ペルソナ3 滅びの意志   作:三尺

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鉄の心(2009/8/6)

 影時間が始まると同時に、アイギスは寮の作戦室に一人でやって来た。常に傍にいなければならない人は一緒ではなく、一人だけで。

 

 「有里は間に合わなかったか……」

 

 一人で入ってきた私の姿を認めると、美鶴さんは沈痛な声を漏らした。三日前、タルタロスを探索中に突如現れた死神のシャドウに立ち向かう為、彼は自らの死神を召喚した。そのおかげで、私たちは死神の銃から逃れることができたのだった。だが彼はそのまま意識を失ってしまい、病院に運び込まれた。以来、一度も目を覚ましていない。医師によれば命に別状はないとのことだったが、不安であるのに変わりはない。

 

 あの日から私は病院でずっと彼の傍についていたのだが、今夜になって寮に戻ってきた。満月の戦いがあるから。

 

 「どうするんすか、今日のシャドウ……」

 

 「決まってるだろう。俺たちだけでやるんだ。あいつがいないと戦えないんじゃ、目を覚ました時に合わせる顔がない」

 

 心配そうな順平さんに、真田さんが意気込んで答えた。確かにシャドウは倒さざるを得ない。先送りにすればするだけ、状況はより悪化する。これは既に彼から聞いている。

 

 「そうだな……山岸、どうだ?」

 

 「はい、確認できています。場所は巌戸台の北の外れにある、廃屋が並んでいる一帯です。ただ反応は十メートル以上の地下からで……」

 

 風花さんは既にルキアを召喚しており、シャドウの居場所を発見していた。その結果は『前回』と同じだった。私が初めて満月のシャドウと戦ったのと同じ場所だ。

 

 「陸軍の地下施設ですね」

 

 「陸軍? ……そうなの?」

 

 「はい。十分な注意が必要です。施設内に放置されている兵器を、シャドウが利用している……可能性があります」

 

 一瞬、言い淀んでしまった。これは可能性ではなく、事実だから。私は『前回』の経緯からそれを知っているが、覚えていない皆さんにそう言うことはできない。

 

 知っているのに知らない振りをするというのは、どうも苦手だ。『前回』のことを皆さんに明かさないのは、彼から言われていることではある。実際、話したところで信じられないだろうから、そのこと自体は私も納得している。しかしこれは嘘を吐いているに等しい。人を欺くのは兵器の本分である戦争の基本であるが、心苦しいことに変わりはない。

 

 「戦争の遺物か……取り敢えず現地へ向かおう」

 

 美鶴さんがそう言って場を締めようとした。しかし今度はゆかりさんが口を挟んできた。

 

 「あの、リーダーはどうするんですか?」

 

 「うむ……それはアイギス、君に頼む」

 

 美鶴さんは私に視線を向けてきた。そうなるだろうとは思っていたので、私はそれを受け止めた。

 

 「有里は君をサブリーダーに指名していた。まさかこうなることを予期していたわけでもあるまいが……彼が不在の状況では、君が指揮するのが筋だろう」

 

 「畏まりました」

 

 今日は私がリーダーに指名されることは予想していたし、そうするべきだと思う。実戦では指揮担当者は不可欠だ。今の状況では、シャドウの特性を事前に把握している私が彼の代理になるのが最善だと思う。しかし部の最大戦力でもある彼の不在を補うことができるかどうか。今日の戦術は既に考えてあるが、正直に言えば自信がない。戦力の不足は実戦以前の準備段階における戦略的問題であり、現場の戦術のみでそれに対処するのは至難の業だ。従って今日の戦いはかなり厳しいものになると思われる。しかも今日はそれに留まらず、もう一つの問題がある。

 

 (ストレガはどう動くでしょうか……)

 

 以前、彼から説明されたことを思い出した。

 

 

 「駄目です、彼らは絶対に駄目です!」

 

 一瞬、耳を疑った。彼はあのストレガのタカヤと、個人的なコネクションを築いたと言うのだ。しかも将来的には、彼らを仲間に引き入れるつもりだと。

 

 「綾時と会った時みたいなことを言うね」

 

 「綾時さん以上に駄目です。私だって、ペルソナの実験体にされた彼らを可哀想とは思いますが……。彼らと分かり合えるはずがありません。滅びの日の後も、私たちは生き続けるのでしょう?」

 

 彼らの望みは世界の破滅だ。彼らの思想が客観的に見て正しいのか誤っているのか、それは分からない。だが私たちの望みとは絶対的に対立する。

 

 「もちろん……その為に奴らとやり合わないといけなくなったら、やるさ。でもその判断はまだ先にしておきたいんだ。それから、奴らと戦う時には他の皆の手は借りられないかもしれない。その時は、君だけが頼りだ」

 

 「湊さん……ずるいですよ。そう言えば私は頷かざるを得ない……。貴方はそれを知っているのでしょう?」

 

 そう。この人はずるい。人の心を読んで誤らず、説得も交渉も思いのままにできる。どんな顔でどんなことを言えば望む結果を得られるか、完璧に分かっている。それでいて、限りなく優しい。こんな彼に私が逆らえるはずがない。

 

 

 巌戸台港湾部北、地下施設の入り口までやって来た。入り口は立ち並ぶ廃屋の陰に隠されている。ここに来る途中、軽く周囲を見回してみた。すると案の定、近くに三つの熱反応を見つけた。反応の主が誰かは分かっている。だが敢えてそのままにして、先導する風花さんに従って地下に続く通路を下って行った。

 

 彼らがどんな形で接触してくるか、まずは様子を見る為に。不本意ではあるが、彼の意思を無下にすることはできない。そうして地下十メートルほどの地点、分厚い鋼鉄製の隔壁の敷居を越えたところで、背後から声をかけられた。

 

 「お見事です」

 

 「え、誰!? 私のルキアには、今の今まで何の反応も……!」

 

 振り返ると、タカヤとジンが敷居の向こうにいた。初めはどう来るかと心配していたが、取り敢えずは『前回』と同じ状況で姿を見せてきた。風花さんの探知に引っ掛からなかったのは、チドリさんが妨害しているからだろう。私のサーモスタット機能と違って、風花さんの能力はチドリさんの干渉を受ける。

 

 「何者だ! この時間に動けるとは……」

 

 美鶴さんが問い質した。しかしタカヤはまず、こちらの全員をゆっくりと見回した上で、誰にともなく口を開いた。

 

 「お目にかかるのは初めてですね……貴方がたとは。私の名はタカヤ。こちらはジン。ストレガと我々を呼ぶ者もいます」

 

 タカヤは僅かに笑みを浮かべている。今日は彼がいないことを、あらかじめ分かっていたのかもしれない。

 

 「さて、今日までの皆さんのご活躍、陰ながら見せていただきました。聞けば人々を守る為の善なる戦いだとか。結構……大いに結構です。今日はそんな皆さんを、応援に参りました」

 

 (応援……)

 

 『前回』のストレガは、今日の作戦を妨害しに来ていた。しかし『今回』はこの物言いだ。彼と接することで考えを変えたのだろうか。それとも私は聞いていないが、今日のシャドウ討伐に手を貸してくれるよう、あらかじめ頼んでいたのだろうか。ずるい彼のことだから、ひょっとすると本当に上手く交渉して同盟を取り付けていたのかもしれない。もしストレガの協力を得られれば、今日の勝算は大きく上がる。不本意ではあるが。だが――

 

 「どこの誰とも分からない人間の手を借りるつもりはない」

 

 不在の彼に代わって、美鶴さんが答えた。彼がストレガと交渉を持ったことは、私以外は聞いていないはずだ。彼らが何者なのか、皆さんは未だ知らない。

 

 「おやおや……獲物を横取りされては堪りませんか。なるほど。いえいえ、よく分かりますよ」

 

 タカヤは美鶴さんに視線を向け、薄く笑った。私は少ない経験ながら、人間の顔は色々見てきた。これは悪意に満ちている、と形容される表情だ。11月4日に幾月が見せたものと少し似ている。

 

 「何が言いたい」

 

 「ふっ……貴女がたはもっと気付くべきです。この影時間に、充実を感じていることにね。貴女がたは影時間とタルタロスを消そうとして、満月の戦いに挑まれている。それは構いません。力の使い道は人それぞれです。お好きにされればよろしい。ですが、ご自分の本心くらいは自覚なさるべきですよ」

 

 「何だと……?」

 

 「影時間はペルソナ使いだけに開かれた特別な時間です。誰にでもできることではない。望んで得たその特別な力を、思う存分振るえる……法も責任も何もない。この完全なる自由の時間を、楽しんではいませんでしたか?」

 

 美鶴さんは目を剥いた。私を含めた、こちらの誰にも口を挟む隙を与えることなく。

 

 「ふざけたことを!」

 

 確か美鶴さんは『前回』のこの時、ほとんど口を聞かなかったはずだ。しかも普段は冷静な人なのに、こうも感情的になるのは意外に思える。だがその気持ちは私にも分かる。美鶴さんは父親の武治さんの為に戦っている。そこに楽しむ余地などあるはずがない。

 

 彼は一体何を思って、ストレガを仲間に引き入れようとしているのか。せっかく固く結ばれた私たちの絆に、余計な亀裂を入れるだけではないのか――

 

 「私たちは……! タルタロスと影時間を消すことに、命を懸けてきた! それを楽しむなどあるものか!」

 

 「では聞きますが……力の他に貴女たちは何をお持ちですか? お仲間は除いて考えた方がいいですよ。貴女たちの絆は、とても脆い……。要がいなくなるだけで、容易く崩れてしまうほどに」

 

 (……!)

 

 突然体がびくっと震えた。プログラムで制御されている私の体は、意図しない反応をしない。するとしたら、故障した時だけだ。だが今は何の故障もないはずだ。それにも関わらず、予期せぬところから電流が走ったように体の奥の方で何かが震えた。人間であれば、これは痙攣と呼ばれるのであろうか。

 

 「黙りなさい」

 

 だが痙攣は一瞬で収まった。普段と同じ声色を出せた私に、タカヤは視線を移してきた。

 

 「はい?」

 

 「私たちの絆は、鉄よりも固い」

 

 するとタカヤの笑みはますます深まった。顎を持ち上げ、私を見下ろす形を作った。

 

 「ふっ……それは貴女が鉄だから、そう思えるだけですよ。人間は鉄ほど純粋ではありません」

 

 鉄――

 

 今度は私の体は震えなかった。だがその代わりに、固まってしまった。右腕に装着したキャノン砲を向けようとしても動いてくれない。血の通った人間の体と違って、鉄の塊は軽やかに動いてくれない。

 

 「もうええでしょう」

 

 それまで黙っていたもう一人、ジンが口を開いた。

 

 「そうですね。今日はこれで失礼いたしましょう」

 

 そのセリフを合図とするように、鋼鉄製の隔壁が音を立てて動き始めた。姿を現した時から一歩も動いていない二人は、敷居の向こう側にいるままだ。

 

 「ほんなら頑張ってや。応援したるから」

 

 「今日はお休みの方にも、よろしくお伝えください」

 

 「待て!」

 

 「美鶴、落ち着け! 今はシャドウの方が先決だ!」

 

 追いかけようとした美鶴さんを、真田さんが引き留めた。それから数秒後、隔壁が閉まった。かくして今日のストレガとの接触は、結局のところ『前回』と同じになった。互いに言うことは異なったが、結果は同じだ。私たちは閉じ込められた。

 

 

 地下へと続く通路を私たちは駆けた。メンバーは私の他、真田さん、ゆかりさん、コロマルさんだ。風花さんの護衛の為に美鶴さんと順平さんを残して、四人で向かうことにした。五人以上を指揮することも可能だが、今日のシャドウの特性を考慮した結果、敢えて人数を絞って臨むことにした。対シャドウ戦は人間同士の戦争とは異なるのだ。戦力と人数は必ずしも比例しない。

 

 『ここは……戦時中に武器庫として使用されていたみたいですね。こんなに無造作に兵器が転がっているのを見るのは初めてです。全て人を殺す為に、作られたものなんですね』

 

 「……」

 

 風花さんが通信越しに言う通り、至る所に砲台や機関銃が放置されている。こんな地下の建造物に侵入すれば、暗闇が待ち受けているのが普通だ。しかし影時間は暗視装置を通した映像のように、空気自体が緑色に発光する。ここの施設は最大の光源である月光がない為に外よりは暗いが、走るのに苦労がなく、かつ周囲の物品の形状が分かるくらいには明るい。つまり人間の皆さんの目でも、ここにあるものが何であるのかは一見して分かる。兵器だ。

 

 兵器とは人を殺す為の道具。即ちここにあるものは、私と同じもの。もっとも私の場合、殺すことを想定しているのはシャドウだが。だがやろうと思えば人間ももちろん殺せる。銃弾を一発当てれば、それだけで人は死ぬ。いや、銃を使うまでもない。鉄でできたこの体を叩きつけるだけでも、容易く人を殺せる。

 

 私は屋久島で、幾月を殺す許可を貰おうと彼に一度詰め寄った。あんなことが言えたのは、私にはそれができるから。やはり私は人間ではない。私は、鉄――

 

 「ちょっと待ってよ! アイギス、足速すぎ!」

 

 「あ……」

 

 かなり遠くの後方から聞こえてきたゆかりさんの声で、内心の思いから我に返った。知らず足を速めてしまっていたようだ。私は人間の数倍のスピードで走ることができる。こういうところでも、私は人間とは一線を画している。

 

 一旦足を止めて、皆さんを待つことにした。その場所はちょうど武器庫の最も奥で、この先は天然の洞窟らしく、舗装も何もされていない。ただ地面にキャタピラの跡があるだけだ。

 

 (ん……?)

 

 待っている間に、武器庫の端の床に転がっているものに不意に目が留まった。死後数十年が経過して、乾燥しきった白骨死体がそこにあった。そして死体の傍に書類が何枚か散乱していて、そのうちの一枚に目が留まった。私は視力そのものも、暗視能力も人間より優れている。明かりの少ない地下でも、床に落ちた紙に書かれている文字くらい手に取らなくても読むことはできる。

 

 (あれは……)

 

 どうやら陸軍技師の手記のようだった。だが読み終える前に、ゆかりさんたちが追いついてきたので、私は床から皆さんに視線を戻した。

 

 「一人で突っ走るな」

 

 「済みませんでした」

 

 真田さんに一言詫びて、改めて奥へと向かった。

 

 

 地下へ続く通路が行き止まりになっている場所で、今日のシャドウがいた。恐らくは先程見た手記の主が作った旧日本陸軍の兵器。それを乗っ取っている。

 

 『これが……キャタピラの跡の正体!? 敵タイプは正義……じゃなくて、戦車? あ、あれ?』

 

 「あれ、じゃなくて! もろ戦車じゃん! こんなの、どうしろっての!?」

 

 「大丈夫です。これは飽くまでシャドウ。皆さんの攻撃は通じます」

 

 動揺するゆかりさんを宥めた。今日のシャドウは姿を見る限り、生身の人間では対抗しようがないと普通は思うだろう。だがそれは誤っている。シャドウの能力は外見からは分からない。鎧を纏っていようが軟体であろうが、ペルソナ使いの攻撃は変わらず通る。影響するのは元来備わった耐性であり、それは見た目とは無関係である。装甲で覆われたこのシャドウ、チャリオッツとジャスティスも例外ではない。

 

 そして私も例外ではない。鉄の体であることは、相手がシャドウである限りほとんど意味はない。生身の皆さんと比べて、私の戦力は特段優位にあるわけではないのだ。普通の銃と弓を比較すれば、どちらが優れた兵器であるかなど論じるまでもない。だが私の銃は、ゆかりさんの弓と大差がないのだ。

 

 敢えて言えば、耐久力は他のペルソナ使いより優れている。だがそれは私の体ではなく、ペルソナに由来するものだ。しかも優れていると言っても、その差は小さなものだ。

 

 (この体の長所は、ただ一点。壊れても修理が可能であること……)

 

 とうに分かっていたことであるが、自分自身について改めて思い直した。そして今日の作戦を実行に移した。

 

 「陣形は私を中心に魚鱗の形! 真田さんは弱化魔法! 一通りかけたら攻撃に参加してください! ゆかりさんとコロマルさんは徹底して攻撃です!」

 

 指示を与えた後、私は腰を深く落とした。これは私の召喚に伴う動作だ。まず私という人格を作り出す精神回路の中枢、パピヨンハートから心的エネルギーを生産させる。私はそれを下腹部に一度下ろす。そして膝を伸ばすと共に背面に回し、人工脊髄を通路として上へ向かって走らせる。エネルギーは私の体を駆け上がるごとに加速し、最後は頭頂部に衝突して破裂する。それはガラスが割れるのに似た音を発し、その勢いでペルソナを顕現させるのだ。

 

 「パラディオン!」

 

 木像のペルソナを召喚し、自分に防御力強化の魔法をかけた。そして戦車の砲塔に視線を固定した。

 

 

 ギシギシと錆びた歯車が回る音を立てて、戦車の砲塔が旋回した。砲口はゆかりさんに向けられている。そこから砲声が発せられる寸前に私は動いた。

 

 「アイギス! 貴女、また……!」

 

 ゆかりさんに背を向ける形で真正面に立ち、シャドウの砲撃から庇った。ゆかりさんにはこれで三度目だ。ちなみに真田さんとコロマルさんも、既に二度ずつ庇っている。

 

 「大丈夫です!」

 

 私のペルソナは元来、弓や槍などの攻撃に強く、シャドウの砲撃に対しても同様だ。そして防御力は魔法であらかじめ強化してあり、更に真田さんの魔法で敵の攻撃力を落としている。つまり元来の耐性に加えて、二重の補助をかけているわけだ。

 

 『今回』のシャドウは『前回』より強い。だがこれだけ対策を行っておけば、砲撃は私にはほとんど効かなくなる。そして今日のシャドウは今の状態でいる限り、砲撃は普通の戦車同様に照準合わせから始める為、狙いを事前に見切るのは難しくない。そうして私は皆さんを砲撃から庇うことに専念するのが、今日の最初の作戦だ。しかしそろそろ第二の作戦に切り替えねばならない。ギリリ、それまでとは異なる駆動音をシャドウが発し始めたのが、その合図となる。

 

 合図と共に私は駆けた。助走をつけて地面を蹴り、思い切り跳躍した。動きを止めていたシャドウ、その砲塔の真上に着地した。

 

 「上を取ったか! 上手いぞ!」

 

 真田さんが喝采を上げるが、事はそう単純ではない。シャドウから発する駆動音が、留め金が外れる音へと変わると共に、砲塔が外れて宙に浮いた。私を乗せたまま。

 

 「嘘、分離!?」

 

 知っている私と違って、皆さんは予期せぬシャドウの動きに戸惑っている。あらかじめ教えておけないのは、色々と不都合がある。仕方がないと理解しているが、それでもやり切れない思いはある。

 

 『……分かりました。砲塔が正義タイプ、大きい方が戦車タイプです! 戦い方も連携しているみたいです!』

 

 「てか、危ないわよ! 降りて!」

 

 砲塔のシャドウ、ジャスティスは私を乗せたまま飛んでいる。だが上を取ったのは、これが狙いだ。車体のシャドウ、チャリオッツから分離したジャスティスは合体時とはうって変わって、極めて機敏に動く。そうなっては皆さんを砲撃から庇うことはできないし、こちらの攻撃を当てるのも難しくなる。

 

 風花さんが分析した通り、この二体のシャドウは合体時より分離時の方が手強い。そこでこの作戦だ。

 

 「こちらは私に任せてください! 皆さんはそちらのシャドウを! コロマルさん、皆さんに速度強化の魔法を! ゆかりさんは回復優先で!」

 

 「ワン!」

 

 

 ジャスティスは私を振り落とそうと、ジグザグに飛行する。だが両足で砲塔を挟みつけている私は、これくらいでは落ちない。敵の攻撃の届かない位置から、右腕に装着したキャノン砲をゼロ距離で連射する。だが敵も粘る。上を取られて一方的に攻撃されていながら、まだ壊れない。しかし余り早く倒してしまっては、かえって問題がある。だから丁度良いとも言えるのだが、それとは別に忸怩たる思いがある。

 

 私にもう少し力があれば、例えば『前回』の1月頃の私であれば、二体まとめてでも容易く倒せるはずなのに。

 

 (アテナが使えれば……!)

 

 『前回』の12月30日、綾時さんに敗れて修理を受けた私は寮に戻ってきた。あの日、私は『生きる』ことを決意すると共に新たなペルソナを得たのだ。私はあの時と同じ心の形を持っている。そのつもりでいる。それなのにペルソナは『前回』のこの頃に戻ってしまっている。女神を模した木像のペルソナに。

 

 『敵シャドウ、どちらも大分弱ってきました! もう少しです!』

 

 風花さんの通信で、私は下に目を向けた。チャリオッツはキャタピラで地面を抉りながら戦車の車体をぶつけようとするが、皆さんはその多くをかわしている。

 

 コロマルさんの魔法でこちらの敏捷性を強化し、更に真田さんの魔法で敵の能力を弱化させている。チャリオッツは元から素早くはなく、特にジャスティスの援護のない今の状況では攻撃が単調になる。対してこの二人は部内で屈指の機敏さを誇っている。それに二重の補助が加わることで、攻撃はほとんど回避できる。時々当てられることがあっても、ゆかりさんの回復は十分追いつく。今日の作戦はこれを狙って機動力を重視した編成にしていたが、的中したようだ。

 

 (勝負どころですね)

 

 兵器としての戦術判断が好機を見出した。このタイミングであれをやれば、一気に両方を倒せるはずだ。

 

 (行きます!)

 

 私の切り札、オルギアモードだ。安全性の観点から設定されたリミッターを意図的に解除し、戦力を爆発的に増大させる非常戦術。それは側頭部につけられたファンが普段の倍以上の速度で回転し、パピヨンハートが唸りを上げると共に発動する。兵器としての私が本領を発揮する瞬間だ。と思いきや――

 

 (え……ど、どうして!?)

 

 なぜかファンの回転数は上がらなかった。パピヨンハートも普段通りで、何も起こらない。打撃をかわされたように、何の手応えもなかった。

 

 「アイギス、危ない!」

 

 (!……)

 

 ゆかりさんの声で、切り札の不発で自失した状態から我に返った。いつの間にか局面は動いていた。ジャスティスは空中から急降下し、チャリオッツへと向かっている。再び合体する気か。既に倒す寸前まで追い詰めている以上、合体するなら好都合だ。ここは飛び降りるべきか――

 

 (いや……!)

 

 この二体のシャドウ攻略の最大の難所は、分離した状態で片方を倒すともう片方が蘇生の魔法を使うことだ。よって合体している状態で倒すか、分離した二体を同時に倒すしかない。もしこの急降下が合体と見せた、私を振り落とす為のフェイクだとしたら。これまで優位に進められた戦況を一気に覆されかねない。

 

 確実に倒す為には、もっと別な方法がある。修理が可能なこの体だからこそ、できること。その方法を私は一秒に及ばない瞬時の間に閃き、決断し、実行に移した。

 

 「ペルソナ!」

 

 ジャスティスに跨ったまま、私は全力を込めて召喚した。やはり木像だったが、この際それは構わない。槍を構えたパラディオンは、眼下へと吶喊した。空中から急降下する勢いをつけたペルソナは、チャリオッツに体当たりする形になった。

 

 ガキン、と重量のある金属同士が衝突する激しい音が響いた。投げ落とされる形になったパラディオンの突撃は、結果的に会心の当たりとなってチャリオッツを転倒させた。そしてジャスティスは着地点を見失って地面に墜落した。私を乗せたまま。

 

 『戦車、正義、どちらもダウンです! あ、でもアイギスが……!』

 

 ジャスティスと一緒に、私も地面に叩きつけられてしまった。だが今は好機だ。たとえ私自身は倒れていても、この局面では指示する口さえ動けば十分だ。

 

 「皆さん、一気に畳み掛けてください!」

 

 「おう!」

 

 「ワン、ワン!」

 

 「ああ、もう!」

 

 皆さんがそれぞれ武器を手に突撃してきた。私はまだ動けないが、三人だけでも十分なはずだ。

 

 

 『敵シャドウ、消滅しました』

 

 「作戦完了です」

 

 風花さんの通信に合わせて、私も立ち上がって完了報告を発した。彼が不在の作戦日を何とか乗り切れた。しかも皆さんはほとんど負傷することもなかった。完勝と言ってよい戦果だ。これが僥倖でなくて何であろう。

 

 「貴女……」

 

 ゆかりさんが近付いてきた。勝利を喜ぶでもなく、なぜか険しい表情を浮かべている。

 

 「先輩、コロちゃんを連れて先に行っててください」

 

 ゆかりさんはこちらを向いたまま、背中越しに真田さんに声をかけた。言いながらも、その表情は依然として険しい。

 

 「なぜだ?」

 

 「いいから! 男子は行ってください!」

 

 「男子? ……そう言えば、お前もオスか」

 

 「ワフッ……」

 

 真田さんとコロマルさんは、元来た通路を引き返して行った。二人の足音も聞こえないくらいになってから、ゆかりさんは更に歩み寄ってきた。私は動かず、黙ってゆかりさんを迎えた。その為、距離はかなり近い。手を少し伸ばせば互いに触れられるほどだ。

 

 「貴女、酷い顔よ。埃まみれだし、傷もいっぱいついてる……」

 

 そう言ってゆかりさんは制服のポケットからハンカチを取り出し、私の頬に当ててきた。どうやら汚れを拭き取ろうとしているようだ。だが私にそんなことをする必要はない。人間でない私は、顔の汚れや傷くらいどうということはない。

 

 「クリーニングすれば、すぐに元の状態に戻せます。破損しても修理は可能ですしパーツの交換もできますから、お気になさることでは……」

 

 「そういう問題じゃないの!」

 

 私のセリフを遮って、ゆかりさんは声を荒げた。そして表情から険が取れ、代わってある種の悲しみが現れた。何が悲しいのかは、よく分からないが。

 

 「貴女だって女子じゃない。その顔、彼に見せられるの?」

 

 女子――

 

 「!……」

 

 急に思い出したことがあった。『前回』のゆかりさんは、彼ととても仲が良かった。彼と同じ人間の女性として、彼の近くにいることができた。それが許される立場の人だった。私と違って。

 

 「正直、最初はどうよって思ったけどさ……貴女って人間と全然変わらないじゃない? 修理とか交換とか、変なトコでメカっぽいこと言わないでよ。調子狂うじゃない。彼だってきっと困るわよ。貴女がそんなこと言うとさ……」

 

 『ゆかりちゃん……』

 

 ここで風花さんの通信が入った。そう言えば風花さんもそうだった。美鶴さんもそうだったし、他にも二人ほどそういう人がいた。『前回』の彼にはとても仲の良い女性がいた。これは事実だ。たとえ時間が戻ろうと、なかったことにはならない厳然たる事実だ。

 

 そうした彼との関係を、私は皆さんに伝えていない。私は黙っている。隠している。それで良いのだろうか――

 

 (いえ……前のことは、極力皆さんに明かさないようにしないといけません)

 

 『前回』の情報を明かさないのは、私の意志ではない。彼から言われていることだ。『前回』の出来事を皆さんにそのまま話したところで、信じてもらえるはずがないから。もっとも必要に応じて伝えることはある。例えば桐条武治さんに渡した情報とか。しかしいつ誰に何の情報をどのように渡すか、その判断は彼の役割だ。

 

 などと思っていると、ゆかりさんは笑顔を見せてきた。ちょっと恥ずかしそうに、頬を赤くしている。

 

 「今日はいっぱい助けてもらっちゃったね。彼抜きでやれるかしらって、不安だったけど、何とか勝てたね。ありがとう……」

 

 「皆さんのご活躍のおかげです」

 

 急激に湧き上がった葛藤を抑え込んで、私も笑顔を見せた。

 

 私は現場の戦術においては彼の助けになれる。一年間全体の戦略でも少しは役に立てる。だが私が物事を考えるのはそこまでだ。戦いと直接関わりのないことについて、私から皆さんに何か言う必要はない。考える必要もない。

 

 

 「はあ……今日はホント疲れた。訳分かんない二人組は出てくるし、場所は不気味だし……」

 

 ゆかりさんは私と並んで歩きながら、ため息を吐いた。だが武器庫の入口で私が立ち止まると、振り返ってきた。

 

 「何してるの……きゃっ! が、骸骨!?」

 

 途中でも見た白骨死体を、私は改めて見つめた。その周囲には、やはり書類が何枚か散乱している。場所が暗い為、ゆかりさんたちは来る途中では気付かなかったのかもしれないが、私の目にはまたしても留まってしまった。そこへ風花さんの通信が入った。

 

 『戦争の犠牲者ですね。生きる為に人が人を殺すなんて……そんな時代が過去にあったなんて、とても信じられないです……』

 

 「そうね……。戦争なんてテレビや映画くらいでしか見たことないし、正直実感ないわ……」

 

 「……」

 

 二人の会話を聞いて、不意に思うことがあった。戦争――

 

 私の記憶領域には様々なデータが記録されている。戦術論から危険物取扱方法まで、兵器に必要な情報が幅広く保存されている。その中には過去に行われた戦争に関する情報もある。いつどこでどの程度の規模の戦いがあり、互いにどのように戦い、どのように決着がついたか。そうした戦史に私は詳しい。

 

 生まれてから一度も戦争を経験していない風花さんとゆかりさんは、戦争の存在自体に実感を持っていない。しかし私に記録された歴史情報から考えれば、むしろ現代日本の方が例外であるとさえ言える。六十年以上も戦火にまみれることのなかった国など、数千年に及ぶ人類の歴史を振り返っても例は少ない。

 

 ただ、そうした戦争の歴史の中で人々がどのような暮らしをしていたのか、どのような思いで生きていたのか、そうしたことは私のデータの中にはない。多少なりとも知っているのは、この時代の人々のものだけだ。

 

 「行きましょ。みんな待ってるわよ」

 

 「あ、はい……」

 

 そう言って、ゆかりさんは出口へ向かった。だが私は追う前に、来る時に一部だけ読んだ書類を床から拾い上げた。戦争の時代を生きた人の思いを記録したものを、持ち帰ることにした。




 アイギスが持ち帰った手記は本作のオリジナルではなく、原作にも登場します。これについては、後々に本文中で出す予定です。
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