7月23日と25日ですが、本作ではその日に重要なイベントを予定している為、この日に持ってきました。

 本作の主人公の性格を設定するに当たりまして、実は幾月をモデルにしています。11月にアイギスが言う『幾月は表と裏の顔を完璧に使い分けており、これは全く常人離れした業』というセリフがそれです。その点、コミュごとに仮面を使い分ける主人公も近いものがあるな……と思ったのです。ただ主人公は相手を思いやる気持ちも、それなりにありますが。その点、『愚者』としては主人公よりむしろ幾月の方が格上かもしれませんね。

 さて、そんな幾月の正体に主人公が気付いたこの話をもちまして、第1章は終了となります。全体のおよそ三分の一程度まで来ました。ここまでは導入部として原作から外れ過ぎないように進めて参りましたが、第2章では乖離が少しずつ大きくなって行きます。

 主人公は『一周目』で得た知識を元に色々と陰謀を巡らせていますが、果たして乖離にどこまでついていけるか……。きっと様々な想定外に遭遇しては、失敗するのでしょう。でも失敗を重ねるうちに、真人間になっていくはずです。多分。

 読んでくださり、ありがとうございました。
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