ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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血の復讐(2009/8/4、8/6)

 8月4日の影時間、タカヤはポートアイランド駅外れの溜まり場にジンと共にやってきた。影時間にここに来る時は、何かの依頼を実行することが多い。依頼の標的となるのは大抵の場合が他人の恨みを買っている者で、この場所はそういう類の人間が多く集まるからだ。もちろん影時間では標的は象徴化しているが、チドリがいればそれは解除できる。チドリは傷を癒やす、即ち命を分け与える能力があるが、それの応用だ。つまり死に抱かれた人間を、安息の場所から押し出すことができる。

 

 だが今日は誰かを殺しに来たのではなく、仕事の依頼人との面会の為にここに来たのだ。だからチドリは連れて来ていない。ジンと違ってチドリは自分に絶対服従ではない。と言うか、来るよう命令しない限りはついて来ない。そして自分も必要のない時は命令しない。

 

 復讐代行の仕事において、自分たちは依頼人と直接会うことは基本的にない。ジンが管理しているインターネットのサイトだけで、依頼の受諾から報酬の払い方の指示まで全てを済ませている。今日に限って会うことにしたのは、そうするようにと幾月に頼まれたからだ。

 

 幾月は一週間ほど前に、かなりの大金といくつかの未入手情報を代価として、ストレガに保護を求めてきた。どうやら裏で企んでいたことが一部露見したらしく、桐条から追われる身となってしまったようである。

 

 全くもって、滑稽な男だ――

 

 最初に幾月が接触してきた時、自分はまず呆れた。飼い犬が主人の手を噛もうとして失敗し、追い出されたようなものだ。そのくせ、なおも事態を主導できると考えている。

 

 金と情報だけもらって始末すべきとジンは主張したが、取り敢えず保護することにした。その理由は、有里湊からの依頼である。彼と関わりのないところで、幾月を殺すつもりはない。ジンは不満そうだったが、さほど強くは反対しなかった。ジンはいつもそうである。少々の不満があっても、自分の決めたことには必ず従うのがジンだ。ちなみにチドリはいつも通りの無関心を貫いていた。

 

 そこかしこに棺桶が立ち並ぶ溜まり場の隅の区画で、一人の少年が身を抱えるようにして眠っていた。小学校高学年くらいの年頃で、不良がネズミのように群れを成すこの場所には、いささか不釣り合いだ。だが問題は年齢などではない。注目すべきは、眠っていること。影時間に象徴化していない。そしてもう一つ。腰にホルスターを巻いており、拳銃を差している。幾月から聞いた通りだ。

 

 「おい、起きや」

 

 ジンが少年に近付き、軽く蹴りを入れた。

 

 「ここは……」

 

 少年は目を覚ました。これはやはり影時間に迷い込んだ人間の反応ではない。既に十分な適性を身に付けている。

 

 「初めまして。貴方が依頼人ですね」

 

 「誰!?」

 

 少年は自分たちの姿を見ると、慌てて立ち上がった。後ろに下がって逃げようとするが、寝ていた場所は袋小路だ。すぐに背中が壁にぶつかってしまった。それ以上逃れられないことを悟って、怯えた表情を見せている。

 

 「おいおい、依頼しといて誰やねんはないやろ。このボンボンが」

 

 ジンは呆れている。普通の時間にここを訪れた際には、ほとんどの者は自分たちの姿を見た途端に逃げ散る。だから少年の反応はある意味当然であるのだが、ジンの言う通り依頼しておいてこの態度は少々心外だ。あの有里湊のように自分に挨拶を返すくらいの人間は、なかなかいないものだ。だが気になる点がある。

 

 「なぜこんな所で寝ていたのです?」

 

 「寝てた……? ここで?」

 

 少年は瞬きをして周囲を見回した。単に起き抜けで寝ぼけている、というわけでもないようだ。ならば考えられることは一つだ。

 

 「記憶障害を起こしているようですね。力に目覚めた者にはありがちですが」

 

 幾月の連絡によれば、この少年はごく最近にペルソナに覚醒したとのことだ。だが当初の予定を前倒してかなり強引に覚醒させたので、何かの副作用が起きている可能性があると言っていた。その結果がこれだ。少年をこの場所に連れてきたのは幾月であろうが、少年はそれも自覚していまい。

 

 「貴方のお名前は?」

 

 「……」

 

 少年は怯えたまま黙っている。やがてジンが苛立った声で問い詰めた。

 

 「答えへんのか。それとも忘れたんか?」

 

 強制的に目覚めさせられたペルソナ使いは、記憶障害が重症になりやすい。自分とチドリもそうだが、ジンは自分の名字も覚えていない。家族も出身地も、何もかもだ。ペルソナに目覚める前の記憶を、ほぼ全て失ってしまっている。この少年もそうなってしまったのかと思ったが――

 

 「天田……乾です。乾くと書いて、ケンと読みます」

 

 幸か不幸か、覚えていた。だが覚えていることそれ自体よりも、少年の名に面白味を感じてしまった。思わず微笑が浮かぶ。

 

 「乾く……ふふ、良いお名前ですね」

 

 乾く。乾燥する。なかなか含蓄のある名前だ。この世界の本質たる、無意味性や不毛性を連想させる。更に言えば、易では天に応じる卦だ。通常は隆盛や充実を意味するが、裏では転落、失墜を暗示する。

 

 この少年のペルソナ能力は、元々は自然発生したものだと聞いている。多少の手入れはしたと言うものの、自分の姓名を覚えているくらいなら記憶障害は深刻なものではないのだろう。せいぜい最近数日分と言ったところか。それそのものは別に構わない。運命は人それぞれだ。少年の不幸の程度が自分たちと異なろうと、嫉妬や憐憫に値するものではない。表情から微笑を消し、話を少年自身から本題へと移した。

 

 「さて、依頼を聞きましょう。誰に復讐をお望みなのです?」

 

 「復讐……?」

 

 少年は瞬きをした。言われたことの意味を理解できていない。

 

 「ったく……何考えとんねん、あの親父。こんなガキが誰に復讐するっちゅうんや。帰りましょうや。時間の無駄でっせ」

 

 ジンは早くも興味を失いつつある。少年に背を向けて帰ろうとしている。だが――

 

 「待ってください! もしかして貴方たちは、ネットで話題の……?」

 

 「ええ」

 

 どうやらこの少年は、そうそう愚鈍でもないようだ。短い会話の中で、自分たちの正体を察することができた。

 

 「復讐したい人は……います。でも、どこの誰かも分からないんです」

 

 「……詳しく聞きましょうか」

 

 本来、自分たちは復讐の理由は聞かない。だがこの様子では聞かざるを得まい。ウィットの効いたセリフは期待できそうもないので、退屈な話になりそうな予感がする。面倒になる気分を腕組みをすることで抑え、少年の打ち明け話に耳を傾けた。

 

 話によれば、母親の仇を探しているとのことだった。それは二年前のある夜に現れた高校生くらいの男で、光る馬のような怪物を体から出し、当時この辺りにあった自宅を破壊して母親を殺したらしい。その怪物の件は警察にも話したが取り合ってもらえず、事件は飲酒運転の車が突っ込んだとして処理されたとのことだった。

 

 「あいつですな」

 

 「ええ、あの人でしょうね」

 

 これまでに得た情報と照らし合わせて、大方のところは察しがついた。少年の母親を殺したのは、今や自分たちと同じ宿命を負うことになったあの男だ。自分たちとあの男は、現時点では特に敵対関係にはない。だが明確な敵でないことは、殺さない理由にはならない。依頼であの男を殺すのは、一向に構わない。

 

 「知ってるんですか!? 教えてください!」

 

 少年は目を剥いて身を乗り出してきた。己の身の上を話しているうちに、いつしか怯えを感じなくなったようだ。

 

 「聞いてどうするのです。貴方では仇は取れませんよ」

 

 「さっき……力に目覚めたとか言ってましたね。力って何ですか」

 

 少年の目が据わった。自分がさりげなく発した言葉を、しっかり聞いていたようだ。若いながら、なかなかに抜け目がない。

 

 「貴方が腰に差している、それは何ですか」

 

 「え……ピ、ピストル!?」

 

 言われて初めて自分が召喚器を持っていることに気付いたようだ。少年はそれを手に取ると共に、据わっていた目が急激に回転した。

 

 「それを自分の頭に当てて、引き金を引いてご覧なさい」

 

 「……」

 

 召喚器を見つめながら少年は震えだした。一時は遠ざけた恐怖が、再び舞い戻って来たようだ。頬から冷や汗を流している。どうやらペルソナに目覚めはしても、それ自体の記憶は失っているようである。召喚器は弾が出ない仕組みになっていることも覚えていない。知らない人間からすれば、拳銃自殺しろと言われているようなものだろう。

 

 「怖いですか」

 

 多くのペルソナ使いは拳銃を模した召喚器を使用する。その意味は、死を覚悟すること。或いは死を疑似体験することにある。なぜならペルソナが住まう場所は、死の彼岸に広がる大いなる海だからだ。自ら死を乗り越えなければ、即ち恐怖を意志によって超克できなければ、ペルソナを操ることはできない。

 

 だが言い方を変えれば、覚悟さえすれば召喚器などなくともペルソナは召喚可能である。自分はそれができる。それをいちいち小道具を使わなければならないのは、覚悟が足りないからだ。ジンとチドリでさえ、召喚器なしでは上手くいかない。だからこの少年にも召喚器なしでの召喚までは期待できない。ならば引き金を引いてもらうしかない。

 

 「怖いのなら、黙って私たちに任せておきなさい。恥じることはありません。何もせず、望みが叶う日が来るのをただ待つ……。多くの人が選ぶ道です。貴方だけではない」

 

 そう。この世は何もしない人間ばかりである。臆病で怠惰で愚かしく、その上に滑稽な人間ばかりだ。人は聞きたいように聞き、信じたいことだけ信じる。復讐される者が自覚する悪意と、復讐する者が感じている悪意とは無関係であるように。よって大半の標的は己がなぜ殺されるのかを理解しない。ただ理解はしなくても、恐怖には必ず襲われる。その感情は重要だ。だから自分たちは復讐の代行を仕事としている。

 

 その自分たちを差し置いて復讐すると言うならば、己は何もしない人間ではなく、己の真実から目を背けない人間であることを証明せねばならない。少なくとも、最初の一歩を踏み出す程度の覚悟は見せてもらわねばならない。

 

 「引き金を引けば……復讐できるんですか」

 

 「さあ……できるかもしれませんし、できないかもしれません。ですが引かなければ、確実にできません」

 

 「……」

 

 少年は召喚器を両手で持った。そして意を決したように身を屈めて、銃口を額に当てた。

 

 「うわああ!」

 

 死の淵へと飛び込む少年の悲鳴に続いて、ガラスを砕く音が影時間の空気に響いた。その直後、少年の頭上に一つのビジョンが音もなく顕現した。それは顔が胸にあり、頭と股で巨大な歯車を挟み込んだ、異様な姿のペルソナだった。

 

 「これはこれは……ネメシスですか。ふふ、何とも奇遇な……」

 

 自分はチドリのような解析の能力は持たないが、ペルソナやシャドウの大まかな力量ならば一目見れば分かる。そしてそれだけでなく、名前も見ただけで分かることも時にはある。自分と何らかの縁のある存在であれば。そうしたペルソナを短い間に二人も見つけるとは、不思議な出会いもあるものだと思わざるを得ない。

 

 「これが、僕の力……」

 

 顔を上げた少年は肩で息をしながら、己の半身を見つめている。それは見つめるうちにすぐに消えたが、確かな力の実感を少年に与えたようだ。しかし――

 

 「せやけど、目覚めたてのド素人やないすか。あいつにゃ勝てっこないすよ」

 

 ジンの言う通りである。たとえ力に目覚めても、その量は人それぞれだ。少年が今のまま仇の男に挑んでも、返り討ちに遭うだけだろう。無論、仇に抵抗する気があればの話だが。

 

 「!……」

 

 己の未熟を指摘された少年は血相を変えた。恐怖は既にどこかへ放り投げられ、瞳には溢れんばかりの炎が滾っている。

 

 「これの使い方を教えてください! あいつに勝たせてください! お願いします!」

 

 「……」

 

 感情は重要だ。それは本質的に無意味な生に意味を与えることも、時にはある。怒りでも恐怖でも良いが、死を凌駕する感情の発露を見るのは好ましい。そしてこの少年の気迫は、自分の目から見てもなかなかのものである。やはり復讐とは、生を美しく輝かせるものだ。自分たちが手を下す代行の仕事も面白いが、こういう形も悪くない。

 

 「良いでしょう。依頼として承ります」

 

 

 天田の依頼をストレガが承諾してから、体感時間で一時間ほど過ぎた頃。天田はジンと二人でタルタロスの15階辺りを探索していた。鍛練の為である。探索は天田に合わせて第一層から開始したので、慣れているストレガにとってはこの辺りのシャドウなど小魚の群れでしかない。だからタカヤは途中で帰ってしまった。しかし気の済むまで付き合ってやれと言われたジンは、不承不承ながらも残っていた。

 

 「はあ、はあ……」

 

 しかしそろそろ限界が来ている。もちろん天田のだ。天田は召喚器こそ持っていたが武器はなかったので、探索中に拾った槍を得物にしている。だが既にその重さを支えるだけで精一杯の風情である。しかし天田はなおも先へと進もうとする。

 

 「ええ加減にしときや。もう日付が変わってもうたぞ。タルタロスでは体力が持たへん」

 

 探索そのものは4日から始めたが、やっている間にその日の影時間が過ぎてしまったのである。こうなると通常の二十四時間は飛ばされ、次の日の影時間まで移動してしまう。

 

 「大丈夫です……まだやれます」

 

 結局5日の影時間が終わる直前まで、天田はジンに付き合ってもらってタルタロスでの鍛練を続けた。二日分の影時間を戦い続けるのは、現時点では特別課外活動部でもかなりの負担である。まして初回の探索としては過酷すぎる内容だが、天田は耐えた。

 

 桐条グループは多数の調査員を使い、失踪した天田の捜索を二ヶ月以上に渡って続けた。それにも関わらず、行方は杳として知れなかった。当然である。天田はペルソナ使いでない普通の人間には決して到達しえない場所で、大半の時間を過ごしていたのだから。

 

 

 8月6日の午前1時ごろ、タカヤは隠れ家の一つに身を置いていた。ちなみに幾月はいない。保護はしているものの、当人は別の場所にいる。ベッドと机と椅子、家具と言えばそれくらいしか置いていない殺風景な隠れ家の一室で、タカヤは椅子に足を組んで座り、一冊の本を読んでいた。ダメージジーンズの穴から覗いている膝の素肌に、分厚い本の角を当てるようにしている。

 

 『第五の封印を解き給ひたれば、嘗て神の言葉の為、またその立てし証の為に殺されし者の魂の祭壇の下に在るを見たり。彼ら大声に呼ばはりて言ふ。聖にして真なる主よ、いつまで裁かずして地に住む者に我らの血の復讐をなし給はぬか』

 

 読んでいるのは聖書である。

 

 (お待たせしました。もう間もなく生贄の数が満ちますよ……)

 

 太古の昔から望まれたその瞬間が、近い将来に訪れる。そう思うと、口元に微笑が浮かんでしまうのを止められない。

 

 (ふ……いささか私らしくありませんかね)

 

 どうも近頃、感情の起伏が大きくなっている気がする。カビの生えた本の一節などに、返事をしてしまうくらいなのだから。本来の自分には、ペルソナと共に得た一つの信念がある。

 

 過去に捕われず、未来を望まず、今この瞬間だけを生きる――

 

 その観点から考えると、先々のことを色々考えている現状はいささか自分には似合わない。だがそれも良い。祝祭を見届ける為には、それなりの準備も必要だ。そして準備そのものも、なかなか面白い。そうした生活の変化が自分の情緒にも影響を及ぼしているのかもしれない。これは俗に充実と呼ばれるものであろうか。柄ではないが、悪いものではない。

 

 そうこうしているうちに、表の方から声がした。声の主は外のドアを開けて隠れ家に入って来て、寝る部屋やら手洗いやらの場所を連れに教えているようだ。二人が戻って来たのだろう。

 

 やがてジンが部屋に入ってきた。二日分の影時間を戦い続けたはずだが、疲労の色は伺えない。

 

 「どうですか。あの少年は」

 

 「ガキですな。少しは休め言うとるんに、意地になっとります。あれじゃ力が伸びる前に、くだばってまいますわ」

 

 「その時はその時です。人は誰しも器というものがあります。ペルソナ使いもまた然り。十分に生きた実感を抱いて死ねる者は、そう多くありません」

 

 望みを抱いている者は多いが、誰もが叶えられるとは限らない。力ある者でもそれは同様である。叶えられるのは、運命に選ばれた者だけだ。天田少年がそうであるかは、まだ分からない。少年はまだ最初の一歩を踏み出したばかりである。

 

 「タカヤ、何でガキのお守りなぞせんといかんのです?」

 

 「運命の皮肉を感じるからですよ」

 

 そう。選ばれたのかどうかはともかく、皮肉は感じる。

 

 「あの少年は無数に存在するペルソナの中から、よりによって我々の兄弟を覚醒しました。しかも司るものは復讐……面白いと思いませんか?」

 

 天田少年のペルソナ、ネメシスはギリシャ神話では夜の女神ニュクスの娘だ。自分のヒュプノスとジンのモロスとは兄弟に当たる。少年の心の姿が女神と言うのは少々おかしいが、そこはどうでもいい。

 

 「義憤とちゃいますのか」

 

 「同じことですよ。神の怒りとは、復讐に他なりません」

 

 『神』とは無知な人間が考えるような、高尚な存在ではない。それは洋の東西を問わないし、多神教と一神教の区別もない。神とは一様に傲慢で身勝手で、気紛れな存在だ。ペルソナと同じで、人間の鏡なのだ。そんな神が憤るとは、己の意に沿わない者を迫害するという意味しかない。要は怨念と復讐である。人間同士のよくある諍いと比べて、少しも変わるところがない。

 

 「あんたが言うと、えらい説得力がありますな……。ほんなら、あのガキを仲間にする気ですか?」

 

 「まずは復讐を遂げることが先です。話はそれからです」

 

 天田少年が復讐を遂げれば、そしてその事実に潰されなければ、ストレガの一員として迎え入れるつもりでいる。だが期待感としては五分五分と言ったところだ。なぜならあの少年は、仇とは別の意味で生きている匂いがしない。復讐を遂げればそれだけで満足して、自殺しかねない。

 

 (ですがそれこそ、その時はその時と言うものです。十分生きて死ぬなら、それも運命……)

 

 「もうしばらくは付き合っておやりなさい」

 

 「かりましたよ……。けどあのガキ、元はあの連中の仲間になるはずやったとちゃいますか。何で幾月は、わしらに預けたんです?」

 

 「人数合わせでしょう」

 

 「はい?」

 

 ジンは怪訝な顔をした。

 

 「幾月の妄想では、必要な生贄は七人。数は既に揃っています。ならば余った分は手駒にという魂胆なのでしょう」

 

 本人の口からそう聞いたわけではない。だが考えは大方察しがつく。キリスト教では七は象徴的な意味を持つ数字だ。

 

 「ああ、ついでに親の仇も取らせれば、向こうに余計な人数を上乗せされずに済む。なるほど。けどあいつら七人やのうて、六人と一つやないんですか?」

 

 聖書を読んでいた先ほどに続いて、またしても思わず微笑が浮かんでしまった。これは鋭い指摘である。確かに先月に南の島から連れて来られた『あれ』は、一人ではなく一つと数えて然るべきである。ただ調べてみたところ、先月の満月で有里湊の夢に現れた金髪の女があの機械であったと分かった時には、少々驚いたものだが。

 

 「ふっ……そもそも妄想ですから。一人も一つも違いがないのでしょう。滑稽すぎる話ですよ」

 

 もしやすると、一人と一匹すら違いがないかもしれない。最近彼らの一党に加わった、犬をも生贄に捧げようとするかもしれない。もしそうなったら滑稽ここに極まれりだ。見苦しいを通り越して、逆に見てみたい気にさえなる。

 

 「にしても……ナメられたもんですな」

 

 「手駒と思われたことですか?」

 

 そう。幾月は天田少年のみならず、ストレガをも手駒として使うつもりでいる。そこは自分も気に入らない。と言うか、呆れてものも言えない。どこをどう押せばそんな馬鹿げた考えが出てくるのか、理解に苦しむところだ。

 

 この下らない世界の贖罪を願う点では、自分と幾月は相通じるところもある。だが幾月は自らが『皇子』そして『皇』として、新たな世界を支配しようと企んでいる。自分はそんな陳腐な妄想に興味はないし、わざわざ道化を支配者に祭り上げてやるほど酔狂でもない。

 

 (察するところ、ヨハネ黙示録で語られる新天地を念頭に置いているのでしょうが……愚かしすぎる)

 

 更に言うと、天田少年が有里湊の一党に加われば仇の男も復帰していた可能性は高い。そしてそうなれば、やはり男は少年によって殺されていただろう。それを幾月は予期していなかった節がある。偽善者ばかりの彼らの内輪で復讐劇が演じられれば、集団ごと一挙に瓦解する危険があったにも関わらず、である。

 

 幾月修司はまさに道化師だ。タロットの小アルカナが劣化したものであるトランプのジョーカー、即ち愚者の劣化コピーだ。愚か者以下の道化に、何ができると言うのだろう。

 

 「それもありますけど、頭数を気にされたことですわ。あいつらなんぞ、七人でも十人でも変わらへんでしょう。わしとあんただけで、軽く皆殺しにしてやれますのに。ガキの一人や二人余計にいても、それがどうしたってなもんでしょう」

 

 「その通りですがね。依頼人は殺さないように」

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