ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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とある田舎町にて(2009/8/1)

 一週間に渡った剣道部の特訓(と言うには軽いものだが)が終わり、この日から他校へ交流を兼ねた一泊の合宿に行くことになった。巌戸台を出て電車に揺られること数時間で、稲羽市にやって来た。交流先は八十稲羽高校である。

 

 校舎は古い印象を受けるが、自然に囲まれた土地にある。こうした田舎町は、人によっては都会の巌戸台より好きになることもあろう。もちろん、それとは逆の人もいる。

 

 「ひなびてる学校よねぇ。コンビニとかすぐないし、クラブとかもないしぃ。あっ、みんな、失礼ないようにねぇ?」

 

 田舎と都会のどちらが好ましいかなど、人それぞれである。だからこうした反応があること自体は当然なのだが、顧問の第一声がこれとはどうなのだろう。一体何がどう捻じ曲がって、叶が剣道部の顧問などしているのか。今さらな話であるが、完全な謎である。誰がどの部の顧問をするか、教員たちでくじ引きでもして決めたのだろうか。剣道部はもちろん外れくじだ。

 

 それはさておき、剣道部の一同は迎えに出てきた八十稲羽高校の生徒と互いに挨拶を済ませ、体育館に向かった。

 

 

 「まずは基礎練からだね。せっかくだから、ランニングは山まで行こうか。うちの方だと高低差がないから、いい練習になりそうだよね」

 

 岩崎は張り切っているが、他の面々は若干引き気味である。基礎練って何、とか温泉で極楽じゃなかったの、とかのぼやきがそこかしこから噴出している。しかも月光館学園の部員だけでなく、相手側もそうした反応である。どうやら八十稲羽高校の剣道部も、あまり強豪とは言えない類の部であるようだ。

 

 「その後、何セットか筋トレしてから、試合やろっか」

 

 「負けた方は片付けと清掃でどう?」

 

 岩崎に続いて、女子生徒の声がかぶさってきた。ただし両校の部員ではない。

 

 「うわ、西脇! どうしたの?」

 

 結子だった。『前回』は剣道部のマネージャーだったが、『今回』はなぜかテニス部に所属している。それはともかく、合宿にテニス部が一緒に来ると言う話はなかったが、どうして結子がいるのだろうか。

 

 「まあ、ちょっとね」

 

 その辺りの事情は取り敢えず濁された。ただ賭けるものがあった方が本気にならないか、と続けて提案してきたので、岩崎はそれに乗っかった。

 

 「よし、片付けと清掃と……ダッシュ十本賭けて勝負!」

 

 何のかの言っても遊び半分が抜けきらない『今回』の剣道部は、こうしたことがないと勝ちにこだわる試合はできない。結子だけでなく岩崎もそれは分かっているようで、ダッシュをおまけに追加してきた。

 

 かくして両校の対抗戦が始まった。

 

 

 「ふええ……片付け終わったよ……」

 

 結子は疲れた顔で体育館の床にしゃがみ込んだ。賭け試合は月光館学園の負けに終わったのである。

 

 「勝ち抜き戦にすれば良かったな」

 

 「ホント! そうすれば勝てたのに!」

 

 試合は通常の形式に則って、五人での団体戦となった。湊と岩崎は勝ったが、他の部員が負けた為に三対二で八十稲羽高校の勝ちだった。

 

 「じゃあダッシュ行くか!」

 

 だが試合には負けても、岩崎は気落ちしたところはない。まだ張り切っている。

 

 「私も……?」

 

 「当然でしょ!」

 

 賭けを言い出したのは結子である。断る選択肢は初めから与えられることなく、岩崎に引きずられるようにして結子は体育館の端から端まで走り出した。その様を見て、湊は思った。自分の行動に責任を取るとは、何も『契約』した人間にのみ課される義務ではないのだな、と。

 

 

 「ここって、のんびりしてていいよね。その割に商店街は活気あったりしてさ。平和だし、すっごい住みやすそう」

 

 交流会を終えて校門まで出てくると、森と言っても差支えのない鬱蒼とした木々が生い茂っている周囲を見回しながら、岩崎は嬉しそうに言った。叶とは逆に、ここの土地柄が気に入ったようである。湊は自然と人工を差別しないようにしているので、周囲の風景には特に思うところはない。だが町そのものに対しては、また違う印象を持った。

 

 ここに来る途中にざっと見た商店街には、岩崎の言う通り人通りはそれなりにあった。おかしな雰囲気を醸し出している店もいくつかあったが、全般的には長閑で平和そのものだ。特に子供を育てるには良い環境だろう。

 

 そんなことを思っていると、一人の少女が自分たちに近付いてきた。

 

 「天城屋旅館から、お迎えに参りました」

 

 宿からの出迎えのようである。しかし勤め人のようには見えない。学校の制服を着ているし、顔立ちも見るからに中学生くらいの年頃である。

 

 (何だ……?)

 

 少女は天城雪子と名乗った。旅館の女将の娘であるらしく、中学生ながら家業を手伝っているそうである。それを聞いて、結子は何て健気なと感動している。だがそうした身の上とは別に、湊は少女に奇妙な違和感を覚えた。

 

 天城というこの少女には、何かがある。影時間やペルソナの適性か、或いはコミュニティに関するものか。先月にアイギスが暴走して以来、『前回』の担い手を失ってしまったも同然の女子の三つのコミュニティが、意外にもここで――

 

 (いや……やめておこう)

 

 勝手に進んでいこうとする思考を抑え込んだ。自分は風花のように、目に見えるもの以上の要素でもって相手を分析する能力は持っていない。天城に何かを感じても、それが何であるのかは分からない。第一、巌戸台から遠く離れた土地の住人相手にできることには限りがある。情報化社会の現代であってもそれは変わらない。初対面の中学生からいきなり連絡先など聞き出そうものなら、ただの不審人物だ。

 

 

 皆で天城屋旅館にやって来た。聞くところによると、地元随一の老舗旅館であるらしい。特に天然温泉が自慢だそうだ。岩崎は楽しそうにしていたが、割り当てられた部屋に来ると一瞬固まってしまった。

 

 「私たち……同じ部屋なの?」

 

 「……」

 

 湊も返答に窮した。こう来るとは予想外だった。どういう訳か、岩崎と同じ部屋である。しかも他の部員はいない。

 

 「あー、もしかしてあんたたちも同じ部屋?」

 

 二人揃って困惑していると、結子がやって来た。今日はいつもいいタイミングで姿を現してくる。

 

 「も?」

 

 「そうなのよ! 何の手違いか、私、ミヤと同じ部屋なのよ!」

 

 「ミヤ……って、宮本? 男だよね……」

 

 「男だよ! あれでも! 部屋割りしたの、叶先生だよね? 適当過ぎ、マジで」

 

 (そういうことか)

 

 憤慨する結子と困惑顔の岩崎の話を耳に入れて、湊は裏事情を察した。叶のことだから、適当にやってこうなったのではなく、わざとこの部屋割りにしたのだろう。同室の二人に何か起ころうと、全く問題にしない。むしろ夏のロマンスの一つや二つは、積極的にやれと言わんばかりに。おかしな方面で指導熱心な叶らしい仕事である。

 

 だがそんな叶の思惑に乗ってやる義理は、もちろんない。

 

 「部屋を交換しよう。僕がそっちに行くよ」

 

 無難な解決策を提案すると、結子は安堵のため息を吐いた。

 

 「ありがと、良かったあ……。そうでないと廊下で寝るトコだった。あ、もちろんミヤがね」

 

 そうして湊は自分の荷物を背負い直し、廊下に出た。そして安堵のため息を吐いた。ただし結子のそれとは少し方向性が異なる。

 

 (危ないところだった……)

 

 真面目な話、これは危なかった。もし未だ戦車のコミュニティが極まっていなかったら。何かしら失敗して岩崎と特別な関係、もしくはそれに近いものになっていたら、大ピンチに陥るところだった。

 

 

 「邪魔するぞ」

 

 結子たちに割り当てられた部屋に行ってみると、クラスメイトの宮本がいた。いつものジャージ姿で、畳敷きの床に座り込んで膝に湿布を当てていた。

 

 「お、有里。久しぶりだな」

 

 顔を見るのは一学期が終わって以来だから、それなりに久しぶりである。『今回』は宮本とコミュニティを築けなかったことを思えば、まともに話す機会を持つのは本当に久しぶりな気がする。

 

 「怪我したのか?」

 

 「ああ。膝をちょっとな……」

 

 「その腫れ方、ちょっとどころじゃないだろう」

 

 「ま、まあな」

 

 宮本は少し困った顔になったが、事情を訥々と話し始めた。膝は春頃から怪しかったのだが、どうしても日本一にならなければいけない事情があって騙し騙し練習を続けていた。だが明王杯を目前に控えたこの時期、とうとう限界を迎えたので出場を辞退し、湯治に来たとのことだった。

 

 「よく諦めがついたな」

 

 「出るつもりだったんだぜ? でもよ……結子にもバレちまったし、俺の我が侭で部の奴らに迷惑かけるわけにもいかねえからな」

 

 宮本の話は『前回』の戦車のコミュニティとほぼ同じだった。つまり湊と接することがなくても、宮本は怪我をしてしまった。そして『前回』と同じ結論に自分自身で達したわけである。湊が何か言ってやるまでもなく。

 

 「なるほど。偉い奴だな」

 

 「べ、別に偉かねえよ。当たり前のことだ」

 

 褒められた宮本は照れているが、本人が言う通りである。他人に迷惑をかけてまで我を通すのは間違っている。誰に言われるまでもない、当たり前のことだ。この分では、宮本の今後は特に心配する必要はなさそうだと湊は思った。

 

 そしてそれは、『今回』コミュニティが築かれることのなかった『前回』の担い手たちの皆に言えることであろう。友近、Y子、平賀、早瀬、末光はきっと大丈夫だ。そして千尋と結子も心配はいらない。湊と接することがなくても誰もが自分自身で困難に立ち向かい、解決していけるはずだと思えた。

 

 それから二人は色々と話し込んだ。話題は剣道部のことだったりテニス部のことだったり。旅館の夕食を一緒に食べ、温泉にも一緒に入った。夜が更けた頃には互いが打ち解けた気がした。コミュニティはもちろん発生しないが、それでも打ち解けた。絆を教える『我』が何もしなくても、友人にはなれるものである。

 

 そんな普通の高校生がするような、楽しげな時間を一通り過ごした。そしてフトンを敷いて寝る準備を始めた頃、部屋の障子が突然開かれた。

 

 「ミヤ、ちょっと来て!」

 

 結子だった。言うが早いか、怪我人を立ち上がらせて引きずって行く。

 

 「何だよ、俺らもう寝ようと……」

 

 「るさいっつの! あ、有里君も来て!」

 

 訳が分からないまま、宮本は部屋から連れて行かれた。湊も何事かと思いつつ、二人の後に続いた。

 

 

 連れられた先は、湊が最初に割り当てられた部屋だった。障子を開けると岩崎がそこにいた。

 

 「って、ここ女子の部屋じゃんかよ。俺らが入るわけにいかねえだろ」

 

 「いいの。とにかくここにいて。いいよ、岩崎。どんと来い」

 

 宮本と共に湊も床に座ると、岩崎はおもむろに語り出した。その口調は普段とは少し異なっていた。

 

 「これは今日通ってきたトンネルの話なんだけど……」

 

 (これは……岩崎理緒アワーか?)

 

 6月1日に順平が何かの番組の真似事をしていたが、あれと同じような雰囲気である。岩崎は懐中電灯こそ持っていないが、演技はなかなか様になっている。

 

 (宮本はお守りか)

 

 大体の事情は分かった。合宿や修学旅行では定番の怪談が始まって、怖がった結子がお守りを欲しがったのだろう。結子がお化け嫌いだったとは、『前回』の付き合いでは気付かなかったが。

 

 こうして見てみると、宮本と結子は放っておいても自然と良い仲になるだろうと思われた。4月に剛毅のコミュニティの進め方を検討した際、結子は宮本に引き取ってもらうことを考えていた。もちろん『今回』は結子とコミュニティを築けていないし、今後もないだろう。だからあれは計画倒れになったわけだが、人選そのものは正しかったようだ。

 

 (と言うか……結子にすれば、僕と関わらない方がいいんだよな)

 

 未熟ではあっても誠実な宮本の方が、結子の相手としてはずっと良いはずだ。大嘘吐きの『愚者』などと特別な関係になるより、きっと幸せになれる。そうやって怪談が盛り上がっているうちに、テレビを消したかのように話の途中でいきなり音が消えた。それと共に、三人は赤い光沢を放つ棺桶へと姿を変えた。0時になったのだ。

 

 (やれやれ……)

 

 今年の4月以来ペルソナ使いが急増したのは、デスを宿す湊が現れたことが最大の原因であろう。しかしだからと言って、湊の周囲の誰もが適性に目覚めるわけではない。これまでかなり身近に接してきた岩崎を含め、この三人は何の適性も得ていない。

 

 (知り合いの棺桶を見るのは、気分のいいものじゃないな)

 

 緑色の空気と違って、知り合いが象徴化する姿はそう頻繁に見るものではない。影時間が明けるまでずっと見続けるのは辛く感じて、湊は部屋を出た。

 

 一切の音が消えた旅館の廊下を歩き、湊は自分の部屋に戻った。そして荷物の中から、密かに紛れこませていた召喚器を取り出した。剣はさすがに持って来ていないが、用心の為にこれだけは持ってきたのだ。拳銃を模したそれを手に取って、窓際に腰掛けて外の景色を眺めた。上弦から三日が過ぎた膨らんだ月は、巌戸台で見るのと同じ巨大な姿で中天にかかっている。

 

 影時間は地球上のどこでも等しく訪れる。そしてシャドウもどこでも出現する。もっとも十二のシャドウが目覚める前は、巌戸台の周辺以外ではめったに現れなかったそうだ。だが月日が進むにつれて日本中、更には全世界で現れるようになるのだ。だからここ稲羽市でも、シャドウが出現することはあり得る。

 

 (まあ、可能性としては低いが)

 

 『前回』の傾向から考えると、今頃の時期は巌戸台でもタルタロスの外で暴れるイレギュラーのシャドウは数が少ない。そしてその他の土地での現時点でのシャドウの被害は更に稀である。だから今晩にシャドウと遭遇する可能性は、百に一つもないだろう。だから合宿に来る気になったのだ。

 

 (平和な町だ)

 

 世界を沈黙で覆う影時間の静寂に包まれた旅館の周囲を窓から見つめながら、夕方に岩崎が言ったこの町の感想を思い返した。稲羽市は平和な町である。少なくとも、今のところは。

 

 (だがもし僕がシャドウに負けると……この町も滅ぶわけか)

 

 湊の意識の中では、世界を守る為と言った使命感や正義感はほとんどない。親しい誰かの為、という気持ちすら少ない。しかも自分たちの戦いは人に知られることがない。何しろこの町の住人のように影時間を知らない普通の人々にとっては、知りたくても知り得ないものである。

 

 誰にも知られず、感謝されることもない戦い――

 

 それを辛いと思ったことはないし、逆に誇りに思うこともない。『前回』は主に契約者としての義務感と責任感で戦っていたし、『今回』は自分が生き延びる為だ。だから自分の為だけに戦うこともできる。

 

 とは言うものの、それほど生に執着があるのかと問われれば、少々答えづらい。正確に言うならば、『今回』の戦いの主目的は再び時間が戻らないようにすることだ。その目的を果たす手段として、生き延びようとしている。つまり世界の平和と自身の生存は戦いの結果であって、動機ではない。

 

 だがそれで良いのか、この時は不意に疑問に思った。死を象徴するオブジェに姿を変えた友人たちを見たからか。或いは初めて訪れた見知らぬ町に対して、無意識的にでも感じるものがあったのか。

 

 (生き延びられたら……そのうちまた来てみるかな)

 

 十年前の事故で両親を失って以来、湊は親戚中をたらい回しにされてきた。だから住んだ町の数は多いが、どこにも良い思い出はない。だから巌戸台に来る前に過ごした町のことは、普段は思い出すこともないほど記憶の隅に追いやってしまっている。死んだ両親と共に過ごした、事故以前の幼い頃の記憶までも一緒に。

 

 湊は記憶力には自信があるが、それは過去の必要ない記憶をほとんど使っていない為に、脳の許容量に余裕があるからではないのか。そんな疑いを持てるほど、湊は昔を振り返ることがない。

 

 だがここくらいは、良い町として記憶に留めておいてもいいかもしれない。そして機会があれば、再び訪れてもいいかもしれない。何かの奇跡が起こって生き延びることができて、普通に大人になって、誰かと結婚して子供でもできたなら――

 

 そんなことを思いながら、湊は体感時間で一時間近くに渡って外の景色を眺めていた。

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